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2008/10/14のBlog
[ 04:59 ]
[ 協奏曲 ]
穏やかな三連休でした。
そして、今夜から伊曽乃神社例大祭・西条祭りの始まりです。
さて、今日はシューマンを。
シューマンのピアノ協奏曲 イ短調 作品54。
スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ独奏、ロブロ・フォン・マタチッチ指揮モンテ・カルロ国立歌劇場管の演奏。
1974年11月の録音。EMI盤。
リヒテルの肉厚のピアノが、コッテリとした食感とともに、「美味しい」と思う。
(食欲の秋ですなぁ・・・・)
音色は様々に変化して、音は力強く逞しい。豪快に弾き上げるところは、聴いていて実に爽快。カタルシスを味わえる。低音のズッシリとした重はリヒテルならではだし、輝かしく、青白く揺らめく高音もまた、リヒテル独特の美しさと思う。素晴らしい。シューマンの濃厚で時に暗鬱としたロマンを表現して、余すところがない。
テンポは揺れ動くのだが、全体的には遅く、スケールの大きい表現。風格たっぷり、聴きながらその演奏に引きこまれてゆくのが、自分で分かる。
管弦楽もそれに応えてスケール雄大。響きも美しい。
EMIにしては録音状態も良好で、特に弦楽セクションがシルキー・タッチで美しい。ヴァイオリンの響きは惚れ惚れするほど。
アンサンブルは少し粗いところもあるのだが、美しさは十分と思う。
第1楽章は豪快と繊細が同居する。リヒテルのピアノは鮮やかでズッシリと重い。音も良いし、逞しく強靱。カデンツァは美と力の競演。素晴らしいと思う。
第2楽章の静謐感は宝石をちりばめたような、キラキラしたイメージを誘うもの。オケの響きも美しく、ウットリさせる。
フィナーレは華麗に豪快に締めくくる。
リヒテルのピアニズムは奔放にして爽快、グイグイと進んでゆく。一気呵成に引ききってしまう迫力がエエなぁと思う。オーケストラもよくついて行っていると感心するが、リヒテルの爆発力には敵わんかな・・・ちと苦しそう。
名演奏と思います。
録音状態は、先にも書きましたが、音の鮮度も良く、聴感上不満はありません。
響きと艶はエエなぁと思います。
音盤感がイマイチでしょうか。オーケストラがペタッとしていて平面的なのがちと残念。
西条祭りに入ります。しばらく更新を休みます。ハァ、ヨイトサー。
<シューマンのピアノ協奏曲 過去の記事です>
■リパッティ(Pf)・カラヤン/フィルハーモニア管
■アルゲリッチ(Pf) チョン・ミュンフン/フランス国立放送フィル
■ペーター・レーゼル(Pf) マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
■ルービンシュタイン(Pf) ジュリーニ/シカゴ響
■ルプー(Pf) プレヴィン/ロンドン響
■ラローチャ(Pf) デュトワ/ロイヤル・フィル
そして、今夜から伊曽乃神社例大祭・西条祭りの始まりです。
さて、今日はシューマンを。
シューマンのピアノ協奏曲 イ短調 作品54。
スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ独奏、ロブロ・フォン・マタチッチ指揮モンテ・カルロ国立歌劇場管の演奏。
1974年11月の録音。EMI盤。
リヒテルの肉厚のピアノが、コッテリとした食感とともに、「美味しい」と思う。
(食欲の秋ですなぁ・・・・)
音色は様々に変化して、音は力強く逞しい。豪快に弾き上げるところは、聴いていて実に爽快。カタルシスを味わえる。低音のズッシリとした重はリヒテルならではだし、輝かしく、青白く揺らめく高音もまた、リヒテル独特の美しさと思う。素晴らしい。シューマンの濃厚で時に暗鬱としたロマンを表現して、余すところがない。
テンポは揺れ動くのだが、全体的には遅く、スケールの大きい表現。風格たっぷり、聴きながらその演奏に引きこまれてゆくのが、自分で分かる。
管弦楽もそれに応えてスケール雄大。響きも美しい。
EMIにしては録音状態も良好で、特に弦楽セクションがシルキー・タッチで美しい。ヴァイオリンの響きは惚れ惚れするほど。
アンサンブルは少し粗いところもあるのだが、美しさは十分と思う。
第1楽章は豪快と繊細が同居する。リヒテルのピアノは鮮やかでズッシリと重い。音も良いし、逞しく強靱。カデンツァは美と力の競演。素晴らしいと思う。
第2楽章の静謐感は宝石をちりばめたような、キラキラしたイメージを誘うもの。オケの響きも美しく、ウットリさせる。
フィナーレは華麗に豪快に締めくくる。
リヒテルのピアニズムは奔放にして爽快、グイグイと進んでゆく。一気呵成に引ききってしまう迫力がエエなぁと思う。オーケストラもよくついて行っていると感心するが、リヒテルの爆発力には敵わんかな・・・ちと苦しそう。
名演奏と思います。
録音状態は、先にも書きましたが、音の鮮度も良く、聴感上不満はありません。
響きと艶はエエなぁと思います。
音盤感がイマイチでしょうか。オーケストラがペタッとしていて平面的なのがちと残念。
西条祭りに入ります。しばらく更新を休みます。ハァ、ヨイトサー。
<シューマンのピアノ協奏曲 過去の記事です>
■リパッティ(Pf)・カラヤン/フィルハーモニア管
■アルゲリッチ(Pf) チョン・ミュンフン/フランス国立放送フィル
■ペーター・レーゼル(Pf) マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
■ルービンシュタイン(Pf) ジュリーニ/シカゴ響
■ルプー(Pf) プレヴィン/ロンドン響
■ラローチャ(Pf) デュトワ/ロイヤル・フィル
2008/10/13のBlog
[ 05:23 ]
[ 協奏曲 ]
伊予路は穏やかな秋の一日でありました。
暑くもなく寒くもなく、ホンマにクラシック音楽を聴くには最高の季節です。
で、今日も大衆名曲を。
ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」。
イタリア合奏団の演奏。
1986年6月、ヴィラ・シメス、ピアッツォーラ・スル・ブレンタでの録音。
コンサート・マスターが季節によって変わる。
春;ジョヴァンニ・グリエルモ、夏;ブルーノ・サルヴィ
秋;マッシモ・クァルタ、冬;ジュリオ・フランッツェッティ
1987年4月発売のDENON盤。CDは当時3,300円、LPは2,000円限定盤。このころが、LPとCDが切り替わってゆく時期で、新譜の場合、両方発売されていて、CDレギュラー盤が3,200~3,500円、LPが2,800円くらい。レコード屋でもLPの陳列ケース(僕らは「エサ箱」と呼んでいた)からCD用の陳列棚にメインのディスプレイが変わりつつあった。
安いLPにするか、高くても将来性のあるCDにするか、レコード屋で悩むことも多かった。今となっては懐かしい思い出。そのうち、LPを見かけなくなり、世はCD一色となった。
そして、今や、CDさえも売れない時代となった。音楽配信の時代なのだろう。僕は古いタイプの男なので、やはり「もの」で持っておきたいし、きちんと再生した時には、まだまだPCを介しての圧縮音よりも遙かにCDやLPの音は良い。
もっともオーディオ・ブームはとうの昔、若い人たちには携帯電話・携帯プレーヤーなどで音楽を聴く手軽さが良いらしく、コンポーネント・ステレオなんぞはオヤジの趣味になりつつある(僕の職場では、ステレオを持っているのはオヤジばかり、若い士は携帯派のようであります)。つまり1960年代後半~1980年代前半に、あのブームの洗礼を受けた若い士が、そのままトシを取っただけなのか・・・・・・などど云っていても仕方ないので、演奏へ。
さすがにDENON、これはエエ音。目の覚める鮮やかなサウンドが展開する。
涼しく爽やか、キレの良い音で「四季」が部屋一杯に広がる。
現代楽器による現代風の演奏としては最後期になるのかな。以後、ピリオド楽器と奏法が普通の時代になったから。
イ・ムジチ合奏団やローマ合奏団、クラウディオ・シモーネなど、連綿と続いてきたイタリア風ヴィヴァルディの最良の姿がここにあると思う。技術、音色、響き、どれを取っても素晴らしく、安心して聴ける一枚。
4人のソロも実に巧い。見事なアンサンブルとカンタービレ、ヴァイオリンってエエ楽器やなぁとつくづく思う。
なぁんて、理屈抜きです。、こんなに明るく爽やかなヴィヴァルディ、単純に楽しみたいものです。幸福な音楽が広がります。
暑くもなく寒くもなく、ホンマにクラシック音楽を聴くには最高の季節です。
で、今日も大衆名曲を。
ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」。
イタリア合奏団の演奏。
1986年6月、ヴィラ・シメス、ピアッツォーラ・スル・ブレンタでの録音。
コンサート・マスターが季節によって変わる。
春;ジョヴァンニ・グリエルモ、夏;ブルーノ・サルヴィ
秋;マッシモ・クァルタ、冬;ジュリオ・フランッツェッティ
1987年4月発売のDENON盤。CDは当時3,300円、LPは2,000円限定盤。このころが、LPとCDが切り替わってゆく時期で、新譜の場合、両方発売されていて、CDレギュラー盤が3,200~3,500円、LPが2,800円くらい。レコード屋でもLPの陳列ケース(僕らは「エサ箱」と呼んでいた)からCD用の陳列棚にメインのディスプレイが変わりつつあった。
安いLPにするか、高くても将来性のあるCDにするか、レコード屋で悩むことも多かった。今となっては懐かしい思い出。そのうち、LPを見かけなくなり、世はCD一色となった。
そして、今や、CDさえも売れない時代となった。音楽配信の時代なのだろう。僕は古いタイプの男なので、やはり「もの」で持っておきたいし、きちんと再生した時には、まだまだPCを介しての圧縮音よりも遙かにCDやLPの音は良い。
もっともオーディオ・ブームはとうの昔、若い人たちには携帯電話・携帯プレーヤーなどで音楽を聴く手軽さが良いらしく、コンポーネント・ステレオなんぞはオヤジの趣味になりつつある(僕の職場では、ステレオを持っているのはオヤジばかり、若い士は携帯派のようであります)。つまり1960年代後半~1980年代前半に、あのブームの洗礼を受けた若い士が、そのままトシを取っただけなのか・・・・・・などど云っていても仕方ないので、演奏へ。
さすがにDENON、これはエエ音。目の覚める鮮やかなサウンドが展開する。
涼しく爽やか、キレの良い音で「四季」が部屋一杯に広がる。
現代楽器による現代風の演奏としては最後期になるのかな。以後、ピリオド楽器と奏法が普通の時代になったから。
イ・ムジチ合奏団やローマ合奏団、クラウディオ・シモーネなど、連綿と続いてきたイタリア風ヴィヴァルディの最良の姿がここにあると思う。技術、音色、響き、どれを取っても素晴らしく、安心して聴ける一枚。
4人のソロも実に巧い。見事なアンサンブルとカンタービレ、ヴァイオリンってエエ楽器やなぁとつくづく思う。
なぁんて、理屈抜きです。、こんなに明るく爽やかなヴィヴァルディ、単純に楽しみたいものです。幸福な音楽が広がります。
2008/10/12のBlog
[ 04:59 ]
[ 交響曲 ]
この三連休は、しっかり休ませてもらっています。尤も、私用が沢山あって、僕の大好きなゴロゴロノンビリ、クラシック音楽三昧とはいかないんですが。
さて、今日も通俗名曲、泰西名曲を聴いてます。いつも同じような音楽で申し訳ありません。
(ここのところ、アクセス数1,200くらいあります。そのうちの幾つが検索ロボットによるものなのか、ここDoblogにはアクセス解析の機能など全然ないので、よく分からないんですが、お読みいただいている方々には、ホンマ、いつも同じような音楽で申し訳ありませんです。)
ベートーヴェンの交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1977年6月、ドレスデンのルカ教会での録音。独シャルプラッテン原盤。
レコード番号はET2001-8。徳間音工1983年4月発売の、当時1万円ぽっきりの7枚組廉価盤だった。
ブロムシュテットのベートーヴェン全集の中で、最高傑作と確信する1枚。というより、古今の「田園」の中でも屈指の名盤と僕は思う。
ブロムシュテットが常任であった時こそ、ドレスデン・シュターツカペレの全盛期と思う。もちろん、他の指揮者であっても素晴らしい響きを聴かせてくれるのだが、とりわけ、ブロムシュテットとのコンビの時は、作曲家が書こうとしたことが、文句なくまろやかな響きで余すところなく再現されていたと、僕は思う。
就中この「田園」は、DENONでの2つのブルックナー(4番「ロマンティック」と7番)とともに、僕にとっては永遠の名盤であり、これからもずっと聴き続けていきたいと思う。僕とは相性がエエんでしょう。
練り上げられたアンサンブル。それぞれの楽器が有機的に響きあい、絡み合って、実にクリーミー。フワフワっとした感触のあるまろやかサウンドで聴ける「田園」と思う。
(独シャルプラッテンの録音は、そんなに良くはない。渋めのサウンドで、弦楽器などはもう少し艶があってもエエなぁとは思う。当時絶好調だったDENONの音で聴きたかった、と云うのが正直なところ)
テンポが極上。中庸、というより、これしかないだろうと思わせるテンポ。しかもリズムが正確で、楷書風。これも心安まる歩み。行書風の「田園」も悪くないが、ブロムシュテットのテンポは、言わば毎日喰らう白米の味。何度聴いても飽きないし、キッチリと音楽が進んでゆくのはやはり快感。平凡の中にこそ非凡あり。
ソロも上手い。木管は最高。スタンド・プレーにならないのもイイ。オケの中に綺麗に収まって、実に端正な佇まい。
また、ここぞという時の爆発はスゴイ。嵐の迫力も十分。SKDのパワーが炸裂するとスゴイノダ。
フィナーレの感謝の歌も素晴らしい。
この交響曲は、自然の恵みに対する感謝と、自然への畏敬から生まれている。ブロムシュテットの演奏には、どの楽章にも感謝と畏敬とがあるが、特にフィナーレの歌は素晴らしい。フレージングは清潔で、アーティキュレーションも全く作為なし、聴き惚れてしまう。
録音が少し古くなりました。CDでは徳間音工の1,000円盤とブリリアントでの全集で入手できますが、どちらも音質はイマイチかなぁと思います。
LPの方が柔らかさが増してエエようです。ということで、今もこの1万円盤(当時としては激安価格!)は手放せません。
その昔、諸井誠が『交響曲名曲名盤100』(ONTOMOブックス)で、このブロムシュテット盤を評して「モノクロームの芸術写真。奥行きが深く、陰影が微妙で幻想的。豊かな抒情性が無限のイメージを誘う」と書いておりました。同感。これ以上の評言を僕は知りません。
(あと、大木正興と志鳥栄八郎がブロムシュテット盤を賞賛しておりました。昔、そういうのを読むと、随分嬉しく思ったもんです)
ベートーヴェンの「田園」 自己リンクです
◆飯守泰次郎/東京シティフィル
◆ムーティ/フィラデルフィア管
◆アーノンクール/ヨーロッパ室内管
◆カイルベルト/バンベルク響
◆クレンペラー/フィルハーモニア管
◆バーンスタイン/ウィーン・フィル
◆カラヤン/ベルリン・フィル(1980年代録音)
◆ベーム/ウィーン・フィル
◆C・デイヴィス/ドレスデン・シュターツカペレ
◆ワルター/コロンビア響
◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆アバド/ウィーン・フィル
◆マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
◆ヨッフム/ロンドン響
◆セル/クリーヴランド管
◆スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
◆ケンペ/ミュンヘン・フィル
◆ラインスドルフ/ボストン響
◆モントゥー/ウィーン・フィル
◆コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
◆クーベリック/パリ管
さて、今日も通俗名曲、泰西名曲を聴いてます。いつも同じような音楽で申し訳ありません。
(ここのところ、アクセス数1,200くらいあります。そのうちの幾つが検索ロボットによるものなのか、ここDoblogにはアクセス解析の機能など全然ないので、よく分からないんですが、お読みいただいている方々には、ホンマ、いつも同じような音楽で申し訳ありませんです。)
ベートーヴェンの交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1977年6月、ドレスデンのルカ教会での録音。独シャルプラッテン原盤。
レコード番号はET2001-8。徳間音工1983年4月発売の、当時1万円ぽっきりの7枚組廉価盤だった。
ブロムシュテットのベートーヴェン全集の中で、最高傑作と確信する1枚。というより、古今の「田園」の中でも屈指の名盤と僕は思う。
ブロムシュテットが常任であった時こそ、ドレスデン・シュターツカペレの全盛期と思う。もちろん、他の指揮者であっても素晴らしい響きを聴かせてくれるのだが、とりわけ、ブロムシュテットとのコンビの時は、作曲家が書こうとしたことが、文句なくまろやかな響きで余すところなく再現されていたと、僕は思う。
就中この「田園」は、DENONでの2つのブルックナー(4番「ロマンティック」と7番)とともに、僕にとっては永遠の名盤であり、これからもずっと聴き続けていきたいと思う。僕とは相性がエエんでしょう。
練り上げられたアンサンブル。それぞれの楽器が有機的に響きあい、絡み合って、実にクリーミー。フワフワっとした感触のあるまろやかサウンドで聴ける「田園」と思う。
(独シャルプラッテンの録音は、そんなに良くはない。渋めのサウンドで、弦楽器などはもう少し艶があってもエエなぁとは思う。当時絶好調だったDENONの音で聴きたかった、と云うのが正直なところ)
テンポが極上。中庸、というより、これしかないだろうと思わせるテンポ。しかもリズムが正確で、楷書風。これも心安まる歩み。行書風の「田園」も悪くないが、ブロムシュテットのテンポは、言わば毎日喰らう白米の味。何度聴いても飽きないし、キッチリと音楽が進んでゆくのはやはり快感。平凡の中にこそ非凡あり。
ソロも上手い。木管は最高。スタンド・プレーにならないのもイイ。オケの中に綺麗に収まって、実に端正な佇まい。
また、ここぞという時の爆発はスゴイ。嵐の迫力も十分。SKDのパワーが炸裂するとスゴイノダ。
フィナーレの感謝の歌も素晴らしい。
この交響曲は、自然の恵みに対する感謝と、自然への畏敬から生まれている。ブロムシュテットの演奏には、どの楽章にも感謝と畏敬とがあるが、特にフィナーレの歌は素晴らしい。フレージングは清潔で、アーティキュレーションも全く作為なし、聴き惚れてしまう。
録音が少し古くなりました。CDでは徳間音工の1,000円盤とブリリアントでの全集で入手できますが、どちらも音質はイマイチかなぁと思います。
LPの方が柔らかさが増してエエようです。ということで、今もこの1万円盤(当時としては激安価格!)は手放せません。
その昔、諸井誠が『交響曲名曲名盤100』(ONTOMOブックス)で、このブロムシュテット盤を評して「モノクロームの芸術写真。奥行きが深く、陰影が微妙で幻想的。豊かな抒情性が無限のイメージを誘う」と書いておりました。同感。これ以上の評言を僕は知りません。
(あと、大木正興と志鳥栄八郎がブロムシュテット盤を賞賛しておりました。昔、そういうのを読むと、随分嬉しく思ったもんです)
ベートーヴェンの「田園」 自己リンクです
◆飯守泰次郎/東京シティフィル
◆ムーティ/フィラデルフィア管
◆アーノンクール/ヨーロッパ室内管
◆カイルベルト/バンベルク響
◆クレンペラー/フィルハーモニア管
◆バーンスタイン/ウィーン・フィル
◆カラヤン/ベルリン・フィル(1980年代録音)
◆ベーム/ウィーン・フィル
◆C・デイヴィス/ドレスデン・シュターツカペレ
◆ワルター/コロンビア響
◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆アバド/ウィーン・フィル
◆マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
◆ヨッフム/ロンドン響
◆セル/クリーヴランド管
◆スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
◆ケンペ/ミュンヘン・フィル
◆ラインスドルフ/ボストン響
◆モントゥー/ウィーン・フィル
◆コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
◆クーベリック/パリ管
2008/10/11のBlog
[ 04:40 ]
[ 交響曲 ]
夕方から秋雨でした。
そぼ降る雨の中、聴きたくなったのはチャイコフスキーであります。
気温が下がってくると、チャイコフスキーがエエですね。
今日もまた、通俗名曲を。
チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」。
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送響の演奏。
1981年6月、モスクワ放送大ホールでのデジタル録音。
JVC(日本ビクター)の海外録音シリーズの1枚。
デジタル初期、日本のレコードメーカーは元気だった。DENONやSONY、そしてこのJVCが盛んに海外で録音し、その音質の優秀さを謳い文句に国内発売していた。
JVCが起用したのはメロディア・レーベルを持っていたためだろう、ソ連のフェドセーエフ/モスクワ放送響。このコンビでチャイコフスキーの交響曲や管弦楽曲、ムソルグスキー、R・コルサコフ、ストラヴィンスキーなどのロシアものを録音したのだった。プロデュサー、エンジニアともに日本人(野島友雄に服部文雄)。時あたかもオーディオ・ブームの真っ最中(スピーカーの598戦争の時代ですな)、その時流に乗って、これら海外録音は結構なセールスを記録したのではなかったか。
さて演奏であります。
ソ連(ロシア)のオーケストラというと、弦はゴリゴリ、金管バリバリ、そして重低音ズシン・・・・という音が多いのだが、このフェドセーエフ/モスクワ放送響のコンビは至極まっとうな音で(というと失礼なのだが(^^ゞ)、チャイコフスキーを聴かせてくれる。とてもオーソドックス、正統派という感じ。西欧的と言ってもいいかもしれない。(尤も、チャイコフスキーはロシアの中でも最もヨーロッパ的な音楽を書こうとした人だったが)。
もちろんそうは云っても、ダイナミック・レンジは大きく、ここぞという時の金管の爆発力はスゴイ。下品なくらいのバリバリ感はある。しかし、弦はしっとりと滑らかな響きを獲得しているし、木管などは実に柔らかく、優しい響きで聴かせてくれる。これは名演奏だろうと思う。
ロシア的な土臭さは十分に残しつつも(第3楽章のリズムの処理やティンパニの強打は全くロシア的)、ほど良く、オトナびた演奏と云うべきかな。
ラストのアダージョはやはり悲痛、悲愴。凍った北の大地を思わせる侘びしさ、アンサンブルは上々で、スッキリしや響きが実によい。
録音は、低音を無理して出そうとせずに、中高音を重視した音づくりと思われます。
全体的に爽やかな響きが印象的で、音場は上下左右によく広がります。奥行きがイマイチなのはどうしてかな。
昔懐かしい、良い演奏でした。
<チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の自己リンクです>
■フリッチャイ/ベルリン放送響
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■小沢征爾/パリ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1971年 EMI)
■ベーム/ロンドン響
■ザンデルリンク/ベルリン響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル
■ジュリーニ/ロサンゼルス・フィル
■ロストロポーヴィチ/ロンドン・フィル
そぼ降る雨の中、聴きたくなったのはチャイコフスキーであります。
気温が下がってくると、チャイコフスキーがエエですね。
今日もまた、通俗名曲を。
チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」。
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送響の演奏。
1981年6月、モスクワ放送大ホールでのデジタル録音。
JVC(日本ビクター)の海外録音シリーズの1枚。
デジタル初期、日本のレコードメーカーは元気だった。DENONやSONY、そしてこのJVCが盛んに海外で録音し、その音質の優秀さを謳い文句に国内発売していた。
JVCが起用したのはメロディア・レーベルを持っていたためだろう、ソ連のフェドセーエフ/モスクワ放送響。このコンビでチャイコフスキーの交響曲や管弦楽曲、ムソルグスキー、R・コルサコフ、ストラヴィンスキーなどのロシアものを録音したのだった。プロデュサー、エンジニアともに日本人(野島友雄に服部文雄)。時あたかもオーディオ・ブームの真っ最中(スピーカーの598戦争の時代ですな)、その時流に乗って、これら海外録音は結構なセールスを記録したのではなかったか。
さて演奏であります。
ソ連(ロシア)のオーケストラというと、弦はゴリゴリ、金管バリバリ、そして重低音ズシン・・・・という音が多いのだが、このフェドセーエフ/モスクワ放送響のコンビは至極まっとうな音で(というと失礼なのだが(^^ゞ)、チャイコフスキーを聴かせてくれる。とてもオーソドックス、正統派という感じ。西欧的と言ってもいいかもしれない。(尤も、チャイコフスキーはロシアの中でも最もヨーロッパ的な音楽を書こうとした人だったが)。
もちろんそうは云っても、ダイナミック・レンジは大きく、ここぞという時の金管の爆発力はスゴイ。下品なくらいのバリバリ感はある。しかし、弦はしっとりと滑らかな響きを獲得しているし、木管などは実に柔らかく、優しい響きで聴かせてくれる。これは名演奏だろうと思う。
ロシア的な土臭さは十分に残しつつも(第3楽章のリズムの処理やティンパニの強打は全くロシア的)、ほど良く、オトナびた演奏と云うべきかな。
ラストのアダージョはやはり悲痛、悲愴。凍った北の大地を思わせる侘びしさ、アンサンブルは上々で、スッキリしや響きが実によい。
録音は、低音を無理して出そうとせずに、中高音を重視した音づくりと思われます。
全体的に爽やかな響きが印象的で、音場は上下左右によく広がります。奥行きがイマイチなのはどうしてかな。
昔懐かしい、良い演奏でした。
<チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の自己リンクです>
■フリッチャイ/ベルリン放送響
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■小沢征爾/パリ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1971年 EMI)
■ベーム/ロンドン響
■ザンデルリンク/ベルリン響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル
■ジュリーニ/ロサンゼルス・フィル
■ロストロポーヴィチ/ロンドン・フィル
2008/10/10のBlog
[ 04:20 ]
[ 交響曲 ]
伊予路はスカッと晴れ上がった秋空でありました。
爽やかな風と青い空と・・・・・いやぁ、エエ気分でありました。日中は、ちと汗ばむくらい。
今日聴いたブラームスも、そんな感じの演奏であります。聴き直して、やはりこれは名演奏やなぁと、つくづく思います。
ブラームスの交響曲第4番 ホ短調 作品90。
カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1980年3月、ムジークフェラインザールでのデジタル録音。DG盤。
銀色のジャケットが実にカッコイイLP。
クライバー/VPOの交響曲録音としては、ベートーヴェンの5番、7番、シューベルトの「未完成」&3番、に続く4枚目のLPだった。そして、以後、このコンビでの録音はなくなってしまった・・・・・。
晩年の老成したブラームスではなく、青年ブラームスの爽やかさと潔さを感じさせる名演。逡巡し、ためらい、振り返り、考え込み、時に後ずさりする・・・・ようなブラームスではなく、一陣の風に乗って、蒼い香気を漂わせながら、駆け抜けてゆくブラームス。
見事なリズムの処理で、推進力に恵まれている第4交響曲であって、このタイプの演奏は、過去になかったんじゃないかと思う。クライバーが先鞭をつけたのではなかったか。
それまではワルターやバルビローリの解釈に代表されるように、晩年のブラームスの優柔不断さが際だつ演奏が多かったと思う。しかし、クライバーの描くブラームスは、若く溌剌としている。もちろん、ブラームス固有の憂愁の想いや、発散されずに内へ内へと向かってゆく感情、それは暗い情念でもあるが、そういうものは十分に感じ取れる。が、ウィーン・フィルから若々しい響きを引き出して、身体が揺れてくるような見事なリズム感を表出しえたのは、クライバーが初めてだったろう。
既成のものを壊して新しいものを創造するのが芸術家だとしたら、クライバーこそ、真の芸術家だったろう。
或いは、聴き手の官能を刺激し、感性を覚醒させる麻薬のような音楽を引き出すという点では、彼は幻術使い、マジシャンであったろう。
第1楽章のしなやかな響きと流動性、運動性にあふれた演奏は、全く素晴らしい。
第2楽章は穏やかな感情が流れてゆく。ゆったりと抒情的。響きは艶やかで明るいが、テンポは伝統的なブラームスかな。
第3楽章は激しいアレグロ・ジョコーソ。リズムはよく弾んで、グイグイ前向きに進んでゆく。クライバーの指揮棒が一閃すると、音楽はさらに迫力が増す・・・そんな感じ。ウィーン・フィルは、もうひたすら上手いの一言。
フィナーレのパッサカリアも、デュナーミクが大きく、ドライヴ感がある。ウィーン・フィルもうねりながら進んでゆくのだが、その響きは爽快で清潔、若々しい。聴いていて気持ちよいくらいの、秋の空。
録音は今も上々。
ウィーン・フィルの弦楽セクションが透きとおるような音で、とても美しいんです。
この響きは、クライバー独特のものと思います。
やや薄めの音なんですが、それが実に爽快、スッキリ。
心地よく響きます。エエ音でありました。
「木曽のあばら屋」さんも、このLPを取り上げられております。
という訳で、「秋はブラームス2008」はここまで。
爽やかな風と青い空と・・・・・いやぁ、エエ気分でありました。日中は、ちと汗ばむくらい。
今日聴いたブラームスも、そんな感じの演奏であります。聴き直して、やはりこれは名演奏やなぁと、つくづく思います。
ブラームスの交響曲第4番 ホ短調 作品90。
カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1980年3月、ムジークフェラインザールでのデジタル録音。DG盤。
銀色のジャケットが実にカッコイイLP。
クライバー/VPOの交響曲録音としては、ベートーヴェンの5番、7番、シューベルトの「未完成」&3番、に続く4枚目のLPだった。そして、以後、このコンビでの録音はなくなってしまった・・・・・。
晩年の老成したブラームスではなく、青年ブラームスの爽やかさと潔さを感じさせる名演。逡巡し、ためらい、振り返り、考え込み、時に後ずさりする・・・・ようなブラームスではなく、一陣の風に乗って、蒼い香気を漂わせながら、駆け抜けてゆくブラームス。
見事なリズムの処理で、推進力に恵まれている第4交響曲であって、このタイプの演奏は、過去になかったんじゃないかと思う。クライバーが先鞭をつけたのではなかったか。
それまではワルターやバルビローリの解釈に代表されるように、晩年のブラームスの優柔不断さが際だつ演奏が多かったと思う。しかし、クライバーの描くブラームスは、若く溌剌としている。もちろん、ブラームス固有の憂愁の想いや、発散されずに内へ内へと向かってゆく感情、それは暗い情念でもあるが、そういうものは十分に感じ取れる。が、ウィーン・フィルから若々しい響きを引き出して、身体が揺れてくるような見事なリズム感を表出しえたのは、クライバーが初めてだったろう。
既成のものを壊して新しいものを創造するのが芸術家だとしたら、クライバーこそ、真の芸術家だったろう。
或いは、聴き手の官能を刺激し、感性を覚醒させる麻薬のような音楽を引き出すという点では、彼は幻術使い、マジシャンであったろう。
第1楽章のしなやかな響きと流動性、運動性にあふれた演奏は、全く素晴らしい。
第2楽章は穏やかな感情が流れてゆく。ゆったりと抒情的。響きは艶やかで明るいが、テンポは伝統的なブラームスかな。
第3楽章は激しいアレグロ・ジョコーソ。リズムはよく弾んで、グイグイ前向きに進んでゆく。クライバーの指揮棒が一閃すると、音楽はさらに迫力が増す・・・そんな感じ。ウィーン・フィルは、もうひたすら上手いの一言。
フィナーレのパッサカリアも、デュナーミクが大きく、ドライヴ感がある。ウィーン・フィルもうねりながら進んでゆくのだが、その響きは爽快で清潔、若々しい。聴いていて気持ちよいくらいの、秋の空。
録音は今も上々。
ウィーン・フィルの弦楽セクションが透きとおるような音で、とても美しいんです。
この響きは、クライバー独特のものと思います。
やや薄めの音なんですが、それが実に爽快、スッキリ。
心地よく響きます。エエ音でありました。
「木曽のあばら屋」さんも、このLPを取り上げられております。
という訳で、「秋はブラームス2008」はここまで。
2008/10/09のBlog
[ 05:11 ]
[ 協奏曲 ]
秋です。
クラシック音楽を聴くのには良い季節になりましたね。夏の間は、どうしても暑さにぐったりして、冷房を入れて聴いていても(僕は冷房が好かんのですが)、あまり気分のいいもんじゃありません。その点、この季節はエエです。「芸術の秋」とはよく云ったもんです。
さあ、ブラームスを聴きましょう。
ブラームスのピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15。
エミール・ギレリスのピアノ独奏、オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1972年6月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤のLP。
往年の名盤でしょうか。
第1楽章の冒頭、重心の低いBPOの威力が凄まじい。強靱な管弦楽。音楽が逞しく屹立する感じ。ヨッフムが振るとこういう音が出るのか。(カラヤンとは随分違う感じがする)。ふだんカラヤンで聴くBPOの技巧・美しさより、力強さ・情熱・ロマン的な血潮の滾りなどが強く感じられ、やがてそれらが渾然一体となて沸騰するような熱さが生まれる。こんなふうにBPOをドライブしてゆくヨッフムは、素晴らしい指揮者だった。
ギレリスのピアノ独奏は対照的にクールな音が持ち味。打鍵は強靱で、鋭さも併せ持つ。さすがに「鋼鉄のピアニスト」。
だが、弱音部でのデリカシーや抒情は、ギレリスが「鋼鉄」だけのピアニストではないことを物語る。このクールで鋭いピアニズムと、静謐感の中でのあふれる想い・・・これこそ、ギレリスの持ち味だろう。
第2楽章は、ホンマに美しいアダージョ。ギレリスもヨッフムも情感いっぱいに歌い上げてゆく。この歌が、ノーブルで、安っぽくないのがイイ。昂然と胸を張る哀しみとでも云おうか。
BPOの弦の音がまた良い。シルキーで柔らかく、味わい深い。木管も素朴な味わいを醸し出して好ましい。指揮するヨッフムの深々とした呼吸も見事。
ギレリスのピアノはゆったりとして、ここでも抒情的。そして、優しい感情と歌。
ああ、この音楽はシューマンの墓前に捧げられた歌か、遺されたクララの幸福を願った歌か。
第3楽章は熱演。ピアノもオケも奔流となって、熱い思いを噴出させる。
その剛毅さや、良し。ギレリスの本領が最高度に発揮された名演だろう。しかも相手はヨッフム。こちらもスケール大きく、しかも「煽る」ことではピアニストも真っ青だろう。相手にとって不足なし、互いの横綱相撲が聴ける。
この2人、イイ組み合わせだった。同時期だと、ベームとバックハウスに匹敵するかもしれない・・・・。
録音は標準的。やや古びてきた感じもしますが、鑑賞に差し支えはありません。
教会録音なので、残響豊かなんですが、録音そのものはオン・マイク気味で、直接音を多く拾おうとしている感じがします。
クラシック音楽を聴くのには良い季節になりましたね。夏の間は、どうしても暑さにぐったりして、冷房を入れて聴いていても(僕は冷房が好かんのですが)、あまり気分のいいもんじゃありません。その点、この季節はエエです。「芸術の秋」とはよく云ったもんです。
さあ、ブラームスを聴きましょう。
ブラームスのピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15。
エミール・ギレリスのピアノ独奏、オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1972年6月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤のLP。
往年の名盤でしょうか。
第1楽章の冒頭、重心の低いBPOの威力が凄まじい。強靱な管弦楽。音楽が逞しく屹立する感じ。ヨッフムが振るとこういう音が出るのか。(カラヤンとは随分違う感じがする)。ふだんカラヤンで聴くBPOの技巧・美しさより、力強さ・情熱・ロマン的な血潮の滾りなどが強く感じられ、やがてそれらが渾然一体となて沸騰するような熱さが生まれる。こんなふうにBPOをドライブしてゆくヨッフムは、素晴らしい指揮者だった。
ギレリスのピアノ独奏は対照的にクールな音が持ち味。打鍵は強靱で、鋭さも併せ持つ。さすがに「鋼鉄のピアニスト」。
だが、弱音部でのデリカシーや抒情は、ギレリスが「鋼鉄」だけのピアニストではないことを物語る。このクールで鋭いピアニズムと、静謐感の中でのあふれる想い・・・これこそ、ギレリスの持ち味だろう。
第2楽章は、ホンマに美しいアダージョ。ギレリスもヨッフムも情感いっぱいに歌い上げてゆく。この歌が、ノーブルで、安っぽくないのがイイ。昂然と胸を張る哀しみとでも云おうか。
BPOの弦の音がまた良い。シルキーで柔らかく、味わい深い。木管も素朴な味わいを醸し出して好ましい。指揮するヨッフムの深々とした呼吸も見事。
ギレリスのピアノはゆったりとして、ここでも抒情的。そして、優しい感情と歌。
ああ、この音楽はシューマンの墓前に捧げられた歌か、遺されたクララの幸福を願った歌か。
第3楽章は熱演。ピアノもオケも奔流となって、熱い思いを噴出させる。
その剛毅さや、良し。ギレリスの本領が最高度に発揮された名演だろう。しかも相手はヨッフム。こちらもスケール大きく、しかも「煽る」ことではピアニストも真っ青だろう。相手にとって不足なし、互いの横綱相撲が聴ける。
この2人、イイ組み合わせだった。同時期だと、ベームとバックハウスに匹敵するかもしれない・・・・。
録音は標準的。やや古びてきた感じもしますが、鑑賞に差し支えはありません。
教会録音なので、残響豊かなんですが、録音そのものはオン・マイク気味で、直接音を多く拾おうとしている感じがします。
2008/10/08のBlog
[ 05:57 ]
[ 管弦楽曲 ]
我が家の庭の金木犀が、良い香りを放っています。
金木犀の香りは、風の加減や空気の動きで、ツンと鼻を突いたり、フワッと香ったり、そしてとても甘やかです。
この香りが漂ってくると、秋やなぁと思います。そして、伊予路は秋祭り一色になります。松山から西条、新居浜、宇摩へと、祭りが続きます。
さて、秋はブラームス。今日はハンガリー舞曲。
ブラームスのハンガリー舞曲集は、彼の作品の中でも最も楽譜が売れたと云われるもの。4手のピアノのための(連弾用)スコアは大変に売れて、そのためか、晩年のブラームスはとても裕福だったという。
今日はその作品のオーケストラ版を聴きましょう。
ブラームスのハンガリー舞曲全集。
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1989年8~9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。
DENON原盤で独シャルプラッテンとの共同制作盤。
ベルリンの壁が崩壊する2か月前の録音ということになる。この後、スウィトナーの新録音は見かけなくなった・・・というより引退同然となったようだ。
ベルリン・シュターツカペレの音がイイ。
ふっくらとしていて、柔らかく、余韻も実に美しい。地味な音色で、落ち着いたモノトーンの音なのだが、派手でない分、聴きやすくまた味わい深い。
特に弦楽セクションが美しい。ヴァイオリンの響きがとても柔らかく、包み込むような暖かとともに、涼しく爽やかな音も同居している感じ。
DENONの録音技術と教会録音というロケーションが功を奏しているのだろう。
家庭で、この音で聴けるのなら、ホンマに満足でありますな。
スウィトナーの指揮は堅実そのもの。奇を衒わず、実に着き、正攻法で全く手堅い。アンサンブルも良好で、指揮者とオケの思いが通じ合っている感じ。良い演奏と思う。
例えば、有名な第5番。背筋がよく伸びて格調高い演奏になっている。音楽は非常に充実していて、しかも品がよい。旋律の美しさに流されず、リズムは克明で、オケの細部までよく磨かれている。その磨き方が、長年の修練によるもので、一時的に光らせているわけではない・・・・といった感じなのだ。
これぞ、スウィトナーの手腕だろう。
録音は前述しましたが、実に素晴らしいものです。
音の柔らかさ、余情余韻とも申し分ありません。
ブラームスにしては少し明るめ(軽め)の音なのでしょうが、録音状態は今も最高レベルと思います。
DENONの音は、ホンマに我が家ではエエのです。システムと相性が良いんでしょう。
金木犀の香りは、風の加減や空気の動きで、ツンと鼻を突いたり、フワッと香ったり、そしてとても甘やかです。
この香りが漂ってくると、秋やなぁと思います。そして、伊予路は秋祭り一色になります。松山から西条、新居浜、宇摩へと、祭りが続きます。
さて、秋はブラームス。今日はハンガリー舞曲。
ブラームスのハンガリー舞曲集は、彼の作品の中でも最も楽譜が売れたと云われるもの。4手のピアノのための(連弾用)スコアは大変に売れて、そのためか、晩年のブラームスはとても裕福だったという。
今日はその作品のオーケストラ版を聴きましょう。
ブラームスのハンガリー舞曲全集。
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1989年8~9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。
DENON原盤で独シャルプラッテンとの共同制作盤。
ベルリンの壁が崩壊する2か月前の録音ということになる。この後、スウィトナーの新録音は見かけなくなった・・・というより引退同然となったようだ。
ベルリン・シュターツカペレの音がイイ。
ふっくらとしていて、柔らかく、余韻も実に美しい。地味な音色で、落ち着いたモノトーンの音なのだが、派手でない分、聴きやすくまた味わい深い。
特に弦楽セクションが美しい。ヴァイオリンの響きがとても柔らかく、包み込むような暖かとともに、涼しく爽やかな音も同居している感じ。
DENONの録音技術と教会録音というロケーションが功を奏しているのだろう。
家庭で、この音で聴けるのなら、ホンマに満足でありますな。
スウィトナーの指揮は堅実そのもの。奇を衒わず、実に着き、正攻法で全く手堅い。アンサンブルも良好で、指揮者とオケの思いが通じ合っている感じ。良い演奏と思う。
例えば、有名な第5番。背筋がよく伸びて格調高い演奏になっている。音楽は非常に充実していて、しかも品がよい。旋律の美しさに流されず、リズムは克明で、オケの細部までよく磨かれている。その磨き方が、長年の修練によるもので、一時的に光らせているわけではない・・・・といった感じなのだ。
これぞ、スウィトナーの手腕だろう。
録音は前述しましたが、実に素晴らしいものです。
音の柔らかさ、余情余韻とも申し分ありません。
ブラームスにしては少し明るめ(軽め)の音なのでしょうが、録音状態は今も最高レベルと思います。
DENONの音は、ホンマに我が家ではエエのです。システムと相性が良いんでしょう。
2008/10/07のBlog
[ 03:21 ]
[ 協奏曲 ]
週末を休んでの月曜日は、忙しいんです。ふつうに、土日を休んでいただけなんですが、いやはや、バンバン仕事が舞い込みます。アレしてくれ、コレを頼む、アレはどうした?、コレはこうせよ・・・・・・・。アタシャ職場のヨロズ引受人。何でもやりまっせ。まこと充実した一日でありました。
さて、秋はブラームスです。
今日は、ブラームスの最高傑作ではないかと僕が思う作品です。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77。
アンネ=ゾフィー・ムターのヴァイオリン独奏、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1981年9月、フィルハーモニーでの録音。DG盤。
第1楽章の序奏部、カラヤン&BPOの雄大な伴奏で始まる。強弱の幅が大きく、ピアニシモのデリケートさはさすがに素晴らしいし、フォルティシモでの爆発力もスゴイ。BPOが凄まじい威力を発揮する。
ムターのヴァイオリンもダイナミックだが、音が細身でしなやかなので、とても鋭敏な演奏になっている。いわば、俊足で機動力溢れる攻撃力・・・・か。決然とフォルテで歌わせるところの、すがすがしいほどの潔さ、ピアニシモで柔らかく歌わせる繊細な感覚、どちらもエエなぁと思う。また、終始強い緊張感に貫かれているのも、聴いていて気持ちよいくらい。
カラヤンの伴奏は、協奏曲としては立派すぎるかなとも思うのだが、(まあ、それがカラヤン流なのだろうが)、ムターの若き才能に刺激されたのか、この演奏では、カラヤンがいきり立っているようなところも散見される。これが面白い。ムターは、カラヤンが発掘してDGで大事に育て上げた才能だが、カラヤンの目論見より遥にその才が大きかったこと、このカラヤンのいきり立ち(苛立ち?)が証明していると思う。大音量のBPOを向こうに回して、ムターは絶好調。カデンツァはヨアヒム作のもの。これも傾聴に値する名演。
第2楽章も序奏部がスゴイ。BPOの独壇場。管楽器も弦楽器も全く美しい。そして巧い。もうメチャクチャに巧い。技巧が安定完璧で、これは天下無双の伴奏だろう。
ムターのヴァイオリンが美音。時に妖しい魅力を放つ。録音当時、ムター18歳。
この若さでこの妖しさ。後年の艶麗さは、もうここで聴かれる。栴檀は双葉より芳し、なのだ。
終楽章はジプシー風のロンド・フィナーレ。
ムターの技巧も素晴らしいが、BPOのテクニックもスゴイ。両者一体となって、力感あふれ、熱いフィナーレになっている。ヴァイオリンとオーケストラの見事なこれは「交響」だろう。
こういう演奏を聴いていると、やはりブラームスの最高傑作は、このヴァイオリン協奏曲かなぁ・・・・と思う。
録音は今も上々であります。
オケとヴァイオリンのバランスも良い。とても綺麗です。
カラヤン伴奏なので、例によってオケが少しかぶり気味なんですが、大音量で聴くと気になりません。
素晴らしい録音であり、演奏であると思います。
さて、秋はブラームスです。
今日は、ブラームスの最高傑作ではないかと僕が思う作品です。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77。
アンネ=ゾフィー・ムターのヴァイオリン独奏、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1981年9月、フィルハーモニーでの録音。DG盤。
第1楽章の序奏部、カラヤン&BPOの雄大な伴奏で始まる。強弱の幅が大きく、ピアニシモのデリケートさはさすがに素晴らしいし、フォルティシモでの爆発力もスゴイ。BPOが凄まじい威力を発揮する。
ムターのヴァイオリンもダイナミックだが、音が細身でしなやかなので、とても鋭敏な演奏になっている。いわば、俊足で機動力溢れる攻撃力・・・・か。決然とフォルテで歌わせるところの、すがすがしいほどの潔さ、ピアニシモで柔らかく歌わせる繊細な感覚、どちらもエエなぁと思う。また、終始強い緊張感に貫かれているのも、聴いていて気持ちよいくらい。
カラヤンの伴奏は、協奏曲としては立派すぎるかなとも思うのだが、(まあ、それがカラヤン流なのだろうが)、ムターの若き才能に刺激されたのか、この演奏では、カラヤンがいきり立っているようなところも散見される。これが面白い。ムターは、カラヤンが発掘してDGで大事に育て上げた才能だが、カラヤンの目論見より遥にその才が大きかったこと、このカラヤンのいきり立ち(苛立ち?)が証明していると思う。大音量のBPOを向こうに回して、ムターは絶好調。カデンツァはヨアヒム作のもの。これも傾聴に値する名演。
第2楽章も序奏部がスゴイ。BPOの独壇場。管楽器も弦楽器も全く美しい。そして巧い。もうメチャクチャに巧い。技巧が安定完璧で、これは天下無双の伴奏だろう。
ムターのヴァイオリンが美音。時に妖しい魅力を放つ。録音当時、ムター18歳。
この若さでこの妖しさ。後年の艶麗さは、もうここで聴かれる。栴檀は双葉より芳し、なのだ。
終楽章はジプシー風のロンド・フィナーレ。
ムターの技巧も素晴らしいが、BPOのテクニックもスゴイ。両者一体となって、力感あふれ、熱いフィナーレになっている。ヴァイオリンとオーケストラの見事なこれは「交響」だろう。
こういう演奏を聴いていると、やはりブラームスの最高傑作は、このヴァイオリン協奏曲かなぁ・・・・と思う。
録音は今も上々であります。
オケとヴァイオリンのバランスも良い。とても綺麗です。
カラヤン伴奏なので、例によってオケが少しかぶり気味なんですが、大音量で聴くと気になりません。
素晴らしい録音であり、演奏であると思います。
2008/10/06のBlog
[ 05:33 ]
[ 室内楽曲 ]
しとしと雨の日曜日でありました。その雨の中、自治会の奉仕活動(一斉清掃)でありました。
当地伊予西条は、秋祭りの盛んな土地柄、西条祭りに向けて地域が一体となって準備をします。毎年の恒例行事の清掃であり、しかも祭りのためならということで、みんなカッパを着て黙々と作業します。びしょ濡れです。しかし不平不満は誰も云いません。偉いもんです。お百姓さんの多い土地でもあり、こういうことに慣れているんです。ああ、日本人。
さて、秋はブラームス。
この人も、不平不満を言わない、胸の内に押さえ込む人だったような気がします。
ブラームスのクラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115。
アルフレート・プリンツのクラリネット、ウィーン室内合奏団の演奏。
1979年6月、ウィーンのポリヒムニア・スタジオでの録音。独オイロディスク原盤。
国内ではDENON発売のCDで、28C37-40という番号。1985年発売当時、2,800円の「廉価盤」でありました。
晩年のブラームスの心境をうかがわせるような、沈んだ気分がひたひたと迫ってくるような演奏。そして、プリンツのクラリネットは、もう、最高の名演。深々とした音で、しっとりと柔らかいのがイイ。硬い音が全然出てこない。そしてゆったりとした包容力もある。呼気が無駄にならずに音化されているのだろうなぁ。
演奏全体も、たっぷりしたテンポと柔らかい響きで終始一貫しているのが好ましい。ウィーン情緒とでも云うべきか、時に素朴な表情が見えるのも嬉しい。
第1楽章の悲痛な表情。ブラームスの諦念が広がる。
第2楽章は、ロマンの薫りを一杯に含んだクラリネットが素晴らしい。特にその音。プリンツの音は、哀しみと柔らかい抒情をたたえて、全く美しい。これ以上のクラリネットというと・・・・ちと思いつかんぞい。
アンサンブルも見事。ゲルハルト・ヘッツェルのヴァイオリンが、キッチリと輪郭を描いて、音楽がブヨブヨと肥大化しないのがイイ。その輪郭から、ヴィオラやチェロが、淡くにじむような響きを作り出してゆく。
フィナーレも美しさの限り。プリンツの充実した演奏が聴ける。見事な演奏に息をのみつつ、ああ、終わるのが勿体ない!
録音は上々であります。
クラリネットの慎み深い音がよく捉えられているし、背後に控える弦楽四重奏の存在感も十分です。
ヘッツェルのヴァイオリンもよく伸びてます。
プリンツのクラリネットだけではない、このCDは、名手ゲルハルト・ヘッツェルのヴァイオリンも聴けるんであります。
当地伊予西条は、秋祭りの盛んな土地柄、西条祭りに向けて地域が一体となって準備をします。毎年の恒例行事の清掃であり、しかも祭りのためならということで、みんなカッパを着て黙々と作業します。びしょ濡れです。しかし不平不満は誰も云いません。偉いもんです。お百姓さんの多い土地でもあり、こういうことに慣れているんです。ああ、日本人。
さて、秋はブラームス。
この人も、不平不満を言わない、胸の内に押さえ込む人だったような気がします。
ブラームスのクラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115。
アルフレート・プリンツのクラリネット、ウィーン室内合奏団の演奏。
1979年6月、ウィーンのポリヒムニア・スタジオでの録音。独オイロディスク原盤。
国内ではDENON発売のCDで、28C37-40という番号。1985年発売当時、2,800円の「廉価盤」でありました。
晩年のブラームスの心境をうかがわせるような、沈んだ気分がひたひたと迫ってくるような演奏。そして、プリンツのクラリネットは、もう、最高の名演。深々とした音で、しっとりと柔らかいのがイイ。硬い音が全然出てこない。そしてゆったりとした包容力もある。呼気が無駄にならずに音化されているのだろうなぁ。
演奏全体も、たっぷりしたテンポと柔らかい響きで終始一貫しているのが好ましい。ウィーン情緒とでも云うべきか、時に素朴な表情が見えるのも嬉しい。
第1楽章の悲痛な表情。ブラームスの諦念が広がる。
第2楽章は、ロマンの薫りを一杯に含んだクラリネットが素晴らしい。特にその音。プリンツの音は、哀しみと柔らかい抒情をたたえて、全く美しい。これ以上のクラリネットというと・・・・ちと思いつかんぞい。
アンサンブルも見事。ゲルハルト・ヘッツェルのヴァイオリンが、キッチリと輪郭を描いて、音楽がブヨブヨと肥大化しないのがイイ。その輪郭から、ヴィオラやチェロが、淡くにじむような響きを作り出してゆく。
フィナーレも美しさの限り。プリンツの充実した演奏が聴ける。見事な演奏に息をのみつつ、ああ、終わるのが勿体ない!
録音は上々であります。
クラリネットの慎み深い音がよく捉えられているし、背後に控える弦楽四重奏の存在感も十分です。
ヘッツェルのヴァイオリンもよく伸びてます。
プリンツのクラリネットだけではない、このCDは、名手ゲルハルト・ヘッツェルのヴァイオリンも聴けるんであります。
2008/10/05のBlog
[ 05:43 ]
[ 交響曲 ]
秋です。四国の田んぼに涼やかな風が渡ります。
そろそろ秋祭り、収穫の季節であります。ジョギングにも良い季節になりました。ランナーからは、「オクトーバー・ラン」と云われるくらい、心地よいんです。朝走ってもよし、夕暮れ時にトコトコやるのもよし。走った後のシャワーがまた爽やかなこと。エエ季節になりました。
そんな中、ブラームスの第2交響曲を聴いてます。これは、彼の田園交響曲。秋ののどかな田舎風景によく似合います。
さあ、「秋はブラームス」です。
ブラームスの交響曲第2番 ニ長調 作品73。
ニコラウス・アーノンクール指揮ベルリン・フィルの演奏。
1996年3月、フィルハーモニホールでのライヴ録音。TELDEC原盤の全集から。
アーノンクールは今や大御所。
ウィーン・コンツェントス・ムジクスを率いて前衛的なバロック演奏を展開していた頃は、「変わり者」という評価が多かったのだが、今はベルリン・フィルにしてもウィーン・フィルにしても定期演奏会にはなくてはならぬ指揮者になっているようだ。
このブラームス全集は1996年~97年のベルリン・フィルの演奏会を20bitデジタル・レコーディングしたもので(と解説書に書いてあった)、もう10年以上経過したことになる。
演奏はアーノンクールらしく、楽譜の様々な綾を解きほぐして、隅々に光を当てた感じのもので、新しい響きを創出することに成功している。
内声部の動きが実によく見える演奏でもある。ヴィオラや第2ヴァイオリンが何をしているのか、とてもよく分かるのだ。ブラームスの音楽は内声部の書法に凝っていて、演奏者からすると(特にヴィオラ弾き)、弾いていて実に面白いらしい・・・というのは、本で読んだことなのだが、確かにこのアーノンクール盤で聴くと、その辺がよく聞こえてきて、面白い。さすがアーノンクール、一筋縄ではいかないなぁ。
しかし、全体的には至極まっとうな演奏。
テンポは普通だし、アゴーギクも実にふつう、アーティキュレーションもアーノンクールにしては調子が悪いのではないかと思われるくらい、まっとうなものだ。
若い頃のギラギラした、先鋭的な演奏を期待すると、見事にはぐらかされる演奏と云うべきか。
実演らしいのは、後半になるほど尻上がりにオケの調子が良くなり、第4楽章などはアンサンブルも良く、熱気がこもっている。これは素晴らしい。
録音はライヴらしく、会場の雰囲気が良く伝わります。
臨場感に優れ、音の鮮度も上々です。
TELDECの録音水準は、1990年代に急速に良くなったとボクは思っています。これは、その1枚と云えるでしょう。
<ブラームスの交響曲第2番 の自己リンクです>
■カラヤン/フィルハーモニア管
■ケンペ/ミュンヘン・フィル
■モントゥー/ロンドン響
■シュタイン/バンベルク響
■ザンデルリンク/ベルリン響
■バルビローリ/ウィーン・フィル
■ズヴェーデン/オランダ放送管
■クーベリック/バイエルン放送響
■カラヤン/ベルリン・フィル(1986年録音)
そろそろ秋祭り、収穫の季節であります。ジョギングにも良い季節になりました。ランナーからは、「オクトーバー・ラン」と云われるくらい、心地よいんです。朝走ってもよし、夕暮れ時にトコトコやるのもよし。走った後のシャワーがまた爽やかなこと。エエ季節になりました。
そんな中、ブラームスの第2交響曲を聴いてます。これは、彼の田園交響曲。秋ののどかな田舎風景によく似合います。
さあ、「秋はブラームス」です。
ブラームスの交響曲第2番 ニ長調 作品73。
ニコラウス・アーノンクール指揮ベルリン・フィルの演奏。
1996年3月、フィルハーモニホールでのライヴ録音。TELDEC原盤の全集から。
アーノンクールは今や大御所。
ウィーン・コンツェントス・ムジクスを率いて前衛的なバロック演奏を展開していた頃は、「変わり者」という評価が多かったのだが、今はベルリン・フィルにしてもウィーン・フィルにしても定期演奏会にはなくてはならぬ指揮者になっているようだ。
このブラームス全集は1996年~97年のベルリン・フィルの演奏会を20bitデジタル・レコーディングしたもので(と解説書に書いてあった)、もう10年以上経過したことになる。
演奏はアーノンクールらしく、楽譜の様々な綾を解きほぐして、隅々に光を当てた感じのもので、新しい響きを創出することに成功している。
内声部の動きが実によく見える演奏でもある。ヴィオラや第2ヴァイオリンが何をしているのか、とてもよく分かるのだ。ブラームスの音楽は内声部の書法に凝っていて、演奏者からすると(特にヴィオラ弾き)、弾いていて実に面白いらしい・・・というのは、本で読んだことなのだが、確かにこのアーノンクール盤で聴くと、その辺がよく聞こえてきて、面白い。さすがアーノンクール、一筋縄ではいかないなぁ。
しかし、全体的には至極まっとうな演奏。
テンポは普通だし、アゴーギクも実にふつう、アーティキュレーションもアーノンクールにしては調子が悪いのではないかと思われるくらい、まっとうなものだ。
若い頃のギラギラした、先鋭的な演奏を期待すると、見事にはぐらかされる演奏と云うべきか。
実演らしいのは、後半になるほど尻上がりにオケの調子が良くなり、第4楽章などはアンサンブルも良く、熱気がこもっている。これは素晴らしい。
録音はライヴらしく、会場の雰囲気が良く伝わります。
臨場感に優れ、音の鮮度も上々です。
TELDECの録音水準は、1990年代に急速に良くなったとボクは思っています。これは、その1枚と云えるでしょう。
<ブラームスの交響曲第2番 の自己リンクです>
■カラヤン/フィルハーモニア管
■ケンペ/ミュンヘン・フィル
■モントゥー/ロンドン響
■シュタイン/バンベルク響
■ザンデルリンク/ベルリン響
■バルビローリ/ウィーン・フィル
■ズヴェーデン/オランダ放送管
■クーベリック/バイエルン放送響
■カラヤン/ベルリン・フィル(1986年録音)
2008/10/04のBlog
[ 05:44 ]
[ 交響曲 ]
秋祭りが近づいています。「西条祭り」であります。
今日は、草刈りです。
我が家周辺の道路を清掃して、「だんじり」が気持ちよく運行できるようにします。
さて、今日はシューベルトの交響曲を。
シューベルトの交響曲第9番 ハ長調「グレート」。
カール・ベーム指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1979年1月12日、ドレスデンのクルトゥーア・パラストでのライヴ録音。DG原盤。
国内では、ベーム追悼盤として発売されたものだったと思う。LP以来、再発を繰り替えしてきたが、さて、今は廉価盤かな。
カラヤン生誕100年で賑わう今年だが、なに、今も昔もカラヤンのCDのセールスは一向に減らないようだ。ショップへ行けば、ナンボでも並んでいる。
それを思うと、しかし、1970年代に巨匠としてカラヤンと並び称されたベームのCDは減ったものだ。ポツポツとしか見かけなくなった。淋しい話だが、さて、ヨーロッパでのベームの忘れられ方は日本よりもっと早かったらしい。そういえば、晩年のベームに対する熱烈歓迎ぶり、日本の場合は異様だったような気もする。1975年のNHKライヴ盤は今聴いてもスゴイと思うが、レコードでの晩年のベームはリズムの衰えが目立ち、鈍足鈍重な印象を聴いていて受けたものだった。
この「グレート」は、そのベーム最晩年に、ドレスデン・シュターツカペレを振って録音した実況録音盤。このころのベームはウィーン・フィルか、会長を務めていたロンドン響しか、レコードでは振らなかったので、ドレスデン・シュターツカペレで出てきたときには珍しいと思ったものだった。しかし、よく考えてみれば、ベームは戦前にザクセン州立歌劇場と称していた時代からドレスデンには馴染みの指揮者、この演奏会も里帰り的な歓迎だったようだ。
演奏は貫禄十分、風格豊かなもので、後半になるとライブ的な感興の盛り上がりもあって実に素晴らしい。
晩年のベームゆえ、リズムのキレはないものの、スケール豊かで大らかなシューベルトを聴かせてくれる。
第1楽章は序奏部がとても美しく、ふっくらと優しく広がる名演。アッチェランドからの主部は、もう少しキビキビした感じが欲しいかな。ドレスデン・シュターツカペレの音は、出だしはやや硬い感じ。いつものまろやかさが足りない感じなのは、実演の緊張感だろうか。
第2楽章は美しい。木管が大変にイイ。メロディアスで、メロウなサウンド。聴いていて、音の感触が頬に優しい。この甘美な音は、ドレスデン・シュターツカペレらしい。
スケルツォ楽章は、金管も活躍。抒情的な感じがよろしい。徐々に演奏も盛り上がって、演奏会の雰囲気が良く伝わってくる。オケも調子が上向き。ホンマに美しい、まろやかなサウンドが広がってゆく。そうそう、この音でなくちゃね。
フィナーレはもう最高の演奏。ベームは、やはり実演の人。老いたるとはいえ、この壮大な音楽は、時に剛直な表情を見せつつ、しっかりと締めくくってゆく。
サウンドは美しさの限り、さすがドレスデンでありますな。
録音はちと古くなりました。
少し乾いた感じがするのは、経年劣化か、演奏家録音の条件の悪さか・・・・よく分かりません。
後半に行くほど、音が良くなります。耳が慣れるんでしょうか、後半楽章の方が音がスッキリしてきます。
<シューベルトの「グレート」の過去のエントリーです>
◆バレンボイム/ベルリン・フィル
◆ケンペ/ミュンヘン・フィル
◆ジュリーニ/バイエルン放送響
◆レヴァイン/シカゴ響
◆レーグナー/ベルリン放送響
◆スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
◆ワルター/コロンビア響
◆デイヴィス/ボストン響
◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆ジュリーニ/シカゴ響
今日は、草刈りです。
我が家周辺の道路を清掃して、「だんじり」が気持ちよく運行できるようにします。
さて、今日はシューベルトの交響曲を。
シューベルトの交響曲第9番 ハ長調「グレート」。
カール・ベーム指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1979年1月12日、ドレスデンのクルトゥーア・パラストでのライヴ録音。DG原盤。
国内では、ベーム追悼盤として発売されたものだったと思う。LP以来、再発を繰り替えしてきたが、さて、今は廉価盤かな。
カラヤン生誕100年で賑わう今年だが、なに、今も昔もカラヤンのCDのセールスは一向に減らないようだ。ショップへ行けば、ナンボでも並んでいる。
それを思うと、しかし、1970年代に巨匠としてカラヤンと並び称されたベームのCDは減ったものだ。ポツポツとしか見かけなくなった。淋しい話だが、さて、ヨーロッパでのベームの忘れられ方は日本よりもっと早かったらしい。そういえば、晩年のベームに対する熱烈歓迎ぶり、日本の場合は異様だったような気もする。1975年のNHKライヴ盤は今聴いてもスゴイと思うが、レコードでの晩年のベームはリズムの衰えが目立ち、鈍足鈍重な印象を聴いていて受けたものだった。
この「グレート」は、そのベーム最晩年に、ドレスデン・シュターツカペレを振って録音した実況録音盤。このころのベームはウィーン・フィルか、会長を務めていたロンドン響しか、レコードでは振らなかったので、ドレスデン・シュターツカペレで出てきたときには珍しいと思ったものだった。しかし、よく考えてみれば、ベームは戦前にザクセン州立歌劇場と称していた時代からドレスデンには馴染みの指揮者、この演奏会も里帰り的な歓迎だったようだ。
演奏は貫禄十分、風格豊かなもので、後半になるとライブ的な感興の盛り上がりもあって実に素晴らしい。
晩年のベームゆえ、リズムのキレはないものの、スケール豊かで大らかなシューベルトを聴かせてくれる。
第1楽章は序奏部がとても美しく、ふっくらと優しく広がる名演。アッチェランドからの主部は、もう少しキビキビした感じが欲しいかな。ドレスデン・シュターツカペレの音は、出だしはやや硬い感じ。いつものまろやかさが足りない感じなのは、実演の緊張感だろうか。
第2楽章は美しい。木管が大変にイイ。メロディアスで、メロウなサウンド。聴いていて、音の感触が頬に優しい。この甘美な音は、ドレスデン・シュターツカペレらしい。
スケルツォ楽章は、金管も活躍。抒情的な感じがよろしい。徐々に演奏も盛り上がって、演奏会の雰囲気が良く伝わってくる。オケも調子が上向き。ホンマに美しい、まろやかなサウンドが広がってゆく。そうそう、この音でなくちゃね。
フィナーレはもう最高の演奏。ベームは、やはり実演の人。老いたるとはいえ、この壮大な音楽は、時に剛直な表情を見せつつ、しっかりと締めくくってゆく。
サウンドは美しさの限り、さすがドレスデンでありますな。
録音はちと古くなりました。
少し乾いた感じがするのは、経年劣化か、演奏家録音の条件の悪さか・・・・よく分かりません。
後半に行くほど、音が良くなります。耳が慣れるんでしょうか、後半楽章の方が音がスッキリしてきます。
<シューベルトの「グレート」の過去のエントリーです>
◆バレンボイム/ベルリン・フィル
◆ケンペ/ミュンヘン・フィル
◆ジュリーニ/バイエルン放送響
◆レヴァイン/シカゴ響
◆レーグナー/ベルリン放送響
◆スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
◆ワルター/コロンビア響
◆デイヴィス/ボストン響
◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆ジュリーニ/シカゴ響
2008/10/03のBlog
[ 05:37 ]
[ 室内楽曲 ]
この夏にCDを狂ったように大人買いしてしまい、未聴のCDが山のようになっております。ミチョランマであります。
にもかかわらず、HMVのサイトを覗くと、「箱物」の激安盤がこの秋も沢山・・・・・・。アンドラーシュ・シフのバッハとかDECCAのピアノ組物50枚、カラヤンの1970年代の交響曲集38枚組・・・・・BCJのバッハ声楽曲のボックス・・・・・欲望は尽きません。大いにダブる、少々ダブる、それぞれでありますが、欲しいなぁ。これ、「業」であります。ワタクシは因業オヤジであります・・・・・。そんなに買って、聴く時間が取れるのか?・・・・・自問します。しかし、「CDは見つけたときに買っておかないとそのうちになくなってしまう、見かけなくなってしまう」というのはLP時代からの鉄則・・・・・こりゃ、少々無理をしてでも購っておかねばなるまいなぁ・・・・・・。以上、文字通
にもかかわらず、HMVのサイトを覗くと、「箱物」の激安盤がこの秋も沢山・・・・・・。アンドラーシュ・シフのバッハとかDECCAのピアノ組物50枚、カラヤンの1970年代の交響曲集38枚組・・・・・BCJのバッハ声楽曲のボックス・・・・・欲望は尽きません。大いにダブる、少々ダブる、それぞれでありますが、欲しいなぁ。これ、「業」であります。ワタクシは因業オヤジであります・・・・・。そんなに買って、聴く時間が取れるのか?・・・・・自問します。しかし、「CDは見つけたときに買っておかないとそのうちになくなってしまう、見かけなくなってしまう」というのはLP時代からの鉄則・・・・・こりゃ、少々無理をしてでも購っておかねばなるまいなぁ・・・・・・。以上、文字通