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わくわくぽん!
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2004/04/09のBlog
[ 19:08 ] [ まあくん ]
夕方、学童保育から帰ってきたまあくんは、玄関にランドセルをポーンと置いて、外でボール遊びを始めた。
壁にボールを当てて、それをキャッチする。
それも、かる~く投げるのではなく、力いっぱい投げる。

ひたすら、黙々とやり続ける。
いったい何と戦っているのか・・・・?

真剣そのものである。プロ野球選手になりきっているようだ。

20~30分くらい続いただろうか?

「ぼく、100球投げたで!!凄いやろー!!」
そう言って帰ってきて牛乳を飲む姿は、達成感に満ちたすがすがしい顔だった。
本当は半日で帰ってくるはずだった・・・・。

色々と問題発生し、帰るのが遅くなった。

は~~~~・・・。
悲しき中間管理職・・・・。
演歌の曲名みたいやわ・・・。

今日はかなりへこんでる・・・。
2004/04/08のBlog
またしても逃げられた!

宿題が残っていたのに・・・・・。

「今から宿題してくる~♪」と、自分の部屋に向かったまあくんを見送った後、私はお風呂へ行きました。

それが、間違いだった。
そんなに甘くはなかった・・・・・。

入浴後、まあくんの宿題の様子を見に行ってみたら、
すでに部屋は真っ暗・・・・・。
しかも、思いっきり睡眠中だった。きっちり布団に入っている。

やられた。

(・・・見抜けない自分が情けない・・・)
確かに私は歳をとった・・・。
自然の成り行きだ。
それなのに、私の職場の部下達は失礼なのだ。
若い頃の私の写真を見て

「これ、誰の写真~?」とか
「うそ~!詐欺や~!」だの
「逆整形や~!」と言う。

まったく~!誰だって若い時はかわいいの!

しかし、変わりすぎたか・・・?と、納得するわたしがいる。
2004/04/07のBlog
明日、始業式を控えたまあくん。

学校の用意をしなければならないのに、逃げてばっかり!
一緒にしようと誘っても、
「一人でする!」と言ってやらない。

出来たというが、ランドセルはからっぽ。

早くしてよ~。と催促してもやる気なし。
挙句の果てには風呂に逃げる。

何だかんだと3時間待ったが、結局何も出来ず
「いい加減にしなさいーーーーー!!!!!」
と、無茶苦茶怒鳴られ、半泣きで用意することになる。

あ~あ・・・。今年度も大変だわ。
まあくんにとって学校ってどんな位置づけなのかな~。
本日届いた「F.C.TOKYO OFFICAL HANDBOOK 2004」
「Fan Book 2004」。

他にも、カレンダーとアマラオの写真集も購入。
写真集は最後までどうしようか迷ったけど、迷った時は買ってしまえ人間の私は、結局購入。

後で、じっくり読みましょう♪

うふっ♪
[ 00:42 ] [ まあくん ]
まあくんのオシッコは左斜め前に飛ぶ。
9年間ずーっとそういう飛び方をしてきたので、そんなオシッコでも、じょうずに出来る。

身体を便器に向かって右斜め前に傾けて(およそ45度)用をたす。

学校ではお友達から「ションベンマスター」と言われ、尊敬されている。・・・・らしい。

まあくんは、かなりご満悦である。
2004/04/06のBlog
[ 20:23 ] [ 天国への手紙(たけしくん) ]
天国への手紙① 

上手く表現できるかわからないけれど、まあくんの弟のたけしくんのコトを書きたいと思います。
この世に生を受けて、懸命に戦い、そして天使になっていったたけしくんのことを・・・・・。短い間でしたが、この世で生きていたたけしくんがいたという事実の証になる事を願って記します。


たけしくんが誕生してから毎日の面会で、看護婦さんから「本日の様子」が簡単に書いてあるカードを貰っていました。
私はそのカードの裏にその日感じた事、考えた事、たけしくんの様子などを書きとめていた。

今日は、そのカード裏のメッセージをここに書き写そうと思う。(全部書くと膨大な量になるので、抜粋して書きます)

1997,7,10・19:12誕生
沢山の先生、助産婦さん、看護婦さんに見守られての出産。同じ病棟に入院していた他の患者さんなど、大勢の人の励ましと応援の中、あなたは生まれてきました。沢山の愛を受けてこの世に誕生したのです。
お母さんは生まれて初めてこんなに優しさを感じ、感謝をする気持ちになったことをとても嬉しくおもいました。それも、あなたという人間が、私の子供として誕生してきてくれたからこその事だと思います。ありがとう。
これからも、そんなみんなの愛と共に、お母さん・お父さんと一緒に病気と闘っていきましょう。

1997,7,11
初めての面会でした。
レントゲン写真を先生に見せてもらった時は、倒れそうになりました。
呼吸がとても苦しそう。
がんばれ!がんばれ!

1997,7,15
少しでも楽に呼吸ができるよう祈っています。抱っこが出来る日が来るように・・・と、心から願います。それまで、たけしくんもがんばろうね。みんなで応援してるよ。
明日、お母さんは一足先に退院です。すごく複雑な心境。

1997,7,17
面会に行った時、眠そうな目をしていました。お母さんがトントン、トントンしているうちに眠りました。早く抱っこできる様になるといいね。・・・・体力をつけて元気になっていつか必ずお母さんやお父さんに声を聴かせてね。楽しみにしてるよ。

1997,7,26
まあくん兄ちゃんに「たけしくんどうしてた?」って聞いてみたら「ねんねしてたわ」と言います。はやくお兄ちゃんと遊べるといいね。

1997,7,31
やはり目が覚めるとしんどい様で、力を入れて怒っています。

1997,8,3
痙攣が続いています。髄膜炎やてんかんは否定的で、低アルカリフォスファターゼ症そのものによるけいれんであると考えているとのこと。この病気がよくならない限り痙攣はよくなりません。現時点の痙攣は重責発作を起こしている状態で、とても厳しい状態です。・・・・・両手両足とも点滴などでふさがっています。小さな身体に管がたくさん。痛々しい限りですが、今のたけしくんにはどれも必要な物。早く良くなって少しずつでも管がはずせることを祈ってます。

1997,8,4
チョットした刺激でも痙攣を起こすので、たけしくんの身体に触れる事もできません。話しかけるのもそ~っと小声でしています。たけしくんはきっとお母さんの声がわかるだろうし、そんなお母さんの声で目が覚めてしまうとダメだから・・・。目が覚めてもしんどくない位になるといいね。たけしくんが良くなったらお母さんはたけしくんと一緒にやりたい事が沢山たくさんあります。お母さんは今、何もしてあげられないけど、必死で頑張っているたけしくんのために、明るく元気なお母さんでいようとがんばります。

1997,8,7
けいれんも少し落ち着いたようです。ただ、どういう訳か全身白っぽく感じ、貧血でもあるのかなーって思うような、血の気がない全身色でした。少し心配・・・。

1997,8,10
やはり貧血が進んでいます。骨髄もしっかりしていないので、血液を作る力が充分にないたけしくんはどんどん貧血になっていきます。今日輸血をしてもらうことになりました。この病気は様々な厄介な症状がつきまとって、それも、生命を脅かすものばかりで毎日ハラハラドキドキです。痙攣が出てから、体力も随分なくなってきているようにも感じます。ここ何日か前から、なんとなくたけしくんの雰囲気がただ事ではないという実感がズシンと襲ってきます。とても心配です。寝ても醒めてもたけしくんの事で頭が一杯です。日本中の人たちの70年~80年の寿命を一人1日ずつたけしくんに分けてあげて欲しい。そんな事が出来たらどんなにいいだろう・・・。病気も「飛んでけー!」と言ったら、何処かへ飛んで消えたらいいのに・・・。

---------------------つづく----------------------
[子供のどこがあなたに似てますか?]

みなさんご存知のとおり、まあくんはかなりユニークです。
ひらめきと感性で生きている人間です。

私と何処がにているか・・・・・?
めっそうもございません・・・私など足元にも及びませんわ。
顔のパーツは私ににていますが、顔の骨格は徐々に夫に似てきています。

中身は、周りの人に言わせると、私そっくりらしいです。
どこを取っても私の子供以外に考えられないとみんなが口を揃えて言います・・・・・。

私はあんなにおかしくはありません。絶対に・・・・。

まあくんのコトをまだご存知でない方は、「まあくん」のジャンルを読んでください。3~4コ読んでもらえば大体分かるはずです。
2004/04/05のBlog
[足が臭い子供]

まあくんは「裸足族」です。
裸足で靴を履くと倒れそうなくらいのニオイです。

以前、夫が乗っていた車には「自動空気清浄機」が付いていたのですが・・・・・。
ある日、その車の中でまあくんが靴を脱いだ時、事件は起こりました。

そう、皆さんの想像通り・・・まあくんの足のニオイに空気清浄機が反応してMAXで自動運転を始めたのでした。
空気清浄機が必死になっているのが、かなり面白かったけど・・・・密室の中で靴を脱ぐのはやめて欲しかったな。
私は夫と7歳の年の差がある。
大体の夫婦が夫の方が年上であるが、我々夫婦もそれと同じく夫の方が年上である。

若いころは、年上の男性がすごく大人びて見えて、「やっぱり、男は年上がいい」なんて思っていた。

20代前半のころは30代の人が素敵に見えた。

しかし、そこには落とし穴があったのだ。
数年前気づいたのだが、私より7歳年上と言う事は、なんと「定年」が私より早く来るということだ。

・・・・っていうことは、私が定年まで「私が一家の大黒柱」ということだ。

我が家の場合は、職種が同じなのでそうでもないが、
男は「俺が食わせてやっている」的な感情が、全身の毛穴からにじみ出ているものだ。(・・・そういう人が多いと感じる)
たとえ、共働きでも・・・・。

でも、年齢の差だけ私が「食わせてやる」側になるのだ。
我が家の場合、給料もそれ程差がないし、私は結婚してからも2年程子育てに専念しただけで、ず~っと仕事をしている。
7-2=5・・・・・食わせてもらってる期間の方が短いのだ。

かといって、ど~ってコトないんだけどね。

私はこの事を夫に告げて、「食わせてやった」みたいに思わんといてね。と、釘をさしておきました。

怖い嫁ちゃんです。(自分でも思う)

こんな事考える私はひねくれ者ですね~♪
(基本的に負けず嫌いなのですよ・・・・夫に対しては・・・

[O型倶楽部]

入会希望したが、まだ許可は下りていない・・・・。しかし、本人は入会した気でいます。
したがって、O型倶楽部のblogをupします!!

私は、血統書付きの「O型」です。
完璧な純血種です。

もちろん、教科書どおりの「O型」気質です。

O型のエリートとでもいいましょうか。自分でもうっとりです♪
2004/04/04のBlog
[TBカフェ:幸せ・・・を感じる瞬間(jinさん)]

そうだな~。なんだろうな~。

私の場合は
①自分の子供がおいしそうにご飯をパクパク食べている姿を見たとき
②子供の寝顔を見ているとき
③子供がどろんこになって帰ってきたとき
・・・・かな?

なんだか、すごく良いお母さんみたいー♪
「お母さん、アホちやうか?」ってまあくんに言われそうだわ・・・。

[ダメンズ・クラブ]No10 ちなみにまあくんは[男闘呼組]No8
[ 19:52 ] [ 天国への手紙(たけしくん) ]
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上手く表現できるかわからないけれど、まあくんの弟のたけしくんのコトを書きたいと思います。
この世に生を受けて、懸命に戦い、そして天使になっていったたけしくんのことを・・・・・。短い間でしたが、この世で生きていたたけしくんがいたという事実の証になる事を願って記します。


早いもので、あれからもう6年半が過ぎました。
7月10日、沢山の人たちの思いを受けてこの世に誕生したたけしくん。

たけしくんが、もしかしたら何か障害(病気)があるのではないか?と、初めて言われたのが、もう臨月に入ってからだった。

「何があるのかは良く分からないけど、心配な事があるから大きな病院に行きなさい。」
まさか、自分の子供がそんな事・・・・・。
心が乱れました。

どういうことなのか?何が起こっているのか?赤ちゃんは生まれてこれるのか?

色んなことが頭の中をグルグルまわって、整理がつきません。

大学病院にすぐ行きました。
診察の結果、たぶん食道閉鎖症だろうということでした。そのまま入院して、万全の体制を取るということでした。

食道閉鎖症なら、手術さえすれば治るから大丈夫。・・・変な話ですが、私はホッとしたのを覚えています。だって、手術したら良くなるんだもん。

しかし、たけしくんの病気はそんな簡単な物ではありませんでした。病棟のエコーで見てみたら、食道閉鎖ではなかったのでした。骨が細く、小さい。だけど、何の病気なのか分からない。
毎日毎日お医者さんに「何か分からないけど、この子には障害がある。」といわれ続けました。

気が狂いそうでした。誰かと喋ってないと自分を見失いそうでした。

予定日を13日過ぎてたけしくんは生まれました。自然分娩で・・・・。3780gの大きな男の子でした。

小児科の先生が待機しての出産でした。私の周りにはお医者さん、助産婦さん、看護婦さん・・・・20人位いました。

赤ちゃんは泣きません。

「赤ちゃん、泣かないよ!なんで?」私は叫びました。
小児科のお医者さんが
「大丈夫、挿管(人工呼吸するための管を気管に入れる事)したから。」と、私に言いました。
そして、「赤ちゃん、元気だから大丈夫!」そう言って、たけしくんを抱き上げて私にみせてくれました。口から管を入れられていたたけしくん。でも、自分で呼吸はしていませんでした。

小児科の先生が大丈夫って言ったんだから、もう安心。・・・人を疑う事を知らない私は、心の底からそう思ったのです。

翌日、たけしくんのいるNICU(新生児集中治療室)に行って、たけしくんのレントゲン写真を見せられて、私は全てが分かりました。

「この子は、生きて家へは戻れない。」・・・と。
頭の中が真っ白になるって、本当にあるんです。目の前が真っ白(黒くはならなかった)になるって、あるんです。

低アルカリフォスファターゼ症という病気でした。治療方法はない。致死的な病気でした。
骨を作る酵素が欠損しているのです。全身の骨が細くて小さくて・・・・肋骨なんて未熟児の肋骨ほどしかありませんでした。だから、肺が開かなかったのです。自分で呼吸もできません。

「今まで、まじめに頑張って生きてきたのに、何も悪い事してないのに、どうして?何故?」
この言葉が頭の中を行ったり来たりしました。

涙も出ません。ただただ、震えるだけ。事実を受け止めなければいけない。

必死でした。
私はずっと看護師として仕事をしてきました。誇りを持って仕事をしてきたのですが、この時程自分の職業が邪魔だった事はありません。

お医者さんが説明する事なんて、分かりたくなかった。理解なんて出来たくない。しかし、悲しいかな全部理解できてしまう。くやしかった。
大きな声で「そんなこと、あるわけがない!どんなことをしても、治して欲しい!」って言いたかった。ものわかりの良い親になんてなりたくなかった。
お医者さんや看護婦さんにくってかかりたかった。

------------------------------------- つづく-----------------------
2004/04/03のBlog
いつもいつもそうなんだ・・・。

天気がいいから洗車しよう!って、洗車したら・・・・。

雨が降る。

ばかたれー!