ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
クラシック音楽のひとりごと
Blog
[ 総Blog数:1278件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/12/14のBlog
今日は最近購入したCDを聴いてます。

モーツァルトの交響曲第39番 変ホ長調 K.543。
クリスト・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管の演奏。
1990年10月、クリーヴランドのマソニック・オーディトリアムでの収録。DECCA原盤で、タワーレコードのヴィンテージ・コレクションVol.7での発売。

タワーレコードのヴィンテージ・コレクションは、廃盤であったり入手困難であったりするCDを廉価再発売してくれるので、実に有り難い。当地、四国新居浜にもタワーはあって、クラシック売り場はそう大きくないものの、愛媛県内では最も品揃えが多い店舗の一つだろうと思う。(あとは、松山・銀天街の「まるいレコード」くらいか)
今月も、ドホナーニのモーツァルト交響曲集、ヴェーグとシフのベートーヴェン・ヴァイオリンソナタ全集、ポール・パレーのシューマン交響曲全集などが入手できて、実に喜ばしい。先月はチョン・ミュンフンのシューベルト「未完成」アルゲリッチのシューマン・ピアノ協奏曲の1枚が国内としては初出発売されていた。この1枚(2曲)は、オススメの1枚であって、しかも1,000円の廉価盤というのが嬉しい。買わざるべからず、と云うべきか。どちらもすでにエントリー済みであります。

さて、このドホナーニ&クリーヴランド管の演奏は流麗でしなやか、快速のモーツァルト。速いがあまりキビキビ感がないのは、レガート奏法のせいか。カラヤン&BPOのモーツァルトと似たところがある。
ドホナーニとクリーヴランド管のコンビがドヴォルザークやブラームスで聴かせたスッキリ辛口の味わいを期待していたのだが、このモーツァルトはレガートによってやや甘口。柔和でしなやか、流線形のモーツァルトだった。

クリーヴランド管の弦が特にイイ。クリアで棲んだ響きで、良く伸びてゆく。
アンサンブルはセル時代を彷彿とさせる見事なもので、聴いていて実に快い。

素晴らしいのは、やはりこの交響曲の白眉たる第3楽章メヌエットか。モーツァルト最高のメヌエットと僕は思うのだが、ドホナーニは実に精力的な音楽に仕上げてゆく。その仕上がりが完璧。美しい。

録音はさすがにまだ新しいので、鮮やかなもの。
ホールトーンが十分にあって、音が大きく広がっていきます。このスケール感は快感でありまして、ああ、DECCAの音だなぁと思います。
これくらいふっくらした音でセル&クリーヴランド管のCD・LPが聴ければなぁ・・・・と僕は無い物ねだりをしたのでした(汗)。


ボーナスが出た長男が久しぶりに帰宅して、家族の夕食をおごってくれました。
今日、18歳の誕生日を迎える三男坊のお祝いを兼ねて、ワタシと妻、母もご相伴に与ったのです。ボーナスといっても、社会人1年目、微々たるものですし、夕食も回転寿司でありましたが、それでも嬉しいもんです。貯蓄もそこそこしているとのこと、こりゃ頼もしい。早く家督を譲って、ワタクシは隠居を・・・・・・・と皮算用中であります。
2008/12/13のBlog
さて、12月も中旬、今年も押し迫ってきた感があります。今年を表す漢字は「変」だそうな。そういえば、いろいろな「変事」がありました・・・。
で、年末の音楽には事欠きません。ド定番の第九がありますし(今年もこの時期には何枚も同曲異演盤を聴くことでしょう)、バッハの「マタイ」や「ヨハネ」、クリスマス・オラトリオにミサ曲ロ短調あたりもこの時期にはエエですねえ。それにチャイコフスキーの「くるみ割り人形」、プッチーニの「トスカ」や「ボエーム」もこの季節には聴きたくなるんです。
それでもって、年末大晦日近くになればもうワーグナーでしょう。NHK-FM放送で慣らされてしまったと言うべきでしょうか、年末になると「バイロイト音楽祭」の放送が深夜にありまして、冬の夜長にまたワーグナーが滅法合うんですなぁ。

ということで、多忙をおしてワタクシは音楽三昧。これぞ、人生の悦楽と云うもんでしょう(笑)。

さあ、年末のウォーンミング・アップです。第九を聴きます。

ベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」。
小澤征爾指揮ニュー・フィルハーモニア管の演奏。
マリタ・ナビアー(ソプラノ)、アンナ・レイノルズ(アルト)、ヘルゲ・ブリリオート(テノール)、カール・リッダーブッシュ(バス)の独唱。合唱はアンブロジアン・シンガーズ。
1974年2月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。フィリップス原盤の国内LP2枚組。ボーナス時期には2LP3,000円シリーズで、しばしば発売(再発)されたものでした。

アナログ時代らしい、ふっくらとした録音で、無理のない自然なバランスで鳴らせている感じが好ましい。フィリップス特有の残響豊かで間接音がやや多め。聴きやすい音と思う。中音域が充実しているので、柔らかく暖かい音になる。左右のスケール感も良好だし、楽器の定位も良い。高品位の録音と思う。

そして演奏は、若かりし頃の小澤らしい、しなやかさと柔らかさが充溢した名演と思う。自然なフレージングに妥当なテンポ、急がず慌てず奔りすぎず、実に心地よい。
(だいたい、日本人指揮者は第九が巧い。年末恒例の国民的行事なので、振る回数も多いからだろうか、安心して聴くことができる。)

第1楽章は厳しいアプローチだが、小澤持ち前の自然な音楽の運びが功を奏して、カッチリとした名演奏になっている。感性がしなやかで、ベートーヴェンの表情が硬くならないのが良い。

第2楽章は中庸のテンポで丁寧に振っている感じ。ティンパニは逞しく、実によい音で鳴っている。

第3楽章はストリングスがとにかく美しい。これは正真正銘の美演と思う。アンサンブル良好で、音楽はここでもしなやかに流れてゆく。テンポはやや速めになるのかな。スッキリと心に響く感じ。

そして終楽章は歌唱が見事。独唱も合唱もイイ。
若き貴公子のこれは第九だ。若い頃の小澤ってイイですね。

2008/12/12のBlog
さて、今日も古い録音を。
50年前のDECCA録音が素晴らしく、そして白熱の名演奏と思っています。

チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」。
ジャン・マルティノン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1957年ウィーンのゾフィエンザールでの録音。DECCA原盤のキング国内盤。

VPOとマルティノンの組み合わせは珍しい。初顔合わせ盤だったんじゃないか。そして、今このコンビで聴けるのは、このCDのみ(カップリングはボロディンの交響曲第2番)。他にレコードあったかな?
VPOは初顔とのディスクで飛んでもない名演をのこす、と僕は思っている。例えば、ケルテスとの「新世界」、シャイーとのチャイ5。このマルティノン盤も「飛んでもない」の一つと思う。知性とエレガンスに溢れたフランス人指揮者の、激情的な演奏が聴けるだけでも、このディスクは素晴らしいと思う。

特に第1楽章の展開部。嵐のような迫力、大音量に圧倒される。そして、その後の抒情の美しいこと。聴いていて一瞬ゾクゾクするようなやすらぎの表情、その対比がたまらない。VPOも素晴らしい出来。パワフルで輝かしく、そして美しく優雅。こと第1楽章の演奏においては、マルティノン盤は古今東西の夥しい「悲愴」の中で一・二を争う名演と思える。

第2楽章の優雅なこと!
涙の中の微笑みのような楽章だが、この優しさのあふれた演奏は、VPOの独壇場だろう。マルティノンの旋律の処理が美しい。チャイコフスキーのメランコリックなメロディをマルティノンは共感をもって歌う。虚飾のない表現と思う。

第3楽章は徐々に音楽が盛り上がって壮烈なラストへ。感興もそれに応じて盛り上がる。ティンパニの音など最高。これは聴きものだろう。

フィナーレはVPOの弦楽セクション、特にヴァイオリン群が美しい。切々とチャイコフスキーの哀愁を歌い上げてゆく。その歌、哀歌はスタイリッシュな感じ。美しく、格好良い。涙が出そう。

録音はまずまずで、今も鑑賞に差し支えないレベルと思います。
さすがに録音から50年経過していますので、音は若干詰まるところがあります。ダイナミック・レンジはやや小さく、ヒスノイズは盛大であります。リミッターがかかったような音がするのは、マスタリングのせいかしら。
ステレオ感や奥行き感は立派なもので、これは大したもんだと思います。
いずれにせよ、マルティノンとウィーン・フィルの幸福な出会いでありました。
2008/12/11のBlog
ポカポカ陽気でありました。11月上旬の気温だったそうな。
昼休みに職場周辺を散歩していると(最近、歩数計などを身につけておりまして 汗)、空は快晴、空気はほのぼの、気持ちよかったですねえ。新居浜の名物、イチョウはほぼ落葉しました。すっかり冬の風景なんですが、ほんわかと暖かい日でありました。

さて、今日はモーツァルトの室内楽を聴いてます。久しぶりに取り出したCDなんですが、今日の陽気にはちょうど良かったかな。
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集であります。
中でもその1曲目、これが良かった。

モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第24番 ハ長調 K.296。
前橋汀子のヴァイオリン、クリストフ・エッシェンバッハのピアノ。
1990年5月、大阪いずみホールでの録音。CBSソニー盤。

モーツァルトのヴァイオリン・ソナタは楽しい。聴いていて、ヴァイオリンとピアノの語らいに微笑ましくなる。
冒頭第1楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェ。
前橋のヴァイオリンは若々しく凛々しく、華やぎがある。そして少し妖しい色気も。水もしたたるような美音でもあって、特に高音が細身でしなやかに、時に柔らかく弧を描くように伸びてゆく。実にすがすがしい。
エッシェンバッハのピアノもこれまた美しい。高音が突き抜けるような感じで、清涼感いっぱい。実に瑞々しい。ダイナミクスも大きく、モーツァルトにしてはかなり個性的と思うが、これくらい元気があるのもイイ。

緩徐楽章はさらに美しい。心が通い合うアンダンテ・ソステヌート。素晴らしいアンサンブル。名手二人が心を重ね合わせると、こんなに美しいアンサンブルになる。合わせものってエエなぁと思う。時間が過ぎてゆくのを忘れさせる、これは絶品絶美と云えそう。

第3楽章は鮮やかなロンド・アレグロ。心弾む軽快さ。
前橋のヴァイオリンは流麗そのもので、色気が薫るような美しさ。エッシェンバッハのピアノは堂に入ったもので、手慣れた職人芸を思わせる。カッチリしたピアノを弾いてゆく。

録音はとても美しいです。オンマイク気味で、音そのものはとても綺麗です。
ヴァイオリン・ソナタの録音は大変難しいと、昔『レコード芸術』で読んだことがあります。シェリングとヘブラーのベートーヴェン全集がレコード・アカデミー賞の録音賞を受賞したときに読んだ記憶があります。
しかし、この前橋録音は抜群です。2つの楽器がとてもクリアに録られていて、心地よく鑑賞できます。
ソニーの国内録音盤としては、名録音と云えるのではないでしょうか。

このCD、ヴァイオリン・ソナタ全4曲収録しております。
あとの3つは、25番ト長調K.301、30番ニ長調K.306、42番イ長調K.526であります。
名演でありました。
2008/12/10のBlog
終日そぼ降る雨でありました。そのせいか、気温は少し高め、初冬の湿度の高い一日でした。
このところ、仕事が立て込んでおりまして、のんびりクラシック音楽を聴けないのが残念でありますが、それでも寸暇を惜しんで聴くのは、これぞサガというもんでしょう。今日もDECCAの1960年前後の録音を聴いておりました。

ベルリオーズの幻想交響曲。
ピエール・モントゥー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1958年、ゾフィエンザールでの録音。DECCA原盤のキング発売国内盤。これ、1,000円盤。中古だと非常に安価で入手可能でしょう。

1950年代のウィーン・フィルは、匂うような美しさに満ちていた・・・・・とは音楽関係の本でよく読むのだが、この演奏はその見事なウィーン・フィルの響きが聴ける貴重な一枚と思う。しかも指揮は名匠モントゥー。素晴らしい演奏となっている。

VPOの美しさはなるほどそのとおりであって、弦楽セクションからは宝石がこぼれるような鮮やかさを味わえる。キラキラ輝くような弦はたまらない。
管楽器はウィーン・フィル独特の音がする。イングリッシュ・ホルンやウィンナ・ホルンなど、ため息が出るほど美しい。情緒があって、水が滴るような美しさと云うべきか。

白眉はワルツか。
モントゥーは少し速めのテンポで、粋なワルツを聴かせてくれる。いや、これVPOのメンバーが自発的にやってしまった感じかな。フランスの作品とはいえ、「ワルツ」はVPOのオハコだものね。旨いだの云う以前の話だろう。この三拍子は、VPOの体質・遺伝子みたいなものか。
そして、何と楽しいこと。6分間の舞踏会がアッという間だった。

「野の風景」も味わい深い。ここは、ボンヤリしていると16分間が退屈で、時に居眠りをしてしまう(ああ、しかしその居眠りは何と贅沢なことか!)のだが、この演奏はしみじみ、ほのぼの、耳を澄ませて聴きたくなる演奏になっていた。

終楽章へ向けての爆発もさすがにVPO。迫力満点で、なおかつ音楽が美しい。この輝かしさと格好良さの同居は、他のオケではなかなか聴けないんじゃないか。

モントゥー83歳の演奏。老境とはいえ、円熟の名演奏と思う。1,000円盤にしておくのは勿体ないくらい。

録音状態も良好であります。
50年前のものとしては、非常に上等上質の音と思います。ヒスノイズが多いのは仕方ないでしょう。音楽の豊かさに、そのノイズはやがて気にならなくなります。
2008/12/09のBlog
寒い日が続きます。四国は夕方から雨でありました。
この雨で少し寒さが緩む予報です。仕事はさすがに師走、忙しくなりました。月末まで多忙さの中で一気にいってしまいそうな予感であります。

今日は往年の名盤を。

メンデルスゾーンの交響曲第3番 イ短調 作品56「スコットランド」。
ペーター・マーク指揮ロンドン響の演奏。
1960年4月、ロンドンのキングズウェイ・ホールでの録音。DECCA盤。

何とフレッシュな演奏。爽やかで新鮮、青々とした草原の中で涼風に吹かれているような感じの演奏。そんな錯覚に陥るほど、この演奏はすがすがしい。
オーケストラも健闘しているし、大変巧いと思うのだが、ロンドン響からこれだけの爽やかな響きを引き出したペーター・マークこそ、賞賛されるべきだろう。素晴らしい指揮者と思う。気質・個性がメンデルスゾーンに合っていたのだろうなあ。

第1楽章は新鮮であるとともに、若者のような溌剌とした勢いがある。血気盛んと云うよりは、理知的な青年の淡い憧れという趣き。サッパリとしたソーダ水のような、淡いロマンの味わいで、何とも云えない懐かしさがある。とうの昔に自分が忘れてしまった青春の薫りが、この演奏から漂ってくるからだろう。
ああ、聴き手はトシを取ってしまった・・・・・・(^^ゞ

第2楽章は推進力のあるヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ。マークの指揮には淀みがない。鼓弓も自然で心地よい。テンポは速いが、節度あるのが何よりイイ。

第3楽章は柔らかく、しなやかな歌が印象的。ストリングスの美しさはメンデルスゾーン独特のものだが、ロンドン響が好演していると思う。

第4楽章も若々しいロマンに満ちた見事な演奏。爽快な感動が胸一杯に広がってゆく感じ。美しいフィナーレ。
やはり、この演奏は往年のド定盤。これを上回る演奏となると、はて・・・・・・なかなか思いつかんぞい。


録音はDECCAらしい、素晴らしいもの。
このCDは96khz、24bitというリマスターのようですが、いやはや、音の良さにビックリしました。
1960年ですから、おおかた50年も昔の録音なんですが、とにかく美しく鮮やかで、瑞々しいのです。スゴイと思います。
今、これだけの音、なかなか聴けないんじゃないのでしょうか。
2008/12/08のBlog
寒い休日でした。真冬の気温でした。
さて、Doblogはメンテナンスが先日ありまして、以後、早朝更新が楽になりました。ということで、朝、書いてます。この方がどうも調子が良いのは、年寄りの早起きが身についた証左でありましょう。

で、今日はベートーヴェンです。

ベートーヴェンの交響曲第1番 ハ長調 作品21。
クリスト・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管の演奏。
1988年10月、マソニック・オーディトリアムでの録音。テラーク盤。

ジャック・レナーによる名録音。
「テラーク」というのは僕ら中年世代には、音が良いというので有名なレーベルで、カンゼル/シンシナティ響の「1812年」のLPは並みのカートリッジではトレース不能という強烈なカッティングで一世を風靡したものだった。僕は、激しくうねるLPの溝を見るだけでも、スゲエなぁ・・・と思ったものだ。
そのエンジニアはジャック・レナー。見事な腕前のエンジニアだったと思う。

このドホナーニの全集は初めからCDで発売されたもの。
CD時代になると、あの強烈な音の良さはあまり目立たなくなっていたが(他のレーベルもCDのクリアさを生かした美しい録音で迫ってきていたしなぁ)、このベートーヴェンは今聴いても大変に素晴らしい音であって、優秀録音のベートーヴェンの交響曲としては最右翼に置かれていいものと僕は思っている。

当時、ドホナーニ&クリーヴランド管のコンビは絶好調。
スッキリしたアンサンブルと、クールな表情の音楽づくり、そして全体は均整の取れた筋肉質のフォルム・・・・・実に「男前の演奏」と云うべきものだった。

この第1交響曲も、このコンビらし演奏。大変しっかりとしたアンサンブルの上に、若々しいベートーヴェンの情熱が語られてゆく。古典派的な構成も良い。

特にイイのはフィナーレの弾むリズム。これはテンポも妥当で、格調高い。
ドホナーニのベートーヴェン全集、世評はどうなんでしょう
そう高くはなさそうですが、なかなか良い演奏と僕は思います。

録音は今も抜群です。
弦楽が特に美しく、練り絹のような蝕感がたまりません。管楽器や打楽器も、古典派の交響曲らしく、穏やかに広がってゆく品の良さであります。
録音の良さでは、DENONのスウィトナー&ベルリン・シュターツカペレの全集と双璧ではないかと思うんですが・・・・。
2008/12/07のBlog
寒波襲来。厳冬がやってきました。
我が家の目の前に広がる四国の連峰もすっかり雪化粧です。日中は雪も舞いました。いやあ、寒くなりましたね。
昨日は当地で云う「巳正月」。12月の巳の日・午の日は、今年亡くなった人のお正月でありまして、親類筋の墓参と読経に行っておりました。墓は高台の上、寒かったですねえ。

さて、そこで今日はこんな音楽を。

チャイコフスキーの交響曲第1番 ト短調 作品13「冬の日の幻想」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1979年1月、フィルハーモニーでの録音。DG盤。

チャイコフスキーの交響曲第1作。青春の若々しさと抒情とが音楽の底方を一貫して流れている佳品。
ロシア的な情緒や趣きもふんだんに盛り込まれており、全曲に約45分かかる大作でもある。チャイコフスキーの気質や個性はすでにこの第1作でも現れていて、後年の第4~第6の大傑作を彷彿とさせる。人間、もって生まれたものってのは若い頃から発露されているもので、将来の大輪の花が、もうこの時期に見えている。

演奏はカラヤン&BPOがDGに録音したチャイコフスキー全集からのもの。カラヤンは4~6番はナンボでも、それこそ執拗に録音したものだが、1~3番は結局このDG全集しか録音しなかった。(発売当初は、全集を完成するために録音した、言わば「やっつけ仕事」だという批判も多かったような気がする)

実に流麗で華やか。オーケストラがよく鳴って、しかも巧い。弦楽アンサンブルなど、媚薬のように官能的美しさを誇る。ロシア的な骨太さ・低音の力強さとは無縁の演奏なのだが、仕上げが美しく、汎世界的なチャイコフスキーになっている。

第2楽章の美しさなど、卒倒しそうなほど。ムード音楽もかくや、と思わせるくらい。抒情的な美しさが横溢する。ベスト・セラーとなった「アダージョ・カラヤン」の世界とも云えるかな。ストリングス、木管ともに妖艶なまでに美しい。時にサラサラと流れ、時にネットリと絡みつく音楽。高級バーでの妖艶マダムのあでやかさ、お話し上手・・・・・と云ったら叱られるかいな?

第1楽章や第3楽章も綺麗なメロディが一杯。フィナーレの豪快さもスカッと気持ちいい。カラヤン&BPOのチャイコフスキーって、ホンマに豪華絢爛ですね。

録音は上々であります。
フィルハーモニー・ホールでの録音なので、残響やスケール感はあまり大きくないものの、定位は良く、左右奥行きの広がり感もなかなかエエです。
まあ、こういう音がDGでのカラヤン&BPOの音なんでしょう。
演奏がスゴイので、部屋が暖かくなったような気もします。
2008/12/06のBlog
12月5日は、敬愛するモーツァルトの命日です。HNの一部、この天才から僕は頂戴しました。
そして、今年はカラヤンのメモリアル・イヤーでありました。今年もカラヤンの演奏をCDでLPで沢山聴きました。そういえば、カラヤンの出身はモーツァルトゆかりのザルツブルク。ならば、今日はカラヤンのモーツァルトで聴きましょう。

モーツァルトのレクイエム ニ短調 K.626。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルの演奏。
アンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)、ヘルガ・ミュラー=モリナーリ(アルト)、ヴィンソンコール(テノール)、パータ・ブルチュラーゼ(バス)らの独唱。
1986年5月、ムジークフェラインザールでの録音。DG盤。

カラヤンの晩年、最後のモツ・レク。カラヤンは何度もモーツァルトのレクイエムを再録音してきたが、これはその最後にあたる。気合いの入ったところと、枯淡の境地が併存する独特の演奏。カラヤンらしく美しく響くのだが、怒濤の迫力といったものはない。力強さとか、逞しさだとか、男性的なガッツには欠けるものの、仕上げはホンマに美しい。合唱がちと弱いかな。まあ、美しさを追求する分、ガッチリした強さには意を払っていないという、そういう音楽づくりなのかもしれない。

ジュスマイヤー版での演奏。これが、聴いていて一番しっくり来るかな。世にはバイヤー版とかモーンダー版、ロビンス・ランドン版などがあって、それぞれ特徴的な演奏をしているようなのだが、僕はシロウトなので、昔ながらのジュスマイヤー版で十分。感動も大きい。
音楽学者たちにとって、「版」の問題はとても重要なのだろうが、僕らは聴いて如何に感動するかどうかが問題なので、校訂に校訂を重ねて、いわば重箱の隅をつついてこねくり回したような演奏は、ことモーツァルトのレクイエムを聴く上では些末なことのように思える。結局、感動できる音楽かどうか、だろう。

カラヤン&ウィーン・フィルの演奏は、ひたすら美しいまとめ方。フォルティシモの迫力は結構あるのだが、無理な大きさを要求していない感じ。それよりも、モーツァルトの美を尊んでいるのだろう。
(合唱や音楽の力強さを期待するなら、他の演奏を聴けばいいでしょ。ベーム&VPO盤とかね)

独唱はそれぞれ巧い。アンナ・トモワ=シントウはちと衰えたかな。全盛期はもっと凄かったような気がする。

録音はまずまずと言ったところでしょうか。
やや平面的な音がしてます。デジタル時代になってのDGのカラヤン録音は、ペタッとした平板な音づくりが特徴なんですが、このCDもその例に漏れません。
聴きやすい音ではあると思います。

今年も沢山モーツァルトを聴きました。彼には随分救われてきました。
2008/12/04のBlog
今日はMP3を再生しています。
「司馬氏のアイーダ」のよんちゃんさんから又聞きしました。
これは、お勧めの音源です。ダウンロード音源を聴くことに抵抗のない方は、是非どうぞ。Radio 4 というサイトです

ブルックナーの交響曲第8番 ハ短調(ハース版)。
ベルナルト・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
2005年2月のライヴ録音。MP3音源をダウンロードしたもの。

ハイティンクのブルックナーは素晴らしい。とりわけ第8交響曲は。
ウィーン・フィル盤もアムステルダム・コンセルトヘボウ管との再録音盤も大変充実した演奏だった。今年、渇望していたそのACO盤を入手できたのは、とても嬉しい出来事だった。
今日聴いているのは2005年の実演を録音したもの。ハイティンク75歳、完熟の名演奏と思う。当代、これほどのブルックナーを聴かせてくれる指揮者はいるだろうか。

第1楽章から、もうスケール雄大でゆったりとしたテンポ。確信に満ちた演奏であって、指揮者もオーケストラも自信タップリに演奏してゆく。何の変哲もないブルックナーなのに、耳に届く音楽は偉大そのもの。ああ、ブルックナーって深いなぁ、大きいなぁ・・・とつくづく思う。オケの素晴らしい響きに身を任せて、身を浸して、その大河のような流れのままに漂う感じで聴いていると、ホンマに気分がエエなぁ。

第2楽章も柄の大きい演奏。そして着実に進む音楽。華美なところはまるでなく、質実剛健で、虚飾を排した表現と思う。ブルックナーの音楽がそのまま鳴り渡る、自然体。これぞ、ハイティンクのブルックナーなのだ。

第3楽章のアダージョは至高の美。テンポは中庸で、遅すぎずベタつかず、淡々とやっているようでいて、表現の幅は広く、音楽の奥行きが深い。ゼクエンツの深さ、呼吸の深さが素晴らしい。

フィナーレはもう立派な音楽と言うしかないなぁ。テンポは堅実で、音楽のスケールは大きく、そしてひけらかすようなところがなく、敬虔にして誠実。「志高頭低」とでも云おうか。
コンセルトヘボウ管の実力、パワーを遺憾なく発揮させ、上質な音楽に仕上げてゆくところが名匠ハイティンクと云うべきか。この人は「巨匠」と言うより「名匠」と呼んであげたいタイプだなぁ。1時間25分の大作を全く弛緩せずに振り切る。大したもんだな。
そして、やはりコンセルトヘボウ管の素晴らしさ。実演にしてこの完成度、美しさ。コンセルトヘボウ管、恐るべし。

さて、MP3ファイルを、パソコンからONKYOのUSBオーディオ・プロセッサを介して、我が家のシステムで再生しております。
音はやや平面的で奥行きがもう少し欲しいと思いつつ、左右の広がり感は十分で音の鮮度、響きも良好であります。もう少し高音の伸びが欲しいと思いますが、これは実演の制約・元録音の特徴でありましょうし、そもそもコンセルトヘボウ管の響きはやや渋めで中音充実でありますから、こんな再生音の感じでエエんでしょう。
雑音が少ないのも驚異的。これ、ホンマの演奏会かいなぁと思いながら聴いておりました。咳払いなど聞こえません。終演後、拍手が響きましたので、やはり実演だったと気づきました。
ホールトーンはやや少なめ、近接音が多かったような気もします。

しかし、これ、無料です。いつまで無料なのかなぁと思います。お勧めの音源でありまして、iPodに入れてみると、カーステレオ再生では全く普通の音と遜色ありません。
ジュリーニのドヴォルザーク8番とかチョン・ミュンフンのオルガン交響曲とか、ヤンソンスのブラームス第2交響曲等々・・・・・。素晴らしいですねえ。
2008/12/02のBlog
昨日に続いて、ヨーゼフ・クリップスのシューベルトを聴いてます。
カップリングの方です。

シューベルトの交響曲第9番 ハ長調「グレート」。
ヨーゼフ・クリップス指揮ロンドン響の演奏。
1958年ロンドンでの録音。DECCA原盤。

録音はさすがにヒスノイズが多く、50年の時代の経過を感じさせるものの、音の生々しさは素晴らしく、音響が力強い。音の一つひとつの腰が強いというか、迫力が大きいというか、最近の録音に比べると、ゴリゴリとした力強さがオケから出てくるのに好感が持てる。この時期のDECCAの録音の優秀さを改めて感じさせる。

クリップスのシューベルトは、「未完成」と同じアプローチであって、ゆったりとしたテンポと情緒あふれる指揮振りがイイ。旋律をよく歌わせ、特に弦楽器の節回しはウィーン的な美しさにあふれている。さすがに「グレート」ともなると音楽の構えが大きくなって、大河の流れや、悠揚迫らぬ堂々たる行進などのイメージが膨らんでゆく。
音楽の表情はいきいき溌剌として、新鮮また輝かしい。これは、鮮やかクッキリ系のDECCA録音がものをいっているのだろう。各楽器のバランスも文句なし。素敵な演奏と思う。

ロンドン響も好演。
ロンドン響って昔からこんなに巧かったのかな。弦楽セクションはとても綺麗で大健闘。管楽器は本当に巧い。クリップスの棒もさすがと言うべきなのだろうが、イギリスのオーケストラからこんなに素晴らしいウィーン・サウンドが出てくるのだから、ロンドン響も大したもんだなぁと思う。

第1楽章がスケール雄大で包み込むような温かさがイイ。出来れば、この楽章は大音量で聴きたい。音のヌケもよく、50年も昔のものとは思えない鮮やかさを楽しみつつ、ロンドン響が懸命に演奏しているのが聴ける。

第3楽章もスケールが大きく恰幅の良い演奏。
流麗でメロディアス。ふと感傷的なフレーズも飛び出してきて、郷愁を誘われるような演奏になっている。これぞ、シューベルトと言いたい。

フィナーレは「天国的な長さ」なのだが、見事にラストをまとめ上げる。随所にニュアンス多彩な表現があって、ここも楽しく聴けた。


クリップス、いい指揮者と思います。
ところで、我が家にはクリップス&ロンドン響のベートーヴェン全集があります。1960年頃の録音らしいのですが、音が良くありません。板起こし(LP音源からのCD化)だというのを、あるサイトで読んだのですが、どうも、音が不自然でしかもパッとしません。演奏はいかにもクリップスらしい、無理のない、穏やかで自然な演奏で心地よいんですが、いかんせん、音が悪い。
CD番号はBS-9CD、レーベルはBesco?って書いてあるのかな?よく分かりません。
HMVなどを観ていると、この秋、「缶入りのベートーヴェン全集」として発売されているようです。同じ音源で、音がよいのなら買い直そうと思っているんですが、「缶入り全集」、購入された方、いらっしゃいますか?
音はいかがですか?
HMVでのレビューを見ると、音はまずまずらしいのですが・・・・・・だとしたら買い直したいと思っています。何しろ、1,000円ちょっとの激安ですから・・・・・・。
2008/12/01のBlog
12月になりました。今年も残り少なくなりました。あと1か月。
早いもんですねえ。この間、平成20年が明けたと思ったのに・・・・・。トシをとると、月日がホンマに早く過ぎていきます。さあ、年末、仕事に忙殺されそうですが、頑張って行きまっしょい!

今日は定番の名曲を聴いてます。(今日も、か・・・・・汗)

シューベルトの交響曲第8番 ロ短調「未完成」。
ヨーゼフ・クリップス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1969年3月、ゾフィエンザールでの録音。DECCA原盤。今は、キングから1,000円盤で発売されている。カップリングは9番「グレート」。

「未完成」交響曲が完成されていたら、いったいどうなっていたのかな。
この2つの楽章を聴きつつ、よく思う。今はこの曲に慣れてしまっていて、2楽章で完結している作品として聴けるが、若い頃は結構違和感があった。シューベルトは2つの楽章の後に、きっと云いたかったことがあるんじゃないのかな。

なんてことを思いつつ、クリップス&VPOの「未完成」を聴く。
40年前の録音。スタイルは古い懐かしい伝統様式。VPOの自発性に任せて、手綱を握っているものの、殆どオケの好きなようにやらせてしまった感じの指揮なのだが、随所にウィーン・スタイルというかウィーン情緒・ウィーン訛りが聴けて、実に楽しい。節回しや、フレーズのちょっとした切り方が、もうウィーン的なのだ。
そうそう、クリップス自身もウィーン生まれの指揮者。シューベルトもウィーンで生まれ、そして若くして死んでしまった作曲家だった。ならば、この演奏、純ウィーン的な演奏と云えるのではなかろうか。

VPOの音がイイ。1960年代の黄金の音。弦楽器は鮮やかに輝き、光彩を放つ。管楽器の味わいも格別で、実に美しい。ホルンの甘く切ない響きには涙がこぼれるほど。

テンポはゆっくりで、心落ち着く歩み方。ウィーンの森や街角を散策しているような自然なテンポが気持ちいい。そして、繊細でセンスのよい表現。メロディが美しい、シューベルトの良さが一杯詰まっている。
また、指揮者の肩の力が抜けていて、オーケストラもみんなシューベルトを楽しんで演奏している感じなのだ。それが伝わってくるのが嬉しい。ええなぁ。VPOはシューベルト好きなんだなぁ。

聴き進みながら、「きっと次はこんな風にやるんだろうなぁ」という聴き手の予想を裏切らない確かさ。予定調和とでも云うべきか、まさに正統派、ウィーン的シューベルト。
今、こんな演奏、どこで聴けるかしら?

録音状態は上々でありまして、大変鮮やかな音でVPOが演奏します。
当時のVPOの美しさがダイレクトに伝わる、これはDECCAの見事な録音。
さすがです。