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2008/08/22のBlog
[ 13:20 ]
[ 日常 ]
今日は娘と家人の自転車を4kmほど離れた自転車屋に車で持っていくのを2回、毎週のスーパーでの買い物をして動くことはは殆ど何もしなかったこと、3週間ほど前、ヴァカンスで毎日アルプスの山を15kmほど歩き、7時起床10時就寝、気温0℃から30℃という環境で2週間半ほど過ごし、自宅に戻ってからは日頃の、午後起き出しぶらぶらとそのまま夜から夜中、明け方とすごし夜が充分明けてから就寝するという生活に難なくすぐさま逆戻りし、生活時間には何も支障はないものの腹が出始め動きが鈍くなり始めたことからもう暗くなり始めた9時ごろ思い立ってジョギングをした。
アルプスを歩いていたときは昼飯は軽く、夕食はたっぷり、水分を充分補給することから一日あたり水1リットルに加えてそれぞれの地元のビールを昼500cc、夕食にも500ccを続けていて、2000m以上を登ったり降りたりする毎日であれば体内のカロリーは充分燃やせていたようでベルトの穴も2つほど戻って動きも楽になっていたのだが家に戻りバカンス時の食習慣をそのまま持ち越していると動きのないその分、カロリーが下腹のあたりに蓄積し、そのあたりから風船をふくらませるような兆候がでている。 まわりで驚くべき重量級の我々の年代のビール腹男を観察してみるとその驚くべきビール腹のベルトは深く静かにそれを覆う柔らかく広範かつ柔らかな肉の塊の裏に隠れていてベルトの穴の移動はこの柔らかい肉の発育とは関係がないようだと理解した。
そんなことから先週1.5kmほど泳いだだけで何もせず、昨日テレビでオリンピックの10km野外女子遠泳でのロシアとイギリス、日本の苗字をもつブラジル選手達、今日はその男子でオランダ人が金を取ったのを見ていて10kmを1時間50分ほどで力強く泳ぐこと、男女にタイムの差が殆どないこと、それにゴールではそれぞれ3位までがそれぞれ体半分ぐらいしか差がないことに驚いた。 私といえば500mをクロールで12分30秒ほどで、そしてすぐその後サウナで10分ほど過ごしそれを3回繰り返しシャワー、ビールとつづき、とても10kmなど連続して泳ぐことなどできないもののもし連続して泳げばと計算した机上の値は4時間9分となり金メダルとはそんなものなのだと感心し自分の記録にうんざりしたものだ。
そういうこともあり取敢えずいくらゆっくり走っても歩いたり止まったりしないことにしようとi-Podのビッグバンドジャズを耳に鳴らしながら予定もなく足の向くまま日頃自転車で走る町の中を巡ってみようとゆっくり周りを見ながら通りをいくつも抜けると各家庭のテレビで水球の選手が金を取った試合が見えるのだし老人が犬を散歩させていたりするところを抜け、もう半年以上も前、冬に立ち寄った日蘭国際結婚の先輩の家の灯が点いていたのでバカンスの留守中で防犯用にタイマーから点けたものかと思ったのだが取敢えず入り口のチャイムを鳴らしてみたら70を越したその夫婦が出てきて久しぶりに互いの近況を語り合っているうちに一時間以上邪魔したことになってしまい、また寄ることを約束して慌てて外に飛び出した。 それまで30分ほどうちから走りそこに着き居間の椅子に座ったころから汗がではじめ、1時間ほどで汗もとっくに乾き寒くはないもののゼロに戻り、また一から走り始めた。 そこからは帰路になり勝手知ったる運河沿いに廻りこみ、あまり疲れもせずまた30分ほどで自宅のシャワーになだれ込んだ。
汗が引いてから今日はどのくらいの距離を走ったのかに興味が湧き、そういえばアルプスで歩く距離を地図上でころがして測ることができる電子機器ではないから今では原始的とも言われるかもしれない計器の名前が何なのかグーグルで調べていたらそういうことをしなくてもマウスをクリックするだけで距離が測れるサイトがあると出ているので開いてみた。 グーグルマップに連動させてあるから世界中で距離が測れる便利な物だ。
「僕の歩いた跡に道ができる」という名前のサイトで、それは昔、魯迅が「道というのは人が歩いた跡にできる」といったことの視座を反対にしたような名前がついている。
http://mashup.rightclicksright.net/data/frame_109507.aspx
それで何週間か前に歩いたオーストリアアルプスの距離をこのサイトで測ってみると実際の計測器ではかったら13kmとほぼ同じになり、2040mから2700mまでの上がり下がりの往復だからあと何倍掛ければいいのか考えながらうちの近所の地図をスクロールしてさっき走った通りにクリックしながら移画面の地図を動させていけばしていくと先輩の家が2.7kmそこからうちに戻ると全部で6.4kmになっていた。 オランダのここでは高度差はほぼ0mだから回らぬ頭を無理に回すことはない。
夜中にこういうことをグダグダ書いていていると先ほど飲んだジンが聞いてきてたまらなく眠くなってきたので落ちる。 食欲は落ちないけれど、、、、、。
2008/08/21のBlog
[ 21:15 ]
[ 見る ]
コンフェッション(2002)
CONFESSIONS OF A DANGEROUS MIND
113分
監督: ジョージ・クルーニー
製作: アンドリュー・ラザー
製作総指揮: スティーヴン・ソダーバーグ
スティーヴン・エヴァンス
ジョナサン・ゴードン
ランド・ラヴィッチ
ボブ・ワインスタイン
ハーヴェイ・ワインスタイン
原作: チャック・バリス
脚本: チャーリー・カウフマン
撮影: ニュートン・トーマス・サイジェル
編集: スティーヴン・ミリオン
音楽: アレックス・ワーマン
出演: サム・ロックウェル チャック・バリス
ドリュー・バリモア ペニー・パチーノ
ジョージ・クルーニー ジム・バード
ジュリア・ロバーツ パトリシア
ルトガー・ハウアー キーラー
マギー・ギレンホール デビー
デヴィッド・ジュリアン・ハーシュ
ジェリー・ワイントローブ
フランク・フォンテイン
ブラッド・ピット
マット・デイモン
リチャード・カインド
クリステン・ウィルソン
マイケル・セラ
ジェニファー・ホール
70 年代アメリカにおいて、テレビ番組『ゴング・ショ-』などで一世を風靡し、お茶の間の人気者だった伝説のプロデューサー兼司会者のチャック・バリスが、自らCIAの秘密工作員をしていたと語った衝撃の告白本(真偽のほどは不明)を基に、俳優ジョージ・クルーニーが初監督に挑んだサスペンス・ドラマ。脚本は「マルコヴィッチの穴」のチャーリー・カウフマン。主演は「グリーンマイル」のサム・ロックウェル。
1960年代、アメリカ。いち早くテレビの可能性に着目し、そこでの成功を夢見るチャックは、色々な番組企画を発案してテレビ局に売り込んだ。しかし、いずれも採用されることはなく、やさしい恋人ペニーに慰められる日々が続く。自信満々で持ち込んだ視聴者参加型テレビショーの企画も結局は日の目を見ずに終わる。失意のあまり、バーに入り浸るチャック。ところがそんな時、彼の前に謎の男ジムが現われる。ジムはチャックに近づくと、高い報酬と引き換えにある仕事を持ちかける。それはCIA工作員となり合衆国にとって邪魔な人物を抹殺するというものだった…。
というのが映画データベースの資料で以前ちょっとだけテレビで見たのだが、今回初めて全編を通して観た。 ここではボンド・シリーズのごく初期、60年代のスパイもので地上の手仕事中心だった雰囲気が出ている。 今、リアルタイムではグルジアにロシア軍が入って首都までタンクが50kmと迫り、またエスニック・クレンジング(人種選別のための殺戮)が行われていると報道される中で観たこの映画だ。 ニCNNに流れるニュースをみながらトム・クランショー原作「パトリオット・ゲーム」の中でハリソンフォードがペンタゴンのなかからスパイ衛星を使って北アフリカで訓練するテロリストキャンプの女スパイを識別して中性化(殺戮)のサインを出すフォードを観たのは帰省のジャンボ機内で90年代の初めだった。 それも今では遠い昔のこと、今はグーグルマップで自分の車のレベルまでは見られるからグルジアの紛争地区を見ようとしたのだがさすが戦争地域、公式の地図は消されていてただ何ヶ月か何年か前の衛星写真が見えるだけだった。 ここに見られるかなりの建物や農家が破壊されそこにはないのだ。 三年ほどまえにバカンスで滞在したチェコのドイツ国境辺り、ボヘミアの森でも森も湖水も一定地区はグーグルからは消えていた。 湾岸戦争を経験してから選別され監視されながらも今はネットの中でいろいろ見られるそういう時代なのだ。
60年代アメリカから入ってくるテレビで育った年代には本作は面白い。 全体のトーンが秘密をもってかつ時代の象徴として現代までつづくサブカルチャーの先導役テレビをめぐってだからテレビの軽さと60年代以降の軽さがベースになってこの話が本当なら陰惨で重いものがこの映画の色彩も含めたトーンでアメリカのノスタルジア調マシュマロに仕上げられている。 「ある危険な思いを持つもののいろいろな告白」、という名の本作を制作するに当って監督は古来からある、お話をあったことかなかったことか知らないけれどとにかく一応あったものとして聴くべし、と始められた古老の語り部に導かれる話にしようとしているようにも思える。 だからこのトーンでうそ臭いものの華やかさの裏にあるいくばくかの「真実」を「虚」のスクリーン上に作り出そうとするのだろう。 御伽噺や作り話はそのはっきりした構造と信じられなさで「なかったかあったかわからないもの」を「あったこと」に転換させて「お話」として記憶に留めさせる力をどこかに内在させているのだ。
60年代様々なショーを白黒で見て当時はそうとは気づかったもののフォーマットは旧式のバレエティーやキャバレーのものである。 エド・サリバンショー、ペリー・コモショー、アンディー・ウイリアム・ショー、ミッチ・ミラーのミッチと歌おうSing Along, トム・ジョーンズショーなどがなつかしく思い出される。 ホストがゲストと軽いジョークのやりとりをし、舞台中央にある丸いバー・スツールに腰掛けて掛け合いの歌を歌う、というのがフォーマットとしてあった。 様々な恋の物語をいかにも小粋にあるように聴かせてきたきた、ここでの監督、俳優のクルーニーの叔母さんローズマリーも上記のショーには何回も出て「いなせな」声を聴かせていたに違いない。。
それがその当時の、小粋な、イカス、西洋物(西洋といってもアメリカだけであるのだが)の茶の間に現れるものなのだ。 その面白さ、というものを爪先立ったり先読みをしたりして取り込むものだったような気がする。 「消費する」というのは80年代まで待たなければならない。 しかし、このアメリカのテレビモードはすでに消費社会のものだ。
この時期の白眉は「ゴング・ショー」で、素人の寄席芸、素人名人会的に突拍子もない芸をもつ有象無象をテレビのこちら側で眺めるものたちは消費の最たるものだ。 また、 一度消費され捨てられたものを集めた蚤の市やガレッジセールを訪れてガラクタのなかから思わぬものを見つける喜びはこの手のショーを見る態度に近いのかもしれない。 ガラクタのなかからなにか光ったものを掘り起こすには手早く目の前を通過するものの価値を判断し選別しなければならないのであり目がそこに釘付けになるときは価値のメーターの針がプラスに触れるときで飽きた目を他に向かうように促すのがゴングなのだ。
日常生活中、あらゆる側面が絶えず見る行為の連続ではゴングは聞こえない。 それは見るに値しないものが多すぎるから我々は鳴ったゴングに反応しなくなっているのだ。
2008/08/20のBlog
[ 14:39 ]
[ 見る ]
今日観たテレビ 2008年 8月 19日
1)オランダ チャンネル 1; 8時のニュース 30分
2) 2; グルジア大統領夫人 インタビュー 10分
3)オランダ民放 rlr7局 ; アメリカコメディー、 Pushing Dasie 約1.5時間
4)オランダ 2; 2007年、 南京師範大学 学生の生活を追うドキュメント 1時間
5)イギリス BBC2 Newsnight; グルジアから中継で英国外務大臣のインタビュー 10分
6)コメディー 専門局; 90年代のアメリカ連続コメディー、Frasier 30分
イギリスでは最近の統計でイギリス人の平均テレビ視聴時間が一日 3時間半であり、インターネットと携帯等の電子機器にかかわる時間を含めると7時間以上とある通り、携帯にかかわる時間は限りなくゼロに近いもののほぼ平均に近いことを認識し、試しに今日テレビで眺めた番組を記してみた。
1) アラスカの北太平洋に長く連なった半島、列島の先にある火山の爆発による黄色い浮遊物が気流にのってこちらに飛んでくるというニュースにからんで天気予報の叔母さんにそれをキャスターが振ったらまだそれにはもう少しかかるけれど中国の黄砂ほどひどくないとあっさりニュースを無視しこの秋めいた天気も来週には通常の夏の気候に戻る模様、というのだけが記憶に残ったのともうひとつ。
北欧型福祉国、オランダにもこの10年ほどで70年代の福祉システムを無理だとし、それを無視するアメリカ型マネジメント経営が福祉のなかに根付いて特に老人医療、自宅看護、に貢献する第三セクターに巣くう経営者やその取り巻き、天下り政治家、官僚に吸い取られ彼等の年収がはるか首相のものに倍するほどとなっているとの警鐘があるものの保守党の歯切れは甚だ悪い、末端で老人福祉にかかわる看護人たちの待遇、組織に投資が全く行き届かず看護人の退職が増えているとの指摘があった。 これはこの何年かいわれている金融関係、大手企業の経営者の荒稼ぎと同等でありトップの荒稼ぎは今にはじまったことではない。 これはこの国の10年ほど前に厚生省の怠慢で看護婦が病院から多く退職したことと相似形であり看護医療の場がより監視の行き届きにくい老人医療に下っただけのことだ。 これに対応する日本の医療の劣化と医師会の独占状況からの医者の荒稼ぎに比べるとおとなしいものだという意見もあるかもしれないが子供を医者にする投資額を比べてみるとそれをどのように回収するか同じ資本主義国としても福祉の民度の低さ、日本の医療をみれば明瞭だ。
近所の子供達が医者になったりする状況をみても塾も寄付金も何もない、高くなったといっても年間20万円ほどの授業料だけのほぼ国立大学だけの国で本当に医療に従事したいと希望し、自分でも幾分かエリートの自覚をもった者たちではあろうけれど、能力のある若者だけが医者になるような国で医者になったとしてもそれが医療法人理事として長者番付けに名がでるような世界ではない。 金銭報酬には今晩マネジメントの問題として報じられたものからは程遠い。 ただ、アメリカ的整形外科医であればある程度の稼ぎはあるものの普通の医療には数えられないだろう。 私の高校の同級生が70年代なかごろに父親が経営する産院の医者になったころ、父親に買ってもらったポルシェ・カレラを馬鹿な事故で全壊させたのを聞いた友人がもったいないと言ったところ、また親父が買ってくれるから、と答えた話を近所の医者の一家のパーティーでしたところ呆れて、これはアメリカじゃないか、と言ったものだ。 日本に視察旅行に行ったこともある隣人はロッテルダムの大病院で技術部長もしていることからそのとき訪日した際に、道理でいろいろ医療機器の会社が擦り寄ってきたわけだ、とその時納得したものだ。
2) グルジア、という国の日本表記を思い出せなかったけれど、ゴルバチョフ大統領の下で前任グロムイコから引き継ぎ6年間務めたロシアの元外務大臣、エドワルド・シェワルナゼが大統領となり評判が悪く新しく大統領に選ばれた人の夫人がオランダ人だという話は何年も前に聞いていた。 グルジアはオランダ読みではヘオルヒー、英語読みではジョージアである、ジョージ・ブッシュに縁のあるジョージアでもあるのだろう。 私にはホギー・カーマイケル作でレイ・チャールズ他の歌でなじみのあるGeorgia On My Mind(我が心のジョージア)でもある。
この数日、西ヨーロッパに属してNATO加盟国であり現在のその長がオランダ元外務大臣であるところでNATOとEUが如何にロシアとの冷戦をアメリカを盟主として戦うかという水面下の動きをみせるなか、この何日かのテレビ報道が思い出される。 3日ほど前だったろうか、午後のテレビでオリンピックに退屈してCNNを見るとこの大統領が訪問したドイツ首相とメディアを前にして記者会見を開いていた。 NATOとEUのことを考慮に入れつつましく答えるドイツ首相に比べてグルジア大統領の西側のサポートを得ようとする悲壮な受け答えが目立ったし、混乱した状況下でこの発端を巡る様々な陰謀説について答弁する姿には一国の大統領には見えず侵略された国の義勇軍リーダーの雰囲気が漂っていた。 ロシアのジャーナリストの質問がプロパガンダであるとそれに対していちいち正確な情報で反論し国連の安全保障理事委員会から調査委員の招集を要請して情報開示を求めるものの、今日それはロシアの拒否権が発動されたとも報道されている。
この一連の動きを追うメディア報道は興味深い。 セルビアの元大統領ミロソビッチ博士が10年以上逃亡のあと先月捕まってうちからあまり遠くないハーグの刑務所に収監されたニュースは我々がバカンスのアルプス徒歩中、スイスのダボスで夜間0℃とは知らずにテントのキャンプ場で熱いシャワーで体を温めたあとスイスのテレビニュースと新聞で知ったことだ。 あと10年もすればロシアの将軍が収監されることはあるのだろうか。 疑いをもつ。 世界政治の舞台中で小物だけがここにいくことになるだろう。 パキスタンのムシャラフは昨日サウジアラビアに逃げたといい、今も南アフリカの北にある国の大統領、ムガベは政権を失った後、どこに逃げるのだろうか。 その頃にはスイスの口座は凍結されるのだろうがそのほかの歴代の同種の元首たちと同じようにもうすでに換金してどこかに移し埋蔵しているのかもしれない。
今回のロシアがグルジア内の独立分離派をいいことにチェチェンの独立派がそこに紛れ込み、又その地域に住むロシアのパスポートをもつ住民の保護という目的で北京オリンピックの開会式に首脳が浮かれているのを好機と素早く移動した戦略はロシアのものだという説明はどうなのだろうか。 グルジアが仕掛けたという説にはグルジア大統領が慌てて保養先から戻り閣僚を集めようとしても連絡がつきがたい状況はグルジアが仕掛けたのなら愚か者のすることであり普通ではとうてい考えられない。 裏の裏を読み、そのようにしてEUとNATOに加盟しようとする行動がロシアの逆鱗に触れたとするならそれは一定の説得力をもつものの、その代償としての今の混乱と一方的破壊はパレスチナをみても明白のとおりロシアに比べて小国のイスラエルがやっていることをみても明白だ。 ここでは歴史が語るとおり熊が蟻のもつものを取ろうとする構図は変わらず、魅入られた災難の小国大統領が悲壮な覚悟でCNNライブと通して世界に発信する姿をみたのだが、後で他のメディアのドキュメントをみればそのときそこから50kmほどのところでロシアのピース・キーピング部隊と称する将兵が村々を略奪した後、ロシア兵のクリシェとなっている通り、酔っ払った姿で検問を通過しようとしているレポーターを銃で脅していた姿がある。 戦争状況では家庭にメディアを通じてさまざまな情報がばら撒かれるのだが、こいう姿はもう20年近く前にボスニアから逃げてきてオランダに住みついた知人の経験とも重なるものだし湾岸戦争中、西側の完全に軍をとおして統制された報道とイラク側からの無報道状況に比べると行間を読むには材料の信憑性は高いだろう。
大統領夫人のインタビューに戻る。 大統領官邸でのオランダ語で質問しようとする記者に対して他国の記者たちに分るように英語でする旨指示したあと官邸や公式の場ではこのような会見は初めてであり大統領をサポートする意図の下行われたことははっきりしているものの大統領の会見ほど重みをもって受け取られないだろうことは明らかである。 その後、たまたま結婚した異国の政治家が大統領になったそのシンデレラ譚をなぞり、17歳のときに見初められたオランダ・ゼーランド州出身でその州のアクセントがまだはっきりする31歳の女性が明らかにやつれた姿でオランダの記者だけにオランダ語で会見したものが映された。 それは今朝の新聞にあった記事を説明するものでもあった。 2日ほど前にグルジアの首都で取材中のオランダ民放のカメラマンがロシア軍の砲撃だと思われるものが原因でカメラの前で死亡したことに関して大統領夫人がオランダ人でもあることからその告別式に出席したい旨を外交ルートを通じて遺族に諮問したところ政治的混乱をきぐする遺族が家族内でのことを理由に断った、というものだ。 本人の意思とは別に外交というバッファーがついていて動きのとれないことをも説明しレンズを通して遺族に悔やみの言葉を述べていた。
このよう世界政治のなかで振り回される小国の大統領夫婦の様子を見るにつけこのような機会に国とその中で舞台にあらわれる人々の姿をメディアを通して見るのは興味深い。
3) 重い話題の後、家人が見ようとチャンネルを変えて観た4回シリーズの1と2だ。 典型的なアメリカものではあるがこれを見ていて何年も前にみたフランス映画のアメリ(2001)、LE FABULEUX DESTIN D'AMELIE POULAIN、MELIE、AMELIE FROM MONTMARTREを明らかに下敷きにしていると感じた。 話は違うのだがトーンがそっくりなのだ。 ウイットが効いていてあちこちで大笑いした。先行作がなければこれは生まれていなかったにちがいない。
4) 毎日退屈なオリンピック報道が続く中、とりわけ今日のテレビで中国の作られた国民的英雄で100mハードルの選手が足を痛め途中で欠場したのが大ニュースとなり記者会見で関係者が泣き崩れるという姿を見せられた後、国民がこの選手に卑怯者との怒りを挙げていると聞き、恐ろしい国だとの印象をもった。 なんとも感情操作がいろいろなレベルで起こりそのエネルギーのベクトルも想像できない質と量をもつものだと実感した。
昨日観たドキュメンタリーでは現在中国各地にある繊維製品、とくにジーンズ工場で働く、その職を確保するために年齢を偽って13歳で働き始める400人ほどの少女達を何ヶ月に渉って、カメラは元地方警察署長から起業しそのジーンズ工場の経営者となり遮二無に共産党一党独裁下の資本主義のなかで利潤を追う姿とその言動をともにカメラで追っていた。 地方の貧困農村から出てきて親に給料を送金し家庭の収入とする構図は数日前にみた、北京で成功している大料亭での従業員のドキュメントとも共通する。 そこで見られるのは悲しいばかりの過酷な労働条件と必死の中国社会なのだ。
それに変わって今日の南京師範学校における大学生ドキュメンタリーは幾分か趣を変えたものだった。 学生4万人のキャンパスは中国では珍しくないそうで人数はともかくも師範学校はテクノクラートの超エリート養成場ではないものの中国共産党のプロパガンダマシーンとして将来国の重要な教育に携わる人員養成機関であり日本の教育大学と比べるとその違いは明らかだ。 細部まで共産党の目が行き届き党の方針を疑わなく講義中に異議は勿論、疑義、質問をも挙げない学生達は既に目上、教師の言を疑わぬように形作られた存在でしかない。 勿論、若い学生達には党の教育部の委員の情報宣伝が理にかなわないものとは理解している向きもあるものの自分達の将来のことは見えており、体制のなかでそのジレンマの結果として大教室では居眠りするものが半数以上という情景も写されるのだがサイレントマジョリティーの居眠りでは一党独裁の礎はびくともしない。 しかし、明らかに貧困農村から町に出てきて働く娘達とは階級が違うのが明らかに見える。 ここでは身なりや持ち物、友好関係では現代の西欧の若者に近いような印象を受けるが教育のなかで既に擦り込まれた愛国心を示す英語の授業の中で中国の女性が欧米の女性に比べて如何に優れた資質をもつか、というような例で、男尊女卑を受け入れる柔軟で家庭内での幸福をもっとも享受する存在である、という大学教師の言とは信じがたい件を学生達が黙々とノートに記す場面でもある。
この英語で語られる授業の内容は世界中のどこの大学でそれを講義してもまともに受け取られないのは明白で笑いものにすらなるものだが、ここではそれは教師の言であるからまともであり、多分この説にチャレンジするものには無茶苦茶な論がとめどなくまわりから飛び交い反論するものにはその論の馬鹿さとしつこさの加減にうんざりして撤退するだろうといった状況が想像される。 中国の思想、体制は世界のどの国からチャレンジをうけても勝利する、ということの実践が常に行われているのだ。 この何年かの中国式資本主義の中で溢れる物質文化を享受してきた若い世代は一部が共産党幹部となり出世するものを除いて資本主義が更に進み。大勢は拝金主義の西洋、とくにアメリカに流れるようになるに違いない。 だから、背反するジレンマを抱えた共産党は一層の思想教育を加えて愛国心を煽ることとなる。
そんな中でオリンピックは国威発揚の場でありこの30年以上メダル確保のために国が投資してきた結果が今回のメダル数であるのだから世界でも比べられないほどの投資の規模からして今の結果は不思議でもなんでもない。 そして欠場した選手に対する同情は全くなく、自分とその個人が属する国を裏切ったものとしてリンチもしかねない今日の反応となるのだ。
奇妙に映るのは昔に比べて比較にならないほど物質的には豊かに見える学生生活の中で旧態依然の現在をみることだ。 私はほぼ30年前に中国を旅行し、まだ外国人の宿泊するホテルがあまりなかった頃、北京では欧米から増える観光客のために我々にはホテルが割り当てられずに北京大学の外国人寄宿舎がそれに代わって割り当てられた。 そこでは旧ソ連式の寄宿舎であり1,2泊とはいえ色彩のない古いみすぼらしい思いをしたものだ。 それから移動して西安でも軍の駐屯地の一部が寄宿舎となり華やかなものが少しもないところで色彩のない人々をみた。 その印象を持ち現代の若者の大学生活をみるときに変わったのはキャンパスと学生の外見だけだ。 実際に30年前訪れた北京の体育大学で我々に演技を披露した驚くべき質の学生達は当時中国は国際オリンピック連盟にさえ加入していなかったものの10年先を見越しての投資が開始された例であり、そこでは教師たちは体操では中国は世界を制すと豪語していたのが演技を観た後それを疑う理由はないようにも思われたし現にこの何回かのオリンピックでそのとおりになっている。
ドキュメントの中でこの学生達が集団旅行でチベットにいく場面があった。 すし詰めの列車でチベットに入り雪の山中を車で移動するときにその列を追い越して移動する中国軍の軍備、トラックのために雪の中で止められ学生達は外に出て兵士に敬礼し激励する。 そして着いたチベットの寺では中で香を焚いて三顧の礼をし、現代的な繁華街カラオケ店でモニターを覗きながら国威発揚の愛国歌を斉唱するのだがここでも奇妙に見えるのはこれが戦前戦中の日本の学生を思わせることだ。
このオリンピック期間に各国のテレビで紹介される中国特集の中でオリンピックの有無を言わさぬ情報量におとらずこのような興味ある現代中国の姿を多角的に見て中国政府が如何に外国のメディアに神経を尖らせているかについて理解ができるのであり、いまではそろそろこちらのメディア情報は「北京以後」の中国についてに移っているようでもある。
5) グルジア、ロシア問題を検討するためにNATO関係国が集まっている。 アメリカの国務長官である黒人女性がロシアの行為を非難し共和党の次期大統領候補が自分のベトナム戦争で経験したことをもってそこに加わり停戦調停に大きく先手を打ったフランス大統領やドイツ首相に遅れをとったと記者から詰問されて若そうに見えるイギリスの外務大臣は遅れではない、策を練っており行動のためにはバルト三国jやポーランドを視野に入れた体制が必要で冷戦を実行に移すべくの準備段階に入っているという。 ヨーロッパの世界外交のなかでイギリスはフランス、ドイツに遅れをとっている感は否めない。
[ 00:19 ]
[ 日常 ]
昼過ぎにごそごそ起きだしてさて、腹が減ったと冷蔵庫を開けて昨日のキーシュを肴にビールでも飲もうとみると、磁器のカセロールに紙が貼ってある。 「夕食用」だと。 あれま、子供達は二人とも何日もオランダの内外にバカンスで出ているのだから家人の厳しいメッセージの宛先は私ということで、夜中には冷蔵庫の灯の中でガサガサ物を喰い昼過ぎにはなんでも適当に浚ってしまうゴキブリ親父を見越してのお咎めなのだ。
仕方なくそれじゃ、仕事場の食堂でよく食っていた久しぶりのアウトスマイター(Uitsmijter)でビールにしようと ;
食パン 2きれ
卵 2個
チーズ スライス 1枚
ハム 1枚
マヨネーズ
トマトケチャップ
サンバル (インドネシアの唐辛子ペースト) を用意した。
もう何年も前に亡くなった知り合いのアメリカ人にもらった中型鋳鉄のフライパンを焼いて脂を引き卵を2つ割って入れたら丁度その表面をカバーした。 いつだったかミクシを見ていてそのなかでダッチオーブン、という名前をみてオランダのオーブンとは何か覗いて見たらこのフライパンのことだった。 その上に直径の少し小さい同じく鋳鉄のフライパンを載せて蓋にし、蒸らすなりもう一つの鍋にするなりして野外でもキャンプの際には重宝すると説明し野外活動、ダッチオーブンの会まであった。
実際、このフライパンはこの四半世紀いつも我が家にあってヨーロッパのあちこちにもっていってキャンプ場で重宝している。 それに厚い鋳物の鍋は手首と腕の筋肉のトレーニングになるとはいうものの重い。 別のフランス製鋳鉄26cmほどのフライパンで餃子を焼き最後に水をスプーンで加え分厚いガラスの蓋をして台所から外に出て湯気を逃がすのを往復3度も片手でやれば還暦が近いものにはこたえる。 けれど味はともかく焼け焦げもできず綺麗に鍋から皿に全て移せる気持ちよさは厚い鋳物のものだ。
半熟の卵をマヨネーズ、ケチャップ、サンバルでぐちゃぐちゃにして口にするブランチは旨いものなのだがあまり健康なものではない。 脂肪、コレステロール、持病の痛風を促進するものだそうでジャンクフードなのだ。 ときどきジャズライブの帰りにアムステルダム中央駅内のバーガーキングでジャンクフードとビールで深夜の虫養いにするのだがその時間に私の年代の客は殆どいなく若者達の中にそういうものが大量に消費されていくのを眺めながら少々の慙愧とともに罪悪感をビールで押し流す旨さに共通するものである。
Uitsmijterというのはどこのカフェにも大抵軽食のメニューとして載っているのだが辞書をみるとクラブはディスコの前にたって入場客を選別する筋肉りゅうりゅうでツルツルに剃り上げたガードマンのこともそういわれる、と記されている。 Smijtenという動詞は放り投げる、ぶつける、ぶっちゃける、というような意味もあるそうだからわからないこともない。 ありあわせのものをフライパンにぶっちゃける、そういうものなのだ。 なにも想像力が湧かず、やる気もないときに自動的に冷蔵庫から出てきたものをフライパンにぶちまけただけのものだ。
この1年ほど痛風の症状も出ず、このまま一生毎日一錠のむことになる、と主治医に言われた薬も半年以上口にせずなんともない日々だからの不摂生なのだ。 小さい頃は自宅の鶏小屋から突付かれながらもまだ温かみの残る卵を毎日一個朝食に育ってきた身には卵は好物なのだが考えてみると喰ってはならない昨日のキーシュにも卵がふんだんに使われており、今、二個ではコレステロール増進につながる。
やれやれ、たまらんな、とこれまた控えなければいけないビールを口に含んで心臓外科医の日常が書かれた新聞の記事に目を通す。
2008/08/18のBlog
[ 23:52 ]
金曜日に射撃クラブで11時ごろまで同僚メンバーの50歳の誕生日かで飲んだり喋ったりして外にでたら満月だった。
雲ひとつない夜空にちゃんとウサギも餅を搗いてまわりに適当に星屑もあったのだが翌土曜の8時のニュースで当夜8割ほど隠れる月蝕が見られるといっていたのを右の耳で聞き、それを子守唄に居眠りしていたら家人に10時半ごろに起こされ外にでると残念なことに曇っていた。 薄っすらと右上辺だけが見え隠れしていた。
この間、2月ごろだったか夜中の2時半ごろにも皆既月食がありこの夜よりひどい雲で見えなかったから、ああ、これが昨晩と換わっていたらと思ったものの、大体今頃快晴というのが不思議だから薄い黄色い鎌をちらりと見て写真を何枚か撮りまたテレビの前に戻った。
世間ではオリンピックがどうとかこうとか能天気なことを言っている中でもその機会をいいことに小国に攻め込むロシアだ、いや、グルジアが挑発しただの生臭いことを他のチャンネルでは言っている。 そしてその日、オランダのカメラマンがロシアの砲撃でぶっ飛ばされたということもあって日本の報道と比べたら日本のサイトには何もなく自分の目で報道しないジャーナリストの国だからそんなもんだろうと思いながら足に擦り寄る猫に餌をやった。
家人と二人で久しぶりに裏庭ですき焼きをするつもりで行きつけの肉屋で300g牛のいいところを1.5mmに削いでもらって戻ってきたら息子が友達とうちで喰ってもいいかというから肉が少なくなるから半分ベジタリアンにするならいいよ、と用意していたところに現れたのがマーケットで買い物をしていた時に行き会った夫婦の息子だった。 この息子はこの2年ほど折に触れて家に来て食事をしていたのだが小さな町だからそのときその父親から初めて紹介された母親はあちこちで顔を見ていたものの話はしたことのない人だったからああ、この父親とこの母親の子供がこうなるのだなあとジグソーパズルの欠けたところが埋まったような気がして納得した。
月桂冠の一升壜からどぼどぼと鍋に日本酒を注ぎ鍋奉行を務め、初めて箸を使う若者を見たりその父親がいかに横暴かというような話を聞きながらその2mに近い息子の友達が父親に頭があがらないことを聞いてその何時間か前に市場で会っていた柔和に見える男の一面をも垣間見たのだった。
