ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
暇に任せて
Blog
[ 総Blog数:1386件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
前のページ   |   次のページ
2008/12/05のBlog
[ 10:24 ] [ 喰う ]


昼食を摂ったのが遅かったので買い物に入ったスーパーでは何を夕食にするか全く食指が動かなかった。 それであちこちを見て歩き結局、何も考えずに出てくるような典型的な献立にしたのがこれだ。

Blind Vink
茹でた豆(グリーンピー)
マッシュポテト
西洋梨の煮物の付け合せ

グリーンサラダ

デザートは蜜柑一個

Blind Vinkというのはミンチを子牛肉の薄切りで包んだものでそれをバターでこんがりと焼いてからクリームシェリーを加え20分ほど煮込みそれに塩、胡椒、トマトペースト少々に醤油を加えグレービーにして肉とマッシュポテトにかける。

Blind Vinkという言葉の意味はBlind(盲目の) Vink(英語でFinch、和名はズアオトリ)であって昔、小説を読んでいてFinchはヒワかそんな名前に訳されていたようなのだが何れにせよ美声で鳴く小鳥のようだ。 オランダの南部やベルギーなどで、日本で鶯のなき比べをさせるように、この鳥で鳴き比べをさせる習慣があり、よく鳴かせるためにこの小鳥を布切れで包んで鳴かせたというようなことがあったらしく、子牛肉の薄切りで包まれたその大きさや形が包まれて目隠しされた(Blind)鳥(Vink)のように見えるからこの名前がついたといわれている。

家に戻りテキパキとやっつけ仕事で仕上げ食卓に臨めば極普通の食い物が出来た。 冬の寒い夜だがこの料理はどの季節にも供されるものなのだがこの日の添え物の西洋梨をシナモンの入った甘いシロップで煮たものが秋から後の季節感を添えた、ということになるのだろうか。


オランダ版ウィキぺディア; Vink の項
http://nl.wikipedia.org/wiki/Vink_(vogel)
同じく日本版; Vink=ズアオトリ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BA%E3%82%A2%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%AA
2008/12/03のBlog

昼過ぎ町に出るのに自転車を裏の物置から出していると急に降ってきた。 冬の典型的な天気だ。 青空の欠片が灰色の雲の間にあって外は冷たいけれど湿気のすくない寒空だ。 ポンチョを上から羽織ってそのまま5分ほど走っていると小止みになってポツポツという音も聞こえなくなりそのうちまた少し明るくなった。 けれど、センサーが付いた、暗くなれば自動的に明かりがつく自転車のライトは点いたままだ。

人間の目というものは便利に出来ていて暗くなれば眸を広げてその分だけ光をとりいれ、ある程度見えるようにしているのだろう。 もちろん猫や夜行性の動物のようではないからそれほどでもないけれど自転車のセンサーが暗いといってランプをつけているのに暗いと感じないのだから目のメカニズムが働いているのだろう。 もっとも、空も灰色と薄い青も見え、充分明かりがあるのだから夜や夕方の暗さではないのだけれど冬の外は太陽の光が少なく、夏や、とりわけ秋との光の差が圧倒的に大きいのだろう。 この時間に普通自転車の明かりが点くわけはないのだから計器が「暗い」と言っているわけだ。

することをして家に戻るときには角の電光掲示板には4時12分、5℃と出ていた。 2日ほど前ほど冷たくなかったからその差がたった2℃でしかなかったのかと意外に思ったもののその体感の違いは湿度の差も影響していたのではないかとも思った。
2008/12/02のBlog


Michiel Borstlap / Ernest Glerum / Han Bebink

Wed. 12 Nov. 2008 at BIMHUIS in Amsterdam

Michiel Borstlap (p)
Ernst Glerum (b)
Han Benink (ds)

1St Set
1) Four in One
2) Round Midnight
3) Epistrophy
4) Mysterioso
5)

1nd Set
6)
7)
8)
9)
10) Mysterioso
11)
12)
13) Well you need't

このコンサートに出かける一週間ほど前にこの会場で買った Borstlap の新譜、 Monk / Beninnk,Gleeum、Borstlap GPM Recorded April 08 を聴いていた。 なるほど全曲モンクのものでよくスウィングする。 

Borstlap はオランダのピアノ弾きの中で貴公子というふうに扱われている。 才能豊かなピアノで何でも弾きこなし、中には彼は自分の才能を持て余しているのではないかという者もいるほどだ。 曰く、親が作曲家で自身も作曲をして何年か前にはアラブの王様のために組曲をつくりそれで濡れ手に粟だ、とやっかむ者もいるとも聞く。 嘗てのポップの実力のある歌手と組んで世界ツアーをやるというのでその旗揚げをかねてテレビに登場したのも見て、おもちゃのようなシンセサイザーを上手に扱ってヒップな音を出していたのは2年ほど前だったのではないか。

彼がモンクを演奏して出来が悪いわけはない。 また、皆、モンクが好きだし、演奏する者はそれぞれのモンクをもっているのだからその解釈に興味が行くのは当然のことだ。 

このアルバムを聴いて才能あるピアニストがモンクを演っている、と感じた。 それぞれのタイミングもとぼけた味のあるモンクもそこにありその後 Borstlap のピアノが続く。 どの曲もしっかりしたモンクのコンセプトで進みとそのあと彼の様々な解釈で綴られそれは徐々に自己のものに変成していく。 そのうち Borstlap がそれに替わって演奏している。 華やかで丹精で響きが素晴らしい。

舞台にはスタンウェーピアノ と コントラバスより小さくてチェロより大きなバス、それにポツリとスネアドラムが一つ置かれていて、それはCDのセッティングと同じなのだけれど響きがかなり違う。 CDではピアノとバスの響きが対応してそれに呼応する形でスイングするスネアドラムがからんでいるのだけれどライブではスネアドラム、すなわちドラムスの巧者、ベニンクが丹精に弾いてボルストラップを鼓舞し、ピアノをどんどんモンクからその彼方へ追いやる先導者を務めているようにも聴こえた。 とりわけピアノを主役にするような此の夜の構成ではスネアに加えて持ち前の、周りを全てリズムを叩き出すための楽器にする仕掛けが成功している。 自分の体、 口腔、 脛、 舞台のフロア、 フロアから控え室に降りる階段の鉄柵、スティックやブラシは言うに及ばず指、肘、頭、踵と肉体と環境の接触がリズムを刻みだすのだ。 興が乗れば寝転び両手両脚でリズムを鈍重に刻むこともある。

ライブのセッションの楽しみはそのダイナミズムだ。 各自ソロ部分を充分取って徐々に高みに乗せ上げては和やかなユニゾンへ、また各自平行して全力疾走へと変化するなどそれはCDと比べると熱量の差は明らかだろう。 特に第二セット以降の白熱する各自楽器の対話では息をもつかせぬ緊張感を漲らせる場面が多く 13)になだれ込む大団円には聴衆は充分このトリオを堪能した気配が窺えた。

コンサートが終わり夜汽車で30分ほど自分の町まで帰るのにビールでも飲みながら、と座った席でプルトップを引いた時私の前に一人の20代中ごろの女性が座り、見ると手に上記CDを持っていたので話し始めるとさっきのコンサートにいたのだという。 そして、コンセルバトワールでクラシックピアノを修めた彼女は今夜のボルストラップは今まで聴いたのとは違うと言う。 あの人らしからぬ、というようなことを言った。 確かに今夜は自分を切羽詰め、自分をどこかに追い込むような事をしていたのではないか、それはトリオのあとの二人の領分、フリー、インプロヴィゼーションの様子が彼のメリハリの利いた第一級のピアノをそこからどこかへずらせるようなことをやっていたのでは、、、というようなことを言った。 二人ともこのトリオでのベニンクの影響がそこに大きくあることには異存はなかった。
2008/12/01のBlog


スーパーに行くと昔の風呂屋の下駄箱かと思うような家の形をした箱が並んでいて子供達がそこに自分の片方の靴を入れていた。

12月の5日の夜に白馬に乗った白髪の枢機卿のような赤いマントに大きな錫杖を携えたシンタクラースが従者の黒人ピートを何人も従えて子供達がいる家の屋根を巡り煙突からプレゼントを入れて廻るのだ。 子供達は物心ついたときからそれを聞かされその親たちがした通り2週間ほど前から寝る前に自分の靴の片方を居間の一角に持ってきてその中に「霜降り」と名づけられたシンタクラースの馬のために人参と飼葉の藁を少々、それに大事なのは自分が欲しいプレゼントのリストを入れておくことで、その後いろいろあるシンタクラースの唄を歌ってから寝床にいくと翌朝には人参も藁も消えて飴やビスケット、それに小さな蜜柑がその小さな靴の中にはいっている、ということになる。

大抵、子供達は6か7つぐらいまでそれを信じているのだがそれから後は歳を充分とってたとえシンタクラースに近いほどになっても皆で信じていることを演じるのだ。 それが文化というものだろう。 うちも15年ほど前までそれをやったし、その後ずっと行って今後もそれをするだろう。 今年もだ。 自炊をし始めた子供達に安価ではあるけれどこれ一本で何でも調理できるというゾーリンゲンの鋼のするどい小さな包丁をそれぞれシンタクラースから贈って貰うことにしてある。

家族4人がそれぞれ欲しいもののリストを作りそれが籤となって各自をれを曳き、自分が担当のシンタクラースとなる。 今年は私は娘のリストを引き当ててそのうち幾つかを買うこととなっている。 ブランドのオーデコロン、名前もしらないグループのCDにT-シャツ、小さめの中華鍋などがリストに書かれていて昨日込み合う化粧品店でとりあえずオーデコロンを買った。 サプライズとして自分で考えたプレゼントも一つか二つ買わねばならぬけれど何がいいのかわからず、このシンタクラースは苦労する。 シンタクラースは現金は贈らず、口座に振り込むなどというような無粋なことはやらないから面倒だ。

うちは義弟の家族と一緒に今度の日曜日に15人ほどでパーティーをして午後から夜にかけて遊ぶ。 その中で無邪気な夢を見るのは2人だけだけれど皆、真面目にシンタクラースを信じて誰か分からぬシンタクラースに礼をいいながらプレゼントの包み紙をあけることとなる。

世間ではアメリカ流のサンタクロースがクリスマスの頃にあちこちで見られるものの世間はこのサンタクロースに冷たいものだ。 サンタはシンタクラースの贋物とみられている節があるし実際、新大陸にここから移民した人々が作り上げたものと見なしているようでもある。 だから別段、サンタはこの国には用はないのだろう。 クリスマスはどちらかというと日本の正月のようなものかもしれない。 家族が集まって食事をし2日間はゆっくりと過ごす、ということだし教会にもいくかも知れずそこには大晦日の雰囲気もなくはない。 

スーパーでは子供のために靴箱を用意してそこにシンタクラースへのメッセージを書いて入れれば何がしかのお菓子や小さなプレゼントがもらえる、メッセージがウイットのとんだものであれば後ほどまた何がしかの賞がでる、というキャンペーンなのだ。 箱の中には片一方だけの靴が沢山並んでいるし、とっくにシンタクラースの何であるかを心得た子供がほとんどであるようで、肌の色、言葉から両親はシンタクラースには何の縁もなく育った家庭の子供達が殆どのようだ。 これも政府が頭を悩ます外国人の同化政策の一環として機能しているのかどうかは疑わしいものの、いずれにせよ子供達に何がしかのプレゼントが行くことには異存はない。 そして、このプレゼントはスーパーからではなく我々がスーパーに払った金額の中から出ていることは確かであるのだから私の何分の一かは透明なシンタクラースでもある。

シンタクラースは私のプレゼントを選ぶのが難しそうで浴場の棚には使いもしないアフターシェーブがいくつも並んでいる。 結局それもそのうち息子の方に廻るのだがシンタクラースにはジャズの素養がないので困る。

やさしい嘘(2003)

DEPUIS QU'OTAR EST PARTI...
SINCE OTAR LEFT
102分
製作国 フランス/ベルギー

監督: ジュリー・ベルトゥチェリ
脚本: ジュリー・ベルトゥチェリ
ベルナール・レヌッチ

出演: エステル・ゴランタン エカおばあちゃん
ニノ・ホマスリゼ 母マリーナ
ディナーラ・ドルカーロワ 孫娘アダ
テムール・カランダーゼ テンギズ
ルスダン・ボルクヴァーゼ ルシコ
サシャ・サリシュヴィリ アレクシ
ドゥタ・スヒルトラーゼ ニコ
アブダラ・ムンディ ベルベル人

 ソ連邦の崩壊によって経済的な困窮から脱せずにいる小国グルジアを舞台に、愛する家族のためについた一つの嘘をめぐり、母娘三代それぞれが抱える葛藤と心の絆を優しく描いた感動ドラマ。主演は85歳で映画デビューを果たし90歳目前に出演した本作でも高い評価を受けた「めざめ」のエステル・ゴランタン。監督はこれが長編デビューのジュリー・ベルトゥチェリ。
 グルジアの首都トビリシに暮らすエカおばあちゃんと母マリーナ、そして孫娘のアダ。生活は貧しく、女ばかりの家でささいな衝突も絶えない。それでもそれなりに3人仲良く幸せな毎日を送っている。エカおばあちゃんの何よりの楽しみは、パリで働く一人息子オタールからの手紙。フランス語の得意なアダが、いつもその手紙をエカに読んであげていた。しかしある日、オタールが事故死したとの悲しい知らせが届く。マリーナとアダはエカおばあちゃんを悲しませないため、オタールのふりをして手紙を書き続けることにする。しかし、次第に様子がおかしいと心配になり始めたエカおばあちゃんは、オタールに会うためパリ行きを決意するのだった…。 このように映画データベースに出ていた。

これに倍してこの映画の2004年までの情報は下記のサイトに詳しい

http://www.sakawa-lawoffice.gr.jp/sub5-2-b-04-24yasasiiuso.html

この舞台になるグルジアはこの3ヶ月ほど世界の政治の舞台で話題を呼んだ。 それまで国境あたりで小競り合いがありロシア語を話しロシアのパスポートを持ち親ロシアでもある北部の地区にロシアが自国民救助という名目でグルジアに攻め込んだ。 とグルジア政府がいい、その模様が連日ニュースに現れたのを覚えているし首都の広場で取材中のオランダでは少しは顔を知られたレポーターがロシアの砲弾で死亡した事もニュースだったしグルジアの大統領自身がライブで BBCニュースに現れ、何がそこから数十キロのところで起こっているかを示していたのもついこのあいだの夏だ。 ロシアはその部分、グルジアの西の港湾部とロシア系住民が住む北部の地区を占領した。 西欧各国はそれを認めず即刻撤退を求めたものの双方の合意に至るプロセス、アメリカ、ロシアの相互の思惑と次第に冷え込む東西関係にバルカンの二の舞かという観測があったがその後ロシアは西欧諸国の監視の下、引き上げているとのことだ。 この国にとって最悪の事態になるという時期にグルジア大統領が夏の首都の国会前か大きな広場に記者団を集めて悲痛なまでに援助を願っていたをCNNでライブで見たのもその頃で、数日間は事あるごとにテレビの前に立って眺めたことを覚えている。だが、最近、報道ではこれがグルジア大統領のシナリオで西欧諸国の力を利用してロシアし誘導したとえ自国の民を犠牲にしてまでロシアを叩き、それまで混ざり合って協調して住んでいた民族のその地区からロシアの影響を排除するための芝居をうって失敗した、というニュースまでありグルジアの国民はこの大統領に不信を抱いている、ということもささやかれる現在の2008年だ。

ゴルバチョフが西欧に迎え入れられたときに外務大臣として活躍したエドゥアルド・シュワルナゼが世界政治の舞台から退き、故郷にもどり小国の大統領になった、と聞いた時にはモスクワの政治から引退して長閑な自国の大統領に収まったのかと無知で浅はかな感想を持ったのだがシュワルゼナゼの降板でそれが楽でないことが実感された。 疲弊したロシアの周辺国がそのあおりを受けていないわけはないのだし自立して立て直すためには自分の身を切り売りしなければ生き延びられないのだ。 それが政治、経済的には世界のエネルギーを保障するパイプラインだといわれている。 それはロシアもヨーロッパも勿論当該国グルジアも承知の上のこと、だからグルジアの大統領はそのエネルギーの供給ラインを握っているから世界の目をひきつけロシアを追い出すために西欧に擦り寄るための暴挙なのだというものもいる。

こんな政治の生臭いことを思ったのはこの映画に出てくる首都の景色を見てそのアパート群の疲弊の様子がこの国のまだ続く困難を思わせたからなのだろう。 しかし、物語は暖かくしたたかにユーモアを含んだもので話の展開上、主人公の老婦の賢さからハッピーエンドに向かうだろうという確信はあったし、その結末に十分納得もいき、希望的には話の展開上、少し前からは筋書きの予測もできる様でもあったのだがそれがこの映画の強さでもあるのだろう。

おなじく監督が女性で老人が主役の、パタゴニアを舞台にした映画、Historias Minimas でも十分に老いて枯れた老人が最後にザラリとわれわれの顔をぬれ雑巾でなでて通り過ぎるような按配にしているものの老いのしたたかさが現れていてなまなか若いものの老人に対する目を開かせるようなうれしい作業を行っている。 この二つの映画では男性と女性の老人が対照されていて興味深い。

この映画の中では時は2002年である。 首都の町並みはサラエボにも重なり紛争地域特有の景色が示されるのだがけれどそれでもしっかりとそこに生活する様が示され、紛争の跡に生きる女系家族の様子が主人公とその娘達、孫娘によって再生の兆しが感じられ最後に孫娘の旅たちで完成する。

ここでは女が主役で男たちは優しかったり腰抜けであったり女にとっては脇役なのだがこういう風に不安定な世界の構図が示され、その澱んで不安定な世界では女が経済の主役になれずとも、家庭や男女関係のミクロコスモスではどこでも言わずもがな、老婆たちはしたたかであるのだがそれはあくまで優しく全てを御見通しのジェスチャーなのだ。 この主人公を演じる婦人は90歳に近いと聞く。 なんともはやよくやるものだ、男ではこうもいかないのではないかと感嘆してやはり女のしたたかさなのだと納得する。
前のページ   |   次のページ