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2008/09/18のBlog


9月6(土)、7(日)と二日間マストリヒトに行ってきた。 昨年と同じく、古い教会の広場で芸術家たちのオープンマーケットがありそこに土日と半日すわり、教会内部でその教会の本尊、聖マリアにちなんだ作品を展示する小さなギャラリーに招待作として他の何人かの作家のものと並んで家人のものも展示された、ということがあって250kmほど車を飛ばして出かけたという訳だ。

去年のこの時期、同じ事を経験していたからその広場やこのイベントを組織する地元の芸術協会員たちとも顔見知りになり家人が午後、さんさん訪れる人々に自作を説明している間、私は町の中を歩いたり広場の周りにあるカフェーで昼食を採ったりぼやーっと行き交う人々を眺めてながらのんびりした時間を過ごすことが出来た。

http://blogs.yahoo.co.jp/vogelpoepjp/49905596.html
http://blogs.yahoo.co.jp/vogelpoepjp/50012557.html

上のように去年も書いたとおりマストリヒトはEUの出発地であり様々なEUの研究所やオフィスが古い建物の中にある。 そういう場所にこの時期、地元の作家の作品が展示されていたりして日頃はオフィスや研究所として機能している場所をギャラリーとしてこの週末に開放していたのだ。 廊下やちょっとした建物内部の空間オブジェや絵画が展示されているのだがその建物自体を観るのもおもしろい。 100年ほど前の金融機関の建物として当時の建築家に依頼して作らせた当時のモダニズムがそのまま残っているのを観るのは単なる本や写真集でみるだけでなく実際に現在も保存されているものを町のなかに見ることでその来歴を感じるし建築家が自分の理想と美観の体現としての製作物でもあるからこれらの建築を通じてヨーロッパの美術史を辿るようでもある。

広場の展示場のものを車に載せてかたずけたあとどこかのカフェーで夕食を済ませ去年と同じ宿舎の老婦人の家に来れば84歳になる彼女はテレビを見ながら大きな籠に一杯入ったパセリを小さく毟ってビニールの袋に入れていた。 沢山取れたものを冷凍にしておいてあちこちに配ったりなんやかやと冬の間の料理に使うのだそうだ。 私達にも持って帰れと勧められるのだが家にもパセリは庭に植わっているので辞退した。 翌朝、台所のテーブルで朝食を採る時には他の部屋に泊まっていた70歳代の男女二組と同席した。 彼らは従姉妹会の集まりでマストリヒトに来たのだそうだが60人もこの町に集まるのだから一所には宿舎をとれなく何箇所かに分散して泊まったのだそうだ。 四方山の話をしながらゆっくり朝食を採りその後、一期一会の別れをして、また教会の広場に車で戻った。 不思議なものでこの町が徐々に分ってくると親しみがどんどん増すようになるのだがこの町が普通のオランダの町のようでなくドイツやベルギー、ひいてはそれに連なるフランス的な町の佇まいに惹かれるのが大きな理由だと思う。異国情緒一杯なのだ。

カフェーを渡り歩きながら旧市街を散策しているとこの町にはいくつも大小の広場が点々とありいろいろな違った雰囲気に観光客気分を味わえるのだ。 どの町にもある大手本屋のチェーン店にしてもここでは古い教会の内部がそのまま本屋になっているところもあり、普通は祭壇になっているあたりがレストランか喫茶スペースになっていたり鉄骨で枠組みが中心に作られており小さなエレベーターで昇降できる3階建てほどの普通の町の本屋の書架がすっぽり教会のスペースの中に小さく納まっているのには感心した。 79年に中国を旅行したときに蘇州だったか古い寺に入れば仏像や飾りは全て取り払われていてそのだだっ広いスペースに粗末な紙質の書籍を売る書店になっていてその妙な空間のことをこの教会の本屋の空間に接して思い出した。 

二日の日程を終え、帰宅前の夕食にはそんな広場に面したテラスでブリュッセル気分になり鍋一杯のムール貝の白ワイン蒸しを食べた。 来年も招待があればまた来る事になるのだろう。

 
ウィキペディア、マーストリヒトの項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%88
上記日本語ウィキぺディアの記載は今だ乏しいものの左端の英語、オランダ語のスイッチを辿るにしたがって豊かなものとなり写真を含め情報が得られる。
2008/09/15のBlog


昨日はマーケットで中ぐらいの鯖を二尾買って醤油、砂糖、酒(シェリー)生姜で煮た。 久しぶりに子供のときから親しんだ味で、それに茸、と茄子を別々にソテーにしたものミックスサラダと白米で食事にしたのだが動物性の脂に慣れているのか腹の具合が軽く少々頼りない気もしたのだが、これがこれからの食生活によい事は確かで徐々にこういう食事に移行すべきだとも思う。 菜食とは言わずとも肉食から少しずつシフトを移動することが無駄な肥満を軽減することになるのだろう。 デザートは果肉が薄い黄色のフロリダ産「白」グレープフルーツにした。

日曜日の今日は子供達もおらず昨日と同様夫婦二人だけの夕食だったのだが午後には私はジャズのコンサート、家人はクラブで20kmほど田舎を歩くなど別々に不在だったものだから家人がありあわせの残り物で簡単に間に合わせた。

もともとは北アフリカのタジンの残りを冷凍してあったものに同じく残り物の煮込んであったカレーを冷凍してあったものを加え更にサツマイモ、アプリコットの干物、パプリカにパースニップ(16世紀に南アメリカからジャガイモが渡来するまでにジャガイモ同様に使われていた白い人参、カブのような植物)をこの日はジャガイモの代わりに加え煮込んだから残り物の組み合わせとなったようだ。 カレーにしてもタジンにしても同様の香料を使うから香りは違うけれど全くの違和感はなくアジア、アフリカのあたり中近東でもあるようなものができてそれにイタリアのパンは悪くない組み合わせだった。

サラダはちしゃ菜に小さなトマト、アボガド、今、庭に沢山実ったラズベリー(オランダ名フランボーズ、ラテン名Rubus idaeus)を盛ったものだがトマトとラズベリーの酸味でドレッシングは要らなかった。

白ワインが欲しかったのだが無くなっていたのでフランス南西部ルシヨン(フランス語があやしいので今までRoussillonをルザロンと呼んでいた)の安い赤を開けたのだがタジン=カレーの混ぜ物の羊肉に合った。



ウィキぺディア; パースニップの項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%97

ラズベリーの項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%BC
2008/09/14のBlog


ジャスのコンサートに出かけるのにアムステルダム中央駅の裏側から出て700mほど川沿い、というか運河沿いにコンサートホールまでまっすぐ歩き始めるのだが、先日は少し時間があったし家で食事をしてこなかったので駅の構内の小さなスーパーでサンドイッチとビールを買って駅前にあるフェリーの渡し場のところで食べながら夕方7時のフェリーを眺めていた。

多分1000mもないほどの川幅なのだろうかフェリーは頻繁に行き来する。それぞれ行き先の違う4隻ほどが並んで5分ほど客を待ってすぐに出発する。 そしてそのなかの対岸に向かうフェリーでは15分か20分も待っていたら先ほど行ったものが戻ってくる。 アムステルダムの街はこの運河の北側にも続いておりそこには車やバスでアクセスするためのトンネルもあるものの多くの人たちはこのフェリーを利用している。 そのうえ交通のかなりの部分を自転車がまかなうこの国では自転車でそのままフェリーに入る人たちも沢山みえる。 

ちょっと距離を置いて眺めているから細かいところは見えないのだがフェリーが着きハッチが開くと自転車、徒歩の客が開いて平らになったハッチの上を乗り越して陸に降りてその後、待っていた人や自転車が入ってくる、という普通の仕組みなのだが乗車券やパスを検査している風はないのだ。 そのあたりに検問もないし何かカードか切符、パスを差し込んでチェックする器具もない。 100人程度がどっと乗船してきて直ぐに陸を離れ5分かそこらで対岸に着き反対側のハッチを開けて上陸、というのだが水の上で誰かがいちいち検札をするというような時間もないだろう。 向こう側にそういう検問所のようなものがあるのだろうか。

多分ないような気がする。 時々は抜き打ち検査をするとして普通はそういうものがないのかもしれない。 それは市電のシステムに似ている。 バスは乗車口は前にあり運転手が車掌の役をしていちいち検札をすることになっているし、この何年かは市電でも前よりも頻繁に検札が行われるようなのだがこのフェリーの仕組みはどうなのだろうか。

サンドイッチもビールも済ませ時計を見ると対岸へ向かうフェリーが出たところで次のに乗って対岸に行き再度ここに戻ってくるまで今からは40分ほどはかかるだろうしコンサートが始まるまでには戻ってこられないだろうから対岸で検札の仕組みがあるのかないのか確かめるのを諦めて陸を水辺に沿って歩き始めた。 自分はこのフェリーに乗ることはあるのかどうか、たぶんないだろうと思う。
2008/09/13のBlog
[ 12:50 ] [ ジャズ ]


Esmee Olthuis の 3夜

Fri. 12 at De Burcht in Leiden, The Netherlands

その1) The Mystery of Guest

Esmee Olthuis (sax) Albert van Veenendaal ; Plus 2

Esmee Olthuis (as, ss)
Albert van Veenendaal (p)
Corrie van Binsbergen (g)
Alan Purves (perc)

1st Set
1)
2) Next Day (CvB)
3) De Heks
4) Dance aan de zee
5) Esmita
6) Evil Rabit

2nd Set
7) Biology of Coffypot
8) Crowd
9) Sample or Simple
10) 34A
11) Mathilda
12)


地元のジャズ同好会が例年オランダで活躍するジャズメンを招待して三日連続でその演奏家の多用な貌をコンサートで紹介する企画であり、今年は41歳になる女性サックス奏者であり様々なプロジェクトを組織し自作他作を精力的に演奏するエスメー・オルトハウス(Esmee Olthuis)が第一夜に、ピアノで同じく作曲家のアルバート・ヴァン フェーネンダールと組んで女性ギタリスト、コリー・ヴァン ビンスベルゲン、パーカッショニストのアラン・プルヴェスを招きカルテットの宵である。

この人たちのことは何一つ知らずに出かける前に主人公のホームページで経歴、アルバムサンプルを聴いてコンサートに臨んだのだったが第一夜が終わっての印象は豊かなものだった。

アムステルダムのコンセルバトワールを卒業後、このジャンルの音楽の創造性、即興性を追及しながら例えば実際に子供達の中でこのような音楽がどのように機能するかを探りながら時にはオペラやミュージカルという形で作曲、演奏を続けている才媛は音楽と社会、教育を関連付けることが必須と言うこともあり3日目の昼には大人、子供たちを含めてワークショップも計画されている。

http://www.esmeeolthuis.nl/

上記サイトのCDアルバムではサンプルを聴くことができる。

万人のためのジャズ、とくに即興性で大人子供を問わず音楽性を追及する。 具体的にはどういう形をとるか。 ジャズやクラシック、現代音楽といったレッテルを外し楽器を有効に鳴らしその可能性を広げる努力を惜しまず、楽器から思わぬ音を引き出す驚きとその音が演奏されるその時々で全体の必然として在るようなものであり即興性もかなりの部分では一定の枠組みの中でそれぞれが行うといった全くのカオスといった形はとられないようである。 リズムやハーモニーの調性といったものは各所に見られそのバランスは見事である。

この4つの楽器で生彩を放つのはパーカッションである。 ここでの音は単なるドラムスの延長から様々なガジェットを用いウッドウインドの領域まで拡張、侵食している風である。 様々なパイプやラッパの類、ミネラルウオーターのビンやキャップまで使われ観客の中にはその奇妙さにコメディアンの音楽、ギミックを感じてか笑い出すものも出るものの目を閉じて聴くものにはそれは空間とその色彩を豊かにする音の世界であり、笑いが自分の固定概念と眼前の現実のギャップを埋めようとする一つの緊急避難のかたちであるとすると理解できるのだが音を音として曲の中に位地させて聴くとギミックでも何でもない必然として聴くことができるだろう。 そこには音の世界に対して固定概念がまだ形成されていない子供達には高度に組織された即興音楽に対する反応は笑みをもって迎えられるにちがいない。 彼らには新しく、解釈においても可塑的なものであり手垢にまみれたジャズというものはどこにもないだろう。

ギター好きにはこの50歳になる、クラシックギターをユトレヒトのコンセルバトワールで修め、エレキギター、バスギターを活動の本体に据え80年代から使われ、そのころ渡辺香津美がしばしば用いていた楽器と同様のものを86年以来愛器としているこの女性ギタリストの豊かな電気楽器にはその音色を統御するボックスが10個以上足元に置かれていてその操作状態はときにはさながらハモンドオルガンのべダル捌きを見るようでもあるのに気が付くだろう。 彼女の電気ギターで奏でられる音色とイディオムの多様性には1999年にオランダのインプロヴィゼーション奏者に与えられる大賞が贈られている。

http://www.corrievanbinsbergen.com/
[ 00:38 ] [ 喰う ]


木曜日のスーパーでの買い物の後、さて、何か足りないものがあるような気がしていたのだがそろそろ夕食を作リ始めようかと庭の草を眺めていたときにそれが何だったか思い出し、ブラブラと暖かい陽射しの中、近所のミニスーパーまで歩いて買い物に行った。 このミニスーパーは個人商店だけに値段は大手に比べて割高なものの歩いていけることから年寄りなどには重宝している。 年寄りだけでなく私も一年に、、、、一ヶ月に、、、、2ヶ月に一回あるかないかという割合で何かを買いに行くのだが、ここの主人は性格がぶっきらぼうで印象はあまり芳しくない。 その分、高校を出て店を手伝っている息子が優しい。 なんともバランスが取れた親子なのだが今の持ち主の前に同じくここでミニスーパーを開いていた善良な爺さんが寄る年波と大手との競争に耐えられずジリ貧になったことから手放しこの親父、ルネに店を売ったのだが、それがもう10年ほど前だっただろうか。

ええと、羊の肉でハンバーグステーキを焼き、長ネギ、隠元、人参に大蒜の香りをつけてシナッとさせてシェリーを振りかけて蓋をしソテーにしたもの、普通のミックスサラダに、、、面倒だから粉末のジャガイモの粉にブイヨン、ナツメグを溶かした牛乳を加えてマッシュポテトにして充分なゴーダチーズを細かくしたものでコクをつけたマッシュポテトなりポテトピューレーがその夜のメニュー・ターゲットだったのだが、このマッシュポテトもしくはピューレーの素を買うのを忘れていて、その平たい箱を捜すのに小さな店の棚を見ていた。

オランダだけではなく近年は色々なところで漢字を見る。 大抵寿司関係なのだが輸入の乾物のパッケージや中国食料品店にはそういうものが沢山あり普通のオランダ人もそういうところで徐々に馴染むようになったり大手のスーパーにも色々なものが並んでいてエキゾチズムをも掻き立て、無知なものには見知らぬものを敬遠するのと寿司、健康食品ブームから興味をもったものが漢字が書かれたものを見て憧れ、スノッブ気分でその商品に手を伸ばす、と言う風になるようだ。

目の前にカタカナが現れた。 小瓶に入った何か甘栗のシロップ漬けか左の、同様で少し色のパターンが違ったものはチャツネにも見える。 もちろんオランダ語でラベルの中央ににはGEMBERと書かれているから内容物が生姜だと分るもののその後ろに大きく書かれたカタカナが分らない。 ソニクミチ、と読める。 ソニクミチである。 ????? 思い当たらない。 オランダ語にもそういうものはない。 近いものもない。 ひょっとして生姜をよく使うインドネシア語の何かかと思うが、待てよ、それなら何故カタカナを使うのか。 販売者は日本の物に関連してカタカナを使っているのではないか。 いや、中国でも生姜は必携であるから中国ごのつもりなのか。 それとも、なんでもいい、兎に角購買者の目に触れれば何か分らないけれど東洋の文字だからこれでいい、とでも思ったのだろうか。

漢字ならば好きなように創作も出来るし無茶苦茶なものもあちこちで見る。 上下裏表さかさまなもの、たまには何かの包装紙に書かれたものをTシャツに印刷したものもあるのだから呆れたりするものの、それはそれが読める者がいうことで読めないものには図象のイメージだけで充分なのだろう。

けれどここでは商品は食品、ラベルにかかれたものはそれぞれ意味を持っているはずだ。 ソニクミチ、、、、? このカタカナの上に被さってブランド名がある。 SUMMIT サミット、頂上、峰が集まったところ最高峰でありブランド名としてはありそうだ。 サミット、ソニクミチ、、、。 何か関連がありそうだ。 ソはサ行にあり、MとNを取り違えばミは二で、トはタ行でチもこの行にある。 しかし、どう考えてもクが分らない。

多分、何も分らないものがネットで日本語表記の表か何かを探してきてSUMMITに当てはめようとしたのだろう。 20年程まえにはもしこういう漢字、カタカナ表記を使いたいと思えば日本人か日本語を勉強したことがある非日本人に頼んで筆で書いてもらったものを使うということだったものが、今は簡単にコンピューターでひっぱってきたものをプリントアウトして使えるからこういうことが起こるのだろうと想像する。 ここまでひどいものは今までに見た事がないしこのようにソニクミチの来歴を想像して一人棚の前で笑った。

それにしてもソニクミチの「ク」はどこから来たのだろうか。 知りたいものである。