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LOGOS-喜びを分かち合い、悲しみをともにするために-
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2006/01/21のBlog
[ 01:17 ] [ ▲Fellowship ]
掃除に行ったら2Fでみんなで食事中だからと牧師に呼ばれてご一緒させて頂きました。
楽しい歓談から牧師とディベートへ。

簡単に話すと、いまひとつの大きな規制がある。そしてそれに困っている人がいる。
理想は規制を破壊しつつ困窮の方を支援するのだが、もし両方がかなわなければどうするか? という話になると思います。
困窮の方を支援するだけでは社会は変わらず、同じ苦しみを抱える方が現れ、いつまでも出会った人だけを支援するだけだし、かといって目先で苦しんでいる人を無視して社会を変えている間心を痛めているものどうか、と。

本当はもっと複雑な話ですが、いろいろとおしゃべりをしながらの食事は楽しいものです。ご馳走様でした。
2006/01/20のBlog
[ 12:24 ] [ |- ●環境問題 ]
環境保護団体グリーンピースの活動家らは18日、日本の調査捕鯨に反対し、在独日本国大使館前にクジラの死がいを持ち込んだ。
 このクジラは全長17メートル、重さ約20トンのナガスクジラで、前週末にバルト海で死んだものとみられる。(ロイター)

と言うインターネットニュース。
グリーンピースとは、ゴミ問題で協力し合った仲だが、いくらなんでもこれは違うだろう、と思わざるを得ない。
その理由は、まずドイツの街中に死骸を放置すること。しかもその死骸は日本となんら関係のないものであること。
それに詳しくもない僕が言うのもなんだが、鯨の減少化の原因は海水温の上昇によるオキアミの不足が一番の原因で、それを防止しようと日本は京都議定書まで用意したのに、賛同をしないでCOxを減らす努力をしていない国があること。

たしかに日本が保護区でも調査をしているという一面はあるし、グリーンピースの記事を読んで驚いたことに内臓などを廃棄しているということもあるそうだ。この点は真実なら真摯に反省をしなければいけない。
でも、海産国の日本は文化として鯨を食べ続けたし、その文化を否定することは、イラクの女性がベールをかぶるのをやめよと言うのと大差がないと思う。

グリーンピースも本来の役割を果たすのなら、このような嫌がらせをすることでなく、正論として海洋の正常化をさせるべきで、それは鯨の数云々よりも海洋に与える負のインパクトを減らさせる努力を市民と共にすることだと思う。




2006/01/19のBlog
[ 09:59 ] [ |- ●環境問題 ]
住民との話し合いを一方的に取りやめ、建設を進めるダック社の社長を僕らは「ブレーキの壊れたブルトーザー」と評しました。何をされるか判らない恐怖は若干もっていましたが、仲間との団結はそれを上回りました。
資材搬入には50人を越える若者を引き連れ表れ、座り込みをしている主婦やおばあちゃんたちを引き摺り下ろし搬入をした経緯もあります。10数名が怪我を負ったものの、その団結は益々強くなり、なんとしても煙を止めるという一体感を持ちました。

でも、みんなそういう事実を知っているんです。周辺の解体業者は、今後仕事をくれる可能性を持った約1000所帯の住民と、一焼却業者を秤にかけ、利害を検討したのだと思います。若しくは、義憤を感じてくれた企業もいるかと思います。
そんな訳で、前述の通り、ダック社は燃すものが集まらず、週に2,3度しかも半日ずつ燃して終了と言うことを続け、最後には不法投棄を摘発されつぶれてしまいました。

会話は大事だな、と痛切に感じました。住民を敵に回した企業の末路をしみじみと感じました。
そんな施設もとうとう解体され、久野地区の一つの歴史は幕を閉じようとされています。
反対運動の中心だったKさんをはじめ、多くのかかわりを持った方も亡くなってしまいました。逆にダック社の実質的なトップの会長だったS氏も亡くなりました。
多くを書くことははばかれますが、特に一つの事例を前にして敵対をしたS氏のことを思うと、生きることとは時代に振り回されることなのかもしれません。亡くなった今はS氏にも悪い感情を持つことはできません。突っ走らざるを得なかったのかもしれないと思います。どうぞこの世においては敵・みかたの関係だったかもしれませんが、神様の御許ではそんなこともなく安らかに過ごされるようにと祈ります。
[ 09:41 ] [ |- ●環境問題 ]
13日のBlogにも記しましたが、
昨晩は、久野で産廃焼却処理を実施していたダック社の親会社S社の破産に伴う管財人からのダック社処理施設の撤去に関する集会に行ってきました。
S社の管財人がダック社の不良債権である産廃施設の撤去に何故出てきたのかと言うと、土地はS社が地主から賃貸借しており、現況復帰をさせて返却する必要があるからです。

ダイオキシンが多く付着している施設はただスチールカッターのようなものでバラバラにすればいいはずもなく、ダイオキシン濃度に比例して3つのレベルで処理しなければなりません。前処理の測定では、炉内付着物から0.15ng、煙突入り口からは7.5ng(それぞれTEQ/g)検出されました。
サンプリングは各一箇所とのことで、信憑性は余り高くありませんが、同時に測定した炉内並びに煙突内の空気中ダイオキシン量が0.092pg、0.29pgでこれから推測しても炉内は3ng以下かな?と思い、セカンドオピニオンは要請しませんでした。もっとも現財産料から分析だけで使い果たしてしまったら元も子もありませんし・・・。

お詳しい方は、バッチ炉でなんでこんなにダイオキシン量が少ないのかとお思いかもしれませんが、闘いの中住民を敵にまわした企業へ搬入業者が現れず、5年間平均の稼働率は半日ずつ週に2から3回しただけで、それも住民が裁判資料として搬入物を写真撮影している中だったからです。塩ビ等ダイオキシンの発生原因になるものはほとんど燃やせなかったからです。
2006/01/18のBlog
[ 21:03 ] [ ★信仰・教会 ]
ちょっと感激しました。
このBlog読んでください。僕がすっかり失ってしまったイマジネーション。
小学校1年生の幼稚な想像の話・・・?イエイエそんなことありません、実際一昨年になってしまったけれど、スマトラ島沖の津波の際には象で観光をしていた人は象に乗って逃げて助かったんです。M家の息子さんの答えは正しく、先生がそのイマジネーションについていけなかっただけ。でも、その先生だけでなく、僕も先生と同じように接しちゃったかもしれません。
子どもの豊かな発想のほうが正しいことが多いんです。
しかし、悲しいかな分別がつくとその豊かなイマジネーションがなくなります。目先の現実ばかりが気になっちゃうんです。

弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」
イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。
しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。(マタイ14:26)


水の上に立てない。僕らはそう分別をつけてしまいます。水の上を歩く姿を想像できないんです。でも、子どもたちはお父さんを怪獣に見立てて、正義の味方になれるんです。「ごっこ」遊びでも本気でなれるんです。そこには絶対豊かなイマジネーションがあるはずです。
戦争がなくなりますように、と祈る僕ら。でも祈りながら、本当に戦争がなくなると想像できているのでしょうか?僕らは祈りながら疑っています。神に祈るだけでは変化がないと。それは神へのイマジネーション不足。本気で神様なら戦争をなくす世の中にしてくれると信じ切れない弱さを持っています。信仰の薄いものなんです。

自分の宗教観や信仰の一例を出してお話をして恐縮ですが、信仰があろうがなかろうが、大人になった今、M家の息子くんのように動物に乗って逃げることも、基地に逃げ込むこともできなくなったような気がします。
そしてBlogを読んでいてイマジネーションがなくなっていった自分に一抹のさびしさを感じました。と同時に(子どものいない我が家では)こういうイマジネーション豊かな子どもがいることに喜びと、そんな子どもを育んでいる家庭と日本の風土に少し誇りを覚えました。

平らな平地だと思っていた地球が丸いと言い出したのも、物を腐らすのは目に見えないような小さな生き物がいるはずだと言い出したのも、あの見た目はグロテスクなナマコや蛸がうまいかもしれないと思ったのも、みんなみんなイマジネーション豊かな人がいたからこそなんですよね。

さてさて、聖書はイマジネーションを失いつつ、そして目先の現実ばかり、足元の石ばかりを見ている僕らに「はっきり言っておく。子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」とも書いています。うん、奥義は難しい。イマジネーションは復活するでしょうか?神の国にいけるでしょうか?
[ 10:02 ] [ ●社会問題 ]
名前とうらはらに安心していられなくなっちゃった安倍さん。この名前が出ただけで昨日のからくりがなんとなく・・・と言う気がしちゃうのは思い込みすぎ?
でもさすがに夜のニュースは、どのチャンネルもライブドア関係ニュースと同じ程度報道をしていました。

夜は夜でピースカフェの集会があったもので、しっかりニュースも見ていなかったので、一連のニュースはBlog界の著名人きっこさんのBlogをみてもらうこととしてお茶を濁します。
2006/01/17のBlog
[ 12:21 ] [ ●社会問題 ]
どうやら千葉で山篭りしているはずのBlog友人蝶野さんが何故か知っているライブドア強制捜査。それだけマスコミは大々的に報じているようで、CVSの店頭に並んでいた新聞各紙の一面は全てホリエモン。
選挙だけではなく、2003年には海外に自衛隊を派兵するためのイラク特措法成立時にパナウェーブ研究所と言う不可思議な宗教団体に捜査のメスを入れました。(なぜかあれだけの騒ぎになりながらパナウェーブ研究所のWebSiteは2004年3月を持って更新していません)。小泉流の『刺客』は今回も成功したようで、ヒューザー小嶋社長の証人喚問は影も形も見えません。
ホリエモンを記事にするな、なんて事は申しません。それだけ大きなニュースであることは僕も認めますが、しかし一社でも反骨精神を見せて一面はヒューザーを取り上げてもいいような気がしましたね。
国民の不安から生じる関心事はヒューザーのほうが上だと思います。同じ日に強制捜査をぶつけられて、まんまとその策略にはまったマスコミ各位に少々失望です。

蝶野さんのBlog にTBを貼らせてもらいました。
2006/01/18
こうめいさんの独り言さんにTBをさせてもらいました。
能美太蘭さんのBlogにTBさせてもらいました。

2006/1/26 2003年のイラク特措法とパナウェーブの部分加筆。
2006/01/16のBlog
[ 10:05 ] [ |- ●平和・国際問題 ]
「正」は、もともと、“国”(口で表す)の中に、“足”(止で表す)がある漢字なのだという。
国の中に足がある形を以って、“「(兵士が)他の国に真直ぐ進撃する」の意味で、「征」を意味し、転じて「まっすぐ・正しい」の意味を表す。(大修館書店 新版 漢語林 第2版 鎌田正 米山寅太郎 著より)”

と言う語源を見て驚いたという記事が行きつけのBlogに載っているのを読んで、僕も驚きました。
いわゆる専守防衛は「正しい」と言う文字の語源になっているわけです。
僕はこの考えを一概に否定は出来ません。会話をもって相手のことを充分理解できない相手のことが『怖い』と思う気持ちは少なからず僕にもあるからです。

でも、それでも武力を持って、力で防衛する無力さを知っています。とともに「専守防衛」を言い訳にする詭弁も知っています。
武力の防衛が失敗したのは、アメリカの9・11テロがその顕著な一例です。いくら世界一の武力を持っても、国家を完全に守れることがないことを広く知らしめてしまったわけで、その末路は他国の政治や軍事と無縁な人の大量虐殺でした。1人殺されたら10人に仕返しをする、と言う残虐な行為でした。
専守防衛が言い訳かどうかは、皆さんが判断して頂きたいのですが、中国や北朝鮮もアメリカの武力に対抗するための戦力といっています。彼らの言い分も専守防衛です。そして日本でも一部の人は、その専守防衛といっている国の武力に恐怖を感じているわけです。その人たちは、中国や北朝鮮の防衛力に対抗するための防衛をしたいといいます。ようは、中国や北朝鮮の物まねをすることが正しいと判断しているのでしょう。彼らの国家の防衛のあり方を肯定しているわけです。
でも、僕はいやですね。国民が汗水流して稼いだお金をみな武器に変えて貧困に苦しむのは・・・。

後世の人が作った話なのか実話なのかは知りませんが、坂本竜馬が京の町を友と歩いていた際、向こう側から意見を異にする人たちが来て、竜馬を見かけて殺気立っているのを感じたそうです。竜馬は、友にこういう時どうするかみせちょる、といったそうです。
どんどん距離が短くなり、一触即発のその瞬間、しゃがみこみ足元にいた犬の頭を撫ぜた、といいます。専守防衛と言うのは本来はこのように、緊張をぬくことであり、現代においてそれは会話だと思います。
『正しい=他の国に真直ぐ進撃させない』ためには竜馬のような極意を活用してもらいたいです。

ハムスターパゾさんのBlogにTBさせてもらいました。
2006/01/13のBlog
5年ほど前に一応のピリオドを打てた久野の産廃焼却炉処理施設の解体に関して、管財人の方から有害物質の検査資料が送られてきました。
喉元過ぎれば何とやら・・・、で既に頭の中から労働省のダイオキシン被曝に対しての基準値などは飛んでしまっていて、ng(ナノグラム)とかpg(ピコグラム)と言う単位を見ると頭がくらくらしてしまいます(笑)。
汚染レベル1、レベル3、ってどの程度だっけ・・・?どういう作業をしなければいけないんだっけ・・・。ありゃりゃ、やばいよ、全く覚えていない(爆)
さぁ、これから基礎からざっと思い出して、約30ページの報告書を読んで、週明けの説明会に望まないと・・・。
2006/01/12のBlog
[ 15:03 ] [ ▼雑記 ]
臨済宗妙心寺派福聚寺の副住職を勤められながら作家活動をされている玄有宗久師の「リーラ」と言う自殺をテーマにした本があることを知りました。
その帯には、 -自ら命を絶った魂は救われるでしょうか。そして何も出来なかった私たちは- とあるそうです。
含蓄の深い言葉です。自ら命を断たざるを得ないほど追い込まれてしまった者と、その苦しみを共有できなかった者。どちらも神の前には同じなんですよね。

自殺なんかしない、と胸を張っていたことが愚かなことのように思えています。結局その思い下には、甘美な毎日に浸った自分の人生と、自分のことだけしか考えていない自分がいたんですネ。善きサマリア人の喩えのシーンが好きだとか言いながらも、本当懺悔の言葉もでやしません。
痛みを分かち合いたいと思っていても何にもしていなかったんだなぁ、としみじみ思います。

ちょっと読みたくなった本です。

PS ストイック過ぎるような生活をしようとかいう意味ではありませんよ。「自分と同じように隣人を愛す」ことを望んでいながら、痛みを見ていなかったな、と省みさせてくれた文章だった、ということを書きたかったんです。
相手が自分なら・・・、何時も考えていれればいいんでしょうね。
2006/01/10のBlog
[ 15:24 ] [ ●社会問題 ]
麻生外相は9日、福岡県飯塚市で開かれた後援会の会合で、10日からの豪州訪問を延期した理由にイスラエルのシャロン首相が脳卒中で入院治療中であることを挙げ、「容体が思わしくなく、非常事態が起きるとそのままお葬式ということになる。気乗りがしないので、3月まで延期することになった」と述べた。(読売新聞)

同じ自民党と言う組織を見ていても、昔の自民の執行部は揃ってこうも失言を繰り返さなかったような気がします。
病床に臥せっている人、それを支えている人、病状が気が気でない家族や友人・知人の耳に入る可能性の高いポジションにいる人(つまりはニュースとして発言が世界を駆け巡る可能性の高い人)が、何とか良くなって欲しいという祈りの言葉でなく、死ぬかもしれないから予定を空けておくなんていうことを平然と言う・・・。
日本人の思いやりのスキルの低さを露見させるようなニュースです。ため息しかでやしない。
2006/01/09のBlog
[ 12:30 ] [ ●社会問題 ]
最近読書量が以前並みに戻りました。
教会役員と言う以外に時間を割かなければならない大役を仰せつかり始めてから、読書量は激減したものの、またここに来て増えた理由の中で大きなウェイトを占めるのはBlogによるところが大きいです。
というのも、皆さん色々な本やCD, 映画(DVD)などを紹介してくれているんです。しかも、僕の購入心をくすぐるような上手な言葉を用いて・・・(笑)
重松さんの本を読み終えた最中、お二人の友が同じ本を推薦しています。
おふたりのBlogへは数日を開けずしてお邪魔しており、その思考にはいつも共感しているので、きっと良質の本だと思います。
今夕近隣の本屋で買ってみようかと思っています。
どんな本なのかな? と思われたあなた。早速下のリンクからお二人の感想を見てみてください。

・・・本当なら、昨日の役員会報告などを作らなければならないんですが・・・。

芦田っちさんジロー’sカフェさんのBlogにTBさせてもらいました。
2006/01/08のBlog
[ 22:56 ] [ ▲Fellowship ]
小田原教会は、神への礼拝という一面、地域への奉仕や社会活動という一面と共に、仲間との交わりという一面も大切にしています。
今日はその交わりとしての一面として僕個人が大切にしている「栄町集会」の日。
しかも教会の友MYKさんがフィアンセを連れてくるということで、何が何でも出席をしなければならない、と固く心に決めていました。

役員会が終わり、高橋牧師宅にお邪魔すると、既にMYKさんは彼女と来られておりました。フレンドリーな好青年同士のカップルの誕生に、いやいやめでたいと調子付いて飲んだお酒は、昨日きりたんぽと共に購入したもの。
秋田羽後の銘酒「両関」はなるほど口当たり良く、きりたんぽ鍋と共にクイクイと入っていきます。

しかし、やっぱり飲み会の席で一番のご馳走は、気のあった仲間との気楽なおしゃべりですね。
Mさん、まぁ小田原教会というところはこんな感じのところです。気の利いたおもてなしもできませんが、気のいいやつばかりのところですので、ぜひまた遊びに来てください。
2006/01/05のBlog
[ 16:17 ] [ ▲Fellowship ]
4日の炊き出しを終え、高橋牧師夫妻とSMさんファミリー、Fさんファミリーと一緒に新年会。
御殿場「時之栖」に行ってきました。
多少の渋滞はあったものの、18時過ぎに到着。
まずはここの冬の名物のイルミネーションを楽しんでから、夕食会場へ。
しかし個室には、鍋が・・・。ここ時之栖は地ビールがおいしいということで、スペアリブコースで依頼をしたものの、どこで間違ったか鍋コースに変身していました。でも、クレームには丁寧に応じてくれ、鍋コースにスペアリブとソーセージを追加する、という提示に合意しおいしい夕食を頂きました。
本来地ビールで・・・、という予定でしたが、鍋となれば話は変わります。おいしい蔵出しの沢の鶴の冷酒で鍋をつつきました。ウ~ン至福の時ィ~。
部屋に帰りほろ酔い気分で牧師とベッドでダベリング。教会が抱えている社会問題について、今後そのほか力を発揮しなければならない問題について、良いながらの雑談でしたがいろいろと話し合えて有意義でした。
目が覚めれば外は銀世界。さっそく露天風呂で雪見風呂。といっても少しぬるめの風呂でしたが・・・。
朝食を食べて外に出ればSMさんのお子さんたちは、久々の之に大興奮。昨日のライトアップされたところはきれいな真っ白な天然のイルミネーション。
まさに一粒で二度おいしかった新年会でした。
2006/01/02のBlog
[ 21:43 ] [ ■アウトドア・趣味 ]
友と呼ぶには偉大すぎて憚(はばか)れますが、師と呼ぶと照れくさそうに「止めろ」と必ず言われてしまう、そんな関係の方がいます。金斗鉉さん。画家です。
下書きにひいた一本の線も意味があると、消しゴムで消して書き直すことをしない。絵の具の場所と下書きの線の位置が違うことも動じない、そういう絵です。
何でもかんでも神様とつなぐことは公開しているBlogとしてはふさわしくないのかもしれませんが、クリスチャンの氏は、そうした線の一本も神様にひかされたと言う気持ちがあるからそういう発言があるのかもしれません。
氏から今年も年賀状を頂きました。うれしいお知らせと共に、4月から一年間竹富島での個展を開催するとのご報告。
ステキなナチュラルな線、心の原風景を刺激するような懐かしいタッチ。その後ろに静かに広がる青い海・・・。
とたんに南の島が恋しくなりました。
オバアが織り込むミンサー。紺が基調なのかもしれませんが、ウコンの黄色が頭に広がっています。
そういえば金氏の絵も、僕はなぜか緑や茶がベースのような気がしてなりません。(別にここに載せた絵がそういう貴重の絵だから言うわけでなく、全般的に多いような気がするんです)

いけるかな・・・。絵を見に行く沖縄旅行・・・、いいなぁ・・・。

PS 絵は著作権があるので画像のコピーは不可よ!!