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2008/12/24のBlog
何もありません。が、ブログ引越し。

こちら

では。
2008/12/23のBlog
[ 22:46 ] [ 日記 ]
一人でホールのケーキなんて四分の一食べただけでもう食べたくなくなりました。それが二日も連続で続くなんて・・・大変無駄だと思いました。もうね、気持ち悪くなってまいりました。では
2008/12/22のBlog
首が・・・遺体。じゃなくて、痛いです。

そして、何故にこの時期は疲れているのでしょうか。

悔しいです!(ザブングル加藤風に)。

では
2008/12/21のBlog
八幡平リゾート下倉スキー場のオープンに行って参りました。昨シーズンの最高の時期のゲレンデのコンディションとはまるで比較にならないほどの残念さでありました。

おまけに左のビンディングのトゥーストラップからいつの間にやら金具が外れている始末。挙句の果てには(まあいつもどおり)一度帽子とゴーグルと眼鏡が吹っ飛ぶほど派手に転び、次の日からむち打ち症らしく、首が痛い・・・。これは「お前はスノーボードに行く前に他にやることがあるはずだからそれをやりなさい」という神からの思し召しなのでありませうか?とりあえずスポーツ屋さんに行ってビンディングの話をしてみたところ、ビンディングはメーカーに送っての修理ということになるとのこと。たかが金具一つ、されど金具一つか・・・。とりあえず保証書を探してみようと思います。では
2008/12/19のBlog
今使っているパソコンはエプソン製なので、次もエプソンにしようかと思ってホームページを見てみたのですが、如何せんご予算的にちょと厳しいようです。さまざま検討してみると、同じくらいの機能であればHPが狙い目かなという感じですがさて・・・。おそらく3月に引越ししなければならないので、その引越し資金+新しいアパートの敷金礼金×2か月分とかを考えると、そう簡単にお金を使うわけにもいかないのだろうか・・・と悩みつつ、北海道と青森と山形に行きたいと思いつつ、悶々としているわけであります。やはり五兎を追うことは難しいのでしょうか。

そんなわけでパケホーダイを解約しようかしらと思っています。だって、月4,000円っていうことは、一年で48,000円もかかるということですよ!こんな単純な計算は小学生でもできる!とりあえず年末じゃんぼ宝くじに一縷の望みを託そうかと思うちょります。では
2008/12/13のBlog
午前中から夕方にかけて盛岡にて買い物。スノーボードケース、ほん、その他。気をつけないとすぐにお金がなくなってしまいます。夕方近くに雪が降り始めました。

夜からは、知り合いが是非来てくれーというので行ってみました。ごくローカルのごくローカルなライブでござんした。が、人生で3回目くらいのライブはなかなか良かったです。たまには爆音を聞くのもいい刺激になるだろうと思います。

では
2008/12/12のBlog
[ 23:50 ] [ 仕事・日記 ]
精神的にはそれほどでもない・・・かと思いきや、心と体は相関関係にありますので、体に引きずられて精神も疲れてまいりました。。年末、というか12月はいつも疲れていますのでまあいつものことといえばいつものことなのですが。

さて、話は変わりまして私が一応買っている漫画にヴァガボンドというものがあります。その中で、佐々木小次郎を宮本武蔵が見ての描写があります。

「こいつは理の中にいる」

この「理」という言葉が非常に気になっております。といいますのは、自分の周りにいる仕事のできる人とか、あるいはNHKのプロフェッショナル等に出てくるようなすごい結果を出す方々はどうもこの「理」に従い、それを味方にしているように思えるのであります。

逆に思うように仕事が進まなかったり、結果を出せずにイライラムカムカして見るからにイラついているのがわかる人等は「理」に従っていないのが原因ではないかと思えるところがあるように思います。

現実的な話に当てはめてみると、楽観や悲観に偏ることなく現状をしっかりと把握し、自分も含めそれに関わる人がその時点ではどう考えてもその方針で進むしかない、逆に言えばそれが最善であるという通すべき筋ではないかとも思います。そういう筋を通すためには前提として現状の的確かつ素早い把握とそれを基にしての次の動きを立案する力とそれを実行し、かつ適切な方向に修正していく力が必要なのだろうと思います。うううむ・・・・・・どれもまだまだ全然足りません。。ただし、ここまで外枠がわかっているのであれば(もちろん足りない部分もあろうとは思いますが)中身を積み重ねていくのみであります。

話は戻りまして、佐々木小次郎と宮本武蔵ではないですが、おそらく古今東西老若男女が従うべきその「理」を理解し、それに従い、それを味方につけている限り、少なくとも失敗からは遠ざかることができるんではないかななんて思っております。

今まで基本的に口を出してはきませんでしたが、良くも悪くも口を出すということは波風が立つということで。しかし、波風を立てたくないから言わなければならないことを言わないという姿勢もそろそろ自分で直さなければならない時期にきているようです。逆に「波風を立ててやろう」という気持ちでそう言っているわけではありません。ここでも出てくるのが先ほどの「理」に従っているか、それを味方に付けているかを自分できちんと理解していれば、もちろん出てくる抵抗や反対といったものにも耳を傾けた上で物事を実行することができるのではないかなと思います。

もっと考えたいところですが、今日はこのくらいで。では
2008/12/08のBlog
http://jp.youtube.com/watch?v=8KUASF6aKDA

funky 烏龍茶 / super butter dog

作詩:池田貴史・永積タカシ 作曲:池田貴史

喉が乾いたら 流しこむだけ
イーアル FUNKY 烏龍茶
いい汗かいたら 流しこむだけ
イーアル FUNKY 烏龍茶
涙こぼれたら 流しこむだけ
イーアル FUNKY 烏龍茶
マッケンLO / super butter dog

作詩:永積タカシ 作曲:永積タカシ

マッケンLO マッケンLO
テニスコートじゃ僕はマッケンLO
何言ってんの Aタマでもいってんの
テニスコートじゃ僕はマッケンLO

※フィフティーンラブ サーティラブ
フォーティーラブ それでゲーム
フィフティーンラブ サーティラブ
フォーティーラブ 軽くゲーム※

マッケンLO マッケンLO
テニスコートじゃ僕はマッケンLO
マッケンLO マッケンLO
おどるようなサーブのマッケンLO

(※くり返し)
2008/12/06のBlog
[ 22:38 ] [ 仕事・日記 ]
いらないですよ。正直。何のためにやるのか理解できません。

勤務時間外の勤務とほぼ位置づけられている時点でおかしいし。

そして、勤務時間外の勤務でそこにまたこの職場というクソみたいに小さな環境におけるクソみたいな上下関係にはまるクソみたいなロールプレイをしなきゃならないという。挙句の果てに金と時間を取られ、話したくもない人と話し、聞きたくもない話を聞かなければならないという正にクソみたいな状況もここに極まれり。そう思いませんか?今年も知らないうちに私が幹事をやることになってるし。っていうか何で?誰が決めたの?何で俺がそれに従う義務があるの?誰もこの疑問に答えない代わりに、忘年会の幹事ちゃんとやれよという。それが当然であるという前提。何この理不尽さ、傲慢さは?他の人がどう思っているのかは知りませんが、私ははっきりいってふざけるのもいい加減にしろ、と思っておきたいと思います。忘年会が日本の文化?!馬鹿も休み休み言えと。様々怒りは収まりませんが、とりあえず、これくらいで。では
2008/11/30のBlog
今季初滑り。安比高原にて。知人とその知人2人とで合計4名。5時間券だったけど実質4時間くらいしか滑れませんでした。

今季初ということでゲレンデのコンディションが心配でしたが、11月のオープンとしては上々だったのではないかと思います。天候は、かなり荒れ模様でした。おかげで大自然を肌で感じることができました。人は少なめでした。おそらく積雪量に関しては心配ないことでしょう。

反省点は、本なりDVDなりを見てイメージトレーニングしてから行けばよかったのに、ということです。体だけで思い出すよりもその方がよかったと思います。まあ、何とか滑り方を思い出して、最後の方で頑張ってグラウンドトリックの練習をちょこっとした程度でした。

それから、今日気づいたことなのですが、私は一人で滑るのが似合っているようです。滑ることに関しては自分と自然との一対一の関係と捉えているからなのです。あるいは自分がスノーボードを通じて自分にある種修行とも言えるようなストイックさを求めているからなのであります。「みんなで楽しく滑れればいいじゃん何言ってんの」という意見も聞こえそうですが、そこは譲れない一線かと思われます。

ということで残念今日は若干消化不良気味かつ、初滑りでそうとう疲れてしまいました。次につながるように反省したいと思います。では!
2008/11/27のBlog
[ 23:25 ] [ 仕事・日記 ]
「あのねぇ、あなたの手に負えない仕事なら最初から「できない」って言ってもらわないとさぁ・・・ドタキャンとかマジありえないし。で君さぁ、君が「いい人」だ人柄がいいんだか何だか知らないけどさ、そういうのってさ、いわゆる八方美人っていうんじゃないの?あっちでいい顔をしてこっちでもいい顔をしてってさぁ。それでいて受けた仕事を直前になって「できません」とか本当にふざけてるよね。あ~あ。結構きついこといってるかもしれないけど、俺の言ってること何か間違ってる?間違ってるなら言ってくれていいからさ。はっきりいって自分もこんなこと人に言いたくないんだよね。自分にとっても時間の無駄だし、君には逆恨みされるだろうし、君だってこんなこと人から言われたくないでしょ?まあさ、結論を言えば、君に頼んだ俺が馬鹿だったっていうことだと思うんだけどさ。もういいよ。」

ううむ・・・仕事において、人がいいかどうかというのはやはり二次的な判断材料として位置づけられるべきでありましょう。当然ながら。そして、「人がいい」かどうかの判断もやはりその人のなした仕事によって判断するべきでありましょう。本当にその人がいい(他者に対して誠実な)人であるならば、その人に依頼した仕事も誠意を持って対処してくれるはずです。捌ききれないなら他に仕事を回すことも考えないと。狭量な責任論を振りかざす人で無い限り、状況を判断した上でそれが最善であると判断したのなら、嫌味を言われようが自分より年上の人間であろうがそういうことは言えると思います。そう言えるまで物事をしっかり考える頭とそれを正しいと思える信念とそれを実際に行動に移す実行力があれば、あるいは仕事に気合を入れて臨むことができるのかもしれませんね。

あと、あまりに当然のことなのですが、あえてここでもう一度確認しておこうと思います。「備えあれば、憂いなし」!!!!では
2008/11/23のBlog
http://jp.youtube.com/watch?v=hsMDIWDwgiI&feature=related

かなりすごいですね。シンクロしてます。作った人はまさに神と讃えたいです。では
何のために勉強するのか?

頭の良い人間になるためである。

知恵のある人間になるためである。

頑なな人間にならないためである。

より善く生きるためである。

生きる価値を高めるためである。



自分が小学生だった頃の話。町内会の行事か何かで遠足のようなものに参加した。そのとき、私に言ってきたわけではないのだが、私より年下の少年が同級生だか誰だかに「えー慣性の法則も知らないのぉ~」と得意げに言っている姿を見ました。

続いて中学生だった頃の話。県立高校入試での今は亡き集団面接での質問事項。

面接官「何のために勉強すると思いますか?」
自分「・・・」
面接官「はい、では次の人」
次の人「はい、私は自分の進路を達成するためだと思います!」
自分「・・・」


上記の2つのエピソードについて当時私が感じた違和感というか疑問を整理してみたいと思います。

小学生の時の話について。
1、小学生で慣性の法則なんて知らんって。
2、知っているあなたはそんなに偉いですか?

中学生の時の話について。
1、自分の進路が達成できればそれで勉強は終わりですか?
2、進路を達成しても勉強している人は何の目的も無い人なの?
3、(当時の今よりさらにお馬鹿な私に)そんな難しい質問しないで下さいよ(泣)

小学生の時の話に関しては、その少年は二つ間違いを犯している。それを知っているからといってあなたが偉い人間であるということにはならない、ということ。もう一つ。それを語ることで自分を高い位置に保とうとしてもむしろそれは逆効果であるし、科学史上優れた発見である慣性の法則の価値を遠まわしに、かつ無自覚に貶めていることである。

中学生の時の話に関しては、そのまんまであります。

上述した2つの事例についての私の到達した結論は、両方とも学ぶことの可能性を矮小化しているということであります。一人は自分を他者より偉いと感じるためであり、他者との関係性を知っているか知らないかのみに限定しそれを以てごく狭い(非常に下らないと個人的に思う)階層の上下に位置づけていること。もう一人もまた、学ぶことを自分の進路達成のための手段と位置づけていることです。いずれも手前だけの狭量なカスみたいな見方だよな、と今では思います。(当時答えることすらできなかった自分は赤顔の至りなのですが!)

最近どうやら外に向けて批判的なものの見方になっているようなので、口を慎みつつ、自分のことを省みようと思います。では!!
2008/11/20のBlog
[ 00:19 ] [ 研究 ]









数学をやり直すことにしました。中学校1年生から始めて、東京大学理系の問題を解けるようになるのが当面の目標です。

計画としては、今年中になんとか中学校の段階は終了して年明けに高校数学に突入したいと思っておりました。果たしてそんなにうまくいくか・・・

手始めに佐藤寿之著『とってもやさしい数学 中学1年―現役ベテラン先生の特別授業』のシリーズを制覇→高校入試問題を大量に解く→高校数学の教科書を教科書供給所に行って数学Ⅰ、数学A、数学Ⅱ、数学B、数学Ⅲ、数学Cの教科書を購入して読む、公式の証明過程を理解する、例題を解く、章末問題を解く、一章進むごとに参考書で復習して練習問題を解いていく→教科書と教科書プラスアルファのレベルの参考書を制覇したら次のレベルの参考書か問題集に取り組む→大学入試問題数学を解く→東大の問題にチャレンジする。

とまあ道筋だけはあります。あとはそれを一歩一歩着実に進めるかどうかなのでしょう。ということで、高校の教科書と並行して取り組める参考書、問題集でオススメなものがあればぜひ教えて下さい。では!
2008/11/13のBlog
土日にひたすら読書と勉強しようと思っていたのですが、幸運なことに日曜日にお仕事をいただきました。自分の経験にもなってさらにお金がもらえるなんてなんてうれしいことでございましょうか。ありがたや。では
2008/11/08のBlog
[ 20:58 ] [ 日記 ]
非常に厳しい財政状態となっております。せっかくの土日も節約節約して過ごすしかなく。あまりにつまらないのでにんにくと醤油を買ってきて、にんにく醤油を作ってみました。一ヵ月後にはおいしいにんにく醤油ができていることでしょう。

もう少ししたら支出が確定して残額が使えるのでもうちょい耐えなければなりません。しかし、お金が無いなら無いなりに楽しく過ごすしかありませんね。たかが紙切れごときに精神的苦痛を感じたり誰かに迷惑をかけたりとかは極力避けたいものであります。生きるために金が必要なのであって、金のために生きているわけじゃありませんのでね。では
2008/11/06のBlog
漫罵 / 北村透谷

 一夕(いつせき)友と与(とも)に歩して銀街を過ぎ、木挽町(こびきちやう)に入らんとす、第二橋辺に至れば都城の繁熱漸く薄らぎ、家々の燭影(しよくえい)水に落ちて、はじめて詩興生ず。われ橋上に立つて友を顧りみ、同(とも)に岸上の建家を品す。或は白堊(はくあ)を塗するあり、或は赤瓦を積むもあり、洋風あり、国風あり、或は半洋、或は局部に於て洋、或は全く洋風にして而して局部のみ国風を存するあり。更に路上の人を観るに、或は和服、或は洋服、フロックあり、背広あり、紋付あり、前垂あり。更にその持つものを見るに、ステッキあり、洋傘あり、風呂敷あり、カバンあり。爰(こゝ)に於て、われ憮然(ぶぜん)として歎ず、今の時代に沈厳高調なる詩歌なきは之を以てにあらずや。
 今の時代は物質的の革命によりて、その精神を奪はれつゝあるなり。その革命は内部に於て相容れざる分子の撞突(たうとつ)より来りしにあらず。外部の刺激に動かされて来りしものなり。革命にあらず、移動なり。人心自(おのづか)ら持重するところある能はず、知らず識らずこの移動の激浪に投じて、自から殺ろさゞるもの稀なり。その本来の道義は薄弱にして、以て彼等を縛するに足らず、その新来の道義は根蔕(こんたい)を生ずるに至らず、以て彼等を制するに堪へず。その事業その社交、その会話その言語、悉(こと/″\)く移動の時代を証せざるものなし。斯の如くにして国民の精神は能(よ)くその発露者なる詩人を通じて、文字の上にあらはれ出でんや。
 国としての誇負(プライド)、いづくにかある。人種としての尊大、何(いづ)くにかある。民としての栄誉、何くにかある。適(たまた)ま大声疾呼して、国を誇り民を負(たの)むものあれど、彼等は耳を閉ぢて之を聞かざるなり。彼等の中に一国としての共通の感情あらず。彼等の中に一民としての共有の花園あらず。彼等の中に一人種としての共同の意志あらず。晏逸(あんいつ)は彼等の宝なり、遊惰は彼等の糧(かて)なり。思想の如き、彼等は今日に於て渇望する所にあらざるなり。
 今の時代に創造的思想の欠乏せるは、思想家の罪にあらず、時代の罪なり。物質的革命に急なるの時、曷(いづく)んぞ高尚なる思弁に耳を傾くるの暇あらんや。曷んぞ幽美なる想像に耽るの暇あらんや。彼等は哲学を以て懶眠(らんみん)の具となせり、彼等は詩歌を以て消閑の器となせり。彼等が眼は舞台の華美にあらざれば奪ふこと能はず。彼等が耳は卑猥(ひわい)なる音楽にあらざれば娯楽せしむること能はず。彼等が脳膸は奇異を旨とする探偵小説にあらざれば以て慰藉(ゐしや)を与ふることなし。然らざれば大言壮語して、以て彼等の胆を破らざる可からず。然らざれば平凡なる真理と普通なる道義を繰返して、彼等の心を飽かしめざるべからず。彼等は詩歌なきの民なり。文字を求むれども、詩歌を求めざるなり。作詩家を求むれども、詩人を求めざるなり。
 汝詩人となれるものよ、汝詩人とならんとするものよ、この国民が強(し)ひて汝を探偵の作家とせんとするを怒る勿(なか)れ、この国民が汝によりて艶語を聞き、情話を聴かんとするを怪しむ勿れ、この国民が汝を雑誌店上の雑貨となさんとするを恨む勿れ、噫(あゝ)詩人よ、詩人たらんとするものよ、汝等は不幸にして今の時代に生れたり、汝の雄大なる舌は、陋小(ろうせう)なる箱庭の中にありて鳴らさゞるべからず。汝の運命はこの箱庭の中にありて能く講じ、能く歌ひ、能く罵り、能く笑ふに過ぎざるのみ。汝は須(すべか)らく十七文字を以て甘んずべし、能く軽口を言ひ、能く頓智を出すを以て満足すべし。汝は須らく三十一文字を以て甘んずべし、雪月花をくりかへすを以て満足すべし、にえきらぬ恋歌を歌ふを以て満足すべし。汝がドラマを歌ふは贅沢なり、汝が詩論をなすは愚癡なり、汝はある記者が言へる如く偽(いつ)はりの詩人なり、怪しき詩論家なり、汝を罵るもの斯く言へり、汝も亦た自から罵りて斯く言ふべし。
 汝を囲める現実は、汝を駆りて幽遠に迷はしむ。然れども汝は幽遠の事を語るべからず、汝の幽遠を語るは、寧ろ湯屋の番頭が裸躰を論ずるに如(し)かざればなり。汝の耳には兵隊の跫音(あしおと)を以て最上の音楽として満足すべし、汝の眼には芳年流の美人絵を以て最上の美術と認むべし、汝の口にはアンコロを以て最上の珍味とすべし、吁(あゝ)、汝、詩論をなすものよ、汝、詩歌に労するものよ、帰れ、帰りて汝が店頭に出でよ。
(明治二十六年十月)

(勝手に要約 解釈の正しさは保証されませんのでお気をつけ下さい)
 ある日の夕方友人と一緒に歩いて町並みを見てみると和洋入り乱れた建物に人々の格好。がっかりだ。今の時代に格調高い詩歌がないのはこういう状況のせいなのではないか?
 物質的には豊かになったが、精神的にはその豊かさが失われつつある。その変革は必然のものではなく、単に外部の刺激に動かされて起きているに過ぎない。こんなものは変革などでもなく単なる移動である。人心はそんなことを気にかけることもできるはずもなく、知らないうちにその移動に身を投じ、挙句死んでしまう人も少なくない。その変革の本来の意味など取るに足りないものであり、所詮我々の心に根を下ろすようなものではない。そんなもので人を抑制することなどできないのだ。人々の職業、他人との交わり、会話、発せられる言葉どれをとってもその時代を反映しないものなどない。このようにして国民の精神はその発露者たる詩人によって文字として現れるのではないだろうか。
 国の誇りはどこにいったのか。人間の尊厳は何を以ていうのだろうか。国民としての栄誉は何を以ていうのか。たまたま国に誇りを持ち、民衆を頼みとする人もいるが、彼らは耳を閉じてこれを聞こうとはしない。彼らの中に一国民としてのコンセンサス、同一国の一員として同じ意志もない。国民にとって安逸が最高の宝であり、遊び呆けて怠けることもまた、国民にとって糧のようなものである。思想のように高尚なものは現在において国民の望むものなどではないのだ。
 今の時代に創造的思想が欠乏しているのは、思想家の罪ではない。時代の罪なのだ。物質的な変革が恐るべき早さで進んでいるときに、どこの誰に高尚な思想などに耳を傾けている暇があるというのだ。どこの誰に幽美な想像に耽っている暇があるというのだろうか。国民は哲学を快眠の道具とし、詩歌を以て暇つぶしの道具としている。彼らの眼は、見た目が派手でなければ見向きもしない。彼らの耳は卑猥な音楽でなければ楽しませることができない。彼らの脳味噌は奇想天外を主眼とした探偵小説でなければ慰めにもならない。そうでなければ大言壮語によって国民を刺激することはできない。そうでなければ平凡な真理と普通の道理を繰り返すことによって彼らを飽きさせることはできない。彼らに詩歌など理解できないのだ。文字を欲するが、詩歌は欲しくないのだ。作詞家を求めるが、詩人は求めないのだ。
 詩人となろうとする人よ、詩人であろうとする人よ、この国民があなたを探偵小説の作家にしようとすることを怒ってはいけません。この国民があなたの口からエロ話、猥談を聞きたがるのを怪しんではいけません。この国民があなたを雑誌雑貨屋の雑貨のように扱うことを恨んではいけません。ああ、詩人よ、詩人であろうとする人よ、あなた方は不幸にして今の時代に生まれてしまったのだ。あなたの偉大な才能は狭苦しい箱庭に押し込められているからといって、それを発揮しないことはできない。あなたの運命はその箱庭の中で詩を講じ、歌を詠み、人を罵り、笑うことだけだ。あなたは当然のごとく17文字を持って現状に甘んじるべきであり、軽口を言ったり頓智を言ってげらげらすることで満足していなさい。あなたは当然のごとく31文字を持って現状に甘んじるべきであり、雪月花を繰り返すだけで満足するべきだし、煮え切らない恋歌を歌うことで満足するべきなのです。あなたがドラマを歌うなど贅沢なことなのです。あなたが詩を論じるのは愚痴と同じことです。あなたはどこかの記者が言ったように偽詩人であり胡散臭い詩の評論家であり、あなたを罵る人もそのように言うし、あなたも自ら自分を罵ってそういうがよいでしょう。
 あなたを取り囲む現実はあなたを幽遠の世界に迷い込ませるでしょう。しかし、あなたは幽遠の世界について語ってはならないし、あなたが幽遠について語ることはむしろ銭湯の番頭が他人の裸を論ずることにさえ及ばないからです。あなたの耳には軍靴の足音を以て最上の音楽として満足し、若い女性の美人絵を以て最上の美術と思いなさい。あなたの口には餡子餅でもって最上の珍味としなさい。ああ、詩を論じる人々よ、詩歌に労力を費やす人々よ、帰りなさい。帰ってあなたの求められている店頭に(求められている商品として)出るがよろしい。

ちょっと適当すぎる訳です。ごめんなさい。では
2008/11/03のBlog
自分は偉そうに人を批判する資格があるかと。否。聖書くらい読みなさい。「あなた方の中で罪のない者がまずこの女に石を投げつけるが良い」

最近思うことについて。他者を批判することにどのような意味があるのか。その辺があいまいなまま書こうとする一方で批判ですらない駄文を連ねることに一体どういう意味があるのだろうか。自分のバカさ加減に気づくにはよい文が残るという意味があるでしょう。しかもそれを公開しちゃうってんだからバカここに極まれりって感じです。

モラルの頽廃とか道徳の乱れとかちょっと考えてみれば今に始まったことでもありますまい。それをさも「自分はわかってる」かのように偉そうなことをいう自分。あなたは何様ですかと。これはもしかして、自分の言動に酔ってる自分の姿にまた自己陶酔っていう状況ですか。無駄すぎる。

結論。他者への批判を以て自分への批判としたいと思います。そういう意味でなら一般人のごく限られた範囲において他者を批判する意味もちょっとはあるのかもしれません。では
2008/11/01のBlog
いい加減真性のバカはメディアに出ないで下さい。お願いします。この人。見る人と関わる人に害悪しか与えないではないですか。

私の意見が決して一般人を代弁することにはなりませんが、一般人の意見の一部ではあります。「あなたは一人でギャーギャー騒いで売名行為をしているように思えますが、私はあなたがどこで生まれてどこで誰と結婚してどんな夫婦生活を送って離婚に至った経緯とかについて、ニュートリノの大きさくらいしか興味ありません。」としか言い様がありません。マスコミ関係のみなさんも、こういうしけた手持ちの花火みたいなつまらないネタなんか扱うよりもっとド派手で胸がスカッとするようなネタを扱って欲しいと切に願うわけであります。では
ある人から「最近元気が無いんですぅ」と言われたので、早速私は彼女に元気玉の作り方を伝授したわけであります。

1、直立不動の状態から足を肩幅程に広げて立つ
2、両腕を真上より若干外側に向けて上げる。手のひらは最大限広げて上に向ける
3、顔と目線を上に上げて叫ぶ。「おらに元気を分けてくれ!」

実際に私がデモンストレーションを行い、彼女も上記の手順に従って元気玉を作るべく尽力してくれました。さすがに大声では叫ぶことができませんでしたが、それが元気玉を作ることができなかった一因なのかなと思います。では
2008/10/30のBlog
苫米地英人著『頭の回転が50倍速くなる脳の作り方~「クリティカルエイジ」を克服する加速勉強法~ 』2007, フォレスト出版

肩書き。上智大学卒業後カーネギーメロン大学に留学しPh.Dを取得。オウム真理教信者の洗脳を解いたり、国松警察庁長官狙撃事件の犯人から記憶を引き出したりしたそうです。その後色々と偉いポストに就きつつ、色々執筆出版中。他にもセミナー等を精力的に開催中。らしいです。

はっきり言わしてもらいます。全然参考になりませんでした。胡散臭すぎ。専門分野ではカーネギーメロン大学でPh.Dを取得してしまう位なんだからよほどすごいのでしょうが、本の方は正直・・・っていう感じでした。装丁もあのーアレですよ、ゆとり教育世代と肩書きに弱い人たちをターゲットにしたような派手なもの。人は見た目が9割とはいうものの、あまりの中身の無さに思わずため息をついてしまいました。まあ、改めてジャケ買いの恐ろしさと肩書きのみを信用しての買い物は博打だということを認識した次第。いや、この人が悪いんでは決してござんせん。うかつに買ってしまった私が全て悪いんでございます。私が馬鹿だったんです!私が本当に馬鹿だったんです!私が馬鹿すぎたんです!ということでこの人の本は二度と買わないことにします。香山リカさんの本と同様に私の中でいわゆる「アレな本」そして「アレな著者」の殿堂入りを果たしてしまったので。皆さんも変な本にはくれぐれもお気をつけてお過ごしください。では
2008/10/28のBlog
名前だけは有名だったのですが、「さてどんな本か知らん?」と思って柄にも無くこのお方の著書なんて買って後悔したわけであります。香山リカ著『知らずに他人を傷つける人たち-モラル・ハラスメントという大人のいじめ-』2007, ベスト新書。えーと、読んでいて気持ち悪いんですよね。何が気持ち悪いって、全てが(笑)。文章、扱う内容、その他諸々。単なる誹謗中傷と捉えて頂いて構いません。だって最後まで読み通してないんだから(笑)。読んでない人がその本の批評をする資格はない!その通り。というわけで私の主張は批判にすらなりえないわけであります。ちなみにアマゾンのレビューで私が賛成票を投じたいのはこちらのレビューであります。とりあえず、時間とお金の無駄だった!と自分では思います。では
ホワイトソースといふものがまさかかように簡単に作れてしまうとは。

1、フライパンを温める
2、バターを溶かす(弱火)
3、バターと同じ分量の小麦粉を溶かしたバターに加えて加熱する(弱火)
4、塊がなくなったところでバターと小麦粉の5~7倍の量の牛乳を加えて加熱する(弱火)
5、ほどよいとろみがでてきたところで塩と胡椒を加えて味を調えて完成

なるほど簡単ですね。次に、別のフライパンで別のものを用意します。

1、ジャガイモ、ソーセージ、タマネギ、シメジを用意する。
2、ジャガイモは火が通りやすいように小さいかけらに切る。ソーセージは斜め切りにする。タマネギは半分に切って、スライスする。
3、フライパンを温めてサラダ油をひく(強火)
4、小さいかけらに切ったジャガイモをフライパンに投入し、ほどほどに火が通るまで炒める
5、炒めていたジャガイモにソーセージ、タマネギ、シメジを投入し、塩と胡椒で炒める。シメジがしなってきたところで少量水を加えて蓋をして蒸し焼きにする
6、ホワイトソースを加えて中火か弱火で加熱する。塩と胡椒で味を調える
7、ジャーマンポテト風ホワイトソーススパゲッティのソースが完成!

上記の2つの工程を進め