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Doblog-なんでも北海道
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2007/11/18のBlog
小雪がときどき舞う寒空です。
冬らしくなってきました。
予想最高気温4℃。
2007/11/17のBlog
このガレ場を過ぎると再びサラサドウダンの見事なトンネルが現れ、これを抜けると樹木の少ない台地へ。ここは「岬展望台」と「椴法華コース」の分岐点になっていました。この看板の距離表示は登山口の「十三曲コース」の距離表示と同じ。と言う事は、同じコースに名前が二つあるわけです。コースを間違える事はないかとは思いますが、名前を統一するか二つの名前を表示するなり改善した方が良いのでは、と思いました。
この看板から山頂と展望台とのコースに分かれます。
461m無名峰と三角山?
岬展望台に到着。
銚子岬を望んでいます。
どんどん登ると噴気が上がっている所が登山道脇にあり、この山がまだ活発に活動をしている事を実感します。登り始めて15分過ぎた辺りからは全てビューポイント。とにかく綺麗!飽きる事がありません。

噴気孔。


黒っぽい岩肌と紅葉とのコントラストが見事でした。

登山道はサラサドウダンを中心とした広葉樹林から、岩肌を剥き出し、ゴツゴツとしたガレ場に変わります。


この辺は落石や浮石に要注意ですね。このガレ場を過ぎると再びサラサドウダンの見事なトンネルが現れ、これを抜けると樹木の少ない台地へ。ここは「岬展望台」と「椴法華コース」の分岐点になっていました。この看板の距離表示は登山口の「十三曲コース」の距離表示と同じ。と言う事は、同じコースに名前が二つあるわけです。コースを間違える事はないかとは思いますが、名前を統一するか二つの名前を表示するなり改善した方が良いのでは、と思いました
頂上方面の景色。
登山道はサラサドウダンを中心とした広葉樹林から、岩肌を剥き出し、ゴツゴツとしたガレ場に変わります。この辺は落石や浮石に要注意ですね。
今朝の函館は晴れています。
昨日は雪が舞ったりしてとても寒かったです。
この時期の変化は、体が馴染みにくく風邪を引きやすいので要注意。
予想最高気温8℃。
2007/11/16のBlog
雪雲みたいな雲と青空が見えています。
昨日は雪がちらりほらりと舞っていましたが、予報では今日も雪マークがついていました。
予想最高気温4℃。
2007/11/15のBlog
登山コースはよく整備されていますが、前半は小さな丸太の階段が続きます。私はこの階段が苦手なので少々難儀しました。10分ほど登ったら展望の開ける所があり、そこからの景色が素晴らしかったので写真を撮りまくったのですが、何故かほとんどが失敗でした(涙)。
とても立派な説明看板。


落ち葉が敷かれたような登山道。
長い階段が続きます。

最初のビューポイントからの眺望。

「水無海浜温泉」を後にして恵山へと向かいました。恵山岬から観た恵山の紅葉が素晴らしく、これは登らずに帰るわけにはいかないと思い、一番近くの登山口へと思って探したらすぐに「椴法華コース」に辿り着くことができました。このコースは初めてなので楽しみです。登山道手前の小さなスペースに駐車して、まずは腹ごしらえ。今回初めてお湯を沸かす道具を“自然倶楽部”さんから仕込んでいたので、早速試してみる事に。これが火をつけてびっくり、あっという間に湯が沸くではありませんか!しかも使い方も簡単なのでとても良い道具を手に入れたと思ったのでした。これで冬場はラーメンを食べる事が出来るので万々歳です。

※画像は「ムラサキシキブ」の実。濃い紫色が鮮やかでした。
そして、軽い食事を済まし、再び支度をして登山を始めました。(13時15分)
道は枯葉に覆われていましたが、しばらくは砂利道が続きます。
まだ終わっていない紅葉を楽しみながら10分ほど歩くと「森林浴コース」の分岐へ着き、さらに、2分くらい歩くと直ぐ先にもう一つの看板が見えたのでそちらへと向かいました。
この看板に書かれていたのが「恵山十三曲コース」。
すぐ左手に大規模な砂防ダム?(土砂止めのようです)があり、そこから見上げる恵山の岩肌と紅葉がとても綺麗でした。
空には雲が広がり小雨が降っています。
予報はこの冬初めての雪マークがつきました。
予想最高気温7℃。
2007/11/14のBlog
[ 17:08 ] [ 温泉巡り ]
続きです。
湯船の中は透き通ってますね。温度はちょうど良い感じでした。
一帯が温泉のようでした。
すっぽり水没していた湯船。
色々書かれていました。
入浴可能時刻の看板。
[ 09:15 ] [ 温泉巡り ]
さて、台場山を下山してから「水無海浜温泉」へ向かいました。途中、尾札部周辺の紅葉が素晴らしく、ついつい脇見をしていまい危険運転モードに入ってました。気をつけなければいけませんね!
そして約30分で現地に到着です。温泉へと降りる所を少し過ぎた右手に駐車場があり、ここに車を置いて温泉へと向かいました。
一帯はきちんと整備されており、少し野性味に欠けるところがありますが、安全なのが嬉しいところです。更衣室もあるので、着替えを持っていけば楽しい温泉入浴ができると思います。
途中からコンクリート舗装されていました。

下から見てます。先に見えるログ風の建物が更衣室。
この日ちょうど潮が入り、湯船が満杯になっていたので入湯したかったのですが、さすがに海水パンツなしではちょっとと思い諦めました。近づいて湯船に手を浸けてみたらちょうど良い塩梅だったので、海水パンツが欲しかったです、残念!
晴れていますが、薄い靄がかかっています。
風が少し温かいような・・
予想最高気温12℃
2007/11/13のBlog
[ 18:29 ] [ 箱館戦争(戊辰戦争)の足跡 ]
続きです。
ついつい写真を撮りながら戻ったので、結局、登る時と同じ時間がかかってしまいましたが、11時55分に無事駐車場に到着しました。また、この日、登山者は私一人だけなのかなあなんて思っていたら、到着10分くらい前に二人連れの年配の方々と出会いご挨拶をしたのですが、例の惑わす標柱の事が気になっているようで、かなり心配そうに現地の状況を聞かれ、新しく立派な看板が建ててあると説明したのですが、少し軽装気味だったのが気になりました。


※青い空がとにかく綺麗!

道の脇から沢を撮ってみました。
このような道はそこにいるだけで気持ちが良いです。
カラマツの黄葉。お日様に照らされて素晴らしく綺麗でした。写真が下手なのが残念。
そして無事下山して車に乗り、まずは変更予定通りに椴法華の“水無海浜温泉”へと向かいました。


※この雰囲気がたまりません!
[ 14:46 ] [ 箱館戦争(戊辰戦争)の足跡 ]
台場山登山で勘違いがありまして、実はNTTの管理道路自体が“川汲旧山道”だったらしいのです。ですから、帰り道は“旧川汲山道”を戻ることになりますね。どうも失礼致しました。

そんなわけで、“川汲旧山道”を戻る事に。帰路は早朝と違い、日差しがあるので、少ない紅葉でも色鮮やかに見えてとても綺麗でした。
”紅葉”色々。
”紅葉”色々。
”紅葉”色々。

”紅葉”色々。
雲がありますが晴れています。
予想最高気温14℃。
2007/11/12のBlog
[ 17:32 ] [ 箱館戦争(戊辰戦争)の足跡 ]
続きです
土方隊も見たであろう太平洋を望んでいます。

帰り道、あらためて谷の向こう側を眺めると、いかにも人工的な台地のような頂上の台場山が見え、敵味方お互いが見通せる事が分かりました。こりゃ土方隊は大変だったろうなと思いました。

※画像は山道から見た台場山山頂。


史実には、当時、本道と間道があり、本道側から攻め入った小隊は、官軍の陣地からの攻撃を受けその地に貼り付けとなったが、間道から進んだ小隊が背後の山上から一斉射撃をしたため官軍が狼狽し、その隙をついて貼り付けになっていた小隊も攻め上って肉弾戦を繰り広げ、結局官軍側が敗走したとあります。この背後の山上と間道とは一体どこなんだろう?もう少し詳しく調べてこないといけなかったようですね。次の機会にきちんと調べようと思います。

NTTの向かい側、この画像の右手が台場山。


旧川汲山道の探索を終える頃には天気が良くなり、予報とは違いどんどん青空が広がっていくではありませんか。このあと川汲温泉に浸かって帰る予定だったのですが、急遽予定を変更し、ドライブして椴法華(トドホッケ)の水無海浜温泉経由で恵山へ行ってみることにしました。

※帰り道は左側の道を下ります。右の登りが台場山登山口への道。
[ 09:44 ] [ 箱館戦争(戊辰戦争)の足跡 ]
続きです。
しばし眺めを楽しんだのですが、さほど疲れたわけではないので10分ほど休憩して下山する事に。でも、せっかくここまで来たのだから、下山前に土方歳三も歩いてきたであろう旧川汲山道を辿ってみる事にしました。

※旧川汲山道の取り付き。この辺り一帯が川汲峠のようです。



枯れた野草がびっしり林立していました。
道を分岐へと戻り、東側の谷間沿いに続いている旧川汲山道を歩き始めるとすぐ動物の足跡があり、これは少しやばいかな?と思いましたが、よく見たら鹿の足跡でした。

谷沿いに緩やかに下っている道は枯れた雑草が行く手を塞ぐようにしていましたが、手で払いのける程度で十分前に進む事が出来ました。

”東蝦夷地三瞼”と呼ばれた峠なので谷も深く険しい。