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2007/06/19のBlog



何か身の回りの廻り具合がおかしい時もあるものだなあ。

その壱

どら息子が高校卒業試験、それは即ち希望大学入学試験でもあるのだが、それも済んで結果が未だでないものの通ったとしての前祝、クレタ島でのバカンスを終えて戻り、そのガラクタのつまった旅行ケースも整理が付かないまま放置されている中で合格通知が届き、即、浮かれた息子が友人たちと遊びまわった後、先週金曜日に突然左足のくるぶしの痛みと脚に見られぬ斑紋、それに胃腸に痛みが走り、おかしいとうったえたので翌朝車に乗せて家庭医の元に走ればその医者も病気で閉院しており、代理のインターンまがいの若い医者がそこから遠くないところの医院にいると張り紙で知らされそこに連れて行けばその若いのが症状を聴いてなにか煮え切らない、訴える胃腸の痛みにも対処できない見立てでとりあえず月曜日まで様子を見ることにしてうちに戻った。

クレタ島での様子、食事に生活状況を聞いてギリシャ的風土と中欧の違いもあり何かバクテリアかヴィールスで炎症が消化器官に起こっていることは違いないとみていたら痛む息子の加え家人もまた胃腸の様子がおかしいと日曜の午後にこれも近くの総合病院の準救急部に二人を車に積んで出かけ、とりあえずまともな医者の見立てで薬の処方をもらい家の前を通り越して町の反対側にある夜間休日薬局に医者の言う処方どおりのものをもらいに行きそれを二人は飲み下し、家人の方は事なきを得た。

しかし息子の方は月曜日、町の血液センターで検査用の採血をして戻れば痛みは和らぐどころか一層つのり処方の痛み止めも利かないので結局今度は夜の11時に大学病院の救急セクションに連れて行き夜中の3時まで3人ほどの医者が入れ替わり立ち代り血液検査、触診、問診、エコーのスキャニングと検査するものの、結果は盲腸炎ではない、胃の粘膜の炎症ではないと消去法で問題の所在を判定しようとするのだが妊婦が腹の中の子供を見るときに使うエコースキャナーで探って脾臓、肝臓、腎臓、盲腸と若い女医の言うままに見ていると何れも異常がなく本人が訴える部位は大腸でその部分には少々の炎症があるのだけれど特定できないとのこと、血液検査でも白血球の数が増えているけれど結局は今のところ胃でも盲腸でもない、ということだけで私が通風の緊急時に使った鎮痛剤の座薬を尻に詰めて夜中に戻ってきた。

それでは初めの見立ての紫斑病,アレルギー性紫斑病(Henoch Schonlein)、血管炎(Vasculitis)はどこへいったというのだろうか。 何れにせよ再度火曜の午前に大学病院に戻って再度検査ということになるのだが、医者たちの方も今のところとりあえず胃腸の緊急手術の要なしとして皆ぞろぞろと詰め所にもどったようだ。

ま、その中でも本人は痛みに苦しんでいるものの、付き添いの我々夫婦は致し方なく検査室で待つ時間の間、その前に最初の女医に見せた息子の吐瀉物の中から家からすわ胃壁の剥離物だと言って持ってきたのがそうではない果物のかけらではと冷たく女医に言われ、そこで家内がキッチンの流しに引っかかっていた苺のカケラなのではと言い一件落着になったのだが私はその余りのばかばかしさに呆れて声も出なかったことを思い出してここで笑ったのだった。 しかし、その水の中に漂うべらべらのカケラは茶色の一部分があるものの殆どが半透明の白で苺の赤ではなかったのだが、、、、。

その弐

月曜の昼食後、80を前にした義母から電話があり早朝に棚の上の何かをとろうと椅子の上に上がったらバランスを崩して床に落ち腰を痛打して動きがとれず医者を呼び少しは嘔吐して腰痛止めの注射をうけ2,3日は養生すること、それでも痛みが取れない場合は検査というような知らせを受けた。 それで2週間ほどあとに楽しみにしている老夫婦のバカンスを気にしているものだからその娘である家内にそれでは車椅子でも担架ででも行けばいいではないかと冷やかされていた


その参

そしてその義母の口からシシリアに住むイタリア人の甥が昨日電設工事の現場で電気ショックを受け病院に担ぎ込まれたということも聴かされたのだった。 その甥夫婦は先月子供たちを連れてオランダに来、2週間ほどの休暇滞在中に会ったばかりだと言うに。


このように身内で同時に4人も医者にかかることになるなんてカジノのスロットマシンで三つも四つも同じものが並んで大金をは当てたようなものではないだろうか。 ちんジャラジャラは出ず疲れだけが出る。
2007/06/17のBlog
[ 15:26 ] [ 聴く ]


バミ スープ

喰う / 2007年06月17日 15時10分31秒

おとといだったか仕事に出かける前に何か腹ごしらえをしようと自転車をこぎながらあれこれと思案していたのだがどうも思いつかず一年に何回か来る、古くて小さな昼食時には殆ど流行っていない中華料理店に入った。 そこから50mも離れていないところにはこの町で一番の中華料理屋があり、そこでは怪しい日本料理もあるものの中華料理は人に勧められる具合でもありその店ではもう先年なくなったベアトリクス女王の父君も来店したという写真も飾ってあるくらいであるのだが、そこは同伴があれば入ろうかと思うところだけれど気軽に新聞を読みながら一人で食事するには気が引けるからここに来るのだろうと思う。

それで入るなり新聞を広げてもう老年に入ろうかという、オランダで30年ぐらい前に私も若いときに聴いた「悲しき雨音」だったかアメリカの流行歌のオランダ版で人気があった男性歌手のゴシップ記事に斜めに目を通しながら「バミ スープ」を注文した。

この日の一週間ほど前にも何年か会わなかった日本から用事と仕事の二股で来ていた知り合いに街角でたまたま出会ったのでここに入り同じく「バミ スープ」を注文したのだった。 上で同伴が居れば町一番の中華料理屋に行くと書いたのだけれどそれはここでは気の置けない知り合いだったからでもあり味はそこそこだけれど、そこそこだから空いていると言えるのだろうけれど、その空いているというところで選ぶのかもしれない。

この店は寂れた雰囲気をもっているのにどういうわけかなくならない。 オーナーは代わっているのだろうが中国人のネットワークというものを承知していないのでどんなものか分からなく店員が来るたびに代わっていることが目に付く。 接客女性はオランダ語が何とかできるというのが殆どで時々外国人が入ってきて英語で注文しようとするのだけれど出来ないものまでがいてそれを見かねて助けたこともあったぐらいだから行くたびに、今度はどんな女性が店員なのか興味のあることろでもある。

店員が変わるのだから価格は何年かに一度は変わるものの名前は変わらないメニューで内容が変わるのは当然かもしれないが一週間ほど前とこの日の違いに驚いて日記にするつもりになったのだ。

目の前に出されたものを見て先ず、なんか見た目が違うと気づいた。 この前はひやむぎのようなうどんに近いようなつるつる麺がこの日はインスタントラーメンの乾麺を戻したしわしわ麺になっている。それに何か具が増えているような気がする。 とうもろこしの若芽、メンマ、野菜を油でいためてからとろみをつけたもの、などだ。

それに肉が増えているようにも感じた。 鶏肉に豚肉のローストなのだが量が増えたのはどうしたことか。 味に関しては昼食にするにはいいのだろうがこれを特別というのには異論がある。

「バミ スープ」というのはバミ(麺類}の入ったスープのことである。 ビール一杯とこれに10.5ユーロほどを払ったのだが、今1ユーロが145円ほどとすればずいぶん高いものになるのだがこれも円がユーロに対して弱いからで自分の生活実感からは1000円ほどではないかと想像する。



木曜日にマーケットに出かけたときに新鮮なバジリゴの鉢植えを買った。 ちょっと蒸し暑い日だったから夕食にスープとサラダで軽く仕上げるつもりでトマトスープに浮かせるバジリコの葉っぱと新しく入れた庭土にハーブを少しづつ植えていこうという意図からでもあったのだが、それはいいとして、土に穴を開け水をふりかけプラスチックのポットから取り出したバジリコを植えて廻りに水を足してこれでよし、と家に入った。

それから10分ほどして急に一天空がかき曇り大粒の雨が叩きつけるように降り始めそれが1時間ほど続き食事のときにいざスープに入れる葉を、と思っても雨脚が強すぎて外に出られなくて結局、冷凍庫にいれてあったもので間に合わせた。

この3,4日ほどこのような天気でヨーロッパ各地で局地的な一時的な豪雨が降り続き軽い災害になっているところもある。

うちでの災害は植えたばかりのバジリゴが雨に打たれて完全にぺっちゃんこになってしまったことだ。 それまではまともな格好で植わっていたものが今は見る影もなく押しつぶされている。 1週間もすればそろそろそのままの茎からまた垂直に伸びるものも出てくるのだろうが使えるようになるのにはまだ2週間ぐらいかかるかもしれない。

今日の天気も土砂降りまじりの同じような展開になり、午後から土曜のマーケットに出かけようとしたころから雷の混じる、バケツをぶちまけたような豪雨になり、とても出かける気も起こらず、結局、うちにいてありあわせのもので夕食を済ませたのだが、夕食後にはからりと晴れ上がり青空も見えたのだが入道雲が大きくなりかけているのが窓から見えた。

振ったり止んだりするのはいつものことなのだが、振るときには土砂降りになるのはたまらない。
2007/06/15のBlog


雨月(うげつ)

藤沢周 著

2002年

光文社 刊 ISBN4-334-92371-2


読了してもう何週間も経っているので細部は覚えていないから印象もぼやけたものになるのはしかたがないが、けれど、それを思い出しながら要点を記す。

二十代なかごろの青年が東京鶯谷の連れ込みホテル、曖昧宿、ラブホなどと言われるところで働いておりそこでの人間模様に奇妙な人物を投じて現代的な性の舞台と態様で読者を引っ張りながら読了後にニヤリとさせるような仕掛けである。

これで思い起こすのは一昨年だったか「新潮」に連載されていた村上春樹の「東京奇譚集 」なのだが村上の方は別段毒にもクスリにもならないものだったのだが藤沢のものは老婆と、いるかいないかわからないような痩躯の若い女性の残像が後味として残る。 

この2年ほど「文学界」だったかに単発的に掲載される藤沢のものに興味が惹かれるがこれらは藤沢の持ち味である、現代的な浪曲とでもいおうか、苦味と、精神がはじけそうな、神経がひきつりきれそうな瞬間までゆくプロセスとなりゆき任せ気味になる主人公に焦点があたっているからで、それでは本作ではどうかというと主人公にはそういう性格が与えられてはおらず、雨月物語の本歌取りなのか女にスポットがあたっているようで男はどちらかというと受身である。 現に主人公に圧力をかけるヤクザにもはっきりとした存在感がみあたらない。

文学雑誌掲載作にくらべて内面の切り込みが柔らかく感じられるのは掲載誌の読者を想定したからか、出来た作品が軽量級のものだったからからなのか判断が付きかねるがいずれにせよ文学雑誌の合評にとりあげられる(た)ものかどうか興味のあるところだ。


タチアオイ

英名; hollyhock
オランダ名; gewone stokroos
ラテン名; Althaea rosea


この何週間かバタバタとしていた庭と家周りの敷石の整理も何とか片が付き、猫の額ほどの芝生になんとか根がついて一回目の芝刈りも済み、ようやく格好だけはついたようだ。

何百キロもの砂と庭土も今はこんもりとなっているものの何ヶ月か経つと徐々に固まって目減りがするようになると言われているので今のところは少々こんもりと見えるものの2,3年のうちに10cmは下がるというのを眉唾物だと思いながらもまあそれもその筋の人間がいうのだから様子を見てみようと思う。

それで、まだ土が地のままで黒く植物も雑草さえもないところに注意していたら今まで放っておいたところに毎年見られるタチアオイが育っているのに気が付いた。 これはもう大分前に義弟のところにあったタチアオイの種をどこかに植えたらニョキニョキ育ったものなのだがこれは花が咲き種がはじけて冬になると立ち枯れして抜いてしまうのだけれど翌年もそのあたりから生えてきて花を咲かせるものだが、この何年もタチアオイは何も世話をしていなく、することといえば冬に惨めに立ち枯れになった茎を引き抜くぐらいだ。

同じところに咲くというのでもなく、また、大量に咲くというわけでなくあそこに一本、こちらに一本、というくらいで、今咲いているのはこの間取り除いた煉瓦タイルの間からひょろひょろと伸びていたものを抜かずに残しておいたものだ。 裏庭に続く入り口の古いタイルを取り除いて家の壁沿いに少しだけ土を入れたので結局、50cmほどの幅で壁際に土を残したところに伸びたことになる。 色もこれは赤いけれど今までのものには白いものもパステル調に薄く混ざったものもあったようだ。 以前には、今は今年一回目の開花がほぼ終わった前庭のバラのあいだから伸びたものがあったが今年はどういうわけかそこには何も見られない。

人間の背丈をはるかに凌いだ高さにまだいくつも芽があるのでこれから何週間か徐々に開花が上に続いていくにちがいないがこれは近年にない美しいものだ。 ハイビスカスや芙蓉の仲間だそうだがそれらの花にまつわる話は知っているもののハイビスカスも芙蓉もはっきりとはどんな花なのかは思い出せない。