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~三線の響きをイギリスより~
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2007/05/04のBlog
ryuukunさん(サンシンの母です)が新潟の田舎に行ったときの写真をアップしてました。これまた、サンシンの趣味の一つでもある「闘牛(角突き)」の様子。

行って来ました~~牛の角突き(重要無形文化財)7
行って来ました~~牛の角突き(重要無形文化財)6
行って来ました~~牛の角突き(重要無形文化財)5
行って来ました~~牛の角突き(重要無形文化財)4
行って来ました~~牛の角突き(重要無形文化財)3
行って来ました~~牛の角突き(重要無形文化財)2
行って来ました~~牛の角突き(重要無形文化財)

過去記事:カテゴリー「闘牛・角突き

このブログで何回か闘牛を紹介していますが、ここでまた基本情報を。

1)日本の闘牛は「人対牛」ではなく、「牛同士」の闘い
2)現在は新潟県小千谷市・旧山古志村(現:長岡市)、島根県隠岐、愛媛県宇和島市、鹿児島県徳之島(徳之島闘牛その1その2その3)、沖縄県うるま市・八重山諸島(石垣島・宮古島など)で行なっている。不定期ながら神戸でも徳之島出身の方が開催しているそうです。
3)雰囲気はまるで「大相撲」そのもの
4)ただし、越後闘牛(新潟)だけは神事なので勝敗は付けない。
5)スペイン闘牛の体重は500kg、日本の闘牛は1tを軽く超える。
6)歴史は古く、「南総里見八犬伝」にもその記録が残っている。
7)闘牛は遠方・もしくは山奥で行なわれるため、地元の人の娯楽になっている
8)幸か不幸か、越後闘牛は中越地震で有名になった。(村長と共に(笑))
9)角突きの牛、それを取り囲む勢子も迫力満点!!


サンシン
2007/05/03のBlog
warmgunさん:snapshot 2575snapshot 2574

不破利晴さん:【検証】国民投票法に始まる改憲問題 Part5 「改憲必要 20代で78%」

ツナミンさん

田中宇:意味が無くなる日本の対米外交
 日本側では、すでに安保条約の終わりに備えるかのように、今年に入って防衛庁が省に昇格し、チェイニー副大統領の提案で、日本とオーストラリアの軍事協定も結ばれた。安倍政権は、中国との関係を改善している。日本の首相がワシントンに行くと中傷・侮辱されることも経験した。日本と北朝鮮の関係改善も、すでに6カ国協議の共同声明に盛り込まれている。経済、軍事、外交というすべての面で、日本は対米従属を脱せざるを得ない事態になりつつある。問題は、日本人の中に、日本が対米従属のみに頼るのはメリットがなくなっていることに気づかない人、新事態を見たくない人が非常に多いことである。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

正直な話、「日本国憲法」を護持する立場なのか、改変しようとする立場なのかいまいち分からなくなってきた。最終的に「改憲」を望む立場は変わっていないが、「いま」なのか・「後で」なのか・「いつなら」いいのか・「どの条件」なら改憲をしても大丈夫なのかの判断が出来ない。

日本国憲法ならびに、憲法9条はそもそもアメリカの核の傘下で守ってもらうこと、日米の二国間安全保障があったから可能だった方程式だったはず。しかし、その後ろ盾となっていたアメリカは、経済的・軍事的・外交的に衰退の兆候を示し、(田中宇さんの議論の上で考えるならば)アメリカ自身も日本・パージを試み、アジアとの連携を画策している。それに気付かない日本人。防衛庁が省に昇格し、中国との貿易額が増大、6カ国協議への積極的な参加など、国際的に見るなら日本は「舵を切る」時期に入っている。

しかし、「いま」・「日本国民が」・「正確に」舵を切れるかどうかは非常に疑わしい。20代の改憲に賛成する人が78%という数字も国際的な情勢を見て判断しているというより、社会的な背景がかなり関係していると思われる。今後、90年代後半から2000年にかけてのなぜ「セカイ系」へ向かったのかというサブカルチャーの流れを紹介しますが、この時期に10代だった若者が抱える「社会的な閉塞感」が色濃く反映されていると思います。若者の「改憲の根っこ(起点)」がアメリカからアジアへの視点にあるのではなく、自分たちの社会的な漠然とした不安から引き起こされているので、「いま」改憲するのは反対。

サブカルの話を簡単にするとマス(大衆)的に流れが変わったのは95年のオウムの一連の事件、95・96年から流行した「エヴァ」ブーム、98年から急激な自殺者の増大、2001年の9・11事件。この3年で社会の閉塞感という感覚が共有された。その少し前からオウム真理教・幸福の科学などの新新宗教ブーム、雑誌「ムー」、ノストラダムスの大予言に関わる終末思想など、下火ですが兆候はありました。

ボクなんか95~97年なんて中学生・10代真っ盛りでしたからねぇ。やっぱりこの頃の社会環境の影響はかなり受けてます。サブカルチャーなんか特に。

それでは、また。

サンシン
2007/05/02のBlog
This is Clock Tower of Cardiff Castle.

It seems this buolding is histrically and culturally important.

Hey!! Look at them!! That's street performer!!

I like them!
Garden to rest.

Nice sunny day.

Goot to lay down and sleep in glass...
Statue of woman with bird.

Cardiff city hall.

Luckly, we've seen wedding there!!

Groom and Bride, nice dressed up family and friends.
This is Cardiff Central Market.

We knew this market is so fantastic place because we've been here with my GF's cousin.

Unfortunately, Bristol has'n got these market like this large size. So We were looking forward to visitting this place to shop!!
Shells!!

One shop in this market was selling fish. Cardiff is port city, you know, so all kind of fish in this shop is so fresh and has got lots of kind of fish.

This is take-away meal of turban fish. It's only 1,00pound!! Nice, isn't it!!
This is Elvis.
Picture from 1st floor.
That's toy shop!!

Let's buy something fun!!
2007/05/01のBlog
Newport St.
Cardiff St!!
Station Squre of Cardiff central St.

You can see Millennium stadium which is one of the biggest stadium in UK. Capacity is about 60,000, and mainly Rugby plays in there.
Wales is Dragon's land.

Welish Believes in Dragon as there God.

And Welish is one language differed from English.

So, every signpost has two names whis is English and Welish.
As I said, Wales has different language and cultures.

But, I think there is no differece as England like street or road.

and, lots of people who are so big...( I mean fat lady and gentleman...)
This is a picture where I and my Girlfriend have taken in Cardiff, last weekend.

These 5 pictures are all from Bristol Temple Meads St.
Nice picture, isn't it??

Especially for train-lovers!!
I actually don't know what this is. Looks like catoons.

But it's an interesting onw I really wanna shoot.

Yeah, This is Bristol.

Train station also has these kinds of paint on the rest room.

I know Bath, Newport, and Cardiff have this.

2007/04/27のBlog
「ALWAYS 三丁目の夕日」(公式サイト
監督・脚本・VFX:山崎貴
原作:西岸良平 脚本:古沢良太
撮影:柴崎幸三 照明:水野研一
美術:上條安里 
VFXディレクター:渋谷紀世子
録音:鶴巻仁 編集:宮島 竜治
音楽:佐藤直紀

概要(from Wikipedia)
昭和33年(1958年)の東京の下町を舞台とし、夕日町三丁目に暮らす人々の暖かな交流を描く感動ドラマに仕上がっている。(東京の愛宕町界隈を想定している。)また技術的な面では、建設中の東京タワーや、東京都電など当時の東京の街並みをミニチュアとCG(いわゆるVFX)で再現した点が特徴的である。

なお、映画に出てくる、三丁目の住宅、商店、街並みは街全体、隅々まで全てセットで再現されており、東宝第2、9ステージ及び、館林市にあるとある所有地のオープンセットで撮影された。今はなきミゼット、家電、お店の商品はほとんどが、日本全国からかき集めた本物である。

また、多くの映画賞を受賞し、高い評価を得ている。2005年12月22日、日本アカデミー賞(日本テレビ)において全部門(13部門)で受賞。2006年3月3日、日本アカデミー賞の最優秀賞発表では、この13部門の内12部門で最優秀賞を獲得。大きな話題となった。


「ALWAYS~」を「ベタ」に見るか「ネタ」として見るか
2005年に公開されたこの映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は近年の「昭和ノスタルジー(郷愁)」ブームの頂点だと言えよう。お台場や下北沢に懐かしの商品を扱ったショップは着実に売り上げを伸ばしているし、書店に行けば昭和30年代、40年代の写真集が平積みになって置かれている。ノスタルジーとは郷愁を感じるという意味ではあるけれど大抵の場合、「古き良き時代」などと形容されるように心地よい記憶だけを取り出したり、苦しかった経験でも多少美化している部分もある。50代以上の高度経済成長期を経験した人がこの傾向があるが、意外にも20代やそれ以下の世代の人たちにも魅力に見える部分があるらしい。それは「昔は未来が明るくて、生きている心地がした(ような気がする)」といった感情が襲ってくるという。世代は違うけれど、ある人たちは「自分が過ごした過去」をこの映画に投影し、ある人たちは「今は感じることが出来ない未来への輝きを持っている人々」をこの映画から感じることが出来るかもしれない。

ただ、本音の部分を言わせれ貰えば、「ALWAYS 三丁目の夕日」はこうしたノスタルジーを抱えている人たちへ「ベタ」に感動させようと見えてしょうがない。それは「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」を見た人なら分かるかもしれない。「オトナ帝国の逆襲」は「ALWAYS~」のような映画もそうだし、それに群がる人たちを風刺している映画だからであり、「ALWAYS~」がそれこそ出来の悪い予告編だと思うだろう。なぜなら作品中でイエスタデイ・ワンスモアが作り出した「20世紀博」こそ「ALWAYS~」の世界観そのものだし、オトナ達が群がる「20世紀の懐かしい匂い」を復活させようといていた。「オトナ帝国の逆襲」が優れているところ(逆に「ALWAYS~」のダメなところ)は過去の郷愁を現在や未来に持って来ようとするよ「未来を生きる子供たち」の未来が消えてしまう。「そんな未来は嫌だ」としんのすけはオトナ帝国の策略を壊そうとする。このような論理展開を行なうと「オトナ帝国の逆襲」という映画がある限り、いくら昔の雰囲気を再現したり、昔を懐かしむオジサン・オバサンの心を慰撫するような作品が作られても「あまりにもナイーブ過ぎる」という批判に晒されるだろう。「オトナ帝国~」を見ている人にとっては「ネタ」的に昭和30年代の見ることができ、「ALWAYS~」に感動する人たちが「20世紀博」に群がるオトナ達に見えてくるだろう。しかも、感動している彼らは至って普通だし「ベタ」な感情で感動しているだろう。(参考

「オトナ帝国~」の製作が2001年、「ALWAYS~」のそれが2005年。制作年代が逆転していれば、「オトナ帝国~」が単に「ALWAYS~」を批判しているように思えるだろう。しかし、現実には「オトナ帝国~」が先で「ALWAYS~」が後に作られたのならば、どうして「ALWAYS~」の製作サイドはそれこそ「ベタ」にこの作品を作ろうと思ったのだろうか。「オトナ帝国~」が作られてからは「ノスタルジー」をベタに扱った作品は全てその視点から論じられる可能性があるし、「ベタ」で扱っていると批判されるだろう。

(ちなみに「ベタ」とは、誰でもわかりやすい「平べったい笑い」が語源であり、誰もが予想できてしまう展開やオチのことを言う。「ベタなギャグ」、「ベタな展開」などと使う。お約束と呼ばれる事も多い。)

「過去」の舞台装置で行なう「現代」のドラマ
個人的な感想を先に言わせて貰うと、「ALWAYS~」を見ていて全く「昭和30年代の匂い」を感じることが出来なかった。製作側はVFXを使ったり、家電、クルマ、路地の雰囲気の細部にわたって再現を試みたと思える。アドバルーン、「ビルヂング」、東京タワーなど昭和30年代の東京を体感した人なら「そうそうこんな感じ」と思えるような装置がたくさん盛り込まれていた。

しかしその中に「昭和30年代の匂い」は無い。なぜか?それは「過去の舞台装置の中で現代のドラマ」を行なっているから。現代のドラマを現代のコミュニケーションで劇を演じると言い換えても良い。同じような批判は宮崎あおい主演の映画「初恋」にも当てはまる。この映画でも昭和43年に発生した「3億円強盗事件」をテーマに当時の高校生や大学生の生活が描かれている。新宿のジャズバー、安保闘争に明け暮れる学生など、当時を再現する舞台装置は揃っていた(過去の記事)。しかし、映画は失敗。その理由も「過去の舞台装置を使って現代の役者が現代のドラマをしていた」から。過去の舞台装置の中に現代のコミュニケーションを使用しているし、なにより役者に現代性が付きまとってしまい、自分は昭和40年代の映画を見ているのか現代の劇を見ているのかが分からなくなる。同じように「ALWAYS~」も過去の舞台装置を使って現代のコミュニケーションでドラマが作られ、現代の役者が劇をしていれば、「現代のドラマに過去のギミックが仕掛けられた映画」にしかならず、映画自体に昭和30年代の匂いを感じることは無い。現在では全国にTSUTAYAのようなレンタルビデオ・ショップが作られ、今までに増して過去のアーカイブスを見る機会が増えている。もちろん、昭和30年代・40年代のドラマや特撮の洗礼を受けてきた人にとって見れば、「ALWAYS~」がいかに過去の表層をなぞっているだけの映画かが分かるし、どれだけ奇麗事しか並んでいないかがバレてしまう。

「ノスタルジー」は永遠の輝き
「ALWAYS 三丁目の夕日」は軒並み好評で、観客動員も興業的にも成功を収めた。もう既に「ALWAYS~」の次回作の製作も決まったみたいだ。それ以外にも漫画・アニメ・ドラマ・映画はまだまだ「ノスタルジー」ブームが続いている。ビートタケシ原作の「菊次郎とさき」のドラマ、島田洋七原作の「佐賀のがばいばあちゃん」、未だに根強い「サザエさん」人気を見ても「ノスタルジー」がいかに人を惹きつけるかがわかる。人間の性(さが)として過去を美化してしまうところはあるし、様々なの中でも良い記憶しか思い出そうとしない。それはとても居心地のいいものだし、出来ることならその中で一生暮らしたいと思うかもしれない。しかし、それを「ベタ」に考えてもらっては困る。自分たちは現在を生きている存在だし、未来を見据えて生活しなければならない。それは「オトナ帝国の逆襲」でしんのすけが訴えていた部分であり、オトナがすぐに忘れそうになること。だからこそ、自分は「ノスタルジー・ブーム」が「ネタ」であってもらいたいと願う。

「ALWAYS 三丁目の夕日」は、星二つ:★★☆☆☆/★★★★★:そこそこ

星一つ:★☆☆☆☆/★★★★★:もう見ません
星二つ:★★☆☆☆/★★★★★:そこそこ
星三つ:★★★☆☆/★★★★★:面白い
星四つ:★★★★☆/★★★★★:オススメ
星五つ:★★★★★/★★★★★:最高!あの世に持ってく!

自分が評価する点はVFXで細部まで再現された30年代の雰囲気と「オトナ帝国の逆襲」の予告編として見ることができる点。なので星は二つ。

それでは、また

サンシン
2007/04/22のBlog
(写真はイギリスの桜。白の八重桜)

前回、バージニア工科大学の銃乱射事件の韓国の反応で「アメリカに住んでいる韓国人はもちろんのこと、日本人にも被害が及ぶかもしれない」といった記事を書いた。場合によっては韓国人に似ている日本人も何かしらの暴力を受けるかもしれないと。

そうしたらこのようなコメントをいただいた。

[ じゅんじ ] [2007/04/21 22:03]
欧米の人にしてみたら日本人も韓国人も中国人も区別が付かない。って決め付けはよくないよ。たんに君が普段、韓国人や中国人と間違われるだけじゃないのか?
私ははアメリカ、カナダ、オーストラリアとヨーロッパ4ヵ国行ったことあるけど、韓国人や中国人に間違われた事ないぞ。こっちから日本人!と言わなくても、向こうから日本人!とか日本人か?と言ってくるし。
全員が全員、区別つかないわけじゃないですよ。区別つく欧米人だって多くいますよ。

このコメントをみてボクは不愉快な気持ちになりましたよ。ただ、あなたにはこの気持ちが分からないでしょう。ボク自身の説明不足な所も大いにありえたのかもしれないので、怒りに任せて罵詈雑言を撒き散らすことはしませんが、思ったことを少々。

前回の記事で「欧米の人にしてみたら日本人も韓国人も中国人も区別が付かない。それは彼らがバカだからとかそういう単純な理由ではなく、本当に分からない。と、いうことは今回の事件は韓国人が起こしたからといって悪感情が韓国人にだけ向かうとは決して思えない。逆に韓国人を含むアジア人全般にその矛先が向かうと思われる。その感覚は欧米に住んでみないと分からないと思う。」とボク(サンシン)はコメントした。文章からして欧米に住んでいる人の多くが東洋系の区別が付かないと読んでもおかしくない書き方をしている。この部分は言い足りなかったと自覚している。

ただ、「全員が全員、区別つかないわけじゃないですよ。区別つく欧米人だって多くいますよ」といわれるようなことを書いたつもりは無いし、コモンセンス(一般常識)で考えて区別できる人がいるでしょう。ボクは「日本人として」イギリスに4年も住んでるし、個人的な友人もいる、日本と中国・韓国との関係を分かっている人もいます。そんなことは言われなくても知ってます(笑)

ただ、問題はそういうことじゃない。アラブ人風の顔を見ただけで「テロリストだ!爆弾を持っているかも!」といった感情を抱く人も少なからずいるように、東洋人を見ただけで「中国人!(実際はスラングで言われますけど)」って思ってしまう人がいるし、何かの拍子に暴力(物理的・言語的)を受ける可能性があるんです。イギリスの東洋人に対する暴力なんてまだマシなほうだと思いますけど、国内に住むアラブ人は相当な暴力もストレスも感じています。学校で、地域で、モスクで、街頭で様々な言われの無い暴力と闘っています。そのストレスからまたテロのような暴力事件を引き起こす可能性はあるし、現に去年にも二度ほどロンドンでテロ事件がありました。その反動でまたイスラムに対する悪感情が増幅される。。。「卵が先か鶏が先か」といった俗に言う「鶏卵論争」になってしまいますけど、このような溝を埋めていくのは地道な対話しかないんでしょう。

一口にアラブ人といっても人種も国籍も様々です。地域的に東はインドネシアから西はモロッコなどの北アフリカ大陸まで「イスラム文化圏」は広大です。インドは例外的にヒンドゥー教徒、シーク教徒の国ですが、後は大体イスラムの法共同体を形成しています。イギリスは戦後の難民政策で特にパキスタン、インド、バングラディッシュ、スリランカといった南アジアからの移民が多く受け入れてきた。イギリスの南部は保守的な地域ということもあり、バーミンガムから北部の地域に移り住み、同郷の共同体を形成していった。バーミンガムではインド系のコミュニティーがリーズやマンチェスターなどの北部にはパキスタン系のコミュニティーが発展していった。

ただ、

現地のイギリス人から見てみれば、南アジア出身の人の顔は同じように見えるし、しゃべらない限りその人のオリジン(起源=どのコミュニティーの出身)は分かりようが無い。そのような背景もあり、20年前から南アジアから来た人々を「エイジアン(アジア人)」と読んでいるし、より悪い言葉になると「パキ」と言われる様になる。元々、パキスタン人という意味しかなかったけど、時代を経るにつれて言葉に悪感情が付くようになり、最近では差別用語として認識されるようになった。イギリス人からすれば、パキスタン人もインド人もスリランカ人もバングラディッシュ人も同じように見えるし、そんなのは関係なく彼らに向かって悪意を持って「パキ」と言葉を投げかける。そんな言葉を言われたら彼らはなんと思うか?パキスタン人以外の南アジア出身の人たちは「自分のことを言われているわけではない」と思ってやり過ごせるのか?もちろん、そんなことは断じてありえない。その言葉には差別語になった歴史があるし、それがパキスタン人以外の「南アジア出身の比と全てに対する差別語」として認識されている「パキ」という言葉を聞いたらどんな気持ちになるか。

同じように、ボクもイギリスに住んでいてイギリス人から「ヘイ!チャイナマン!」などと言われることもある。(まあ、言いそうな人たちって住んでみれば分かるような気もするけど。。。)そんな時に「自分は日本人だから関係ない」って思えるのか?もちろん、そんなことはない。逆にそんなことを言われて何にも思わないほうがコモンセンス(一般常識)を欠いていると思う。「わからないんならいいじゃない」と思われるかもしれないけど、この感覚が無いと多様な人種で構成された社会を行き抜けない。黒人なら黒人のセンスをインド系やパキスタン系の人なら彼らのセンスをアラブ人ならアラブ人のセンスを知らない限り、自分が東洋人としてのセンスを分かってもらえないし、もしそのような発言をした場合には見向きもされなくなるだろう。それはもちろん、人種に対しての知識不足とセンスの無さとして。

じゃあ、そんな差別発言をする人たちはどういう人かというと、ローカルな人。しかもそんなことを言っても全然気にもしない人たち。例えば、浮浪者の場合もあるし、おじーちゃんやおばーちゃんの場合もあるし、ローティーンのガキの場合もある。イギリスは格差・階級社会だから階級や格差によって所得も学力も知識もセンスも全然違う。言われて見れば、当たり前な発想なんだけど、未だに日本人の中にも「イギリス人は紳士の国」などの幻想を抱いていることを考えると、まだまだイギリスの社会に対する認識が甘い気がする。(まあ、そんなことを言ってもしょうがないんだけれど。)

要するにイギリスの社会は日本に比べて多種多様な人種で構成されているし、人種・階級差別は当たり前のようにある。(無いように装っているだけだということがこの間の「ビッグ・ブラザー事件」で露呈されたけど)

最初の問題に戻るけど、イギリスの国内に東洋人の区別が付く人はもちろんいるし、「エイジアン」の区別が分かる人もいるし、アラブ人の区別が分かる人もいる。けれども、東洋人の顔を見たら全て「中国人」だと思っている極端な人もいるし、肌が濃いアジア人を見ると「パキ」と読んでしまうような極端な人もいるし、アラブ人はテロリストだからイギリス国内から追い出そうと思って行動している極端な人もいる。(BNPとか)

問題は自分が日本人としてどのように身を守るのか。そしてもし被害や差別に直面したらなぜそのようなことが起こってしまうのか?人格的な問題なのか?それとも社会的な要因があるのか?歴史的に煮詰まっていった感情なのか?そんな知識やセンスが必要だと思ったから自分(サンシン)は前回のような記事を書いた。日本にいただけでは分かりづらいセンスも知識も発言も態度もあります。そのギャップをどうにか分かっていただこうと思って書いただけです。決して欧米人が恥知らずだといったような一元的かつ彼らをバカにした発言をしたつもりは無い。

バージニアで起こった銃撃事件は韓国人だっただけれど、この事件の波及効果を考えた時に現地の日本人が安全な生活を送れるかといったら決してそうとは限らない。例えば、9・11のテロ事件は主にサウジアラビア人(異説があるんだっけ?)だったけど、サウジアラビア人以外の人がどれくらい被害にあっているか。その前例を考えると「東洋人的な顔の特徴を持っている」日本人が被害を受けてしまう可能性も否定できないと思っただけ。もし、「じゅんじ」さんのような人が現在の情勢かでアメリカに行ったときに韓国人風だからといって被害にあわないとは誰が言えよう。このような感覚の欠如こそ前回の記事で気をつけようと発言したはずなのに。意図が伝わらなかったようです。

サンシン
2007/04/19のBlog
バージニア工科大学銃乱射事件も犯人がわかって彼が殺人鬼となった経緯が徐々に分かり始めてきた。ウィキペディアのサイトでも既に25ヶ国語で事件の経過を紹介している。速報もさることながら世界中で情報がデータベース的に消費していることを示しているのだろう。

さて、今回は韓国人学生による犯行だったこともあり、韓国国内の事件に対する反応も気になった。大手三社(朝鮮日報中央日報東亜日報)の記事でもかなりな比重で事件の経過を紹介している。

朝鮮日報:米大学乱射:報復恐れる韓国人留学生
朝鮮日報:米大学乱射:「犯人は韓国人」にネットユーザー騒然

中央日報:<米銃乱射事件>‘韓国系憎悪犯罪’を憂慮する韓国人社会

東亜日報:米史上最悪の銃乱射事件 米社会に大きな衝撃

アメリカに留学している韓国人の立場に立ってみれば、憎悪の感情を持った人たちからの報復に頭を悩ませていると思う。過去最大の犠牲者を出した学校内での殺人事件を起こしたのだからそのような感情を抱いてしまうのは仕方ないし、様々な暴力を受けることになるだろう。それこそ、アメリカは9・11の事件で中東出身の方々が差別をされている状況を目の当たりにしているからだ。それを考えるとアメリカの韓国人社会は今後どのくらいの規模になるのかは分からないけど、萎縮してしまうだろう。

「韓国人でないことを、ずっと祈り続けてきたのに。米国での同時多発テロ以来、“アルカイダ”ではなくても、すべての中東人が不利な立場に置かれたのと同じように、今回の事件で韓国人に対するイメージが悪化するのは間違いなく、こういったイメージがどのくらい長引くのかを考えると先が思いやられる」(朝鮮日報)
バージニア工科大銃乱射事件の犯人が韓国系のチョ・スンヒと明らかになったことで、韓国人を対象にした‘憎悪犯罪’が起きている。 悪口や暴言を吐いて投石したり、唾を吐いたりしているという。

バージニア州に住むブライアン・キムさんは「マクドナルドの前を通った時、ある白人から『銃さえあればお前を撃ち殺す』と言われた」とし「当分は外出するのも怖い」と語った。 ロサンゼルスで中国料理店を経営する韓国人男性も「他の人種が街中で韓国人を向かって足で蹴るふりをするなど、怖い雰囲気」と伝えた。 ニュージャージー州の一部の学校では他人種の学生が韓国人学生に唾を吐いたり学用品を投げたりする事件も発生しているという。(中央日報)

2ちゃんねるの掲示板ではアメリカ社会で韓国人のイメージが悪くなって良い気味だ、といった言説もある。まあ、匿名をいいことに感情的に吹き上がっているだけだからいいんだけれど、韓国に悪感情を持っている人でもこのような思考をする可能性があるかもしれない。ただ、考えて欲しい。欧米の人にしてみたら日本人も韓国人も中国人も区別が付かない。それは彼らがバカだからとかそういう単純な理由ではなく、本当に分からない。と、いうことは今回の事件は韓国人が起こしたからといって悪感情が韓国人にだけ向かうとは決して思えない。逆に韓国人を含むアジア人全般にその矛先が向かうと思われる。その感覚は欧米に住んでみないと分からないと思う。

現にミクシー(Mixi)のサイトでもバージニア工科大学のコミュニティーを中心として日本人学生たちが「自分たちも報復があるんじゃないか」と心配するコメントが目立っている。その気持ちはものすごくよく分かるし、彼らの立場になってみると堪ったもんじゃないと悲しくなってくる。ただ、日本の報道や掲示板での言説を見ているとこうした視点が抜けているように思える。逆に留学経験がある人は日本人学生も危険なんじゃないかといった言葉が目立つが、日本に住んでいる人にもこのような感覚があって欲しいと思っている。

まあ、今回の事件も人々の感情が沈静化するのを待つしかないと思う。実行犯の彼がいくらマッド(狂った人物)で、自分たちとは違う次元の人間だと精神的に帰属処理を行なっても「同胞(アメリカ人)が無くなった悲しみと憎しみ」は簡単にはなくならないだろう。

それでは、また。

サンシン
2007/04/18のBlog
あまり長く書いても仕方が無いので、簡潔に。

この事件はもちろん、イギリス国内でも大きな事件として取り上げられている。ただ、やはりというか、報道局の性格で報道の仕方が変わっている。

(写真を追加!)

BBC:

Virginia killings review pledged

Have Your Say

BBCは国際的な報道局ということでネットには様々な国からのアクセスがある。大きな事件がある時は記事に掲示板を付けて自由にコメントを書けるようにしている。自分の意見を言うということもあるし、他の人がどのように思っているのかがすぐに分かるようになっている。状況的に不安だからどのように解釈していいのかの「とりあえずの」処方箋が欲しいからかもしれない。

掲示板にはUK以外にもアメリカやカナダからのコメントが目立つ。イギリスの高級紙のサイトでも同じ傾向がある。掲示板でのコメントは昔から銃に関する問題に対する認識を再生産しているだけに過ぎない。

「銃が平然とある社会がこういう事件を生んでいるんだ」→「いや、銃に限らず武装する権利(Armed)は憲法で認められていて、政府(統治権力)が国民のためにならなかったときにはクーデターを起こすことが出来る権利だ」など。

みんな少し平常心が無いようにも見える。それこそ、マイケル・ムーアが「ボーリング・フォー・コロンバイン」で散々言っているじゃないか。

The Sun:

The warped face of hate

Have your say

次はイギリスで一番売れている「ゴミ」新聞。ザ・サン。アメリカのメディア王のマードックが新聞社を買収してから急激に売り上げを伸ばしているけど、その内容というのも「セックス・スポーツ・スキャンダル」といってもいいほど、国民の俗情にこびた記事を提供している。一番最初の見開きはトップレスの女の人だし(笑)こういう大きな事件が起きたときは事実報道というよりも感情を起こさせるような記事の書き方をしている。こんな新聞がなんで売れてるんだと思うけど。

ついでに日本の状況。

痛いニュース:容疑者は23歳の韓国人学生

All About:バージニア州で史上最悪の銃乱射事件

一番目のリンクは2ちゃんねるで交わされた内容を編集したもの。ここもいつも通りというか、「犯人が韓国人だからこの事件が起こった」と吹き上がってる。韓国人は日本でも犯罪を犯しているけど、ついにアメリカでも・・・みたいな。ただ、気になるのはこの事件が起きた要因がすべて「個人」に帰属していること。アメリカは銃社会だといった社会要因がすっぽり抜け落ちてる。少し前のニート論争もそうだけど、社会的要因が必ず存在するにもかかわらず、働かないのは個人の、若者の責任だといった言説が多すぎる気がする。人格や性格は社会要因という関数によって変化するのに。

それとオールアバウトのリンク。最後の文章は読んでてちょっと笑った。

結局、「アメリカは銃社会だから危険」とも一言では言えませんし、「私の留学先は田舎だから安全」とも言えません。では、どうすればよいのかというと、最終的には「自分の身は自分で守る」という考えのもと、どんな地域に留学したとしても、「危ない時間に危ないところに近づかない」ということを徹底すること、そして、周りの人たちとの人間関係を良好に保つこと。この2点が自分の身を守るためにできることではないかと思います。

なんだよそれ。全然、解決策になってねーよ。てか、それって当たり前の感覚だろ?と思うけど、留学経験が無い人にとってこういう認識はやっぱり不足しているんだろうか。社会の不透明さによる漠然とした不安があるのはわかる。ただ、清濁を併せ呑むくらいの感覚というか余裕は欲しいものだけど。キレイなもの、安全なもの、居心地が良い場所ばかりじゃない。こういう感覚。

それでは、また。

サンシン
2007/04/09のBlog