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2008/04/27のBlog
[ 23:21 ]
[ 記録 ]
記事の内容に新しさを見出せなくなった気がする。
いわゆるマンネリ。
対人関係、学習関連、人間としての生き方。
問題は山積み、解決する見込みはなく、ほぼ時間任せ。
今すぐ生きた証を求めている訳でもないが、
せめて、この面白くない人生、社会、私が満たされると感じない、
こんなマイナス思考な世界を私の意志でなく、
そう思わせてくれるような、周囲環境が必要である。
それは自分で作る物だろうと、
普通の人は言うだろう。
だが、私の場合において意欲を数値化にすると「0」である。
0に何を掛けようが、増える事はない。
私にできることは、掛ける数値の方を増やすしか出来ないのだ。
だから、今まで生きてきた分、それはマイナスの値であるから、
負を返さないかぎり、生きる意欲と言うのは総じて低くなる。
それは意味もなく、生きるの死ぬの等の言葉を発する事に繋がる。
例えるにしては綻びが多いが。
私は生きる意欲をなくし、
社会が面白いと思わなければ、生きたいとも思わない。
しかし、このひねた性格により、
楽しむ事も楽しめなく、ただ、実利主義に取り憑かれ、
自分の実力を他者比較し、現状を悲観する。
改善しようとも、一向に行動意欲が自分で感じられない。
こうなっては、計画が失敗に終わるのではないかと危惧している。
精神がずっと疲れている。
精神を強引にでも休ませ、未来の為への行動意欲は発生しない物だろうか。
一時の言葉にまともに翻弄される。
私は、それでも、頑張れば良い。
・・・のはずなのだが?
2008/04/24のBlog
[ 23:59 ]
[ 記録 ]
ここの所、自分が何を目的として今の環境にいるのか、
すっぽり抜け落ちたように分からなくなる時がある。
それは、私が心に影を認識すればするほど、
記憶の片隅から、その時にあった意欲などの記憶がなくなったように感じる。
心の中に、漠然として不安だけ。
何処となく、周囲から取り残された気がしている。
自分の道を進めば良いものだが、どうもそれは自分が認めないらしい。
そうした後に待ち受けるは、孤立。
それは社会復帰と逆方向。
一度通った道を繰り返すのか、
取り残された状態から、縋ってみるのか。
どちらにせよ、私は、私を削っていく事になる。
学生生活が、学業以外の面で苦しくなる。まだ・・・何年もあるのに。
私は、そんなことを考えたくないのに。
一度問題を起こせば、その光景が焼きついて離れない。
仲違いをして元に戻ったとは言え、
その問題によって生じた壁は永久になくなることはない。
その壁が、私に気遣わせ、心身に不安、負担を生じさせる。
私は取り残された。のか。
その時、貴方はそう言ってたけど、心の奥では不信感が拭えないでしょう?
そして、その光景を見ていた人は、私を蔑んで見ているのでしょう?
私には、避けているのが見えている。
所詮、真面目さが短所となった、問題児ですから。
・・・からかわれて当然よね。
それに対して怒ると大人の対応ではない。余計にからかわれるだけ。
分かってる。きっと分かってやっている。
自分の深層心理がこう伝えている。
それだから、苦しくて、不安で、何も出来なくて、
何も面白くなくなって、自分はどうして生きているんだとか考え出して、
また、いつものように、死にたい、だとも言うのでしょう?
ああ、そういえば、
「本気で切れられて、刺されたら困る。」
なんて言われてたっけ。
安心しろ。その前に
「毒ガス注意、開けると死にます。」
だろうからな。
2008/04/22のBlog
[ 23:55 ]
[ 記録 ]
伝えるべき事がない。
ただ、そこにあるだけのこと。
私が意思を伝えようとも、変わらない。
それが分かってるし、別に考えたくもない。
・・・別に。
何となく不満を抱く。
しかし言った所で何か変わるわけでもなく、
ただただ、現状を悲観しているだけの事。
私はどうして、そうあるべき姿になれないのか。
関心ごとはこれ一点。
今、この瞬間に、生きていることを、どうして喜べないものか。
今日は今日で、このままで良いじゃないかと、どうして考えないものか。
実りのない一日に、ため息ひとつ。
[未来予測機 ミライスコープ]
と言うのをやってみた。
一度、何だか「かっちりタイプ」的なものだったと思いつつ、再度試すと
No,49 お手上げタイプ
話が飛躍する
見当はずれの事をする
実現不可能な理想を持つ
精神エネルギーが強い
惚れっぽい
・・・駄目人間。
性格分析の診断書ですらさじを投げられた性格。
理想を持たせるフォローすらない。
これはもう社会復帰不可能と見ていいのだろうか。
2008/04/20のBlog
[ 23:27 ]
[ 記録 ]
私はよく人に合わせる。
出来れば自分本位で振り回したいものだが、そうはいかない。
過去に自分本位で動けば動くほど、周りとの距離が空いて、
いつも一人。誰かと一緒に来たのに、すぐばらばらになって集合もしない。
何の為に誘ったのか分からない、呆然である。 そういうことがあるから、
私は「自分の見たいもの見てきても良い」と言われても、動かないのだ。
それはそれで良いと思っていた。
ただ、合わせるには困難な事もある。
みんなで会費を出し合って何かするという形だ。
正直、ついていけない感じがある。
勝手に搾取されていると言うイメージが強い。
私はそれでも意見を言うには言うけどもすぐ引っ込める。
そういうことに自分の意思はあるんだろうかと、疑問に思う。
辞めれば良いんだけどね。
つくづくそう思うが、人の関連上気を使ってやめられない部分もある。
気分次第で辞めるなんて言えないし。
2008/04/16のBlog
[ 23:25 ]
[ 記録 ]
特に必要性もないけれど、[2006/07/07の日記]からの派生。
忘却の彼方へ。
以前(上のリンク先)のように、
自分の手を見つめ、自分の手だと認識できないような錯乱状態は無くなったけども、
時折、その錯乱状態に戻りたいと思う気持ちはある。
世の中がわずらわしい、自分が嫌い、意味のないと思わせる日常。
ぷつんと糸が切れるように、倒れ伏し、全てを忘れ去ってしまいたい。
自分さえも無くす記憶喪失。
その虚ろで、おぼろげな記憶を断片を探す、その感覚を、何となく、欲している。
そのとき、私の世界は限りなく0に近付く。
リセット。
昨日、比喩として書いた「小さな地球」
ただ、行きつく先はグローバルな世界ではなく、独自の世界なのだろう。
今の私では到底できることではない。
だからこそ、そのことすら忘れたいのだろう。
今までの記憶と代償に、精神的な苦しみ、夢、存在価などを忘れ去れるなら、
安い物だと唐突に考えてしまう。
人生とは苦しむことと見つけたり。
私は、私でいたくなかった。 そんな感情。
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4月も半ばを過ぎ、忘れていた事がある。
このBlog設立から丸3年過ぎ、4年目に入る。
記事数おおよそ655件
総アクセスも40000まで100を切った。
よくこんなに続いた物だと言いたいが、
コメントがあるから書き続けれたのかもしれない。
3年前のあの頃は、私が今こうなる事をどう予測できただろうか。
適当に仕事を見つけて一生続けていく、何てそう甘い事ではなかったが。
何より、自分が自分の意思を未来に向けていなかったことから、
自分と自分の内面との不一致、何になりたいのか全く分からない。
悪く言えば、家庭事情において考える事が出来なかったとも言う。
一心不乱に頑張れる人が羨ましかった、
様々な知識を生かせている人がまた、羨ましかった。
ただ、私は・・・
立ち止まる事しか出来なかった。
今も、自分の中では時が止まっていて、
いつか流れ出す事を願いながら、日々過ごしていく。
いままでも、これからも。
このBlog設立から丸3年過ぎ、4年目に入る。
記事数おおよそ655件
総アクセスも40000まで100を切った。
よくこんなに続いた物だと言いたいが、
コメントがあるから書き続けれたのかもしれない。
3年前のあの頃は、私が今こうなる事をどう予測できただろうか。
適当に仕事を見つけて一生続けていく、何てそう甘い事ではなかったが。
何より、自分が自分の意思を未来に向けていなかったことから、
自分と自分の内面との不一致、何になりたいのか全く分からない。
悪く言えば、家庭事情において考える事が出来なかったとも言う。
一心不乱に頑張れる人が羨ましかった、
様々な知識を生かせている人がまた、羨ましかった。
ただ、私は・・・
立ち止まる事しか出来なかった。
今も、自分の中では時が止まっていて、
いつか流れ出す事を願いながら、日々過ごしていく。
いままでも、これからも。
2008/04/15のBlog
[ 23:56 ]
[ 記録 ]
世俗に飽きた・・といえばおかしな話だが、
こんな未来の暗い未来を見せられて、誰がまともに働こうなどと思うのだろう。
問題があれば、人権侵害だとか、ネットだとか、
一昔前で言えば、野球だとか。
そんな物をスケープゴートにして、一番肝心なドラマ、ワイドショーが悪影響。
利権の影響もあってか、そんなこと誰も口出せないのは社会の掟。
疑問も権力の闇に消える、そんな世の中が嫌いであるのは事実。
その上、人間は自由である、と謳った番組も、ある意味建前に過ぎない。
真の自由は、自分が決める事なのだから、見せられたり決め付ける事も出来ない。
自分の権利だけを主張して、揉め事の毎日。
自分の事ではないのが9割以上、しかし、対岸の火事でもない。
何があろうとも、何も出来ないのに、理由、感情論とか考える私は、
ただの情報に振り回されて疲れているだけ。
そんな世の中が好ましくないのは事実である。
つまり、私の求めている世界は、こんな物じゃない。
小説の中に出てくる情報だけに構築される世界。
そんな世界にあこがれる。
きっと、できるなら作りたいんだろう。
不可侵領域の隠れ里のような。
理科の実験で行われる、「小さな地球」。
それだけで良い、不用意に地球の裏側や、遠く離れた場所とのコミュニケーションが
出来てしまうから、資源を奪い合ったり、権力を振りかざし欲望を満たす。
そうして、国際問題が絶えなくて、親子が殺しあう時代に、間違った国家権力。
もう、何だか、性悪説を信じるしかなさそうな世界だ。
そういえば、学校にて、外部講師の初授業の際、
授業の75%が金を儲けるか、という話題だった。
その職業において権威あって大分稼いでいることを自慢したいようにしか聞こえない。
自分は違うけど、稼げるとは思うなよ?専門学生風情が。みたいな。
そういう意思を持って、学校来てるつもりは毛頭ないんだけどね。
私は、成金にはなりたくないし、それよりも、生命の質を大切にしたい。
2008/04/14のBlog
[ 23:51 ]
[ 記録 ]
書くお題がない。
書かなくても良いものだが、でも、何か書こうとする意欲だけはある。
そんな日。
あれこれ考えるが、やはり浮かばない。
そんな日。
しかし、それも主張である。
苦痛の緩和にはなっているのだから。
昨日よりもね。
きっと、良いことだろう。