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2006/12/11のBlog
[ 20:12 ]
[ ┣戦争・テロ関連 ]
ホロコーストに関するメモ書き。
共同通信経由、デーリー東北新聞のフラッシュ24・国際欄の記事
欧米の「タブー」に挑戦 イランでホロコースト会議
【テヘラン11日共同】 ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を検証する国際会議が11日、イランの首都テヘランで2日間の日程で始まった。ホロコーストを「神話」と呼んだアハマディネジャド大統領の肝いりで開催。欧州の新聞に載ったイスラム教預言者ムハンマドの風刺漫画が表現の自由の問題として論じられたことを逆手に取り、欧米の「タブー」(同大統領)に挑戦したい考えだ。
主催するイラン外務省傘下の政治国際問題研究所は「研究の空白を埋め、発言の自由を与える」のが目的としている。議題には「ホロコースト見直し論者の意見」「ガス室の存在の否定論、肯定論」などが含まれる。ドイツなど欧州の国にあるホロコースト否定を禁じる法律についても討議されるという。
なるほど、面白い。
昔からヨーロッパでは「ホロコースト」を見直すだけで逮捕される現状がある。田中宇氏の記事、「ホロコーストをめぐる戦い」では、いかにこの話題がタブーであるかが書かれている。(一部抜粋)
イラク戦争や911は最近の出来事であるのに対し、ホロコーストは60年以上前の歴史であるという違いはあるが、分析を開始する前の時点で、分析を進めたら常識とは異なる結論になるかもしれないという点では同じである。分析の結果、結論がどうなるかは分からない以上、常識と異なる結論に達したら「犯罪者」にされるというのは、分析が禁じられているのと同じである。
日本では現在、リビジョニストは犯罪者ではなく、雑誌が廃刊に追い込まれる程度だが、今回リビジョニストがアメリカからドイツに移送されたことを考えると、対米従属の日本で今後、同様の措置が行われても不思議ではない。ホロコーストの事実性を分析することは、国際的に犯罪扱いされる時代になっている。
EUでは、欧州議会のフランス人の極右議員が「私はガス室がなかったとは思わないが、私は専門家ではない(ので結論を出せない)。この件は、歴史家たちに議論させてみるべきだと思う」と昨年10月に発言した件をめぐり、議員としての不逮捕特権を解かれ、起訴されそうになっている。つまり欧州では、ホロコーストの事実性を検証の対象にしようと呼びかけること自体が禁じられている。
しかし、この議論の見直しをすると言うだけでなぜ逮捕されるまでに至るのか。
これ以降はある種の「陰謀論」が顔を出してくる。
ようするにユダヤ人による「どれだけユダヤ人がかわいそうか」という
プロパガンダが顕著に出てくるのが「ホロコースト」であり、
真相が究明されると窮地に立たされるのはユダヤ人のほうだから、らしい。
田中宇氏はそこまで断定的に書かれてはいない。
が、リチャード・コシミズ氏はかなり過激にこれらのタブーについて言及している。なお、あまりにも過激なので一部に真実があるのかの知れないが、信用はされないような書き方なので(笑)、注意して読む必要がある。
参考:ヒロさん日記:真相究明会議:水爆級の破壊力をもつリチャード・コシミズ
他にも過激な歴史修正主義を掲げている帝國電網省のサイト(トップページ)の中でもホロコーストの真実性を疑う論が展開されている。(87.ナチスは「ホロコースト」等していない!)
「ホロコースト」の定説
1.ナチスは、ベルゲン・ベルゼンをはじめとするドイツ国内の「強制収容所」の他に、アウシュウィッツ(及びビルケナウ)をはじめとする「絶滅収容所」をポーランド領内に建設した。
2.ナチスは、ユダヤ人を「強制収容所」及び「絶滅収容所」に収容した。
とりわけ、「絶滅収容所」には、ユダヤ人の大量殺人を可能とする処刑用の「ガス室」が設けられた。
3.処刑用「ガス室」では、「チクロンB」と呼ばれる毒ガスを使って、ユダヤ人が600万人も処刑された。
4.処刑後、ユダヤ人の遺体は、焼却炉をフル稼働して、焼却処分された。
(中略)
「ホロコースト」の疑問点
1.大量殺人の「証拠」として引き合いに出される夥しい遺体の写る写真は、「ガス室」があったとされるアウシュウィッツ等「絶滅収容所」で撮影されたものでは無く、「ガス室」が無かったベルゲン・ベルゼン「強制収容所」で撮影されたものであったりする。
(「ガス室」が設けられていなかった収容所にあった遺体は、当然、「毒ガス」によって処刑されたとは言えない。)
2.更に、それら遺体の死因は、「発疹チフス」等の伝染病によるもので、「毒ガス」によって殺害されたと断定された遺体は、一体たりとも確認されていない。
(遺体を実際に検分した唯一の法医学者、チャールズ・ラーソン博士が宣誓証言している。)
3.「ガス室」と言われている部屋には、「毒ガス」を注入すべき穴が見当たらない。
(どうやって、「毒ガス」である「チクロンB」を入れたのか?)
4.「ガス室」と言われている部屋には、処刑後、「毒ガス」を外部に換気排出する為の換気口が見当たらない。
(これでは、遺体を搬出する為の要員が、「ガス室」に「毒ガス」が充満していて、中に入る事さえ出来ない。いや、そもそも、扉を開ける事さえ出来ない。)
5.遺体を「焼却」処分する為の「焼却炉」が見当たらない。
(地面に積み上げたり、穴を掘って投げ入れたりして、「野焼き」でもしたのだろうか?)
6.戦時中、連合軍機が上空から収容所敷地内を撮影した航空写真には、一枚も、遺体を焼却していたとされる「焼却炉」からの「煙」が写っていない。
(当然、「野焼き」の「煙」も写されてはいない。)
7.「焼却処分」後の「灰」(及び燃え残った人骨)が廃棄された場所が見当たらない。
(600万人もの遺体から出た膨大な量の「灰」は一体、どこへ消えたのか?)
8.「証言」では、「焼却炉」は24時間間断なくフル稼働していたと言う。
(「焼却炉」で燃やせば、当然、「灰」が出るから、その「灰」を排出しなくてはならない。ましてや、フル稼働等させたら、熱で「炉」自体が保(も)たない。)
9.「証言」では、210平方メートルの「ガス室」の中に、3千人を収容して「毒ガス」による処刑をしたと言う。
(210平方メートルの空間に、3千人も入るかどうか、実際に実験してみたらどうか?)
10.当時、「絶滅収容所」とされる収容所にいたユダヤ人の中には、「ガス室」を見た事も、聞いた事も無いと「証言」している者が何人もいる。
(戦犯裁判等において、これらの「証言」は全て無視され、「ガス室はあった」と言う「証言」のみが採用された。)
11.「ガス室を見た」と「証言」した者の中には、後日の裁判において、「見た」のでは無く、「人から聞いた」と発言を撤回した者もいる。
(自分の目で「見た」と言うのと、他人から「聞いた」とでは、「証拠」としての価値に雲泥の差がある。)
9.11が陰謀であったとする記事をむかし書きました(参考:「9.11同時多発テロが捏造?そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないか 」)が、これも利権誘導のためのプロパガンダに見えてこなくも無い。ただ、これから膨大な検証作業が必要になってくるんでしょうけど。
それでは、また。
サンシン
共同通信経由、デーリー東北新聞のフラッシュ24・国際欄の記事
欧米の「タブー」に挑戦 イランでホロコースト会議
【テヘラン11日共同】 ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を検証する国際会議が11日、イランの首都テヘランで2日間の日程で始まった。ホロコーストを「神話」と呼んだアハマディネジャド大統領の肝いりで開催。欧州の新聞に載ったイスラム教預言者ムハンマドの風刺漫画が表現の自由の問題として論じられたことを逆手に取り、欧米の「タブー」(同大統領)に挑戦したい考えだ。
主催するイラン外務省傘下の政治国際問題研究所は「研究の空白を埋め、発言の自由を与える」のが目的としている。議題には「ホロコースト見直し論者の意見」「ガス室の存在の否定論、肯定論」などが含まれる。ドイツなど欧州の国にあるホロコースト否定を禁じる法律についても討議されるという。
なるほど、面白い。
昔からヨーロッパでは「ホロコースト」を見直すだけで逮捕される現状がある。田中宇氏の記事、「ホロコーストをめぐる戦い」では、いかにこの話題がタブーであるかが書かれている。(一部抜粋)
イラク戦争や911は最近の出来事であるのに対し、ホロコーストは60年以上前の歴史であるという違いはあるが、分析を開始する前の時点で、分析を進めたら常識とは異なる結論になるかもしれないという点では同じである。分析の結果、結論がどうなるかは分からない以上、常識と異なる結論に達したら「犯罪者」にされるというのは、分析が禁じられているのと同じである。
日本では現在、リビジョニストは犯罪者ではなく、雑誌が廃刊に追い込まれる程度だが、今回リビジョニストがアメリカからドイツに移送されたことを考えると、対米従属の日本で今後、同様の措置が行われても不思議ではない。ホロコーストの事実性を分析することは、国際的に犯罪扱いされる時代になっている。
EUでは、欧州議会のフランス人の極右議員が「私はガス室がなかったとは思わないが、私は専門家ではない(ので結論を出せない)。この件は、歴史家たちに議論させてみるべきだと思う」と昨年10月に発言した件をめぐり、議員としての不逮捕特権を解かれ、起訴されそうになっている。つまり欧州では、ホロコーストの事実性を検証の対象にしようと呼びかけること自体が禁じられている。
しかし、この議論の見直しをすると言うだけでなぜ逮捕されるまでに至るのか。
これ以降はある種の「陰謀論」が顔を出してくる。
ようするにユダヤ人による「どれだけユダヤ人がかわいそうか」という
プロパガンダが顕著に出てくるのが「ホロコースト」であり、
真相が究明されると窮地に立たされるのはユダヤ人のほうだから、らしい。
田中宇氏はそこまで断定的に書かれてはいない。
が、リチャード・コシミズ氏はかなり過激にこれらのタブーについて言及している。なお、あまりにも過激なので一部に真実があるのかの知れないが、信用はされないような書き方なので(笑)、注意して読む必要がある。
参考:ヒロさん日記:真相究明会議:水爆級の破壊力をもつリチャード・コシミズ
他にも過激な歴史修正主義を掲げている帝國電網省のサイト(トップページ)の中でもホロコーストの真実性を疑う論が展開されている。(87.ナチスは「ホロコースト」等していない!)
「ホロコースト」の定説
1.ナチスは、ベルゲン・ベルゼンをはじめとするドイツ国内の「強制収容所」の他に、アウシュウィッツ(及びビルケナウ)をはじめとする「絶滅収容所」をポーランド領内に建設した。
2.ナチスは、ユダヤ人を「強制収容所」及び「絶滅収容所」に収容した。
とりわけ、「絶滅収容所」には、ユダヤ人の大量殺人を可能とする処刑用の「ガス室」が設けられた。
3.処刑用「ガス室」では、「チクロンB」と呼ばれる毒ガスを使って、ユダヤ人が600万人も処刑された。
4.処刑後、ユダヤ人の遺体は、焼却炉をフル稼働して、焼却処分された。
(中略)
「ホロコースト」の疑問点
1.大量殺人の「証拠」として引き合いに出される夥しい遺体の写る写真は、「ガス室」があったとされるアウシュウィッツ等「絶滅収容所」で撮影されたものでは無く、「ガス室」が無かったベルゲン・ベルゼン「強制収容所」で撮影されたものであったりする。
(「ガス室」が設けられていなかった収容所にあった遺体は、当然、「毒ガス」によって処刑されたとは言えない。)
2.更に、それら遺体の死因は、「発疹チフス」等の伝染病によるもので、「毒ガス」によって殺害されたと断定された遺体は、一体たりとも確認されていない。
(遺体を実際に検分した唯一の法医学者、チャールズ・ラーソン博士が宣誓証言している。)
3.「ガス室」と言われている部屋には、「毒ガス」を注入すべき穴が見当たらない。
(どうやって、「毒ガス」である「チクロンB」を入れたのか?)
4.「ガス室」と言われている部屋には、処刑後、「毒ガス」を外部に換気排出する為の換気口が見当たらない。
(これでは、遺体を搬出する為の要員が、「ガス室」に「毒ガス」が充満していて、中に入る事さえ出来ない。いや、そもそも、扉を開ける事さえ出来ない。)
5.遺体を「焼却」処分する為の「焼却炉」が見当たらない。
(地面に積み上げたり、穴を掘って投げ入れたりして、「野焼き」でもしたのだろうか?)
6.戦時中、連合軍機が上空から収容所敷地内を撮影した航空写真には、一枚も、遺体を焼却していたとされる「焼却炉」からの「煙」が写っていない。
(当然、「野焼き」の「煙」も写されてはいない。)
7.「焼却処分」後の「灰」(及び燃え残った人骨)が廃棄された場所が見当たらない。
(600万人もの遺体から出た膨大な量の「灰」は一体、どこへ消えたのか?)
8.「証言」では、「焼却炉」は24時間間断なくフル稼働していたと言う。
(「焼却炉」で燃やせば、当然、「灰」が出るから、その「灰」を排出しなくてはならない。ましてや、フル稼働等させたら、熱で「炉」自体が保(も)たない。)
9.「証言」では、210平方メートルの「ガス室」の中に、3千人を収容して「毒ガス」による処刑をしたと言う。
(210平方メートルの空間に、3千人も入るかどうか、実際に実験してみたらどうか?)
10.当時、「絶滅収容所」とされる収容所にいたユダヤ人の中には、「ガス室」を見た事も、聞いた事も無いと「証言」している者が何人もいる。
(戦犯裁判等において、これらの「証言」は全て無視され、「ガス室はあった」と言う「証言」のみが採用された。)
11.「ガス室を見た」と「証言」した者の中には、後日の裁判において、「見た」のでは無く、「人から聞いた」と発言を撤回した者もいる。
(自分の目で「見た」と言うのと、他人から「聞いた」とでは、「証拠」としての価値に雲泥の差がある。)
9.11が陰謀であったとする記事をむかし書きました(参考:「9.11同時多発テロが捏造?そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないか 」)が、これも利権誘導のためのプロパガンダに見えてこなくも無い。ただ、これから膨大な検証作業が必要になってくるんでしょうけど。
それでは、また。
サンシン
2006/12/10のBlog
[ 03:41 ]
[ 政治・社会 ]
まとめ まんがで学ぶ格差社会問題
2006/12/09のBlog
[ 13:57 ]
[ オモシロ動画・サイト ]
課題で忙しいサンシンです。。。
日本に帰る直前まで缶詰だな。
早く日本に帰りてぇ~(笑)
冬の幸がオレを待ってる~!!!!
閑話休題
Google Earthが使える人限定ですが、
このアドレスを打つだけでアフリカに行けちゃう!
何が映ってるかは見てからのお楽しみ。
こちらから(↓)
Address
(1) 4°17'21.49" S 31°23'46.46" E
(2) 15°17'40.32" N 20°28'47.42" E
(3) 10°54'13.66" N 19°56'06.15" E
(4) 21°50'36.15" S 35°27'00.60" E
(5-1) 6°53'53.00" S 31°11'15.40" E
(5-2) 6°54'00.10" S 31°11'11.67" E
(6) 24°57'18.60" S 15°51'30.61" E
(7) 18°26'45.45" S 12°00'44.20" E
正解はコメント欄に。
日本に帰る直前まで缶詰だな。
早く日本に帰りてぇ~(笑)
冬の幸がオレを待ってる~!!!!
閑話休題
Google Earthが使える人限定ですが、
このアドレスを打つだけでアフリカに行けちゃう!
何が映ってるかは見てからのお楽しみ。
こちらから(↓)
Address
(1) 4°17'21.49" S 31°23'46.46" E
(2) 15°17'40.32" N 20°28'47.42" E
(3) 10°54'13.66" N 19°56'06.15" E
(4) 21°50'36.15" S 35°27'00.60" E
(5-1) 6°53'53.00" S 31°11'15.40" E
(5-2) 6°54'00.10" S 31°11'11.67" E
(6) 24°57'18.60" S 15°51'30.61" E
(7) 18°26'45.45" S 12°00'44.20" E
正解はコメント欄に。
2006/12/07のBlog
[ 14:47 ]
[ イギリス生活 ]
2006/12/06のBlog
[ 10:07 ]
[ イギリス生活 ]
2006/12/04のBlog
[ 15:46 ]
[ 政治・社会 ]
「再チャレンジ支援税制」ニート・フリーターを除外(ヤフーサイト)
政府は、2007年度税制改正に盛り込む「再チャレンジ支援税制」の対象から、仕事・通学をしていない「ニート」や、定職を持たない「フリーター」を外す方針を固めた。政府案はほかに、制度を利用する企業・団体に地方自治体の事前認定を求めるなど、厳しく枠をはめる内容となっている。
安倍政権が「2010年までにフリーターをピーク時の8割に減らす」と公約したことを受け、政府は当初、雇用対象にニートやフリーターも含める方向で検討していた。
しかし、正社員としての雇用を望んでいるかどうかなど、支援すべきニートやフリーターの定義が難しいとして、「定義があいまいなまま制度を導入すれば、課税逃れに悪用されかねない」(内閣府)と判断した。除外の方針を固めたことにより、格差是正に向けたフリーター支援との趣旨から大きく外れることになる。(読売新聞) - 12月4日15時42分更新
バカなことを言うんじゃないよ。
彼らは社会から疎外された人間たちだ。
イギリスの「ニート(ウィキ)」の定義なら
ニートを作ったのは社会の責任でもあるから
本来なら社会が包含する努力をしないといけない。
しかも、イギリスですらこの言葉はマイナーだし。
むかし、若者の雇用実態(サンシン)でも書いたとおり
(1)年長世代の利権を確保し、若年層の雇用を削った
(2)その実態を知らずに年長世代は「精神論」を語る
(3)実務経験を積むための「機会」が乏しい
(4)むかしよりも「ハイテンションな就職活動」が求められる
(5)確率論的に「解離した人間」が大量発生する
今はこれに若年層の30%強が非正規雇用(ウィキ)というオマケ付き。
これが今の20代に襲い掛かってる現状。
さらにだ
(A)新入社員とフリーターの格差は約6倍。
(B)国家的な視点から見ると、税収で2%、社会保険料で9%を毎年損失
今の若者が40年後、年金を貰うときになっても
年金は当てにならない。社会保障も当てにならない。
高度経済成長期、バブル期にくらべて
収入面で不安定さが生じる。
子供の養育費は上がる一方だから
少子化に繋がる。
さらに、できちゃった婚(さずかり婚?)が増えたわけは?
子供が出来たことによって→結婚→家庭を持つ
こうした一連の契機が生まれている。
しかし、少子化(子供を生まない世の中)は
これらにストップをかける。
・結婚しない男女
ではなくて
・(したくても)結婚できない男女
まず、結婚する動機がなくなる。
昔は貧しくても年功序列があったから
経済的に幸せになれる希望があった。
今は経済的に不安定。
将来に対する希望は比較的少ない。
子供を産める環境(経済的・社会的)が整っていない。
経済的にしっかりしてないで結婚できますか?
現代でできちゃった婚以外で結婚する契機がありますか?
これは個人の問題というより
やっぱり社会の問題。
制度の問題、インセンティブ確保の問題。
人は何か希望があるから生きていける。
自殺者(ウィキ)は年間30,000人を突破。
予備軍を入れたら10万人は軽く突破する。
一日1,000人が自殺未遂する(実際に死ぬのは100人)
自殺者増加は数字以上のものがある。
普通の人が生きられない。
そんな社会は「まとも」じゃないよ。
・・・ということで。
文句を言っただけで、(今は)何にも出来ない。
サンシンでした。。。
追記:自殺者数についての思考。
単純な計算をします。
自殺者は年間に3万人。
自殺者は月間に3千人。(=年間30,000人÷10ヶ月)
自殺者は日間に100人。(=月間3,000人÷30日)
自殺者は毎時に4人。(=日間100人÷25時間)
自殺者は15分に1人(=毎時4人÷クォーター・15分)
日本では平均して一時間に4人の方が自殺で亡くなられてます。
ちなみに交通事故で亡くなる人は8,000人。
平均して一時間に1人の方が交通事故で亡くなられてます。
片方が「不運」だとして片方は「故意に・自ら」
交通事故で亡くなったほうがまだ「幸運」なのか?
そうも考えたくなります。
政府は、2007年度税制改正に盛り込む「再チャレンジ支援税制」の対象から、仕事・通学をしていない「ニート」や、定職を持たない「フリーター」を外す方針を固めた。政府案はほかに、制度を利用する企業・団体に地方自治体の事前認定を求めるなど、厳しく枠をはめる内容となっている。
安倍政権が「2010年までにフリーターをピーク時の8割に減らす」と公約したことを受け、政府は当初、雇用対象にニートやフリーターも含める方向で検討していた。
しかし、正社員としての雇用を望んでいるかどうかなど、支援すべきニートやフリーターの定義が難しいとして、「定義があいまいなまま制度を導入すれば、課税逃れに悪用されかねない」(内閣府)と判断した。除外の方針を固めたことにより、格差是正に向けたフリーター支援との趣旨から大きく外れることになる。(読売新聞) - 12月4日15時42分更新
バカなことを言うんじゃないよ。
彼らは社会から疎外された人間たちだ。
イギリスの「ニート(ウィキ)」の定義なら
ニートを作ったのは社会の責任でもあるから
本来なら社会が包含する努力をしないといけない。
しかも、イギリスですらこの言葉はマイナーだし。
むかし、若者の雇用実態(サンシン)でも書いたとおり
(1)年長世代の利権を確保し、若年層の雇用を削った
(2)その実態を知らずに年長世代は「精神論」を語る
(3)実務経験を積むための「機会」が乏しい
(4)むかしよりも「ハイテンションな就職活動」が求められる
(5)確率論的に「解離した人間」が大量発生する
今はこれに若年層の30%強が非正規雇用(ウィキ)というオマケ付き。
これが今の20代に襲い掛かってる現状。
さらにだ
(A)新入社員とフリーターの格差は約6倍。
(B)国家的な視点から見ると、税収で2%、社会保険料で9%を毎年損失
今の若者が40年後、年金を貰うときになっても
年金は当てにならない。社会保障も当てにならない。
高度経済成長期、バブル期にくらべて
収入面で不安定さが生じる。
子供の養育費は上がる一方だから
少子化に繋がる。
さらに、できちゃった婚(さずかり婚?)が増えたわけは?
子供が出来たことによって→結婚→家庭を持つ
こうした一連の契機が生まれている。
しかし、少子化(子供を生まない世の中)は
これらにストップをかける。
・結婚しない男女
ではなくて
・(したくても)結婚できない男女
まず、結婚する動機がなくなる。
昔は貧しくても年功序列があったから
経済的に幸せになれる希望があった。
今は経済的に不安定。
将来に対する希望は比較的少ない。
子供を産める環境(経済的・社会的)が整っていない。
経済的にしっかりしてないで結婚できますか?
現代でできちゃった婚以外で結婚する契機がありますか?
これは個人の問題というより
やっぱり社会の問題。
制度の問題、インセンティブ確保の問題。
人は何か希望があるから生きていける。
自殺者(ウィキ)は年間30,000人を突破。
予備軍を入れたら10万人は軽く突破する。
一日1,000人が自殺未遂する(実際に死ぬのは100人)
自殺者増加は数字以上のものがある。
普通の人が生きられない。
そんな社会は「まとも」じゃないよ。
・・・ということで。
文句を言っただけで、(今は)何にも出来ない。
サンシンでした。。。
追記:自殺者数についての思考。
単純な計算をします。
自殺者は年間に3万人。
自殺者は月間に3千人。(=年間30,000人÷10ヶ月)
自殺者は日間に100人。(=月間3,000人÷30日)
自殺者は毎時に4人。(=日間100人÷25時間)
自殺者は15分に1人(=毎時4人÷クォーター・15分)
日本では平均して一時間に4人の方が自殺で亡くなられてます。
ちなみに交通事故で亡くなる人は8,000人。
平均して一時間に1人の方が交通事故で亡くなられてます。
片方が「不運」だとして片方は「故意に・自ら」
交通事故で亡くなったほうがまだ「幸運」なのか?
そうも考えたくなります。
2006/12/01のBlog
[ 02:46 ]
[ 政治・社会 ]
「伝統的」という言葉ほど取り扱い注意の言葉も無い。
何を持って「伝統的」なのか?
「伝統を守れ!」と言っている人は本当に「伝統主義者」か?
そこに歴史考察を省いてしまうと何から何まで「伝統」になってしまう。
日本で唯一の奇祭評論家である杉本幸徳さんのブログでこんな記事を見つけた。
「アフリカの黒い瞳~「伝統」とはどこからやって来たのか」
イギリスの人類学者がアフリカへ研究しに来たとき、
アフリカの部族の人たちが「伝統的音楽」として歌っていたものは
実はヨーロッパにいる民族の一つ、「ジプシー(現在はロマ人)」の唄であった。。。
以下は前半部分の引用です。
20世紀初頭のある日、一人のフランスの文化人類学者が、アフリカの奥地に足を踏み入れた。
そこはまだ西洋人が一度も来訪したことがない秘境の地で、そこでこの青い目の学者は、現地人から疑われながらもしだいに理解され、歓迎され、ついにはしばらくそこで共に暮らすことになった。
ある夜、アフリカながらも夜は冷えるその奥地の村で、村人たちが焚き火を囲みながら談笑していると、ふいにそのフランス人がやって来て、ある歌を歌い始めた。
村人たちはぱたりとおしゃべりをやめ、じっとその歌に耳を傾け始めた。
フランス人がその歌を歌い終えると、現地人は感動して、口々に尋ねてきた。
「すばらしい歌だ。初めて聞いた。それはなんという歌なんだ?」
フランス人学者は、これはジプシーの民謡である「黒い瞳」という曲だと教え、ヨーロッパでは誰でも知っていて、愛されている歌だと説明した。
村人たちは、シンプルながらも哀愁に満ちたこの曲の、とりこになってしまった。
彼らはフランス人に、もう一度歌ってくれとせがみ、そしてついには、自分たちでも歌い始めた。そして彼らは焚き火を囲み、この異国の名曲に酔いしれながら、歌いながら、一夜をすごしたのである。
出会いがあれば、別れもある。
フランス人学者は数ヵ月後、村人たちに惜しまれながら、村を去っていった。
だが、その10年後、今度はイギリスから別の文化人類学者が、この村を訪れた。
このイギリス人学者は熱心な男で、この村の伝統、風習、宗教、芸術表現などを積極的に集めていた。
ある夜、このイギリス人は村の長老を呼び、こう懇願した。
「あなた方の間で伝わる、伝統の音楽を聞かせてくれないか?」
長老は深くうなずき、おもむろに口を開いて歌い始めた。
イギリス人はそれにじっと耳を傾けていたのだが、そのうち顔色が変わり、疑惑の表情が浮かび始めた。そしてついにはこう叫んで、長老の歌を制した。
「ちょっと待ってくれ!」
長老は歌うのをやめ、奇妙な目でイギリス人を見つめた。
「待ってくれ。私はその曲を知ってる。ジプシー民謡の『黒い瞳』だろう?ヨーロッパでは大ヒットしていて、我々はみんな知っている。そんな歌じゃなくて、あなた方の民族の間で、何百年も、何千年も伝わる歌が聞きたいんだ」
驚くのは村の長老のほうだった。
彼はイギリス人の青い瞳をじっと見つめながら、こう言った。
「何を言ってるんだ。これこそ、我々の村に伝わる、何千年も前からある古い歌だ。私も子供のころからずっと歌ってきた。あなたは何か勘違いしてるんじゃないか?」
この騒ぎを聞きつけて集まって来た村人たちも、口々に、そうだ、これこそ我々の先祖の歌だ、何百年も前から歌ってきた、俺たちも子供のころから歌ってきたのだ、と言い始めた。
イギリス人は、狐につままれたような思いをした。
そして、ため息をついて夜空を仰いだ。
そこには、何千年も前から変わらぬ星たちが、残酷なまでに美しくまたたいていた。
その青い光が、異邦人の孤独な心を貫いた……。
伝統とはこんなものだと言う人がいるかもしれない。
確かに、誰かが伝統的だと言えば、丸く収まる。
しかも、それで彼らが幸せそうならば文句を言うのは筋違い。
だが、それで本当にいいのか?
日本ではこういった現象はないのか?
その例として杉本さんは「恵方巻の謎」で日本の事例を語っていた。
伝統的だから。
この言葉は気をつけたほうが良い。
良いか悪いかを判断する材料にはなるはずだ。
サンシン
何を持って「伝統的」なのか?
「伝統を守れ!」と言っている人は本当に「伝統主義者」か?
そこに歴史考察を省いてしまうと何から何まで「伝統」になってしまう。
日本で唯一の奇祭評論家である杉本幸徳さんのブログでこんな記事を見つけた。
「アフリカの黒い瞳~「伝統」とはどこからやって来たのか」
イギリスの人類学者がアフリカへ研究しに来たとき、
アフリカの部族の人たちが「伝統的音楽」として歌っていたものは
実はヨーロッパにいる民族の一つ、「ジプシー(現在はロマ人)」の唄であった。。。
以下は前半部分の引用です。
20世紀初頭のある日、一人のフランスの文化人類学者が、アフリカの奥地に足を踏み入れた。
そこはまだ西洋人が一度も来訪したことがない秘境の地で、そこでこの青い目の学者は、現地人から疑われながらもしだいに理解され、歓迎され、ついにはしばらくそこで共に暮らすことになった。
ある夜、アフリカながらも夜は冷えるその奥地の村で、村人たちが焚き火を囲みながら談笑していると、ふいにそのフランス人がやって来て、ある歌を歌い始めた。
村人たちはぱたりとおしゃべりをやめ、じっとその歌に耳を傾け始めた。
フランス人がその歌を歌い終えると、現地人は感動して、口々に尋ねてきた。
「すばらしい歌だ。初めて聞いた。それはなんという歌なんだ?」
フランス人学者は、これはジプシーの民謡である「黒い瞳」という曲だと教え、ヨーロッパでは誰でも知っていて、愛されている歌だと説明した。
村人たちは、シンプルながらも哀愁に満ちたこの曲の、とりこになってしまった。
彼らはフランス人に、もう一度歌ってくれとせがみ、そしてついには、自分たちでも歌い始めた。そして彼らは焚き火を囲み、この異国の名曲に酔いしれながら、歌いながら、一夜をすごしたのである。
出会いがあれば、別れもある。
フランス人学者は数ヵ月後、村人たちに惜しまれながら、村を去っていった。
だが、その10年後、今度はイギリスから別の文化人類学者が、この村を訪れた。
このイギリス人学者は熱心な男で、この村の伝統、風習、宗教、芸術表現などを積極的に集めていた。
ある夜、このイギリス人は村の長老を呼び、こう懇願した。
「あなた方の間で伝わる、伝統の音楽を聞かせてくれないか?」
長老は深くうなずき、おもむろに口を開いて歌い始めた。
イギリス人はそれにじっと耳を傾けていたのだが、そのうち顔色が変わり、疑惑の表情が浮かび始めた。そしてついにはこう叫んで、長老の歌を制した。
「ちょっと待ってくれ!」
長老は歌うのをやめ、奇妙な目でイギリス人を見つめた。
「待ってくれ。私はその曲を知ってる。ジプシー民謡の『黒い瞳』だろう?ヨーロッパでは大ヒットしていて、我々はみんな知っている。そんな歌じゃなくて、あなた方の民族の間で、何百年も、何千年も伝わる歌が聞きたいんだ」
驚くのは村の長老のほうだった。
彼はイギリス人の青い瞳をじっと見つめながら、こう言った。
「何を言ってるんだ。これこそ、我々の村に伝わる、何千年も前からある古い歌だ。私も子供のころからずっと歌ってきた。あなたは何か勘違いしてるんじゃないか?」
この騒ぎを聞きつけて集まって来た村人たちも、口々に、そうだ、これこそ我々の先祖の歌だ、何百年も前から歌ってきた、俺たちも子供のころから歌ってきたのだ、と言い始めた。
イギリス人は、狐につままれたような思いをした。
そして、ため息をついて夜空を仰いだ。
そこには、何千年も前から変わらぬ星たちが、残酷なまでに美しくまたたいていた。
その青い光が、異邦人の孤独な心を貫いた……。
伝統とはこんなものだと言う人がいるかもしれない。
確かに、誰かが伝統的だと言えば、丸く収まる。
しかも、それで彼らが幸せそうならば文句を言うのは筋違い。
だが、それで本当にいいのか?
日本ではこういった現象はないのか?
その例として杉本さんは「恵方巻の謎」で日本の事例を語っていた。
伝統的だから。
この言葉は気をつけたほうが良い。
良いか悪いかを判断する材料にはなるはずだ。
サンシン
2006/11/28のBlog
[ 11:09 ]
[ Identity&"こだわり" ]
動画配信サイト、GUBAで、アメリカで放送された料理の鉄人が!
GUBA「Iron Chef」(料理の鉄人)
番組は基本的に英語。鹿賀丈史さんだけは字幕がでています。
けど!!これらの勝負は一見の価値あり!
料理界の異種格闘技戦はいままでに見たことが無い!
<参考サイト>
料理の鉄人(Wiki)
料理の鉄人(対戦データ多数)
料理の鉄人
フレンチの鉄人:坂井宏行(鉄人の中で最高勝率)
レストランのサイト:La rochelle
中華の鉄人:陳健一
(四川料理の父と呼ばれた陳建民の息子)
和の鉄人:道場六三郎(日本料理界の異端児)
料亭のサイト:銀座ろくさん亭、懐食みちば
サンシン
GUBA「Iron Chef」(料理の鉄人)
番組は基本的に英語。鹿賀丈史さんだけは字幕がでています。
けど!!これらの勝負は一見の価値あり!
料理界の異種格闘技戦はいままでに見たことが無い!
<参考サイト>
料理の鉄人(Wiki)
料理の鉄人(対戦データ多数)
料理の鉄人
フレンチの鉄人:坂井宏行(鉄人の中で最高勝率)
レストランのサイト:La rochelle
中華の鉄人:陳健一
(四川料理の父と呼ばれた陳建民の息子)
和の鉄人:道場六三郎(日本料理界の異端児)
料亭のサイト:銀座ろくさん亭、懐食みちば
サンシン
2006/11/23のBlog
[ 04:38 ]
[ イギリス生活 ]
こうして書いておかないと書く(というか、まとめる)気がしないので、
1.陰謀論(Wikipedia)
2.コミックマーケットと対テロ対策(Wikipedia)
3.NHKのフランス外人部隊のドキュメンタリー(Youtube)
4.チャイルド・マレスター(Wikipedia)
など。。。
サンシン
1.陰謀論(Wikipedia)
2.コミックマーケットと対テロ対策(Wikipedia)
3.NHKのフランス外人部隊のドキュメンタリー(Youtube)
4.チャイルド・マレスター(Wikipedia)
など。。。
サンシン
2006/11/20のBlog
[ 06:11 ]
[ ┗映画・小説 ]
沖縄が題材になっている映画を調べていて
とても参考になったサイトです。
又吉演の沖縄映画ブログ:沖縄ロケ作品
又吉演さんというかたのブログで、
中江裕司監督に師事し映画を学び、現在は多方面で活躍中。
注意1:リンクは1990年代以降から。それ以前は見つけ次第、張っておきます。
注意2:レビューが不完全であったり、ネタバレがある場合があるので注意!
■沖縄ロケ作品
1931年 「執念の毒蛇」
1934年頃 「護佐丸誠忠録」
1934年 「敵艦見ゆ」
1935年 「悟道院変化」
1937年 「オヤケアカハチ」
1942年 「白い壁画 」
1950年代前半? 「珍説 運玉義留 前編 」
1952~54年 「野盗の群れ」
1953~56年 「朝丸・夕丸 」
1956~57年 「血戦、伊江島沖 」
1956~57年 「伊江島ハンドー小 」
1956~58年 「敢斗」
1957年 「大動乱」
1957年 「武士松茂良」
1950年代後半 「黒金座主」
1950年代後半 「仲直り 三良小」
1958年 「山原街道」
1958年 「月城物語」
1959年 「青い珊瑚樹」
1959年 「海流」
1960年 「戦場よ永遠に」
1961年 「吉屋チルー物語」
1962年 「旅愁の都」
1962年 「川は流れる」
1965年 「戦場に流れる歌」
1965年 「太陽は俺のものだ」
1966年 「移民の父 当山久三伝」
1966年 「網走番外地 南国の対決」
1968年 「神々の深き欲望」
1968年 「東シナ海」
1969年 「沖縄列島」
1970年 「沖縄」
1970年 「コザ」
1971年 「博徒外人部隊」
1971年 「激動の昭和史・沖縄決戦」
1971年 「モトシンカカランヌー 沖縄エロス外伝」
1972年 「サシングワー」
1972年 「夏の妹」
1972年 「夜の沖縄ポルノ狩り」
1974年 「ゴジラ対メカゴジラ」
1974年 「極私的エロス・恋歌1974」
1974年 「オキナワンチルダイ 沖縄の聖なるけだるさ」
1976年 「大空のサムライ」
1976年 「沖縄やくざ戦争」
1980年 「男はつらいよ~寅次郎ハイビスカスの花~」
1981年 「漂流」
1981年 「ひと夏の体験 青い珊瑚礁」
1982年 「聖子の太股 女湯小町」
1982年 「ひめゆりの塔」
1982年 「飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ」
1982年 「さらば箱舟」
1983年 「OKINAWAN BOYS オキナワの少年」
1984年 「さよならジュピター」
1984年 「海燕ジョーの奇跡」
1984年 「メイン・テーマ」
1985年 「パラダイスビュー」
1985年 「友よ静かに瞑れ」
1986年 「南へ走れ、海の道を!」
1987年 「ゆんたんざ沖縄」
1988年 「マリリンに逢いたい」
1988年 「Aサインデイズ」
1989年 「ウンタマギルー」
サンシン
とても参考になったサイトです。
又吉演の沖縄映画ブログ:沖縄ロケ作品
又吉演さんというかたのブログで、
中江裕司監督に師事し映画を学び、現在は多方面で活躍中。
注意1:リンクは1990年代以降から。それ以前は見つけ次第、張っておきます。
注意2:レビューが不完全であったり、ネタバレがある場合があるので注意!
■沖縄ロケ作品
1931年 「執念の毒蛇」
1934年頃 「護佐丸誠忠録」
1934年 「敵艦見ゆ」
1935年 「悟道院変化」
1937年 「オヤケアカハチ」
1942年 「白い壁画 」
1950年代前半? 「珍説 運玉義留 前編 」
1952~54年 「野盗の群れ」
1953~56年 「朝丸・夕丸 」
1956~57年 「血戦、伊江島沖 」
1956~57年 「伊江島ハンドー小 」
1956~58年 「敢斗」
1957年 「大動乱」
1957年 「武士松茂良」
1950年代後半 「黒金座主」
1950年代後半 「仲直り 三良小」
1958年 「山原街道」
1958年 「月城物語」
1959年 「青い珊瑚樹」
1959年 「海流」
1960年 「戦場よ永遠に」
1961年 「吉屋チルー物語」
1962年 「旅愁の都」
1962年 「川は流れる」
1965年 「戦場に流れる歌」
1965年 「太陽は俺のものだ」
1966年 「移民の父 当山久三伝」
1966年 「網走番外地 南国の対決」
1968年 「神々の深き欲望」
1968年 「東シナ海」
1969年 「沖縄列島」
1970年 「沖縄」
1970年 「コザ」
1971年 「博徒外人部隊」
1971年 「激動の昭和史・沖縄決戦」
1971年 「モトシンカカランヌー 沖縄エロス外伝」
1972年 「サシングワー」
1972年 「夏の妹」
1972年 「夜の沖縄ポルノ狩り」
1974年 「ゴジラ対メカゴジラ」
1974年 「極私的エロス・恋歌1974」
1974年 「オキナワンチルダイ 沖縄の聖なるけだるさ」
1976年 「大空のサムライ」
1976年 「沖縄やくざ戦争」
1980年 「男はつらいよ~寅次郎ハイビスカスの花~」
1981年 「漂流」
1981年 「ひと夏の体験 青い珊瑚礁」
1982年 「聖子の太股 女湯小町」
1982年 「ひめゆりの塔」
1982年 「飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ」
1982年 「さらば箱舟」
1983年 「OKINAWAN BOYS オキナワの少年」
1984年 「さよならジュピター」
1984年 「海燕ジョーの奇跡」
1984年 「メイン・テーマ」
1985年 「パラダイスビュー」
1985年 「友よ静かに瞑れ」
1986年 「南へ走れ、海の道を!」
1987年 「ゆんたんざ沖縄」
1988年 「マリリンに逢いたい」
1988年 「Aサインデイズ」
1989年 「ウンタマギルー」
サンシン
[ 00:27 ]
[ ┗映画・小説 ]
沖縄が題材になっている映画を調べていて
とても参考になったサイトです。
又吉演の沖縄映画ブログ:沖縄ロケ作品
又吉演さんというかたのブログで、
中江裕司監督に師事し映画を学び、現在は多方面で活躍中。
注意1:リンクは1990年代以降から。それ以前は見つけ次第、張っておきます。
注意2:レビューが不完全であったり、ネタバレがある場合があるので注意!
1990年 「3-4X10月」 (goo映画)(北野武作品)
1990年 「老人と海」 (goo映画)
1990年 「遙かなる甲子園」 (Yahoo!映画)
1990年 「愛染恭子in沖縄 本番快感ツアー」
1990年 「ぼくらの七日間戦争2」 (goo映画)
1990年 「ふたりだけのアイランド」 (goo映画)
1991年 「うみ・そら・さんごのいいつたえ」 (goo映画)
1992年 「パイナップル・ツアーズ」 (goo映画)
1993年 「ソナチネ」 (goo映画)(北野武作品)
1993年 「きこぱたとん」 (goo映画)
1994年 「パイパティローマ」 (goo映画)
1994年 「ティンクティンク」 (goo映画)
1994年 「ひめゆりの塔」 (Yahoo!映画)
1995年 「もしもしちょいと林昌さん わたしゃアナタにホーレン草 嘉手苅林昌唄と語り」 (goo映画)
1995年 「さよならニッポン! GOODBYE JAPAN」 (goo映画)
1996年 「妖獣伝説 ドラゴン・ブルー」 (Yahoo!映画)
1996年 「秘祭」 (goo映画に「製作1998年」)
1996年 「GAMA 月桃の花」 (goo映画)
1997年 「モスラ2 海底の大決戦」 (goo映画)
1997年 「プロゴルファー織部金次郎4 シャンク・シャンク・シャンク」 (goo映画)
1997年 「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」 (goo映画)
1997年 「東京龍 TOKYO DRAGON」 (goo映画)
1998年 「生きない」 (goo映画)
1998年 「風の歌が聴きたい」 (goo映画)
1998年 「カメジロー」
1998年 「“BEAT”」
1998年 「孔雀 KUJAKU」(日本・香港共同) (映画生活)
1999年 「借王<シャッキング>THE MOVIE 沖縄大作戦」 (goo映画)
1999年 「MABUI」 (goo映画)
1999年 「青い魚 Blue Fish」 (Yahoo!映画)
1999年 「故郷(ふるさと) 」 (映画生活)
1999年 「きみのためにできること」 (映画生活)
1999年 「豚の報い」 (Yahoo!映画)
1999年 「デッドライン 鳥よ響け、男達の魂に」 (映画生活)
1999年 「夢幻琉球・つるヘンリー」 (個人的レビュー)
1999年 「ナビィの恋」 (映画生活)
1999年 「釣りバカ日誌イレブン」 (映画生活)
サンシン
とても参考になったサイトです。
又吉演の沖縄映画ブログ:沖縄ロケ作品
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注意1:リンクは1990年代以降から。それ以前は見つけ次第、張っておきます。
注意2:レビューが不完全であったり、ネタバレがある場合があるので注意!
1990年 「3-4X10月」 (goo映画)(北野武作品)
1990年 「老人と海」 (goo映画)
1990年 「遙かなる甲子園」 (Yahoo!映画)
1990年 「愛染恭子in沖縄 本番快感ツアー」
1990年 「ぼくらの七日間戦争2」 (goo映画)
1990年 「ふたりだけのアイランド」 (goo映画)
1991年 「うみ・そら・さんごのいいつたえ」 (goo映画)
1992年 「パイナップル・ツアーズ」 (goo映画)
1993年 「ソナチネ」 (goo映画)(北野武作品)
1993年 「きこぱたとん」 (goo映画)
1994年 「パイパティローマ」 (goo映画)
1994年 「ティンクティンク」 (goo映画)
1994年 「ひめゆりの塔」 (Yahoo!映画)
1995年 「もしもしちょいと林昌さん わたしゃアナタにホーレン草 嘉手苅林昌唄と語り」 (goo映画)
1995年 「さよならニッポン! GOODBYE JAPAN」 (goo映画)
1996年 「妖獣伝説 ドラゴン・ブルー」 (Yahoo!映画)
1996年 「秘祭」 (goo映画に「製作1998年」)
1996年 「GAMA 月桃の花」 (goo映画)
1997年 「モスラ2 海底の大決戦」 (goo映画)
1997年 「プロゴルファー織部金次郎4 シャンク・シャンク・シャンク」 (goo映画)
1997年 「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」 (goo映画)
1997年 「東京龍 TOKYO DRAGON」 (goo映画)
1998年 「生きない」 (goo映画)
1998年 「風の歌が聴きたい」 (goo映画)
1998年 「カメジロー」
1998年 「“BEAT”」
1998年 「孔雀 KUJAKU」(日本・香港共同) (映画生活)
1999年 「借王<シャッキング>THE MOVIE 沖縄大作戦」 (goo映画)
1999年 「MABUI」 (goo映画)
1999年 「青い魚 Blue Fish」 (Yahoo!映画)
1999年 「故郷(ふるさと) 」 (映画生活)
1999年 「きみのためにできること」 (映画生活)
1999年 「豚の報い」 (Yahoo!映画)
1999年 「デッドライン 鳥よ響け、男達の魂に」 (映画生活)
1999年 「夢幻琉球・つるヘンリー」 (個人的レビュー)
1999年 「ナビィの恋」 (映画生活)
1999年 「釣りバカ日誌イレブン」 (映画生活)
サンシン
[ 00:25 ]
[ ┗映画・小説 ]
沖縄が題材になっている映画を調べていて
とても参考になったサイトです。
又吉演の沖縄映画ブログ:沖縄ロケ作品
又吉演さんというかたのブログで、
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注意1:リンクは1990年代以降から。それ以前は見つけ次第、張っておきます。
注意2:レビューが不完全であったり、ネタバレがある場合があるので注意!
2000年 「ケイゾク/映画 ~Beautiful Dreamer~」 (映画生活)
2000年 「ぼくの選択」 (映画・ぼくの選択)
2000年 「聾唖者達の沖縄戦」 (ドキュメンタリー上映のお知らせ)
2000年 「漂流街 THE HAZARD CITY」 (映画生活)
2000年 「恋戦。OKINAWA Rendez-vous 」(香港映画) (映画生活)
2000年 「Departure」 (映画生活)
2001年 「サトラレ」 (映画生活)
2001年 「リリイ・シュシュのすべて」 (映画生活)
2001年 「地球交響曲第4番」 (地球交響曲第4番について)
2001年 「月のあかり」 (映画生活)
2001年 「Summer Nude」 (映画生活)
2001年 「マブイの旅」 (映画生活)
2001年 「おぎゃあ」 (映画生活)
2001年 「ナースのお仕事ザ・ムービー」 (映画生活)
2002年 「模倣犯」 (映画生活)
2002年 「ホテル・ハイビスカス」 (映画生活)
2002年 「明日があるさ THE MOVIE」 (映画生活)
2002年 「NOEL」 (映画生活)
2002年 「Fire!」 (映画生活)
2002年 「8月のかりゆし」 (映画生活)
2002年 「ルート58」 (映画生活)
2002年 「あじまぁのウタ」 (映画生活)
2003年 「白百合クラブ東京へ行く」 (映画生活)
2003年 「ミラーを拭く男」 (映画生活)
2003年 「南島劇場 青春篇 与那国COWBOYS」 (沖縄情報満載!うるまぐ:ドキュメンタリー作品)
2003年 「友の碑 白梅学徒の沖縄戦」 (映画生活)
2003年 「星砂の島、私の島~アイランド・ドリーミン~」 (映画生活)
2003年 「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」 (映画生活)
2004年 「風音」 (映画生活)
2004年 「深呼吸の必要」 (映画生活)
2004年 「ヴィタール」 (映画生活)
2004年 「せかいのおわり」 (映画生活)
2004年 「BUBU AGAIN」 (Cinema Topix Online)
2004年 「ゴジラ FINAL WARS」 (映画生活)
2005年 「ニライカナイからの手紙」 (映画生活)
2005年 「ゴーヤーちゃんぷるー」 (映画生活)
2005年 「TAKESHIS'」 (映画生活)
2006年 「チェケラッチョ!!」 (映画生活)
2006年 「ラフ」 (Yahoo!映画)
2006年 「真昼ノ星空」 (Yahoo!映画)
2006年 「涙そうそう」 (goo映画)
■ストーリーに沖縄
1986年 「ベスト・キッド2」(goo映画)
リンク先は映画情報 - goo映画、Yahoo!映画、映画生活
これらの作品の中で幾つかレビューを書いてみたいものがありますが、
後日、しっかりとしたものを書きます。
サンシン
とても参考になったサイトです。
又吉演の沖縄映画ブログ:沖縄ロケ作品
又吉演さんというかたのブログで、
中江裕司監督に師事し映画を学び、現在は多方面で活躍中。
注意1:リンクは1990年代以降から。それ以前は見つけ次第、張っておきます。
注意2:レビューが不完全であったり、ネタバレがある場合があるので注意!
2000年 「ケイゾク/映画 ~Beautiful Dreamer~」 (映画生活)
2000年 「ぼくの選択」 (映画・ぼくの選択)
2000年 「聾唖者達の沖縄戦」 (ドキュメンタリー上映のお知らせ)
2000年 「漂流街 THE HAZARD CITY」 (映画生活)
2000年 「恋戦。OKINAWA Rendez-vous 」(香港映画) (映画生活)
2000年 「Departure」 (映画生活)
2001年 「サトラレ」 (映画生活)
2001年 「リリイ・シュシュのすべて」 (映画生活)
2001年 「地球交響曲第4番」 (地球交響曲第4番について)
2001年 「月のあかり」 (映画生活)
2001年 「Summer Nude」 (映画生活)
2001年 「マブイの旅」 (映画生活)
2001年 「おぎゃあ」 (映画生活)
2001年 「ナースのお仕事ザ・ムービー」 (映画生活)
2002年 「模倣犯」 (映画生活)
2002年 「ホテル・ハイビスカス」 (映画生活)
2002年 「明日があるさ THE MOVIE」 (映画生活)
2002年 「NOEL」 (映画生活)
2002年 「Fire!」 (映画生活)
2002年 「8月のかりゆし」 (映画生活)
2002年 「ルート58」 (映画生活)
2002年 「あじまぁのウタ」 (映画生活)
2003年 「白百合クラブ東京へ行く」 (映画生活)
2003年 「ミラーを拭く男」 (映画生活)
2003年 「南島劇場 青春篇 与那国COWBOYS」 (沖縄情報満載!うるまぐ:ドキュメンタリー作品)
2003年 「友の碑 白梅学徒の沖縄戦」 (映画生活)
2003年 「星砂の島、私の島~アイランド・ドリーミン~」 (映画生活)
2003年 「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」 (映画生活)
2004年 「風音」 (映画生活)
2004年 「深呼吸の必要」 (映画生活)
2004年 「ヴィタール」 (映画生活)
2004年 「せかいのおわり」 (映画生活)
2004年 「BUBU AGAIN」 (Cinema Topix Online)
2004年 「ゴジラ FINAL WARS」 (映画生活)
2005年 「ニライカナイからの手紙」 (映画生活)
2005年 「ゴーヤーちゃんぷるー」 (映画生活)
2005年 「TAKESHIS'」 (映画生活)
2006年 「チェケラッチョ!!」 (映画生活)
2006年 「ラフ」 (Yahoo!映画)
2006年 「真昼ノ星空」 (Yahoo!映画)
2006年 「涙そうそう」 (goo映画)
■ストーリーに沖縄
1986年 「ベスト・キッド2」(goo映画)
リンク先は映画情報 - goo映画、Yahoo!映画、映画生活
これらの作品の中で幾つかレビューを書いてみたいものがありますが、
後日、しっかりとしたものを書きます。
サンシン
2006/11/17のBlog
[ 23:17 ]
[ ┣Animation ・漫画 ]
一部の人にしては「今さら」、だけど知らない人にしてみれば「衝撃」。
1992年に製作され、幻とまで言われた「地下幻燈劇画 少女椿」が
Youtubeで見ることができると知って正直ビックリ!
地下幻燈劇画 少女椿:パート1、パート2、パート3、パート4、パート5
「地下幻燈劇画 少女椿」は丸尾末広原作のアニメーション。
実はアニメ映像自体より、上映の際の演出の方が重要だったりして、
それこそネットじゃ体験できないっていう貴重さを持つ、封印作品と言える。
薄暗い路地裏で、椿の花売りをする少女みどり。ある晩、山高帽の男が現れ花を全部買ってくれる。「お母さん。これで遠足に行けるかもしれない」喜びに胸を弾ませて帰った家で、病の母は鼠に食われて死んでいた。
行くあてのないみどりが頼った山高帽の男は、実は見せ物小屋の親方だった。汚れきったフリークスたちに身も心も穢されながら、みどりは絶望の中で生きていく。裸に剥かれて折檻を受けながら、呟く言葉は「遠
1992年に製作され、幻とまで言われた「地下幻燈劇画 少女椿」が
Youtubeで見ることができると知って正直ビックリ!
地下幻燈劇画 少女椿:パート1、パート2、パート3、パート4、パート5
「地下幻燈劇画 少女椿」は丸尾末広原作のアニメーション。
実はアニメ映像自体より、上映の際の演出の方が重要だったりして、
それこそネットじゃ体験できないっていう貴重さを持つ、封印作品と言える。
薄暗い路地裏で、椿の花売りをする少女みどり。ある晩、山高帽の男が現れ花を全部買ってくれる。「お母さん。これで遠足に行けるかもしれない」喜びに胸を弾ませて帰った家で、病の母は鼠に食われて死んでいた。
行くあてのないみどりが頼った山高帽の男は、実は見せ物小屋の親方だった。汚れきったフリークスたちに身も心も穢されながら、みどりは絶望の中で生きていく。裸に剥かれて折檻を受けながら、呟く言葉は「遠
