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2008/08/08のBlog
[ 06:22 ]
[ 日常 ]
ヴァカンスから帰ってきて初めてスーパーに買い物に行けば世間はまだまだヴァカンスモードかスーパーの内部は閑散としていて買い物がはかどった。 いろいろな特典が加算されるプバーコードのついたラスチックの小片をヴァカンスの前にキーホールダーから外しており、それを元のように戻すのを忘れていたから、いちいちレジに並ぶこともなく小さなリーダーに連動させ自分でスーパーの中を品物のバーコードをスキャンしてカートに放り込み出口で銀行カードに連動させて支払いする今のシステムに慣れていてそのプラスチックのバーコードがないから以前のようにカートに放り込んだものを再度レジのベルトに載せたとえ一人だといえ前の人を待つのにもうんざりするような気分も久しぶりに戻り、まだヴァカンス気分が残っているのかともその小片をわすれていたことで思う。
ヴァカンスの帰路ドイツで入れたガソリンが四分の一ほどになっているので帰りにいつものガソリンスタンドに寄って満タンにして支払いしようとしたらカードを受け付けない。 私のカードが問題ではなくこのBPステーションのネットワークに何か支障があるのだという。 今日の朝から時間がかかり一人に10分ぐらいかかることもあるのだという。 いわれるままに再度、再々度カードを磁気読み取り機の隙間を滑らせても埒が明かぬ。 そんな10分もここでノロノロと待つ辛抱もないので現金でたまたま財布にもっていた「大金」60ユーロほどを払ってそこから丁度4kmの自宅まで走る間に今までの雨が一層ひどくなった。 1リットルが1ユーロ55セントだった。
どうも天気が定まらない。 暑くないので助かるのだが、例年なら殆ど毎日裏庭で夕食にするところがヴァカンスからもどって今日で6日、庭で夕食にしたのは一回だけだ。 信号で待っている間にもどんどんワイパーで掻かれた水が横にながれ窓のそとを伝う。 この分では8時のニュースの折には何処かの町で床上浸水や都市のトンネルに流れ込んで溜まる水のことが報道されるに違いない。
びしょびしょ強く降る雨の中、家に走りこんでウインドブレーカーを着て買った物を車の後ろから家の中に運び込んだ。 30kg以上あるプラスチックの折りたたみ式ボックスに入った買い物はこの2年ほどで徐々に重く感じるようになっている。 特に雨のびしょびしょ降る中でこころが急ぐときには一層それが沁みる。
息子と家人、三人で三時のお茶をしているときも窓の外を雨が降っていて、「雨が 降ります 雨が 降る、 遊びに 行きたし傘はなし、、、」という童謡を思い出したのだが傘があっても遊びに行くつもりも今夜はジャズセッションに出かける予定もないなあ、と思っていたら、息子が、「さっきあんまりジャジャ降りだったから今日は気分を変えてその中を3kmほどジョギングしてきた」と言った。
まあ、それもいいがそれはまたのいつ来るともわからない機会に譲ろうと思い屋根裏部屋に戻った。
2008/08/07のBlog
[ 09:15 ]
[ 喰う ]
2008/08/06のBlog
[ 10:17 ]
[ 見る ]
イレイザーヘッド(1976)
ERASERHEAD
90分
監督: デヴィッド・リンチ
製作: デヴィッド・リンチ
脚本: デヴィッド・リンチ
撮影: フレデリック・エルムズ
音楽: ピーター・アイヴス
出演: ジョン・ナンス
シャーロット・スチュワート
アレン・ジョセフ
ジーン・ベイツ
ローレル・ニア
ダーウィン・ジョストン
「エレファント・マン」の大ヒットによって、ようやく日本でも劇場公開されたリンチの長編デビュー作。消しゴム頭の髪型をした主人公ヘンリーは、女友達メアリー・Xから妊娠した事を告げられる。やむなく結婚を決意するヘンリーだが、生まれてきたのはヒナ鳥のような奇怪な赤ん坊だった。狭いアパートで、赤ん坊の悲鳴にもにた鳴き声が響く中、ノイローゼに耐えかねたメアリーは実家に戻り、ひとり残されたヘンリーは赤ん坊の世話をすることになる……。全編、悪夢にも似た奇妙なイメージで埋め尽くされ、白黒というよりは銀黒で作られた映像は人工的な寒々とした印象を与えている。まさに“奇形の美しさ”とでも呼ぶべき、大いなる実験作。悪夢に論理が無いように、意味を求めることの無意味さを説くイメージ・シーンの積み重ねは、初公開時よりも、同様の手段をあろうことかTVで行った「ツイン・ピークス」を観た後の方が納得しやすい。その意味でも'93年にリンチ自らサウンドトラックを再編集したドルビーステレオの「完全版」の公開こそ、本作の真の評価を問える時機であったと言えるだろう。
というのが映画データベースからの資料で、これを今回観たのはたまたまオランダ国営放送で今の夏の暇な日曜の夜3時間、勿論コマーシャルも無く名前は聞いたことはあるものの人気DJ,というより本人は他の呼び方で紹介されたいらしい Junky XL というパーフォーマのテレビ映像を巡って対談、彼の生まれて41年間に起こったことごとを自分の興味に従ってそれらの映像を一緒に見たり語る、といった番組でのお勧めの映画だったのだ。 私が今これを書いている頃にはJunky XLは東京や大阪で1万から3万人の聴衆を前にどこかのホールかスタジアムで音と映像を提供しているかもしれない。
大笑いすることも多くあるのだが悪夢に悩まされるものにはこれがまさに悪夢のイメージなのだと彼自身の経験からJunky XLが言っていたのだが悪夢といってもドタバタの馬鹿らしい夢ぐらいしかみないものには本作の中にはその重い空気の中に笑いが充満していた。 それはリンチそのものの風貌の主人公のいでたちと私が属する射撃クラブで練習の傍らクラブのバーでかいがいしくボランティアとして働く女性にその形から仕草まで相似だからでもあるのだが、スピルバーグのETやエイリアンのような赤子を見ても笑える。 この赤子がエイリアンやETより早く生まれているのだからそれぞれ有名な映画の気持ちの悪いフィギュアもこれのパクリだと言われても仕方がない。
まあこのようなイメージの積み重ねから来るものには思い当たる節もないではない。 それはリンチの個人的なもので大江の「個人的な体験」にも通じるのかもしれない。 男親になるものの恐れと逡巡、敵前逃亡への願いと相反する奇怪なものへの慈み混入肉汁が詰まった生き物が現前しているのだ。
もう20年以上前かにツインピークスをみただけで今これを見るとところどころのカットの切り方繋ぎ方にそういえばこんな具合だったなと思うし、白黒の模様がエレファントマンのようで回顧調、水平からぎこちなく動く人物達を無声映画にみるように仕上げているのも、エレファントマンという奇形の悲劇を映すというのにも通じるだろうがストーリーからしてそのシュールな低予算のイメージに大笑いするのだ。
好ましい映画で、いつだったか観たツインピークス寄りの「マルホランド・ドライブ」よりは興味深いように思った。
[ 04:51 ]
[ 読む ]
ヴァカンスから戻り早や4日、だらだらと過ごす。
ヴァカンス中は毎日夜中の2時頃に目覚め無理に又自分を寝かしつけ、やっとそれまでに浅い眠りを漂いながらも7時半になって起床し夜の10時半には日記をつける間にも居眠りをする始末、12時以降起きていた事はその2週間ほどの間はなかったように思う。
それが家にもどると一気に日常のモードに戻った。 それはそれまでのほぼ毎日15kmほどを歩き、その間にも国をオランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、フランス、スイス、オーストリア、リヒテンシュタイン、ドイツと自分の住んでいるオランダを別にして7カ国移動し、2週間の間にほぼ一年の気候、温度を経験していることにも依るし、近年経験したこともないような、野外のテントの中での寝起き、0℃から30度近くまで経験し、ホメオスタシス、恒常性を戻すスイッチに素早く切り替わっているのかもしれない。 それに、別段、起きても何もすることがない、ということもある。
実際、毎日山歩きするヴァカンスでは何冊か持って行った本も手付かずで、文庫本の糸圭秀美「1968年」ですら進んでいない。 大西巨人編「日本掌編小説秀作選(上)」を読めるようなゆったりしたこともなかったし岩波新書897梅本克己「唯物史観と現代」第二版においてはその必要性は全くなかった。
読んだものといえばテントの中で額のバンドについた小さな自転車用ライトからその日の様子と翌日のコースを辿るのに見えないものを読もうとした三万五千分とか五万分の一の地図か、いく土地の観光案内所で求めてくる案内、地元のスーパーのチラシぐらいだった。 これまでのヴァカンスなら20枚も持っていっていたCDも今は日頃ポケットに入れている i-Pod Nano に入っているのだがそれも殆ど聴かなかった。 前夜0℃のテントの中で寝て翌晩はホテルの20度で暖かい環境に体が受け付けなかったのか眠れなかった夜中にオランダピアノトリオで「詩人と物語」というのを30分ぐらい聴いて眠ったぐらいだ。
読むほうに話題を戻す。
金曜の夜に700kmかなたから一気に帰宅して翌日には日常の青空市場で買い物をして娘の希望通りハンバーグを焼き夕食後オランダのテレビで北京オリンピックにちなんだ風刺番組を1時間以上見、それまでのヴァカンス体内時計がまだ働いているのかじきに沈没しそうになり寝床にもぐりこんだ。
翌日曜日である。 世間では日曜でも私には今の時期、毎日が日曜日であるのだからダブルサイズの日曜日であり、それまでの体内時計が徐々に復活したのか7時や8時に起きるどころか夜中にフト目覚めるようなこともなくずるずる11時まで戻っていた。 いい傾向だ。
さて、ヴァカンスの間に日本から送られていた幾つかの本や雑誌の間にあった文芸春秋2008年5,6月号をだらだらと眺め始め、目次を繰ってあちらこちら、結局寝床を夕食まで離れなかった。
ときどき愛子様のオランダに住むお祖父さんを遠くからみかけることから「愛子様入学、、、、皇室秘話」を読み、これでは別段今までのものと変わりないと失望し、この何年かおもしろく読んでいる佐藤優の「インテリジェンス交渉術」では相変わらず世界の外交というものを直接経験したその記述と奇妙奇天烈な行動をとる政府高官たちのことに驚き、グラビアでは友人が陶芸家であったことから日本を離れる前雑誌「太陽」の特集で見た中里隆を30年ぶりぐらいに見、見たいと思っていた映画「靖国」について書かれた坪内祐三のその中で印象深かった日本刀を巡るその映画監督の半可通への批判が何週間か前に自分でもみたほぼ現代中国製とみても違いがないだろう17世紀の日本刀の贋物のこととも重なり興味を惹いた。
美術骨董のことでは何ヶ月か前にクリスティーのオークションで日本の国宝級の仏像がどこかに出た、ということを忘れていたのが島田裕巳「真如苑はなぜ運慶を買ったか」でその事を思い出させてくれたし、それよりも新興宗教団体とその金、動きを知る上で興味深かった。 特に金の流動を観測精度の根拠として宗教団体が磁気カードを使って、、、、という辺りが心と金、個人と団体、心と技術、抽象と具象、を考える上でまことにためになった。
大野晋、丸谷才一、井上ひさし対談の「KY」が日本語なんて、、、にも興味が行った。 日頃チャットで若い人たちと「話し合う」機会がおおい者にはそれこそ日本語プロパー、権威の三者のそれぞれのスタンスに興味が行く。 なかでも特に言葉の社会性にスタンスを置く井上の鼻息の荒さにはまだ元気だなあ、という思いを持った。
佐藤のシリーズで「リーダーの本気を見極める」では今回は私が少し知る元外交官も出ていて何年も前に聴いたことの傍証、繰り返しもでてこの連載中でそろそろ振れが出てきたのかとも思ったもののその元外交官の話し振りと人柄が思い出されてまたいつどこで会えるのかもしれないがそのときには続きを聞くのを楽しみにしよう。 外交や政治には興味があるものの物語ほうに興味のある自分にはその元外交官の夫人の話のほうがおもしろいのだが。
特集で零戦と戦艦大和のことをいろいろと書いていたのだが、これらはすべて道具でその道具をどのように操るかというのが眼目でありそれは戦争に対する総合思考であるのだが相変わらず細かな最先端技術、職人芸、もう今ではあきらかな精神論を間接的にもってくることはないもののここでの眼目はここで書かれていないこと、つまりなぜここで零戦と戦艦大和がこの雑誌にでてくるのか、ということなのだろう。
私は戦後、零戦、コルセア、ユンカース スツッカ、ムスタングにスピットファイアー、メッサーシュミットに飛燕、雷電、はたまた現代的なとおもった「震電」で育った世代だから反応する、つまり今60代前後の読者を狙った68年世代の能天気な男たち向けのカブトムシ蒐集と同じ企画なのだ。 この雑誌はそういう「保守現状維持人生ほぼ夕方兎に角そういうことオジン」向けなのだ。
それを自覚したのはたまたまこの雑誌と同じパックに入っていた、女性が書いたものの一つ、赤坂真理「モテたい理由」 男の受難・女の業、講談社新書1921 2007年を読み始めたからだ。 著者の赤坂はもう何年も前から現代の文学に貢献する女性作家の一人だとその切れる感性から、同じく切れることが面白い元読書新聞の編集もしていた藤沢周とならんで読んでいる。 現代の男と女を書く良質の作家達だ。
237ページあるうちのまだ66ページまでしか読んでいないが初めからぐいぐいひきつけられる。 それは編集者を経験してライターとなり作家となったことからも、また本人の資質からでもあるのだろうが、知的エンターテーメントとして私の長年好む、しょうじさだお的叙述で大笑いさせてくれそのあとの分析と例、その叙述文体もおもしろくこの構成、もって行き方は予想もしていなかった。 こういう本はどんどん走るるようにすすむのだがそれを抑えて少しづつ読まねば何かが滑り落ちる。
この人は、あまり意識して読んだこともないしなぜか理由はわからないのだが何か中野翠と似ているかも知れないと思ったのだが、中野が女性達に人気があるのに比べて赤坂は女性に人気があるのだろうか、どうも違うような気がする。
もう一つ女性評論家で斉藤美奈子の「妊娠小説」が入っていた。 これは文庫本でもう何年も前に読んだのだが何年も前に文学に興味がある日本人女性留学生に貸して戻って来なかった物だから、仕方なく一番安いものをもとめたら1994年の初版本があきれるほどの安値送られてきたものだ。 どちらにしても私の読みたいものはあきれるほど安いか無い、といったものでまだオークションはやらないもののアマゾンの中古で満足している。
たまたまスイスのダボスという村というか町というか無人駅のすぐ隣にあるキャンプ場でテントを張り寝泊りし真夏の夜中に0℃日中5℃の山歩きを何日かした後日そこでもらってきた町のパンフレットでトーマス・マンがそこのサナトリウムを舞台にして書いた「魔の山」の町がその町だ、というのを読んでなるほどそういえば昨年かオランダ人で看護婦をしている姪がここに家族と移りすもうかと計画していて止めたのを思い出したし、2000以上のところにあるそういう大きな建物もいくつもみて、もう大分前にスーザン・ソンタグの文で昔、カリフォルニアに住んでいたトーマス・マンの自宅を訪れてインタビューしたときの事を思い出し、トニオ・クレゲールぐらいしか読んだこともなく、「ベニスに死す」やマンの生涯を描いたドイツ映画ぐらいしか見ていないものの興味が再発して安価なアマゾンの文庫本を注文した。 それがせいぜい男性的なものでパックの中には文学雑誌に混じってまた女性作家、松浦理恵子「犬身Kensin」が入っていた。
このようにだらだら書いていたら読む時間がなくなる。 しっかり生命力を使い書いているのは女性達なのだなあとぼりぼり体のあちこちを掻きながら夕食の卓に向かった。
2008/08/04のBlog
[ 11:36 ]
[ 日常 ]
たとえ2週間程とはいえ家から離れ旅行するのは楽しくもあり、いくら楽しいときがあっても旅の終わりにはやがて家が少し恋しくなるものらしい。
まだ子供達が小さく夫婦二人でいろいろゆっくりとできるようなこともないヴァカンスはやはり忙しいもので、そういうときには子供達の面倒を見たりそれぞれのやりたいことを折衷しながら行動し、親である自分たちだけの時間も殆どなく、また、そういう中では家が恋しくなることもあまりなかったようだということを今回二人だけで巡った幾つかのキャンプ地で感じたのは、子供達と一緒にヴァカンス旅行する様々な年代の家族を見てそう思ったからだ。 まだ小さい子供達を持つまだ30代中ごろかと見える親たち、その子供達を向こうにこちらでは何もするでもなく椅子に座ってただ眺める我々には10年以上も前のそんなときをも思い出し、やれやれ、と若いからそういうことも出来たのだが今ではその大変ぶりも思い出され、今回、ほぼ20年ぶりで二人だけのヴァカンスではそういうことがあった我々の生活のパターンが大きく変わったものだと山歩きをおえて帰宅途中で2泊したドイツ、バイエルン州のロマンチック街道の北の端あたりにある普通ののんびりしたキャンプ場で実感したものだ。
初めの一週間は、初日、夜中に家を出てアントワープにブリュッセルを夜中の煩わされない高速から丘陵地の多いベルギーを抜け、途中ガソリンの安いルクセンブルグで給油しただけで700kmほどを一気に走りフランスのアルザス地方でキャンプ地を行き当たりばったりで探して3日滞在、そこで1500mほどの山で足慣らしをして、その後、そこからスイスを横断し目的地のオーストリアアルプスにある山のの裏側、スイス側の町ダボスで3日キャンプ、2000m以上の山を歩いてそれに続く一週間のオーストリアアルプスでの山歩きの準備を一応完了、車も大きな荷物も低地の駐車場に置いて大き目のデイパックのリュックを背に山小屋から山小屋を歩く旅の、その最後にはその辺りにある幾つかの氷河まで歩く、という計画だ。
幸いなことに移動日を除いてほぼ毎日10km以上、平均15kmぐらいは歩いて平地に換算すると通算ほぼ150km以上は歩いた勘定になるだろうか。 平らなオランダで我々が歩く6時間で25kmというものと様々な相をもつ2000m以上の山歩きは比較するのが難しいのだが大雑把に言ってもちゃんと歩いたのが10日だとして250kmということにはならないだろう。 山あり谷ありの2000m以上の地図上で150km歩くと平地の250kmのエネルギー消費に換算されるというのであれば理解できるのかもしれないがそれでもどうもそれと少し違うような感じもする。
旅行に伴い気候の変化が激しかったものの、概ね天気にも恵まれ満足しながら家に戻れば洗濯物の山が出来て、家人はこれがヴァカンスのあとの儀式ではあるものとウンザリしながら2日で7回洗濯機を回し家族の日常に戻る。 荷物の山と雰囲気が違うのか初めの数時間寄り付きもしない猫も2日も経てば夜中にはテレビを眺める私の膝の上で居眠りをするようにもなりそれもまたこの家の日常である。
それに雨がよく降った今年の7月のお陰か猫の額ほどの芝生や庭の草花もよく茂り、この時期の槿(むくげ)が咲いていた。
時間を見つけて08年のヴァカンス日記を日常の雑記に混ぜて徐々に綴っていこうと思う。
