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2006/09/20のBlog
[ 14:21 ]
『大日本産業事蹟』明治二十四年・目黒伊三郎刊(平凡社東洋文庫四七三大林雄也一九八七年東京)第十一牧畜家禽の項の出展
一、本邦牧畜および沿革
『神代巻』『古語拾遺』『築後風土記』『日本紀』延慶庚戌五月十日河東牧童寧直磨手記『国牛十図』文化七年庚午十月五日美備伝写『古代印之図』宝暦辛巳上総国夷隅郡臼井郷長者中村国香著『房総志料』
二、本邦名馬考
『大日本農会報告書』
三、備後国岩倉牛繁殖の起源
四、本邦牛馬耕の起源および沿革
『桓武天皇二十三年冬十二月勅諭』
五、陸奥南部馬改良の由来
陸奥国三戸郡宇住谷牧場に寛保二年九月死亡のペルシャ馬の碑を建て「蒼前堂」を作る。
六、本邦馬肉の沿革
天武天皇四年四月布令『日本紀』『補饑新書』
七、安房峯岡牧場の沿革
八、本邦種牛馬舶来の沿革
九、安房嶺岡白牛ならびに牛酪製造の由来
十、常陸多賀郡大熊牧場の開創および沿革
十一、本邦種牛、馬、羊、豚維新後舶来の事
十二、美作真島郡大杉牧牛場の起源
十三、本邦舶来馬種の来歴
十四、本邦牛乳搾取の濫觴
十五、千島色丹島綿羊飼育の起源
十六、本邦驢馬舶来の起源
十七、出雲能義郡飼鶏の来歴
十八、但馬、淡路産牛馬の由来
十九、本邦養鷹の濫觴
一、本邦牧畜および沿革
『神代巻』『古語拾遺』『築後風土記』『日本紀』延慶庚戌五月十日河東牧童寧直磨手記『国牛十図』文化七年庚午十月五日美備伝写『古代印之図』宝暦辛巳上総国夷隅郡臼井郷長者中村国香著『房総志料』
二、本邦名馬考
『大日本農会報告書』
三、備後国岩倉牛繁殖の起源
四、本邦牛馬耕の起源および沿革
『桓武天皇二十三年冬十二月勅諭』
五、陸奥南部馬改良の由来
陸奥国三戸郡宇住谷牧場に寛保二年九月死亡のペルシャ馬の碑を建て「蒼前堂」を作る。
六、本邦馬肉の沿革
天武天皇四年四月布令『日本紀』『補饑新書』
七、安房峯岡牧場の沿革
八、本邦種牛馬舶来の沿革
九、安房嶺岡白牛ならびに牛酪製造の由来
十、常陸多賀郡大熊牧場の開創および沿革
十一、本邦種牛、馬、羊、豚維新後舶来の事
十二、美作真島郡大杉牧牛場の起源
十三、本邦舶来馬種の来歴
十四、本邦牛乳搾取の濫觴
十五、千島色丹島綿羊飼育の起源
十六、本邦驢馬舶来の起源
十七、出雲能義郡飼鶏の来歴
十八、但馬、淡路産牛馬の由来
十九、本邦養鷹の濫觴
2006/09/18のBlog
[ 20:54 ]
犬狗養畜伝
浪華暁鐘成著述
周礼六畜註、獣可畜者六■、牛・馬・羊・犬・豕・鶏とあり。論語の古註にも犬は守禦ぐ を以て人に養ると云り。又、風俗通曰、俗説に狗は賓主を別て善守禦故に四門に着て以て盗 賊を避と也。俗高僧伝には犬を防畜と云い、楞厳釈要鈔には狗を名て守狗と云り。されば兼 好が徒然草にも、犬は守り防ぐつとめ人にも勝りたれば、必ず有べしと云り。実や犬は能恩 を知り仇を酬ひ、鼻利くして能気を嗅ぎ、能家を守て非常の人を内に入ず。厳く吠て窃盗を 防ぐ。官家・賎民共に畜ずんばあるべからざるの者なり。
且、田犬は狩猟の時まず山野に放ち入て禽獣の所在を候しむ。 乃、官家の宝獣なり。原来 一切の邪魅妖術を能祓避るがゆえに、道家に是を禁ずるといえり。凡そ犬の忠功人に勝れ、 相和潅之の養える主の恩を知り、是を報ずること往古より和漢ともにその例少からず。
故に世人狗を養うに、慈愛あらずんば人道にあらず。夫、生るを愛し、死を悼むは仁の道なり。則、これを慈悲と云。そも慈悲の心なきは人倫にあらず。法界次第云、能他に楽を与るの 心、これを名て悲とす。又、盆経通今記曰、衆生を愍覆して句を抜、楽を与を慈悲と名づくと あり。大論に曰、胎卵湿化は生生の父母、魚鳥禽獣は世世の兄弟と。斯有ば此世に生を受るもの、禽獣に至るまで皆兄弟なり。憐まずんばあるべからず。況や家に養て朝夕狎て隋者に於 てをや。予平生に生るを愛し、死を悼むがゆえに、こゝに犬狗を養の心得を著し、彼を助くるの便とす。衆人閲して用いたまうことあらば、小子が歓び是に過ずという。
○馬銭の毒に中るときは急に冷水を呑しむべし、其毒を解す。
○狗、癩病を発するときは、桃の木の葉を搗き爛し、其皮毛に擦つけ、少時して是をあらい去るべし。かくのごとく度々すれば終には治する也。
○癬疥を生ずるときは好茶を煎じ、一夜冷して後是をあらうべし。
○創を受る時は急に小豆を煮て食しむべし。若、粒を嫌て食ざれば、能煮たる汁ばかりを飲 すべし。尤、能冷して飲すべし。惣じてあつきものはあしゝ。冷物をよしとす。且、灼傷・打瘍等にも小豆を用いてよし。小疵は自ら舐て癒といえども、舐る事あたわざる所は癒がたし。 何れにもあれ創を受なば小豆を煮てはやく痛苦を救うべし。小豆を嫌うことあらば鰹節を かき入て食しむべし。
○壁蝨、皮に入て血を吸うこと常にあり。多くは指の股に啖つく故に、必らず脚をかがむる
事あり。其歩むに趁跛のごとく歩風あしきものは、指の股を穿鑿して是を取て助くべし。然
れども人に打擲れ跛を引もあれば、尚よく考うべし。且、耳の中などにも啖つきおれば時々 見て遣すべし。其余蚤・蝨をもとるべし。
○狗蝿は多く老たる狗には着ものにして、凡そ頚のほとりに群り、毛の中を潜りて血を吸うものなり。煙草の脂を嫌う故に何れも煙草のぢくを編て頚環に作り掛るあり。此趣向もっともよし。狗蝿は冬にいたれば狗の耳の中に蔵るゝといえり。然れば冬の中に耳の中を探りて殺し置なば、夏にいたりての憂いあるまじく覚ゆ。又、灯し油を惣身の皮毛にぬり付れば、忽ち蝿さり死すると云り。
○蚤・蝨を取には樟脳を犬の全身にぬり付おき、桶筥の類を以て狗を覆い蓋して、少時ありてはなち出せば其蚤・蝨悉く落てすみやかに去なり。
○川鰕・海鰕ともに喰すべからず。鰕るいを食すれば脚かがみ弱くなりて、腰抜のごとく成なり。かたく禁べし。若、あやまって鰕を喰い此毒にあたらば、黒大豆の煮汁を冷し、多く飲 すべし。又、鰊を喰すもよし。
○咽喉に魚の骨などをたてくるしむ事あらば、飯のかたまりを喰すべし。
○惣じて辛き物には熱物多し。必ず与うべからず。又、酒のかすなんど宜しからず。
○常に臥所には筵・藁菰・空俵の類いを敷て寝さすべし。犬は至て湿気を悪うものなれば 心を付て得さすべし。止事を得ずして常に湿気の地に眠る時は、必らず病を生ずることあり。
○夜中に門外に出んと頻りに吠ゆることあり。是は小便又は糞をせんとて告るなり。納屋或はうら口に出して小便をさすべし。尤、小便は裏口などにてもすれども、糞は決して畜るゝ 家の四壁の間にすることを慎むゆえ、少し離し所ならでは糞はせざるものと、心会べし。さ
ればとて夜中に外面に出すことは宜しからず。納屋などに連ゆくべし。
○犬は腹中常に熱するもの故に、暑に至れば舌を出し喘ぎ苦しめり。然れども是は病にあらず。暑に苦しむなれば、鉢などに冷水を湛え置て飲ましむべし。尤、四時ともに水を絶さず鉢にたゝえ置べし。魚類を食せし跡にては冬にても水を飲もの也。必らず喉をかわかしむることなかれ。予平生に冷水を湛え近隣に養える多くの犬に与えるに、其快く飲る形勢は、さも こそと想像る。人畜なんぞ苦楽の隔てあらんや。我よしとおもうことは、人もさもあらんと 施し、あしき事は人も否にあらんと思いて、なさざるを恕というとぞ。故に恕を能行ばやが て仁にいたるといえり。
○秋より末に至り雨中などには、能狎たる狗は席上に上らんと為こと有。是、狗は湿気を嫌 うがゆえに床の上に居んとするなれば、此時は湿気なき筵を地に敷て与えれば其上に臥な り。必らず怪みて禁むる事なかれ。
○平生の食用に強き飯ばかりを多く喰しむべからず。彼が性余れる物を探し求て喰うもの 故、飽まで生飯を喰むれば病を発すること有り。希くは粥の冷たるをよしとす。或は飯櫃の 洗い水、又は新米の糠を水にて練て与えるもよし。豆腐のから・蕎麦・小豆粥などもよし。 尤、是等ばかりは喰うに美味ならざれば嫌てもあるべし。飯粥などを与るに、一度は飯、一度は糠などゝ取りまぜて食すべし。彼が身の為に頗るよし。尚、成長の後はあまりに加減に及 ざれども、生れて暫時の間は食のかけ引に心を付べし。小狗の愛らしきに溺れて生飯ばかりを強て喰せば、上腹はり出て終には病を発することあり。爾有ばとて饑に及ばすは甚だあしゝ。只程よく食をあたうべし。小狗は則ち人間の小児と心得べし。其養いかたあしくして狂 犬・病犬と成り、人を咬がゆえに、遠き山野に捨ること不便ならずや。そもや人間と畜類と、皆別々の物と思うがゆえに心を用ざる也。
行基菩薩の歌に「山鳥のほろほろと啼声きけば父かとぞ思う母かとぞ思う。これ往古
六道衆生、皆是我父母といえる経文にて詠り。夫、六道を廻る衆生、親となり子となり、幾千
万度という事限りなし。されば人畜の隔有べからず。偏に慈悲をたれなんこそ願わし。
○人過って彼が尾を踏、又は罪なきに打んとして却て咬れ創を蒙るは、人のあしきにして、 犬の科にあらず。是を咬犬・病犬などゝ罵るは非也。譬聊の科ありとも、強く打擲すべきに あらず。人は万物の長たり。上たる者下を憐むは人倫の道也。若、罪あらば、杖を揚て打形を すべし。何ぞ厳く打擲して幾許の益かあらん。所謂無益の殺生なり。
○自愛する狗を奨け、他の犬と闘し、楽めることは殺生の至り也。他の犬に打勝て傷をつけ 何の益あり哉。其上闘すこと数度に及べば、犬の気盛んになりて、後には人をも咬ことあり。必らず闘はすことをすべからず。彼は畜生残害とて互に咬合争う正り。是をさゝえて残害せざる様はからうこそ人の道也。しかるに是をあらそわせ楽しみとなすは、其畜生にも劣るべし。且、此闘かいよりして双方の人喧嘩口論に及ぶことあり。甚だ浅猿しき事ども也。往昔相模入道崇鑑、狗を闘はす事を好みしが、果して兵乱の前表たりしということあり。決して宜 しからざる事也。
尤、童・小者の類い何の弁もなくなすこと多し。是等は其親々・其主人より教訓を加え禁しむべきこと也。其子の所業あしきは親々の教あしきゆえ也。其召使いの所作あしきは其主人の教訓なきがゆえなるべし。全く主・親々の恥というべし。若、両犬のたゝかうことあら ば、必らず鎮め分るこそ慈悲と云べし。
○梵網戒■発隠曰、慈悲とは諸の衆生を観て赤子を保んずるがごとく、傷みて忍ばざるなりとぞ。又、慈鎮の歌に「誰も皆わが身をつみて思うべし 命はおしきものと知らずや。唯々 畜生をあらそはせて、我身の楽しみとなす事をすべからざるものなり。
○凡、犬の病を得を■犬、風犬、狂犬、■犬、癲犬などと号す。すべて時候の不正に中るあり、 食物より発るあり。何れも発病の兆しあれば、忽ち其形状常にかわることあり。若、如此相あらば病重からざる間にいそぎ薬を飲しむべし。則ち其薬方を茲に委しく著さんと欲ども、人業用繁くして製法なすことを倦み、予が意に従い給うこと有まじと覚るにより、今般その良薬の法を伝え、滄海堂の老店にて、是を世に弘くなさしめんとす。犬狗を憐み給うの人あら ば、需めて用給わんことを希う。犬の病を助くるにおいては、人咬るゝの難もなく、彼を助け是を保んずるの理ならん歟。尚、病犬の形状の事は、その良薬の能書に詳かに識すを以てこ ゝにもらせり。
○犬は夜中安く眠ることをせざれば、夜の明るを待かね、外面に出んとて主をせがめども、
必ず未明より外面に出す事なかれ。近年狗賊多く徘徊して所々に於て撃取ること夥し。然ば日東に高く昇り、往来の行人繁くなるを待て出すべし。既に予が愛する所の白犬も、過し秋 狗賊の為に害せられ命を果せり。故に尚此事を衆人に告て、その横変なからん事を願う。
○都て主なき狗は終夜路頭に臥ゆえ、夜気にあたり風寒に冒され、時候の外邪に感じ、病を 発ること多し。其上狗賊の為に悉く害せらるれば、若、近辺に主なくして臥所を定めぬ狗あ らば、必らず慈悲を加え、夜は晩刻より内に入て臥しめ、朝は心を付て遅く出し、賊難を救い助け玉わん事を希う。
○夫、朝暮に神を信て幸福を祈り、仏を念じて後世を願うとも、慈悲の心なくして何ぞ神仏 の意に叶うべき哉。ただ偏に上を敬い掟を守り、下を憐み、慈悲を施さば、自ら神慮仏意に叶いて、祈らずとても冥助あるべし。
■狗良方犬の病を治す薬
犬の性は能恩を知り、仇を酬い、鼻利くして能気を嗅ぎ、能家を守て非常の人を内に入ず。厳く吠て窃盗を防ぎ、一切の邪魅妖術を祓避の良獣にして、往古より犬の忠孝人に勝る事和漢ともに其例少なからず。故に世人是を養うに慈愛あらずんば有べからず。然はあれど、養 う人多くは彼が壮健の時は愛すといえども、既に病を発するに至りては治療を加ゆるの事 を聞ず。
夫、生を愛し死を悼むは仁の道也。又、他に楽を与うるを慈といゝ、他の苦を救うを悲という。尤、人として此慈悲の心なきにはあらずといえども、全く其病苦を助くべき良薬、世に容易なきを以て、寵愛の犬病に苦むといえども手を空して日を送る故に、終には病増長し病苦に狂いて人を咬におよぶ。此時に至ては自も他も忌嫌い止事を得ずして遠き野に捨て山に 放ち、或いは無慈悲に撃殺しなんど致す事、哀れというも余りあり。
予平生に此事を憂るにより、今般其治療の薬を製し、世に弘くなさんことを希う。■狗の 人を咬事ひとえに犬の所業にあらず。病の致すところなれば、予て愛し養う人は其病の発せざる様こころを用い、若、病の兆あらば薬を与えて治せしむべし。
抑、其病の発する事大概人の身にかわることなし。先朝夕露に臥て時ならざる不順の気を感じ風犬となる。是人の風邪又は時気に中しというに同じ。又は食に餓るより発り、食の過 るより発あり。将又、生質短気にして性急なるもの、他の犬と数回たゝかい益気高ぶりて狂 犬となる者あり。是、人の癇気高ぶりて乱心狂気となるに斉し。且は身に創を蒙り其傷口よ り風気をうけ病となるもあり。
何れにもあれ病を兆せば、旦暮の挙動かならず常に異所あり。其形状を左に委く識せり。
犬を飼人閲し玉いて病の兆を察し、若、此形状あらば急に薬を飲しめ、病苦を救い得さ
しめ玉え。病重りて人を多く咬に至れば、薬を飲しむるにも咬れやせんと人近づく事を恐るゝ故に、薬を与んにも煩しければ、左右に病の軽き間に早く救せ給うべし。然においては狗 をも助け、人咬るゝの難をも除き、人畜ともに安全の基たらんかと謹白。
○病犬の形状
○尾を垂下るもの○眼色赤きもの○舌黒く涎を流す○鼻先かわくもの○頭を傾け走もの○吠声出がたきもの○眼朦もの○食を喰ざるもの○人を避、身を隠すもの○舌を出し喘ぐ もの、但し夏の炎天には舌を出し喘ぐ事あれども、舌の色も黒からず、目の色も赤からず唯 暑さをくるしむものなれば、病にあらず。平生に冷水を飲しむべし。
右あらわす形状いずれも病犬・狂犬の相なり。若、是にあらわす形状をなさば、急ぎ薬を 飲しむべし。
又、生質短気にして性急なるものあらば平生に用いる良薬別にあり。是をあたえて心気を寛にすべし。
■犬快生散○用いようは何にても食もつにふりかけてのますべし。もしくわざればかつ おぶしのこ又は何にても、なまぐさきものをすこし入てくわすべし。
○此薬は狗時気不正の外邪を感じ、風犬・狂犬・癲犬・■犬となるものを治するの妙薬 也。既に病犬の形状は前につまびらかに著すごとくなれば、若、その形状あらば、急ぎ重病とならざるうちに此薬を用て痛苦を救い給うべし。但し病中の食物は小豆の粥を焚てくわす べし。全快一としおすみやか也。
○■犬潤和散○用いよう、つねのしょくもつにふりかけてくわすべし。もしきらいてくわざればかつおぶしのこか、又は何にてもなまぐさものを入てくわすべし。
○是は生質短気にして良もすれば人を咬んとなすもの、或は眼をつり上げ心気いらちて
身をくるくる廻し、又は聊の事をも飛出し、惣而癇気の高ぶると見えるもの、必らず後々に
は狂犬となることあり。兼て此くすりをあたえて其性を緩にし、後の患苦を助け玉うべし。
○閉犬速開散○用いようはしょくもつにふりかけてくはすべし。もしくわざれば何にて もなまぐさきものを入てくわすべし。但し水にてせんじのますもよし。
○犬病をうけて気をふさぎ外に出ず、常ていに食をくらわず、人にたとえれば気ぶしょうなる形状にて、ただ何となく煩しくみえる物に是を用い、速に閉塞げたるを開し、欝を散じ、壮健にならしむること妙也。
○柔狗強壮散○用いようはつねづねのしょくもつにふりかけてくわすべし。但し一日に 薬の目方壱分ばかりづつ用ゆべし。
○是は其性質虚弱ものを健にし、痩たるを肥し、臆病なるを治し、毛色しきものをして艶 よく美しくならしむるの妙薬なり。但し風犬・狂犬のたぐいには用ゆべからず。
右四種何れも散薬のまま食せざれば、水にてせんじ食もつにかけのましむべし。尤、矮狗 ・猫ともに用いてよし。
犬にかまれたるを速に治す薬
■犬咬傷救癒散
夫、犬は一切の邪魅妖魔を祓避、窃盗を防ぎ能家を守の良獣にして、人を咬の悪獣ならず
といえども、彼病を発するに及びては、其病苦に狂て往来の人に咬つくことあり。俗に是を 病犬と号す。されば此■狗の為に咬れ傷を受るもの、急に治療を加えざれば、忽ち毒気身中 に入て九死一生の患と成り。其証凡大熱を発し、恰も傷寒の如く口噤み、牙を咬、身を反すあり。又、涎を流し、沫を吐、汗を出し睾丸ちぢみ、大小便通ぜず。舌を巻、食下らず、或は狂犬の吠が如く声を発し、終には死するものり。初めに理療を誤れば、毒抜ずして死に至る則ば良 医も療を施がたし。
是によって今般良薬を製し、病犬の難にあう人、治療に怠らざるの一助とせり。尤、創口癒るといえども、後に食物の禁忌を厳く守ざれば、必ず再発して治しがたきが故に、尚禁物の 品々を詳に著し、且、咬れし時の心会等を委く識し、右の薬にそえ侍り。されば衆人かねて是を所持し給うべし。生涯此難に会ずして此薬の役に立ざれば、僥倖是に過ざるべし。若、不慮も此創を受なば、其功広大無量也。将、自傷を受ずとも他咬難に会を救はば、則、陰徳の一な らずや。
原来市中に風犬・狂犬の類あり。山野にては■犬・癲狗・豺・狼等り。他出旅行の客はさわめて携え玉うべし。偏に自他の重宝なりと勧め申こと爾云利
大坂心斎橋通博労町北へ二軒目 清水谷滄海堂精製 印
浪華暁鐘成著述
周礼六畜註、獣可畜者六■、牛・馬・羊・犬・豕・鶏とあり。論語の古註にも犬は守禦ぐ を以て人に養ると云り。又、風俗通曰、俗説に狗は賓主を別て善守禦故に四門に着て以て盗 賊を避と也。俗高僧伝には犬を防畜と云い、楞厳釈要鈔には狗を名て守狗と云り。されば兼 好が徒然草にも、犬は守り防ぐつとめ人にも勝りたれば、必ず有べしと云り。実や犬は能恩 を知り仇を酬ひ、鼻利くして能気を嗅ぎ、能家を守て非常の人を内に入ず。厳く吠て窃盗を 防ぐ。官家・賎民共に畜ずんばあるべからざるの者なり。
且、田犬は狩猟の時まず山野に放ち入て禽獣の所在を候しむ。 乃、官家の宝獣なり。原来 一切の邪魅妖術を能祓避るがゆえに、道家に是を禁ずるといえり。凡そ犬の忠功人に勝れ、 相和潅之の養える主の恩を知り、是を報ずること往古より和漢ともにその例少からず。
故に世人狗を養うに、慈愛あらずんば人道にあらず。夫、生るを愛し、死を悼むは仁の道なり。則、これを慈悲と云。そも慈悲の心なきは人倫にあらず。法界次第云、能他に楽を与るの 心、これを名て悲とす。又、盆経通今記曰、衆生を愍覆して句を抜、楽を与を慈悲と名づくと あり。大論に曰、胎卵湿化は生生の父母、魚鳥禽獣は世世の兄弟と。斯有ば此世に生を受るもの、禽獣に至るまで皆兄弟なり。憐まずんばあるべからず。況や家に養て朝夕狎て隋者に於 てをや。予平生に生るを愛し、死を悼むがゆえに、こゝに犬狗を養の心得を著し、彼を助くるの便とす。衆人閲して用いたまうことあらば、小子が歓び是に過ずという。
○馬銭の毒に中るときは急に冷水を呑しむべし、其毒を解す。
○狗、癩病を発するときは、桃の木の葉を搗き爛し、其皮毛に擦つけ、少時して是をあらい去るべし。かくのごとく度々すれば終には治する也。
○癬疥を生ずるときは好茶を煎じ、一夜冷して後是をあらうべし。
○創を受る時は急に小豆を煮て食しむべし。若、粒を嫌て食ざれば、能煮たる汁ばかりを飲 すべし。尤、能冷して飲すべし。惣じてあつきものはあしゝ。冷物をよしとす。且、灼傷・打瘍等にも小豆を用いてよし。小疵は自ら舐て癒といえども、舐る事あたわざる所は癒がたし。 何れにもあれ創を受なば小豆を煮てはやく痛苦を救うべし。小豆を嫌うことあらば鰹節を かき入て食しむべし。
○壁蝨、皮に入て血を吸うこと常にあり。多くは指の股に啖つく故に、必らず脚をかがむる
事あり。其歩むに趁跛のごとく歩風あしきものは、指の股を穿鑿して是を取て助くべし。然
れども人に打擲れ跛を引もあれば、尚よく考うべし。且、耳の中などにも啖つきおれば時々 見て遣すべし。其余蚤・蝨をもとるべし。
○狗蝿は多く老たる狗には着ものにして、凡そ頚のほとりに群り、毛の中を潜りて血を吸うものなり。煙草の脂を嫌う故に何れも煙草のぢくを編て頚環に作り掛るあり。此趣向もっともよし。狗蝿は冬にいたれば狗の耳の中に蔵るゝといえり。然れば冬の中に耳の中を探りて殺し置なば、夏にいたりての憂いあるまじく覚ゆ。又、灯し油を惣身の皮毛にぬり付れば、忽ち蝿さり死すると云り。
○蚤・蝨を取には樟脳を犬の全身にぬり付おき、桶筥の類を以て狗を覆い蓋して、少時ありてはなち出せば其蚤・蝨悉く落てすみやかに去なり。
○川鰕・海鰕ともに喰すべからず。鰕るいを食すれば脚かがみ弱くなりて、腰抜のごとく成なり。かたく禁べし。若、あやまって鰕を喰い此毒にあたらば、黒大豆の煮汁を冷し、多く飲 すべし。又、鰊を喰すもよし。
○咽喉に魚の骨などをたてくるしむ事あらば、飯のかたまりを喰すべし。
○惣じて辛き物には熱物多し。必ず与うべからず。又、酒のかすなんど宜しからず。
○常に臥所には筵・藁菰・空俵の類いを敷て寝さすべし。犬は至て湿気を悪うものなれば 心を付て得さすべし。止事を得ずして常に湿気の地に眠る時は、必らず病を生ずることあり。
○夜中に門外に出んと頻りに吠ゆることあり。是は小便又は糞をせんとて告るなり。納屋或はうら口に出して小便をさすべし。尤、小便は裏口などにてもすれども、糞は決して畜るゝ 家の四壁の間にすることを慎むゆえ、少し離し所ならでは糞はせざるものと、心会べし。さ
ればとて夜中に外面に出すことは宜しからず。納屋などに連ゆくべし。
○犬は腹中常に熱するもの故に、暑に至れば舌を出し喘ぎ苦しめり。然れども是は病にあらず。暑に苦しむなれば、鉢などに冷水を湛え置て飲ましむべし。尤、四時ともに水を絶さず鉢にたゝえ置べし。魚類を食せし跡にては冬にても水を飲もの也。必らず喉をかわかしむることなかれ。予平生に冷水を湛え近隣に養える多くの犬に与えるに、其快く飲る形勢は、さも こそと想像る。人畜なんぞ苦楽の隔てあらんや。我よしとおもうことは、人もさもあらんと 施し、あしき事は人も否にあらんと思いて、なさざるを恕というとぞ。故に恕を能行ばやが て仁にいたるといえり。
○秋より末に至り雨中などには、能狎たる狗は席上に上らんと為こと有。是、狗は湿気を嫌 うがゆえに床の上に居んとするなれば、此時は湿気なき筵を地に敷て与えれば其上に臥な り。必らず怪みて禁むる事なかれ。
○平生の食用に強き飯ばかりを多く喰しむべからず。彼が性余れる物を探し求て喰うもの 故、飽まで生飯を喰むれば病を発すること有り。希くは粥の冷たるをよしとす。或は飯櫃の 洗い水、又は新米の糠を水にて練て与えるもよし。豆腐のから・蕎麦・小豆粥などもよし。 尤、是等ばかりは喰うに美味ならざれば嫌てもあるべし。飯粥などを与るに、一度は飯、一度は糠などゝ取りまぜて食すべし。彼が身の為に頗るよし。尚、成長の後はあまりに加減に及 ざれども、生れて暫時の間は食のかけ引に心を付べし。小狗の愛らしきに溺れて生飯ばかりを強て喰せば、上腹はり出て終には病を発することあり。爾有ばとて饑に及ばすは甚だあしゝ。只程よく食をあたうべし。小狗は則ち人間の小児と心得べし。其養いかたあしくして狂 犬・病犬と成り、人を咬がゆえに、遠き山野に捨ること不便ならずや。そもや人間と畜類と、皆別々の物と思うがゆえに心を用ざる也。
行基菩薩の歌に「山鳥のほろほろと啼声きけば父かとぞ思う母かとぞ思う。これ往古
六道衆生、皆是我父母といえる経文にて詠り。夫、六道を廻る衆生、親となり子となり、幾千
万度という事限りなし。されば人畜の隔有べからず。偏に慈悲をたれなんこそ願わし。
○人過って彼が尾を踏、又は罪なきに打んとして却て咬れ創を蒙るは、人のあしきにして、 犬の科にあらず。是を咬犬・病犬などゝ罵るは非也。譬聊の科ありとも、強く打擲すべきに あらず。人は万物の長たり。上たる者下を憐むは人倫の道也。若、罪あらば、杖を揚て打形を すべし。何ぞ厳く打擲して幾許の益かあらん。所謂無益の殺生なり。
○自愛する狗を奨け、他の犬と闘し、楽めることは殺生の至り也。他の犬に打勝て傷をつけ 何の益あり哉。其上闘すこと数度に及べば、犬の気盛んになりて、後には人をも咬ことあり。必らず闘はすことをすべからず。彼は畜生残害とて互に咬合争う正り。是をさゝえて残害せざる様はからうこそ人の道也。しかるに是をあらそわせ楽しみとなすは、其畜生にも劣るべし。且、此闘かいよりして双方の人喧嘩口論に及ぶことあり。甚だ浅猿しき事ども也。往昔相模入道崇鑑、狗を闘はす事を好みしが、果して兵乱の前表たりしということあり。決して宜 しからざる事也。
尤、童・小者の類い何の弁もなくなすこと多し。是等は其親々・其主人より教訓を加え禁しむべきこと也。其子の所業あしきは親々の教あしきゆえ也。其召使いの所作あしきは其主人の教訓なきがゆえなるべし。全く主・親々の恥というべし。若、両犬のたゝかうことあら ば、必らず鎮め分るこそ慈悲と云べし。
○梵網戒■発隠曰、慈悲とは諸の衆生を観て赤子を保んずるがごとく、傷みて忍ばざるなりとぞ。又、慈鎮の歌に「誰も皆わが身をつみて思うべし 命はおしきものと知らずや。唯々 畜生をあらそはせて、我身の楽しみとなす事をすべからざるものなり。
○凡、犬の病を得を■犬、風犬、狂犬、■犬、癲犬などと号す。すべて時候の不正に中るあり、 食物より発るあり。何れも発病の兆しあれば、忽ち其形状常にかわることあり。若、如此相あらば病重からざる間にいそぎ薬を飲しむべし。則ち其薬方を茲に委しく著さんと欲ども、人業用繁くして製法なすことを倦み、予が意に従い給うこと有まじと覚るにより、今般その良薬の法を伝え、滄海堂の老店にて、是を世に弘くなさしめんとす。犬狗を憐み給うの人あら ば、需めて用給わんことを希う。犬の病を助くるにおいては、人咬るゝの難もなく、彼を助け是を保んずるの理ならん歟。尚、病犬の形状の事は、その良薬の能書に詳かに識すを以てこ ゝにもらせり。
○犬は夜中安く眠ることをせざれば、夜の明るを待かね、外面に出んとて主をせがめども、
必ず未明より外面に出す事なかれ。近年狗賊多く徘徊して所々に於て撃取ること夥し。然ば日東に高く昇り、往来の行人繁くなるを待て出すべし。既に予が愛する所の白犬も、過し秋 狗賊の為に害せられ命を果せり。故に尚此事を衆人に告て、その横変なからん事を願う。
○都て主なき狗は終夜路頭に臥ゆえ、夜気にあたり風寒に冒され、時候の外邪に感じ、病を 発ること多し。其上狗賊の為に悉く害せらるれば、若、近辺に主なくして臥所を定めぬ狗あ らば、必らず慈悲を加え、夜は晩刻より内に入て臥しめ、朝は心を付て遅く出し、賊難を救い助け玉わん事を希う。
○夫、朝暮に神を信て幸福を祈り、仏を念じて後世を願うとも、慈悲の心なくして何ぞ神仏 の意に叶うべき哉。ただ偏に上を敬い掟を守り、下を憐み、慈悲を施さば、自ら神慮仏意に叶いて、祈らずとても冥助あるべし。
■狗良方犬の病を治す薬
犬の性は能恩を知り、仇を酬い、鼻利くして能気を嗅ぎ、能家を守て非常の人を内に入ず。厳く吠て窃盗を防ぎ、一切の邪魅妖術を祓避の良獣にして、往古より犬の忠孝人に勝る事和漢ともに其例少なからず。故に世人是を養うに慈愛あらずんば有べからず。然はあれど、養 う人多くは彼が壮健の時は愛すといえども、既に病を発するに至りては治療を加ゆるの事 を聞ず。
夫、生を愛し死を悼むは仁の道也。又、他に楽を与うるを慈といゝ、他の苦を救うを悲という。尤、人として此慈悲の心なきにはあらずといえども、全く其病苦を助くべき良薬、世に容易なきを以て、寵愛の犬病に苦むといえども手を空して日を送る故に、終には病増長し病苦に狂いて人を咬におよぶ。此時に至ては自も他も忌嫌い止事を得ずして遠き野に捨て山に 放ち、或いは無慈悲に撃殺しなんど致す事、哀れというも余りあり。
予平生に此事を憂るにより、今般其治療の薬を製し、世に弘くなさんことを希う。■狗の 人を咬事ひとえに犬の所業にあらず。病の致すところなれば、予て愛し養う人は其病の発せざる様こころを用い、若、病の兆あらば薬を与えて治せしむべし。
抑、其病の発する事大概人の身にかわることなし。先朝夕露に臥て時ならざる不順の気を感じ風犬となる。是人の風邪又は時気に中しというに同じ。又は食に餓るより発り、食の過 るより発あり。将又、生質短気にして性急なるもの、他の犬と数回たゝかい益気高ぶりて狂 犬となる者あり。是、人の癇気高ぶりて乱心狂気となるに斉し。且は身に創を蒙り其傷口よ り風気をうけ病となるもあり。
何れにもあれ病を兆せば、旦暮の挙動かならず常に異所あり。其形状を左に委く識せり。
犬を飼人閲し玉いて病の兆を察し、若、此形状あらば急に薬を飲しめ、病苦を救い得さ
しめ玉え。病重りて人を多く咬に至れば、薬を飲しむるにも咬れやせんと人近づく事を恐るゝ故に、薬を与んにも煩しければ、左右に病の軽き間に早く救せ給うべし。然においては狗 をも助け、人咬るゝの難をも除き、人畜ともに安全の基たらんかと謹白。
○病犬の形状
○尾を垂下るもの○眼色赤きもの○舌黒く涎を流す○鼻先かわくもの○頭を傾け走もの○吠声出がたきもの○眼朦もの○食を喰ざるもの○人を避、身を隠すもの○舌を出し喘ぐ もの、但し夏の炎天には舌を出し喘ぐ事あれども、舌の色も黒からず、目の色も赤からず唯 暑さをくるしむものなれば、病にあらず。平生に冷水を飲しむべし。
右あらわす形状いずれも病犬・狂犬の相なり。若、是にあらわす形状をなさば、急ぎ薬を 飲しむべし。
又、生質短気にして性急なるものあらば平生に用いる良薬別にあり。是をあたえて心気を寛にすべし。
■犬快生散○用いようは何にても食もつにふりかけてのますべし。もしくわざればかつ おぶしのこ又は何にても、なまぐさきものをすこし入てくわすべし。
○此薬は狗時気不正の外邪を感じ、風犬・狂犬・癲犬・■犬となるものを治するの妙薬 也。既に病犬の形状は前につまびらかに著すごとくなれば、若、その形状あらば、急ぎ重病とならざるうちに此薬を用て痛苦を救い給うべし。但し病中の食物は小豆の粥を焚てくわす べし。全快一としおすみやか也。
○■犬潤和散○用いよう、つねのしょくもつにふりかけてくわすべし。もしきらいてくわざればかつおぶしのこか、又は何にてもなまぐさものを入てくわすべし。
○是は生質短気にして良もすれば人を咬んとなすもの、或は眼をつり上げ心気いらちて
身をくるくる廻し、又は聊の事をも飛出し、惣而癇気の高ぶると見えるもの、必らず後々に
は狂犬となることあり。兼て此くすりをあたえて其性を緩にし、後の患苦を助け玉うべし。
○閉犬速開散○用いようはしょくもつにふりかけてくはすべし。もしくわざれば何にて もなまぐさきものを入てくわすべし。但し水にてせんじのますもよし。
○犬病をうけて気をふさぎ外に出ず、常ていに食をくらわず、人にたとえれば気ぶしょうなる形状にて、ただ何となく煩しくみえる物に是を用い、速に閉塞げたるを開し、欝を散じ、壮健にならしむること妙也。
○柔狗強壮散○用いようはつねづねのしょくもつにふりかけてくわすべし。但し一日に 薬の目方壱分ばかりづつ用ゆべし。
○是は其性質虚弱ものを健にし、痩たるを肥し、臆病なるを治し、毛色しきものをして艶 よく美しくならしむるの妙薬なり。但し風犬・狂犬のたぐいには用ゆべからず。
右四種何れも散薬のまま食せざれば、水にてせんじ食もつにかけのましむべし。尤、矮狗 ・猫ともに用いてよし。
犬にかまれたるを速に治す薬
■犬咬傷救癒散
夫、犬は一切の邪魅妖魔を祓避、窃盗を防ぎ能家を守の良獣にして、人を咬の悪獣ならず
といえども、彼病を発するに及びては、其病苦に狂て往来の人に咬つくことあり。俗に是を 病犬と号す。されば此■狗の為に咬れ傷を受るもの、急に治療を加えざれば、忽ち毒気身中 に入て九死一生の患と成り。其証凡大熱を発し、恰も傷寒の如く口噤み、牙を咬、身を反すあり。又、涎を流し、沫を吐、汗を出し睾丸ちぢみ、大小便通ぜず。舌を巻、食下らず、或は狂犬の吠が如く声を発し、終には死するものり。初めに理療を誤れば、毒抜ずして死に至る則ば良 医も療を施がたし。
是によって今般良薬を製し、病犬の難にあう人、治療に怠らざるの一助とせり。尤、創口癒るといえども、後に食物の禁忌を厳く守ざれば、必ず再発して治しがたきが故に、尚禁物の 品々を詳に著し、且、咬れし時の心会等を委く識し、右の薬にそえ侍り。されば衆人かねて是を所持し給うべし。生涯此難に会ずして此薬の役に立ざれば、僥倖是に過ざるべし。若、不慮も此創を受なば、其功広大無量也。将、自傷を受ずとも他咬難に会を救はば、則、陰徳の一な らずや。
原来市中に風犬・狂犬の類あり。山野にては■犬・癲狗・豺・狼等り。他出旅行の客はさわめて携え玉うべし。偏に自他の重宝なりと勧め申こと爾云利
大坂心斎橋通博労町北へ二軒目 清水谷滄海堂精製 印
2006/09/06のBlog
[ 19:04 ]
芝公園内『弥生社』
明治二十一年一月十二日東京日々新聞 警視庁にては、昨年十一 月、芝公園地内へ新築ありし弥生社落成に付き、その際聖上の臨幸を仰ぎ奉りしにより、同月二十八日僥倖らせたまうべき処、御不例に渡らせられ、にわかに御延引仰せ出だされしが、明後十四日、更 に同社へ行幸仰せ出だされしを以って、当日は余興として各警察 署詰の警部、巡査の撃剣野試合、及び現今興行中の力士百余名を呼び上げ五十番の相撲、並びに和洋手品の技術をも天覧に供し奉る 趣きなり。
明治二十三年に芝区有志者が払い受け弥生館と改称
明治二十一年一月十二日東京日々新聞 警視庁にては、昨年十一 月、芝公園地内へ新築ありし弥生社落成に付き、その際聖上の臨幸を仰ぎ奉りしにより、同月二十八日僥倖らせたまうべき処、御不例に渡らせられ、にわかに御延引仰せ出だされしが、明後十四日、更 に同社へ行幸仰せ出だされしを以って、当日は余興として各警察 署詰の警部、巡査の撃剣野試合、及び現今興行中の力士百余名を呼び上げ五十番の相撲、並びに和洋手品の技術をも天覧に供し奉る 趣きなり。
明治二十三年に芝区有志者が払い受け弥生館と改称
2006/08/31のBlog
[ 12:59 ]
獣医開業規則之義に付伺
獣医の義是迄府県適宜の処分に任せ自由営業差許来候処其徒たる曾て病理の何たるを知らず惟言われなき家伝の慣習若くは謹々の漢方等に拠りて施治するものにて要するに家畜の衛生を保護するに足るべきものに無之因て漸次之を改良せしめんが為め去る明治九年以来当省所轄農学校中に獣医の専門科を置き泰西の学術に基き正則又は変則の二法を以て生徒を養成し来候処既に卒業したる獣医学士或は獣医生も数多有之遇々府県にも採用せられ随て治術上に成功を顕はすに至り加え是迄慣習により営業致来候ものも漸く其迂拙を悟り到底泰西の学術に拠らされは真性の治療を得る能はさる事を略了解するの場合に有之抑我邦の牛馬たる啻に其種類の下劣なるのみならす其頭数に至りても人口に比較すれは其闕乏を極め農事軍用の得失利害に関する実に浅少にあらす然るに其改良繁殖を図るには之か衛生を保護すへき獣医の学術を振起して人医と同等の地位に進ましむるの計画なかるへからす依て獣医開業規則を制定せられ試験科目に拠り其及第者に限り来る明治十八年七月一日より当省に於て開業免状を下付致度但僻陋の村落に在て合格の獣医を得難き場合に於ては暫く開業仮免状を下付し以て漸次に完全せしめ度内務大蔵両卿協議の上別紙開業併試験規則布告布達案を草し此段相伺候条至急仰御裁可候也
明治十八年二月廿日 農商務卿伯爵西郷従道
太政大臣公爵三條實美殿
狂犬病の義に付警視庁へ照会の件
明治十七年十二月九日 農商務省新山荘輔
回答 明治十七年十二月十七日 警視庁
明治十七年一月より十一月三十日に至る狂犬及ひ平病犬撲殺の総数
和種狂犬 三百九頭
和洋雑種狂犬 五頭
和種病犬 一頭
和洋雑種病犬 五頭
総計三百二十頭
畜犬取締規則 畜犬取締は所轄警察署の警察官吏と警視庁が行う
獣医の義是迄府県適宜の処分に任せ自由営業差許来候処其徒たる曾て病理の何たるを知らず惟言われなき家伝の慣習若くは謹々の漢方等に拠りて施治するものにて要するに家畜の衛生を保護するに足るべきものに無之因て漸次之を改良せしめんが為め去る明治九年以来当省所轄農学校中に獣医の専門科を置き泰西の学術に基き正則又は変則の二法を以て生徒を養成し来候処既に卒業したる獣医学士或は獣医生も数多有之遇々府県にも採用せられ随て治術上に成功を顕はすに至り加え是迄慣習により営業致来候ものも漸く其迂拙を悟り到底泰西の学術に拠らされは真性の治療を得る能はさる事を略了解するの場合に有之抑我邦の牛馬たる啻に其種類の下劣なるのみならす其頭数に至りても人口に比較すれは其闕乏を極め農事軍用の得失利害に関する実に浅少にあらす然るに其改良繁殖を図るには之か衛生を保護すへき獣医の学術を振起して人医と同等の地位に進ましむるの計画なかるへからす依て獣医開業規則を制定せられ試験科目に拠り其及第者に限り来る明治十八年七月一日より当省に於て開業免状を下付致度但僻陋の村落に在て合格の獣医を得難き場合に於ては暫く開業仮免状を下付し以て漸次に完全せしめ度内務大蔵両卿協議の上別紙開業併試験規則布告布達案を草し此段相伺候条至急仰御裁可候也
明治十八年二月廿日 農商務卿伯爵西郷従道
太政大臣公爵三條實美殿
狂犬病の義に付警視庁へ照会の件
明治十七年十二月九日 農商務省新山荘輔
回答 明治十七年十二月十七日 警視庁
明治十七年一月より十一月三十日に至る狂犬及ひ平病犬撲殺の総数
和種狂犬 三百九頭
和洋雑種狂犬 五頭
和種病犬 一頭
和洋雑種病犬 五頭
総計三百二十頭
畜犬取締規則 畜犬取締は所轄警察署の警察官吏と警視庁が行う
2006/08/30のBlog
[ 13:52 ]
2006/08/21のBlog
[ 08:05 ]
大日本獸醫會誌1號1~6頁。明治18年9月 小澤温吉 論説「讀獸醫免許規則」
獸醫の職業は之れを分けては甚だ多端にして一人の兼ね能すべきにあらず。其用は頗る広 大にして一言の説き尽くすべきにあらず。官衛に市街に牧場に軍隊に往く処として用あら ざるは無く、之れを大にして公衆の資産を保護し、之れを小にして細民の家畜を救済し、其 世に効益を与うる事決して小々ならず。我邦維新前に於ては真正の獸醫なく、唯に伯楽及び馬醫なる者ありて五幾七道の間に散在せりと雖も、職業とする処は専ら馬牛の治療とその 蹄鬣を修理するに止まり、其目的とする処は斗升の米麥を甘受するにあり。其状恰も靴工髭師に異ならず(其中或いは大志を抱いて夙に泰西の獸醫学術に苦心せし者なきに非ずと雖も寥々数うるに足らず)。獸畜の衛生、伝染病流行病の予防、畜産の改良、食獸の検査の如きは夢だにも之れを感ぜざりしなり。況んや其治療と称するものは口蓋蹄冠の刺烙、附蝉の烙鐵に止まり、會々内科に属する病に遭えば妄りに無効の草根木皮を投じ、以て袖手傍観の謗りを免れんとするに於いておや。此類の輩は全國を通じて一万人に下らず。就中其性質を分析すれば十の七八は農或いは商を本業とし、病獸治療、蹄鬣修理の如きは其の内職に過きず殆んど農夫の雨天に草鞋を造り夜間に縄索を綯ふと一般なり。其治療を本職とするの輩に 在りても概ね馬商を兼ね或は主を馬商を業とする者あり。豈に之を以て伯楽と称し馬醫と 呼ふに足らんや。況ん乎之に獸醫の名を冠せんとするは、濁酒店の縄簾に傍ふて曾席料理の招牌を掲くるよりも甚たしきおや。此の如き名實不適當の輩に二百五十餘萬頭の貫重なる 畜産を委任せん事は甚た不安心の至りと云ふべし。我明治政府は夙とに此等の事情を洞察 せられ、陸軍省に於ては明治五年地方有力の馬醫を徴して軍馬の衛生治療の事を司らしめ、仝七年に彿國陸軍獸醫アンゴーを聘して獸醫生徒を教育し、内務省に於ては明治九年英國 獸醫ドクトル・マツクプライドを、農商務省に於ては仝十四年獨國獸醫ドクトル・ヤンソ ンを聘して前後数十名の生徒を養成し、以て之を各地方に派遣し其希望する處の業に就か しめたり。然るに地方の人民は数百年来の古俗舊慣に安し、西洋の獸醫に依頼して高貴の薬石を購はんより、寧口有合の来麥を出たして低価の伯楽を聘するの便且つ利なるに如かす と愚信し、伯楽も亦た米麥の扶持に甘んじ、唯々其佳客を失はん事を是れ恐れ、日夜狂奔疲 労して尚ほ願みざるの有様なれ。眞正の獸醫は連も民間に於て其伎倆を逞ふするの餘地を 視ず。何そ共効積を奏するの日あらんや。然れとも全國を挙けて皆此の如して云ふにあらす。近来岩手、秋田には縣立獸醫学校あり。山形、仙台、石川、福岡、熊本其他の數縣には獸醫学校或は講習所等の設ありて、眞正の獸醫を聘し盛んに獸醫の生徒を教育せり。是に於てか獸醫の需要稍々端緒を開けり。然るに全國の廣き獸畜の多き僅かに二三獸醫の其所を得 たりとて満足すべきにあらず。宜しく益々眞正の獸醫をして普くひ真正の事業に就かしむ へきなり。政府も亦た早く茲に見るあり。明治十八年八月二十二日を以て雑録欄内に掲くる獸醫免許規則及ひ獸醫開業試験規則を発布せられたり。此規則の施行せらるゝに至らば従 来各地方に於て累世馬牛の治療を業するの輩は(現今獸醫の学術を講習する者を除き)勿論三稜鍼を放ち烙鐵を棄て、転業若くは破産するものなかるべしと雖とも、萬一舊来の獸 醫にして俄かに其進路の方向に迷惑するものある時は、気の毒の至りなれば政府も深く此 に顧慮せられ、規則の實行に一ヶ年の猶預を輿へ布告第五條を設けて以て當分従来の伯楽 或は馬醫をして、共営業を持續するの便を得せしめられたるものと信す。吾儕を以て之を視れば舊来の獸醫則ち伯楽は前に述ふるが如く、概ね病畜治療と蹄鬣修理を専業とするに眞 正の獸醫は唯々病畜の治療を為すのみならず、獸畜の衛生を説き、流行病傅染病の預防を講し、畜産の改良を謀り、屠獸屠肉販売乳の検査を行なひ、大小獸市の健全を監察し、其他人畜の間に於ける衛生上の関係を協議する等の重任あるを以て、彼の蹄髭修理の如きは眞正獸 醫の為すべき事にあらさるか如し。依て吾儕は蹄鬣修理の業を獸醫の範囲外に置かれん事 を希望す。若し蹄鬣修理の事を以て馬醫専業の一部とせらるゝは、譬は従来近隣の薬舗に於て診察を受け並に賈薬を服したるに、今や其診察を廃せられて西洋醫師の開業を免許せら ると同時に、公浴堂と結髪を一緒に失ひたるが如く、獸畜の為め不便なるべしと思ふ。吾儕 は此の如き職業を方今都府に行はるゝ蹄鐵工の部類に属し、別に蹄鐵工営業規則或は取締 規則等を設けられ以て之を統轄せられん事を希望すべし。果して此の如くなれば従来の伯 楽も尚ほ其営業の一部たる蹄鬣修理を営為するを得べく、又た眞正の獸醫も主ら獸醫たる べきの本分を守り強て他の賤業を兼ぬるに及ばざるべし。偶々獸醫免許規則を発布せらる に會し、聊か思ふ処を陳ふる事爾り。明治十八年大日本獸醫會誌第一號の発兌に臨み聊か感ずる所あり。左の小言を記し以て今回の責を塞がんとす。
獸醫の職業は之れを分けては甚だ多端にして一人の兼ね能すべきにあらず。其用は頗る広 大にして一言の説き尽くすべきにあらず。官衛に市街に牧場に軍隊に往く処として用あら ざるは無く、之れを大にして公衆の資産を保護し、之れを小にして細民の家畜を救済し、其 世に効益を与うる事決して小々ならず。我邦維新前に於ては真正の獸醫なく、唯に伯楽及び馬醫なる者ありて五幾七道の間に散在せりと雖も、職業とする処は専ら馬牛の治療とその 蹄鬣を修理するに止まり、其目的とする処は斗升の米麥を甘受するにあり。其状恰も靴工髭師に異ならず(其中或いは大志を抱いて夙に泰西の獸醫学術に苦心せし者なきに非ずと雖も寥々数うるに足らず)。獸畜の衛生、伝染病流行病の予防、畜産の改良、食獸の検査の如きは夢だにも之れを感ぜざりしなり。況んや其治療と称するものは口蓋蹄冠の刺烙、附蝉の烙鐵に止まり、會々内科に属する病に遭えば妄りに無効の草根木皮を投じ、以て袖手傍観の謗りを免れんとするに於いておや。此類の輩は全國を通じて一万人に下らず。就中其性質を分析すれば十の七八は農或いは商を本業とし、病獸治療、蹄鬣修理の如きは其の内職に過きず殆んど農夫の雨天に草鞋を造り夜間に縄索を綯ふと一般なり。其治療を本職とするの輩に 在りても概ね馬商を兼ね或は主を馬商を業とする者あり。豈に之を以て伯楽と称し馬醫と 呼ふに足らんや。況ん乎之に獸醫の名を冠せんとするは、濁酒店の縄簾に傍ふて曾席料理の招牌を掲くるよりも甚たしきおや。此の如き名實不適當の輩に二百五十餘萬頭の貫重なる 畜産を委任せん事は甚た不安心の至りと云ふべし。我明治政府は夙とに此等の事情を洞察 せられ、陸軍省に於ては明治五年地方有力の馬醫を徴して軍馬の衛生治療の事を司らしめ、仝七年に彿國陸軍獸醫アンゴーを聘して獸醫生徒を教育し、内務省に於ては明治九年英國 獸醫ドクトル・マツクプライドを、農商務省に於ては仝十四年獨國獸醫ドクトル・ヤンソ ンを聘して前後数十名の生徒を養成し、以て之を各地方に派遣し其希望する處の業に就か しめたり。然るに地方の人民は数百年来の古俗舊慣に安し、西洋の獸醫に依頼して高貴の薬石を購はんより、寧口有合の来麥を出たして低価の伯楽を聘するの便且つ利なるに如かす と愚信し、伯楽も亦た米麥の扶持に甘んじ、唯々其佳客を失はん事を是れ恐れ、日夜狂奔疲 労して尚ほ願みざるの有様なれ。眞正の獸醫は連も民間に於て其伎倆を逞ふするの餘地を 視ず。何そ共効積を奏するの日あらんや。然れとも全國を挙けて皆此の如して云ふにあらす。近来岩手、秋田には縣立獸醫学校あり。山形、仙台、石川、福岡、熊本其他の數縣には獸醫学校或は講習所等の設ありて、眞正の獸醫を聘し盛んに獸醫の生徒を教育せり。是に於てか獸醫の需要稍々端緒を開けり。然るに全國の廣き獸畜の多き僅かに二三獸醫の其所を得 たりとて満足すべきにあらず。宜しく益々眞正の獸醫をして普くひ真正の事業に就かしむ へきなり。政府も亦た早く茲に見るあり。明治十八年八月二十二日を以て雑録欄内に掲くる獸醫免許規則及ひ獸醫開業試験規則を発布せられたり。此規則の施行せらるゝに至らば従 来各地方に於て累世馬牛の治療を業するの輩は(現今獸醫の学術を講習する者を除き)勿論三稜鍼を放ち烙鐵を棄て、転業若くは破産するものなかるべしと雖とも、萬一舊来の獸 醫にして俄かに其進路の方向に迷惑するものある時は、気の毒の至りなれば政府も深く此 に顧慮せられ、規則の實行に一ヶ年の猶預を輿へ布告第五條を設けて以て當分従来の伯楽 或は馬醫をして、共営業を持續するの便を得せしめられたるものと信す。吾儕を以て之を視れば舊来の獸醫則ち伯楽は前に述ふるが如く、概ね病畜治療と蹄鬣修理を専業とするに眞 正の獸醫は唯々病畜の治療を為すのみならず、獸畜の衛生を説き、流行病傅染病の預防を講し、畜産の改良を謀り、屠獸屠肉販売乳の検査を行なひ、大小獸市の健全を監察し、其他人畜の間に於ける衛生上の関係を協議する等の重任あるを以て、彼の蹄髭修理の如きは眞正獸 醫の為すべき事にあらさるか如し。依て吾儕は蹄鬣修理の業を獸醫の範囲外に置かれん事 を希望す。若し蹄鬣修理の事を以て馬醫専業の一部とせらるゝは、譬は従来近隣の薬舗に於て診察を受け並に賈薬を服したるに、今や其診察を廃せられて西洋醫師の開業を免許せら ると同時に、公浴堂と結髪を一緒に失ひたるが如く、獸畜の為め不便なるべしと思ふ。吾儕 は此の如き職業を方今都府に行はるゝ蹄鐵工の部類に属し、別に蹄鐵工営業規則或は取締 規則等を設けられ以て之を統轄せられん事を希望すべし。果して此の如くなれば従来の伯 楽も尚ほ其営業の一部たる蹄鬣修理を営為するを得べく、又た眞正の獸醫も主ら獸醫たる べきの本分を守り強て他の賤業を兼ぬるに及ばざるべし。偶々獸醫免許規則を発布せらる に會し、聊か思ふ処を陳ふる事爾り。明治十八年大日本獸醫會誌第一號の発兌に臨み聊か感ずる所あり。左の小言を記し以て今回の責を塞がんとす。
2006/08/16のBlog
[ 14:17 ]
原 玄與先生著 喫狗傷考 江都書舗 青藜閣発行
序
原子柔の黄岐の道に於ける、其れ心を用ひざる所無けん耶。■■遣らず、以て常に有らざるに及ぶ。常に有らざる者、弁博及ばざるに非ず。亦或は希に之に及ぶと雖も、未だ以て之を心に経ざるなり。則ち當に希有にして用ひること無かるべし。
夫れ■狗の毒は、水火より猛なり。而して常に有らず。有れば則ち一日二日にして一を以て萬に至る。如し苟も触れば則ち人之に死す、水火に似たるを有す歟。火は以て撲滅すべく、水は以て雍ぐべく、以て決する可なり。■狗の毒は撲滅雍決の術なし。弁博亦希に及べば則ち薬石も竟にその治を失うなり。
予の幼時、一日人来りて云く、某地に■狗ありと。明日又人来りて云く、某里に■狗有り、戒む可しと。一日二日にして一を以て萬に至る。邑里州県、処として有らざるなし。然り、常に有らざれば則ち希に及ぶもの亦希なるが故に、治又治を得ず。乃ち死者何ぞ限らん。爾来殆んど五十年。又常に有らず、弁博又希に及ぶと雖も今又かくの如く有り。
予の幼時、嘗て見る所則ち至る。所謂其れ水火より猛なり。子柔、希に有る■狗を以て治其の治を得ず。故に之を諸書より募閲し、希に及べば則ち集む。竟に巻と為し、人をして其の所に及ばしめんと欲するも逮ばず。予業に己に面視し、一を以て萬に至る。特に子柔心を用ふるの深きを嘆ず。年の後を我より先んずる者、一たび之を見れば則ち皆能く之を識る。子柔其れ勤めよや哉。
安永辛丑仲春 淡園 埼 允明 序 印 印
■狗傷考を刻するに叙す。
吾が友子柔の業たる、三世其の美を済す。生死骨肉、治を請うて市の如し。門人笈を負いて、諄々誘掖し、数を守ること精明、論着籍を成す。或は帳秘を問い、先づ此の筴を授く。毒の身に逼る何ぞ疾急がざらん。■狗人を囓む。其の毒深く入る。一に治療を失せば鍼縊死及び難し。犬と医と交も害を為す。是れ其の論の以て立つ所、先に急に後に緩し。行して将に習う所を伝えんとし、■狗傷考を刻す。
天明三年癸卯冬 水戸 立原 萬 印
■狗傷考
目次
論 第一
治法第二
薬法第三
灸法第四
刺法第五
禁忌第六
治験第七
附録 毒蛇諸虫咬
鼠 咬
■狗傷考 叢桂亭随筆之一
水藩医官 原 昌克 子柔 甫 著
論 第一
夫れ虫獣の人を咬害するもの多し。虎狼蛇蝎の害の若きは、深山幽谷、絶人の地、人稀にに遇ふ所にして其の禍に罹るもの、亦た甚だ多からず。独り風犬の人を害するや、都鄙市朝を問はず。其の毒に触るもの比比相属す。若し夫れ理療一失すれば、則ち其の毒膏肓に入る。或は偶々■る者も亦た生冷油■を誤食すれば、則ち旧毒再発、口渇引飲し、妄語狂騒、狗叫の如し。其の証奇怪、名状すべからず。故に之を治するの法、必ず先ず躯内の毒を刈除するを以て要と為す。其の術、予め論定せざるにはあるべからず。夫れ風犬の行るや四五月の際尤も甚しと為す。城郭県鎮、烟火相臨の地、狂狗人を咬む有れば、則ち子弟悪少、相引て之を撲殺す。寒郷陋巷の若き、一犬横行、毒を数人に流す。又、常狗之と闘えば伝染して癲狗となる。是に於て禍に罹る者、亦た少からず。理療一失せば医と犬と、交ゝ害を相為すもの虎狼より甚だし。要するに須く其の方法を照して、宿毒の遺患無かるべし。
左氏伝に云く、国人■狗を逐と云う。即ち風犬なり。或は■犬、癲狗、風狗、狂犬等の称、皆な同義なり。
千金論に曰く、凡そ春末夏初、犬多く狂を発す。必ず小弱を誡め、杖を持して以て予め之を防ぐ。防ぎて免れざるもの、灸するに出るは莫し。百日の中、一日も闕けざるもの、方に難を免るることを得。若し初め瘡■へ、痛定るを見て即ち平復と言ふ者、是れ最も畏るべし。大禍即ち至る。死旦夕に在り。昌克按ずるに信なるかな此の言。多くは枯薬を以て傷処に貼し、瘡乾痂脱するを看て、■て全痾と為す者、速なるは旦夕、遅きは旬月、終わりに鬼簿を免れざるに至る。
聖済総録に曰く、■犬齧ば犬狂疾を発し、■躁人を齧む。若し之れに中れば、人をして疼痛止まざらしむ。発狂犬聲の如し。急に之を治せざれば、亦た能く人を殺す。男子三日を過ぐれば治せず。婦人五日を過ぐれば治せずと。昌克按ずるに、犬毒の男女を以て理療の遅速を論ずるは蓋し妄誕也。
胡■曰く、風狗咬傷は此れ乃ち九死に一生の病と。急ぎ斑蟄七枚を用て、糯米を以て炒り黄にし、米を去り末と為し、酒一盞を半盞に煎し空心温服して下を取る。小肉狗三四十枚を盡ると為す。数少きが如きは、数日再服すること七次。狗形無れば永く再発せざる也。累に試み累に験ありと。
孫一奎曰く、斑猫七枚を用て頭足翅を去り、糯米少許を以て、新尾上に於て同じく炒り、米黄香を以て度となす。米を去て用いず。斑猫を以て研り砕き、好酒調へ下す。能く酒を飲む人は再び一盃を進む。傷の上下を看て服す。當日必ず毒物有り。小便に従つて出づ。小狗の状の如し。未だ下らざる者の如きは、次日再進す。如し又下らざれば又之を進む。毒物出るを以て度と為す。進て七服に至る。毒下らずと雖も亦害無し。薬を服するの後、腹中必ず安からず。小便茎中刺痛す。必ず慮からず。此毒薬の為に攻られて将に下らんとするのみ。痛甚しきもの、蕪青一匙を以て甘草湯を煎じ送下す。即ち止む。蕪青無きが如きは青黛亦可なり。疾癒て後、急に香白■五銭、雄黄二銭半を以て末と為し、韮根を搗き、自然汁を湯酒に調へ下す。斑猫の毒を去り、水を以て浄漱し、口に青葱白を嚼み傷処に■す。小■を留め毒気を出す。他草薬を用て■すべからず。
又曰く、急に治せざれば小狗を生ず。必ず人を殺す。雄黄、蝉脱を等分に末と為し調へ、傷処に敷く。立ところに癒ゆ。
医方大成に云く、大斑■三七枚を用て頭足翅を去り、糯米一勺を用て■ゝ炒り過し、別に七枚を以て前の如く炊り、色変せば復た之を去り、別に七枚を以て前の如く青烟に至るを度と為す。■を去り、只米を以て粉と為し、冷水を用て清油少許を入れ、空心に調服す。須臾に再進一服す。小便毒物を利下するを以て度と為す。如し利せざれば再進す。利後肚痛せば急ぎ冷水を用て青■を調へ之を服す。以て其の毒を解す。否なれば則ち傷有り。黄連水も亦之を解すべし。但し宜く一切の熱物を服すべからず。
李中梓曰く、斑猫は■犬の悪物を下すと。
張■曰く、斑猫七枚を以て翅足を去り、炙り黄にし、■■と同じく搗き汁にし之を服す。瘡口を風無き処に於て悪血を■去り、小便にて洗浄し、髪灰之を敷く。服後小便當に■毒有て泄出すべし。三四日後、當に肉狗形有るべし。三四十枚を尽と為す。数少きが如きは再び七枚を服す。若し早く服せば、狗形無しと雖も永く発せずと。
■廷賢曰く、斑猫翅足を去り七■、香附七■、共に細末と為し一服と作す。焼酎を調へ下す。腹痛忍ぶべからざるが如きは、猪肉湯一両口して吃して之を解すれば、即ち止む。一時ならずして小便出ず。狗形下り来る。即ち巳む。鑼鼓風を避ること十七日なり。
又曰く、斑猫七箇を用て翅足を去り末と為し、酒に調へ服す。小便桶内に於て、衣沫狗形に似たるものを見ば効と為す。無きが如きは再び服す。須く六七次なるべし。狗形無きも亦再発せず。甚だ効あり。
呉珠曰く、風狗の咬傷は急に斑猫七箇を用て末と為し、温酒に調へ服す。其の毒小便中より去る。特に尿缸に清水を盛せんとし、患人をして其中に尿せ令むべし。半日を停め、濁気凝結し狗形の如きを見ば則ち去る。狗形を見ざる如きは、須く七次服すべきこと。方に可なり。狗形無れば乃ち再発せず。極めて験あり。若し小便渋れば、益元散を水に調へ服す。最も妙なり。
陳実功曰く、之を治すること遅きものは、毒大にして小便出で難し。必ず臓府を攻め、久ければ形をなす。
昌克按ずるに、千金方の九漏を治する方中に、斑猫地■を用ゆ。其の方後に曰く、病小便より出づ。尿盆中に相視る。虫の形状有るが如し。又、膠汁に似たり。此れ病の出づるなり。此の他、古人瘰癧血疝等の病、斑蟄を用ゆるもの皆曰く、毒小便より出づと。或は粉片の如く、或は血塊の如く、或は爛肉の如し。皆其の験なり。但し毒の行く、小便必ず渋痛す。當るべからず。則ち李果破毒飲輩を以て之を道く。是れ斑猫を用るの常例にして、袖珍方に■犬傷を治する、蝦蟆を搗き爛し水服する者も亦小便内に沫を見るの事を言ふが如きに至る。
張氏医通に曰く、■■一二枚を以て搗き汁し生食す。小便桶内に沫を見る。其の毒即ち解く。蓋し是れ犬毒に由て其の験を説くものなり。而して小便の穢物を利する、果して此の如きものの、余は未だ目に之を見ず。其の他風犬を治する方薬に斑猫を用ゆるもの、往々奇効を奏す。衆薬と同じからず。最も犬毒を攻るの良品なり。
袖珍方に云く、先づ頂心に於て血髪三四根を抜き去ると。陳実攻曰く、其の人頂心に必ず血髪一両根有り、宜く抜去すべしと。孫一奎曰く、頂上紅髪を抜き去ると。呉珠曰く、患人の頂心中に於て一紅髪有り、即ち當に抜き去るべし。後薬を服し快効すと。張■曰く、先づ患人の頭上に於て、血髪二三茎を抜き去ると。廷賢曰く、宜く番木鼈を水に磨して吃すべしと。即ち脳頂上を看よ、紅頭髪有り、急に摘去ると。馮■張曰く、胎髪焼て性を存し新香附と野菊を研細し、酒を調へ服す。酔を尽す。患人の頭を看よ、紅髪三根有り、速に抜き去れと。
昌克按ずるに、近ごろ野呂元丈も亦た此の説有り。余嘗て之を索む。未だ其の謂ふ所の紅髪なるものを見ず。
小品方に云く、■■膾を生食する、絶て良しと。張■曰く、■■一二枚を以て搗汁を服すと。肘後方に云く、■犬傷を治すに七日毎に一発す。■■膾を食して、断て良しと。亦、之を炙食すべし。本人をして之を知らしむること勿れ。自後再び発せず。袖珍方に云く、風犬傷を治すに即ち■■の後足を搗爛し、水に調へ之を服すと。
昌克按ずるに、李中梓も亦■■の條下に於て、■犬の効を説く。又、況約か宋書に載す。張収(或は作牧)■犬の為に傷せらる。人の云、宜く蝦蟆膾を■ふべし。之を食て遂に愈ゆ、実に一奇良方なりと。野呂元丈も亦た蝦蟆膾の説有りて■■の事に及ばず。■■は是れ■■。■■は是れ癩■■。是れ通説なり。而して又、毒蛇咬を療すに、急に癩蝦蟆を取り、搗き爛し上に敷き、之を帛縛するの方有り。諸書載する所の蝦蟆の如き、蓋し是れ癩蝦蟆なり。
李時珍曰く、古人■を通称して蝦蟆と為すのみ。今二物を攷するに、功用亦た甚だ遠からず。則ち古人用ふる所の多くは是れ蝦蟆。且つ近人亦た■■を用て効有り。而して蝦蟆は復た薬に入れず。
又、鄭堡■通志に云く、蝦蟆の類多し。■■を以て上と為す。曰く■、曰く去甫、曰く若螫と。昔張鴨が弟、収、■犬の為に傷せらる。医の云く、宜く蝦蟆膾を食すべし。収甚だ之を難ず。鴨笑を含みて先づ嘗む。蓋し此の物、但し薬用に入る。食ふべきに非ず。爾雅に、■は■、一種あり、田中に生ず。大なるもの三四枚、重さ一斤、南人名けて水鶏と為す。又、蛤と名づく。又、一種山谷中に生ず。黒色肉紅、石鱗魚と名づく。並に食すべし。其の小なるもの■と名づく。其の■より大にして青色なるものを青■と曰ふ。凡そ蝦蟆の類は皆交合せず。惟此れ雌雄相対し、沫を吐き漸ゝ魚子と成る。遂に変して科斗と成る。爾雅に云く、科斗を活東亦は活師と曰ふ。古人科斗の書、蓋し象を此に取る。
昌克、頃ろ久慈郡に遊び慈雲寺を訪ふ。語次犬毒の事に及ぶ。上人告て曰く、郡中其の患に遇ふ者、乃ち■膾を作り之を食ふ。遂に危篤に至る者無しと。因て知る、此の物、善く毒を治する。必ず蝦蟆■■の分に有らず。多用を妙と為す。諸書に載する所の如き、尤も以て信ずるに足る。
上人又曰く、蝦蟆を■ふ後に、その頭上に物を発して癩■■状の如きもの有りと。一奇事なり。月余を経れば則ち脱去すと。
或は語て曰く、人有り■犬の為に咬まる。急に赤豆、麻物、油膩、一切の毒物を取て煮食す。終に再発の患無し。癒て後油膩を忌まず経日の者の如きは、此の法宜しからず甚だ害を為すと。昌克未だ信ぜず。而して世俗此の法を用て毎々効を取る。数々験有る者を見る。因て知る毒毒を攻ると。斑猫を用る者と一般、蓋し経日の者斑猫を与へば、則ち相害する此の法と同きか。余、未だ其の當否を知らざるなり。姑く記て後考に備ふ。
医宗金鑑に云く、豆■を用ひ研末し、香油調稠し、丸弾子大の如くす。常に■る処を開拭し、■開て■丸を看る。内に若し狗毛茸茸然たる有れば、此れ毒気巳に出るに係る。丸を易へ再び揩て茸毛無きに至りて方に止む。甚だ効と。余、未だ試みざれども恐くは妄誕なり。
治方 第二
千金論に云く、凡そ狂犬人を咬む。著訖れば即ち人をして狂せしむ。精神己に別る。何を以て知ることを得る、但し灸時を看よ。一度火下れば、即ち心中醒然惺惺了了を覚ゆ。方に咬れて己に即狂するを知る。是れ以て深く須く之を知るべし。此の病至て重し。世皆之を軽んず。以て意と為さず。是に坐して死するもの常に年ゝ之れ有り。
吾初めて医を学ぶ。未だ以て業と為さず。人有り是れに遭ふ。将に以て吾に問はる。了に報答を知らず。是を以て吾手を経て、而して死する者一ならず。此に自り鋭意に之を覚ぶ。一解巳来、治する者皆癒ゆ。方に知る世に良医無く枉死する者半云云。
昌克謂らく、風犬の一毒、原是れ外来の病。死生を以て焉を論ずべからざるものに似たり。然り治療一たび失せば則ち必死に至る。起すべからざるときは、則ち膏肓難癒の病と何ぞ擇ばん。犬と医と交ゝ相害す。懼れざるべけんや。是れ思■が沈思留心する所以なり。
凡そ狂犬人を咬むもの、須く急に黄金漿を与ふべし。若し吐する者更に之を与ふ。且つ須く熱人尿を用て傷口を洗去るもの一再次なるべし。此時傷口上に於て、宜く之を細視すべし。當に薄膜の如くなるもの有り。是れ狗牙根の垢査なり。謹て留むべからず。速に之を洗ひ去る。流血脉脉として断へざるものを妙と為す。若し血流涌せざるもの、方に鋒針を将て之を刺破し、血出れば紫金丹を与ふ。血止めば傷口を拭去す。仍て艾火を上すこと法の如し。而して白玉湯紫金丹を送下す。毒甚しきは即服す。
傷口未だ愈ず、発汗禁ぜず、亡陽する者は救い難し。宜く先づ足の委中を刺して血を出すべし。而して黄金漿両三合を与ふ。紫禁丹を主る。服後寸効無き者は死す。
医、誤理し、或は飲食節を失し、旧毒再発する者は治し難し。
傷口痊を報し、五六十日若くは百余日、其の人悪風口渇、睾丸内吊し、二溲閉結し、行歩動作呼吸乃迫するもの将に痙を発せんとせば、宜く急に之を理すべし。紫円を与えて之を取る。(其の毒の緩急と其の人の少長を量て剤を作る)二三日、若くは四五日、巳に痙を発し、口禁咬牙、角弓反張、口涎沫を吐し、舌縮り聲枯れ、眼昏み神無く、水飲下らざる者は死す。
将に痙を発せんとする者、急に當に二溲を利すべし。而して手の尺中、足の委中を刺す。玉散之を主る。紫金丹も亦之を主る。
小品方に云く、衆療差へず、毒人を攻め、煩乱■し、巳に犬臀を作す者、方に髑髏骨を焼き灰にし末し、東流水を以て方寸匕を和服す。以て活し止む。昌克按ずるに、此方甚だ奇験あり。即ち下に載する所の白壁散、是れなり。
赤水玄珠云く、経久宿毒、復た発する者多くは救い難し。薬療す可きもの無し。雄香散之を主る。(本救良方に出ず)若し牙関禁急、肯て服せざる者は則ち鼻を撚りて之を潅ぐ。服薬の後、必ず驚起すること勿れ。其の自醒するに任す。再び前薬を進め、然して死を免る者僅かに千百中の一二のみ。
薬方 第三
黄金漿方
生薑根(撞き汁を取る) 鉄漿
右二味各等分、毎服一合。冷服す。
紫金丹方(即王■百一選方。大乙紫金丹。一名萬病解毒丸。一名玉枢丹)
山茲姑(皮を去り洗。二両) 川五倍子(洗 二両) 麝香(三銭)
千金子仁(白者。研。紙に圧て油を去。一両) 大戟 (紅芽者。芦を去。一両半)
右五味、重羅勺せしむ。糯米■飲を用い之を和し、木臼杵千杵、一銭一錠に作し、病甚き者は連服す。(湯火傷、毒蛇悪犬、一切の虫傷、並に冷水に和し磨塗す。仍て之を服す。百一選方に詳なり。
青玉散方 ■犬人を咬むを理す。
青黛 雄黄
右二味等分末と為す。毎服五分。桃根白皮の煎汁を送下す。日二夜一。白玉湯も亦得たり。
白玉湯方 ■犬人を咬むを理す。
杏仁(三銭) 桃根白皮(二銭)
右二味、水二合を以て、煮て一合を取る。日に二剤。別に杏仁、葱白、倶に杵き泥と成し、瘡口に敷く。灸すること数十壮。口をして合せざらしむ。甚だ妙なり。
白璧散方 旧毒再発し、狂躁悶乱する者を理す。
天霊蓋
右一味、研り末と為し水服す。
雄香散方(救急良方の方)
雄黄(五銭) 麝香(二銭)
右二味研り勺し、酒にて下す、二服に作す。
蝦蟆膾法
蝦蟆切て両股を取り、皮を去り洗浄し、膾に作す。柚橘芳芽の類、其の宜きに適す。或は炙食する者、効少し。冬月の如きは、乾蝦蟆煎服す。多を以て妙と為す。其の効大いに劣る。
小品方に云く、若し重発する者、■蜍膾を生食する、絶て良し。亦た之を焼き食すべし。必ず其の人をして初て知しめず、囓を得て便此と為す。即ち発らず。
古籍用ひる所の薬品、頗る多し。其の散して諸書に在るものを抄して、以て考策に備ふ。
内治
■蜍 蝦蟆 葛根
斑螯 雄黄 青布汁
頭髪 野菊 桃根白皮
麝香 狼牙 蝟頭灰 水服
故梳 韮根と同く煎服。又韮汁服す 桔梗
狼牙草灰 狼肉 天霊蓋
黒丑 梹榔 木鼈子
番木鼈 鉄華粉 乳香
千金子仁 蔓菁 杵汁
序
原子柔の黄岐の道に於ける、其れ心を用ひざる所無けん耶。■■遣らず、以て常に有らざるに及ぶ。常に有らざる者、弁博及ばざるに非ず。亦或は希に之に及ぶと雖も、未だ以て之を心に経ざるなり。則ち當に希有にして用ひること無かるべし。
夫れ■狗の毒は、水火より猛なり。而して常に有らず。有れば則ち一日二日にして一を以て萬に至る。如し苟も触れば則ち人之に死す、水火に似たるを有す歟。火は以て撲滅すべく、水は以て雍ぐべく、以て決する可なり。■狗の毒は撲滅雍決の術なし。弁博亦希に及べば則ち薬石も竟にその治を失うなり。
予の幼時、一日人来りて云く、某地に■狗ありと。明日又人来りて云く、某里に■狗有り、戒む可しと。一日二日にして一を以て萬に至る。邑里州県、処として有らざるなし。然り、常に有らざれば則ち希に及ぶもの亦希なるが故に、治又治を得ず。乃ち死者何ぞ限らん。爾来殆んど五十年。又常に有らず、弁博又希に及ぶと雖も今又かくの如く有り。
予の幼時、嘗て見る所則ち至る。所謂其れ水火より猛なり。子柔、希に有る■狗を以て治其の治を得ず。故に之を諸書より募閲し、希に及べば則ち集む。竟に巻と為し、人をして其の所に及ばしめんと欲するも逮ばず。予業に己に面視し、一を以て萬に至る。特に子柔心を用ふるの深きを嘆ず。年の後を我より先んずる者、一たび之を見れば則ち皆能く之を識る。子柔其れ勤めよや哉。
安永辛丑仲春 淡園 埼 允明 序 印 印
■狗傷考を刻するに叙す。
吾が友子柔の業たる、三世其の美を済す。生死骨肉、治を請うて市の如し。門人笈を負いて、諄々誘掖し、数を守ること精明、論着籍を成す。或は帳秘を問い、先づ此の筴を授く。毒の身に逼る何ぞ疾急がざらん。■狗人を囓む。其の毒深く入る。一に治療を失せば鍼縊死及び難し。犬と医と交も害を為す。是れ其の論の以て立つ所、先に急に後に緩し。行して将に習う所を伝えんとし、■狗傷考を刻す。
天明三年癸卯冬 水戸 立原 萬 印
■狗傷考
目次
論 第一
治法第二
薬法第三
灸法第四
刺法第五
禁忌第六
治験第七
附録 毒蛇諸虫咬
鼠 咬
■狗傷考 叢桂亭随筆之一
水藩医官 原 昌克 子柔 甫 著
論 第一
夫れ虫獣の人を咬害するもの多し。虎狼蛇蝎の害の若きは、深山幽谷、絶人の地、人稀にに遇ふ所にして其の禍に罹るもの、亦た甚だ多からず。独り風犬の人を害するや、都鄙市朝を問はず。其の毒に触るもの比比相属す。若し夫れ理療一失すれば、則ち其の毒膏肓に入る。或は偶々■る者も亦た生冷油■を誤食すれば、則ち旧毒再発、口渇引飲し、妄語狂騒、狗叫の如し。其の証奇怪、名状すべからず。故に之を治するの法、必ず先ず躯内の毒を刈除するを以て要と為す。其の術、予め論定せざるにはあるべからず。夫れ風犬の行るや四五月の際尤も甚しと為す。城郭県鎮、烟火相臨の地、狂狗人を咬む有れば、則ち子弟悪少、相引て之を撲殺す。寒郷陋巷の若き、一犬横行、毒を数人に流す。又、常狗之と闘えば伝染して癲狗となる。是に於て禍に罹る者、亦た少からず。理療一失せば医と犬と、交ゝ害を相為すもの虎狼より甚だし。要するに須く其の方法を照して、宿毒の遺患無かるべし。
左氏伝に云く、国人■狗を逐と云う。即ち風犬なり。或は■犬、癲狗、風狗、狂犬等の称、皆な同義なり。
千金論に曰く、凡そ春末夏初、犬多く狂を発す。必ず小弱を誡め、杖を持して以て予め之を防ぐ。防ぎて免れざるもの、灸するに出るは莫し。百日の中、一日も闕けざるもの、方に難を免るることを得。若し初め瘡■へ、痛定るを見て即ち平復と言ふ者、是れ最も畏るべし。大禍即ち至る。死旦夕に在り。昌克按ずるに信なるかな此の言。多くは枯薬を以て傷処に貼し、瘡乾痂脱するを看て、■て全痾と為す者、速なるは旦夕、遅きは旬月、終わりに鬼簿を免れざるに至る。
聖済総録に曰く、■犬齧ば犬狂疾を発し、■躁人を齧む。若し之れに中れば、人をして疼痛止まざらしむ。発狂犬聲の如し。急に之を治せざれば、亦た能く人を殺す。男子三日を過ぐれば治せず。婦人五日を過ぐれば治せずと。昌克按ずるに、犬毒の男女を以て理療の遅速を論ずるは蓋し妄誕也。
胡■曰く、風狗咬傷は此れ乃ち九死に一生の病と。急ぎ斑蟄七枚を用て、糯米を以て炒り黄にし、米を去り末と為し、酒一盞を半盞に煎し空心温服して下を取る。小肉狗三四十枚を盡ると為す。数少きが如きは、数日再服すること七次。狗形無れば永く再発せざる也。累に試み累に験ありと。
孫一奎曰く、斑猫七枚を用て頭足翅を去り、糯米少許を以て、新尾上に於て同じく炒り、米黄香を以て度となす。米を去て用いず。斑猫を以て研り砕き、好酒調へ下す。能く酒を飲む人は再び一盃を進む。傷の上下を看て服す。當日必ず毒物有り。小便に従つて出づ。小狗の状の如し。未だ下らざる者の如きは、次日再進す。如し又下らざれば又之を進む。毒物出るを以て度と為す。進て七服に至る。毒下らずと雖も亦害無し。薬を服するの後、腹中必ず安からず。小便茎中刺痛す。必ず慮からず。此毒薬の為に攻られて将に下らんとするのみ。痛甚しきもの、蕪青一匙を以て甘草湯を煎じ送下す。即ち止む。蕪青無きが如きは青黛亦可なり。疾癒て後、急に香白■五銭、雄黄二銭半を以て末と為し、韮根を搗き、自然汁を湯酒に調へ下す。斑猫の毒を去り、水を以て浄漱し、口に青葱白を嚼み傷処に■す。小■を留め毒気を出す。他草薬を用て■すべからず。
又曰く、急に治せざれば小狗を生ず。必ず人を殺す。雄黄、蝉脱を等分に末と為し調へ、傷処に敷く。立ところに癒ゆ。
医方大成に云く、大斑■三七枚を用て頭足翅を去り、糯米一勺を用て■ゝ炒り過し、別に七枚を以て前の如く炊り、色変せば復た之を去り、別に七枚を以て前の如く青烟に至るを度と為す。■を去り、只米を以て粉と為し、冷水を用て清油少許を入れ、空心に調服す。須臾に再進一服す。小便毒物を利下するを以て度と為す。如し利せざれば再進す。利後肚痛せば急ぎ冷水を用て青■を調へ之を服す。以て其の毒を解す。否なれば則ち傷有り。黄連水も亦之を解すべし。但し宜く一切の熱物を服すべからず。
李中梓曰く、斑猫は■犬の悪物を下すと。
張■曰く、斑猫七枚を以て翅足を去り、炙り黄にし、■■と同じく搗き汁にし之を服す。瘡口を風無き処に於て悪血を■去り、小便にて洗浄し、髪灰之を敷く。服後小便當に■毒有て泄出すべし。三四日後、當に肉狗形有るべし。三四十枚を尽と為す。数少きが如きは再び七枚を服す。若し早く服せば、狗形無しと雖も永く発せずと。
■廷賢曰く、斑猫翅足を去り七■、香附七■、共に細末と為し一服と作す。焼酎を調へ下す。腹痛忍ぶべからざるが如きは、猪肉湯一両口して吃して之を解すれば、即ち止む。一時ならずして小便出ず。狗形下り来る。即ち巳む。鑼鼓風を避ること十七日なり。
又曰く、斑猫七箇を用て翅足を去り末と為し、酒に調へ服す。小便桶内に於て、衣沫狗形に似たるものを見ば効と為す。無きが如きは再び服す。須く六七次なるべし。狗形無きも亦再発せず。甚だ効あり。
呉珠曰く、風狗の咬傷は急に斑猫七箇を用て末と為し、温酒に調へ服す。其の毒小便中より去る。特に尿缸に清水を盛せんとし、患人をして其中に尿せ令むべし。半日を停め、濁気凝結し狗形の如きを見ば則ち去る。狗形を見ざる如きは、須く七次服すべきこと。方に可なり。狗形無れば乃ち再発せず。極めて験あり。若し小便渋れば、益元散を水に調へ服す。最も妙なり。
陳実功曰く、之を治すること遅きものは、毒大にして小便出で難し。必ず臓府を攻め、久ければ形をなす。
昌克按ずるに、千金方の九漏を治する方中に、斑猫地■を用ゆ。其の方後に曰く、病小便より出づ。尿盆中に相視る。虫の形状有るが如し。又、膠汁に似たり。此れ病の出づるなり。此の他、古人瘰癧血疝等の病、斑蟄を用ゆるもの皆曰く、毒小便より出づと。或は粉片の如く、或は血塊の如く、或は爛肉の如し。皆其の験なり。但し毒の行く、小便必ず渋痛す。當るべからず。則ち李果破毒飲輩を以て之を道く。是れ斑猫を用るの常例にして、袖珍方に■犬傷を治する、蝦蟆を搗き爛し水服する者も亦小便内に沫を見るの事を言ふが如きに至る。
張氏医通に曰く、■■一二枚を以て搗き汁し生食す。小便桶内に沫を見る。其の毒即ち解く。蓋し是れ犬毒に由て其の験を説くものなり。而して小便の穢物を利する、果して此の如きものの、余は未だ目に之を見ず。其の他風犬を治する方薬に斑猫を用ゆるもの、往々奇効を奏す。衆薬と同じからず。最も犬毒を攻るの良品なり。
袖珍方に云く、先づ頂心に於て血髪三四根を抜き去ると。陳実攻曰く、其の人頂心に必ず血髪一両根有り、宜く抜去すべしと。孫一奎曰く、頂上紅髪を抜き去ると。呉珠曰く、患人の頂心中に於て一紅髪有り、即ち當に抜き去るべし。後薬を服し快効すと。張■曰く、先づ患人の頭上に於て、血髪二三茎を抜き去ると。廷賢曰く、宜く番木鼈を水に磨して吃すべしと。即ち脳頂上を看よ、紅頭髪有り、急に摘去ると。馮■張曰く、胎髪焼て性を存し新香附と野菊を研細し、酒を調へ服す。酔を尽す。患人の頭を看よ、紅髪三根有り、速に抜き去れと。
昌克按ずるに、近ごろ野呂元丈も亦た此の説有り。余嘗て之を索む。未だ其の謂ふ所の紅髪なるものを見ず。
小品方に云く、■■膾を生食する、絶て良しと。張■曰く、■■一二枚を以て搗汁を服すと。肘後方に云く、■犬傷を治すに七日毎に一発す。■■膾を食して、断て良しと。亦、之を炙食すべし。本人をして之を知らしむること勿れ。自後再び発せず。袖珍方に云く、風犬傷を治すに即ち■■の後足を搗爛し、水に調へ之を服すと。
昌克按ずるに、李中梓も亦■■の條下に於て、■犬の効を説く。又、況約か宋書に載す。張収(或は作牧)■犬の為に傷せらる。人の云、宜く蝦蟆膾を■ふべし。之を食て遂に愈ゆ、実に一奇良方なりと。野呂元丈も亦た蝦蟆膾の説有りて■■の事に及ばず。■■は是れ■■。■■は是れ癩■■。是れ通説なり。而して又、毒蛇咬を療すに、急に癩蝦蟆を取り、搗き爛し上に敷き、之を帛縛するの方有り。諸書載する所の蝦蟆の如き、蓋し是れ癩蝦蟆なり。
李時珍曰く、古人■を通称して蝦蟆と為すのみ。今二物を攷するに、功用亦た甚だ遠からず。則ち古人用ふる所の多くは是れ蝦蟆。且つ近人亦た■■を用て効有り。而して蝦蟆は復た薬に入れず。
又、鄭堡■通志に云く、蝦蟆の類多し。■■を以て上と為す。曰く■、曰く去甫、曰く若螫と。昔張鴨が弟、収、■犬の為に傷せらる。医の云く、宜く蝦蟆膾を食すべし。収甚だ之を難ず。鴨笑を含みて先づ嘗む。蓋し此の物、但し薬用に入る。食ふべきに非ず。爾雅に、■は■、一種あり、田中に生ず。大なるもの三四枚、重さ一斤、南人名けて水鶏と為す。又、蛤と名づく。又、一種山谷中に生ず。黒色肉紅、石鱗魚と名づく。並に食すべし。其の小なるもの■と名づく。其の■より大にして青色なるものを青■と曰ふ。凡そ蝦蟆の類は皆交合せず。惟此れ雌雄相対し、沫を吐き漸ゝ魚子と成る。遂に変して科斗と成る。爾雅に云く、科斗を活東亦は活師と曰ふ。古人科斗の書、蓋し象を此に取る。
昌克、頃ろ久慈郡に遊び慈雲寺を訪ふ。語次犬毒の事に及ぶ。上人告て曰く、郡中其の患に遇ふ者、乃ち■膾を作り之を食ふ。遂に危篤に至る者無しと。因て知る、此の物、善く毒を治する。必ず蝦蟆■■の分に有らず。多用を妙と為す。諸書に載する所の如き、尤も以て信ずるに足る。
上人又曰く、蝦蟆を■ふ後に、その頭上に物を発して癩■■状の如きもの有りと。一奇事なり。月余を経れば則ち脱去すと。
或は語て曰く、人有り■犬の為に咬まる。急に赤豆、麻物、油膩、一切の毒物を取て煮食す。終に再発の患無し。癒て後油膩を忌まず経日の者の如きは、此の法宜しからず甚だ害を為すと。昌克未だ信ぜず。而して世俗此の法を用て毎々効を取る。数々験有る者を見る。因て知る毒毒を攻ると。斑猫を用る者と一般、蓋し経日の者斑猫を与へば、則ち相害する此の法と同きか。余、未だ其の當否を知らざるなり。姑く記て後考に備ふ。
医宗金鑑に云く、豆■を用ひ研末し、香油調稠し、丸弾子大の如くす。常に■る処を開拭し、■開て■丸を看る。内に若し狗毛茸茸然たる有れば、此れ毒気巳に出るに係る。丸を易へ再び揩て茸毛無きに至りて方に止む。甚だ効と。余、未だ試みざれども恐くは妄誕なり。
治方 第二
千金論に云く、凡そ狂犬人を咬む。著訖れば即ち人をして狂せしむ。精神己に別る。何を以て知ることを得る、但し灸時を看よ。一度火下れば、即ち心中醒然惺惺了了を覚ゆ。方に咬れて己に即狂するを知る。是れ以て深く須く之を知るべし。此の病至て重し。世皆之を軽んず。以て意と為さず。是に坐して死するもの常に年ゝ之れ有り。
吾初めて医を学ぶ。未だ以て業と為さず。人有り是れに遭ふ。将に以て吾に問はる。了に報答を知らず。是を以て吾手を経て、而して死する者一ならず。此に自り鋭意に之を覚ぶ。一解巳来、治する者皆癒ゆ。方に知る世に良医無く枉死する者半云云。
昌克謂らく、風犬の一毒、原是れ外来の病。死生を以て焉を論ずべからざるものに似たり。然り治療一たび失せば則ち必死に至る。起すべからざるときは、則ち膏肓難癒の病と何ぞ擇ばん。犬と医と交ゝ相害す。懼れざるべけんや。是れ思■が沈思留心する所以なり。
凡そ狂犬人を咬むもの、須く急に黄金漿を与ふべし。若し吐する者更に之を与ふ。且つ須く熱人尿を用て傷口を洗去るもの一再次なるべし。此時傷口上に於て、宜く之を細視すべし。當に薄膜の如くなるもの有り。是れ狗牙根の垢査なり。謹て留むべからず。速に之を洗ひ去る。流血脉脉として断へざるものを妙と為す。若し血流涌せざるもの、方に鋒針を将て之を刺破し、血出れば紫金丹を与ふ。血止めば傷口を拭去す。仍て艾火を上すこと法の如し。而して白玉湯紫金丹を送下す。毒甚しきは即服す。
傷口未だ愈ず、発汗禁ぜず、亡陽する者は救い難し。宜く先づ足の委中を刺して血を出すべし。而して黄金漿両三合を与ふ。紫禁丹を主る。服後寸効無き者は死す。
医、誤理し、或は飲食節を失し、旧毒再発する者は治し難し。
傷口痊を報し、五六十日若くは百余日、其の人悪風口渇、睾丸内吊し、二溲閉結し、行歩動作呼吸乃迫するもの将に痙を発せんとせば、宜く急に之を理すべし。紫円を与えて之を取る。(其の毒の緩急と其の人の少長を量て剤を作る)二三日、若くは四五日、巳に痙を発し、口禁咬牙、角弓反張、口涎沫を吐し、舌縮り聲枯れ、眼昏み神無く、水飲下らざる者は死す。
将に痙を発せんとする者、急に當に二溲を利すべし。而して手の尺中、足の委中を刺す。玉散之を主る。紫金丹も亦之を主る。
小品方に云く、衆療差へず、毒人を攻め、煩乱■し、巳に犬臀を作す者、方に髑髏骨を焼き灰にし末し、東流水を以て方寸匕を和服す。以て活し止む。昌克按ずるに、此方甚だ奇験あり。即ち下に載する所の白壁散、是れなり。
赤水玄珠云く、経久宿毒、復た発する者多くは救い難し。薬療す可きもの無し。雄香散之を主る。(本救良方に出ず)若し牙関禁急、肯て服せざる者は則ち鼻を撚りて之を潅ぐ。服薬の後、必ず驚起すること勿れ。其の自醒するに任す。再び前薬を進め、然して死を免る者僅かに千百中の一二のみ。
薬方 第三
黄金漿方
生薑根(撞き汁を取る) 鉄漿
右二味各等分、毎服一合。冷服す。
紫金丹方(即王■百一選方。大乙紫金丹。一名萬病解毒丸。一名玉枢丹)
山茲姑(皮を去り洗。二両) 川五倍子(洗 二両) 麝香(三銭)
千金子仁(白者。研。紙に圧て油を去。一両) 大戟 (紅芽者。芦を去。一両半)
右五味、重羅勺せしむ。糯米■飲を用い之を和し、木臼杵千杵、一銭一錠に作し、病甚き者は連服す。(湯火傷、毒蛇悪犬、一切の虫傷、並に冷水に和し磨塗す。仍て之を服す。百一選方に詳なり。
青玉散方 ■犬人を咬むを理す。
青黛 雄黄
右二味等分末と為す。毎服五分。桃根白皮の煎汁を送下す。日二夜一。白玉湯も亦得たり。
白玉湯方 ■犬人を咬むを理す。
杏仁(三銭) 桃根白皮(二銭)
右二味、水二合を以て、煮て一合を取る。日に二剤。別に杏仁、葱白、倶に杵き泥と成し、瘡口に敷く。灸すること数十壮。口をして合せざらしむ。甚だ妙なり。
白璧散方 旧毒再発し、狂躁悶乱する者を理す。
天霊蓋
右一味、研り末と為し水服す。
雄香散方(救急良方の方)
雄黄(五銭) 麝香(二銭)
右二味研り勺し、酒にて下す、二服に作す。
蝦蟆膾法
蝦蟆切て両股を取り、皮を去り洗浄し、膾に作す。柚橘芳芽の類、其の宜きに適す。或は炙食する者、効少し。冬月の如きは、乾蝦蟆煎服す。多を以て妙と為す。其の効大いに劣る。
小品方に云く、若し重発する者、■蜍膾を生食する、絶て良し。亦た之を焼き食すべし。必ず其の人をして初て知しめず、囓を得て便此と為す。即ち発らず。
古籍用ひる所の薬品、頗る多し。其の散して諸書に在るものを抄して、以て考策に備ふ。
内治
■蜍 蝦蟆 葛根
斑螯 雄黄 青布汁
頭髪 野菊 桃根白皮
麝香 狼牙 蝟頭灰 水服
故梳 韮根と同く煎服。又韮汁服す 桔梗
狼牙草灰 狼肉 天霊蓋
黒丑 梹榔 木鼈子
番木鼈 鉄華粉 乳香
千金子仁 蔓菁 杵汁
2006/07/27のBlog
[ 07:15 ]
山口県獣医会会則 大正六年九月十九日認可
第一條 本会は山口県獣医会と称し事務所を山口県庁内に置く
第二條 本会の区域は山口県一円とし郡市の区域に依り支部を置く
第三條 本会は県内在住の獣医を以て組織す但し獣医にあらさるも本会の趣旨を翼賛する者は会員たることを得
会員を分ちて左の三種とす
一 通常会員 開業せる者
二 特別会員 開業せさる者
三 名誉会員 前項但書該当の者にして会長の推薦に係る者
第四條 本会は獣医畜産学を考究し実地の技能を錬磨し人畜衛生及畜産の発達に資し兼て会員相互の親睦を図るを以て目的とす
第五條 前條の目的を達する為左の事業を行ふものとす
一 講習会講話会の開設
二 会報の発刊
三 質疑応答
四 薬価其他料金の制定
第六條 本会に左の役員を置く但し総会の決議を経て別に顧問をおくことあるへし
一 会長一名 会長は本会一切の事務を総理す
二 副会長一名 副会長は会長を補佐し会長事故あるときは之を代理す
三 幹事五名 幹事は会長の指揮を承て庶務会計に従事す
四 評議員五名 評議員は会務に関する諸般の事項を審理す
五 支部長十二名 支部長は会長の指揮を承け支部一切の事務を整理す
第七條 役員は総て名誉職とし総会に於て之を選挙す但し支部長は会長の委嘱に依る
第八條 役員の任期は満二年とし再選を妨けす
第九條 役員に欠員を生したるときは次期の総会に於て補欠選挙を行うものとす但し其任期は前任者の残任期間とす
第十條 会長第三十二條但書の承諾を求めたる者あるときは役員に諮問して認否を決す
第十一條 会議を分ちて左の三種とす
一 通常総会
二 臨時総会
三 役員会
第十二條 通常総会は毎年一回之れを開き獣医畜産上に関する講演竝討議を為し且つ会務其他の報告、会則の改正役員の改選其他重要の事項を協定す臨時総会は会長に於て必要と認めたるとき又は通常会員三分の一以上の同意を経て請求ありたるとき之を開く役員会は会長に於て必要と認めたるとき之を開く
第十三條 会議の議決は多数決とす可否同数なるときは会長之を決す但し第五條第四号に関する事項の決議は通常会員出席者三分の二以上の同意に依り決するものとす
第十四條 会議の決議権を委任したる者は出席者と見做す
第十五條 通常会員及特別会員にして出席し能はさるときは決議権の委任者を定め開会前日迄に会長に届出つへし
第十六條 本県に在住し獣医免状を有する者は本会に加入する義務あるものとす但し己むを得さる事情に依り入会し能はさる者は知事の認可書を添へ会長に届出つへし
第十七條 本会に入会せむとする者は住所(郡市町村地番屋敷番原籍寄留の区別)官職職業氏名を記載し一ケ年分の会費を添へ本会事務所に申込むへし前項届出事項に変更を生したるときは其都度届出つるものとす
第十八條 会員は大正五年七月本県令第二十五号獣医蹄鉄工取締規則第一條第二條の届出を為すときは同時に之を会長に報告すへし
第十九條 会員にして第三條の資格に変更を来したるときは十日以内に会長に届出つへし第二十條 本会の会計年度は毎年八月一日に始り翌年七月三十一に終るものとす
第二十一條 本会の経費は会費及其他の収入を以て之に充つ
第二十二條 経費の予算は総会前役員会に於て之を編成し総会の決議を得るものとす経費の決算は役員会の審査を経総会に於て之を報告するものとす
第二十三條 本会左記各項の収入を以て基金を造成するものとす
一 指定寄付金
二 基金併預金の利子
三 其他総会の決議に依り定めたるもの基金は其利子を以て本会経費を支弁するに至る を限度とす
第二十四條 毎年度の経費決算上余剰を生したるときは之を翌年度に繰越すものとす
第二十五條 本会の基金及現金は郵便貯金に預入し置くものとす
第二十六條 基金は総会の決議を得るにあらされは之れを支出することを得す
第二十七條 会員は会費として一ケ年金五拾銭を拠出するものとす但し名誉会員は此の限りにあらす
第二十八條 会員は本会経費を負担する義務あるものとす
第二十九條 会員本県獣医蹄鉄工取締規則第五條の事項を知を事に報告するときは其旨会長に報告するものとす
第三十條 学術上参考となるへきもの若は病性不祥の患畜を発見したるときは原因症候療法若剖検記録等詳細なる報告書を本会に提出するものとす
第三十一條 畜主の招聘あるに際し前主治医のある場合は之れか紹介を要するものとす但し急速を要する場合は爾後に於て承諾を需むるも可なり
第三十二條 診断料薬価手術料滞在費及証明書料は本則の定むるところに依り之を徴収するものとす但し特別の事情ある地方にして所定の標準に拠り難き場合は会長の承認を受くへし
第三十三條 会員は左の事項を実行するものとす
一 公徳を重んし品性の修養を怠らさること
二 本県獣医蹄鉄工取締規則に違反せさること
三 本則を遵守し本会の目的の達成を図ること
第三十四條 本則に違反する者を発見したる会員は直に会長に通報するものとす
第三十五條 本会は第三十八條薬価其他料金表を調整し之を会員に配布す
第三十六條 会員は前條の料金表を開業場患畜主の見易き箇所に掲くへし料金表を毀損忘失したるときは直に之れか交付を本会事務所に請求すへし但し再交付を受けたるものは別に定むる手数料を納付するものとす
第三十七條 会員にして会則に違背し又は会員たるの対面を汚損したる者は役員会の決議に依り相当の処分を為すものとす
第三十八條 薬価其他料金の種類及金額を左の通定む但し往診料診断料診断書料証明書料及検案書料を特別の契約に依り徴収する者にありては該料金に限り此の規定に依らさることを得
診察料
一往診料壱里以内金壱円五十銭(一里を増す毎に五十銭を加ふ)
一滞在費壱日金弍円
一宅診料甲金壱円乙金五十銭
一死後診断料壱里以内金壱円五十銭(一里を増す毎に五十銭を加ふ)
一健康診断書証明書料金五十銭
一処方箋料金五十銭
一鑑定料金五十銭以上
薬価
一内服薬 一日量 金四十銭乃至六十銭
一頓服薬 一回量 金五十銭乃至壱円
一皮下注射薬 一回量 金三十五銭乃至壱円
一血清注射薬 一回量 金参円乃至五円
一点眼薬 十瓦に付金二十銭
一外用水剤 百瓦に付金十銭乃至二十銭
一擦剤 百瓦に付金四十銭
一膏薬 拾瓦に付金弍拾銭
一吸入薬 一日量 金参十銭以上
一潅腸 一回量 金参十銭以上
一撒布薬 五十瓦に付金参十銭
但し高価薬は此の限にあらす
外科手術料
一外科手術 金参拾銭乃至参円
一去勢料 馬 金弍円乃至五円 牛 金一円乃至弍円
但し犢は五十銭以上とす
一産科手術 金弍円乃至十円
診察料薬価及び手術料は総て現収するものとす
獣医蹄鉄工取締規則
第一條 獣医又は蹄鉄工開業シタルと気は開業年月日及開業地を出張所を設置したるときは設立年月日及其の位置併出張定日を五日以内に知事へ届出つへし其の届出事項に変更を生したるとき亦同じ
第二條 獣医又は蹄鉄工の免状を有するものにして開業獣医若くは蹄鉄工の代理者又は助手として業務に従事する者は従業地各被代理者又は雇主の氏名を五日以内に知事へ届出つへし其の届出事項に変更を生したるとき亦同じ
第三條 獣医又は蹄鉄工は何等の名義を以てするも免状を有せさる者をして其の業務を代理せしむることを得す
第四條 獣医は患畜の診断又は死畜の検案を為さすして薬剤処方書診断書検案書若しくは証明書を付与すへからす
第五條 獣医は獣疫予防法に規定せる獣疫以外の伝染病及流行病を診断し蔓延の徴ありと認めたるときは病名原因症候転帰及其の情況を直に知事に報告すへし
第六條 獣医は処方録及検案簿を備へニ箇年間之を保存すへし処方録には患畜の年令毛色特徴性用途病名処方投薬年月日経過併畜主の住所氏名を記入すへし
検案簿には死畜の年令毛色特徴性用途病名検案の概要斃死年月日併畜主の住所氏名を記入すへし
第七條 前条の帳簿は当該官吏の臨検を拒むことを得す
第八條 獣医は県の区域に依り蹄鉄工は一郡市以上の区域に依り獣医会又は蹄鉄工会を組織すへし
獣医会は郡市以上の区域に依り其の支会を蹄鉄工会は県の区域に依り其の連合会を組織することを得
前各項の場合に於ては左の各号に依り規約を設け知事の認可を受くへし其の之を変更したるとき亦同し
一、目的及業務の概目
二、名称区域及事務所位置
三、加入及脱退に関する規定
四、役員の選挙方法職務権限及其の任期に関する規定
五、会議に関する規定
六、経費の収支に関する規定
七、違約者処分に関する規定
八、其の他必要の事項
第一條 本会は山口県獣医会と称し事務所を山口県庁内に置く
第二條 本会の区域は山口県一円とし郡市の区域に依り支部を置く
第三條 本会は県内在住の獣医を以て組織す但し獣医にあらさるも本会の趣旨を翼賛する者は会員たることを得
会員を分ちて左の三種とす
一 通常会員 開業せる者
二 特別会員 開業せさる者
三 名誉会員 前項但書該当の者にして会長の推薦に係る者
第四條 本会は獣医畜産学を考究し実地の技能を錬磨し人畜衛生及畜産の発達に資し兼て会員相互の親睦を図るを以て目的とす
第五條 前條の目的を達する為左の事業を行ふものとす
一 講習会講話会の開設
二 会報の発刊
三 質疑応答
四 薬価其他料金の制定
第六條 本会に左の役員を置く但し総会の決議を経て別に顧問をおくことあるへし
一 会長一名 会長は本会一切の事務を総理す
二 副会長一名 副会長は会長を補佐し会長事故あるときは之を代理す
三 幹事五名 幹事は会長の指揮を承て庶務会計に従事す
四 評議員五名 評議員は会務に関する諸般の事項を審理す
五 支部長十二名 支部長は会長の指揮を承け支部一切の事務を整理す
第七條 役員は総て名誉職とし総会に於て之を選挙す但し支部長は会長の委嘱に依る
第八條 役員の任期は満二年とし再選を妨けす
第九條 役員に欠員を生したるときは次期の総会に於て補欠選挙を行うものとす但し其任期は前任者の残任期間とす
第十條 会長第三十二條但書の承諾を求めたる者あるときは役員に諮問して認否を決す
第十一條 会議を分ちて左の三種とす
一 通常総会
二 臨時総会
三 役員会
第十二條 通常総会は毎年一回之れを開き獣医畜産上に関する講演竝討議を為し且つ会務其他の報告、会則の改正役員の改選其他重要の事項を協定す臨時総会は会長に於て必要と認めたるとき又は通常会員三分の一以上の同意を経て請求ありたるとき之を開く役員会は会長に於て必要と認めたるとき之を開く
第十三條 会議の議決は多数決とす可否同数なるときは会長之を決す但し第五條第四号に関する事項の決議は通常会員出席者三分の二以上の同意に依り決するものとす
第十四條 会議の決議権を委任したる者は出席者と見做す
第十五條 通常会員及特別会員にして出席し能はさるときは決議権の委任者を定め開会前日迄に会長に届出つへし
第十六條 本県に在住し獣医免状を有する者は本会に加入する義務あるものとす但し己むを得さる事情に依り入会し能はさる者は知事の認可書を添へ会長に届出つへし
第十七條 本会に入会せむとする者は住所(郡市町村地番屋敷番原籍寄留の区別)官職職業氏名を記載し一ケ年分の会費を添へ本会事務所に申込むへし前項届出事項に変更を生したるときは其都度届出つるものとす
第十八條 会員は大正五年七月本県令第二十五号獣医蹄鉄工取締規則第一條第二條の届出を為すときは同時に之を会長に報告すへし
第十九條 会員にして第三條の資格に変更を来したるときは十日以内に会長に届出つへし第二十條 本会の会計年度は毎年八月一日に始り翌年七月三十一に終るものとす
第二十一條 本会の経費は会費及其他の収入を以て之に充つ
第二十二條 経費の予算は総会前役員会に於て之を編成し総会の決議を得るものとす経費の決算は役員会の審査を経総会に於て之を報告するものとす
第二十三條 本会左記各項の収入を以て基金を造成するものとす
一 指定寄付金
二 基金併預金の利子
三 其他総会の決議に依り定めたるもの基金は其利子を以て本会経費を支弁するに至る を限度とす
第二十四條 毎年度の経費決算上余剰を生したるときは之を翌年度に繰越すものとす
第二十五條 本会の基金及現金は郵便貯金に預入し置くものとす
第二十六條 基金は総会の決議を得るにあらされは之れを支出することを得す
第二十七條 会員は会費として一ケ年金五拾銭を拠出するものとす但し名誉会員は此の限りにあらす
第二十八條 会員は本会経費を負担する義務あるものとす
第二十九條 会員本県獣医蹄鉄工取締規則第五條の事項を知を事に報告するときは其旨会長に報告するものとす
第三十條 学術上参考となるへきもの若は病性不祥の患畜を発見したるときは原因症候療法若剖検記録等詳細なる報告書を本会に提出するものとす
第三十一條 畜主の招聘あるに際し前主治医のある場合は之れか紹介を要するものとす但し急速を要する場合は爾後に於て承諾を需むるも可なり
第三十二條 診断料薬価手術料滞在費及証明書料は本則の定むるところに依り之を徴収するものとす但し特別の事情ある地方にして所定の標準に拠り難き場合は会長の承認を受くへし
第三十三條 会員は左の事項を実行するものとす
一 公徳を重んし品性の修養を怠らさること
二 本県獣医蹄鉄工取締規則に違反せさること
三 本則を遵守し本会の目的の達成を図ること
第三十四條 本則に違反する者を発見したる会員は直に会長に通報するものとす
第三十五條 本会は第三十八條薬価其他料金表を調整し之を会員に配布す
第三十六條 会員は前條の料金表を開業場患畜主の見易き箇所に掲くへし料金表を毀損忘失したるときは直に之れか交付を本会事務所に請求すへし但し再交付を受けたるものは別に定むる手数料を納付するものとす
第三十七條 会員にして会則に違背し又は会員たるの対面を汚損したる者は役員会の決議に依り相当の処分を為すものとす
第三十八條 薬価其他料金の種類及金額を左の通定む但し往診料診断料診断書料証明書料及検案書料を特別の契約に依り徴収する者にありては該料金に限り此の規定に依らさることを得
診察料
一往診料壱里以内金壱円五十銭(一里を増す毎に五十銭を加ふ)
一滞在費壱日金弍円
一宅診料甲金壱円乙金五十銭
一死後診断料壱里以内金壱円五十銭(一里を増す毎に五十銭を加ふ)
一健康診断書証明書料金五十銭
一処方箋料金五十銭
一鑑定料金五十銭以上
薬価
一内服薬 一日量 金四十銭乃至六十銭
一頓服薬 一回量 金五十銭乃至壱円
一皮下注射薬 一回量 金三十五銭乃至壱円
一血清注射薬 一回量 金参円乃至五円
一点眼薬 十瓦に付金二十銭
一外用水剤 百瓦に付金十銭乃至二十銭
一擦剤 百瓦に付金四十銭
一膏薬 拾瓦に付金弍拾銭
一吸入薬 一日量 金参十銭以上
一潅腸 一回量 金参十銭以上
一撒布薬 五十瓦に付金参十銭
但し高価薬は此の限にあらす
外科手術料
一外科手術 金参拾銭乃至参円
一去勢料 馬 金弍円乃至五円 牛 金一円乃至弍円
但し犢は五十銭以上とす
一産科手術 金弍円乃至十円
診察料薬価及び手術料は総て現収するものとす
獣医蹄鉄工取締規則
第一條 獣医又は蹄鉄工開業シタルと気は開業年月日及開業地を出張所を設置したるときは設立年月日及其の位置併出張定日を五日以内に知事へ届出つへし其の届出事項に変更を生したるとき亦同じ
第二條 獣医又は蹄鉄工の免状を有するものにして開業獣医若くは蹄鉄工の代理者又は助手として業務に従事する者は従業地各被代理者又は雇主の氏名を五日以内に知事へ届出つへし其の届出事項に変更を生したるとき亦同じ
第三條 獣医又は蹄鉄工は何等の名義を以てするも免状を有せさる者をして其の業務を代理せしむることを得す
第四條 獣医は患畜の診断又は死畜の検案を為さすして薬剤処方書診断書検案書若しくは証明書を付与すへからす
第五條 獣医は獣疫予防法に規定せる獣疫以外の伝染病及流行病を診断し蔓延の徴ありと認めたるときは病名原因症候転帰及其の情況を直に知事に報告すへし
第六條 獣医は処方録及検案簿を備へニ箇年間之を保存すへし処方録には患畜の年令毛色特徴性用途病名処方投薬年月日経過併畜主の住所氏名を記入すへし
検案簿には死畜の年令毛色特徴性用途病名検案の概要斃死年月日併畜主の住所氏名を記入すへし
第七條 前条の帳簿は当該官吏の臨検を拒むことを得す
第八條 獣医は県の区域に依り蹄鉄工は一郡市以上の区域に依り獣医会又は蹄鉄工会を組織すへし
獣医会は郡市以上の区域に依り其の支会を蹄鉄工会は県の区域に依り其の連合会を組織することを得
前各項の場合に於ては左の各号に依り規約を設け知事の認可を受くへし其の之を変更したるとき亦同し
一、目的及業務の概目
二、名称区域及事務所位置
三、加入及脱退に関する規定
四、役員の選挙方法職務権限及其の任期に関する規定
五、会議に関する規定
六、経費の収支に関する規定
七、違約者処分に関する規定
八、其の他必要の事項
2006/05/14のBlog
[ 20:39 ]
『 家 畜 醫 範 』 表 紙 の 下 張 り
はじめに
『家畜醫範』は農商務省農務局が作った「文明開化」時代の獣医学の教科書です。それまでは親方が弟子へ秘伝で伝えた獣医術が、西洋式の農学校で教科書を使って教育する方法に移った頃に作られたものです。既に本会の雑誌35号の『研究ノート』で『生理学』の巻が内容とともに『木版刷り和装本・・・292頁・・・』と紹介されており、持っておられる会員も数多いと思います。
さて、今回縁あって初心な『家畜醫範』全16冊揃いを入手しました。元の持ち主は山口県農学校獣医生・三好竹太郎が明治二十三年から四年に使った教科書で、出入りの古物商が勝手に蔵から持ち出して売り払い、古物商の手を転々として最後に熊本の神西先生から私の手に渡ったと言う、由緒来歴の正しいものであります。しかし、熊本の神西先生の所で水害にあったため、かなりの傷みがありました。
文化財の保存は原装のままを原則としますが、書誌学の世界では和漢の線装書籍に限り虫食い・糸切れなど閲覧に障害がある場合は、例外的に改装する事がすすめられています。始めは糸・訂綫の取り替えだけのつもりだったのですが、題箋や包角などもかなり傷んでいるので改装修理の手術をやってしまいました。
過去にいくつかの例があるように、四畳半の襖の下張りとかキャンバスの下地には貴重な作品や記録が隠されている事があります。この手術で一体何が出てきたか・・・これは一番最後のお楽しみにとっておいて、まずは『家畜醫範』の説明から入らせて頂きます。
Ⅰ 書物の体裁
写真に全16巻揃いの様子を示しました。有隣堂 穴山篤太郎の広告には『家畜醫範』『大判和製全十六冊二千百枚・七円二十五銭』とあります。表紙は厚手の紙で型押しがあり、表に茄紺顔料(染料を用いた染め紙ではない)の着色が施してあります。訂綫は白の絹糸、包角も裏打ちした白の絹布が用いられていました。いずれも出版のさかんになった近世中期以降の線装本の最も標準的な仕様です。表紙の裏紙は薄手着色の洋紙でここに書名・巻・版権者・校閲者・纂著者の名が整版で印刷されています。さらに、この表紙裏紙の裏打ちに秘密の紙がありました。後で見せますので楽しみにしておいて下さい。
『家畜醫範』の大きさは縦が七寸五分で横五寸、袋綴じを開くと紙の大きさは縦七寸五分に横が一尺丁度となります。江戸時代の出版物には美濃判が最も一般的と言われていますが、この大きさは木版印刷用半紙判(縦八寸・横一尺一寸)を二つ折にして五分の化粧断ちを施した寸法です。従ってこの書物は『大判』ではなく『半紙本』となります。
なお、現在市販されている書道用の半紙も同一の大きさで、これを二つ折にして綴じると、『家畜醫範』より一寸大きい昔の『菊判』と呼ばれる書物になります。
全巻揃いでの重さは3.45kg、軽いものは150gで一番厚い『内科学』巻3でも310gです。和紙は軽くて丈夫と言われていますが、『内科学』巻3とほとんど同じ大きさ厚さのパルプ紙洋紙本『病馬治験録』(陸軍獣医学校編・有隣堂発行)の目方は620頁で750gもあります。
当時の授業科目と授業時間から推定して、獣医生徒が学校に持参する教科書は3~4冊で1kg未満、たとえ全巻を風呂敷に包んで持ち歩いても、新生児ほどの重さで若者には全く苦にならない荷物です。
『家畜醫範』の書誌学的な体裁に移りましょう。匡廓4辺片子持枠、五寸×七寸六分 (151×230mm)、版芯魚尾、半葉10行で行20字です。気が付かれたと思いますが、これは今でも使われている四百字原稿用紙と同じ書式です。
校閲は ヨハ子ス、ルードウ井ヒ、ヤンソン先生で校訂は浅井重です。巻壱に半葉7行、行15字、白文の農務局長・駒場農学校長岩山敬義序文3丁があります。次いで凡例が2丁。この部分に『家畜醫範』の発刊意図が述べられており、さらに総目次が7丁添えられています。
各巻の纂著者および丁立てを書き出してみました。価格は別の本の公告で調べたもので、
購入時のものとは違うかもしれません。
巻 纂著者 価格
銭
1 解剖学 田中宏 例言1丁 目次9丁 本文144丁 60
2 〃 目次3丁 本文103丁 37
3 〃 目次7丁 本文129丁 48
4 生理学 新山壮輔・時重初熊 例言1丁 目次3丁 本文105丁 37
5 〃 目次2丁 本文 76丁 27
6 〃 目次2丁 本文111丁 40
7 薬物学 西川勝藏 例言1丁 目次4丁 本文114丁 40
8 〃 目次9丁 本文168丁 60
9 〃 目次8丁 本文137丁 50
10 内科学 勝島仙之助 例言1丁 目次4丁 本文133丁 47
11 〃 目次3丁 本文128丁 45
12 〃 目次6丁 本文171丁 60
13 外科学 須藤義衛門 目次3丁 本文160丁 56
14 〃 目次5丁 本文139丁 50
15 産科学 三浦清吉 目次4丁 緒言3丁 本文4~80丁28
16 〃 目次8丁 本文109丁 40
刊記の版権届出は全て明治十九年十一月十六日、巻三と巻十五のみ『明治二十三年一月十一日印刷同年一月十七日出版』で、他は二十年六月の出版としてあります。
序文を明治十八年の暮れに書いて直ぐに版を組み始め、初刷りで版権を届け出たのが翌年の十一月十六日、許可がおりて印刷・製本を始め、半年後に出版となっていますから、江戸時代とほとんど同じスピードです。ただ、巻三と巻十五の『明治二十三年一月十一日印刷同年一月十七日出版』には疑問が残ります。これらの巻は第二版だったのでしょうか?初版・二十年六月出版の巻をもっておられる方がありましたら御教示下さい。
それともう一つ、有隣堂の公告には薄葉合本の『家畜醫範』があります。大判和製で全
六冊、値段が九円の書をお持ちの方も何時の出版か宜しくお願い致します。
Ⅱ 『家畜醫範』の印刷
先にもふれましたが、『家畜醫範』本文の書式は半葉十行・行二十文字で原稿用紙と同じです。このように書式を整えて規格化するのは活版の版組みを容易にするためで、行数も文字数もおもいのままになる近世の整版印刷では必要の無いことです。
「お前が勝手にそう言っても『家畜醫範』は木版の整版だよ!」と言われれば、版木が失われてしまっているので、私には反論の証拠がありません。しかし、どう考えて見てもこの書物の99%は木活字活版で印刷されているようです。
まず、字数は行二十字です。行の寸法は曲尺の五寸ですから、字の一区画は曲尺の二分五厘、何故か当時の活字規格は着物と同じ鯨尺を採用していて、この大きさは鯨尺の二分で丁度二号活字ぴったりの大きさとなります。因みに初号活字は鯨の四分角(曲尺の五分)、一号が鯨尺の二分五厘となっています。
『活版印刷史』(川田久長・昭和五十六年・印刷学会)で明治期の活字活版印刷について調べてみますと、多くは金属活字を用いています。金属活字の製造方法は鋳物の製造方法と同じで、まず雄型になる母字を作り、これで雌型を押して、溶けた金属(湯と言う)を流し込んで作ります。従って金属活字の場合は母字と殆ど同じ字面の活字が大量に製造出来ます。この様な金属活字を大量に製造してストックしておき、必要に応じて版を組み印刷したとあります。
しかし、同書によると活字活版印刷は新聞など短期間に大量に印刷するには適した方法でしたが、欠点もありました。欠点は用紙とインクが輸入品で高価な上に文字が汚い。この原因は金属の活字はインクを吸い込まないことにあります。活字がインクを吸い込まないと紙を押付けた時インクがはみ出して、不味い仕上がりになります。木版に墨を吸い込ませてバレンで絞り出し、毛筋一本まできちっと精巧に印刷する技に慣れた日本人には許せませんでした。明治・大正には木活字活版印刷がまだまだ盛んで、昭和の時代になっても、木の活字で刷らせる作家がおりました。
木の活字は堅い柘の木を一本づつ職人が彫刻して作るんだそうです。『家畜醫範』は全部で二千百丁、一丁四百字で八十余万字の活字を使用している計算になります。いったい何人の職人が何日かけて彫ったものでしょうか。考えるだけでも気が遠くなりそうです。
そこで、綴じ糸修理のために書物を分解した際、使用されている活字についても調べてみました。『家畜醫範』の場合、一丁に一度は使われる文字は『家畜醫範』と『農務局』と『巻』の文字で、版芯には必ずこれらの文字があります。この部分を連続して拡大複写したものです。手彫りで作った文字ですから良く観ると、字面が微妙に異なっているのが解ると思います。このようなを文字は母字を用いた鋳物生産方式では製造出来ません。
『活版印刷史』を読んで行くと、有隣堂のあった京橋区南伝馬町界隈には沢山の印刷屋と活字屋があって、一個いくらのバラ売りまであったそうです。バラ売りの活字を買って来たかお抱えの職人に彫らせたかは知りませんが、とにかく江戸時代の整版そっくりの活字版が出来ました。後は墨と紙があって、刷り師と呼ばれる職人が居れば印刷出来ます。そんなわけでこれからは当時の紙について調べたものです。
Ⅲ 『家畜醫範』の紙
『家畜醫範』の大部分は伝統的な手抄和紙で出来ています。
わが国における洋紙の生産は明治七(1874)年に日本橋で旧広島藩の藩主・浅野侯の「有恒社」が英国人技師の指導の元に、翌年には「抄紙社」(現・王子製紙)が始めました。なぜこうなったかと言うと、この裏には政府の「地券」発行や西南戦争による新聞発行部数増など、洋紙の急速な需要の拡大がありました。当時の洋紙原料は木綿布屑・ボロ布などで、今日のような木材パルプを原料にした洋紙生産は明治二十二(1889)年からです。王子製紙会社で木材パルプから紙を作り、この紙に輪転機で官報を印刷しなければならない時代になったからです。
従って『家畜醫範』を印刷した明治二十年の東京の紙問屋には美濃の手漉きの和紙か、「抄紙社」(現・王子製紙)、三田製紙所(8年)、ジャパンペーパーメーキングコンパニー、印刷局抄紙部(9年)の機械漉きの木綿紙に、高価な舶来の洋紙しかありません。
考えてみると、『家畜醫範』と言う書物は版に合わせて紙を選んだのではなく、紙に合わせて製版方法を選んだのだなと言う事が理解されます。
もう一度良く『家畜醫範』をみてみますと、巻一の表紙の紙は型押しの厚めの和紙、色が付いていますから漉き直しと思います。しかも表紙の紙は、紙を漉いてから後で、顔料で着色しています。江戸時代と同じ作り方です。内側は薄手な機械漉き木綿紙の整版印刷、おそらくバレンで刷ったものでしょう。扉はやや厚手機械漉き木綿紙に金属の版二色印刷となっています。ここだけはゴロゴロと呼ばれたローラーでインクを付けて洋式に印刷したものとおもわれます。凹版で印刷してるんじゃないか?とも考えています。
本当に『家畜醫範』って書物は
『有隣堂』に関する記録
◎明治十四年二月十二日「東京書林組合会員名簿」に『穴山篤太郎』の氏名が記載されている。
◎「紳士録」には『穴山篤太郎』の住所と職業・納税額が記載されている。『有隣堂』京橋区南伝馬町二丁目十三番。出版業。電話本局一〇五五番。
◎大正元年・東京書籍商組合発行「東京書籍商組合及組合員概歴」に『有隣堂』穴山篤太郎・農書専門、元郡山藩士、明治七年開業とある。
◎大正十二年八月一日発行「現代の獣医」には広告があるが、十月一日発行にはない。大正十二年十月一日発行「現代の獣医」『震災号』には農商務省(京橋区木挽町十丁目)や畜産局が全焼、多くの畜産獣医雑誌が被害を蒙ったとある。京橋区は浜離宮を除き略全域が焼失した。
*関東大震災・大正12年9月1日午前11時58分電信・電話不通となる。2日戒厳令が布告、
◎九月二十一日の大阪朝日新聞に『有隣堂』は麻布六本木警察署前ヤマト楽店へ立退との公告がある。関東大震災によって被災した。
◎昭和十三年「日本出版文化史」小林善八 日本出版文化史刊行会 出版社は三代続くことまれで『有隣堂』も昭和初期に廃業したとある。
東京書籍商組合発行「図書総目録」は第一版 明治二十六年、第二版 明治三十一年
第三版 明治三十九年(614)、第四版 明治四十四年(533)、第五版 大正七年
第六版 大正十二年、第七版 昭和二・四年(18)に発行されている。『有隣堂』は関東大震災前は、官公庁関係の出版を多数行なっている。明治三十九年に販売した614書
中官公所の訳・篇になるものは211書を数える。代表適な獣医・蹄鉄書類は次のようなものがある。 版権者 内容 価格
『家畜醫範』 農商務省 16冊 2100枚 七円二十五銭
『家畜醫範』薄葉合本 農商務省 6冊 2100枚 九円
『馬体主要筋一覧』 陸軍省 1葉 五銭
『牛病通論』 勧農局 460頁 一円 二十銭
『馬原病学』 陸軍省 1冊 50余枚 十四銭
『狂犬病説』 陸軍省 1冊 40枚 十銭
『炭疽病接種試験報告』 農商務省 100余頁 五十銭
宮城県『皮疽及鼻疽病試験報告』 農商務省 50余頁 三十銭
泰西農具及獣医治療機械『説明書』 駒場農学校 40余頁 十六銭
『蹄鉄書』 農商務省 230余頁 五十五銭
『陸軍蹄鉄術教範』 陸軍省 90余頁 二十銭
ドミニツク氏『装蹄書』 陸軍省 100余頁 四十銭
『牧畜全書』 農商務省 2冊 1360頁 二円 二十銭
『農用家畜論』 文部省 200余頁 五十六銭
『牧草図譜』 農商務省 100余頁 一円
農事図解『牧場潅水法』 勧農局 1葉 十二銭
『畜産部試験報告』 農商務省 80余頁 二円
アレン氏『牧牛書』 勧業寮 200頁 六十銭
『牛馬繁殖飼養法要略』 農商務省 30余頁 六銭
農事図解『牧牛法』 勧農局 1葉 十二銭
農事図解『牧牛利用説』 勧農局 1葉 十二銭
『牛史』 農商務省 190頁 五十銭
農事図解『牧馬法』 勧農局 1葉 十二銭
百科全書『馬』 文部省 100余頁 二十銭
『馬外貌名称図解』 陸軍省 1葉 三銭
農事図解『養豚法』 勧農局 1葉 十二銭
『牧羊手引草』 勧農局 60頁 十二銭
農事図解『牧羊法』 勧農局 1葉 十二銭
百科全書『羊篇』 文部省 100余頁 十六銭
値段は大正期のもの。
◎明治41年「東京市市勢調査原表」によると京橋区の人口は124400人・工業従事51831人、活版印刷・活字製造3796人、印刷関連1452人、医者239人・獣医2人となっている。なお、公務員・軍人・自由業は11439人。
表紙の下張り
どうも長い間お待たせ致しました。今見せるから、今見せるからと言って、往来の人々の足を止めるのが香具師の手口。隠すと見たくなるのが人の常。
1 売薬取締に関するもの 明治十三年 活字両面印刷11-17,11-18 洋紙
2 『家畜醫範』産科学目次 袋綴じ片面印刷 和紙 製本の跡あり
3 同
4 図版 片面印刷 洋紙 漉き斑あり 図譜・図説の一部?
5 同
6 ブタペスト近くの馬牧場云々 袋綴じ 活字片面印刷 洋紙 洋行記録?
7 生糸生産に関するもの 明治十一年 活字両面印刷 17,18 洋紙 試し刷り?
8 ○○五十日誌 第六十一号 法令集 報令社 明治九年 袋綴じ活字片面印刷 洋紙 朱入
9 『開農雑報』二十七号 袋綴じ 活字片面印刷 洋紙
11 同二十八号
12 同 三十号
13 同四十二号
14 同五十八号
15 『獣医解剖篇』上巻 袋綴じ 活字片面印刷 洋紙 校正原稿朱入
(原八百太郎・津野慶太郎 全二巻 五百五十頁)
16 『獣医解剖書』第一篇第一章 袋綴じ 活字片面印刷 洋紙 校正原稿朱入
(今泉六郎 四冊 四百頁)
17 『家畜化育要論』 袋綴じ 活字片面印刷 洋紙 校正原稿朱入 獣医解剖書に同じ
(厚木訥平次 一冊 二百十頁)
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米多比家文書小川流馬道
小川流馬道
安驥五臓十病 寒熱之事
一肝寒両眼ニ光ナシ亦眼青シ脊ヲ蟄
下腹腫口ヲアケス肝ウツケスレハ常ニ驚
走奇足抜立テ亦アユム事堅シタヲレン
トス是者重姿也肝之瘉ヲ灸ス温薬ヲ
飼ヘシ 木瓜実温ニ〆味酸シ末シテ五銭
烏賊骨温ニ〆味酸シ細末〆三銭湯五合
入テ可飼
一肝熱眼飛カエシ足ソラヲフム亦者頭ヲ
地ニ付テ酒ニ酔タル如状亦目赤クシテ泪
在眼腫身メクラス事不定眠ハ重姿也眼
脉の左ヨリ血ヲ出スヘシ冷薬ヲ飼ヘシ礬
砂寒ニ〆味酸シ車前草寒ニ〆味酸シ苦参
寒味苦シ是細末〆各々等分水五合入テ飼ヘシ
一心寒尾ヲ振頭ヲハラウシキリニ肩ヲハナヽカ
ス見帰ル人ヲクラウ如シ常ニ驚是ハ軽姿也
心之瘉ヲ灸スヘシ温薬ヲ飼ヘシ芍薬梅干
味酢シ雲母味甘シ各等分細末〆湯五合
入テ飼ヘシ
一同熱腹骨ヲクイ喉ム子腫脉大ナリ眠驚
胸前ニアセ流レ口之色赤シ歯ヲクイ頭ヲタレ
テ身之毛ハナヽク尾ヲサシ足不留身之内火
ヲタクガ如是者重姿也胸堂ヨリ血ヲ
出シ冷薬ヲ飼ヘシ大黄寒ニ〆苦シ牛膝平ニ〆
味苦シ酸シ人参寒ニ〆味甘シ各々細末〆水五
合入テ飼可
一脾之寒腰ヲ延尾ヲ振事重シフンヲ下ス亦ハ
ナヽク唇ヲ上テハラウ水ヲ呑神少是ハ重姿也
脾之瘉を灸ス温薬ヲカヘ甘草独活
温ニ〆味苦シ木香温味辛シ各々細末〆湯五
合入テ可飼
一同熱唇頻ウコク尾ヲウツ足蟄臥サントス
亦口スク己腰ヲヨリテヲキフス口の内ニ瘡出ル
事在是者軽姿也尾本ヨリ血を出シ冷薬ヲ
飼ヘシ麦門冬寒ニ〆味甘シ木通各々細末
〆水五合入テ飼ヘシ
一肺寒常ニ腹鳴テ下ス腹腫糞ヲマス煩シ
ハフスル亦皮毛ソンジ息早シ口ヨリ涎タ
ルヽ是者重姿也肺之瘉ヲ灸シ温薬ヲ
飼ヘシ生姜桂心温也栗之子温右細末
〆湯五合入テ飼ヘシ
一同熱遍身ニ汗流事在息早シ亦アハヲ
スク毛之根アク尾髪カレ鼻フキシ鼻ヨ
リ血ヲ出ハナヽキテ足留ス草ヲクラウ事
物ウシ亦四足ヲ上テマロビウツ遍身ニ汗在
是者軽姿也帯脉之右ヨリ血ヲ出冷薬ヲ
飼ヘシ水金寒ニ〆辛シ一銭葛根寒味甘シ
カキドヲリ寒味酸シ是ヲ水五合入テ飼ヘシ
一腎寒重ク後足ヲ立替肩コシ脊腫腹
ヲヒク亦遍身冷ヘラヲ出シ脊ヲ土ニ付テカ
ヘル引ケトモヲキス口之色黒シ是者重姿也
百会腎瘉ヲ灸ス温薬ヲ飼塩流黄温
味酸シ各々細末〆湯五合入テ飼ヘシ
一同熱後足ヲ延テ腰ヲカヽメテ息早シ常ニ
見返水草ニ物ウシ黒血尿ヲ下ス亦フグリ
腫是者重姿也腎道ヨリ血ヲ出冷薬ヲ
飼蛤味酸シ半夏寒味辛シ醤ヲカンニシ
テ味酸シ右細末〆水五合入テ可飼以上
薬一臓腑各々別ナリト云トモ何モ薬可飼也
豊州之住人 忍藤左右衛門尉 在判
筑後之住人 城嶋九兵衛尉 在判
同 吉村勘兵衛尉 在判
寛永拾八年辛巳
十一月吉日
米多比六之助殿
余
小川流馬道目録
一最初潅頭五条付タ 三ケ条
一舉請本尊 有口伝
一針ヲニキリテ願念 有口伝
一金ヲ取テ願念 有口伝
一臥縄之事 有口伝
一臥庭之事 有口伝
一血之事 大口伝
血留之歌ニ云
血の道ハ父と母との道なれハ
血の道とめよ血之道の神
亦云血留一草在口伝
△馬道目録之事
△秘針秘灸秘薬
一一針者馬之面之巻目也針ヲ右之
手ニテ取左之手ニテ巻目ヲ引
上テ針之先ヲ上ニ問テ針之釵ヲ
大指ニ問テ指也
針ヲ着時一針之本地ヲ勧正申
印ジユヲ唱着ヘシ
右本地 在口伝
一一灸髪根ニアリ馬之耳ヲ髪根ニ
引折耳先之當前ヲ焼也灸治之
時本地ヲ申請印シユヲ唱フヘシ
右本地 在口伝
一一薬者黒モスル也重位之時ハ
白薬 粉薬飼時本地ヲ申請印
シユヲ唱ヘシ
一実死一生之針 大風門也
諸病一大事着願中狂馬ニ
亦血酔一大事之時用也針ヲ入事
五分也秀細在口伝
一上六脉之血留之針大風門之下髪
根ヲ押分針ヲサカサマニ指也針を入事
或ハ三分或ハ五分針遅抜ヘシ有口伝
一下六脉之血留尾之本横手下之毛ヲ
引上針先ヲ上ニ問テ着也針ヲ入時
有口伝
一上六脉之血酔之針両方之耳ヲ二ツニ
折則折メヲ指也駒ハ左駄ハ右
有口伝
一上六脉之血酔之針尾本一寸之向ヲ
サスノ夲ニサス也
一上之向針正心之黒白之中間也水ニ血ヲ
請テ見様 在口伝
一蕷見手之針両方之耳ヲ引違頭
之頂上之中間ヲ指但五分也能々
願念スヘシ
一四分一灸ハ馬之後ヨリ腹骨ヲカソエ
第六七之間両方ニ有但駒ハ左駄ハ右
一労之針耳ヲ後ニ押伏テ耳先ヨリ五
分後ヲ着也亦チクリンヲ下ヨリ上之如
着也馬之血留之時ハ上ヨリ下之如ク針
ヲ着也 有口伝
一五臓之長針之事耳一ツト亦半分之
寸ヲ取テ着髪根飲大筋也是則
肝心脾肺腎ニ相届ニ依テ五臓之長
針ト云也
一血酔マジナウ事之文 在口伝
但口伝云竹之ヘゴニテ耳ヲハジキ文ニ云
○ヲンロケンジンバラキリクソハカ但十二反
駒ハ左
駄ハ右
一血留之薬付時文ニ云
奥山の三谷の底の水見に
口をとむれはおくは留まる
右願念 在口伝
一一薬之歌之事
○飼へは志ぬ飼ねはいきぬ老母草
馬のためには毒か薬か
○飼は志ぬかはねはいきぬ於もと草
馬のためには莉呂をかふへし
右 在口伝
一イロハクハンチヤウ之寒熱ト云ハ
△寒病ハ三ノ一三ノ二二ノ二六ノ二四ノ七六ノ五
四ノ七
△熱病ハ三ノ一三ノ二二ノ二三ノ六一ノ三二ノ四
小川禅師 在判
藤左右衛門尉
藤原朝臣高通在判
城嶋源左衛門尉
時実在判
城嶋九兵衛尉
清直在判
吉村勘兵衛尉在判
貫永拾八年辛巳
十一月吉日
米多比六助殿
焼金形法十二之内其形各別也
鶴頭二金者長一尺二寸圓而
峰亀其形似鶴頭故有其名
上下相近不得長金処自傍用
之注云草侘陶隠居愛飼鶴療
馬之時鶴随草侘之命曲頚近之
当彼安穴則得喩子骨葉泉
宛額摺 夜眼掠草固之作其形
○次焦げ篇二金者長一尺二寸其形
平其の峰方温冷寒脉蹄等用之
○注云茴ハ帝始療馬彼馬薄
蹄向 戦石道蹄付猪膏笏灸
令宛之時使解入之後其馬雖趣石
巌頤当病故笏形
○次蓮茎三近者長一尺二寸其形
圓而身諸病要穴遍身前々用之
注云醫王善逝療馬之時真言
爐槽之傍有一蓮華取彼茎其
端温香火宛要穴病則喩故造
也 薬草荒意也
次亀頭一金者長一尺二寸其形如
焦笏峰亦圓也
注云周景王之時王良令醫馬
之灸之刻不用意焼金間既即
可被亀成時御前有一池自水中
亀載焼金来王良取是令灸
窟馬病即喩畢景王見之於
衣重道不二撥
一次燕尾一金者長一尺二寸其形
分焦笏銃鋒骨上之小灸崔舌
籐用是
○注云扁鵲之第宅燕来号居
馬蹄跡尾未見當崔舌即便
千蹄灸故始造之
次蚯蚓三金者又云頚蚯金長
八寸其形茎与鋒共圓眼中并筋
上骨迫痛大焼金之前用是
注云眼有病馬鎮伏テ野草時
蚯来号入眼中時則病喩扁鵲
見是造其形
城嶋源右衛門尉
時実在判
同九兵衛尉
清直
寛永三年十月廿六日相傳是
小川流馬道
安驥五臓十病 寒熱之事
一肝寒両眼ニ光ナシ亦眼青シ脊ヲ蟄
下腹腫口ヲアケス肝ウツケスレハ常ニ驚
走奇足抜立テ亦アユム事堅シタヲレン
トス是者重姿也肝之瘉ヲ灸ス温薬ヲ
飼ヘシ 木瓜実温ニ〆味酸シ末シテ五銭
烏賊骨温ニ〆味酸シ細末〆三銭湯五合
入テ可飼
一肝熱眼飛カエシ足ソラヲフム亦者頭ヲ
地ニ付テ酒ニ酔タル如状亦目赤クシテ泪
在眼腫身メクラス事不定眠ハ重姿也眼
脉の左ヨリ血ヲ出スヘシ冷薬ヲ飼ヘシ礬
砂寒ニ〆味酸シ車前草寒ニ〆味酸シ苦参
寒味苦シ是細末〆各々等分水五合入テ飼ヘシ
一心寒尾ヲ振頭ヲハラウシキリニ肩ヲハナヽカ
ス見帰ル人ヲクラウ如シ常ニ驚是ハ軽姿也
心之瘉ヲ灸スヘシ温薬ヲ飼ヘシ芍薬梅干
味酢シ雲母味甘シ各等分細末〆湯五合
入テ飼ヘシ
一同熱腹骨ヲクイ喉ム子腫脉大ナリ眠驚
胸前ニアセ流レ口之色赤シ歯ヲクイ頭ヲタレ
テ身之毛ハナヽク尾ヲサシ足不留身之内火
ヲタクガ如是者重姿也胸堂ヨリ血ヲ
出シ冷薬ヲ飼ヘシ大黄寒ニ〆苦シ牛膝平ニ〆
味苦シ酸シ人参寒ニ〆味甘シ各々細末〆水五
合入テ飼可
一脾之寒腰ヲ延尾ヲ振事重シフンヲ下ス亦ハ
ナヽク唇ヲ上テハラウ水ヲ呑神少是ハ重姿也
脾之瘉を灸ス温薬ヲカヘ甘草独活
温ニ〆味苦シ木香温味辛シ各々細末〆湯五
合入テ可飼
一同熱唇頻ウコク尾ヲウツ足蟄臥サントス
亦口スク己腰ヲヨリテヲキフス口の内ニ瘡出ル
事在是者軽姿也尾本ヨリ血を出シ冷薬ヲ
飼ヘシ麦門冬寒ニ〆味甘シ木通各々細末
〆水五合入テ飼ヘシ
一肺寒常ニ腹鳴テ下ス腹腫糞ヲマス煩シ
ハフスル亦皮毛ソンジ息早シ口ヨリ涎タ
ルヽ是者重姿也肺之瘉ヲ灸シ温薬ヲ
飼ヘシ生姜桂心温也栗之子温右細末
〆湯五合入テ飼ヘシ
一同熱遍身ニ汗流事在息早シ亦アハヲ
スク毛之根アク尾髪カレ鼻フキシ鼻ヨ
リ血ヲ出ハナヽキテ足留ス草ヲクラウ事
物ウシ亦四足ヲ上テマロビウツ遍身ニ汗在
是者軽姿也帯脉之右ヨリ血ヲ出冷薬ヲ
飼ヘシ水金寒ニ〆辛シ一銭葛根寒味甘シ
カキドヲリ寒味酸シ是ヲ水五合入テ飼ヘシ
一腎寒重ク後足ヲ立替肩コシ脊腫腹
ヲヒク亦遍身冷ヘラヲ出シ脊ヲ土ニ付テカ
ヘル引ケトモヲキス口之色黒シ是者重姿也
百会腎瘉ヲ灸ス温薬ヲ飼塩流黄温
味酸シ各々細末〆湯五合入テ飼ヘシ
一同熱後足ヲ延テ腰ヲカヽメテ息早シ常ニ
見返水草ニ物ウシ黒血尿ヲ下ス亦フグリ
腫是者重姿也腎道ヨリ血ヲ出冷薬ヲ
飼蛤味酸シ半夏寒味辛シ醤ヲカンニシ
テ味酸シ右細末〆水五合入テ可飼以上
薬一臓腑各々別ナリト云トモ何モ薬可飼也
豊州之住人 忍藤左右衛門尉 在判
筑後之住人 城嶋九兵衛尉 在判
同 吉村勘兵衛尉 在判
寛永拾八年辛巳
十一月吉日
米多比六之助殿
余
小川流馬道目録
一最初潅頭五条付タ 三ケ条
一舉請本尊 有口伝
一針ヲニキリテ願念 有口伝
一金ヲ取テ願念 有口伝
一臥縄之事 有口伝
一臥庭之事 有口伝
一血之事 大口伝
血留之歌ニ云
血の道ハ父と母との道なれハ
血の道とめよ血之道の神
亦云血留一草在口伝
△馬道目録之事
△秘針秘灸秘薬
一一針者馬之面之巻目也針ヲ右之
手ニテ取左之手ニテ巻目ヲ引
上テ針之先ヲ上ニ問テ針之釵ヲ
大指ニ問テ指也
針ヲ着時一針之本地ヲ勧正申
印ジユヲ唱着ヘシ
右本地 在口伝
一一灸髪根ニアリ馬之耳ヲ髪根ニ
引折耳先之當前ヲ焼也灸治之
時本地ヲ申請印シユヲ唱フヘシ
右本地 在口伝
一一薬者黒モスル也重位之時ハ
白薬 粉薬飼時本地ヲ申請印
シユヲ唱ヘシ
一実死一生之針 大風門也
諸病一大事着願中狂馬ニ
亦血酔一大事之時用也針ヲ入事
五分也秀細在口伝
一上六脉之血留之針大風門之下髪
根ヲ押分針ヲサカサマニ指也針を入事
或ハ三分或ハ五分針遅抜ヘシ有口伝
一下六脉之血留尾之本横手下之毛ヲ
引上針先ヲ上ニ問テ着也針ヲ入時
有口伝
一上六脉之血酔之針両方之耳ヲ二ツニ
折則折メヲ指也駒ハ左駄ハ右
有口伝
一上六脉之血酔之針尾本一寸之向ヲ
サスノ夲ニサス也
一上之向針正心之黒白之中間也水ニ血ヲ
請テ見様 在口伝
一蕷見手之針両方之耳ヲ引違頭
之頂上之中間ヲ指但五分也能々
願念スヘシ
一四分一灸ハ馬之後ヨリ腹骨ヲカソエ
第六七之間両方ニ有但駒ハ左駄ハ右
一労之針耳ヲ後ニ押伏テ耳先ヨリ五
分後ヲ着也亦チクリンヲ下ヨリ上之如
着也馬之血留之時ハ上ヨリ下之如ク針
ヲ着也 有口伝
一五臓之長針之事耳一ツト亦半分之
寸ヲ取テ着髪根飲大筋也是則
肝心脾肺腎ニ相届ニ依テ五臓之長
針ト云也
一血酔マジナウ事之文 在口伝
但口伝云竹之ヘゴニテ耳ヲハジキ文ニ云
○ヲンロケンジンバラキリクソハカ但十二反
駒ハ左
駄ハ右
一血留之薬付時文ニ云
奥山の三谷の底の水見に
口をとむれはおくは留まる
右願念 在口伝
一一薬之歌之事
○飼へは志ぬ飼ねはいきぬ老母草
馬のためには毒か薬か
○飼は志ぬかはねはいきぬ於もと草
馬のためには莉呂をかふへし
右 在口伝
一イロハクハンチヤウ之寒熱ト云ハ
△寒病ハ三ノ一三ノ二二ノ二六ノ二四ノ七六ノ五
四ノ七
△熱病ハ三ノ一三ノ二二ノ二三ノ六一ノ三二ノ四
小川禅師 在判
藤左右衛門尉
藤原朝臣高通在判
城嶋源左衛門尉
時実在判
城嶋九兵衛尉
清直在判
吉村勘兵衛尉在判
貫永拾八年辛巳
十一月吉日
米多比六助殿
焼金形法十二之内其形各別也
鶴頭二金者長一尺二寸圓而
峰亀其形似鶴頭故有其名
上下相近不得長金処自傍用
之注云草侘陶隠居愛飼鶴療
馬之時鶴随草侘之命曲頚近之
当彼安穴則得喩子骨葉泉
宛額摺 夜眼掠草固之作其形
○次焦げ篇二金者長一尺二寸其形
平其の峰方温冷寒脉蹄等用之
○注云茴ハ帝始療馬彼馬薄
蹄向 戦石道蹄付猪膏笏灸
令宛之時使解入之後其馬雖趣石
巌頤当病故笏形
○次蓮茎三近者長一尺二寸其形
圓而身諸病要穴遍身前々用之
注云醫王善逝療馬之時真言
爐槽之傍有一蓮華取彼茎其
端温香火宛要穴病則喩故造
也 薬草荒意也
次亀頭一金者長一尺二寸其形如
焦笏峰亦圓也
注云周景王之時王良令醫馬
之灸之刻不用意焼金間既即
可被亀成時御前有一池自水中
亀載焼金来王良取是令灸
窟馬病即喩畢景王見之於
衣重道不二撥
一次燕尾一金者長一尺二寸其形
分焦笏銃鋒骨上之小灸崔舌
籐用是
○注云扁鵲之第宅燕来号居
馬蹄跡尾未見當崔舌即便
千蹄灸故始造之
次蚯蚓三金者又云頚蚯金長
八寸其形茎与鋒共圓眼中并筋
上骨迫痛大焼金之前用是
注云眼有病馬鎮伏テ野草時
蚯来号入眼中時則病喩扁鵲
見是造其形
城嶋源右衛門尉
時実在判
同九兵衛尉
清直
寛永三年十月廿六日相傳是
2006/05/03のBlog
[ 20:13 ]
防長勧業会報告「畜産保護の点より畜牛家組合の設立を望む」
Ⅰ緒言
世の勧業を説く者、毎に進取の一方に馳せ、然して他の一方を顧みるもの少なきが如し。こ れ甚だ謂れなきの事にして、例えば底なきの器に物を盛らんとするが如し。その遂に目的を達する事能わざるや明らかなり。労力を減じて収穫を倍■するの方を説くも、浪費を節して有用に多すの途をかえりみざれば、畢竟何の効をかなさん。此の如きは経済の本旨に悖り、 勧業を説くの方法を誤れりと謂うべし。
Ⅱ永い習慣の産牛
本県において牛を蕃殖するの利あるは今更呶々するを要せず。皆
Ⅰ緒言
世の勧業を説く者、毎に進取の一方に馳せ、然して他の一方を顧みるもの少なきが如し。こ れ甚だ謂れなきの事にして、例えば底なきの器に物を盛らんとするが如し。その遂に目的を達する事能わざるや明らかなり。労力を減じて収穫を倍■するの方を説くも、浪費を節して有用に多すの途をかえりみざれば、畢竟何の効をかなさん。此の如きは経済の本旨に悖り、 勧業を説くの方法を誤れりと謂うべし。
Ⅱ永い習慣の産牛
本県において牛を蕃殖するの利あるは今更呶々するを要せず。皆