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シェスタ~午睡~
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2007/08/16のBlog
[ 07:41 ] [ FP(ファイナンシャルプラン) ]
早朝、地震の揺れで目が覚めた私です。
揺れていても、あ、これそんなに大きくないなぁ、と冷静になってましたが。
東京は震度3?2?
取りあえず、本とか物が落ちてこなかったからね。

それはさて置き、「FPフォーラム王子」のエントリーの件、返信が来ました。

このたびは『FPフォーラムin王子2007』の相談員および実行委員に
お申し込みいただきありがとうございます。
現段階での実行委員3名で選考の打ち合わせを行い。
このメールを差し上げている皆様のお力をお借りすることになりました。
フォーラムに向けて準備がございます。
まずは皆様がたのメールアドレスをメーリングリストに
登録し、9月17日の事前打ち合わせ・相談員研修にお集まりいただいて
の作業となりますが、そのご案内は再度ご連絡いたします。

よろしくお願いいたします。



ということは?選考クリア?
2007/08/15のBlog
最近、予告どおりに記事を書いていないことが多くなっているので、
たまには公約どおりにやらないと、どっかの政治家と一緒になってしまうということで、今回はこの作品を取り上げます。

『ぼくらの』(鬼頭莫宏著(漫画作品)・「月刊IKKI」(小学館)で2004年1月号~連載中、他TVアニメ、小説版もあり)

現在、この作品は単行本として7巻まで発刊しており(2007年7月現在)、TVアニメとして、2007年4月よりTOKYOMXをキー局に首都圏(但しTVKのみ)・中京圏・関西圏で放送されております。<アニメ版DVDが7/25に第1巻がリリースされている>
実は、一度、TVアニメ版を偶然放送されたのを見たのですが、正直、見終わった後、吐気を模様した私。ある意味で、『地獄少女』以上に憂鬱で暗くなるというのか、言葉を失うと言うのはこういうことなのかなと思ったたりもしました。
只、ちょっと注意したいところは、コミック版の他小説版もあり、アニメ版とストーリーが多少異なっている箇所もありますので、そういう点を留意して見ていきたい(=原作よりもアニメ版が先に完結になるため(24話完結予定))。
個人的な意見を言わせて貰うと、TVアニメ化にするタイミングがあまりに早過ぎる気がしている。本当に的確に訴えるべきところが中途半端に割愛されていう弊害がある作品でもあるというのは、本当に皮肉だと言う気がする。
ひとまずアニメ版HPのあらすじを紹介します。

<あらすじ>

夏休み――自然学校にやってきた15人の少年少女。

そこで、小学生の宇白可奈を除く14人の中学1年生は、
ココペリと名乗る謎の人物と突然、(ゲームの)契約を結ぶ。

その契約は

戦いに負けたり、勝負がつかず48時間経過すると、地球は破壊され、
全人類のみならず地上の全生物が死滅する。
操縦者は、事前に契約した者の中から選ばれた1名がなる。
操縦は一人で行い、勝手に変更する事は許されない。
ロボットは人の生命力で動く。一戦闘する代わりに、操縦者の命を奪う。

「操縦すれば死ぬ。それがゲームのルール。」

世界の滅亡か ぼくらの死か。



何を意図して取り上げたのか?

そう、もし本当に戦争になったら、どうなるのか。
その波に、安易に飲み込まれたらどうなるのか。
興味本位が時として致命的になることも、
大勢の流れで惰性で行ってしまうとこうなるという想像したくない、
未来予想図でもあるかもしれない。
それもバーチャルなゲームの世界から、現実に起きる代償として、命が失われてゆく、命を失うこと、死と向き合うこと、その現実を受け入れるということはという姿も描かれているところにも着目をしたい。人間、追い込まれるとどうなるのか、そんな姿も人間模様とともにこの作品には描かれている。
中には「情欲」などの題のように、日本でも現実に起きているだろうと思われる出来事の話もある、そういうところにも留意をして見て頂ければと思う。

我が国の終戦記念日、つまり戦争とはいう物を語るとき、終戦の玉音放送や実際の戦争被害の話がほとんど、中には戦争加害についても語られることもあるが、これだけ多くの人が死んだ、これだけの被害を被った、だからもう戦争はしなようにしよう、平和を願う、それ自体がいけないことではないし、むしろ幸せを願うなら、それは普通の姿であると思う。
しかし、現実には世界各地という視点で見ていくと、戦争が絶えることがないくらいにどこかが戦場と化しているし、テロも含めると、不毛の戦いは絶えることはないのかと思うくらいだ、でもこれは現実であること。
私が言いたいのは、どうやったら、戦争を起こさないように防いでいけるか、それについて具体的に起きるメカニズムを考えると、起こる流れをと考えると、いかにあやゆいことか。何より、日本国憲法第9条というものがあっても、防ぐためにはということについて9条だけしか議題に上がらないのか、その憂いを感じ取って欲しいと言うことだ。

実際、作品の出てくる人物が中学生、ちょうど思春期の不安定な時期、そしてこのくらいの年齢というと、実際にはもう少し上の年齢になるが、特攻隊の年齢を考えると、ある程度イメージし易いと思う。しかもその年齢より若い子供たちがと思うと、もしこういうことが起こったらと考えると、従来の戦争を題材した作品とは全く異なる視点になるが、こういう視点でもし戦争を見たらと考えて欲しいということだ。
子供たちの瞳は、何を語っているのかと。


現在、まだ連載中の作品なのであまり詳しく書いてしまうと、問題が発生するので割愛するが、こういうことを言うのが正しい視点かどうかはわからない、しかし呪文のように只、漠然と「平和」や「戦争」のことを言ったり、考えたりするだけなのは、現実に突き付けられる出来事を加味して、願ったり、行動をと思うのだ。でも、届いて欲しいべき人には届かない気がする、肯定派にも否定派にも。
そして、麻生さんにも鳩山さんにも。
[ 19:33 ] [ 今日のトロ・ニュース ]
「伏せ字ニュース始まる!?」(トロ調査)

日光神戸アイスバックス(アイスホッケーチーム)に道場破りをしたトロでしたが…。
2007/08/14のBlog
[ 05:28 ] [ 詩・ポエム ]
今日も暑いのは変わらない
でも今日は風がある
季節の蝉の鳴き声の中
鳥のさえずりが静かに聞こえる
冷たい風 爽やかな風

今日も熱帯夜だったこの街
もう麻痺してしまったせいか
30℃じゃ感じない
一瞬だけ、蒸すけだるさが消えた気がする
厚い黒雲の中から輝く太陽
恨めしいのか、ホッとするのか
何がなんだかわからない
2007/08/13のBlog
[ 17:31 ] [ こぼれ落書 ]
お盆の最中、世間では夏休みで帰省しているとか、
家でゆっくりしているかもいるとは思うが、
私は相も変わらず、就職活動をし、門前払い状態が続いている。
正直、一番ダメージを受けるにはどのように貶めるかと言わんばかり。
連日、こんな炎天下の中、呼び出されて、速攻K.O.では、たまったもんじゃない。

今日は、一般派遣の面接で、面接2時後に不採用の連絡が届く。
世間では景気が回復したというが、そんな実感などどこにもない。
何より、被害妄想が最近、特に強いからなのか、
何か見張られてるかの如くなのである。
落ちた会社の数、もう数える気力も失せる。3桁に乗っているかもしれない。
当然、社員の面接も受けているが、とにかく結果には結びつかない。
面接を受けるまでにたどり着くのも大変。なかなか面接の機会すらこない。
本当にホームレスなのは時間の問題なのではないかと思うくらいだ。

心因症で注目されるどっかの横綱ならともかく、
このまま心因症になってしまえるくらいなら、どんなに楽かと思うくらいだ。

とにかくもう仕事探しを捨ててでも、小銭を稼ぐかの如く、日雇いをした方がいいのか、それともあきらめずに仕事を探すしか、ないんだろうな。
こういう状態で、お盆…つまり開店休業状態というのは本当に恨めしい。
部屋のクーラーを25℃設定で掛けても、なかなか室温が30℃以下にならない。
本当にそんな状態、それで電気料が倍近くになるのだから、本当に頭が痛い。

北九州の生活保護者のように、抹殺される運命なのだろうか。
2007/08/10のBlog
先日、矢野顕子さんの曲を、BSフジの『ガチャピンClub』で「夢のヒヨコ」という曲を聴いて、こういう作品を作れるとなあ、と思うのと、己が枯渇していたものを感じる日々です。

それにしても彼女の曲は、そんなに大ヒットしなくても記憶に残りやすいし、
実際、NHKの「みんなのうた」やCMとかで使われる曲が多いですよね。

こういう曲をカラオケとかで歌ったらどうなんだろうかと、考えてしまう訳です。
きっと、「知らねえ!」で片付けられてしまうってオチなのでしょうね。

いざ、歌詞を歌ってみると、そんなに難しい語句は使っていないけど、
大人も子供も一緒にいれるというのか。
彼女、独特の歌い方もあるんだろうけど、そういう作品を作れたらなぁと思った次第。
どっかにCD売っていないかな?

夢のヒヨコをかっているんだもん♪
[Doblog『鴉の競馬日記(巣作り中)』8/6掲載記事より ]

今年も終戦記念日、8月15日が来ます。
人によっては、ポツダム宣言書を署名した9月2日だという説を唱える人もいますが、
それはさて置き、

憲法記念日(5/3、こちらは日本国憲法の施行日)と並び
日本国憲法第9条や戦争平和が話題になる時期でもあります。

戦争の悲劇というのがテーマになるのは、やはり戦争被害、
日本国だと、第二次世界大戦(=太平洋戦争、人によっては大東亜戦争と言う人もいますか)で被害を受けた、東京大空襲(1945年3月10日)や沖縄戦(1945年4~6月)、それに広島・長崎の原爆投下、終戦記念日が舞台になったドラマやアニメなどが放送される時期でもあります。

戦争の愚かさ、悲劇を忘れない、確かにそれは大事だと思うのですが、
けどそれは季節的話題になり、どうしてもワイドショー的視点になるがちなのでは、と考えてしまうわけです。
それに戦争の悲劇というのは、どうしても被害の大きいものがクローズアップされるのは仕方ないにせよ、郷土史などを辿っていくと、戦争被害というのが史料に残っているものもあると思うのです。
あと、もう1つ、主な目立つ作品ばかり毎年呪文のように繰り返し放送している気がすること。
悪い解釈ですが、同じ繰り返しで飽きが来てしまうという危惧ですね。
勿論、戦争被害に遭わないに越したことはないのだろうけども、痛みをどれだけ実感出来るか、それを考えてしまうわけです。

昨年、このBLOGで『夕凪の街 桜の国』を題材に紹介をしたわけですが、確か先月、田中麗奈さん主演で映画公開していると思います。

で、今年は…、
結局は捻くれ者の血が騒いでしまうわけですよ。
ちょうど、いいタイミングという訳ではないけど、今年放映されているTVアニメで、ちょうとこの題材にふさわしい内容の作品がありましてね。
ま、どうせアニメだからという偏見で見る方が多いだろうし、メジャーなものでないとね。
たかがBLOGで変に力を入れるなという苦言も頂きましたが、いざまとめるとなると、上手くまとまらなくて苦戦しています。
せめて8/15までには掲載したいとは思っています。
当初は、憲法改正論が大勢を占めていた頃に、戒めのためにと思っていたのが、
幸い、先日の参議院選挙で少しは、と暴君与党の勢いも少しは収まったと思ったところで、使えるネタだったのにと後悔しそうになっているところで、このタイミングなら使えるかと、思った次第です。

アニメに詳しい方は、『地獄少女』を超える憂鬱アニメといえばというヒントで分かる方もいると思います。
メジャーで大勢を占めないと動かない日本国の大衆に今年も懲りずに波紋を投げるつもりです。
戦争肯定論者よりも、今回も戦争反対論者の方が怒り狂う人が多い気がします。
実際、昨年の時も、そうだったしね。

ま、私も米国の軍需産業で恩恵を受けている方々のように戦争を肯定はしませんが、
今のやりかたのままの安易な戦争反対を唱えればいいの、現実のジレンマはと思う次第です。
それにしても記事がまとまらない!!
2007/08/09のBlog
先日の「作品が上手く(=納得できるもの)が書けない~!」と愚痴っぽく書いた自分の返す返事について。
どのタイミングで入れると一番ちょうど良く、且つ、先に入れて頂いた方にご迷惑をかけないで返すのが理想か。
どうも最近、コメントを返した途端に、「ぴたっ。」って止まってしまうのが悩みのタネですね。でも、周りの傾向を見ると、自分も含めてそうですが、スルー率が高くなっているかもしれないですね。
それに作ろうと思えば幾らでも1人でBLOGやHPを作れますしね。
問題はどうやって維持するかが大問題ですが。
一番望む形としては、このBLOGを通して、コミュニケーション、つまり言葉のキャッチボールが出来るといいよね、って思う訳です。

現在、失業中な私でございますので、インターネットラジオ番組を持とう計画も、準備段階で頓挫してますが、何とか昼の仕事を決めて、夜のダブルワークをしないで済む状態になれば、決行したいとは思っていますが、まだ先の話になりそうです。
一番理想的にやりとりをするには…、性格的な問題やあまりネタ的に明るい話や興味を持って入りやすい話題を書いていないせいもあるけども、とにっかく、地道にやっていくしかないですよね。

理想を追えば果てしない、どこかで妥協もしないといけない。
と、同時にあまりに妥協しすぎるのも考えものなのでしょうね。

(P・S)
理想的な話題、そうですね、「Fate」の時の様に、“デート”の話とかだと、たとえそのゲームやアニメ、作品を知らなくても入り込め易いですものね。
最近、また“ちまちま”PCゲーム版をやっておりますが、“精霊”という語句、つまり解釈を拡大して考えると、PC版もなるほどとは思います。
でも良い子&大人の皆様は、PS2版の「Fate」でお遊び下さい。(=それでもR規制はあります。やはり血しぶきとか、怖いリアルなシーンもありますしね。)

理由は、放送自主規制にピィーやサイレンや動物の鳴き声の消去音とか、口元のところに○禁とか、「そんなこんなで3分経過」とかって、なるオチですので。(=「パペポTVか!」)
でも、「パペポTV」を知っている人いる?
個人的は「水曜どうでしょう」以上に好きな番組でした。
[ 06:31 ] [ 今日のトロ・ニュース ]
「覆面合コンが女子高(or大)生に人気?!」(トロ調査)

あら、あら、さすがのトロも困った表情をしています。

(p・s)
砂風呂って指宿だけじゃないんですね。
九十九里にもあったんだ。
2007/08/07のBlog
まずは昨年、高校生の平和運動家への波紋を投げたときに、
結末を締めたときに書いた詩句。

「交錯した結末に」

テンションが乗っているわけでもなく
やる気が欠けているわけでもなく
気持ちが転々として
迷いと葛藤とあやふやな念じ込めと
勢いだけで行こうとしても
重いと感じるその足に
躊躇いが乗り移る
逃げるつもりはない
このことを離さずはいた、イタカッタケド
背負うつもりの無い重石を
自分勝手に背負ってしまっただけ

その足を前に
動き行くために
無理やり
前向きに明るい曲と
響く重い刻みを交錯させている


現在、このDoblogは、今春期の頃の停滞に比べれば、また詩句や短歌、川柳や俳句などの表現をしたBLOGが戻ってきたような気がしている。
これはとっても喜ばしいことだし、いろんな人の表現手法、技術、そして感情や想いを汲み取るには、非常に上手く吸収できる方法の一つだと思う。

しかし、難点が発生している、それは肝心要の己自身。
今、ふと考えると、自分の腕の問題もあるだろうし、公募などの結果(=リザルト)が出ていない以上は、何も進んでいないと言われれば、否定は出来ないと思う。
世間の流れ、流行に反しているものを書いている結末言われても否定は出来ない。
人が寄らない泥臭いのしか書いていないことくらいの自覚はしている。
それに自分で書いていて、技量はそれなりについてきたという自負がたとえあったとしても、果たして今の状態、精神状態、環境も含めてそうだけど、心が果たしてあるのだろうかという不安と痛みを感じている。

たとえ無数の言葉を使っても
心がなければ届かない
受け取る気持ちがなければ
聴こえてはこない


「まるなび!?心の詩(ポエムコーナー)#27」(2005年6/28放送分より一部抜粋)
(作・能登麻美子)

単刀直入にいうと、この部分が今、欠けているもの、
いや、これを忠実に出来ていることが今までの過去を含めてどれだけあるかということ。
難しく考えるものでもない、けど簡単に出来るものでもない。
まるで自分で哲学を講釈してしまっている状態だが、救われないドツボに嵌っている。
斬れ味勝負の気性、まるで競馬の差し馬の決め手みたいだが、その鋭さが欠ける、それも確かにある、でも同じ斬れでも鋭さがあってもしなやかさがあったような気がしている。ただ激しいだけ、見えない微妙な感覚の狂いと言ってもいいかもしれない。
逆に中途半端に騙しながら書く術をつけてしまったから。

切れ味、只、激しいだけのもではない。
それが下手にわかってしまったからこそ、修羅の道をずっと行っている。

困ったことに、今、その“心の詩”を何度聴いても、響いてはこない。
単に己の感性が錆びているだけか、それとも書いている彼女にも、なのだろうか。
勝手にシグナルだと勘違いしていると信じたい。

ずっと、師を持たず、独りで走った者のツケなのだろう。
助けを求めることは、またないかもしれない。
けども、もがいていることだけは確かだ。

職業として書く物書きを目指すならこれではいけない。
しかし、今のままの義務感という惰性で無理をするなら、どうしようもない。
でも、何とかしないとなぁ。
きっと、毎週、読んでいる人達は、もしかして気がついているかもしれない。

きっかけのスイッチは、硬く錆び付いて、もう動かぬままなのだろうか。
閉じこもった独りは本当に辛い。救援信号が届かぬままだから。
甘えで片付けられるしね。

今日は2週に1度のリハビリ・タイムで戻るだろうか?