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2008/11/25のBlog


温度が下がると天気予報で言っていたとおりになり、初雪が降った。 積もりはしなかったもの裏庭の黒い土の部分や屋根が薄っすら雪で被われて暫くの間雪景色が見えた。 それも何時間かして消えることになるのだがそれまでは初雪の気分を少し味わえる。

裏の物置に何かを取りに行くのに木靴を履いて歩くと磨り減った靴底の形に丸く雪が削げて跡ができる。 昔、「初雪や二の字二の字の下駄の跡」という句を見た事がああり、そんなものかと思っただけだったのだがそれが思いだされて、そういえば下駄など女は別としても男は日常に履かないだろうと思い、この句も精々戦前までは一般的に共感を呼んだものなんだろうと思った。

1970年代の前半に学生時代をすごし夏場は大抵下駄を履いて過ごした覚えがある。 けれどそれは夏場か寒くないときのことで冬場には靴を履いていた。 妙に違和感を覚えたのは下駄を履いて何処へもでかけたものの、何かのときの大ホールかデパートなどの御影石の床を歩くときには下駄は歩き辛くてだめだった。

ちゃんと舗装された道や石やリノリウムなどのぴかぴかの床の店内を歩くには歩く先に神経を集中してあるかねば、というような覚悟がいるようで自分が排除されているような気がした。 下駄は未舗装の道路や田舎道のものだ。 田舎がなくなったのだから下駄もなくなるはずだ。 

ほぼ毎日裏庭にでるときは木靴を履くのだがそんな磨り減った木靴の底の形が丸くついている地面を見て、「二の字二の字」を思い出した。
Tenor Sax Battle in Cafe

ジャズ / 2008年11月24日 11時58分57秒

Tenor Sax Battle

Sun, 23 Nov, 2008
at cafe De Uyl Hoogland in Leiden, The Netherlands

Sjoerd Dijkhuizen (ts)
Boris van der Lek (ts)
Wouter Kiers (ts)
Bob Wijnen (Hammondorgan)
Gijs Dijkhuizen (ds)
Uli Glassmann (b)

1sr Set
1) Hard bop tune
2) Perdid
3) You don't know what love is
4) In a sentimental mood
5) Memorries of You
6) Take a A train

2nd Set
7) Blues March
8) Girl from Ipanema
8) standard tine
10) Bebop
11) ???

午後4時開演はジャズのライブにしては早すぎる。 もっとも夏に各所であるジャズフェスティバルの午後の部なら分からなくもないけれど、ことしの初雪が舞う日曜の午後である。 わが町の昨日もここで昼飯の鱈の揚げ物をビールで流し込んだカフェーが静まり返った日曜の夕食前に景気よくテナー・バトルを企画したのはこの町のプロモーターだった。 雪のため30分ほど送れて到着したドラムスのハイスはこの日のテナーバトルのもっとも重量級、Jazzorchestra of the Concertgebouw(JOC)のバンドリーダーともいえる Sjoerd Dijkhuis の弟だ。 公式の開演時間に10分ほど遅れてこのカフェーに到着してみればその兄貴とドアに入るのが一緒で主催者や地元のジャズクラブの連中と話しているとそのうち主催者やバンドのほかの連中が遅れて入ってきたドラムセットを順番に運びバタバタと組み立ててこの日のバトルが始まった。

このテナー三本で70年代以降のジャズに足場があるのは Sjoerd Dijkhuizen だから今日のようなジャズの気軽なジャムセッションでとりあげられるのは50年代のバップスタンダードであるから自然とこの三人を含めてこのバトルはジャズの運動会というのが喩えにいいのではないか。 だれが一番早くはしれるか、どれだけ向こうに飛び出せるか、どれだけ高くあがれるか、だれがいちばん息切れせずにながもちするか、という風な肉体の競争でもある。 息をもつかさず早いスピードでテーマをユニゾンで吹き、その一糸乱れぬ音の流れに感心しているとそれぞれ数分のソロがもちまわりになり、その後、リズムセクションのソロが入り、ドラムをキーパーソンとしたチェースとか二小節もちまわりがの後、テーマに戻って終わる、というオーソドックスな仕組みである。

どれだけ甘く切なくムーディーに演奏できるかというバラードの合戦は一人一曲づつ担当して3),4),5)とそれまでのスピード競争からシフトダウンして一息つかせるのだが、100人以上カフェーに集まった中年以上中心の沢山の男女を小舞台前のフロアでチークダンスに導く甘さでもあるのだ。

簡単な打ち合わせだけではあるのだがテナー各自の技量で一人がソロを行っているときの息の合ったサポートのフレーズがなかなか洒落ていて思わずソロからそちらの方へも注意がそらされそうになることもある。 日曜の午後7時前までのジャムセッションというのは中年以降にとっては一週間でもっともゆったりするときであるからテレビでもこの時間には文化・芸術の番組が多く、家庭では夕食前に食前酒を片手にゆったりとこういう番組を眺める時間でもあるのだから、このようなライブは大歓迎だ。

どのようにして金をひねり出すのかしらないけれど、これだけのメンバーを集めてのセッションで入場無料なのだ。 市から補助金がでているとは考えられない。 その分だけ一杯300円程度のビールや4,500円のワインなどを飲んでくれということなのだろう。 これだけテナーバトルが白熱すれば温度も上がり咽喉も渇くから自然とビールの消費が増えることは確実なのだが、セッションが済んで日もとっぷりと暮れてカフェーの前に停めてある、初雪で薄っすらと被われている自転車の錠前を開けていても寒くはなく家に着くまで寒さを感じることはなかった。
2008/11/24のBlog


Kurt Elling

on Mon. 10 Nov. 08 at BIMHUIS in Amsterdam

Kurt Elling (vo)
Laurence Hobgood (p)
Rob Amster (b)
Ulysses Owens (ds)

1st Set
1) Tight
2) You are too beutiful for me to be true
3) Things happen in brain
4) Dream Park
5) NightMoves
6) Those Clouds are heavy, you dig?
7) Man in the air
8) Secret Journey

2nd Set
9) Nothing at all
10) Body & Soul
11) Blues
12) Say It
13) Tumble (M. Brecker)

Encore
Everything is what it is

Encore 2
Gospel

前回この場所で Elling を聴いてからもう二年も経っているとは気が付かなかった。 そのときの印象は次のように書いた。

http://blogs.yahoo.co.jp/vogelpoepjp/41805220.html

そしてその半年後発売されたCD NightMoves を聴いてその印象も下のように記した。

http://blogs.yahoo.co.jp/vogelpoepjp/47379050.html

今回と2年前の演目を比べると前回ではCD,Nightmoves に収録されたものを中心の、どちらかというと女性に受けるような柔らかい曲目が多く, その成果があってかこの日、会場が超満員でその内訳は若い女性から中年女性まで着飾った、普段はハードなジャズを聴きそうもないような雰囲気の人も多かったのだが、自分の好みなのかD.Gordonに捧げる10)と2003年リリースのアルバムタイトルの7)の二曲を前回と同じく演奏している。 あとは今まで95年自作アルバムClose Your Eyesからの 6)、2001年Flirting With Twilight から 12)と自分のレパートリーから広く選ばれており、それに加えて13)や J.Zawinulの4)などの新作も散らばっていて 2)や11)では語りを交えて徐々に歌唱に移るという風なショー的要素も含めてあるものの Elling の咽喉は前回同様会場の皆を酔わせるに充分の声量と正確な音程、そのスピード感のあるスキャットで、米DouwnBeat誌の男性ヴォーカル部門で一位であることを充分我々に納得させるものだ。 

今回の印象はピアノとドラムスが前回に増して一層際立って印象的だったことだ。 それは先ず、ピアノのソロパートが充実しているということなのだがそれは前回以上にピアノの技量を自由に開陳する機会があり、ピアノトリオとしても納得できるものであるということと、Owensのシャープで Elling の歌唱にあわせて一部の隙もない見事なサポートをすることとドラムソロの部分で彼がジュリアードで学んだ打楽器奏法を充分我々に納得させるスマートな形で聴かせたことに因っている。

会場にはオランダジャズギターの人気者、Jesse van Ruller がいて私は二年前と同じように彼がいつか Elling とデュオでCDが出来たらいいなあと希望を言ったのだがその日は来るのだろうか。 演奏会が済んで別れるときに12月の初めにまたJazz Orchestra of the Concertgebouw の例会で会おうと言うと、もうJOCは日本公演を最後に卒業した、といっていた。 たまにゲストとして呼ばれればくるかもしれないけれど徐々に外国に出る機会が増えて定期的にこのバンドで演奏することが難しくなっているからだとも言う。 後任は Martijn van Iterson になるだろう、とのことだった。

休憩中に混雑した通路で小柄な女性に呼び止められてきょとんとしてると英語で、見覚えないの、この間私の日本版のCD買ってくれたじゃないの、といわれてやっとそれが一ヶ月ほど前に会った ヴォーカルの Lea Kline だと気付いた。 その時には目の前1mのところで聴いたのだがスポットライトを離れて一聴衆となると他の女性と区別がつかなかった。 彼女のレパートリーも Elling のものと重なるところもあり、二人とも Elling fan だということもそのとき話したことを思い出した。

そろそろ Elling の新アルバムの話がでてもいいと思ったのだが残念ながらそれは今回は聞かれなかった。 世界を忙しく公演に回る様は彼のサイトのホテルの窓からのスナップショットを続けて100枚以上見てその一端を理解できるけれど旅回りの生活を歌った唄はあったかどうか。 悲しみのジェット機、というもの違うし、シナトラが世界中を飛び回るアルバムをだしていたけれどそれも少々 Elling の調子と違うようだ。 これからそのホテルの窓から撮った写真のアルバムに100ほどショットを加えた頃にまたこの会場に新作と一緒に訪れるのだろうか。 それを楽しみにしている。

KE's Site;
http://kurtelling.com/index.php
2008/11/23のBlog


外国人としてオランダに住んで1)オランダ人と結婚し 2)十年以上各種税金を払っていて成人であるから国会議員選挙の選挙権はないものの住民票のある地方公共団体の選挙権はある。 1)、2)のどちらか一つでも条件を満たしていれば国籍はオランダでなくとも選挙権は与えられる。 そしてその権利を行使するのは義務でもある。 ただし、義務を果たさなくとも罰則は降りない。 けれど私は選挙のあるたびに毎回自分の権利を行使している。

今回は地方選挙ではない。 州の地方治水委員会委員の選挙だ。 これはオランダらしい選挙で、「世界は神が創りたもうた。 しかしオランダはオランダ人が造った」と言われるように湖沼や遠浅の海を徐々に干拓して国土を作って来たのだから古くから治水のノウハウは蓄積されているのは当然でその運営に関しても生活、いやその生存の基本となる水については各自の利害関係が絡み一筋縄ではいかないところがあるから皆が納得する民主的な方法がとられそれが今も続いているということだ。

飲み水の管理、堤防の決壊をふせぐこと、採算が取れなくなって撤退する酪農農家の牧場を何百年か前の湖沼にもどし自然公園にすること、などなど数多の懸案についてその地方には国政レベルで一括できない個別の理由がある場合が多く各州の委員会が協議してそれを国政で承認するという形をとっているようだ。

で、送られてきたリストの内一人を選んで同封された返送用の封筒に記入した投票用紙を入れてポストに放り込むのだが、みてみると九つの政党がそれぞれ6人から20人の候補者を擁して名前と住む町が書かれている。 国政や地方選挙と違うのはこのリストにある9つある党のうち国政、地方選挙で登場するものはキリスト教民主党、労働党、保守党など5つで、あと4つはほんの小さな地方選挙にも登場しない治水党なり地方共同体党、水資源自然党などがある。 それに社会党や緑の党の名前がみえない。

個人はそれぞれ党に属しているから個人を選ぶということは同時に党を選ぶことでもあり比例代表制で党が得た得票数の割合が委員会委員の割合となりそれぞれの党には予め候補者に優先順位がついていてその順番に当選したり落ちたりするわけだ。

近年地球温暖化が進みこのままいけば海水の水位が100年後には1m30cmほど上昇するという。 私の住んでいるところは多分完全には沈まないとは思うけれど冠水する恐れがあるかもしれない。 日本では台風があり私の同級生の何人も家を海水に根こそぎ洗い流された。 ここでは台風はないものの洪水の危機は何世紀もかけて防いできたし飲み水の管理もそれぞれの州で行われそれに関わる資金は概ねそれぞれの州で賄っているから水道料金やガス料金は地区によって違う。 水はただではない。 それは飲み水ということだけではなく、治水をよく地元で監視して管理しなければ償いきれないほどの犠牲を払わなければならないことになるかもしれないからだ。

大きな災害はこの州にはないものの50年ほど前のゼーランド州の大災害や数年前の人身事故はないもののかなりの土地が水没した国際河川の洪水などの例があることに加えてこれからの海面の上昇である。 

治水は重要な案件であるのだが守られていることを自覚することのないほど安全な昨今ではこの選挙に対する関心は年々減ってきていているそうだ。



高等治水管理局の地方治水委員会
オランダの広域水管理組織「ウオーターボード」
http://www.japanriver.or.jp/park/qa/ans_15.html


日本は世界一の長寿国だと言われているのだがその長寿の内容をEU諸国で比べた表で示したものが新聞に出ていてそれを読んだ。

EUの25カ国の中で何処の国が一番長寿かというとそれはフランスの女性が86歳近くでそれが一番、けれど男はというとイタリアの方がスウェーデンをほんのちょっとだけ抜いて81歳あたりとなり、男女の差は概ね各国どこも5歳ほどだ。 

これは現在50歳の男女があと何年ぐらい生きられるかというようなこと(平均余命)を国別に示したものであるのだがそれはただ単に生きながらえるということではなく、何歳ぐらいまで健康でいられるか、ということも含んでいる。 それが単なる長寿であるということの内容を一つ踏み込んだかたちでみることに繋げるもので単に長寿だけがいいのかという疑問にも繋がるのだ。

一番長寿の国が健康な老後の年月を一番長く過ごし、その後病気ながらも生き延びて最長寿、というぐあいにはいっていない。 健康で一番長く過ごしているのはデンマークで、男女とも一位、70歳の中ごろまで健康を保っている。 マルタや英国もそれに次いで70歳あたりである。 しかし、これらの国は病気をしてからは寿命が短い、というようなことにもなりトップの長寿国フランスやイタリアに5歳ほどの差をつけられている。 長寿のフランス、イタリア、スペインなどでは70前後で病を得てその後15年ほど生きながらえるのが平均であるのだが健康で長く生活しているマルタやデンマークの男女が病を得てなくなるまでが長寿トップの国々より5年程度短いということが見えている。 早く病気になってその後長く生きながらえるのをとるか長く健康を保っていて病を得たら10年ほどで身罷るのをとるか、というような選択も考える余地がある。 生きることの内容にかかわることでもある。

同じくヨーロッパといってもバルト海の国々とかスロバキア、レトランドにハンガリアといった国の平均余命は最下位で特に男達は定年の65歳を待たずして死ぬ可能性が一番高い。 大抵は還暦を越してすぐ病を得るということがはっきり示されていて私の住むオランダとはかなり違う。 オランダでは大抵70を越すまで健康でいてその後12,13年不自由ながら生きるといった統計が出ていた。

私も一応このグループに属するのだが私の場合にはいくら長くここに住んでいるとしても単純にオランダ人としてあと12,3年は健康でいられると糠喜びすることはない。 成人するまで日本で生活していたのだし30を過ぎてからこちらの習慣に馴染んでいるので日本人ともオランダ人ともつかぬところになるような気もするが日本人が世界で一番の長寿だとすればオランダ人よりも長寿で平均の日本人よりは少しは低いということもいえるかもしれない。 何れにせよこのままなんともなければあと12,13年は健康に生活できそうである。

ただ、わたしの家系には癌で亡くなったものがとても多いからこの12、13年ももっと短くなるかもしれぬ。 12,13年後にこの書いたものを読むことが出来たら平均的な生を送っているということだ。