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2005/06/26のBlog
[ 16:17 ]
[ エンタメツラツラ ]
22~3年前に渋谷のパルコで絵画の個展で来日し、その一週間は通い詰めたし、当の本人にも会えたし、お話も少しであったけどできたので、ホントに嬉しかったなぁ。
あの時はいろいろグッズを買い込んで帰ったなぁ。
ジョニ・ミッチェルといえば、独特の世界観があって、歌詞は恋愛モノから始まって、政治・社会や宗教・世相までいろいろだけど、なんであれ全てが小説。
あの時はいろいろグッズを買い込んで帰ったなぁ。
ジョニ・ミッチェルといえば、独特の世界観があって、歌詞は恋愛モノから始まって、政治・社会や宗教・世相までいろいろだけど、なんであれ全てが小説。
それでその音楽に流れる空気はジョニ・ミッチェルだけしか醸し出せないもので、いろんなアーティストがジョニの曲をカバーしているけど、どれもその空気までは醸し出せないでいる感じ。
その空気の秘密は、彼女の使うギターのオープンチューニングというか、変則チューニングにあるのは有名。
その変則チューニングもいくつかパターンがある。
微妙なテンションで展開されているので、ライブなんかでは、頻繁にギターを取り替える。
その変則チューニングの上に、またわざと不協和音をぶつけてくる。
あくまで音楽理論上でいう不協和音。
それで実際に音を拾って楽器で再現してみても、やっぱり不協和音。
それがジョニ・ミッチェルがやると不協和音にならない。
音の積み重ね方というかもともとのチューニングがどうも曖昧というか微妙なようで。
それとにミンガスを敬愛し、ちりめんジャコ・パストリアスと恋に落ち、ラリー・クラインとの結婚の中でベースがベースらしくなければならないという定説を無視することに覚めたというのが、通説。
その空気の秘密は、彼女の使うギターのオープンチューニングというか、変則チューニングにあるのは有名。
その変則チューニングもいくつかパターンがある。
微妙なテンションで展開されているので、ライブなんかでは、頻繁にギターを取り替える。
その変則チューニングの上に、またわざと不協和音をぶつけてくる。
あくまで音楽理論上でいう不協和音。
それで実際に音を拾って楽器で再現してみても、やっぱり不協和音。
それがジョニ・ミッチェルがやると不協和音にならない。
音の積み重ね方というかもともとのチューニングがどうも曖昧というか微妙なようで。
それとにミンガスを敬愛し、ちりめんジャコ・パストリアスと恋に落ち、ラリー・クラインとの結婚の中でベースがベースらしくなければならないという定説を無視することに覚めたというのが、通説。
変則チューニングに不協和音をものともせず、かつ自らのボーカルも音をわざと外してたりするから、カバーするのも大変なんだろうな。
ジョニ・ミッチェルの声そのものが、「ジョニ・ミッチェルの音楽」をやる上で「楽器」になっているんだから、誰も真似しようがないということか。
こういうのをホントの「オンリーワン」というんだろうねぇ。
だからジョニ・ミッチェルの音楽は、ジョニ・ミッチェルの空気であって、それ以上それ以下でもない。
そうとしか言いようがないとまで思う。
実験的なアプローチが多いとされてたりもするけど、そうは思わないなぁ。
それは才女に対するヒガミだろう。
ああ、なんかジョニ・ミッチェルのベスト盤を作りたくなってきた。
今から作ろう。
ジョニ・ミッチェルの声そのものが、「ジョニ・ミッチェルの音楽」をやる上で「楽器」になっているんだから、誰も真似しようがないということか。
こういうのをホントの「オンリーワン」というんだろうねぇ。
だからジョニ・ミッチェルの音楽は、ジョニ・ミッチェルの空気であって、それ以上それ以下でもない。
そうとしか言いようがないとまで思う。
実験的なアプローチが多いとされてたりもするけど、そうは思わないなぁ。
それは才女に対するヒガミだろう。
ああ、なんかジョニ・ミッチェルのベスト盤を作りたくなってきた。
今から作ろう。
2005/06/25のBlog
[ 23:36 ]
[ 家族ツラツラ ]
アツすぎて長い居眠り
今日は午前中から、ムスメとプールに行って一泳ぎ。
プールといってもまだ室内プール。
徒歩20分ほどのところに市民プールがあって、準備運動を兼ねて歩いていった。
午前中とはいえ、日差しはきつく、早くプールに着かねば・・・と思いながら、噴出す汗をタオルで拭きながら歩いていた。
ムスメはすでに顔が真っ赤になりつつあり、ハァハァ言い出していていたので、
途中で、ポカリスウェットを買い、飲ませる。
プールについた時点で、シャツは汗でビショビショ。
もちろん着替えのシャツも持って行ってはいたが、この汗だくのシャツをそのままロッカーにたたんで入れたところで、臭くなるだけだしなぁと思って、どうせパクって行く奴なんておらんやろと思って、ロッカーに引っ掛けて乾かしておいた。
プールでは子供用プールにしか行けない。
ムスメがまだ5歳だから、しょうがない。
泳げる深さではないので、俺はひたすら、ムスメの手を握って引っ張るだけの時間だった。
あんまりカラダは冷えずに終わってしまった。
アツいのはさほど変わりはない。
それで帰り。
12時をちょっと過ぎたところ。
カンカン照り。
曇ってるのにカンカン照り。
「アカンがなぁ・・・」と一人ゴチていたら、ムスメが「何が?」と聞いてきた。
「いやいや、なんでもないよ。暑いねぇ。」と返す。
すると「あのね、オカアサンがね、アツいアツイと思っていたら、ホントにアツくなるから、涼しい涼しいと思っていたらいいって言ってたよ。」と言う。
なるほど確かにウチのオクサンは「アツイアツイ」とは言わない。
それでまた20分ほど、二人でテクテク歩いて帰った。
帰りに近所のスーパーに寄る。
食材やら飲料やら雑貨やらを買う。
ムスメはこの店の女子高生バイトのマミちゃんと友達で、マミちゃんも仕事そっちのけでムスメと遊んでいる。
こっちは手が離れて助かるが、ええんかいな。
いつもお世話になってます。
もはや、家に帰ってから昼食をつくる元気はないので、そのスーパー横の喫茶店で済ませた。
家に帰って、着替えて、ベランダに出てタバコを一服。
リビングに戻ると、ソファの上で、ムスメは既に寝入っていた。
しかたないので、寝室に連れて行く。
ああ、このお姫様ダッコもいつまでできるかなぁと思いながら・・・
ムスメを寝かして、俺も横になる。
いつの間にか眠ってしまった。
起きたら、夕方6時・・・・。
本日昼間にやろうと思っていたことはほとんどできず。
今日は午前中から、ムスメとプールに行って一泳ぎ。
プールといってもまだ室内プール。
徒歩20分ほどのところに市民プールがあって、準備運動を兼ねて歩いていった。
午前中とはいえ、日差しはきつく、早くプールに着かねば・・・と思いながら、噴出す汗をタオルで拭きながら歩いていた。
ムスメはすでに顔が真っ赤になりつつあり、ハァハァ言い出していていたので、
途中で、ポカリスウェットを買い、飲ませる。
プールについた時点で、シャツは汗でビショビショ。
もちろん着替えのシャツも持って行ってはいたが、この汗だくのシャツをそのままロッカーにたたんで入れたところで、臭くなるだけだしなぁと思って、どうせパクって行く奴なんておらんやろと思って、ロッカーに引っ掛けて乾かしておいた。
プールでは子供用プールにしか行けない。
ムスメがまだ5歳だから、しょうがない。
泳げる深さではないので、俺はひたすら、ムスメの手を握って引っ張るだけの時間だった。
あんまりカラダは冷えずに終わってしまった。
アツいのはさほど変わりはない。
それで帰り。
12時をちょっと過ぎたところ。
カンカン照り。
曇ってるのにカンカン照り。
「アカンがなぁ・・・」と一人ゴチていたら、ムスメが「何が?」と聞いてきた。
「いやいや、なんでもないよ。暑いねぇ。」と返す。
すると「あのね、オカアサンがね、アツいアツイと思っていたら、ホントにアツくなるから、涼しい涼しいと思っていたらいいって言ってたよ。」と言う。
なるほど確かにウチのオクサンは「アツイアツイ」とは言わない。
それでまた20分ほど、二人でテクテク歩いて帰った。
帰りに近所のスーパーに寄る。
食材やら飲料やら雑貨やらを買う。
ムスメはこの店の女子高生バイトのマミちゃんと友達で、マミちゃんも仕事そっちのけでムスメと遊んでいる。
こっちは手が離れて助かるが、ええんかいな。
いつもお世話になってます。
もはや、家に帰ってから昼食をつくる元気はないので、そのスーパー横の喫茶店で済ませた。
家に帰って、着替えて、ベランダに出てタバコを一服。
リビングに戻ると、ソファの上で、ムスメは既に寝入っていた。
しかたないので、寝室に連れて行く。
ああ、このお姫様ダッコもいつまでできるかなぁと思いながら・・・
ムスメを寝かして、俺も横になる。
いつの間にか眠ってしまった。
起きたら、夕方6時・・・・。
本日昼間にやろうと思っていたことはほとんどできず。
2005/06/24のBlog
[ 23:23 ]
[ 日々是ツラツラ ]
自分の人生に悲観的な人、嘆いてばかりの人、いろんな人がいますね。
まぁそれをやり続けるのは、突き詰めれば、それがスキだからということになってしまうんだけど・・・・いかん、語弊があるなぁ・・・
まぁこのところ、ちょっと悲観的というかネガティブな話をたくさん聞いたので、ちょっとこの辺で・・・・まとめて整理。
ちょっと考えてみればわかると思うんだけどね。
いずれにしても、自分が望んでいるものを手に入れているんだよ。
それが悲観的な状況だろうと、嘆くようなことであろうと。
自分が一所懸命だったとか、自分は間違ってないとか、どうとかこうとかって、言ったところで、状況が変わるわけではないんだよ。
素直に見てみたらどうでしょう?
相手から返ってきている反応を。
それが自分がとっているコミュニケーションだと。
相手が攻撃的になったり、無視を決め込んでいたり、うわの空になったりしているのは、自分のコミュニケーションにその原因があると思えば、相手にそぐわないやり方をしていることがわかるよね。
それでも、相手のせいにする?
もちろん被害者的にやっていくという選択肢もあるよ。
それで思っているような反応を相手がしてくれないのも当たり前だと思っていた方がいいよ。
相手もまた同じように思うようにしたいと思っているんだからね。
誰も自分をかまってくれない?
声をかけて欲しい?
でもさぁ、相手も同じようにあなたから声をかけてくれるのを待っているとしたら?
そりゃもちろん、あなたを待っていない人もいますよ。
全ての人があなたに合わして生きているわけではないからね。
だけど、周りの人は、相手も含めて、近しい人ほど、お互いを根っこでは信じていると思うんだよね。
だから、諦めないでほしいんだよねぇ。
人生、ウサギの人、亀の人、アリの人、キリギリスの人、北風の人、太陽の人、いろいろな人がいるんだからね。
比べてもしょうがないよ。
比べるものではないよ。
比べて「なんであの人はあんなに楽しくできるんだろう?」と考えても、その人も相当の努力をしているはずですよ。
自分より恵まれた環境かも知れないけど、その環境の中でも「つらさ」や「苦しみ」もありますよ。
自分が自分らしく生きれたらそれが一番だよ。
だけどそれは人に甘えたり、開き直ることではないと思うよ。
自分が正しいと思っている分、相手も正しいんだから。
それに相手と分かり合える最初の段階は、一緒に始められるわけではないからね。気づいた方から始めない限りはいつまでたっても平行線だよ。
まぁそれをやり続けるのは、突き詰めれば、それがスキだからということになってしまうんだけど・・・・いかん、語弊があるなぁ・・・
まぁこのところ、ちょっと悲観的というかネガティブな話をたくさん聞いたので、ちょっとこの辺で・・・・まとめて整理。
ちょっと考えてみればわかると思うんだけどね。
いずれにしても、自分が望んでいるものを手に入れているんだよ。
それが悲観的な状況だろうと、嘆くようなことであろうと。
自分が一所懸命だったとか、自分は間違ってないとか、どうとかこうとかって、言ったところで、状況が変わるわけではないんだよ。
素直に見てみたらどうでしょう?
相手から返ってきている反応を。
それが自分がとっているコミュニケーションだと。
相手が攻撃的になったり、無視を決め込んでいたり、うわの空になったりしているのは、自分のコミュニケーションにその原因があると思えば、相手にそぐわないやり方をしていることがわかるよね。
それでも、相手のせいにする?
もちろん被害者的にやっていくという選択肢もあるよ。
それで思っているような反応を相手がしてくれないのも当たり前だと思っていた方がいいよ。
相手もまた同じように思うようにしたいと思っているんだからね。
誰も自分をかまってくれない?
声をかけて欲しい?
でもさぁ、相手も同じようにあなたから声をかけてくれるのを待っているとしたら?
そりゃもちろん、あなたを待っていない人もいますよ。
全ての人があなたに合わして生きているわけではないからね。
だけど、周りの人は、相手も含めて、近しい人ほど、お互いを根っこでは信じていると思うんだよね。
だから、諦めないでほしいんだよねぇ。
人生、ウサギの人、亀の人、アリの人、キリギリスの人、北風の人、太陽の人、いろいろな人がいるんだからね。
比べてもしょうがないよ。
比べるものではないよ。
比べて「なんであの人はあんなに楽しくできるんだろう?」と考えても、その人も相当の努力をしているはずですよ。
自分より恵まれた環境かも知れないけど、その環境の中でも「つらさ」や「苦しみ」もありますよ。
自分が自分らしく生きれたらそれが一番だよ。
だけどそれは人に甘えたり、開き直ることではないと思うよ。
自分が正しいと思っている分、相手も正しいんだから。
それに相手と分かり合える最初の段階は、一緒に始められるわけではないからね。気づいた方から始めない限りはいつまでたっても平行線だよ。