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2008/06/02のBlog
[ 22:08 ] [ 連鎖点 ]

 こうめいさんの独り言[国柄]より、


 私的解釈「先端文化における日本文化の消失。」


 科学の発展により、人は現象を理論で求めるようになった。
今時、妖怪、幽霊など信じる子供はいるまいて。

そうして、自然に畏怖しなくなった子供が大人になり、
自分の周囲における敬意を忘れ去ってしまった。

 グローバルスタンダード、そんな日本人である現代。


 「花鳥風月、風光明媚」

今時、時の流れ、自然の美しさを分かる子供はいるのかと思う。

ゲームかネットか、またはショッピングとかバンド活動。
大人の経営戦略に良い様に流されている子供たち。

果たして彼らはこの言葉の生まれた意味が分かるのだろうか。


 「八百万の神々」

全ての物には神が宿る。
その物に対し敬意を払う必要がある。

今時、修理して直すと言う行動があまり無い。
買い換えた方が使い勝手の良いものあることに加え、修理代より安上がりの場合もある。
くり返し使われると、利益が見込めず商売上がったりの社会背景もある。


 「ハレの日、ケの日」

ケは日常の意味、ハレの日は特別な意味。
確か、神社はハレの空間を意味してたような。(曖昧)
基本的に祭りと言うのは、ハレの日とされる。

祭りを楽しむと言う事、これも都市部ではあまり無くなったのではないか。
この間地元の祭りでパレードを見ていたが、
サークル活動の集大成、NPO、NGO、某宗教、あとその他。
それらに楽しそうな顔、或いは歩く意義を意味する顔が無く、
ただ単純作業、嫌々ながら、親の都合だとか、とか。

別の祭り会場になると、神輿の担ぎ手が不足しているんだそうだ。

それらの意味する事は、
そういった行事に参加しない、或いはその感覚になっていない。
ハレとケが曖昧になっている。
何となくそう思う。
昔は、そういう日常と非日常の割り切りとか、あったの言うのに。

人が多いから、面倒だから。多分そういったものも理由にはなるんだろう。


 なんだか、現代って生きにくいと思った。
だから、過去の良い風習や性格付け、それらを再起させようと考える人もいる。
しかし、どの時代も生きることが難しいのである。

例えるなら、中世ヨーロッパの貴族関連が好きで、そういう生活にあこがれる、と言うも、
実際、貴族の生活など今と比べるともっと厳しいものである。
調べたら、生活から儀礼、自由まで到底受け入れられない現実があるものだ。


 ただ、議題にある日本文化も大事である。私も大切にしたいと思う。
現に、ロマンを感じてやまない所でもある。

 しかし、そう簡単に今の文化を排他できるか、と言うと、
そう、すぐひっくり返せる問題でもないし、問題は山積みだ。


 そんな見解。 レポート的な評価をすると最悪(笑
見解のつもりでもないが。

日本民俗学、誰かに弟子入りでもしたいなぁ。
ただ、世界神話辞典とか興味本位で買ったけど、面倒な理由から読めない(ぉ。

何がしたいんだ(笑