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2008/10/09のBlog
[ 11:38 ]
[ 日本での生活 ]
あなたです。ハイ、あなた。
体力の続く限り遊んでるでしょう!
9月の30日(火)を皮切りに3日(金)、4日(土)と連続だし。
そして日も経たないうちに昨日も遊びに行って!
10日(金)も予定があるし、12日(日)も。
そして13日(月・祝日)はTDSにデートだし!
17日(金)も予定があるし、その次の日(18日・土)は児童館でボランティア。
ちなみに、「遊び」・「予定」はオール・ナイトです。
睡眠時間は一日3時間の日と7時間の日が交互する。
それでもまだ遊び足りない!!!
そんな生活を送っているリア充のサンシン君でした♪(笑)
それでは、また
サンシン
体力の続く限り遊んでるでしょう!
9月の30日(火)を皮切りに3日(金)、4日(土)と連続だし。
そして日も経たないうちに昨日も遊びに行って!
10日(金)も予定があるし、12日(日)も。
そして13日(月・祝日)はTDSにデートだし!
17日(金)も予定があるし、その次の日(18日・土)は児童館でボランティア。
ちなみに、「遊び」・「予定」はオール・ナイトです。
睡眠時間は一日3時間の日と7時間の日が交互する。
それでもまだ遊び足りない!!!
そんな生活を送っているリア充のサンシン君でした♪(笑)
それでは、また
サンシン
2008/09/26のBlog
[ 12:27 ]
[ 日本での生活 ]
現在、自宅にネット環境が整ってないので、オンライン状態は会社にいるときのみ。だから復活したと言っても更新頻度は著しく落ちるし、そんなに高度で複雑な内容の記事は書けません(泣)
まだまだ試用期間中でアルバイトの身分ですが、昨日ようやく初給料も頂き、ようやく社会人として第一歩を踏み出したなと実感している次第です。
というか、毎日同じ時間に起きる生活は高校生以来やってなかったからそっちの方も新鮮です(笑)
それと、「サンシンを囲む会」の幹事を鏡 響子さんが立候補していただきました!
ありがとうございます!
これでまた美味しいお酒が飲めそうです♪
それでは、また。
サンシン
まだまだ試用期間中でアルバイトの身分ですが、昨日ようやく初給料も頂き、ようやく社会人として第一歩を踏み出したなと実感している次第です。
というか、毎日同じ時間に起きる生活は高校生以来やってなかったからそっちの方も新鮮です(笑)
それと、「サンシンを囲む会」の幹事を鏡 響子さんが立候補していただきました!
ありがとうございます!
これでまた美味しいお酒が飲めそうです♪
それでは、また。
サンシン
2008/09/19のBlog
[ 12:17 ]
[ 日本での生活 ]
2008/03/14のBlog
[ 19:50 ]
[ 音楽・三線 ]
突然ですが、「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざをご存知でしょうか?
なんとなく風が吹いたら何らかの影響があって最終的に桶屋が儲かるという話を知ってはいるけど、「風が吹く」→「桶屋が儲かる」までの過程を実は知らないでいる。中身を見てみると、ある種のバタフライ効果のような影響によってこの論理が成立する。
参考:風が吹けば桶屋が儲かる(wikipedia)
「風が吹けば~」ということわざは江戸中期に出てきた言葉らしいです。
しかも元々は「桶屋」では無く「箱屋」だったそうです。
「風が吹けば桶屋が儲かる」の論理展開は以下の通りです。
1. 大風で土ぼこりが立つ
2. 土ぼこりが目に入って、盲人が増える
3. 盲人は三味線を買う(当時、三味線は盲人が弾いた)
4. 猫皮が必要になり、ネコが殺される(三味線には猫皮が使われる)
5. ネコが減ればネズミが増える
6. ネズミは箱を囓る
7. 箱の需要が増え箱屋が儲かる
色々とツッコミ所満載の論理展開なんですが(笑)、言われてみれば無くもないかな~と思わせてしまう説得力がある。自分はブログネーム:サンシンと名乗っているだけのことはあって、三線・三味線がどのように作られるかを知ってる。ということは、このヒントを基にすると、意外と簡単に「風が吹けば~」ということわざの論理に気付く。
このことわざの論理展開を分析すると(1)の土ぼこりはある程度理解できる。しかし、問題は(2)以降。土ぼこりで盲人(視覚障害者)が増えるって(笑)どういうことなんですか。
(3)には三味線を買うとありますが、今と違って昔は目が見えないというだけで仕事が制限された。制限といっても座頭市のように按摩(あんま)師=マッサージ師になるか、高橋竹山のように三味線弾きになるしか生きていく道は残されていなかった。
(4)になってようやく三味線との接点が出てくる。三味線弾きには三味線が必要。その三味線の皮に必要なのは昔から「猫(の背中の皮)」。現在では猫皮の三味線は作られにくいそうだ。動物愛護の問題もあるが、1匹の猫から取れる皮は一枚のみ。そこで近年では犬の皮が主に使われている。犬なら1匹で数枚もの皮が取れ、また猫の皮よりも音が良く、皮の強度もあるとか。最近だと合成の皮を使って三味線を作るそうです。沖縄の三線もそうですが、本物のニシキヘビの本皮を使った三線はウン十万円しますが、プラスティックの強化した合成皮だとそこそこの値段で購入できます。
(参考:shammy's page 三味線の胴&皮について)
それ以降は(5)→(6)→(7)と論理が展開するにつれて段々とことわざが語る世界に騙されて行くようになる(笑)猫が減ったらネズミは増えるよ、そりゃ。ネズミが増えれば、箱とか桶とか木製の用具はかじられるよな~。そうなりゃ、桶屋とか箱屋に仕事が舞い込んで来るな・・・。となるでしょう(笑)
「風が吹けば~」ということわざは本質的に何を言っているのかはさっぱり理解できませんが、言葉が語る論理のダイナミズムを感じ取ることができる。こうした感覚はある意味で落語的なものの語り方と似ているところがある。余計なもの・余分なものを省いて骨組みだけを見ていると決してその論理には騙されないんですけど、絶妙な肉付け・魅力的なストーリーを加えていくと聞いた人はコロッと騙されてしまう(笑)だとしたら、このことわざはそうした言葉のダイナミズムを簡略化して教訓的に示した言葉ではないのか!と、最近思うようになりました。
もう覚えましたね?
「風が吹く」と「桶屋が儲かる」の架け橋は「三味線(と猫の皮)」ですよ!
それでは、また。
サンシン
なんとなく風が吹いたら何らかの影響があって最終的に桶屋が儲かるという話を知ってはいるけど、「風が吹く」→「桶屋が儲かる」までの過程を実は知らないでいる。中身を見てみると、ある種のバタフライ効果のような影響によってこの論理が成立する。
参考:風が吹けば桶屋が儲かる(wikipedia)
「風が吹けば~」ということわざは江戸中期に出てきた言葉らしいです。
しかも元々は「桶屋」では無く「箱屋」だったそうです。
「風が吹けば桶屋が儲かる」の論理展開は以下の通りです。
1. 大風で土ぼこりが立つ
2. 土ぼこりが目に入って、盲人が増える
3. 盲人は三味線を買う(当時、三味線は盲人が弾いた)
4. 猫皮が必要になり、ネコが殺される(三味線には猫皮が使われる)
5. ネコが減ればネズミが増える
6. ネズミは箱を囓る
7. 箱の需要が増え箱屋が儲かる
色々とツッコミ所満載の論理展開なんですが(笑)、言われてみれば無くもないかな~と思わせてしまう説得力がある。自分はブログネーム:サンシンと名乗っているだけのことはあって、三線・三味線がどのように作られるかを知ってる。ということは、このヒントを基にすると、意外と簡単に「風が吹けば~」ということわざの論理に気付く。
このことわざの論理展開を分析すると(1)の土ぼこりはある程度理解できる。しかし、問題は(2)以降。土ぼこりで盲人(視覚障害者)が増えるって(笑)どういうことなんですか。
(3)には三味線を買うとありますが、今と違って昔は目が見えないというだけで仕事が制限された。制限といっても座頭市のように按摩(あんま)師=マッサージ師になるか、高橋竹山のように三味線弾きになるしか生きていく道は残されていなかった。
(4)になってようやく三味線との接点が出てくる。三味線弾きには三味線が必要。その三味線の皮に必要なのは昔から「猫(の背中の皮)」。現在では猫皮の三味線は作られにくいそうだ。動物愛護の問題もあるが、1匹の猫から取れる皮は一枚のみ。そこで近年では犬の皮が主に使われている。犬なら1匹で数枚もの皮が取れ、また猫の皮よりも音が良く、皮の強度もあるとか。最近だと合成の皮を使って三味線を作るそうです。沖縄の三線もそうですが、本物のニシキヘビの本皮を使った三線はウン十万円しますが、プラスティックの強化した合成皮だとそこそこの値段で購入できます。
(参考:shammy's page 三味線の胴&皮について)
それ以降は(5)→(6)→(7)と論理が展開するにつれて段々とことわざが語る世界に騙されて行くようになる(笑)猫が減ったらネズミは増えるよ、そりゃ。ネズミが増えれば、箱とか桶とか木製の用具はかじられるよな~。そうなりゃ、桶屋とか箱屋に仕事が舞い込んで来るな・・・。となるでしょう(笑)
「風が吹けば~」ということわざは本質的に何を言っているのかはさっぱり理解できませんが、言葉が語る論理のダイナミズムを感じ取ることができる。こうした感覚はある意味で落語的なものの語り方と似ているところがある。余計なもの・余分なものを省いて骨組みだけを見ていると決してその論理には騙されないんですけど、絶妙な肉付け・魅力的なストーリーを加えていくと聞いた人はコロッと騙されてしまう(笑)だとしたら、このことわざはそうした言葉のダイナミズムを簡略化して教訓的に示した言葉ではないのか!と、最近思うようになりました。
もう覚えましたね?
「風が吹く」と「桶屋が儲かる」の架け橋は「三味線(と猫の皮)」ですよ!
それでは、また。
サンシン
2008/03/09のBlog
[ 21:10 ]
[ フットボール・ラグビー ]
日曜の朝にやっている軽い討論番組の議題です。
タイトルには「メダルは子供たちをabuseするのか?」と書きましたが、本質的には
「将来、オリンピックで活躍しそうな子供たちをトレーニングするということは虐待か?」
ということです。
オリンピックに限らず、国際試合で活躍する選手のほとんどは子供のころからエリート&スパルタ教育を受けてきています。テニスに然り、体操に然り、フィギュアスケートに然り。子供のうちからそうした教育やトレーニングは一歩間違えれば「洗脳」&「虐待」にはならないだろうかという議論がありました。虐待かそうではないかのポイントは子供が自発的にそのトレーニングをしたがっているか。そうした動機の上でのトレーニングは虐待に入らないという方向で話は一旦収束しました。もちろん、それでも子供たちが将来のビジネスの対象となっているとか、正常な肉体的な成長が期待できないという理由で反対する人もいました。
このような議論はあることは知っていましたが、重要だと思うのは朝のしかも軽い討論番組でこうした議題が出てくるということです。今年は2008年ということで北京でオリンピックが開催されるという流れで話し合われたんだと思います。個人的に注目するのは日本でこういう議論が専門家やスポーツ専門誌以外で一般的に論じられていないという危機感です。日本ではオリンピックとなると誰が活躍した、誰がメダルを取ったといった刹那的な事実を追って感動した・しないといった話しか出てきません。しかし、問題はそうした活躍の裏に将来のメダル候補生たちが蔑(ないがし)ろにされているんじゃないかという敏感さが無いということです。現代の科学と方法論を駆使すれば、最高のスポーツロボットを作ることは可能なんです。軍隊が殺人ロボットを製造できるのと同じくらいに。そうしたアスリートが人間的か?という議論は実は大切なんじゃないかと。
イギリスと日本の報道から見えてくるのはそうした活躍する人間&将来活躍する人間が実は過酷な環境で育ってきたのではないか?虐待っぽい環境におかれてきたのではないか?という感覚への気付きへの敏感さ。もっと言えば、そうしたアスリートたちへの共感可能性を持ち合わしているかという問題。ハッキリ言ってそうした敏感さは日本には皆無。誰かが活躍しようが、誰かがメダルを取ろうが最終的には他人事。日本の選手が国際大会などでメダルを取ることも重要かもしれないけれど、彼ら・彼女らがどのような環境で育ってきたか、トレーニングをしてきたかという過程を軽んじすぎる傾向がある。
同じ日本人、同じ人間ならメダルを取ったり活躍することよりも、アスリートが人間らしい生活ができているのか?といった感覚を持っているほうがより「人間らしい」のではないのか。その意味では、本当にスポーツが好きな人はごく少数なのかもしれません。そうだとしたら非常に残念なことです。
サンシン
タイトルには「メダルは子供たちをabuseするのか?」と書きましたが、本質的には
「将来、オリンピックで活躍しそうな子供たちをトレーニングするということは虐待か?」
ということです。
オリンピックに限らず、国際試合で活躍する選手のほとんどは子供のころからエリート&スパルタ教育を受けてきています。テニスに然り、体操に然り、フィギュアスケートに然り。子供のうちからそうした教育やトレーニングは一歩間違えれば「洗脳」&「虐待」にはならないだろうかという議論がありました。虐待かそうではないかのポイントは子供が自発的にそのトレーニングをしたがっているか。そうした動機の上でのトレーニングは虐待に入らないという方向で話は一旦収束しました。もちろん、それでも子供たちが将来のビジネスの対象となっているとか、正常な肉体的な成長が期待できないという理由で反対する人もいました。
このような議論はあることは知っていましたが、重要だと思うのは朝のしかも軽い討論番組でこうした議題が出てくるということです。今年は2008年ということで北京でオリンピックが開催されるという流れで話し合われたんだと思います。個人的に注目するのは日本でこういう議論が専門家やスポーツ専門誌以外で一般的に論じられていないという危機感です。日本ではオリンピックとなると誰が活躍した、誰がメダルを取ったといった刹那的な事実を追って感動した・しないといった話しか出てきません。しかし、問題はそうした活躍の裏に将来のメダル候補生たちが蔑(ないがし)ろにされているんじゃないかという敏感さが無いということです。現代の科学と方法論を駆使すれば、最高のスポーツロボットを作ることは可能なんです。軍隊が殺人ロボットを製造できるのと同じくらいに。そうしたアスリートが人間的か?という議論は実は大切なんじゃないかと。
イギリスと日本の報道から見えてくるのはそうした活躍する人間&将来活躍する人間が実は過酷な環境で育ってきたのではないか?虐待っぽい環境におかれてきたのではないか?という感覚への気付きへの敏感さ。もっと言えば、そうしたアスリートたちへの共感可能性を持ち合わしているかという問題。ハッキリ言ってそうした敏感さは日本には皆無。誰かが活躍しようが、誰かがメダルを取ろうが最終的には他人事。日本の選手が国際大会などでメダルを取ることも重要かもしれないけれど、彼ら・彼女らがどのような環境で育ってきたか、トレーニングをしてきたかという過程を軽んじすぎる傾向がある。
同じ日本人、同じ人間ならメダルを取ったり活躍することよりも、アスリートが人間らしい生活ができているのか?といった感覚を持っているほうがより「人間らしい」のではないのか。その意味では、本当にスポーツが好きな人はごく少数なのかもしれません。そうだとしたら非常に残念なことです。
サンシン
2008/03/08のBlog
[ 07:24 ]
[ ┗映画・小説 ]
ドラえもんの最新作の劇場版が今日、封切になるのを記念して、久々の映画のレビューを書いて見ます。ドラえもんの最新作は
ドラえもん のび太と緑の巨人伝
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
今日のレビューは1986年に映画化した第7作目の「のび太と鉄人兵団」このレビューはもともとミクシーで書いたものです。
ストーリー(Wiki)
のび太は偶然北極で巨大なロボットの足を拾い、自宅に持ち帰った。それ以来、家の庭に次々と降ってくるロボットの部品を、ドラえもんと協力して鏡面世界で組み立て、しずかも呼んで遊んでいた。だがその最中、そのロボット(ザンダクロス)に恐るべきミサイル兵器が組み込まれていたことが判明。(作中ではビームだが)安全のため、ロボットを3人の秘密にすることを誓った3人だが、のび太のもとにロボットの持ち主と名乗る少女リルルが現れ、のび太はうっかり口を滑らせてしまう。のび太はロボットを返すことを断れず、更に鏡面世界へ入り込むために必要なひみつ道具「おざしきつり掘」まで貸してしまうのであった。
ロボット惑星メカトピアのスパイであったリルルは、メカトピアの地球侵略作戦の足がかりとして、尖兵である他のロボットとともに鏡面世界で前線基地を建設し始めた。リルルたちが鏡面世界の入り口を無理やり広げようとした結果、時元震による爆発が発生し、入り口は塞がれた。危機は免れたかに見えたが、それも束の間、メカトピアから鉄人兵団が地球へ送り込まれてくるという。のび太たちはジャイアンやスネ夫と協力し、取り返した巨大ロボを改造して味方につけ、鏡面世界を舞台に鉄人兵団を迎え撃つ。
ドラえもん映画の中でも名作中の名作と言われている「のび太と鉄人兵団」。初めて見たときからはもう10年以上経ってるけど、正直言って今だから見れた作品。
昔からドラえもんの映画とともに育ってきた自分にとって「鉄人兵団」との出会いはある種トラウマに近い体験だった。それはもちろん、
ラストのリルルが天使となるシーン
小さかった自分にとってこのシーンはSFの「タイム・パラドクス」を身に染みて感じた瞬間だった。リルルと静香ちゃんの会話の後、リルルが消え、静香ちゃんが叫ぶ所はあまりにも切なすぎて、あまりにも悲しすぎて見終わった後でもテレビの前から動けなかった。まるで心臓に釘を刺されたような気分だった。
その後、レンタルでドラえもんのビデオを借りようとする時でも「鉄人兵団」の文字を見るたびにその時の感情が何度も甦った。何年経っても覚えてる。「この映画を見て泣いてしまうこと」よりも「またあの切なくなる感覚が自分を襲うこと」のほうが圧倒的に怖かった。結局、中学生になっても高校生なっても「鉄人兵団」を見ることはできなかった。
大学生になって二十歳も過ぎたいま、再び「鉄人兵団」を見てみた(実際に見たのは何ヶ月か前ですけど)。正直、思っていたよりも切なさは襲ってこなかった。映画にしてもアニメにしても漫画にしてもいろんな作品を見てきた経験もあってか予想していたよりはなかったけども、やっぱり胸が締め付けられるような感覚は健在だった。何度見てもリルルが消滅するシーンは見ててキツイし、切ない。ただ、自分の心に突き刺さった釘はようやく和らいだ。完全に消滅したわけではないが、自分にとっての「鉄人兵団」を見るという壁は越えられたと思ってる。
考えてみれば「鉄人兵団」ほど心に残った作品は他にはない。なにしろ10年以上も見れなかったくらいだ。ホラー映画を見てトラウマになったことは数多くあるけど、物語が切なすぎてトラウマのようになった作品は「鉄人兵団」だけだろう。
大きくなったいま、改めて見てみた。
やっぱりいい作品だと思う。
自分にとって良かったことと言えば、これからは好きなだけ「鉄人兵団」が見れることだろう。振り返るとあの頃の切なさが体験できないのは寂しいと思うこともあるかもしれない。けどそれは人として成長したりいろんな経験をして慣れていくものだから仕方のないことかも。
個人的な評価はもちろん、文句無く星五つ:★★★★★
ドラえもんの映画については色々と語りたいことがあるんですが、また次の機会にでも。
「鉄人兵団」ももちろん好きな作品ですけど、実は一番好きな作品は「日本誕生」です(笑)それもまた別の機会に。
それでは、また。
サンシン
ドラえもん のび太と緑の巨人伝
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
今日のレビューは1986年に映画化した第7作目の「のび太と鉄人兵団」このレビューはもともとミクシーで書いたものです。
ストーリー(Wiki)
のび太は偶然北極で巨大なロボットの足を拾い、自宅に持ち帰った。それ以来、家の庭に次々と降ってくるロボットの部品を、ドラえもんと協力して鏡面世界で組み立て、しずかも呼んで遊んでいた。だがその最中、そのロボット(ザンダクロス)に恐るべきミサイル兵器が組み込まれていたことが判明。(作中ではビームだが)安全のため、ロボットを3人の秘密にすることを誓った3人だが、のび太のもとにロボットの持ち主と名乗る少女リルルが現れ、のび太はうっかり口を滑らせてしまう。のび太はロボットを返すことを断れず、更に鏡面世界へ入り込むために必要なひみつ道具「おざしきつり掘」まで貸してしまうのであった。
ロボット惑星メカトピアのスパイであったリルルは、メカトピアの地球侵略作戦の足がかりとして、尖兵である他のロボットとともに鏡面世界で前線基地を建設し始めた。リルルたちが鏡面世界の入り口を無理やり広げようとした結果、時元震による爆発が発生し、入り口は塞がれた。危機は免れたかに見えたが、それも束の間、メカトピアから鉄人兵団が地球へ送り込まれてくるという。のび太たちはジャイアンやスネ夫と協力し、取り返した巨大ロボを改造して味方につけ、鏡面世界を舞台に鉄人兵団を迎え撃つ。
ドラえもん映画の中でも名作中の名作と言われている「のび太と鉄人兵団」。初めて見たときからはもう10年以上経ってるけど、正直言って今だから見れた作品。
昔からドラえもんの映画とともに育ってきた自分にとって「鉄人兵団」との出会いはある種トラウマに近い体験だった。それはもちろん、
ラストのリルルが天使となるシーン
小さかった自分にとってこのシーンはSFの「タイム・パラドクス」を身に染みて感じた瞬間だった。リルルと静香ちゃんの会話の後、リルルが消え、静香ちゃんが叫ぶ所はあまりにも切なすぎて、あまりにも悲しすぎて見終わった後でもテレビの前から動けなかった。まるで心臓に釘を刺されたような気分だった。
その後、レンタルでドラえもんのビデオを借りようとする時でも「鉄人兵団」の文字を見るたびにその時の感情が何度も甦った。何年経っても覚えてる。「この映画を見て泣いてしまうこと」よりも「またあの切なくなる感覚が自分を襲うこと」のほうが圧倒的に怖かった。結局、中学生になっても高校生なっても「鉄人兵団」を見ることはできなかった。
大学生になって二十歳も過ぎたいま、再び「鉄人兵団」を見てみた(実際に見たのは何ヶ月か前ですけど)。正直、思っていたよりも切なさは襲ってこなかった。映画にしてもアニメにしても漫画にしてもいろんな作品を見てきた経験もあってか予想していたよりはなかったけども、やっぱり胸が締め付けられるような感覚は健在だった。何度見てもリルルが消滅するシーンは見ててキツイし、切ない。ただ、自分の心に突き刺さった釘はようやく和らいだ。完全に消滅したわけではないが、自分にとっての「鉄人兵団」を見るという壁は越えられたと思ってる。
考えてみれば「鉄人兵団」ほど心に残った作品は他にはない。なにしろ10年以上も見れなかったくらいだ。ホラー映画を見てトラウマになったことは数多くあるけど、物語が切なすぎてトラウマのようになった作品は「鉄人兵団」だけだろう。
大きくなったいま、改めて見てみた。
やっぱりいい作品だと思う。
自分にとって良かったことと言えば、これからは好きなだけ「鉄人兵団」が見れることだろう。振り返るとあの頃の切なさが体験できないのは寂しいと思うこともあるかもしれない。けどそれは人として成長したりいろんな経験をして慣れていくものだから仕方のないことかも。
個人的な評価はもちろん、文句無く星五つ:★★★★★
ドラえもんの映画については色々と語りたいことがあるんですが、また次の機会にでも。
「鉄人兵団」ももちろん好きな作品ですけど、実は一番好きな作品は「日本誕生」です(笑)それもまた別の機会に。
それでは、また。
サンシン
2008/03/01のBlog
[ 23:16 ]
[ ┣戦争・テロ関連 ]
ヤフーニュース
イスラエル軍ガザを攻撃、住民含む33人死亡
3月1日20時47分配信 読売新聞
【エルサレム=三井美奈】イスラエル軍は29日から1日にかけてパレスチナ自治区ガザの武装勢力拠点などを攻撃し、AP通信によると、一般住民少なくとも16人を含む33人が死亡した。
同国軍とガザを支配するイスラム原理主義組織ハマスが2月27日に交戦を開始して以降、パレスチナ側の死者は4日間で60人を超えた。
ガザ北部ジャバリヤでは、戦車で侵攻した同国軍が武装勢力と激しく交戦し、10歳代の2人を含め、一般住民少なくとも4人が巻き添えになり死亡した。また、ガザ北部ベイトハヌンでは同国軍の空爆で生後6か月の乳児が死亡した。
一方、ハマスなど武装勢力は、ガザ北方約17キロ・メートルにあるイスラエル南部アシュケロン周辺に集中的なロケット弾攻撃を行った。
BBCニュース
New Israeli raids on Gaza kill 32
Israeli forces have carried out further attacks on the Gaza Strip, killing at least 32 Palestinians.
Medical staff said four children aged nine to 16 were among the dead, as well as up to 15 Palestinian militants.
Five Israeli troops were lightly injured in clashes with gunmen inside Gaza, after tanks entered three areas in the north of the territory.
The raids came as Israel said it might launch a full-scale attack on Gaza in response to militant rocket attacks.
The BBC's Katya Adler in Jerusalem says Israel's leaders have been under pressure from some quarters to launch a ground invasion.
However, a recent opinion poll has indicated a majority of Israelis favour a truce with the Islamist movement Hamas, which controls Gaza. (以下略)
田中宇の国際ニュース解説
中東大戦争の開戦前夜08年03月01日
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
とうとう中東で戦争が開始しそうです。
いつも田中氏の中東解説をつぶさに観察してきてアメリカ・イスラエル対大イスラム連合との戦争が始まりそうだという観測は少し前からあった。
中東大戦争が近い?08年02月19日
米大統領選の焦点はテロ戦争の継続可否08年02月12日
「ガザの壁」の崩壊08年01月25日
大戦争になる中東(4)07年10月30日
中東和平と戦争のはざま07年07月14日
今後の展開としてはパレスチナのハマスがイスラエルに対する本格的な報復→戦争が開始され、同時にレバノンからヒズボラがイスラエルに宣戦布告を行うと思われる。イスラエルは南からハマス、北からはヒズボラに攻撃を受け、アメリカがこの戦いに参加する。戦線は拡大していき、シリアとイランが参加するだろう。その場合はイスラエルが保有している核をイランに使うのではないかという憶測の出てきている。
その後、親米政権だったイスラム国家は軒並み政府転覆が起こり純粋なイスラム国家が誕生し、大連合を組んでイスラエル潰しに向かうだろう。最終的にはアメリカが中東から完全撤退し、イスラエルという国家は消滅する。。。。
1948年のイスラエル建国から60年。今までアメリカと共にアラブ虐め(!)をしてきたツケが出てくるでしょう。イスラム社会が抱いている対アメリカ・対イスラエルへのルサンチマン(怨念)は相当のものだし、今回のガザ地区への攻撃がそれまでの鬱憤を晴らす絶好の機会でしょう。21世紀になって9・11事件に続く大きな歴史的変革として現在のイスラエルの攻撃を見守っています。
まあ、どこまでこの観測が当たるかはわかりませんが、中東で大戦争が始まりそうです。
サンシン
参考:サンシンのパレスチナ問題解説
イスラエル軍ガザを攻撃、住民含む33人死亡
3月1日20時47分配信 読売新聞
【エルサレム=三井美奈】イスラエル軍は29日から1日にかけてパレスチナ自治区ガザの武装勢力拠点などを攻撃し、AP通信によると、一般住民少なくとも16人を含む33人が死亡した。
同国軍とガザを支配するイスラム原理主義組織ハマスが2月27日に交戦を開始して以降、パレスチナ側の死者は4日間で60人を超えた。
ガザ北部ジャバリヤでは、戦車で侵攻した同国軍が武装勢力と激しく交戦し、10歳代の2人を含め、一般住民少なくとも4人が巻き添えになり死亡した。また、ガザ北部ベイトハヌンでは同国軍の空爆で生後6か月の乳児が死亡した。
一方、ハマスなど武装勢力は、ガザ北方約17キロ・メートルにあるイスラエル南部アシュケロン周辺に集中的なロケット弾攻撃を行った。
BBCニュース
New Israeli raids on Gaza kill 32
Israeli forces have carried out further attacks on the Gaza Strip, killing at least 32 Palestinians.
Medical staff said four children aged nine to 16 were among the dead, as well as up to 15 Palestinian militants.
Five Israeli troops were lightly injured in clashes with gunmen inside Gaza, after tanks entered three areas in the north of the territory.
The raids came as Israel said it might launch a full-scale attack on Gaza in response to militant rocket attacks.
The BBC's Katya Adler in Jerusalem says Israel's leaders have been under pressure from some quarters to launch a ground invasion.
However, a recent opinion poll has indicated a majority of Israelis favour a truce with the Islamist movement Hamas, which controls Gaza. (以下略)
田中宇の国際ニュース解説
中東大戦争の開戦前夜08年03月01日
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
とうとう中東で戦争が開始しそうです。
いつも田中氏の中東解説をつぶさに観察してきてアメリカ・イスラエル対大イスラム連合との戦争が始まりそうだという観測は少し前からあった。
中東大戦争が近い?08年02月19日
米大統領選の焦点はテロ戦争の継続可否08年02月12日
「ガザの壁」の崩壊08年01月25日
大戦争になる中東(4)07年10月30日
中東和平と戦争のはざま07年07月14日
今後の展開としてはパレスチナのハマスがイスラエルに対する本格的な報復→戦争が開始され、同時にレバノンからヒズボラがイスラエルに宣戦布告を行うと思われる。イスラエルは南からハマス、北からはヒズボラに攻撃を受け、アメリカがこの戦いに参加する。戦線は拡大していき、シリアとイランが参加するだろう。その場合はイスラエルが保有している核をイランに使うのではないかという憶測の出てきている。
その後、親米政権だったイスラム国家は軒並み政府転覆が起こり純粋なイスラム国家が誕生し、大連合を組んでイスラエル潰しに向かうだろう。最終的にはアメリカが中東から完全撤退し、イスラエルという国家は消滅する。。。。
1948年のイスラエル建国から60年。今までアメリカと共にアラブ虐め(!)をしてきたツケが出てくるでしょう。イスラム社会が抱いている対アメリカ・対イスラエルへのルサンチマン(怨念)は相当のものだし、今回のガザ地区への攻撃がそれまでの鬱憤を晴らす絶好の機会でしょう。21世紀になって9・11事件に続く大きな歴史的変革として現在のイスラエルの攻撃を見守っています。
まあ、どこまでこの観測が当たるかはわかりませんが、中東で大戦争が始まりそうです。
サンシン
参考:サンシンのパレスチナ問題解説
2008/02/29のBlog
[ 01:09 ]
[ イギリス生活 ]
みなさん、お久しゅう。
サンシンはどんなにドブログが悪化しようとも引越しはしませんよ(笑)
迷惑コメントがどれくらいまで付くか興味あったんですけど、
さすがにもういいかなと思ったり思わなかったり。
記事の更新はありませんでしたがブログ巡りは定期的にしてました。
結構、すみずみまで読んでるもんです。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
最近の気になることと言えば、
墓場鬼太郎
アニメのゲゲゲの鬼太郎の原作となった「墓場鬼太郎」を2008年となった今年にようやくアニメ化。「ゲゲゲ~」の鬼太郎とはまったく違うテイストの鬼太郎。と、いうか鬼太郎はここから始まった。とにかくダークな作りで深夜枠のアニメにしては珍しい高視聴率。日曜の朝にやってる「ゲゲゲ~」が「白鬼太郎」だとしたら深夜枠の「墓場~」は「黒鬼太郎」。
とにかく見てみてください。面白い。話でしか知らない「鬼太郎の誕生」から始まって限りなく水木テイストで描かれた「墓場~」は大人が見るべき鬼太郎ですね。サンシンはいつもの動画投稿サイトで見てますよ。久しぶりに一週間先が楽しみになる作品。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
他にも映画の批評とか社会時評とかをしていきたいんですけど、また今度。
それでは、また。
サンシン
サンシンはどんなにドブログが悪化しようとも引越しはしませんよ(笑)
迷惑コメントがどれくらいまで付くか興味あったんですけど、
さすがにもういいかなと思ったり思わなかったり。
記事の更新はありませんでしたがブログ巡りは定期的にしてました。
結構、すみずみまで読んでるもんです。
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最近の気になることと言えば、
墓場鬼太郎
アニメのゲゲゲの鬼太郎の原作となった「墓場鬼太郎」を2008年となった今年にようやくアニメ化。「ゲゲゲ~」の鬼太郎とはまったく違うテイストの鬼太郎。と、いうか鬼太郎はここから始まった。とにかくダークな作りで深夜枠のアニメにしては珍しい高視聴率。日曜の朝にやってる「ゲゲゲ~」が「白鬼太郎」だとしたら深夜枠の「墓場~」は「黒鬼太郎」。
とにかく見てみてください。面白い。話でしか知らない「鬼太郎の誕生」から始まって限りなく水木テイストで描かれた「墓場~」は大人が見るべき鬼太郎ですね。サンシンはいつもの動画投稿サイトで見てますよ。久しぶりに一週間先が楽しみになる作品。
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他にも映画の批評とか社会時評とかをしていきたいんですけど、また今度。
それでは、また。
サンシン
2008/01/31のBlog
[ 11:15 ]
[ まとめ ]
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
久々の掲示板の復活です!!
というのも、書き溜めていた記事を一気にアップするので
混乱したいためにも。
それでは、よろしく!
サンシン
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
1月13日
[┗映画・小説]
映画批評:「パッチギ!」・「監督・ばんざい!」
1月5日
[サブカルチャー]
芸人:鳥居みゆきにみる「狐憑き」の現象。
今年もよろしくお願いします!
久々の掲示板の復活です!!
というのも、書き溜めていた記事を一気にアップするので
混乱したいためにも。
それでは、よろしく!
サンシン
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1月13日
[┗映画・小説]
映画批評:「パッチギ!」・「監督・ばんざい!」
1月5日
[サブカルチャー]
芸人:鳥居みゆきにみる「狐憑き」の現象。
2008/01/13のBlog
[ 19:55 ]
[ ┗映画・小説 ]
久しぶりの映画批評です。
最近はあまり映画を見ていなかったんですけど、ようやく見れるようになった作品が二つほどあったので紹介します~♪
作品は、
・井筒和幸監督の「パッチギ!」(2004)
・北野武監督の最新作「監督・ばんざい!」(2007)
最近はあまり映画を見ていなかったんですけど、ようやく見れるようになった作品が二つほどあったので紹介します~♪
作品は、
・井筒和幸監督の「パッチギ!」(2004)
・北野武監督の最新作「監督・ばんざい!」(2007)
最初に紹介するのは「パッチギ!」の一作目(2004)。
2004年に公開されて、キネマ旬報ベストテン1位、毎日映画コンクール最優秀作品賞、ブルーリボン賞作品賞と、半世紀以上の歴史を持つ三大映画賞を独占。日本アカデミー賞のみ最優秀作品賞を獲得できなかった。(ちなみにアカデミー賞の受賞作品は「ALWAYS 三丁目の夕日」)
参考過去記事:映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を「ネタ」的・「ベタ」的に見る
あらすじ(ウィキペディア)
1968年。京都にある東高校2年生松山康介は常日頃から争い事の絶えない朝鮮高校にサッカーの練習試合を申し込むことになった。しぶしぶ朝鮮高校を訪れた康介は音楽室で一人フルートを奏でる少女・キョンジャに一目惚れする。しかしあろうことかキョンジャの兄アンソンは同校の番長であった。どうしてもキョンジャと仲良くなりたい松山は朝鮮語を必死で習得すると同時に楽器店でギターを購入。キョンジャが演奏していた『イムジン河』(/)を覚え彼女の前で演奏することを決意するのだが・・・。
スバラシイ!素晴らしいゾ!この映画は! 1968年という年は李相日監督の「69 sixty nine(1969年の佐世保を舞台)」(2004)の空気感、在日朝鮮人の青年の葛藤は行定勲監督の「GO」(2001)。この両方の良い所取りした映画がこの「パッチギ!」という映画だろう。
個人的な評価は五つ星★★★★★(最高!あの世に持ってく!)なんだけれども、気になった点を二つほど書いておく。この作品は大好きだし、いい映画だとわかっているからこそ、このことはぜひ書きたい。
ウィキペディアの概要の欄に記載してあったが、この作品に出てくる朝鮮側の歴史認識・被害者意識が偏っているという指摘があった。歴史認識のほうは分別するための知識が足りないので割愛するが、被害者意識については確かに違和感があった。戦争中に日本に強制的に来ることになった在日第一世代が強制的に連れてこられたこと、日本にあるインフラのいくつかは自分たちのように強制的に連れてこられた人たちによって作られてきた、といった台詞が日本人の青年に対して言われた。確かに今までの認識では在日韓国人・朝鮮人は韓国併合時に日本に強制的に連れてこられたという話が一般的だったが、新しい教科書を作る会が発足する直前あたりから実はこの認識は日本の左翼勢力によって捏造された認識だったことが明るみになった。強制的に連れて来られたと言われている在日の第一世代は実は強制的ではなく、商売で稼ごうと出稼ぎに来ていた。しかし、韓国人・朝鮮人というだけで差別される待遇が自分たちに待ったいたために左翼の「強制的に連れて来られた」というう嘘に乗っかった形が何十年も続いた。在日の人たちが本国に帰れない理由も「強制的に連れて来られたから」というものだったが、実は本国の人間からは「国を捨てた人たちは帰ってくるな」という声のほうが強かったという見方もある。ロッテを作った重光武雄(本名:辛格浩・在日一世)のように日本で経済的に成功して錦の御旗を。。。というのが在日一世の実態だという見方がある。真相はあまり知らないが、こうした批判があることは作品を見る上では重要になってくるのでは。
もうひとつが、交際に関する家族や親戚からの抵抗が少ないという指摘。作中で日本人の主人公と朝鮮学校に通う女の子が交際するという場面が出てくるが、当時の韓国人・朝鮮人への反目や差別から考えると日本人と付き合っている自分の娘と朝鮮人と付き合っている自分の息子への抵抗はもっとあった筈ではないか、というもの。在日の人たちや同和関係者の人たちへの差別、特に関西圏の差別は相当酷かったはずだし、当時の高校生同士の抗争以上に抵抗はあったと思う。元公安調査庁の菅沼さんの講演で、暴力団関係者の約50%が在日韓国人・朝鮮人、約30%が同和関係者だそうだ。差別がある種の人たちを周辺に追いやり、やがてアウトローの世界に追いやられてしまう。差別の度合いが酷い分、そうした世界に入っていく若者が増えていくのは当たり前の話。そうしてみると、割合だけで見れば同和関係者への差別以上に在日韓国人・朝鮮人に対する差別のほうが強かったと想像できる。もちろん、韓国や朝鮮には血縁ネットワークという強固なコネクションがあるけれども、それを差し引いても彼らが日本社会に入り込むことに抵抗する日本人の心理構造が存在するんだろう。現在に至るも同和関係者の差別やそれに対する優遇措置が存在するが、実は在日韓国人・朝鮮人への差別の頻度・強度はそれを上回るものがあったのかもしれない。そういう事実を知っていると作品内での交際の受け入れられ方があまりにも寛容すぎるのではないかという指摘はあながち間違いではないだろう。
在日韓国人・朝鮮人の差別に関する話は今まではあまり語られてこなかった。2000年以降になって「GO」や「パッチギ!」で彼らに対する昔よりもフラットな認識が持たれたと思っている。両方の作品とも日本に住んでいる朝鮮人の葛藤を描いているが、冷戦が終結し、昔よりも差別が薄らいだ今だからこそ共感できる話として語られだしたんだろう。
まあ、それにしても作品を見てください。良くできた青春映画です。その昔、放送禁止歌にもなった「イムジン河」が何回も聞けますし(笑)青春映画といえば、「GO」も「69 sixty nine」も良作なので機会があればどうぞ~♪
2004年に公開されて、キネマ旬報ベストテン1位、毎日映画コンクール最優秀作品賞、ブルーリボン賞作品賞と、半世紀以上の歴史を持つ三大映画賞を独占。日本アカデミー賞のみ最優秀作品賞を獲得できなかった。(ちなみにアカデミー賞の受賞作品は「ALWAYS 三丁目の夕日」)
参考過去記事:映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を「ネタ」的・「ベタ」的に見る
あらすじ(ウィキペディア)
1968年。京都にある東高校2年生松山康介は常日頃から争い事の絶えない朝鮮高校にサッカーの練習試合を申し込むことになった。しぶしぶ朝鮮高校を訪れた康介は音楽室で一人フルートを奏でる少女・キョンジャに一目惚れする。しかしあろうことかキョンジャの兄アンソンは同校の番長であった。どうしてもキョンジャと仲良くなりたい松山は朝鮮語を必死で習得すると同時に楽器店でギターを購入。キョンジャが演奏していた『イムジン河』(/)を覚え彼女の前で演奏することを決意するのだが・・・。
スバラシイ!素晴らしいゾ!この映画は! 1968年という年は李相日監督の「69 sixty nine(1969年の佐世保を舞台)」(2004)の空気感、在日朝鮮人の青年の葛藤は行定勲監督の「GO」(2001)。この両方の良い所取りした映画がこの「パッチギ!」という映画だろう。
個人的な評価は五つ星★★★★★(最高!あの世に持ってく!)なんだけれども、気になった点を二つほど書いておく。この作品は大好きだし、いい映画だとわかっているからこそ、このことはぜひ書きたい。
ウィキペディアの概要の欄に記載してあったが、この作品に出てくる朝鮮側の歴史認識・被害者意識が偏っているという指摘があった。歴史認識のほうは分別するための知識が足りないので割愛するが、被害者意識については確かに違和感があった。戦争中に日本に強制的に来ることになった在日第一世代が強制的に連れてこられたこと、日本にあるインフラのいくつかは自分たちのように強制的に連れてこられた人たちによって作られてきた、といった台詞が日本人の青年に対して言われた。確かに今までの認識では在日韓国人・朝鮮人は韓国併合時に日本に強制的に連れてこられたという話が一般的だったが、新しい教科書を作る会が発足する直前あたりから実はこの認識は日本の左翼勢力によって捏造された認識だったことが明るみになった。強制的に連れて来られたと言われている在日の第一世代は実は強制的ではなく、商売で稼ごうと出稼ぎに来ていた。しかし、韓国人・朝鮮人というだけで差別される待遇が自分たちに待ったいたために左翼の「強制的に連れて来られた」というう嘘に乗っかった形が何十年も続いた。在日の人たちが本国に帰れない理由も「強制的に連れて来られたから」というものだったが、実は本国の人間からは「国を捨てた人たちは帰ってくるな」という声のほうが強かったという見方もある。ロッテを作った重光武雄(本名:辛格浩・在日一世)のように日本で経済的に成功して錦の御旗を。。。というのが在日一世の実態だという見方がある。真相はあまり知らないが、こうした批判があることは作品を見る上では重要になってくるのでは。
もうひとつが、交際に関する家族や親戚からの抵抗が少ないという指摘。作中で日本人の主人公と朝鮮学校に通う女の子が交際するという場面が出てくるが、当時の韓国人・朝鮮人への反目や差別から考えると日本人と付き合っている自分の娘と朝鮮人と付き合っている自分の息子への抵抗はもっとあった筈ではないか、というもの。在日の人たちや同和関係者の人たちへの差別、特に関西圏の差別は相当酷かったはずだし、当時の高校生同士の抗争以上に抵抗はあったと思う。元公安調査庁の菅沼さんの講演で、暴力団関係者の約50%が在日韓国人・朝鮮人、約30%が同和関係者だそうだ。差別がある種の人たちを周辺に追いやり、やがてアウトローの世界に追いやられてしまう。差別の度合いが酷い分、そうした世界に入っていく若者が増えていくのは当たり前の話。そうしてみると、割合だけで見れば同和関係者への差別以上に在日韓国人・朝鮮人に対する差別のほうが強かったと想像できる。もちろん、韓国や朝鮮には血縁ネットワークという強固なコネクションがあるけれども、それを差し引いても彼らが日本社会に入り込むことに抵抗する日本人の心理構造が存在するんだろう。現在に至るも同和関係者の差別やそれに対する優遇措置が存在するが、実は在日韓国人・朝鮮人への差別の頻度・強度はそれを上回るものがあったのかもしれない。そういう事実を知っていると作品内での交際の受け入れられ方があまりにも寛容すぎるのではないかという指摘はあながち間違いではないだろう。
在日韓国人・朝鮮人の差別に関する話は今まではあまり語られてこなかった。2000年以降になって「GO」や「パッチギ!」で彼らに対する昔よりもフラットな認識が持たれたと思っている。両方の作品とも日本に住んでいる朝鮮人の葛藤を描いているが、冷戦が終結し、昔よりも差別が薄らいだ今だからこそ共感できる話として語られだしたんだろう。
まあ、それにしても作品を見てください。良くできた青春映画です。その昔、放送禁止歌にもなった「イムジン河」が何回も聞けますし(笑)青春映画といえば、「GO」も「69 sixty nine」も良作なので機会があればどうぞ~♪
お次は北野武監督の最新作「監督・ばんざい!」(2007)
13作目となるこの作品は、自分の映画に対する思い入れを込めたコメディ映画となっている。松本人志の初監督作品である『大日本人』と同日公開となったことでも話題を集めた。
過去の参考記事:映画「大日本人」の見方。
ストーリー(ウィキペディア)
自身が得意とする暴力映画を撮る事を封印したキタノ・タケシ監督(ビートたけし)はヒット作を生み出すべく、恋愛、小津風人情劇、ホラー、昭和30年代風、忍者アクションなど様々なジャンルの映画に挑戦するも、どれも上手くいかない。 キタノは最終的に、詐欺師の親子を主人公としたSF作品を制作し始めるが…。
この「監督・ばんざい!」と過去の12作品の全てを見てきた自称:キタノ映画フリークのサンシンですが(笑)、今回の作品はさすがに困惑しました。正直、見終わった後は頭を抱えましたよ。
昔からの持論ですが、キタノ映画は「キッズ・リターン」を境に北野武の映画は変わります。キタノ映画の前期は「ソナチネ」を頂点に非常に香ばしい、映画の撮り方を知らないがゆえに良質な作品を作って来た。しかし、「HANA-BI」以降の後期の作品は映画の方程式を知ってしまったがゆえにつまらなくなった、退屈する映画に変質してしまった。(「Dolls」は例外的に良作)その後期の中でも最新作の「監督・ばんざい!」と前作の「TAKESHIS'」はキタノ映画の底辺をいく作品だろう。
最新作の「監督・ばんざい!」では自分が今まで築き上げてきた作品のパロディやオマージュで構成されていた。細かい内容は割愛するが、見てる途中で「監督はもう映画を撮る気がしないのかなー」と思ってしまったくらい、新しいネタが見られなかった。パロディなんだからそれは仕方ないとは思っているものの、作品のテンポも微妙におかしい。ギャグに対するズッコケる反応も、もう「お約束」すぎて寒くなるような方向で使われていたり、ギャグのネタもベタすぎるぐらいベタに使っていたり、同じボケが三回も続いたり。。。どういうつもりでこの作品を作ったのかが正直わからなかったし、次回作への期待も持てなくなるくらい頭を抱えてしまった。
ただ、もちろん評価できる点もある。
作品中に明らかに「ALWAYS 三丁目の夕日」の批評をしている箇所が出てくる。昨今のノスタルジーブームがある中で映画「ALWAYS~」も好評。けど、自分(北野武)が少年期を過ごした「ALWAYS~」と同じ時代はそんなに良かったことばかりじゃない。北野武が属する団塊の世代が過ごした少年期は、貧乏人はガメつく、オヤジは威張ってるだけの酔っ払い、近所の目が厳しすぎてギスギスすることもしばしば。。。子供が怪我をしても庇う事はせずに「なんて馬鹿なことしたの!」と逆に怒られる始末。こんなことが日常茶飯事だった時代が「古きよき時代」だっただと!?ふざけんな!!嘘付け!!とハッキリ指摘してるところを見てみると北野武の自分の過ごした少年期に対する恥ずかしさを見ることができる。
今回の作品は久々のたけしのギャグ・コントを見た気がする。今まではガチンコで作品を作ってきたし、気合を入れた分だけ作品に反映されてきた。「暴力」「性」「死」に対していろんな角度でアプローチしてきた監督が一回りしてコントの世界に返ってきたと言ったほうが良いかもしれない。偶然にも松本人志の初監督作品「大日本人」の公開日が重なったが、実は作品のコンセプトも重なっていたことも興味深い。「監督・ばんざい!」では一回りして原点回帰のキタノ・ワールドを反映したコント映画を、「大日本人」では松本人志が構築してきた松本・ワールドを前面に出したお笑い映画。どちらもそれまでそれぞれが作ってきた作品なり世界観が映画となって公開されたことは偶然以上に二人とも狙ったんじゃないかと(笑)
「監督・ばんざい!」:星四つ★★★★☆ オススメ!
サンシン
13作目となるこの作品は、自分の映画に対する思い入れを込めたコメディ映画となっている。松本人志の初監督作品である『大日本人』と同日公開となったことでも話題を集めた。
過去の参考記事:映画「大日本人」の見方。
ストーリー(ウィキペディア)
自身が得意とする暴力映画を撮る事を封印したキタノ・タケシ監督(ビートたけし)はヒット作を生み出すべく、恋愛、小津風人情劇、ホラー、昭和30年代風、忍者アクションなど様々なジャンルの映画に挑戦するも、どれも上手くいかない。 キタノは最終的に、詐欺師の親子を主人公としたSF作品を制作し始めるが…。
この「監督・ばんざい!」と過去の12作品の全てを見てきた自称:キタノ映画フリークのサンシンですが(笑)、今回の作品はさすがに困惑しました。正直、見終わった後は頭を抱えましたよ。
昔からの持論ですが、キタノ映画は「キッズ・リターン」を境に北野武の映画は変わります。キタノ映画の前期は「ソナチネ」を頂点に非常に香ばしい、映画の撮り方を知らないがゆえに良質な作品を作って来た。しかし、「HANA-BI」以降の後期の作品は映画の方程式を知ってしまったがゆえにつまらなくなった、退屈する映画に変質してしまった。(「Dolls」は例外的に良作)その後期の中でも最新作の「監督・ばんざい!」と前作の「TAKESHIS'」はキタノ映画の底辺をいく作品だろう。
最新作の「監督・ばんざい!」では自分が今まで築き上げてきた作品のパロディやオマージュで構成されていた。細かい内容は割愛するが、見てる途中で「監督はもう映画を撮る気がしないのかなー」と思ってしまったくらい、新しいネタが見られなかった。パロディなんだからそれは仕方ないとは思っているものの、作品のテンポも微妙におかしい。ギャグに対するズッコケる反応も、もう「お約束」すぎて寒くなるような方向で使われていたり、ギャグのネタもベタすぎるぐらいベタに使っていたり、同じボケが三回も続いたり。。。どういうつもりでこの作品を作ったのかが正直わからなかったし、次回作への期待も持てなくなるくらい頭を抱えてしまった。
ただ、もちろん評価できる点もある。
作品中に明らかに「ALWAYS 三丁目の夕日」の批評をしている箇所が出てくる。昨今のノスタルジーブームがある中で映画「ALWAYS~」も好評。けど、自分(北野武)が少年期を過ごした「ALWAYS~」と同じ時代はそんなに良かったことばかりじゃない。北野武が属する団塊の世代が過ごした少年期は、貧乏人はガメつく、オヤジは威張ってるだけの酔っ払い、近所の目が厳しすぎてギスギスすることもしばしば。。。子供が怪我をしても庇う事はせずに「なんて馬鹿なことしたの!」と逆に怒られる始末。こんなことが日常茶飯事だった時代が「古きよき時代」だっただと!?ふざけんな!!嘘付け!!とハッキリ指摘してるところを見てみると北野武の自分の過ごした少年期に対する恥ずかしさを見ることができる。
今回の作品は久々のたけしのギャグ・コントを見た気がする。今まではガチンコで作品を作ってきたし、気合を入れた分だけ作品に反映されてきた。「暴力」「性」「死」に対していろんな角度でアプローチしてきた監督が一回りしてコントの世界に返ってきたと言ったほうが良いかもしれない。偶然にも松本人志の初監督作品「大日本人」の公開日が重なったが、実は作品のコンセプトも重なっていたことも興味深い。「監督・ばんざい!」では一回りして原点回帰のキタノ・ワールドを反映したコント映画を、「大日本人」では松本人志が構築してきた松本・ワールドを前面に出したお笑い映画。どちらもそれまでそれぞれが作ってきた作品なり世界観が映画となって公開されたことは偶然以上に二人とも狙ったんじゃないかと(笑)
「監督・ばんざい!」:星四つ★★★★☆ オススメ!
サンシン
2008/01/05のBlog
[ 08:01 ]
[ サブカルチャー ]
昨年度の後半からネットで注目されているカルト系女芸人がいる。
その名を「鳥居みゆき」
長身で結構な美人な人ではある。
が。。。
ひとたび表舞台に立てば何かに憑りつかれたかのような鬼気迫る怪演でコントを行う。最近はテレビ出演もしているがあまりに毒舌、反道徳的なネタを披露するので大半がカットされてしまう。初めて見たときはそれこそ「狂人」かと思うようなパフォーマンスを展開するが、見れば見るほどその予想不可能な話の流れにいつしか引き込まれていく。。。
参考:J-CASTニュース
動画:コント「まさこ」、爆笑レッドカーペット、あらびき団などなど。。。
Youtube検索:鳥居みゆき
ネットでは男性から「カワイイ」という評価を受けるが、鳥居みゆきのファンの大半は女性らしい。想像するにほとんどがメンヘラーだろう。鳥居みゆき自身もそうだと思うが、薬の力によってうつ状態やそう状態をコントロールして生きている人には受ける芸風だと思う。
その名を「鳥居みゆき」
長身で結構な美人な人ではある。
が。。。
ひとたび表舞台に立てば何かに憑りつかれたかのような鬼気迫る怪演でコントを行う。最近はテレビ出演もしているがあまりに毒舌、反道徳的なネタを披露するので大半がカットされてしまう。初めて見たときはそれこそ「狂人」かと思うようなパフォーマンスを展開するが、見れば見るほどその予想不可能な話の流れにいつしか引き込まれていく。。。
参考:J-CASTニュース
動画:コント「まさこ」、爆笑レッドカーペット、あらびき団などなど。。。
Youtube検索:鳥居みゆき
ネットでは男性から「カワイイ」という評価を受けるが、鳥居みゆきのファンの大半は女性らしい。想像するにほとんどがメンヘラーだろう。鳥居みゆき自身もそうだと思うが、薬の力によってうつ状態やそう状態をコントロールして生きている人には受ける芸風だと思う。
ここからが本題(笑)
自分が彼女のコントを見たときに「狐憑き」の現象を思い出した。昔はおかしな言動をする人のことを、狐が憑いているなどといったそうだが、狐憑きは、狐の霊が特に女性に多く憑いて、異常心理にみちびくとするもので、今日でも広く農村社会に散らばっていた。精神薄弱者や暗示にかかりやすい女性たちの間に多く見られる発作性、ヒステリー性の一種の精神病といわれ、実際にみずから狐となって、いろいろなことを口走ったり、動作をしたりする。
「狐憑き」は「憑依」に一種だと考えられる。憑依は、
世界各地の民族の伝統的な精神文化の中に広く認められるシャーマニズムの儀式などによって引き起こされる、トランス状態(変性意識状態)に伴って現れる現象として知られている。必ずしも儀式などを必要としないケースもある。憑依される人の日常的な人格とは異なる、別の意識もしくは人格が現れて、あたかも別人であるかのように振舞うため、シャーマニズムの世界では、何か霊的なものに肉体を支配されていると解釈されるされることが多い。
面白いことに近代以外の時代ではこうした憑依といった現象は社会の中に存在していた。奇妙な言説・行動をとっていても「~に憑りつかれていた」とか「狐憑きにあった」とレッテルを貼ればその人が普通の状態に戻ったときに村人たちが再び受け入れてこれた。また部族の統治などでも卑弥呼が登場する邪馬台国が典型例で、巫女が憑依によって神のことばを受けてそれを弟が人々に伝えるといった政治が行われてきた。
憑依している状態というのは「変性意識状態」でしょう。俗にトランス状態・覚醒状態とも言います。宇宙との一体感、全知全能感、強い至福感などを伴い、この体験は時に人の世界観を一変させるほどの強烈なもので、電気を頭に流す・薬物を使う・ヨガを行うことで意識的に引き起こすことが出来る。それ以外でも強い思い込みを長く続けると引き起こすことも出来る。ただ、この状態が過ぎるとそれまでの行動の記憶がほとんど無いため、本人も他人も霊魂や狐に憑依されていたと思わせる。というか、変性意識状態での行動や最中の記憶の有無を見る限り何かに憑依されていたと解釈しないといけなかったと考えられる。
現在ではオカルトや怖い話が好きな人以外ではこの現象を知るものはいないかもしれない。個人的に「狐憑き」を知っていれば、鳥居みゆきがその状態を演出していると分かると思う。一部では本当の「狂人」何じゃないか?という指摘もあるが、そうは思わない。舞台に立ってやっていることは「ネタ」であり、「演出」でそうなっている。他のコントを見てもちゃんと言葉の意味を知っていてあえて使っている場面が幾つか出てくる。ネタの構成や動き、衣装(サマナ服)も意図的でしょう。自己紹介の場面で「戸塚ヨットスクールの生き残りで~す」とアドリブで言えないでしょう(笑)鳥居みゆき本人が「狐憑き」を模しているのかはわかりません。しかし、面白いことにこうした芸を見ても笑えるという感覚になるのは昔から憑依した人間を社会から遠ざけず、逆に社会の中に取り込んできた歴史やそうした感覚があるからだと推測するんです。
自分が彼女のコントを見たときに「狐憑き」の現象を思い出した。昔はおかしな言動をする人のことを、狐が憑いているなどといったそうだが、狐憑きは、狐の霊が特に女性に多く憑いて、異常心理にみちびくとするもので、今日でも広く農村社会に散らばっていた。精神薄弱者や暗示にかかりやすい女性たちの間に多く見られる発作性、ヒステリー性の一種の精神病といわれ、実際にみずから狐となって、いろいろなことを口走ったり、動作をしたりする。
「狐憑き」は「憑依」に一種だと考えられる。憑依は、
世界各地の民族の伝統的な精神文化の中に広く認められるシャーマニズムの儀式などによって引き起こされる、トランス状態(変性意識状態)に伴って現れる現象として知られている。必ずしも儀式などを必要としないケースもある。憑依される人の日常的な人格とは異なる、別の意識もしくは人格が現れて、あたかも別人であるかのように振舞うため、シャーマニズムの世界では、何か霊的なものに肉体を支配されていると解釈されるされることが多い。
面白いことに近代以外の時代ではこうした憑依といった現象は社会の中に存在していた。奇妙な言説・行動をとっていても「~に憑りつかれていた」とか「狐憑きにあった」とレッテルを貼ればその人が普通の状態に戻ったときに村人たちが再び受け入れてこれた。また部族の統治などでも卑弥呼が登場する邪馬台国が典型例で、巫女が憑依によって神のことばを受けてそれを弟が人々に伝えるといった政治が行われてきた。
憑依している状態というのは「変性意識状態」でしょう。俗にトランス状態・覚醒状態とも言います。宇宙との一体感、全知全能感、強い至福感などを伴い、この体験は時に人の世界観を一変させるほどの強烈なもので、電気を頭に流す・薬物を使う・ヨガを行うことで意識的に引き起こすことが出来る。それ以外でも強い思い込みを長く続けると引き起こすことも出来る。ただ、この状態が過ぎるとそれまでの行動の記憶がほとんど無いため、本人も他人も霊魂や狐に憑依されていたと思わせる。というか、変性意識状態での行動や最中の記憶の有無を見る限り何かに憑依されていたと解釈しないといけなかったと考えられる。
現在ではオカルトや怖い話が好きな人以外ではこの現象を知るものはいないかもしれない。個人的に「狐憑き」を知っていれば、鳥居みゆきがその状態を演出していると分かると思う。一部では本当の「狂人」何じゃないか?という指摘もあるが、そうは思わない。舞台に立ってやっていることは「ネタ」であり、「演出」でそうなっている。他のコントを見てもちゃんと言葉の意味を知っていてあえて使っている場面が幾つか出てくる。ネタの構成や動き、衣装(サマナ服)も意図的でしょう。自己紹介の場面で「戸塚ヨットスクールの生き残りで~す」とアドリブで言えないでしょう(笑)鳥居みゆき本人が「狐憑き」を模しているのかはわかりません。しかし、面白いことにこうした芸を見ても笑えるという感覚になるのは昔から憑依した人間を社会から遠ざけず、逆に社会の中に取り込んできた歴史やそうした感覚があるからだと推測するんです。
そして、サンシンがこの人に注目してるには訳がある。。。
鳥居みゆきは高校時代の国語教師に似てるんですよ。ものすごく。結婚はしていましたが、20代後半の長身の先生だった。寮生活だったので、授業以外でも色々と話す機会があったんですが、その先生のエピソードが鳥居みゆきを髣髴させるんです。その女性教師が大学時代、松本の大学で過ごしていたらしい。入りたての頃、先輩たちに連れられて飲みに行ったが、ベロンベロンに酔っ払った。店を出た後、酔いを醒ましに先輩たちと松本城へ行った。そして酔っ払った勢いで城のお堀にみんなで入って泳ぎだしたそうだ(笑)シンクロのポーズをしながらみんなで爆笑(笑)見るからにそんなことをしそうな先生ではなかったんですが、高校の山登りの行事のときに松本城に行ったときにはもう笑いが止まらなかった。そんな先生によく似た人がテレビで「狂人的な」パフォーマンスを見ると二度笑えてしまう。。。
そんな感じです。
たぶん、テレビにはあんまりでないだろうなー。。。
ネタが危なすぎる。。。
それでは、また。
サンシン
鳥居みゆきは高校時代の国語教師に似てるんですよ。ものすごく。結婚はしていましたが、20代後半の長身の先生だった。寮生活だったので、授業以外でも色々と話す機会があったんですが、その先生のエピソードが鳥居みゆきを髣髴させるんです。その女性教師が大学時代、松本の大学で過ごしていたらしい。入りたての頃、先輩たちに連れられて飲みに行ったが、ベロンベロンに酔っ払った。店を出た後、酔いを醒ましに先輩たちと松本城へ行った。そして酔っ払った勢いで城のお堀にみんなで入って泳ぎだしたそうだ(笑)シンクロのポーズをしながらみんなで爆笑(笑)見るからにそんなことをしそうな先生ではなかったんですが、高校の山登りの行事のときに松本城に行ったときにはもう笑いが止まらなかった。そんな先生によく似た人がテレビで「狂人的な」パフォーマンスを見ると二度笑えてしまう。。。
そんな感じです。
たぶん、テレビにはあんまりでないだろうなー。。。
ネタが危なすぎる。。。
それでは、また。
サンシン
2007/12/31のBlog
[ 08:27 ]
[ イギリス生活 ]
