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2007/10/25のBlog



21グラム

2003年

21 GRAMS

124分


監督: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ


出演: ショーン・ペン ポール
ナオミ・ワッツ クリスティーナ
ベニチオ・デル・トロ ジャック
シャルロット・ゲンズブール
メリッサ・レオ
クレア・デュヴァル
ダニー・ヒューストン
ポール・カルデロン
デニス・オヘア
エディ・マーサン
アニー・コーレイ
トム・アーウィン
キャサリン・デント
ケヴィン・H・チャップマン

 人は死んだ時、21グラムだけ軽くなるという。そんな“魂の重さ”をモチーフに、「アモーレス・ペロス」のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が、ひとつの心臓を巡って交錯する3人の男女の運命を描いた衝撃の人間ドラマ。「ミスティック・リバー」のショーン・ペン、「トラフィック」のベニチオ・デル・トロ、「マルホランド・ドライブ」のナオミ・ワッツがリアリティ溢れる迫真の演技を展開。
 余命一ヶ月と宣告され、心臓移植を待ちわびる大学教授のポール。それを知った妻は、彼が死ぬ前に子供が欲しいと申し出てくる。昔はヤクザな生活をしていた前科者のジャック。今は改心し信仰に篤く、クジで当たったトラックも神からの授かり物と信じ、貧しくも懸命に働きながら妻と2人の娘を養っている。かつてドラッグに溺れていたクリスティーナ。今ではその依存も絶ち、優しい夫と2人の娘と共に幸せに暮らしていた。そんな出会うはずのない3人の運命が、ある事故をきっかけに交わり、思いもよらぬ結末へと導かれていくのだった…。

以上が映画データーベースの記載である。

今日、ブコウスキーの伝記・ドキュメンタリー映画を見ていてその中に生前から親しくしていた人々の中に俳優、監督、マドンナの前夫、ショーン・ペンが出ており、イーストウッドの「ミスティックリバー」の好演とは角度の違った、世間の印象とは違った味のある大学教授役を本作で好演するのを再び見た。

過去のある、今は裕福な夫と子供達もある中産階級の夫人が再び違った動機、形で苦悩するところにペンの屈託と交差する話がよくできたものだし、これも過去のある荒くれ男が宗教で過去の過ちを改め地域の人にも福音を、と家族に支えられ就職機会に乏しいものの更生し、説教師、牧師の偽善に触れながらも自分の誕生日の事故である。

造りがモザイク様で前後し最後まできめ細かく観察して話が整う結構になっているのは緊張感を持続することに貢献すると供に我々を映像の世界に釘付けにして謎解きの細紐をみつけようとする知力に刺激を与え、ばらばらの三つの生を絡めて、終結させるときにはモザイクの生の意味を我々につきつけ、鑑賞後は本作を脳の一部に納め我々を日常に送り返すこととなる。 

私事、義母の心臓手術の可能性を待つものにはこの話は心臓と心に痛いものである。


ブコウスキー: オールドパンク

2002年

BUKOWSKI: BORN INTO THIS

113分

ドキュメンタリー/伝記



憎みきれない ろくでなし

監督: ジョン・ダラガン

出演: チャールズ・ブコウスキー
リンダ・リー・ブコウスキー
トム・ウェイツ
ボノ
ショーン・ペン
ハリー・ディーン・スタントン


同時代のビート作家たちとは一線を画し、数々の逸話に彩られたアメリカ文学界の異才・チャールズ・ブコウスキーの実像に迫るドキュメンタリー。94年にこの世を去ったブコウスキーの貴重なインタビュー映像に加え、ショーン・ペンやトム・ウェイツ、U2のボノなど、彼と親交を持ち、彼を愛した人々が登場、その魅力と素顔を語ってゆく。

上のように映画データーベースの解説に記されていたドキュメンタリーDVDである。 どこかでブコウスキーの作品の映画化、「Factotum」のことを遅まきながら見てアマゾンで検索して一緒に注文した。 郵便の合理化、私有化と競争原理が働いてポストが届くのが10年前に比べると格段に早くなっているのだがアメリカからDVDの小包が届くのが少々遅れてネットで注文したものに今までトラブルがなかったのに今回初めてクレームか、と思った日に同時に別々の送り主から届いたのがブコウスキーの映像だった。 

このドキュメンタリーで印象づけられたことがいくつかあるがその一つはこの作家の郵便局務めの18年間である。 50年代のはじめの2年間の重い袋を提げての配達人時代、その後、依頼退職をしてから再就職し、ブラックスパロウ出版社のオーナーから一ヶ月100ドルの給料をもらい作家に専念するまで16年間郵便物の振り分けを小棚に向かって行った時代で、世間の印象とは裏腹にこの作家の経済的基盤に対するしっかりした見方と、自身がかたるよう「政府の仕事で糞仕事だけれどちゃんと定収入があって、ある程度の福祉がうけられるからね」がそれを裏付けている。

世間の印象はブコウスキーは飲んだくれのパンクである、というのだが作品中のヘンリー・チナンスキーはそうであっても作家はそうではない。 今までに写真やCDでその人となりは承知していても映像でさまざまなインタビュワーに答えながらなじみの古いフォルクスワーゲンを運転し洗濯しにコインランドリーに運ぶあたり、どうしてこんな遠くまでわざわざくるかとの70年代白黒フィルム中での問いに、安いからと他のところには胸糞の悪くなる小市民的雰囲気があってそういうとこよりここがおちつくから、というような作家のコメントがあったりする。 言葉面だけではこの作家、特別なことではない。 かれの全作品、これが満載なのだがこのドキュメントで炙られてくるのは彼の作品の言葉が自身のことばと違和感が無く少々小声のゆったりした小声とも言うべき音量で優しく語られるところがこの映画の印象づける第二点である。

この作家のことを知ったのは文学雑誌の「新潮」で作家、作品紹介があり翻訳の短編数編を読んでのことだ。 もう20年ぐらい前だったろうか。 日本語翻訳が手に入る環境に無くペーパーバックの「Factokum」に始まって
Women
Post Office
Note Of A Dirty Old Man
The Most Beutiful Woman In Town
Tales Of Rodinary Madness

と80年代には読み進めていた。 その間に青野聡訳の「ありきたりの狂気の物語」新潮文庫フ41-2にも目を通している。 しかし、この文庫の編者の写真のチョイスが藤原新也の撮った強い目を持ったわかものがアルコールか麻薬の錯乱かはたまた若い日の悲しみを持った若い女を掻き抱くポートレートで本文の内容のハードコアからは遠く、むしろこれなら戦後セーヌ川左岸の錯乱の恋や若者の生態をドキュメントしたエド・ヴァンデル エルスケンのカテゴリーにはいるものだと承知し、そのころにはチナンスキーの世界が日本語に翻訳された二、三のものには違和感を抱くようにもなっていた。 それは翻訳者の技量というより米語で読んできたブコウスキーの住む世界と日本語世界の隔たりの個人的感慨だと粗雑に結論付ける。

その頃、読み続けていたIris Murdochのものは書店のペンギンブックス、ブコウスキーのものは雑然とした英語版ペーパーバックの棚からを手にしてベッドに寝転がり読み進め、その伴にはビールやワインを口にするのが普通になっていたし、それがこの作家の狂気を矯めることでもありその世界でもあった。 90年代には上記出版社からそろった棚から詩篇をまじえたテキスト、Run With The Huntedや自叙伝、ビルドゥングス・ロマンでもあるHam On Ryeも読むようになり、その後の作品は密度の緩いものに変わった印象をもったのだがこのドキュメントでその事情が理解できた。

私はそのころはオランダ人の友人が持つベルギーの山間部にある小さな別荘で家人、小さな子供2人とともに幾夏か2週間ほどバカンスを過ごし、熱気を避けるゆったりした怠惰な時間にジャズやクラシックの音楽、酒に太い葉巻を40分燻らすのを一区切りにしてその家のベランダで読む本にはブコウスキーのものが必ず入っていた。 このベルギーにはブコウスキーに惹かれた映画作家がオランダ語で「ありきたりの、、」と「町中で一番の美女」を折衷した映画を製作していたし、「ありきたりの、、、」をフランス語で撮った作家もいた。

作品の中にはいつも安ワインとブラームスが漂っていたのだが何故ブラームスなのかがこのドキュメンタリーを見てもわからない。 古いワーゲンの窓ガラスが石つぶてか小口径の銃弾のあとにようにひび割れたフロントガラスをガールフレンドのハイヒールのかかとで割られたものだとコインランドリーに向かいながら若いガールフレンドに入揚げて町をぐるぐる廻っていたと説明するカーラジオから流れてくるものはブラームスではなかった。

実際にドキュメントで示される作家の女性たちとのやりとり、遍歴とそれが投影された作品群の女性から80年代初め頃、私が住んでいた街の市立図書館がこの作家の作品の貸し出しを凍結しそれはこの作家の女性観にたいする女性グループからの抗議の結果だったのだが、それも状況の違いを理解しない過保護で育った当時30代のオランダ女性群のヒステリーとも言われたものの、時代と場所が変わればヨーロッパで女性が政治に大きく進出しつつある時代の現象だったのだろう。 その糾弾は作家自身にも作家をめぐる女性たちには少しも届かないし、歯牙にもかけられないものであるのは、このドキュメントの中でオランダ人女性がファンレターをよこしてぜひともブコウスキーと寝たい、と迫ったというような当時のエピソードが語られていたことでも分かるということだ。 フェルディナンド・セリーヌに向かった半可通の刃の勢いが飲んだくれ親父に向かったということか。

へミングウエーからケロワック、ギンズバーグのロスト・ジェネレーションが過ぎ、遅れてラースト・ジェネレーションとこの作家にレッテルが貼られたことがあった。 けれど、明らかにロスト・ジェネレーションの作家とは一線を画しておりそれはインテリ作家たちを尻目に自分の孤独と怒りをタイプライターに向かい一週間に一度は父親のベルトの鞭を背中に浴びそれを黙認しながら介抱する母親に体現された戦前の社会から自分の居場所をタイプのキーボードを通して探し続けた作家の生き様だったのだ。 

偶然にも8月の終わりに出かけたオランダ北部の街でのジャズ・フェスティバルのおり、公園で野外芸術展が開かれており20代後半の若者達がブコウスキーの部屋、と題するインスとレーションを長方形の大型コンテナーの中に仕上げていた。 金を払ってワイヤレスヘッドフォーンを受け取ればブコウスキーの自作の詩の朗読、インタビューに答える声がながれ、そのごみごみした部屋に入り、安楽イスにすわると古いラジオからクラシックが、古い読書灯の小テーブルには脇にはマッチ、灰皿に盛り上がった吸殻、汚れたウイスキーグラスがころがり頭の上の書架にはペンギンブックスクラシックやDHローレンスにロストジェネレーションの作家のものがいくつか並んでいた。 部屋には紐が交差していて古いガラスが入ったドアを覆うようにいくつもの少々黄ばんだ下着が吊るされていて苦笑した。 

私の部屋の様でもあるがこれは作家の部屋ではない。 かといって作品中の部屋なのだろうか。 作品中のチナンスキーは本を読まなかったのではないか、書を捨てて町に出よ、といわれたことがあるのだがそれはインテリがプロパガンダとしていった事で、これが言われる前に作品の男には捨てる書など初めから持たなかったのだし関心も無い。 ただ、作家の講演や詩篇のなかにさまざまに登場する人格、ことばの礫にはそれが充分ありえたろうが当人が幼少のころからフィクションを紡ぎたいと望んでいた男のもとめた人格かどうかは私には疑問である。
[ 06:14 ] [ 日常 ]


一日に幾つか事が重なって日頃の流れと変わることがある。 

定年の予行演習をしている身となって幾分か柔軟に使える自分の時間を、好き勝手にする少々の罪悪感とほっとぬるま湯にそろそろと浸かる心地の養生ができる嬉しさに日々をまかせるのだが、それでもこれまでの習慣から手帳にはそのつど予定を書き入れ、今までの秩序を保ちつつ軟着陸の日々を過ごしている。

けれど隙間の多い手帳にも時には幾つかの予定が重なって気ぜわしい日もある。 予定していたジャズのコンサートが違った町で一日に昼と夜の二つあり、嬉しい忙しさだったのだが家族のシガラミで行けなくなる。 道楽は道楽としてまだ生活の中心にはなっていない。 一人はギターの名手で老後どのように自分の音楽を深めていくのかに興味があるアメリカ人、もう一つはオランダ中堅テナーマン3人が兄弟のサポートを含めて私が日頃買い物の途中に体と胃の養生をするカフェでバリバリとテナー合戦をくりひろげることになっていたののだがそれらに行けなくなった。

このところコンサートに通う数が少なくなっているように感じるのは目ぼしいものの数がまばらということだけではない。 身内の慶事凶事が続くことにも拠る。 

何れにせよ日々の流れは時には淀み、時には急展開することもある。 漱石の『智に働けば角が立つ。 情に掉させば流される。 意地を通せば窮屈だ。 とかくに人の世は住みにくい』 が語る世界に戻される今日だった。

先日撮った、今頃は老ギタリストがそこで奏でているだろうアムステルダムのホールの写真を眺めて一日を一杯のジンで終えた。
2007/10/24のBlog



スキポール空港に向かう車の中で気分をゆったりしようと落語のCDをカーステレオに入れて聴いた。

NHKCD てんこもり! 六代目笑福亭松鶴全集
第八巻 饅頭怖い(1968年 28分)
 吉野狐(1973年 32分) ACOC 7008

饅頭怖いは小さいときからラジオ、テレビで親しんできた題で久しぶりだったから松鶴の饅頭は今まで聴いたことがあるのかどうかもう何十年も前の記憶をたどりながら前後の車に注意しながら聴いていた。

ここでの驚きは今まで28分もあるこの「饅頭」は聴いていなかっただろうから、大抵15分かせいぜい20分までの話では今回はじめて聴いた印象深い怖い話は含まれていなかったのだろう。 暇を持て余した長屋の連中に遊びがてらにつぎつぎと何が怖いのかというようなことを能天気に聞いていき、途中に、昔はこわもてだった近所の「大将」か「おやっさん」の怖い話が挟まるのに感心した。 この怖さなら聴いていたら忘れずに覚えているはずなのだが記憶に無い。 これは夏の落語としてもいいかもしれないほど、そこではこわもてで人間の暗部を垣間見、ひとわたりのおどろおどろしい挿話のあとで落語の常態との落差に笑う、といった結構になるのだが、その話芸に感心した後の、徐々に落ちに導くあたりで遊びの餌食になりずるがしこく逆に皆をしてやったりと喝采をうけるはずの男の存在感が少々薄いような気がしたのだが、これも「おやっさん」の話との落差が既知の落ちへと向かう幾分か弛緩した、野球の消化試合に似た状態との比較からの弛緩なのだろうと想像した。 実際、観衆の反応もそのようだったのだ。

吉野狐の冒頭でも何やら「饅頭」の「おやっさん」の挿話と近似の場面から始まり、その対比が面白いものだった。 そこで興味深く浮かび上がってくるのはこの二つの話の中で使われる人々の話し言葉にその話の要点が色濃く出ていることだ。 「まんじゅう」の「おやっさん」の骨太で厳つい語りと暇をかこって集うおとこたち、「狐」譚で老夫婦の人情話としての上方の情が美しい上方言葉となって現れ、今はほとんど聴かれないようなきめ細かく美しい浪花文化が体現されていることだ。 

上方文化というのに加えて歌舞伎や文楽、それに浪花の食文化の知識がここでは要求される。 狐には「義経千本桜」「信太の狐」などがすぐ頭に浮かぶのだがそのヴァリエーションとしての狐がここでも登場し、ほとんどこのはなしでは抱腹絶倒するような笑いが登場しないしっとりとした人情話であり、結末への伏線は中盤から後のところでさりげなく語られるのだが一度結末に向かうとこの人間と動物の情交譚は既知のものであるのだがそれまでの「くいだおれ」の大阪の匂いの中で文楽や講談、歌舞伎とは違った、まさしく上方「落語」の狐の話となっている。


町の中の木々が落葉前の盛りを競っているこの頃、天気予報が示したとおり抜けるような青空となり北極からスカンジナビアを経由して降りてくる寒気が今晩には氷点の下にまで入ってくるというのを示すように、今日など本来は日中温度が一番上がる午後、仕事場にでかける折には周りを走る自転車のハンドルに手袋がそろそろ見え出した。

夕方帰宅して庭の隅を見ると2ヶ月ほど前に家人がガーデンセンターで買ってきたほんの一握りほどの躑躅の葉株に赤や白い花が見える。 植えたときにはまあ、あと3,4年しないとまともにはならないだろうと言い合っていたのだが、オランダでも躑躅は愛される木でもあり贈答の鉢植えとして室内の植物としては今はそろそろはやらなくなったゼラニウムと並んでポピュラーなものだ。 だから小さな葉と名札だけでは普通の躑躅と見ていたのがどうやら色々な掛け合わせのようだ。 花弁の形にしても普通の躑躅とは趣が少々違い、どちらかというとカーネーションと薔薇のかけあわせのようでもありほんの一握りの株だったものから白と赤色の花が出るのにも驚いた。

それともう一つの驚きは、この寒さの中の開花である。 春に咲くものでもこの時期か真冬の小春日和に山桜が咲く、というようなことがあるように温度差とその程度、それぞれの或る温度がが開花のスイッチをいれることがあるようなのだがしかし、これには日照時間の変化のパターンは影響していないようだ。 多くは温度と日照時間の変化のパターン、つまり陽が長くなるそのパターンと或る温度が多くの場合春の開花となる、というようなことをどこかで聞いたことがあるような気がする。

兎に角、爪の付け根の辺りが角質化してひび割れはじめ、そろそろまたスカンジナビア製のハンドクリームが必要になってくる頃に突然庭に到来した紅白模様は麗かな春の青空に下で見るのとは打って変わってきりきりと寒い青空の下では又、別の目の保養だ。