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2005/10/26のBlog
[ 16:21 ]
人のブログにアクセスしても、自分では久し振りにブログする。
さて何を…と思っても、色々と思い浮かんで定まらない。
この年になっても、まだ決断力不足のようだ。
やはり、久し振りなのだから、楽しかった話題にするか。
以前「若者の挨拶は、捨てたものではない」とブログしたが、先日は若者の心遣いに接して、心温まる思いをした。
バススセンターの売店で買ったジュースだから、普通なら噴出す事はないのに、それが噴出してしまった。
通りがかりの青年が、先ず「大丈夫ですか」と声を掛けてくれた。
青年の後ろから来ていた若い女性が、自分も大きな荷物を持っているのに「拭く物はありますか」と言いながら、ティッシュを取り出そうとしてくれた。
本当に、優しい心遣いに、その後の高速バスの2時間余りが、心地よい旅(実は、仕事の帰りだったけど)を続ける事が出来た。
30分待てば次の電車に座れたけど、早くホテルで疲れを癒したくて、40分の行程の特急に飛び乗った。
通路に立っていると、ほぼ半分の行程のとき、中年の夫人が席を譲ってくれようとしたが「元々、立ち通しになるのは覚悟で乗りましたからお気遣いなく」と言って辞退した。
下車するとき「お心遣い有難うございました」と挨拶したら「却って、嫌な思いをさせたかもしれませんね」と言って下さった。
年配者だからと、初めて席を譲られた時、「そんな年になったのか」というショックは、今も記憶しているが、それから十数年もたてば、今は、そのショックもなくなった。
その反対に、心遣いに感謝しながらも「あなたも折角座っていらっしゃるのに」との思いから、辞退するときの辞退の仕方の難しさを感じる。
さて何を…と思っても、色々と思い浮かんで定まらない。
この年になっても、まだ決断力不足のようだ。
やはり、久し振りなのだから、楽しかった話題にするか。
以前「若者の挨拶は、捨てたものではない」とブログしたが、先日は若者の心遣いに接して、心温まる思いをした。
バススセンターの売店で買ったジュースだから、普通なら噴出す事はないのに、それが噴出してしまった。
通りがかりの青年が、先ず「大丈夫ですか」と声を掛けてくれた。
青年の後ろから来ていた若い女性が、自分も大きな荷物を持っているのに「拭く物はありますか」と言いながら、ティッシュを取り出そうとしてくれた。
本当に、優しい心遣いに、その後の高速バスの2時間余りが、心地よい旅(実は、仕事の帰りだったけど)を続ける事が出来た。
30分待てば次の電車に座れたけど、早くホテルで疲れを癒したくて、40分の行程の特急に飛び乗った。
通路に立っていると、ほぼ半分の行程のとき、中年の夫人が席を譲ってくれようとしたが「元々、立ち通しになるのは覚悟で乗りましたからお気遣いなく」と言って辞退した。
下車するとき「お心遣い有難うございました」と挨拶したら「却って、嫌な思いをさせたかもしれませんね」と言って下さった。
年配者だからと、初めて席を譲られた時、「そんな年になったのか」というショックは、今も記憶しているが、それから十数年もたてば、今は、そのショックもなくなった。
その反対に、心遣いに感謝しながらも「あなたも折角座っていらっしゃるのに」との思いから、辞退するときの辞退の仕方の難しさを感じる。
2005/08/02のBlog
[ 10:43 ]
最近の若い者は・・・なんて言えない
・・・あいさつ・・・
高校野球予選会場の駐車場整理をしている球児の挨拶に感心したブログを見ました。この私も、そんな場面には、何度か出会っている。
「若者の挨拶」と言えば、直ぐに、年寄りの若者批判の代名詞とも言えるご時世、この爺々は、半月足らずの間に、4回も、若者の挨拶の素晴らしさに出会った。
佐賀市郊外の赤字路線バス停留所で、車椅子の若者が、運転手に低床バスのスロープから降ろして貰った。
幾分動く片手に握り締めた運賃を、若者から受け取った運転手は、後も振り返ることなく乗車してしまったが、若者は運転手の後姿に頭を下げ、バスが発車してしまうまで見送って暫くしてから車椅子を動かしていた。
北九州郊外で、バスの時間が20分あって、炎天下だったが、健康目的を理由に歩き始めた。
近隣案内地図の近道が途中で不安になったとき、作業ズボンに金髪の4人組の若者が向こうから来ていた。
不安を感じながら、「これを真っ直ぐ行くと、モノレールの下道に出ますかね」と声を掛けながら近づくと、「行く。行く」と元気の良い言葉の後、「気をつけてな」と添えられた。
元気が出るだけでなく、何かしら、清々しい思いだった。
大分駅前バス停のベンチで時間待ちしていたら、女子高生が自転車を引き出せなくて苦労していたので、その横の自転車を幾分外側に引いてあげた。
無事自分の自転車を引き出せた女子高生が、すでに横を向いていた爺々に「ありがとうございました」と言った。聞こえなかったと思ったのか彼女は、もう一度大きな声で礼を言ったので、言葉の代わりに、右手を軽く上げて会釈すると、安心したように走り去った。
驟雨に街路樹の枯葉と日頃の泥の目詰まりで、路上にプールが出来そうなので、自宅周辺の路側排水溝口の目詰まりした泥を取っていた。
傘もささずに、横を通り過ぎようとした若者4人の一番後ろの人が、「ご苦労様です」と声を掛けてくれた。
このような若者は、一握りではなく、「挨拶もろくに出来なくて」と言われる若者の方が一握りではないのだろうか、と思えてならなかった。
・・・あいさつ・・・
高校野球予選会場の駐車場整理をしている球児の挨拶に感心したブログを見ました。この私も、そんな場面には、何度か出会っている。
「若者の挨拶」と言えば、直ぐに、年寄りの若者批判の代名詞とも言えるご時世、この爺々は、半月足らずの間に、4回も、若者の挨拶の素晴らしさに出会った。
佐賀市郊外の赤字路線バス停留所で、車椅子の若者が、運転手に低床バスのスロープから降ろして貰った。
幾分動く片手に握り締めた運賃を、若者から受け取った運転手は、後も振り返ることなく乗車してしまったが、若者は運転手の後姿に頭を下げ、バスが発車してしまうまで見送って暫くしてから車椅子を動かしていた。
北九州郊外で、バスの時間が20分あって、炎天下だったが、健康目的を理由に歩き始めた。
近隣案内地図の近道が途中で不安になったとき、作業ズボンに金髪の4人組の若者が向こうから来ていた。
不安を感じながら、「これを真っ直ぐ行くと、モノレールの下道に出ますかね」と声を掛けながら近づくと、「行く。行く」と元気の良い言葉の後、「気をつけてな」と添えられた。
元気が出るだけでなく、何かしら、清々しい思いだった。
大分駅前バス停のベンチで時間待ちしていたら、女子高生が自転車を引き出せなくて苦労していたので、その横の自転車を幾分外側に引いてあげた。
無事自分の自転車を引き出せた女子高生が、すでに横を向いていた爺々に「ありがとうございました」と言った。聞こえなかったと思ったのか彼女は、もう一度大きな声で礼を言ったので、言葉の代わりに、右手を軽く上げて会釈すると、安心したように走り去った。
驟雨に街路樹の枯葉と日頃の泥の目詰まりで、路上にプールが出来そうなので、自宅周辺の路側排水溝口の目詰まりした泥を取っていた。
傘もささずに、横を通り過ぎようとした若者4人の一番後ろの人が、「ご苦労様です」と声を掛けてくれた。
このような若者は、一握りではなく、「挨拶もろくに出来なくて」と言われる若者の方が一握りではないのだろうか、と思えてならなかった。
2005/07/27のBlog
[ 15:43 ]
甲子園への予選大会の駐車場整理を、選手としては出場できなかったであろう高校生がしていて、通りかかりの人にも元気よく挨拶する姿を見て、次回其処を通るときには、高校生に声を掛けようかな・・・
というブログに最近接した。
私も、若者の挨拶に感動した事が数回続いて、ブログにしてみようかな、と思っていた矢先だったのに、半世紀前に始まった筆者爺々の甲子園の思い出とが重なってしまった。
春夏ともに優勝経験があり、在学中には5回も甲子園出場をした学校だったので、生徒の応援意欲は、並大抵のものではなった。
吹奏楽団やボンボンも人文字もない、学生服に白鉢巻と白手袋をして、大声を張り上げて指揮をとる応援団。正に、思い出のモノクロテレビの世界そのままであり、大太鼓が特徴のわが母校応援団は、当時でさえ前近代的集団でもあった。
甲子園では、当時、アルプス席に生徒の応戦席があったが、試合が終わり、次の試合の学校の応援団に場所を譲るとき、生徒の応援席だけでなく、自校の応援をしてくださった人達の席まで、掃除をするのが慣例だった。そのとき叩き込まれた修正は、後片付けをせずには辞去出来ない性分として生き続けているようだ。
3年生になる春の大会で、敗戦後掃除をしているとき、上の方で生徒が掃いたごみの中にあった割れたガラス瓶の破片が、俯いていた私の額に当たって怪我をしたことがあった。
その数年後から、ガラス瓶の持ち込みも売店などでの販売にも姿が消えた。
ほろ苦いけれど、今でも、甲子園を思い、記憶する思い出の一つであることに間違いない。
でも、「カチワリ」の味は忘れられないな。
関西在住時、目的学校はなかったけれど、子供を連れて行ったとき、カチワリの味は変わっていなかった。
若者の挨拶に感激したことも、近々ブログします。
ではまた、 ムツゴロウ爺々より
というブログに最近接した。
私も、若者の挨拶に感動した事が数回続いて、ブログにしてみようかな、と思っていた矢先だったのに、半世紀前に始まった筆者爺々の甲子園の思い出とが重なってしまった。
春夏ともに優勝経験があり、在学中には5回も甲子園出場をした学校だったので、生徒の応援意欲は、並大抵のものではなった。
吹奏楽団やボンボンも人文字もない、学生服に白鉢巻と白手袋をして、大声を張り上げて指揮をとる応援団。正に、思い出のモノクロテレビの世界そのままであり、大太鼓が特徴のわが母校応援団は、当時でさえ前近代的集団でもあった。
甲子園では、当時、アルプス席に生徒の応戦席があったが、試合が終わり、次の試合の学校の応援団に場所を譲るとき、生徒の応援席だけでなく、自校の応援をしてくださった人達の席まで、掃除をするのが慣例だった。そのとき叩き込まれた修正は、後片付けをせずには辞去出来ない性分として生き続けているようだ。
3年生になる春の大会で、敗戦後掃除をしているとき、上の方で生徒が掃いたごみの中にあった割れたガラス瓶の破片が、俯いていた私の額に当たって怪我をしたことがあった。
その数年後から、ガラス瓶の持ち込みも売店などでの販売にも姿が消えた。
ほろ苦いけれど、今でも、甲子園を思い、記憶する思い出の一つであることに間違いない。
でも、「カチワリ」の味は忘れられないな。
関西在住時、目的学校はなかったけれど、子供を連れて行ったとき、カチワリの味は変わっていなかった。
若者の挨拶に感激したことも、近々ブログします。
ではまた、 ムツゴロウ爺々より
2005/07/21のBlog
[ 11:57 ]
前回のブログで「これから、協同について書いてみたい」と言いながら何日になるのだ、と叱られそうですね。
「お前の小理屈など聞きたくない」と言われるかも・・・
実は、私の周辺で実践されている「協同」とは何かが分からなくなってしまい、筆が進まなくなっていました(古い表現かな)。
その一方、今年も、何件かの「協同支援事業」の昨年度報告会、新事業説明会、に出席し、コンペに参加してプレゼンにも接しました。
その中で、一番ショックだったのは、コンペ応募説明会の席上での(公務員)職員さんの次の言葉でした。それに類する内容発言者は、一人や二人ではありませんでした。
こちら(官庁)が企画している事業に、皆さんが、どのように参画出 来て、私ども(官庁)に、どのような成果をもたらす事が出来るかを アピールした計画書を作成して提出してください。
これって、「支援事業者である官庁が事業計画したものに、手助けできるNPOや任意団体を探すのが、協働支援事業のコンペだ」ということなのでしょうか。
ある支援事業の説明会兼聴聞会のような席上で「コンペの審査員も公募制にしろ」と発言した人があったけど、一面納得ですね。官庁が企画する事業に選択を絞っているのなら、その事業の知識を持つ審査員を選任すれば良い訳だし、最近の新しい動静を研究している審査員は不要な訳ですよね。
高齢者人口統計対象者の爺々が言う言葉じゃないのかもしれな いね。若い者には負けないぞとか、対等にとは思わないけれど、 少なくとも、話の輪に入れるようには努力している積りなんだけど な???
でも、官庁も、コンペ応募団体も、お互いに事業計画を提案しあって、新事業を立ち上げる世界があっても良いのじゃないのかな!
元々、協働って、官庁の手が届かない痒いところを癒し、官庁では踏み込めなかった先取りの世界を切り開く、というのが大きな意義の一つだと思うのだけどな!
勿論、官民協働で、既存事業を盛り立てることに、大いなる賛同をしてはいますけど・・・・その後は、また、いつか
3歳児と目的をもって対話する。
認識症の人とも直接語り合う。
世の中で「先生」と言われる方々と駆け引きのある聞き取りをする
プロミュージシャンと寛ぐひと時を共にする。 などなど。
得体の知れない爺々ですが、これからは、路傍の一輪の華麗さや悲惨さをメモする方が、性に合っているのかも知れません。でも、時々は、今日のブログのような硬さも保ちたいとも思います。
ではまた近々 ムツゴロウ爺
「お前の小理屈など聞きたくない」と言われるかも・・・
実は、私の周辺で実践されている「協同」とは何かが分からなくなってしまい、筆が進まなくなっていました(古い表現かな)。
その一方、今年も、何件かの「協同支援事業」の昨年度報告会、新事業説明会、に出席し、コンペに参加してプレゼンにも接しました。
その中で、一番ショックだったのは、コンペ応募説明会の席上での(公務員)職員さんの次の言葉でした。それに類する内容発言者は、一人や二人ではありませんでした。
こちら(官庁)が企画している事業に、皆さんが、どのように参画出 来て、私ども(官庁)に、どのような成果をもたらす事が出来るかを アピールした計画書を作成して提出してください。
これって、「支援事業者である官庁が事業計画したものに、手助けできるNPOや任意団体を探すのが、協働支援事業のコンペだ」ということなのでしょうか。
ある支援事業の説明会兼聴聞会のような席上で「コンペの審査員も公募制にしろ」と発言した人があったけど、一面納得ですね。官庁が企画する事業に選択を絞っているのなら、その事業の知識を持つ審査員を選任すれば良い訳だし、最近の新しい動静を研究している審査員は不要な訳ですよね。
高齢者人口統計対象者の爺々が言う言葉じゃないのかもしれな いね。若い者には負けないぞとか、対等にとは思わないけれど、 少なくとも、話の輪に入れるようには努力している積りなんだけど な???
でも、官庁も、コンペ応募団体も、お互いに事業計画を提案しあって、新事業を立ち上げる世界があっても良いのじゃないのかな!
元々、協働って、官庁の手が届かない痒いところを癒し、官庁では踏み込めなかった先取りの世界を切り開く、というのが大きな意義の一つだと思うのだけどな!
勿論、官民協働で、既存事業を盛り立てることに、大いなる賛同をしてはいますけど・・・・その後は、また、いつか
3歳児と目的をもって対話する。
認識症の人とも直接語り合う。
世の中で「先生」と言われる方々と駆け引きのある聞き取りをする
プロミュージシャンと寛ぐひと時を共にする。 などなど。
得体の知れない爺々ですが、これからは、路傍の一輪の華麗さや悲惨さをメモする方が、性に合っているのかも知れません。でも、時々は、今日のブログのような硬さも保ちたいとも思います。
ではまた近々 ムツゴロウ爺
2005/06/10のBlog
[ 09:45 ]
今回のレポートは、良く纏めてくれているな!! と感心させられた
参加者のブログ をご覧いただき、
ここでは、長年、ムツゴロウ爺ちゃん と仇名されている者のつぶやきをご覧ください。
筆者の子供の頃…半世紀も昔のことですが…小学校唱歌や童謡に、数多くの"自然"を教えられたような気がするし、未だに、口ずさむことだってある。
その一つに、「茶摘みの歌」から、八十八夜の頃に茶摘みをすることを覚えたように思う。
「八十八」と言えば、「お米が出来るまで、お百姓さんは、八十八回もの手数を掛けているから「オコメ(お米)という字は、八十八と書くのだよ」と教えられたのを、今でも思い出す。
小学校時代の大半を農村で暮らした筆者は、田植えや稲刈りの数日間は学校が休みで、水張りした稲田では、子供なりの役目を貰っていた光景が、走馬灯として走った。
(「百姓」が禁句だとすれば、半世紀前のご報告と、ご容赦ください)
今回の農業体験学習で、久保田さんから、数多くの知識を得たし、その教え方は実に見事で、
感謝の気持ちが自然に湧いて来た。その一方で、老齢者人口急騰の一員でもある者が、この知識を、いつまで記憶し、今後どのように役立てることが出来るのだろうかと振返ると、心の中に寒々とした実感が湧いてくるのをとめることが出来なかった。
今日、当NPOのコンペプレゼンに同行したが、その折、他のNPOさんの言葉に「小学生にアンケートしたら、川で遊んだことのある子供が3%しかいなかったのにびっくりした。
ところが、学校は、川で遊ぶのを禁止しているのに、3%もの児童が違反していたと嘆いたので、さらにびっくりした」というのがあった。
この言葉を聞いたとき、自然そのものが生活の土俵であり基盤だった世界は、古の事と忘れ去られたのだろうか、という寂しさがこみ上げてきた。土のいらない農業工場が都心に進出している昨今では、自然との接点や農業知識は、体で経験取得するものではなく、本やパソコンなどでのデータ取得の対象になってしまったのだろうか。
だったら、茶摘みは、八十八夜頃ではなくとも年中出来るし、お米も、八十八回もの手数を掛ける必要がない、ということになるのだろうか。
参加者のブログ をご覧いただき、
ここでは、長年、ムツゴロウ爺ちゃん と仇名されている者のつぶやきをご覧ください。
筆者の子供の頃…半世紀も昔のことですが…小学校唱歌や童謡に、数多くの"自然"を教えられたような気がするし、未だに、口ずさむことだってある。
その一つに、「茶摘みの歌」から、八十八夜の頃に茶摘みをすることを覚えたように思う。
「八十八」と言えば、「お米が出来るまで、お百姓さんは、八十八回もの手数を掛けているから「オコメ(お米)という字は、八十八と書くのだよ」と教えられたのを、今でも思い出す。
小学校時代の大半を農村で暮らした筆者は、田植えや稲刈りの数日間は学校が休みで、水張りした稲田では、子供なりの役目を貰っていた光景が、走馬灯として走った。
(「百姓」が禁句だとすれば、半世紀前のご報告と、ご容赦ください)
今回の農業体験学習で、久保田さんから、数多くの知識を得たし、その教え方は実に見事で、
感謝の気持ちが自然に湧いて来た。その一方で、老齢者人口急騰の一員でもある者が、この知識を、いつまで記憶し、今後どのように役立てることが出来るのだろうかと振返ると、心の中に寒々とした実感が湧いてくるのをとめることが出来なかった。
今日、当NPOのコンペプレゼンに同行したが、その折、他のNPOさんの言葉に「小学生にアンケートしたら、川で遊んだことのある子供が3%しかいなかったのにびっくりした。
ところが、学校は、川で遊ぶのを禁止しているのに、3%もの児童が違反していたと嘆いたので、さらにびっくりした」というのがあった。
この言葉を聞いたとき、自然そのものが生活の土俵であり基盤だった世界は、古の事と忘れ去られたのだろうか、という寂しさがこみ上げてきた。土のいらない農業工場が都心に進出している昨今では、自然との接点や農業知識は、体で経験取得するものではなく、本やパソコンなどでのデータ取得の対象になってしまったのだろうか。
だったら、茶摘みは、八十八夜頃ではなくとも年中出来るし、お米も、八十八回もの手数を掛ける必要がない、ということになるのだろうか。
2005/05/28のBlog
[ 15:58 ]
<うれしかった!!>
昨年3月、NPO法人設立登記の事務手伝いから関わらせて頂き始めて、早や1年余が経ってしまいました。
株式会社や有限会社のような商業法人の登記手続きとは結構違いがあって、大分法務局には何度か足を運び、申請受付窓口や相談コーナーの皆さんには、本当にお世話になりました。
相談員の中には、「私は、NPOの設立登記申請の相談受けは初めてなので…」と、数少ない経験者に確認して下さったり、手引書で調べて下さったりした事もあり、本当に、頭の下がる思いでした。
利用者として、十数年前までの法務局の窓口処理方を知る者にしては、隔世の感を思わせる利用者にとって良い方向への変貌振りを、改めて実感した言葉であって、何も、世辞を言っている訳でもありません。
最近の官庁の窓口対応が急激に改善されているのを感じますが、私は、法務局がその先鞭と手本を示したと思っております。法務局の「人権擁護」だけに限らない「利用者擁護」の先達としての役目を、今後とも継続されんことを願いたいものです。
(お断りしておきますが、私は、法務局関係出身者ではありません)
<いや~だった!!>
当NPOは、営利活動をしておらず、H17.4.25が締め切りになっている、法人県市民税免税申請書を、各々の窓口で、提出書類が完備していることを確認してもらってH17.4.14に提出して受理されておりました。
ところが、H17.5.25「申告書が未提出なので至急提出を」という督促の葉書を受け取りました。
即日県に電話しましたら、「免税申請書を提出して貰った後、審査があるのですが、その審査結果が届いていなかったから、文書を送付したのだと思います。その葉書は、破り捨てておいて下さい」という返事が返ってきました。
締め切り10日以上も前に受理した書類の結果が、1ヶ月以上経っても回って来ていなかったから、というのが、言い訳の理由になるものなのでしょうか。葉書の文末には「…行き違いの場合は…云々」の文言は確かに入っておりますが、それで、ミスが許されるのであれば、役所って本当に天国ですね。葉書代も、タダじゃないでしょうに。
<「協働」て?>
県や市の開催する、NPOや市民団体を対象とした「推進事業」や「協働事業」の報告会や公募説明会の幾つかに出席しました。
でも、汎用辞書にな載っていない「協働」が、官庁と団体の立場の違いで、現実、どのように理解され、運用されているのか、理解し難い事が数多くありました。
そこで、私の感じた「協働」についての「周辺事情」「とまどい」「疑問」「所感」を、折に触れて、このblogにメモしていきたいと思っています。
私が掲載する前にでも、皆さんのご意見をお寄せいただけると、うれしいです。
筆者:こうくわの
昨年3月、NPO法人設立登記の事務手伝いから関わらせて頂き始めて、早や1年余が経ってしまいました。
株式会社や有限会社のような商業法人の登記手続きとは結構違いがあって、大分法務局には何度か足を運び、申請受付窓口や相談コーナーの皆さんには、本当にお世話になりました。
相談員の中には、「私は、NPOの設立登記申請の相談受けは初めてなので…」と、数少ない経験者に確認して下さったり、手引書で調べて下さったりした事もあり、本当に、頭の下がる思いでした。
利用者として、十数年前までの法務局の窓口処理方を知る者にしては、隔世の感を思わせる利用者にとって良い方向への変貌振りを、改めて実感した言葉であって、何も、世辞を言っている訳でもありません。
最近の官庁の窓口対応が急激に改善されているのを感じますが、私は、法務局がその先鞭と手本を示したと思っております。法務局の「人権擁護」だけに限らない「利用者擁護」の先達としての役目を、今後とも継続されんことを願いたいものです。
(お断りしておきますが、私は、法務局関係出身者ではありません)
<いや~だった!!>
当NPOは、営利活動をしておらず、H17.4.25が締め切りになっている、法人県市民税免税申請書を、各々の窓口で、提出書類が完備していることを確認してもらってH17.4.14に提出して受理されておりました。
ところが、H17.5.25「申告書が未提出なので至急提出を」という督促の葉書を受け取りました。
即日県に電話しましたら、「免税申請書を提出して貰った後、審査があるのですが、その審査結果が届いていなかったから、文書を送付したのだと思います。その葉書は、破り捨てておいて下さい」という返事が返ってきました。
締め切り10日以上も前に受理した書類の結果が、1ヶ月以上経っても回って来ていなかったから、というのが、言い訳の理由になるものなのでしょうか。葉書の文末には「…行き違いの場合は…云々」の文言は確かに入っておりますが、それで、ミスが許されるのであれば、役所って本当に天国ですね。葉書代も、タダじゃないでしょうに。
<「協働」て?>
県や市の開催する、NPOや市民団体を対象とした「推進事業」や「協働事業」の報告会や公募説明会の幾つかに出席しました。
でも、汎用辞書にな載っていない「協働」が、官庁と団体の立場の違いで、現実、どのように理解され、運用されているのか、理解し難い事が数多くありました。
そこで、私の感じた「協働」についての「周辺事情」「とまどい」「疑問」「所感」を、折に触れて、このblogにメモしていきたいと思っています。
私が掲載する前にでも、皆さんのご意見をお寄せいただけると、うれしいです。
筆者:こうくわの
2005/05/27のBlog
[ 15:17 ]
現在、次の学習を企画して、皆さんの参加を募っております。
学習項目 日時 場所
農業体験学習(第1回)6月 4日(土) 会員久保田五十蔵さんの農場
建築構法学習(第2回)6月11日(土) 会員佐藤武彦さんの建築業作業場
詳細は、当NPOのホームページをアクセスして下さい.
学習項目 日時 場所
農業体験学習(第1回)6月 4日(土) 会員久保田五十蔵さんの農場
建築構法学習(第2回)6月11日(土) 会員佐藤武彦さんの建築業作業場
詳細は、当NPOのホームページをアクセスして下さい.
2005/05/26のBlog
[ 17:53 ]
[ お知らせ ]
2005/03/02のBlog
[ 10:34 ]
[ イベント ]
タイトル:建築構法を学ぶ(仕口・継手編)~第1回~
日 時:平成17年3月12日(土) 9:30~
場 所:佐藤建設・作業場(大分県山香町)
集合場所:速見インター入口に9:00
※佐藤建設さんの場所がわかりにくいので
一度みなさんと集合してから移動します。
申込方法:3月11日(金)までに、下記連絡先にTELまたは
FAX、メールをお送りください。
その際、参加人数をお伝えください。
参加費 :2000円/人(教材・昼食(焼肉を予定)込み)、
12歳以下は無料
工具は、こちらで用意しております。
内 容:仕口・継手(しぐち・つぎて)とは、
「部材と部材をつなぐ方法」のことです。
木造建築には、木と木をつなぐ独特の手法が
昔より受け継がれてきました。
今回は、大分県内外で主に寺社仏閣を手掛けていらっしゃる
佐藤棟梁を先生にみなさんにも実際に工具を持っていただきながら、
仕口・継手についてお勉強したいと思います。
お子様の参加も大歓迎!ご家族で、ご参加ください!
なお、画像情報については下記をご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/mkp/info.htm
主 催:環境活動グループ「プラス・エコ」、NPO法人「地域環境ネットワーク」
連絡先 :プラス・エコ 担当:三浦
TEL・FAX:097-504-3088、mail:rxa04312@nifty.com
日 時:平成17年3月12日(土) 9:30~
場 所:佐藤建設・作業場(大分県山香町)
集合場所:速見インター入口に9:00
※佐藤建設さんの場所がわかりにくいので
一度みなさんと集合してから移動します。
申込方法:3月11日(金)までに、下記連絡先にTELまたは
FAX、メールをお送りください。
その際、参加人数をお伝えください。
参加費 :2000円/人(教材・昼食(焼肉を予定)込み)、
12歳以下は無料
工具は、こちらで用意しております。
内 容:仕口・継手(しぐち・つぎて)とは、
「部材と部材をつなぐ方法」のことです。
木造建築には、木と木をつなぐ独特の手法が
昔より受け継がれてきました。
今回は、大分県内外で主に寺社仏閣を手掛けていらっしゃる
佐藤棟梁を先生にみなさんにも実際に工具を持っていただきながら、
仕口・継手についてお勉強したいと思います。
お子様の参加も大歓迎!ご家族で、ご参加ください!
なお、画像情報については下記をご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/mkp/info.htm
主 催:環境活動グループ「プラス・エコ」、NPO法人「地域環境ネットワーク」
連絡先 :プラス・エコ 担当:三浦
TEL・FAX:097-504-3088、mail:rxa04312@nifty.com
2005/03/01のBlog
[ 10:29 ]
[ お知らせ ]
