Blog
2006/05/31のBlog
[ 00:55 ]
[ オモシロ動画・サイト ]
またまたすごい動画を発見しました。
おニャン子クラブ
セーラー服を脱がさないで(youtube)
1985年を代表する現象だったらしい。80年代の前半はA級・B級アイドルのブームと「オールナイトフジ」に代表される素人女子大生ブームだった。その直後に秋元康が肝いりでプロデュースしたのがこの夕やけニャンニャンの番組であり、おニャン子クラブ。
オールナイトフジは深夜放送だったが、夕やけニャンニャンは夕方に放送されていた。85年当時、サンシンは2歳児なので詳細は知りませんが(笑)、動画を見て「あ~、もしかしてこんな映像も見てたのかもしれない・・・」と思ってみたり。
いまこうして見るとどう考えてもポルノ規制かけたほうがいいような内容だと思いますよ(笑)冗談抜きで。歌詞の内容も思わせぶりなものだし。(歌詞を全部掲載します!)
セーラー服を脱がさないで
今はダメよ 我慢なさって
セーラー服を脱がさないで
嫌よダメよ こんなところじゃ
女の子は いつでも “MI-MI-DO-SHI-MA”
お勉強してるのよ Ah- 毎日
友達より早く エッチをしたいけど
キスから先に進めない 憶病すぎるの
週刊誌みたいな エッチをしたいけど
全てをあげてしまうのは
もったいないから・・・あげない
セーラー服を脱がさないで
スカートまでまくれちゃうでしょ
セーラー服を脱がさないで
胸のリボン ほどかないでね
男の子はその時 どうなるの?
興味津々 しちゃうのよ Ah- 不思議ね
デートに誘われて バージンじゃ つまらない
パパやママは知らないの
明日の外泊 ちょっぴり恐いけど
バージンじゃ つまらない
おばんになっちゃう その前に
おいしいハートを…食べて
こんなの歌じゃない!アイドル雑誌・三流週刊誌だって流石にここまでは書かないだろう。
けど、こうしたもの自体が80年代を代表しているアイドルブームだと再確認できる。動画を見ている限りモーニング娘。と比較されても仕方ない部分はあるし、系統としては「素人・人数多い」だし。モー娘が出てきた97年当時(ASAYAN放送時)は、「ひでーのがでてきたな~」って思ってましたけど、おニャン子クラブも十分にひで~(笑)
あと、もう二つほど動画を紹介。
お先に失礼(youtube)
正月の番組らしいですが、テレビ局のスタジオで観客の前で晴れ着姿でこの曲を歌っています。まず驚くのが観客の反応。顔にニキビをつくったむさいヤローばっかりだと思うんですけど(笑)、手拍子がそろってるし、曲のサビの部分はみんなで大合唱。しかも、歌と歌のあいだの間には観客から「合いの手」が入る!
かたつむりサンバ(youtube)
もう一つがこれ。夕やけニャンニャンの番組で放送されたものらしいです。昔のアイドルってこんな感じだったんですね。しかし、みんな歌は下手!まあ、時代的に歌の質よりも「大人には分からないもの」の差異を求めていた若年層が歌が下手だけど、あえてアイドルに熱をあげていたってことくらい。
日本の面白いところって、マツケンサンバにしても、このかたつむりのサンバにしても全然サンバのリズムじゃない(笑)おまえら本当のサンバを知らないで「サンバ、サンバ」言ってるだけだろう!
サンシン
もう一つ見つけた
天使のボディーガード(youtube)
こっちのほうがアイドルっぽいかな?真ん中で歌っているのは岩井由紀子さんらしいです(通称ゆうゆ)。
おニャン子クラブ
セーラー服を脱がさないで(youtube)
1985年を代表する現象だったらしい。80年代の前半はA級・B級アイドルのブームと「オールナイトフジ」に代表される素人女子大生ブームだった。その直後に秋元康が肝いりでプロデュースしたのがこの夕やけニャンニャンの番組であり、おニャン子クラブ。
オールナイトフジは深夜放送だったが、夕やけニャンニャンは夕方に放送されていた。85年当時、サンシンは2歳児なので詳細は知りませんが(笑)、動画を見て「あ~、もしかしてこんな映像も見てたのかもしれない・・・」と思ってみたり。
いまこうして見るとどう考えてもポルノ規制かけたほうがいいような内容だと思いますよ(笑)冗談抜きで。歌詞の内容も思わせぶりなものだし。(歌詞を全部掲載します!)
セーラー服を脱がさないで
今はダメよ 我慢なさって
セーラー服を脱がさないで
嫌よダメよ こんなところじゃ
女の子は いつでも “MI-MI-DO-SHI-MA”
お勉強してるのよ Ah- 毎日
友達より早く エッチをしたいけど
キスから先に進めない 憶病すぎるの
週刊誌みたいな エッチをしたいけど
全てをあげてしまうのは
もったいないから・・・あげない
セーラー服を脱がさないで
スカートまでまくれちゃうでしょ
セーラー服を脱がさないで
胸のリボン ほどかないでね
男の子はその時 どうなるの?
興味津々 しちゃうのよ Ah- 不思議ね
デートに誘われて バージンじゃ つまらない
パパやママは知らないの
明日の外泊 ちょっぴり恐いけど
バージンじゃ つまらない
おばんになっちゃう その前に
おいしいハートを…食べて
こんなの歌じゃない!アイドル雑誌・三流週刊誌だって流石にここまでは書かないだろう。
けど、こうしたもの自体が80年代を代表しているアイドルブームだと再確認できる。動画を見ている限りモーニング娘。と比較されても仕方ない部分はあるし、系統としては「素人・人数多い」だし。モー娘が出てきた97年当時(ASAYAN放送時)は、「ひでーのがでてきたな~」って思ってましたけど、おニャン子クラブも十分にひで~(笑)
あと、もう二つほど動画を紹介。
お先に失礼(youtube)
正月の番組らしいですが、テレビ局のスタジオで観客の前で晴れ着姿でこの曲を歌っています。まず驚くのが観客の反応。顔にニキビをつくったむさいヤローばっかりだと思うんですけど(笑)、手拍子がそろってるし、曲のサビの部分はみんなで大合唱。しかも、歌と歌のあいだの間には観客から「合いの手」が入る!
かたつむりサンバ(youtube)
もう一つがこれ。夕やけニャンニャンの番組で放送されたものらしいです。昔のアイドルってこんな感じだったんですね。しかし、みんな歌は下手!まあ、時代的に歌の質よりも「大人には分からないもの」の差異を求めていた若年層が歌が下手だけど、あえてアイドルに熱をあげていたってことくらい。
日本の面白いところって、マツケンサンバにしても、このかたつむりのサンバにしても全然サンバのリズムじゃない(笑)おまえら本当のサンバを知らないで「サンバ、サンバ」言ってるだけだろう!
サンシン
もう一つ見つけた
天使のボディーガード(youtube)
こっちのほうがアイドルっぽいかな?真ん中で歌っているのは岩井由紀子さんらしいです(通称ゆうゆ)。
2006/05/30のBlog
[ 11:34 ]
[ ┗映画・小説 ]
[基本情報][親切なクムジャさん-Allcinema]
上映時間: 114 分
製作国: 韓国
監督: パク・チャヌク
製作: イ・チュニョン
脚本: パク・チャヌク
撮影: チョン・ジョンフン
音楽: チョ・ヨンウク
出演: イ・ヨンエ: クムジャさん
チェ・ミンシク: ペク先生
クォン・イェヨン: ジェニー(クムジャの娘)
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
基本解説
「復讐者に憐れみを」「オールド・ボーイ」に続くパク・チャヌク監督の“復讐三部作”完結編。「JSA」「宮廷女官 チャングムの誓い」のイ・ヨンエを主演に迎え、無実の罪で服役した一人の女性の壮絶な復讐の物語が描かれていく。共演は「オールド・ボーイ」のチェ・ミンシク。
天使のような美貌の持ち主クムジャは、ひょんなことからペク先生に幼い娘を人質に取られ、彼が犯した幼児誘拐殺人の罪を背負わされて投獄される。刑務所では誰に対しても優しい笑顔を絶やさず、“親切なクムジャさん”と慕われていた。しかし、彼女の目的はただ一つ、ペク先生に復讐を果たすこと。そして13年の服役の末、ようやく出所した彼女は、かつて恩を売った囚人仲間のもとを訪ね、ペク先生への復讐へ向けて周到な準備を進めていく…。
なんで最近はこんなに血生臭い作品ばっかり見てるんだ。オレは・・・。ハッピー・エンドじゃ満足しないのか~!サンシン!!
・・・とは言ったものの、ホラーやサスペンスにも人間の本性や本能を見ることはできる。特に、「復讐劇」になるともっと人間的な本質や“人間の業”を描いているため、感銘を受けることが多々ある。パク・チャヌク監督の復讐三部作の最後を飾るのが、言われ無き罪で13年も服役したクムジャさんの復讐劇。そこには芸術といえるくらいの練りこまれた計画とそれを支える憎悪・復讐心が作品中に見え隠れする。荘厳華麗なクラシック音楽をバックに一人の女性の復讐劇が始まる。
クムジャさんは、6歳の男の子を誘拐し殺害した凶悪犯。が、持ち前の美貌で世間の耳目をあつめ、ときの人となった。実は彼女はえん罪である。本当の犯人は子供向けの英語塾の教師ペク氏。彼はクムジャさんの赤ん坊を人質にとり、もし誘拐殺人の協力をしなければ娘を殺す、とせまった。娘を守るため泣く泣く罪をかぶった。
豆腐と雪の白色・血液とアイシャドウと口紅の赤色
冒頭、出所するクムジャさんに伝道師が「清めの豆腐」を差し出す。韓国では出所時、お勤めを終えた受刑者が親類縁者から豆腐差し出され、食べる慣わしがあるらしい。豆腐の白さから、身を清める儀式となっているようだ。「豆腐」の白が、終盤の雪の白、ケーキの白へと連鎖し、復讐のあとの「贖罪」が白のアイテムによって醸し出されるスタイリッシュな作劇だ。この白に強烈な「赤」がコントラストをなす。出所後、クムジャさんが「赤」のアイシャドーをしているのも印象的だ(この赤いアイシャドーは公開後、クムジャ・メイクとして韓国で話題を呼んだらしい)。復讐が成就したあと、はじめてクムジャさんは赤いアイシャドーを落とす。「赤」は復讐の赤。まじないのような「赤」だ。赤は当然、怒りに満ちた「血」の赤でもある。クムジャさんが出所後、被害者の家を訪れ自ら指を切断して詫びたときの夥しい「血」、さらには犯人が流す夥しい「血」。 (参考記事:「色」そのものが持つ力とは)(参考サイト:現地鑑賞レポート)
クムジャ=般若そのもの
イ・ヨンエが様々な表情をみせる。一番印象的なのは、復讐後に見せる顔。彼女がいまだかって見せたことのない醜い顔を見せる。それは「般若」の面に似ている(註:能面サイトでチェックしたら、「般若」はこんな解釈である。般若とは仏教用語で智恵を意味する。女性の憤怒、怨霊、嫉妬、怨嵯、復讐それらの感情の極限をみごと一つに集約されている)。作品を見てすぐに「クムジャ=般若」だと思った。笑うでもなく泣くでもなく。満たされない想いを抱え込んだ、苦悶の阿修羅の表情とでもいうものだ。娘を救うため、娘を捨てたという「罪」の意識に苛まれる母性のキャラである。人を罰しながら、クムジャさん自身も「贖罪」の気持ちに逡巡する。 (参考サイト:能面・般若)
復讐は人間の業
この作品を見て、復讐とは人間の様々な可能性の一つだと再認識した。人間は泣いて笑っているだけじゃない。憎悪が動機付けになるし、復讐心が歴史を動かすこともある。クムジャさんは人間の姿としてありのままだったと思う。それが、社会的に狂気だとか、犯罪者だとか言われているだけ。社会を営む上ではそのようなレッテル張りは必要かもしれない(というか、必要)。社会システムによって人格が形成されるとよく言われている。社会生活をみんなでする上で、最低限のルールを身体に染み込ませる作業を小さい頃からしてきた。しかし、その中で人間として忘れ去られてきた部分もあると確信している。その一つが「復讐」。被害者の感情回復は統治権力(国家、司法)を介さないと出来ないが、本来ならば被害者本人が復讐を果たすことが筋だろう。しかも、片方(個人的復讐)は狂気と認定されるが、国家による刑の執行は正当な社会感情の回復手段として往々に肯定される。人は狂気とレッテル張りされないために、復讐心を捨てるように社会システムによって仕向けられ、国家による裁きが正当な感情回復だと導かれる。この作品はそうした社会的に抹殺されそうになる「人間の業」を描いたことが評価できる。
よって「親切なクムジャさん」は、星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ
星一つ:★☆☆☆☆/★★★★★:もう見ません
星二つ:★★☆☆☆/★★★★★:金返せ
星三つ:★★★☆☆/★★★★★:まあまあ
星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ
星五つ:★★★★★/★★★★★:最高!あの世に持ってく!
では、また
サンシン
上映時間: 114 分
製作国: 韓国
監督: パク・チャヌク
製作: イ・チュニョン
脚本: パク・チャヌク
撮影: チョン・ジョンフン
音楽: チョ・ヨンウク
出演: イ・ヨンエ: クムジャさん
チェ・ミンシク: ペク先生
クォン・イェヨン: ジェニー(クムジャの娘)
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
基本解説
「復讐者に憐れみを」「オールド・ボーイ」に続くパク・チャヌク監督の“復讐三部作”完結編。「JSA」「宮廷女官 チャングムの誓い」のイ・ヨンエを主演に迎え、無実の罪で服役した一人の女性の壮絶な復讐の物語が描かれていく。共演は「オールド・ボーイ」のチェ・ミンシク。
天使のような美貌の持ち主クムジャは、ひょんなことからペク先生に幼い娘を人質に取られ、彼が犯した幼児誘拐殺人の罪を背負わされて投獄される。刑務所では誰に対しても優しい笑顔を絶やさず、“親切なクムジャさん”と慕われていた。しかし、彼女の目的はただ一つ、ペク先生に復讐を果たすこと。そして13年の服役の末、ようやく出所した彼女は、かつて恩を売った囚人仲間のもとを訪ね、ペク先生への復讐へ向けて周到な準備を進めていく…。
なんで最近はこんなに血生臭い作品ばっかり見てるんだ。オレは・・・。ハッピー・エンドじゃ満足しないのか~!サンシン!!
・・・とは言ったものの、ホラーやサスペンスにも人間の本性や本能を見ることはできる。特に、「復讐劇」になるともっと人間的な本質や“人間の業”を描いているため、感銘を受けることが多々ある。パク・チャヌク監督の復讐三部作の最後を飾るのが、言われ無き罪で13年も服役したクムジャさんの復讐劇。そこには芸術といえるくらいの練りこまれた計画とそれを支える憎悪・復讐心が作品中に見え隠れする。荘厳華麗なクラシック音楽をバックに一人の女性の復讐劇が始まる。
クムジャさんは、6歳の男の子を誘拐し殺害した凶悪犯。が、持ち前の美貌で世間の耳目をあつめ、ときの人となった。実は彼女はえん罪である。本当の犯人は子供向けの英語塾の教師ペク氏。彼はクムジャさんの赤ん坊を人質にとり、もし誘拐殺人の協力をしなければ娘を殺す、とせまった。娘を守るため泣く泣く罪をかぶった。
豆腐と雪の白色・血液とアイシャドウと口紅の赤色
冒頭、出所するクムジャさんに伝道師が「清めの豆腐」を差し出す。韓国では出所時、お勤めを終えた受刑者が親類縁者から豆腐差し出され、食べる慣わしがあるらしい。豆腐の白さから、身を清める儀式となっているようだ。「豆腐」の白が、終盤の雪の白、ケーキの白へと連鎖し、復讐のあとの「贖罪」が白のアイテムによって醸し出されるスタイリッシュな作劇だ。この白に強烈な「赤」がコントラストをなす。出所後、クムジャさんが「赤」のアイシャドーをしているのも印象的だ(この赤いアイシャドーは公開後、クムジャ・メイクとして韓国で話題を呼んだらしい)。復讐が成就したあと、はじめてクムジャさんは赤いアイシャドーを落とす。「赤」は復讐の赤。まじないのような「赤」だ。赤は当然、怒りに満ちた「血」の赤でもある。クムジャさんが出所後、被害者の家を訪れ自ら指を切断して詫びたときの夥しい「血」、さらには犯人が流す夥しい「血」。 (参考記事:「色」そのものが持つ力とは)(参考サイト:現地鑑賞レポート)
クムジャ=般若そのもの
イ・ヨンエが様々な表情をみせる。一番印象的なのは、復讐後に見せる顔。彼女がいまだかって見せたことのない醜い顔を見せる。それは「般若」の面に似ている(註:能面サイトでチェックしたら、「般若」はこんな解釈である。般若とは仏教用語で智恵を意味する。女性の憤怒、怨霊、嫉妬、怨嵯、復讐それらの感情の極限をみごと一つに集約されている)。作品を見てすぐに「クムジャ=般若」だと思った。笑うでもなく泣くでもなく。満たされない想いを抱え込んだ、苦悶の阿修羅の表情とでもいうものだ。娘を救うため、娘を捨てたという「罪」の意識に苛まれる母性のキャラである。人を罰しながら、クムジャさん自身も「贖罪」の気持ちに逡巡する。 (参考サイト:能面・般若)
復讐は人間の業
この作品を見て、復讐とは人間の様々な可能性の一つだと再認識した。人間は泣いて笑っているだけじゃない。憎悪が動機付けになるし、復讐心が歴史を動かすこともある。クムジャさんは人間の姿としてありのままだったと思う。それが、社会的に狂気だとか、犯罪者だとか言われているだけ。社会を営む上ではそのようなレッテル張りは必要かもしれない(というか、必要)。社会システムによって人格が形成されるとよく言われている。社会生活をみんなでする上で、最低限のルールを身体に染み込ませる作業を小さい頃からしてきた。しかし、その中で人間として忘れ去られてきた部分もあると確信している。その一つが「復讐」。被害者の感情回復は統治権力(国家、司法)を介さないと出来ないが、本来ならば被害者本人が復讐を果たすことが筋だろう。しかも、片方(個人的復讐)は狂気と認定されるが、国家による刑の執行は正当な社会感情の回復手段として往々に肯定される。人は狂気とレッテル張りされないために、復讐心を捨てるように社会システムによって仕向けられ、国家による裁きが正当な感情回復だと導かれる。この作品はそうした社会的に抹殺されそうになる「人間の業」を描いたことが評価できる。
よって「親切なクムジャさん」は、星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ
星一つ:★☆☆☆☆/★★★★★:もう見ません
星二つ:★★☆☆☆/★★★★★:金返せ
星三つ:★★★☆☆/★★★★★:まあまあ
星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ
星五つ:★★★★★/★★★★★:最高!あの世に持ってく!
では、また
サンシン
2006/05/29のBlog
[ 13:35 ]
[ オモシロ動画・サイト ]
ザ・ドリフターズ ビートルズ来日公演前座(YouTubeより)
1966年(昭和41年)6月30日
前日にビートルズが来日し、日本中が熱狂した。
その次の日、早速日本武道館でライブがあった。
その前座を盛り上げたバンドの一つがザ・ドリフターズ。
本来なら前座用のステージで演奏する予定だったが、彼らだけはビートルズが演奏するセットとステージで演奏した!
最後の加藤茶の「バカみたい~!」
最高です。しかし、みんな若い。
リンクはドリフターズの特集の録画か何かでしょう。
1966年(昭和41年)6月30日
前日にビートルズが来日し、日本中が熱狂した。
その次の日、早速日本武道館でライブがあった。
その前座を盛り上げたバンドの一つがザ・ドリフターズ。
本来なら前座用のステージで演奏する予定だったが、彼らだけはビートルズが演奏するセットとステージで演奏した!
最後の加藤茶の「バカみたい~!」
最高です。しかし、みんな若い。
リンクはドリフターズの特集の録画か何かでしょう。
ドリフではないんですけど、「カト・ケン」のコント。
ドリフ系コント(YouTube)
若かりしキョンキョンのナース姿がイイです!
昔は良かった。
診察と称しておっ○いを地上波で放送できる!
なので、15歳未満は視聴禁止。
もちろん、キョンキョンが見せてるわけじゃありませんよ!
あ、コント自体も面白いですよ(笑)
サンシン
ドリフ系コント(YouTube)
若かりしキョンキョンのナース姿がイイです!
昔は良かった。
診察と称しておっ○いを地上波で放送できる!
なので、15歳未満は視聴禁止。
もちろん、キョンキョンが見せてるわけじゃありませんよ!
あ、コント自体も面白いですよ(笑)
サンシン
[ 10:13 ]
[ イギリス生活 ]
乗って運べばいいのだ!
(写真はペンザンス旅行の時のです)
最近の記事はどうも血生臭かったり、ホラー映画の紹介だったりとキモ系の話ばっかりだったんで、今日は引越しの話。
日本に一時帰国した後、8月にまたイギリスに戻って来るんでが、その時は今住んでいるところには戻ってきません。大家(会社ですけど)がどうしょうもないくらい酷いんで、来年は彼女と一緒に別の日本人の女の子と一緒にします。ブリストルのセンターからは遠くなるんですけど、家賃が月に約5,4000円(£270)から約4,5000円(£225)ですし、部屋探しするときにグループで大家に行かないと話にならないけど彼女から一緒に住まないかと言うオファーがあったんで、二人で即決。
彼女は既に日本に帰っていて、その前に彼女の分は新しい家に引越し済みですが、ボクは6月3日までここで生活しなきゃいけないんで、他の所有物(食器、調理器具、テレビなど)を運ぶ仕事はボクの仕事。初めはバスを使ってそれらを小分けして運ぼうかと思ったんですが、イギリス人の友達が車で手伝ってくれるというんで、もうこの大家ともおさらばできる!
昨日、その友達の彼女がフランスへ語学留学するというので、友達に手伝ってもらう前にいくらかの荷物を運んだ。鍵は8月にならないと渡してもらえないから好きなときに引越しが出来るというわけじゃない。その家に誰かがいないと出来ない。今度、車で運んでもらう時は、今住んでいるフラットメイトに話をつけて、訪問したときに中から開けてもらう手はずを整えたから、たぶん引越しは順調に行くでしょう。
友人の車で荷物を運んでもらうとはいえ、2回も3回も手伝ってもらうわけには行かないから、昨日の時点で一回分で済むだけの荷物を残してバスでもって行った。運ばなければならない荷物の中で一番デカイのがペンザンス旅行で使った折りたたみ自転車。最初から自分の頭の中で考えていたけど、バスで持って運ぶなら「乗って行ってしまえ~!」と、言うことで乗ってきました(笑)
友達の彼女は「は~?走ってきたの~!よくやったね~!」ってお褒めの言葉(!)を貰ったけど、思ったよりも大変じゃなかった。センターから30分くらいで行けるところに次の新居はある。まあ、緩やかな坂道がキツイといえばキツかったけど。自転車だとバスでは感じることの出来ないその土地の雰囲気が楽しめるんで、個人的にはバスを使うよりも自転車で行けるなら使いますね。
ところが、自転車で行くといってもここからが日本と違う。
実はイギリスでは自転車は「車両扱い」なんで、車と一緒に車道を走らないといけない!!道路交通法を守って交通法規を守らなければならない!!
歩道はあくまでも歩行者(Pedestrian)のためで、自転車のためじゃない。だからなのかもしれないけど、こっちは日本よりもヘルメットを装着している人が圧倒的に多い。そりゃ、(運転の荒いイギリス人が乗る)車と併走しなきゃならないし、仮に事故があっても日本と違って責任は50・50だそうなので、それこそ「自己責任」で走らなければならない。。。
カントリーロード(田舎道)を走るのならまだしも、公道を走るときは本当に注意しないと大変な目にますけど、堂々と「自分も車だ!」くらいに思って走っていれば色々と気を使ってくれるんで、日本よりも走りやすいと思います。日本は逆に狭い歩道を歩行者の間を縫って走らないといけないから大変といえば大変。。。
そういえば昔、イギリスに留学したての友人がこのことを知らないで公道を堂々と走る自転車を見て「アイツら度胸あるな~!」って言っていましたけど(笑)
では、また
サンシン
(写真はペンザンス旅行の時のです)
最近の記事はどうも血生臭かったり、ホラー映画の紹介だったりとキモ系の話ばっかりだったんで、今日は引越しの話。
日本に一時帰国した後、8月にまたイギリスに戻って来るんでが、その時は今住んでいるところには戻ってきません。大家(会社ですけど)がどうしょうもないくらい酷いんで、来年は彼女と一緒に別の日本人の女の子と一緒にします。ブリストルのセンターからは遠くなるんですけど、家賃が月に約5,4000円(£270)から約4,5000円(£225)ですし、部屋探しするときにグループで大家に行かないと話にならないけど彼女から一緒に住まないかと言うオファーがあったんで、二人で即決。
彼女は既に日本に帰っていて、その前に彼女の分は新しい家に引越し済みですが、ボクは6月3日までここで生活しなきゃいけないんで、他の所有物(食器、調理器具、テレビなど)を運ぶ仕事はボクの仕事。初めはバスを使ってそれらを小分けして運ぼうかと思ったんですが、イギリス人の友達が車で手伝ってくれるというんで、もうこの大家ともおさらばできる!
昨日、その友達の彼女がフランスへ語学留学するというので、友達に手伝ってもらう前にいくらかの荷物を運んだ。鍵は8月にならないと渡してもらえないから好きなときに引越しが出来るというわけじゃない。その家に誰かがいないと出来ない。今度、車で運んでもらう時は、今住んでいるフラットメイトに話をつけて、訪問したときに中から開けてもらう手はずを整えたから、たぶん引越しは順調に行くでしょう。
友人の車で荷物を運んでもらうとはいえ、2回も3回も手伝ってもらうわけには行かないから、昨日の時点で一回分で済むだけの荷物を残してバスでもって行った。運ばなければならない荷物の中で一番デカイのがペンザンス旅行で使った折りたたみ自転車。最初から自分の頭の中で考えていたけど、バスで持って運ぶなら「乗って行ってしまえ~!」と、言うことで乗ってきました(笑)
友達の彼女は「は~?走ってきたの~!よくやったね~!」ってお褒めの言葉(!)を貰ったけど、思ったよりも大変じゃなかった。センターから30分くらいで行けるところに次の新居はある。まあ、緩やかな坂道がキツイといえばキツかったけど。自転車だとバスでは感じることの出来ないその土地の雰囲気が楽しめるんで、個人的にはバスを使うよりも自転車で行けるなら使いますね。
ところが、自転車で行くといってもここからが日本と違う。
実はイギリスでは自転車は「車両扱い」なんで、車と一緒に車道を走らないといけない!!道路交通法を守って交通法規を守らなければならない!!
歩道はあくまでも歩行者(Pedestrian)のためで、自転車のためじゃない。だからなのかもしれないけど、こっちは日本よりもヘルメットを装着している人が圧倒的に多い。そりゃ、(運転の荒いイギリス人が乗る)車と併走しなきゃならないし、仮に事故があっても日本と違って責任は50・50だそうなので、それこそ「自己責任」で走らなければならない。。。
カントリーロード(田舎道)を走るのならまだしも、公道を走るときは本当に注意しないと大変な目にますけど、堂々と「自分も車だ!」くらいに思って走っていれば色々と気を使ってくれるんで、日本よりも走りやすいと思います。日本は逆に狭い歩道を歩行者の間を縫って走らないといけないから大変といえば大変。。。
そういえば昔、イギリスに留学したての友人がこのことを知らないで公道を堂々と走る自転車を見て「アイツら度胸あるな~!」って言っていましたけど(笑)
では、また
サンシン
2006/05/28のBlog
[ 15:48 ]
[ ┣Animation ・漫画 ]
結構、血生臭い表現が多いですね。
(かなりグロい表現が出てくるので、心の準備ができている人以外は控えてください。。。)
・・・もういいですね?
前回紹介した無料(でも違法)で見るサイトで色々と見ていますが、ボクが日本にいるときに放映していた時よりも血量が増えていますね。
紹介サイトはこちら
いま見ているのは1997年に放映されたベルセルク。漫画が元となったアニメですけど、元々ヤングアニマル(白泉社)で89年から連載されている。個人的にはジャンプのバスタードのような世界観で好きですし、連載時期も同じ位なんですが、当時はこれでも生臭い作品だとボクのまわりでは言っていましたね。けど、以下に紹介する作品はありえないくらいの血が登場するので、今からこれらの作品を見ていると、かなり理性的な表現だったんだ~と思ってしまう今日この頃。
とりあえず、代表的な作品を4つほど紹介します。
1.機動戦士ガンダムSEED
旧世代のガノタ・ファンからは総スカンを食らっている作品ですが、小中学生&女性を対象としたガンダム作品としていくらかは評価します。けど、土曜日・6時の放送だとはいえ、作品中にキラとフレイの性交渉を明らかに匂わせるシーンが堂々と出てくるし、特に人の死に方が非常に不可解。。。
確か2回そのようなシーンが出てきたんですが、人が膨張してから爆発するんです!あれは酷いよ。一回目のシーンは基地の地下に巨大兵器があって、地球連合軍がそれを使用するんです。イメージとしては巨大な電子レンジが地下に埋まっていて、それを作動させて人間を虐殺する感じですかね。だからボクも電子レンジが作動して人間が膨張&爆発するもんだと思っていたんです。けど、二回目のシーンは明らかにモビルスーツに攻撃を受けた後、艦隊が爆破されるシーンだったと思うんですけど、ここでも同じような人の死に方が描かれていた。こればかりは困惑しましたね。
アニメ的な表現方法としての人間爆発はかまいませんけど、マーケティングで小中学生&女性を狙っているならこの表現は明らかにマイナス要因でしょう。下手したら将来になってからこれが原因でトラウマになっている可能性はありますよ。作品中で人が死ぬにしてももうちょっとマシな殺し方を描いてくれ。人間はそんな風には死なないぞ~。
ちなみに「種デス」のほうは見ていませんよ。いろんなサイトを見る限り、主人公のシンが主人公らしからぬ待遇を受けているそうだし、その原因(「種」も含めて)監督の「嫁」が関わっているそうですね。だから見ません。SEEDもまあ良いんですが、それだったら昔のガンダム作品のほうがはるかに作品の出来はいいと思います。はい。
2.ひぐらしのなく頃に
元々しがない同人サークルだったが、夏・冬コミで発売したサウンドノベル(ビジュアルノベル)が爆発的な売れ行きを見せたためにアニメ化に踏み切った作品。ある田舎で起こった非常に不可解な殺人・失踪事件を転向してきた主人公の男の子の視点から語られている。作品の絵はかなり幼くなっているのに、話の内容が「おやしろ様」と呼ばれる霊的な存在のたたりで学校の同級生の女の子が次々におかしくなって行ったり、殺人・失踪に関わっていたりとかなりシリアスなサスペンス作品。
一見すると小学生向けのアニメかと思われるが、人が「おやしろ様」に取り憑かれてからの行動がとにかく異常だし、(パラレルワールドの中で)主人公が死ぬ時も電話ボックスの中で喉を掻き切ってガラス一面に血がついた状態で死んだりと、いろんな意味で極上のホラー作品に仕上がっている。同級生の女の子が刃物を持って襲ってくるときなど、切り付けられて出血するシーンが出てきますが、最近の映画に登場する偽物の血糊のような出血が登場します。血の色が綺麗過ぎるし、体に対する出血の量がちょっと多めかな。出血シーンは恐ろしいけど、こういうのを見ちゃうと現実に戻ったり。「ちょっとそれはやりすぎだろ!おい!」って(笑)
まあ、サスペンスとしては非常に見所のある作品。田舎町の伝説や祟りの話が満載なんで、そちらの話が好きなサンシンとしては楽しめますね。それと、放送されていますが、俗に言う「UHFアニメ」なんで、主要テレビでの放送じゃありません。もし見ることができないなら、ネットで見てください。
3.エルフェンリート
これです。最近見た作品の中では一番酷い!4話と10話はここで書けない位のグロ表現が出てくるので、UHFアニメですが15才未満視聴禁止のお触れが出たくらい。けど、まあ詳細を書いちゃいます。
とりあえず、最初から人が死にまくる。拳銃で撃たれて患部から少し血が出たくらいなら見ていて大丈夫ですが、腕、足、胴体、首が面白いくらい切られる。しかも人体が保有できる以上の血の量が出てくる(笑)ナイフで目を突かれるのは当たり前。血がドバーー、バシャーーってすごいのなんの。。。劇画系なら「北斗の拳」とか「ベルセルク」なんかの人物ならまだ納得できますが、出てくるキャラクターは普通の学園物に出てくるような男の子や女の子です。だから、自分はいま何のアニメを見ているかが分からなくなっている。
有名な話として「HUNTER×HUNTER」を書いている冨樫義博さんが本作のファンで、ハンター×ハンターでもキメラアント編に入ってから急激にグロ表現が出てきたのはこの作品の影響が強いからだと言われている。確かに、グリード・アイランド編と比べてもキツいシーン(特に小学生には)が出てきますからね。「エルフェンリート」を見ている人はそう多くはないと思いますが、「ハンター×ハンター」と直接のつながりがあると考えると、ジャンプの連載を通して小中学生に与える影響力は思っている以上に大きいでしょう。
まあ、作品の世界観は「一度ハマればハマる」という評判通り、こういう作品だと受け入れられれば楽しめるのではないでしょうか。
4.Blood+
現在、土曜日の6時からTBS系列で放送していますが、作品の名前にもあるように出血シーンが結構出てきますね。エグいシーンは「エルフェンリート」よりも少ないんですが、それでも主人公の少女が敵の翼手と戦うときには出てきますね。もちろん、お約束として、血生臭い表現が多いとして全国のPTAから苦情が来ているようです。考えてみると、この時間帯って、「ガンダムSEED」・「ガンダム種デス」・「Blood+」と、クレームが来てもしょうがない内容の作品を放送してるんですよね。まあ、免疫のある人なら楽しめるかもしれませんけど。
作品自体はとても面白い。さすがプロダクションIGが製作しているだけのことはある。脚本の出来は高水準だし、なにより主人公は沖縄出身で、初めのほうは沖縄の暮らしを描いているんで、色々と心躍ります(笑)米軍との関係も作品中に言及されていますし、亀甲墓も出てくる。さすがにトートーメーまでは出てきませんが、十分に沖縄らしさは伝わってきますね。
・・・とまあ、色々と生臭いアニメの紹介をしてきました。
見ていて感じるのは、出血の仕方が北野武監督の「座頭市」そっくりなんです。あれはCGを多用して刀で切られた時の出血を表現してますけど、上で紹介したアニメもそれのデジャビュを見ているような即視感があります。特徴としては、綺麗な鮮血が必要以上に出てくる。79年・80年の勝新太郎の「座頭市」と比べても武の「座頭市」は血の量が倍増しているし、最近のアニメの出血シーンはその「座頭市」にそっくり。
そんな作品と比べたら、当時血生臭いと評判だった「ベルセルク」はどれだけ控えめなことか(笑)
あと、アニメとは関係ないんですが、最近の刀を扱った作品の刀で人を切るシーンはちょっとおかしいと思ってる。刀は非常に硬いし、鋭いから人間の肉にも骨にも甚大なダメージを与えることが出来る。しかし、人を切ったら刀に血が付く。この「血の脂」がやっかいで、人を三回くらい(三人じゃないですよ)切れば、刀に人間の脂が付着して瞬時に切れ味が悪くなる。だから、昔の人は最初は切れても、途中からは竹刀の様に人を殴って殺していた。出血多量で死ぬことが出来るのは最初の2~3切りだけで、そのほかの人の死因は撲殺ですよ(笑)だから「水戸黄門」でも「座頭市」でも人を切れるだけ切っていますが、実際はとてもそんな感じにはなれない。知っててやっているのか、知らないで想像だけでやっているのかはわかりませんが、侍モノの作品を見ていていつも気になります。人はそんな簡単に切れません。
と、いうことで最近のアニメに物申してみました。
ネットで作品を見たい方はこちらを参考にしてください(↓)
ベルセルク(全25話視聴可能)
機動戦士ガンダムSEED(全50話視聴可能)
機動戦士ガンダムSEEDDESTINY(全50話視聴可能)
ひぐらしのなく頃に(8話まで視聴可能。それ以降は今後更新される予定)
エルフェンリート(9話まで視聴可能。それ以降は今後更新される予定)
Blood+(30話まで視聴可能。それ以降は今後更新される予定)
サンシン
(かなりグロい表現が出てくるので、心の準備ができている人以外は控えてください。。。)
・・・もういいですね?
前回紹介した無料(でも違法)で見るサイトで色々と見ていますが、ボクが日本にいるときに放映していた時よりも血量が増えていますね。
紹介サイトはこちら
いま見ているのは1997年に放映されたベルセルク。漫画が元となったアニメですけど、元々ヤングアニマル(白泉社)で89年から連載されている。個人的にはジャンプのバスタードのような世界観で好きですし、連載時期も同じ位なんですが、当時はこれでも生臭い作品だとボクのまわりでは言っていましたね。けど、以下に紹介する作品はありえないくらいの血が登場するので、今からこれらの作品を見ていると、かなり理性的な表現だったんだ~と思ってしまう今日この頃。
とりあえず、代表的な作品を4つほど紹介します。
1.機動戦士ガンダムSEED
旧世代のガノタ・ファンからは総スカンを食らっている作品ですが、小中学生&女性を対象としたガンダム作品としていくらかは評価します。けど、土曜日・6時の放送だとはいえ、作品中にキラとフレイの性交渉を明らかに匂わせるシーンが堂々と出てくるし、特に人の死に方が非常に不可解。。。
確か2回そのようなシーンが出てきたんですが、人が膨張してから爆発するんです!あれは酷いよ。一回目のシーンは基地の地下に巨大兵器があって、地球連合軍がそれを使用するんです。イメージとしては巨大な電子レンジが地下に埋まっていて、それを作動させて人間を虐殺する感じですかね。だからボクも電子レンジが作動して人間が膨張&爆発するもんだと思っていたんです。けど、二回目のシーンは明らかにモビルスーツに攻撃を受けた後、艦隊が爆破されるシーンだったと思うんですけど、ここでも同じような人の死に方が描かれていた。こればかりは困惑しましたね。
アニメ的な表現方法としての人間爆発はかまいませんけど、マーケティングで小中学生&女性を狙っているならこの表現は明らかにマイナス要因でしょう。下手したら将来になってからこれが原因でトラウマになっている可能性はありますよ。作品中で人が死ぬにしてももうちょっとマシな殺し方を描いてくれ。人間はそんな風には死なないぞ~。
ちなみに「種デス」のほうは見ていませんよ。いろんなサイトを見る限り、主人公のシンが主人公らしからぬ待遇を受けているそうだし、その原因(「種」も含めて)監督の「嫁」が関わっているそうですね。だから見ません。SEEDもまあ良いんですが、それだったら昔のガンダム作品のほうがはるかに作品の出来はいいと思います。はい。
2.ひぐらしのなく頃に
元々しがない同人サークルだったが、夏・冬コミで発売したサウンドノベル(ビジュアルノベル)が爆発的な売れ行きを見せたためにアニメ化に踏み切った作品。ある田舎で起こった非常に不可解な殺人・失踪事件を転向してきた主人公の男の子の視点から語られている。作品の絵はかなり幼くなっているのに、話の内容が「おやしろ様」と呼ばれる霊的な存在のたたりで学校の同級生の女の子が次々におかしくなって行ったり、殺人・失踪に関わっていたりとかなりシリアスなサスペンス作品。
一見すると小学生向けのアニメかと思われるが、人が「おやしろ様」に取り憑かれてからの行動がとにかく異常だし、(パラレルワールドの中で)主人公が死ぬ時も電話ボックスの中で喉を掻き切ってガラス一面に血がついた状態で死んだりと、いろんな意味で極上のホラー作品に仕上がっている。同級生の女の子が刃物を持って襲ってくるときなど、切り付けられて出血するシーンが出てきますが、最近の映画に登場する偽物の血糊のような出血が登場します。血の色が綺麗過ぎるし、体に対する出血の量がちょっと多めかな。出血シーンは恐ろしいけど、こういうのを見ちゃうと現実に戻ったり。「ちょっとそれはやりすぎだろ!おい!」って(笑)
まあ、サスペンスとしては非常に見所のある作品。田舎町の伝説や祟りの話が満載なんで、そちらの話が好きなサンシンとしては楽しめますね。それと、放送されていますが、俗に言う「UHFアニメ」なんで、主要テレビでの放送じゃありません。もし見ることができないなら、ネットで見てください。
3.エルフェンリート
これです。最近見た作品の中では一番酷い!4話と10話はここで書けない位のグロ表現が出てくるので、UHFアニメですが15才未満視聴禁止のお触れが出たくらい。けど、まあ詳細を書いちゃいます。
とりあえず、最初から人が死にまくる。拳銃で撃たれて患部から少し血が出たくらいなら見ていて大丈夫ですが、腕、足、胴体、首が面白いくらい切られる。しかも人体が保有できる以上の血の量が出てくる(笑)ナイフで目を突かれるのは当たり前。血がドバーー、バシャーーってすごいのなんの。。。劇画系なら「北斗の拳」とか「ベルセルク」なんかの人物ならまだ納得できますが、出てくるキャラクターは普通の学園物に出てくるような男の子や女の子です。だから、自分はいま何のアニメを見ているかが分からなくなっている。
有名な話として「HUNTER×HUNTER」を書いている冨樫義博さんが本作のファンで、ハンター×ハンターでもキメラアント編に入ってから急激にグロ表現が出てきたのはこの作品の影響が強いからだと言われている。確かに、グリード・アイランド編と比べてもキツいシーン(特に小学生には)が出てきますからね。「エルフェンリート」を見ている人はそう多くはないと思いますが、「ハンター×ハンター」と直接のつながりがあると考えると、ジャンプの連載を通して小中学生に与える影響力は思っている以上に大きいでしょう。
まあ、作品の世界観は「一度ハマればハマる」という評判通り、こういう作品だと受け入れられれば楽しめるのではないでしょうか。
4.Blood+
現在、土曜日の6時からTBS系列で放送していますが、作品の名前にもあるように出血シーンが結構出てきますね。エグいシーンは「エルフェンリート」よりも少ないんですが、それでも主人公の少女が敵の翼手と戦うときには出てきますね。もちろん、お約束として、血生臭い表現が多いとして全国のPTAから苦情が来ているようです。考えてみると、この時間帯って、「ガンダムSEED」・「ガンダム種デス」・「Blood+」と、クレームが来てもしょうがない内容の作品を放送してるんですよね。まあ、免疫のある人なら楽しめるかもしれませんけど。
作品自体はとても面白い。さすがプロダクションIGが製作しているだけのことはある。脚本の出来は高水準だし、なにより主人公は沖縄出身で、初めのほうは沖縄の暮らしを描いているんで、色々と心躍ります(笑)米軍との関係も作品中に言及されていますし、亀甲墓も出てくる。さすがにトートーメーまでは出てきませんが、十分に沖縄らしさは伝わってきますね。
・・・とまあ、色々と生臭いアニメの紹介をしてきました。
見ていて感じるのは、出血の仕方が北野武監督の「座頭市」そっくりなんです。あれはCGを多用して刀で切られた時の出血を表現してますけど、上で紹介したアニメもそれのデジャビュを見ているような即視感があります。特徴としては、綺麗な鮮血が必要以上に出てくる。79年・80年の勝新太郎の「座頭市」と比べても武の「座頭市」は血の量が倍増しているし、最近のアニメの出血シーンはその「座頭市」にそっくり。
そんな作品と比べたら、当時血生臭いと評判だった「ベルセルク」はどれだけ控えめなことか(笑)
あと、アニメとは関係ないんですが、最近の刀を扱った作品の刀で人を切るシーンはちょっとおかしいと思ってる。刀は非常に硬いし、鋭いから人間の肉にも骨にも甚大なダメージを与えることが出来る。しかし、人を切ったら刀に血が付く。この「血の脂」がやっかいで、人を三回くらい(三人じゃないですよ)切れば、刀に人間の脂が付着して瞬時に切れ味が悪くなる。だから、昔の人は最初は切れても、途中からは竹刀の様に人を殴って殺していた。出血多量で死ぬことが出来るのは最初の2~3切りだけで、そのほかの人の死因は撲殺ですよ(笑)だから「水戸黄門」でも「座頭市」でも人を切れるだけ切っていますが、実際はとてもそんな感じにはなれない。知っててやっているのか、知らないで想像だけでやっているのかはわかりませんが、侍モノの作品を見ていていつも気になります。人はそんな簡単に切れません。
と、いうことで最近のアニメに物申してみました。
ネットで作品を見たい方はこちらを参考にしてください(↓)
ベルセルク(全25話視聴可能)
機動戦士ガンダムSEED(全50話視聴可能)
機動戦士ガンダムSEEDDESTINY(全50話視聴可能)
ひぐらしのなく頃に(8話まで視聴可能。それ以降は今後更新される予定)
エルフェンリート(9話まで視聴可能。それ以降は今後更新される予定)
Blood+(30話まで視聴可能。それ以降は今後更新される予定)
サンシン
2006/05/27のBlog
[ 12:19 ]
[ ┗映画・小説 ]
[基本情報][シャイニング-goo 映画]
監督・製作・脚本: スタンリー・キューブリック
原作: スティーヴン・キング
出演: ジャック・ニコルソン
キューブリック監督の「シャイニング」をようやく見ました。いや~、やっぱりホラー映画は一人で見るもんじゃないですね。。。
怖ぇーのなんのって。。。
X51というオカルト系の記事を紹介しているサイトによると、この「シャイニング」は数学的計算によると世界最高のホラー作品だそうです。(記事はこちらから)
別の記事のコメント欄で「今年はキューブリック作品を見てみたい」と言ってみたものの、最初からこれを見た自分がバカでした。「2001年:宇宙の旅」あたりから見ておけばよかったかな。
とりあえずの感想は、映画を観る限り、本当に怖いのは幽霊ではなく常軌を逸した生身の人間ということになりそう。外界から隔離された空間で共に生活している人間が狂ってしまうなんて、幽霊屋敷にいるよりも実は恐ろしいことだと思います。しかも音楽がすごいくらい引き立てているから、本当に怖くなりますね。これは。
監督・製作・脚本: スタンリー・キューブリック
原作: スティーヴン・キング
出演: ジャック・ニコルソン
キューブリック監督の「シャイニング」をようやく見ました。いや~、やっぱりホラー映画は一人で見るもんじゃないですね。。。
怖ぇーのなんのって。。。
X51というオカルト系の記事を紹介しているサイトによると、この「シャイニング」は数学的計算によると世界最高のホラー作品だそうです。(記事はこちらから)
別の記事のコメント欄で「今年はキューブリック作品を見てみたい」と言ってみたものの、最初からこれを見た自分がバカでした。「2001年:宇宙の旅」あたりから見ておけばよかったかな。
とりあえずの感想は、映画を観る限り、本当に怖いのは幽霊ではなく常軌を逸した生身の人間ということになりそう。外界から隔離された空間で共に生活している人間が狂ってしまうなんて、幽霊屋敷にいるよりも実は恐ろしいことだと思います。しかも音楽がすごいくらい引き立てているから、本当に怖くなりますね。これは。
イギリスで発売されているDVDの表紙がこれ(←)です。
最初、主演のジャック・ニコルソンが扉に挟まって、抜けられなくてジタバタしているところの写真かと思っていました(笑)本当は違いますね。
ではまた。
サンシン
追記:
そういえば、映画のレイティングを付けていませんでしたね。映画「シャイニング」は物語の脚本力、映像美、カメラワークは申し分ないくらいの完成度ではないでしょうか。流石は「完璧・合理主義者」と言われているキューブリック監督なだけあります。本人自身も霊的な存在は一切信じない人なのですが、その彼が「霊を見ることができる能力=シャイニング」を題材にしているのもとても興味深い。ホテルという空間内での普通-狂人の描き方も興味深かった。
よって「シャイニング」は星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ!
(ただし、ホラー映画が耐えられる人向け)
星一つ:★☆☆☆☆/★★★★★:もう見ません
星二つ:★★☆☆☆/★★★★★:金返せ
星三つ:★★★☆☆/★★★★★:まあまあ
星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ
星五つ:★★★★★/★★★★★:最高!あの世に持ってく!
最初、主演のジャック・ニコルソンが扉に挟まって、抜けられなくてジタバタしているところの写真かと思っていました(笑)本当は違いますね。
ではまた。
サンシン
追記:
そういえば、映画のレイティングを付けていませんでしたね。映画「シャイニング」は物語の脚本力、映像美、カメラワークは申し分ないくらいの完成度ではないでしょうか。流石は「完璧・合理主義者」と言われているキューブリック監督なだけあります。本人自身も霊的な存在は一切信じない人なのですが、その彼が「霊を見ることができる能力=シャイニング」を題材にしているのもとても興味深い。ホテルという空間内での普通-狂人の描き方も興味深かった。
よって「シャイニング」は星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ!
(ただし、ホラー映画が耐えられる人向け)
星一つ:★☆☆☆☆/★★★★★:もう見ません
星二つ:★★☆☆☆/★★★★★:金返せ
星三つ:★★★☆☆/★★★★★:まあまあ
星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ
星五つ:★★★★★/★★★★★:最高!あの世に持ってく!
2006/05/26のBlog
[ 14:57 ]
[ ┣Animation ・漫画 ]
今日からサンシンは暴走します(笑)
第一弾は「セカイ系」に関する講座。
この記事を書こうと思った動機は、いつもお世話になっているウィキペディアのセカイ系に関する項目が非常に面白かったから。これから紹介する文章はほとんどがそこからの借用ですが、色々と個人的な注釈をつける予定です。
ウィキペディア:セカイ系
目次:
一章「セカイ系の概念」(前編)
二章「セカイ系の類型」(前編)
三章「セカイ系の過程と発展」(後編)
四章「セカイ系の作品集」(後編)
最終章「セカイ系に関するサンシンの個人的な総括」(後編)
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第一章「セカイ系の概念」
「世界」(セカイ)には一人称の主人公である「ボク」と二人称となるヒロインあるいはパートナーの「キミ」を中心とした主人公周辺しか存在しないという設定の元、救世主である主人公周辺の登場人物の個人的行為や精神的資質・対人関係・内面的葛藤等がそのまま「世界」の命運を左右していくという形で物語が進行していく作品スタイルを指す。このジャンルの起源を遡ればかなり古いところにたどり着く。
主人公が救世主であるという設定上の前提条件に社会的裏付けが存在せず、個人的事象に由来する小状況がハルマゲドン(世界の破滅)や世界を救う行為等の大状況に対し、社会や世間・国家等といった中状況を一切介さずに直接アクセスするという展開が物語の基本を成す。
小世界(個人的領域「ボク」「キミ」)⇒大状況(ハルマゲドン・世紀末「セカイ」)に直結
↓
・・→中間の世界(国家・社会・民族・組織など)が省略される
(哲学用語が出てきます。読み飛ばしても可↓)
つまり「想像界」(経験を経ない感情やイメージ・観念に属する領域)が「現実界」(結果として起こる目の前のリアリティ)と直結され、媒介すべき「象徴界」(社会的組織・秩序・身分や具体的行動等の領域)は省略されると言うことであり、「ボク」と「キミ」と「世界」の外部にある存在、すなわち三人称に相当するものは、全て排除すべき敵あるいはなかったこととして扱われる。
役者や舞台装置が最低限で済むメリットから、演劇や自主制作映画等では定番だが、それら低予算実写手法をヒーローアニメに取り入れた『新世紀エヴァンゲリオン』の爆発的ブーム以降、メジャーを含む諸種の創作物にも導入されることになったため、「エヴァ系」・「エヴァ症候群」等とも称される。
まとめ:
95年に放送された「エヴァンゲリオン」を皮切りに「ボク・キミ・セカイ」だけで構成された世界を商品化したものの総称を「セカイ系作品」と呼ぶ。「セカイ系」の世界観を2章のセカイ系の類型で紹介します。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第二章「セカイ系の類型」
説明:
「セカイ系」の作品の分類をする時には作品の中の「個人」と「世界」の結果に注目する。すなわち、「個人が救われるか・自滅するか」、「世界が救われるか・破滅するか」を軸に考えてみる。「セカイ系作品」では、個人の結果と世界の結果が良くなる・悪くなるという対立軸が作品を構成しているからに他ならない。
(1)世界救済型
世界と個人の関わりの中では、最もオーソドックスなパターン。古今東西問わず、枚挙に暇が無い。主人公が広義のヒーロー・英雄等の場合、大半が当てはまる。伝説・英雄伝は(社会に密接にかかわっている)世界を救うことが特徴であるから、広義の意味でこれらは「セカイ系」の作品と言っていいだろう。
(2)世界創造型
世界の創造を中心人物が行う。その人物が新たな創造神として新たな世界に君臨する結果と成る。単純に世界の危機を救うのみならず、世界そのものを一から作り変える点が特徴的。前回紹介したエントリーの神話の項目がこれに該当する。
(3)世界滅亡型+個人無気力型
『新世紀エヴァンゲリオン』に代表されるこのタイプの特徴は、主人公に意欲がなく世界が滅亡する点にある。 主人公は世界の存亡を左右する重大な立場に立たされるが、それは決して本人が積極的に望んだ結果ではない。
なお、エヴァンゲリオン(映画版)はラストシーンの解釈次第では世界創造型と見ることもできる。 また、テレビシリーズの最終回では明らかな自己啓発セミナーの手法を使っての「個人の救済」を表している。
エヴァンゲリオンの作品解釈としては:
映画版=世界の破滅(人類の集合=補完計画)⇒世界の創造+個人ということの覚醒
テレビ版=世界の救済・破滅無し+個人の救済(シンジ)
(4)世界滅亡型+自己救済優先型
『イリヤの空、UFOの夏』・『最終兵器彼女』などに代表されるこのタイプの特徴は「世界より個人を選ぶ」選択にある。個人の幸福、恋愛が全人類の滅亡と天秤にかけられる事態も発生する。
たとえば、『イリヤの空、UFOの夏』では主人公がヒロイン個人の幸福のために世界の滅亡を容認する(「伊里野が生きるなら人類でも何でも滅べばいいんだ!!」)くだりがある(結果的にヒロイン自身の決断を促し、世界滅亡は回避されている)。
『最終兵器彼女』でも主人公が世界よりもヒロインとの恋愛を優先して考えていくことを表明する表現が全編に散見される。なお、『最終兵器彼女』コミック版ではヒロインが世界の終末に際して人々を安楽死させたことを示唆する表現があるが、主人公達が自己救済(人権回復や恋愛成就)以外の利益獲得や征服欲、復讐欲のために世界を滅亡させようとする作品は現時点では存在しない。
言い換えると、世界が破滅することが分かっている(自分たちに未来は無い)が、「ボク」と「キミ」の関係は世界が終わろうとしていても「唯一で絶対の経験」であり、それしか信じれないところまで追い詰められた主人公・ヒロインが登場する作品がこれに該当する。
(5)世界救済・世界滅亡両面型
上述の世界救済志向と世界滅亡志向とを兼ね備えている主人公(もしくは中心人物)の織り成す物語作品群。 代表作はフリーゲームの『Seraphic Blue』。
当物語の中心人物は、生まれながらに救世主となる事を宿命付けられた存在であり、救世主としての徹底的な管理教育・洗脳教育を施される。その結果、表面上は世界救済に尽力しつつも、本心では使命放棄及び世界の終末を渇望すると言う、二面的人格が確立される。やがては本心の部分が、独立した人格及び肉体を獲得し、最後の敵として立ちはだかる。最後の敵は自分自身、と言う皮肉な展開。
(6)世界救済・自己救済両立型
新海誠の『雲のむこう、約束の場所』に代表されるこのタイプの特徴は前述した『機動警察パトレイバー』などの「全体の平和も大事だが家庭の平和も大事である」といった考えかたをまっすぐに実現する点にある。この場合主人公は二つの目的を実現するために走ることとなる。前掲作における二つの目的は「塔の破壊」と「少女の覚醒」でありそのため、このタイプの物語では、両方を実現するための「なんらかの手法」が用意されているということになる。
この世界救済・自己救済両立型はセカイ系作品の中でも突出してハッピーエンドが結末に来る。
(7)世界・自己滅亡型
『世界の中心で、愛をさけぶ』などに代表されるこのタイプは、世界そのものの滅亡ではなく、主人公と恋人こそが世界そのものであるという点にある。この場合、恋人の死によって(主人公の)世界が滅亡するというということにある。このタイプは上記した(6)世界救済・自己救済両立型と完全に対立する。片方は両方とも救済されるが、こちらは両方とも破滅(壊れる)結末が待っている。
(8)とくになにも起こらない型
『ほしのこえ』に代表されるこのタイプは、個人的な問題と全体的な問題は直結してはいるが、だからといって積極的になにかをする気もないし、でもあきらめたくはないといったタイプである。この場合主人公などは目先の問題を解決していきながら、ゆっくりと「まぁなんとかなるだろう」といった具合で物語は進行していくことになる。
世界・個人の救済や破滅が作品の目的ではなく、「ボク」「キミ」「セカイ」の三角関係が丹念に描き出されているのがこのタイプの特徴。 「ほしのこえ」以外にも 「少女革命ウテナ」・「終ノ空」・「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」がこの系列に該当する。
続く。
サンシン
第一弾は「セカイ系」に関する講座。
この記事を書こうと思った動機は、いつもお世話になっているウィキペディアのセカイ系に関する項目が非常に面白かったから。これから紹介する文章はほとんどがそこからの借用ですが、色々と個人的な注釈をつける予定です。
ウィキペディア:セカイ系
目次:
一章「セカイ系の概念」(前編)
二章「セカイ系の類型」(前編)
三章「セカイ系の過程と発展」(後編)
四章「セカイ系の作品集」(後編)
最終章「セカイ系に関するサンシンの個人的な総括」(後編)
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第一章「セカイ系の概念」
「世界」(セカイ)には一人称の主人公である「ボク」と二人称となるヒロインあるいはパートナーの「キミ」を中心とした主人公周辺しか存在しないという設定の元、救世主である主人公周辺の登場人物の個人的行為や精神的資質・対人関係・内面的葛藤等がそのまま「世界」の命運を左右していくという形で物語が進行していく作品スタイルを指す。このジャンルの起源を遡ればかなり古いところにたどり着く。
主人公が救世主であるという設定上の前提条件に社会的裏付けが存在せず、個人的事象に由来する小状況がハルマゲドン(世界の破滅)や世界を救う行為等の大状況に対し、社会や世間・国家等といった中状況を一切介さずに直接アクセスするという展開が物語の基本を成す。
小世界(個人的領域「ボク」「キミ」)⇒大状況(ハルマゲドン・世紀末「セカイ」)に直結
↓
・・→中間の世界(国家・社会・民族・組織など)が省略される
(哲学用語が出てきます。読み飛ばしても可↓)
つまり「想像界」(経験を経ない感情やイメージ・観念に属する領域)が「現実界」(結果として起こる目の前のリアリティ)と直結され、媒介すべき「象徴界」(社会的組織・秩序・身分や具体的行動等の領域)は省略されると言うことであり、「ボク」と「キミ」と「世界」の外部にある存在、すなわち三人称に相当するものは、全て排除すべき敵あるいはなかったこととして扱われる。
役者や舞台装置が最低限で済むメリットから、演劇や自主制作映画等では定番だが、それら低予算実写手法をヒーローアニメに取り入れた『新世紀エヴァンゲリオン』の爆発的ブーム以降、メジャーを含む諸種の創作物にも導入されることになったため、「エヴァ系」・「エヴァ症候群」等とも称される。
まとめ:
95年に放送された「エヴァンゲリオン」を皮切りに「ボク・キミ・セカイ」だけで構成された世界を商品化したものの総称を「セカイ系作品」と呼ぶ。「セカイ系」の世界観を2章のセカイ系の類型で紹介します。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第二章「セカイ系の類型」
説明:
「セカイ系」の作品の分類をする時には作品の中の「個人」と「世界」の結果に注目する。すなわち、「個人が救われるか・自滅するか」、「世界が救われるか・破滅するか」を軸に考えてみる。「セカイ系作品」では、個人の結果と世界の結果が良くなる・悪くなるという対立軸が作品を構成しているからに他ならない。
(1)世界救済型
世界と個人の関わりの中では、最もオーソドックスなパターン。古今東西問わず、枚挙に暇が無い。主人公が広義のヒーロー・英雄等の場合、大半が当てはまる。伝説・英雄伝は(社会に密接にかかわっている)世界を救うことが特徴であるから、広義の意味でこれらは「セカイ系」の作品と言っていいだろう。
(2)世界創造型
世界の創造を中心人物が行う。その人物が新たな創造神として新たな世界に君臨する結果と成る。単純に世界の危機を救うのみならず、世界そのものを一から作り変える点が特徴的。前回紹介したエントリーの神話の項目がこれに該当する。
(3)世界滅亡型+個人無気力型
『新世紀エヴァンゲリオン』に代表されるこのタイプの特徴は、主人公に意欲がなく世界が滅亡する点にある。 主人公は世界の存亡を左右する重大な立場に立たされるが、それは決して本人が積極的に望んだ結果ではない。
なお、エヴァンゲリオン(映画版)はラストシーンの解釈次第では世界創造型と見ることもできる。 また、テレビシリーズの最終回では明らかな自己啓発セミナーの手法を使っての「個人の救済」を表している。
エヴァンゲリオンの作品解釈としては:
映画版=世界の破滅(人類の集合=補完計画)⇒世界の創造+個人ということの覚醒
テレビ版=世界の救済・破滅無し+個人の救済(シンジ)
(4)世界滅亡型+自己救済優先型
『イリヤの空、UFOの夏』・『最終兵器彼女』などに代表されるこのタイプの特徴は「世界より個人を選ぶ」選択にある。個人の幸福、恋愛が全人類の滅亡と天秤にかけられる事態も発生する。
たとえば、『イリヤの空、UFOの夏』では主人公がヒロイン個人の幸福のために世界の滅亡を容認する(「伊里野が生きるなら人類でも何でも滅べばいいんだ!!」)くだりがある(結果的にヒロイン自身の決断を促し、世界滅亡は回避されている)。
『最終兵器彼女』でも主人公が世界よりもヒロインとの恋愛を優先して考えていくことを表明する表現が全編に散見される。なお、『最終兵器彼女』コミック版ではヒロインが世界の終末に際して人々を安楽死させたことを示唆する表現があるが、主人公達が自己救済(人権回復や恋愛成就)以外の利益獲得や征服欲、復讐欲のために世界を滅亡させようとする作品は現時点では存在しない。
言い換えると、世界が破滅することが分かっている(自分たちに未来は無い)が、「ボク」と「キミ」の関係は世界が終わろうとしていても「唯一で絶対の経験」であり、それしか信じれないところまで追い詰められた主人公・ヒロインが登場する作品がこれに該当する。
(5)世界救済・世界滅亡両面型
上述の世界救済志向と世界滅亡志向とを兼ね備えている主人公(もしくは中心人物)の織り成す物語作品群。 代表作はフリーゲームの『Seraphic Blue』。
当物語の中心人物は、生まれながらに救世主となる事を宿命付けられた存在であり、救世主としての徹底的な管理教育・洗脳教育を施される。その結果、表面上は世界救済に尽力しつつも、本心では使命放棄及び世界の終末を渇望すると言う、二面的人格が確立される。やがては本心の部分が、独立した人格及び肉体を獲得し、最後の敵として立ちはだかる。最後の敵は自分自身、と言う皮肉な展開。
(6)世界救済・自己救済両立型
新海誠の『雲のむこう、約束の場所』に代表されるこのタイプの特徴は前述した『機動警察パトレイバー』などの「全体の平和も大事だが家庭の平和も大事である」といった考えかたをまっすぐに実現する点にある。この場合主人公は二つの目的を実現するために走ることとなる。前掲作における二つの目的は「塔の破壊」と「少女の覚醒」でありそのため、このタイプの物語では、両方を実現するための「なんらかの手法」が用意されているということになる。
この世界救済・自己救済両立型はセカイ系作品の中でも突出してハッピーエンドが結末に来る。
(7)世界・自己滅亡型
『世界の中心で、愛をさけぶ』などに代表されるこのタイプは、世界そのものの滅亡ではなく、主人公と恋人こそが世界そのものであるという点にある。この場合、恋人の死によって(主人公の)世界が滅亡するというということにある。このタイプは上記した(6)世界救済・自己救済両立型と完全に対立する。片方は両方とも救済されるが、こちらは両方とも破滅(壊れる)結末が待っている。
(8)とくになにも起こらない型
『ほしのこえ』に代表されるこのタイプは、個人的な問題と全体的な問題は直結してはいるが、だからといって積極的になにかをする気もないし、でもあきらめたくはないといったタイプである。この場合主人公などは目先の問題を解決していきながら、ゆっくりと「まぁなんとかなるだろう」といった具合で物語は進行していくことになる。
世界・個人の救済や破滅が作品の目的ではなく、「ボク」「キミ」「セカイ」の三角関係が丹念に描き出されているのがこのタイプの特徴。 「ほしのこえ」以外にも 「少女革命ウテナ」・「終ノ空」・「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」がこの系列に該当する。
続く。
サンシン
[ 07:57 ]
[ ┣Animation ・漫画 ]
さて、後編です。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第三章「セカイ系の過程と発展」
第一部・「セカイ系」への過程
「世界を救う・守る」といったいわゆるヒロイックストーリーでは通常、日常シーンと実際に世界を救うシーンとのパートは完全に分けて作られており、主人公はその「世界の敵」と戦う戦闘シーンに置いて日常の感情に煩わされることなく正義の味方として巨大な悪に立ち向かい続けるのが普通であった。戦後から70年代にかけて少年たちが夢見た世界観と言えば想像し易いだろう。
「ウルトラマン」・「仮面ライダー」・「怪獣大戦争」に代表される特撮の作品がこれらの世界観の土台を支えていた。その頃、輝かしいものと信じられていた科学を全面に使い、正義の立場にいる自分たちが巨大な悪に盲目的に立ち向かうことが可能だった時代がむかし日本には存在した。
しかし1970年代に入り、公害問題や学生運動等により社会に翳りが見え始めると「人間=正義」ではないと言う考え方が一般にも浸透し、それはヒーローものにも『帰ってきたウルトラマン』や『人造人間キカイダー』等の、能力があるが故に周囲と軋轢を生んだり、自分自身の存在意義について悩み続けるヒーロー達の登場として影響を与える。
また1980年代になると、『機動戦士ガンダム』・『装甲騎兵ボトムズ』・『機動警察パトレイバー』等の「リアルロボット」アニメの出現により、戦闘における「正義と悪」という概念が相対的でしかないことやヒーローや敵と言えど個人的な感情や日常が存在する等身大の同じ人間でしかないことが描かれるようになる。そしてそれは同時に「世界を守る」とは何か、ということを逆に問いかける形となった。
また、『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイを初めとする、ヒーローや戦士といった「世界を守る仕事」を誰かにやらされている主人公が登場し始めたのもこの頃である。
そして1990年代、バブル崩壊やジェンダーフリー・新興宗教の台頭等それまでの価値観が総崩れになり、『美少女戦士セーラームーン』のような転生ネタや「戦士・救世主としての少女キャラ」といった作品も堂々とメジャーに登場するようになる。また、『ノストラダムスの大予言』まで10年を切り、「ハルマゲドン」や「救世主」が身近な現実味を帯びて感じられていく。しかし、90年も半ばになって、オウム真理教がこの時代を象徴しているが、価値観の崩壊や終末感と共に、それまでの「物語」に対する不信感が高まっていった時期であった。「世紀末」に対する感覚そのものが「セカイ系」への土台として積み重なっていく。(過去の参考記事:「オウムとライブドアの類似性に見る「終わりなき日常を生きる」作法」)
第二部・「セカイ系」の発展
そんな中、リアルロボットアニメの系譜として1995年、『新世紀エヴァンゲリオン』が登場する。それはその後の「セカイ系」の骨格となる、「個人的事象が世界的事象と直結した救世主もの」という新しいパターンを世に広めた作品であった。
エポックとなる『新世紀エヴァンゲリオン』の影響は直後に「エヴァ風」作品の大量生産を招いたが、それは同時に「エヴァ以降」の系統に含まれつつも「個人が世界と直結した救世主ストーリー」をベースに演劇や同性愛の要素を取り入れる(『少女革命ウテナ』)等、独自の個性や要素・ポテンシャルを持った新たな派生作品を数多く誕生させていく礎となった。
また、「セカイ系」と言うスタイルはアニメ以外にも波及し、小説では上遠野浩平のライトノベル『ブギーポップは笑わない』が、漫画では「ボク」ではなくヒロインの側に「世界を救う」能力を設定した高橋しんの『最終兵器彼女』が、それぞれセカイ系作品を広げる起爆剤となった。
以降、「セカイ系」は洗練と細分化へと向かう。小説では秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』、そしてインディーズ作品としては空前のクオリティと商業的成功をとげた新海誠のアニメ『ほしのこえ』等を生み出すに至り、「セカイ系」は一つの新しいジャンルとして確立されつつある。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第四章「セカイ系の作品紹介」
注:今回紹介した作品のリンクのみ貼ります。
アニメ
『イリヤの空、UFOの夏』伊藤尚往
『エルフェンリート』神戸守
『雲のむこう、約束の場所』新海誠
『交響詩篇エウレカセブン』京田知己
『この醜くも美しい世界』佐伯昭志
『最終兵器彼女』加瀬充子
『THE ビッグオー』片山一良
『少女革命ウテナ』幾原邦彦
『新世紀エヴァンゲリオン』庵野秀明
『涼宮ハルヒの憂鬱』石原立也
『蒼穹のファフナー』羽原信義
『ノエイン もうひとりの君へ』佐藤豪志
『ひぐらしのなく頃に』今千秋
『ほしのこえ』新海誠
『ラーゼフォン』出渕裕
漫画
『エルフェンリート』岡本倫
『この醜くも美しい世界』森見明日
『最終兵器彼女』高橋しん (リンクはテレビ放送のサイト)
『なるたる』鬼頭莫宏
『ぼくらの』鬼頭莫宏
小説
『イリヤの空、UFOの夏』秋山瑞人
『きみとぼくの壊れた世界』西尾維新
『殺×愛きるらぶ』風見周
『戯言シリーズ』西尾維新
『涼宮ハルヒシリーズ』谷川流
『ブギーポップは笑わない』上遠野浩平 (リンクはテレビ放送のサイト)
ゲーム
『ヴァルキリープロファイル』スクウェア・エニックス
『高機動幻想ガンパレード・マーチ』アルファ・システム
『去人たち』K2C
『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』エルフ
『Seraphic Blue』天ぷら
『終ノ空』ケロQ
『ひぐらしのなく頃に』竜騎士07
『マブラヴ』age
『マブラヴ オルタネイティヴ』age
『ライブ・ア・ライブ』スクウェア・エニックス
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
最終章「セカイ系に関するサンシンの個人的な総括」
と、いうことで少しばかり暴走してみました(笑)だけど、「セカイ系」かんする議論はキチンとしておきたかったのは本当ですし、事実「世界の中心で、愛を叫ぶ」や「最終兵器彼女」・「ほしのこえ」など、1995年以降(「エヴァ」以降)にセカイ系の作品が続出した。今回の第三章で紹介した過程と発展を見てみると、セカイ系を生んだ直接的な原因は「90年代的なものが敗北した結果」だったということ。もちろん、「90年代的なもの」とは漠然とした言葉ではあるが、その時代からすでに10年だった現在、自分たちは冷静な目で「90年代的なもの」を見ることができるのではないか。
当たり前のことだが、「90年代的なもの」も「80年代的なもの」が敗北した結果、その遺産として90年に引き継がれたものではあるし、遡ろうと思えばどこまでも遡れる。しかし、社会は過去の事象を十分に
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第三章「セカイ系の過程と発展」
第一部・「セカイ系」への過程
「世界を救う・守る」といったいわゆるヒロイックストーリーでは通常、日常シーンと実際に世界を救うシーンとのパートは完全に分けて作られており、主人公はその「世界の敵」と戦う戦闘シーンに置いて日常の感情に煩わされることなく正義の味方として巨大な悪に立ち向かい続けるのが普通であった。戦後から70年代にかけて少年たちが夢見た世界観と言えば想像し易いだろう。
「ウルトラマン」・「仮面ライダー」・「怪獣大戦争」に代表される特撮の作品がこれらの世界観の土台を支えていた。その頃、輝かしいものと信じられていた科学を全面に使い、正義の立場にいる自分たちが巨大な悪に盲目的に立ち向かうことが可能だった時代がむかし日本には存在した。
しかし1970年代に入り、公害問題や学生運動等により社会に翳りが見え始めると「人間=正義」ではないと言う考え方が一般にも浸透し、それはヒーローものにも『帰ってきたウルトラマン』や『人造人間キカイダー』等の、能力があるが故に周囲と軋轢を生んだり、自分自身の存在意義について悩み続けるヒーロー達の登場として影響を与える。
また1980年代になると、『機動戦士ガンダム』・『装甲騎兵ボトムズ』・『機動警察パトレイバー』等の「リアルロボット」アニメの出現により、戦闘における「正義と悪」という概念が相対的でしかないことやヒーローや敵と言えど個人的な感情や日常が存在する等身大の同じ人間でしかないことが描かれるようになる。そしてそれは同時に「世界を守る」とは何か、ということを逆に問いかける形となった。
また、『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイを初めとする、ヒーローや戦士といった「世界を守る仕事」を誰かにやらされている主人公が登場し始めたのもこの頃である。
そして1990年代、バブル崩壊やジェンダーフリー・新興宗教の台頭等それまでの価値観が総崩れになり、『美少女戦士セーラームーン』のような転生ネタや「戦士・救世主としての少女キャラ」といった作品も堂々とメジャーに登場するようになる。また、『ノストラダムスの大予言』まで10年を切り、「ハルマゲドン」や「救世主」が身近な現実味を帯びて感じられていく。しかし、90年も半ばになって、オウム真理教がこの時代を象徴しているが、価値観の崩壊や終末感と共に、それまでの「物語」に対する不信感が高まっていった時期であった。「世紀末」に対する感覚そのものが「セカイ系」への土台として積み重なっていく。(過去の参考記事:「オウムとライブドアの類似性に見る「終わりなき日常を生きる」作法」)
第二部・「セカイ系」の発展
そんな中、リアルロボットアニメの系譜として1995年、『新世紀エヴァンゲリオン』が登場する。それはその後の「セカイ系」の骨格となる、「個人的事象が世界的事象と直結した救世主もの」という新しいパターンを世に広めた作品であった。
エポックとなる『新世紀エヴァンゲリオン』の影響は直後に「エヴァ風」作品の大量生産を招いたが、それは同時に「エヴァ以降」の系統に含まれつつも「個人が世界と直結した救世主ストーリー」をベースに演劇や同性愛の要素を取り入れる(『少女革命ウテナ』)等、独自の個性や要素・ポテンシャルを持った新たな派生作品を数多く誕生させていく礎となった。
また、「セカイ系」と言うスタイルはアニメ以外にも波及し、小説では上遠野浩平のライトノベル『ブギーポップは笑わない』が、漫画では「ボク」ではなくヒロインの側に「世界を救う」能力を設定した高橋しんの『最終兵器彼女』が、それぞれセカイ系作品を広げる起爆剤となった。
以降、「セカイ系」は洗練と細分化へと向かう。小説では秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』、そしてインディーズ作品としては空前のクオリティと商業的成功をとげた新海誠のアニメ『ほしのこえ』等を生み出すに至り、「セカイ系」は一つの新しいジャンルとして確立されつつある。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第四章「セカイ系の作品紹介」
注:今回紹介した作品のリンクのみ貼ります。
アニメ
『イリヤの空、UFOの夏』伊藤尚往
『エルフェンリート』神戸守
『雲のむこう、約束の場所』新海誠
『交響詩篇エウレカセブン』京田知己
『この醜くも美しい世界』佐伯昭志
『最終兵器彼女』加瀬充子
『THE ビッグオー』片山一良
『少女革命ウテナ』幾原邦彦
『新世紀エヴァンゲリオン』庵野秀明
『涼宮ハルヒの憂鬱』石原立也
『蒼穹のファフナー』羽原信義
『ノエイン もうひとりの君へ』佐藤豪志
『ひぐらしのなく頃に』今千秋
『ほしのこえ』新海誠
『ラーゼフォン』出渕裕
漫画
『エルフェンリート』岡本倫
『この醜くも美しい世界』森見明日
『最終兵器彼女』高橋しん (リンクはテレビ放送のサイト)
『なるたる』鬼頭莫宏
『ぼくらの』鬼頭莫宏
小説
『イリヤの空、UFOの夏』秋山瑞人
『きみとぼくの壊れた世界』西尾維新
『殺×愛きるらぶ』風見周
『戯言シリーズ』西尾維新
『涼宮ハルヒシリーズ』谷川流
『ブギーポップは笑わない』上遠野浩平 (リンクはテレビ放送のサイト)
ゲーム
『ヴァルキリープロファイル』スクウェア・エニックス
『高機動幻想ガンパレード・マーチ』アルファ・システム
『去人たち』K2C
『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』エルフ
『Seraphic Blue』天ぷら
『終ノ空』ケロQ
『ひぐらしのなく頃に』竜騎士07
『マブラヴ』age
『マブラヴ オルタネイティヴ』age
『ライブ・ア・ライブ』スクウェア・エニックス
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
最終章「セカイ系に関するサンシンの個人的な総括」
と、いうことで少しばかり暴走してみました(笑)だけど、「セカイ系」かんする議論はキチンとしておきたかったのは本当ですし、事実「世界の中心で、愛を叫ぶ」や「最終兵器彼女」・「ほしのこえ」など、1995年以降(「エヴァ」以降)にセカイ系の作品が続出した。今回の第三章で紹介した過程と発展を見てみると、セカイ系を生んだ直接的な原因は「90年代的なものが敗北した結果」だったということ。もちろん、「90年代的なもの」とは漠然とした言葉ではあるが、その時代からすでに10年だった現在、自分たちは冷静な目で「90年代的なもの」を見ることができるのではないか。
当たり前のことだが、「90年代的なもの」も「80年代的なもの」が敗北した結果、その遺産として90年に引き継がれたものではあるし、遡ろうと思えばどこまでも遡れる。しかし、社会は過去の事象を十分に
