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~三線の響きをイギリスより~
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2005/07/25のBlog
楽しかった~!

疲れた~!

筋肉痛で全身がいてぇよ~。。。


と、言うことで、「夏季クラブ」の活動が終わりました。7月20日から昨日の24日までみっちりと遊んできました。その中でもう少し具体的なことを話していきましょう!

まず、第一日目の20日から。

この日、公立の小・中学校は午前中まで授業があったので、子どもの集合時間は1時半。今年の一年生から六年生までの子どもの参加者は80人。中学生以上のリーダー・サブリーダーは30人近くで総勢100人を越える人数が一週間、活動していました。子どもは参加した時に「暗号カード」が渡され、その暗号を使って自分のグループとリーダーを探します。そして、グループ対抗の部屋決めをした後におのおので散らばります。ボクは大学生なので、リーダーを任され、中2の男の子と女の子のサブを使って10人の子どもと一緒に活動しました。

今年、作るものは「ダンボール・ドーム・ハウス」。畳ほどのダンボールを25枚を切ったり、ガムテープでくっつけたりして作ります。

しかし、この日はその作業をしないで、ハウスに取り付ける表札を作ります。写真(↑)はその時の様子で、70cmの木の板を二人で切り、白いペンキで全部塗ります。まだ初日なんで、何回か参加したことがある子でもさすがに子ども達は緊張していました。今年は高学年の男子の参加者がものすごく多く、ボクのグループも1年、2年、4年の女の子以外全員が男の子でした。でも、さすが高学年は低学年の子に気をかけてくれていたので、大助かり。

この日は午後からだったんで、活動はここまででした。子どもは4時に帰りましたが、リーダーやサブは片付けやリーダー会などで、まだまだやることはたくさんあります。今日の反省点、明日の注意点、サブへの的確な指示など、確認することはいっぱい。

こんな感じで一日目が終わりました。

第二日目の21日。

この日は待望のドームのキット作りです。朝9:30に子どもが集まって恒例の部屋決めゲームがあり、自分達が活動する部屋を決めます。10時に二手に分かれて作業しました。まず、昨日作った表札を完成させる班。一日置いたので、白ペンキは完璧に乾いていました。その上にボンドを塗って紐を切ってその上に貼り付けました。大人がすればものの10分から15分で済みますが、子どもはそうは行きません。しかし、それでもいいんです。この夏季クラブの目的は物を作ることではなくて、物を作ったり、友達と遊んだり、協力し合いながらわいわい物を作ることにあるので、ちょっとくらい作業が遅れても怒りはしません。

もうひとつのグループは児童館の隣の小学校の体育館を借りて、ダンボールを切っていきます。基本的に三つのパーツを切りました。屋根と壁と床です。屋根は二等辺三角形を30個。壁は台形を10個。床は長い三角形を10枚。ただ、切る時は切れるカッターを使うんで、基本的に低学年には使わせることはできないので、子どもが使う時は必ずリーダーかサブがついて作業します。

写真(↑)は昼休みの時の様子です。ダンボールの残りキレを使って自分達のテリトリーを作りました。楽しそうで~す♪

午後からはグループを逆にして、午前中に名札を作ったメンバーがダンボールを切り、もう一方はその逆。そして、午前中にダンボールを切っていた子どもは名札を作った後に切ったダンボール、具体的には壁と屋根にペンキで絵を書いていきました。これがまた大変だったようで。ボクはカッターを見なくてはいけなかったんで、ペンキ塗りの班には行きませんでしたけど、子ども達は散々にしたようで(笑)大きいブルーシートの上で作業させたようですが、手はべっちょり、足はぐっちょり。その足で走り回るもんだからあちこちに足跡があるし、わざとサブに手形をつけたりする子どももいるし、赤いペンキを上から垂らして殺人現場のようなデザインにしちゃった子どももいました。

グループごとに少しずつペンキの色が違ったんで、そのグループの個性が違った形で出ていたのがやっぱり面白い。たぶん、ペンキに色を塗りながら個々人が自分の頭の中に「オリジナルの秘密基地」の完成予想図が浮かんでいることでしょう。


二日目はこれでおしまい。これから、味の素スタジアムでレアルとヴェルディーの試合を見てきま~す。帰ってから三日目と宿泊の様子をUpしま~す♪

サンシン


続く。。。
2005/07/23のBlog
[ 18:43 ] [ 日本での生活 ]
改めまして、7月の掲示板です。もうそろそろ半分過ぎます。

京都の祇園祭に行ってきます。

地元の児童館のボランティアに参加してきます。

車の本免許の試験を受けてきます。

新宿のエイサー祭りに行ってきます。


最新記事は、7月18日(月曜日)「近況報告します。 」です。

では、よろしく!

サンシン
[ 09:20 ] [ 日本での生活 ]
三日もBlogをサボってしまって、申し訳ない。。。

ネタが切れたわけではなく、逆に書きたいことは星の数ほどあるんですが、体力的に限界です。

20日から地元の児童館でボランティアの活動をしています。子どもが10人。サブ・リーダーの中学生二人を常に気をかけていなきゃいけないし、子ども達に「つまんなーい」って言われてもリーダーとしての質も問われてしまうんで、結構大変なんです。しかも、昨日は水合戦があり、リーダー総出で子ども達と戦っていました。

この話もまた今度します。
さて、昨日はもうひとつ。実はイラクで最初に人質となった三人の中の一人、郡山総一郎さんの講演会がありました。彼がイラクで人質となったことも含めて、彼が行ってきたルポルタージュを紹介していました。パレスチナ、アフガニスタン、タイ、カンボジアを中心に子ども達の様子を写真に撮る活動をなさってます。そこで、戦争の実態、特に子どもが銃、空爆、爆発物の破片、地雷で犠牲になっています。その他にも、HIVに感染して亡くなる子ども、売春宿で日本人相手に強制労働されられていたり、ストリートで物乞いをしていたり。

この事も詳しく話したいんで、今度書きます。



では、今日から宿泊が始まるんで、家に帰ってきません。更新は日曜日か、月曜日になるかと思います。

サンシン
イラクで拘束された経験を綴った本。

人質―イラク人質事件の嘘と実

2005/07/20のBlog
7月の16日~18日まで、京都と大阪に行ってきました。

京都では祇園祭

大阪では文楽(人形浄瑠璃)。

写真は小さいので、クリックすれば大きくなって見ることができま~す♪


京都一日目 No,1」(清水寺~京都の街並み~八坂神社)

京都一日目 No,2」(八坂神社~前夜祭)

京都二日目 No,1」(祇園祭~本能寺~辻回し)

京都二日目 No,2」(南禅寺~銀閣寺~北野天満宮)

大阪一日目」(法善寺~国立文楽劇場~人形浄瑠璃)

最後の日は、京都に行かず、大阪の街を散策しました。

写真は法善寺。

夫婦ぜんざい」が有名なところで、大きな繁華街です。

この日の目的は「国立文楽劇場」で文楽(人形浄瑠璃)を見に行くこと。

大阪にしかない、文楽専門の劇場。

中の撮影はできないんで、外からの撮影。

写真はGoogleの画像検索から。

この日は夏休みの親子企画で、劇場にたくさんの親子連れが来ていました。

最初の舞台は「東海道中膝栗毛」。話は落語に似た喜劇です。けど、子どもには結構受けていました。

この連鎖が文楽と言う文化を継承していく「きっかけ」なんでしょう。

二つ目はメインの人形師による文楽の説明。彼が舞台に出て、時代設定や、人形の説明をしていました。

それにしても、人形で人の動きや感情を表現するのが本当に上手。セリフは太夫という語り手が語るんですが、その人と息を合わせ、三人で人形を操るのは大変そうです。

ちなみに、人形師はまず、足の扱いから入るそうです。ここで10年から15年。次に左手の差し金(「あれは~~の差し金だ」の語源)の練習。これも10年から15年。それをマスターしたらメインの人形師になります。メインは左手で顔、右手で右手を操作します。そうなって一人前。ずいぶん、時間がかかります、しかし、逆に言うと、それくらいでないと表現できないんでしょう。とっても奥深いです。恐れ入りました。

二日目の食事です。

懐石料理。

おいしかった~!

特に良いのは、鱧(はも)のてんぷら、鯛の刺身!
湯豆腐で有名な南禅寺。

寺の本堂の手前の巨大な門の上から写真を撮りました。

あの石川五右衛門が

「絶景かな、絶景かな」と言ったのがここ。

確かに絶景です!
銀閣寺。

寺の敷地内の一部が工事中でしたが、やっぱりここの庭は芸術。

木や葉の緑もすごかったけど、コケが一面に敷き詰められていて、それも美しかった。

イギリスの芝生ともまた違う印象があります。
この日、最後の訪問先。

北野天満宮。

学問の神様、菅原道真が祭ってあります。

その昔、自分の本懐を遂げることができない道真は北九州の大宰府に流された。

亡くなった後、京都に天災が続き、それが道真が怒っているからだとの噂が流れた。

(恐ろしいことや雷が起きた時に「くわばら、くわばら」と言ったのは、道真が雷神となり京都に雷を落とした時に、桑原(くわばら)だけが落雷の被害を受けなかったため)

そして鎮魂のためにこの神社を建てたのが始まり。

それで学問の祈願をするってちょっとおかしくない?
北野天満宮にあった牛の像。

なんでも、天神様のお使いが牛だからだそうだ。

実はこの日、本堂までいけませんでした。

行ったのが遅くて、時間外(泣)
ここは曽根崎心中で二人が自殺した舞台となった露天神社

実は、京都で宿泊先を見つけることができなくて、大阪駅の近く、梅田のホテルに泊まりました。

朝、京都に向かうためにトボトボ歩いていったんですが、たまたま発見しました。
祇園祭です。

京都の中心街を廻ります。

山車はものすごく高く、ビルの7~8階に相当していました。

その分、進路に電信柱はありません(笑)

台車の真ん中には祭りを取り仕切る子ども「稚児」。
具体的に言うとこれくらいの高さ。
京都、本能寺。

1582年。明智光秀は織田信長に対して謀反を起こし、この寺に攻め込む。

信長は他殺だか自殺だか詳しいことは分かっていませんが、寺の裏手には信長の塚がありました。

夜になると独りでに歩き出すんでしょうか??
進路の角になると台車を廻す。

「辻回し」

前輪の下に竹を敷いて、前輪だけ横滑りさせて方向転換します。

台車の前に立っている二人の団扇(うちわ)と掛け声で重い台車を引く。

とってもうまくいって2回。普通は3回かかって台車を90度にします。

一日目の昼食です。

湯葉、豆腐料理。

しかし、まあよくこれだけの料理があるもんだ。

しかもとってもおいしい!
八坂神社の続きです。

光の灯(とも)った提灯の行列を見るとなんだかワクワクしてきます!

眩暈がしそうです・・・。
八坂神社の鶴です。

ここの神社は鶴が有名だそうです。

この被り物をした子ども達が昼間、舞うそうです。

他にも別の舞台では日本書紀の神話を太鼓に合わせて演技していました。

うーん。興味深い。。。
これはビックリ!

メインの道沿いで芸者が座敷の芸を披露していました。

日本人、外国人のカメラ小僧達が邪魔で前で見ることができませんでした。

なかなか良い企画です。
祇園の前夜祭です。

各町内会が所持している山車を展示していました。

人が多くて、移動するのも大変です。。。セビリアみたい。

各山車の近くの神社に歴史的な織物や掛け軸、屏風の展示もしていました。

すごいカラフルです。
2005/07/19のBlog
今日からは京都で行われた祇園際の様子を紹介します!

・・・ですが、今日から地元の児童館でボランティアの活動があるので、長い文章は打てません。。。その代わりに写真はたくさんUpします。

京都駅の駅ビルの屋上にある日本庭園です。
すごくおいしかた抹茶パフェ!

ボクはカキ氷でしたが、宇治金時と黒砂糖とミルクがかかっていておいしかった~♪
清水の舞台。

もみじがあったんで、秋に行ったら良さそうです。
清水寺から北の八坂神社に向けて歩いた道です。

木造の昔の町並みがそこにはありました。ショックです。まだこんな風景が残っていたんですね。
祇園祭といえばこの「八坂神社」らしいです。

人も屋台も提灯(ちょうちん)もたくさんありました。

浴衣もいっぱ~い♪
2005/07/18のBlog
[ 21:41 ] [ 日本での生活 ]
帰ってきました!

楽しんで参りました~♪

いや~、面白かった~。ぞんぶんに楽しんできた分、ちょっと疲れたんで、今日は寝ます。。。明日から本格的に旅の様子をUpしていきま~す。ひとまず、やったこと、行った所の一覧。


抹茶アイス。

清水寺。

八坂神社。

祭りの屋台。(はも天ぷら!)

祇園祭。

台車の廻し(辻廻し)。

南禅寺(石川五右衛門)。

銀閣寺。

北野天満宮。

大阪・国立文楽劇場(人形浄瑠璃)。


こんな感じで、また一日で区切って紹介していこうかな?そういえば、まだスペイン旅行の旅行記を読んでいない方はこちらから

では、また。

サンシン

2005/07/15のBlog
[ 17:25 ] [ 日本での生活 ]
ありがとうございます!ありがとうございます!

やっと、免許を取得して参りました~!!

正直、ほっとしました。。。今日の朝から府中の試験場まで自転車で行き、試験を受けてきました。実は、昨日も行ってきたんですが、落ちちゃいました。。。「そんなこともあるんだ。。。」と、かなりがっくりきて落ち込んでたんですが、今日は気を取り直して受けてきました。


合格!

おめでとう!

もうこんな苦労はしたくありません。車の教習所も嫌いだけど、本免試験も大っ嫌いだー!

ところでついでに国際免許ももらってきました~♪申請書とパスポートと大き目の写真(5×4cm)を持っていれば 2,600円くらいで作ってくれます。試験が終わって1時ごろ日本の免許証をもらってすぐに申請しに行きました。最初は作ってもらえるのか不安でしたが、大丈夫だった見たいです☆★

さ~、これでイギリスでも運転できるぞう!おう!

でも、たぶん運転するといってもレンタカーで地元の周りを回るくらいでしょう。それとすっっってごく気になるのが、写真(↑)にある「ラウンド・アバウト(信号なし交差点)」。スムーズに進めば、信号のある交差点よりも事故が少ないって聞いたことがあるんです。けど、この「スムーズに」って言うのがなんとも難しそうです。。。どうしよう・・・?

どなたか「ラウンド・アバウト」を通過するコツを教えてください。。。お願いします。。。

では、また。

サンシン
P.S. 明日から京都へ行ってきま~す♪

月曜日に帰ってくる予定なんで、それまで更新はありません。楽しみにしていた方、本っっ当に申し訳ありません(泣)

ボクは楽しんで来ま~す♪(笑)
2005/07/14のBlog
[ 21:23 ] [ 政治・社会 ]
昨日(7月13日)は「夜回り先生」の名で知られている水谷修さんの講演会に行ってきた。ボク自身、この先生のことは日本に帰ってきてから知りました。彼の書籍が書店の一番目立つところに平積みになっていて、しかも「夜回り先生」という冠がついているから、

「あ、そういう先生なのね」(繁華街を歩いてにーちゃんやねーちゃんの世話をする先生)

というある程度の予測はつけてこの講演会に参加しました。

さて、この講演会は調布市の市制50周年記念でこの市が主催しました。調布市の市民会館で講演会があったんですが、入場料が無料だったこともあり、小中学生やその親が中心となって参加し1500人ほど入るホールは満員。

(ここで少し、ごたごたがあったんですが、後で書きます)

講演会が始まり、水谷先生が登場しました。今年で49歳になるそうなんですが見た目はもう少し高く見えました。なんでもガンを患っているらしく、公演中も数回、咳払いをしていました。

しかし、先生は思っていた以上に素晴らしい先生でした。

まず、あの話し方は人の心を掴みます。ハッキリとしてるんだけど、抑揚があり、強調するところのポイントはしっかり抑えている。それに加わって、彼自身の人生は10代の若者と関わる事に全ての情熱が注がれています。夜の繁華街を歩き、若者に積極的に声をかけ、しかし説教をしないというのが彼のモットウです。公衆電話に貼ってあるビラを一つ一つはずし、道端の看板を取り除きながら暴走族に文句を言われ、暴力団から脅されながらも10年以上にわたって活動していたようです。

彼を紹介するには「信頼ベース」と「ホームベースの提供」と「対等な関係性」というキーワードをからめて言うと分かりやすいと思います。

まず、彼の行動は「信頼ベース」。彼自身、どんなに悪いことをしている少年も少女も元々、悪くなろうとして生まれてくるわけではなく、成長していくうちにそうなってしまった。だから彼は繁華街にいる少年、少女達と接する時は彼らを「信頼」します。また彼の経験上、彼らは「信頼」され「褒められた」ことが比較的に少ない。だから彼は愛情を持って彼らと接します。

二つ目が「ホームベース」の提供です。彼が10代の若者と接する時は彼らを「信頼」し、「褒める」ことによって、彼らが水谷先生を「信頼する」という好循環な関係を築こうとしていました。それにより、先生の言うところの「夜の世界」から「昼の世界」へ彼らを連れ戻そうとしています。彼が「ホームベース」を提供することで、若者が一人の人間として扱われ、信頼され、自信をつけ、そして彼らも信頼をベースとしたコミュニケーションをし始めるという試みです。

三つ目が「対等な関係性」です。彼が学校にいる時に他の先生が職員室の中で生徒と話すことをしないようにとどの先生にも話したそうです。要するに周りがみんな先生の環境である職員室で先生と生徒が話すことは立場的に不平等です。もし生徒が怒られるようなことがあっても、彼らには彼らなりの言い分があり、それを言わせない雰囲気の職員室で話すのは先生として卑怯だ。だから彼はそのような場面に遭遇すると先生に頼んで生徒が話したい場所で話すということをしたそうです。もちろん、彼もそれを実践して、トイレの中、体育館の裏、暴走族の集会にまで出向き、彼らの話を聞いたそうです。要するに、学校にいる先生は何かしらの「ゲタ」を履いています。年が上だとか、生徒の成績を決定するだとかの「ゲタ」を履いているために、先生と生徒が話す場合、必ず上下関係ができてしまい、対等な人付き合いができないから。そのことを自覚し、生徒と話す時は「対等な関係」で接することを求めていた先生です。

「信頼ベース」で若者と接し、「ホームベース」を提供することと「対等な関係」を生徒との間に求めることによって生徒を「夜の、薄暗い、汚い世界」から解放し、「昼の、明るい、信頼できる世界」へと導いてきました。これを見る限りでもこの先生の取り組みは素晴らしいし、この信頼の輪で社会が満ちたらさぞかし住みやすい世界でしょう。

言い忘れましたが、この講演会の主な目的はどのようにしてドラックの誘惑から若者を守るかでした。

まず、日常的に使っている風邪薬の使い方ひとつで人間を生かすことも殺すこともできるんだぞと教えてもらい、その後でドラックの快楽と身体への害を話しました。そこで彼はシンナー中毒で亡くなったまさふみ君と覚せい剤を使用した果てに中学でHIVに感染して亡くなったあいちゃんの話をしました。

まさふみ君は家が貧しくて、暴走族と知り合い、その中でシンナーを覚えて生きます。そして、傷害事件を起こしたために少年院で生活し、また社会に戻ってきたんですが、シンナーがやめられずにいたらしいです。そして自らシンナーなどの薬物中毒者の厚生施設へ入校することを決めたんですが、最後に”お別れシンナー”をしてしまい、トラックにはねられて10代で亡くなったそうです。まさふみ君のおかーさんと先生が火葬から出てきたまさふみ君の遺灰を箸で掴もうとするんですが、シンナーによって骨はボロボロになり、中はスカスカになった。それを見た二人は泣きながら高温の骨を手で掴んで骨壷に入れたこともあるそうです。

あいちゃんは中学の頃、同級生や上級生に輪姦され、覚せい剤を打たれ、ぼろぼろの雑巾のような扱いを受けていたそうです。そのうちにHIVに感染し、復讐のために多くの中高年の男性と関係を持っていたそうです。身体が弱り、病院で入院しますが、日に日に髪は抜け、肌の色は薄くなり、体重はどんどん減っていった。50kgあった体重は20kgまで落ち、最後の延命治療のモルヒネを投与しながら最後まで生きることをあきらめなかったそうです。また、両親や水谷先生のことを感謝し、直ることを願いながら亡くなっていった。そして、亡くなる前にあいちゃんは先生と約束をしたそうです。もし先生が講演会をする時には必ず、あいのことを話してね、と。もうこれ以上、あいのような人を一人でも出したくないから。だから彼はこの講演会でもあいちゃんの話をしたのでしょう。

彼はこの二人の生徒は自分が殺したんだと言っています。救えなかった以上、自分の責任だと。しかも、彼は自分には29人分の責任があるとも言っていました。その29人分の責任を背負って生きている先生は恐れ入ります。素晴らしい先生です。

さて、そこでこの調布市長の長友さん(←)の登場です。

水谷先生は講演会の最後に、
「私は今日、講演会をするかどうか迷っていました。なぜかというと、この会を主催した市長が自分の挨拶が終わったら自らの所要のため抜けるという話があったからです。主催するトップの人が最後まで聞かないという態度でこの調布市のドラック撲滅運動をされるようです。調布市民には罪はありませんが、このような理由で今回は怒りを覚えました。

二度と調布には来ません。」

という言葉を残して満員の会場から喝采の拍手を受けながら彼は退場していきました。

お見事!

講演会は約二時間ありましたが、休憩することも水を飲むことも無く、ひたすらこの怒りを噛み締めながら若者や親に対して語り続けていたんです。その精神力はお見事です。伊達に暴走族やヤクザと渡り合ったわけではありません。自分の使命である講演会を終わらせた上で市長をチクリと刺したんです。

会場に来ていた人はただただあっけにとられて、ダメ市長憎しの感情を持って講演会を後にしたことでしょう。この市長の実態を知った市民は次の市長選挙のときにこの市長に票を入れないでしょう。おしいことをしたな~。。。もし市長が最後まで講演会を聞いていれば、良い教育の機会を作ったってことで株が上がって終わりだったのに、自分の軽薄な行動で人生最悪の日となったことでしょう。ただ、仕方ありませんね。そういう人なんでしょうから。


これを茶番劇と呼ばずに何と呼ぶ!


色々あった一日でした。実りがあって、笑いがあって、落ちまでついてくる!

では、また

サンシン

P.S.関連したBlog

なんちゃん「鳩ヶ谷雑記

夜回り先生応援ブログ「夜回り先生への手紙No.6~講演会レポートの前に[その1]~

mimiちゃん日記「7月13日の調布市の講演会。

ケイコさん「日本一のはきだめ箱

amiさん「吉日:水谷先生講演会
2005/07/13のBlog