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2007/11/19のBlog
[ 22:27 ] [ |- ★礼拝説教を聴いて ]
11月18日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉は出エジプト記2勝1節~10節、標記のタイトルの説教を東のぞみ伝道師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。
その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。
そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」
「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」


この日説教をしてくださった東牧師は、ちょうど4ヶ月のお子さんの母親。この聖書の箇所の母親と同じだったので思い入れも深かったのかもしれません。
説教を聴いてて印象深かったのは、イントロダクション・・・・つまりは枕の部分。母親らしく育児書が一番の興味ある書物とのことで、そこに載っていたひとつの実験をお話してくれました。

小猿の前に、1つは毛布に包まれているサルの人形。その胸にはミルクがたっぷり入った哺乳瓶が付いているそうです。もう一つは金網が巻いてあるサルの人形。でもその胸にも同じように哺乳瓶が付いているとのことです。さて、小猿はどちらの人形のミルクを飲むでしょうか?
多くの方が推測したとおり、毛布を巻いたほうです。

次の実験では、両方のサルの人形のミルクを減らして、一つではおなか一杯にならないようにした時はどうするか?というものでした。もちろん最初は毛布を巻いた人形からミルクを飲むのですが、飲み終わると片手で毛布をしっかり握り締めながら金網のミルクを飲むのだそうです。

またこんな実験の結果も書かれていたそうです。毛布を巻いた人形のゲージ内の小猿と、金網を巻いた人形のゲージ、それぞれミルクが飲み終わる頃に、おもちゃの動くねずみを入れたのだそうです。突然の侵入者に驚く小猿たち。で、毛布の人形のゲージでは、小猿はその毛布のサルの人形に抱きついたのだそうですが、金網のサルはゲージのスミで硬くフリーズしてしまったそうです。
そして、毛布のほうは、しばらくすると恐々ながらもそのねずみに興味を示し触ろうとする学習意欲が湧くのに対して、金網ざるのほうは、いつまでたってもゲージの片隅でフリーズしたままだそうです。

なんとなく納得できる結果ではないですか?知能を持つ動物たちは、性善説ではないですが、やっぱり(精神的に)暖かいものを求めているのでしょうし、どちらがそうであるのかは本能的に察知できるのではないでしょうか?
そして身も心も温かいと、そこではじめてイマジネーションが湧いてくる。つまり他人の痛みを知る・・・・フィーリング的に察するためには、心が温かい必要があるのでしょう。

戦争による被害者は近代戦になればなるほど増えています。それは実際に「刺した・切った」という致死に至るまでの時間がかかるもの、つまりは体温の温かさが奪われて死という冷たさに移行するまでの時間が長いものから、銃の開発、大型爆弾と移行し、近代兵器はその現場からはるか遠い母国でボタンを押すという無機の世界に入ったことも大いに影響があるようにこの話を聞いて思いました。


さて、聖書に話を戻しましょう。ファラオの一族は、その名前にエジプトの神+メス(子ども、の意味)をつけるのが一般的ですたとえば、トトメスのように・・・・。しかし、モーセは神の名もメスもついていません。端からみれば私生児であることがはっきりとわかる名前です。そうした名前をもらったモーセは、祈りを聞いて突如どこからか現れ、困窮の民をその無敵の力で開放するという人ではありませんでした。
同胞である、同じ被支配者の中から、神によって引き上げられた(マーシャ)人でもあります。
彼はそれをよく理解していた。まず、自分は多くの被支配者の中の一人であるのに、神に選ばれたのか?という根本的な疑問、問題点を整理することからはじめ、自分に与えられた仕事をしっかりとこなした「だけ」なのでしょう。しかし、旧約聖書の中では1,2を争う偉大な指導者として描かれています。
同胞だからこそ感じ取れた他人の痛み、イマジネーションをしっかりいかせたのだと思います。
僕らも聖書は何千年も前の話と割り切って読むのではなく、今日、そして今週、そして生涯、生き方の指針として、読んだ読者である「僕」向けのメッセージとして神様が与えてくれたアドヴァイスとして生活の指針にしたいものです。
PS
まったく持って余談ですが、RFLのソウルメイトのマーシャさんの名前が出てきたのにはびっくり(笑)
そのうち彼女には海を割ってもらおうか(爆)

写真は1957年『十戒』のモーセ役のC.ヘストン。


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[ 13:23 ] [ ■アウトドア・趣味 ]
RFLのソウルメイトMocaさんがフィレンツェで見つけられた一枚の名刺。それは日本人切り絵作家『俊寛』さんが作られた切り絵を使ったものでした。
茶系をベースにしたその切り絵に心奪われ、氏をインターネットで検索。するとなんとWebSiteだけでなく、Blogまで書かれていることが判明。どのPageも茶系でまとめられて、氏がその色合いがお好きなんだろうと推察されると同時に優しく暖かい茶色の世界に引き釣り込まれました。
そしてその中のお知らせ項目に東京で個展の開催があると言うこと。
場所は銀座の新井画廊。しかし、日時が12月3日~9日とあわない。クゥ~ッ残念。

Blogにも作品が載っていますが、たぶん本物はこんなもんじゃないだろうな。というのも山梨は昇仙峡の藤城清治さんの美術館に行った僕の推測。藤城氏の切り絵のすばらしさを堪能して、帰りのコースで館内のおみやげ物屋さんに寄った時に、切り絵をコピーしたらこの程度にしか表現が出来ないのか・・・・と愕然とした思い出があるからです。

たぶん、俊寛さんの作品も現物見たらそのすごさに心が躍るだろうな・・・・返す返す残念。クゥ~ッ。

行ってみようと思われた方・・・・詳細はこちら
「PeaceCafeあしがら」と言うグループに属しています。緩やかな連帯で、自分の生活の中の平和を発信することで、周囲に、そして世界に平和を発信しようとしているグループです。
毎月17日にフリーペーパーを発行していますが、そのメインは一つのテーマをみんなで語ることです。
もちろんフリーペーパー用の紙は有限資源ですので、闇雲に発行すればいいわけでもなく、また書きたいことも限られた紙面ですから制限もありますので、Blogでリングをしてフリーペーパーと連帯をしていければと思っています。

PeaceCafeのSiteです。
http://homepage2.nifty.com/peacecafe/



前号は、こちら です。

会社のPCが壊れました。ホストコンピュータのAS/400と言うマシンと繋がっているので、その通信を担当するソフトがインストールされているPCでないと仕事になりません。
そんな訳で、倉庫の奥で眠っている・・・・しかもPageDownのキーが動かないので、仕事はすべて出来るとは限らないWin95マシン、ThinkPad345CSを引っ張り出してきました。メモリーは20Mb、HDDは515Mbというスペックです。
ご自分のPCのスペックをご覧になっていただければお分かりかと思いますが、今日のPCはメモリー1Gb、HDD50Gbというスペックで、345CSはメモリー量は1/50、HDDなら約1/100しかありません。そんなものでも動くマシンがあれば、助かりますし、急場を凌げます。

さて、ごみの広域化を国策として推奨し、補助金と言う圧力を持って地方自治体、特に町村部を脅しています。
大きな町になればなるほど、その町を動かすためには大きなお金が必要となり、その結果国の補助金の必要性や、大企業の誘致と言うものがものをいいます。
日本はなんだかんだ言っても保守的ですので、経済界も変動を嫌い、また自分たちの業界の発展のために政界と結びつく部分は多いです。
また、官僚のトップである大臣は、政界の与党のメンバーがなっていますので、実質公務を執行している行政も、経済界や政界と大きく離れたくないという気持ちは強いでしょう。
ですからごみ問題から言えば、大企業の論理はかなり幅を利かせ、お金のかかる溶融炉の建設が進められたり、大量消費、大量廃棄に関してはなかなか政策が進まないのは、こうした点があると思われます。
合併して地方自治体の数が減れば、首超の数も減ります。そして大手資本を誘致し、その会社から落ちる税金を期待している町、そしてそこに就職している市民にとって、なかなか政・財・官の意向を切り崩すは難しいのが現状でしょう。大きい町になればなるほど予算も膨らみその傾向は強くなるのではないでしょうか。
そうなるとごみを減らせるかどうかは、市民の考え一つではないでしょうか?

さて、実は今日は別の視点での思いを書こうと思っています。それは、万が一の時のことです。
関東大震災までは行かなくても災害の危険性は考えていなければいけないと思います。また、作業ミスで故障と言うこともあります。広域化した時にそのエリアのごみが一切片付けられないとしたらどうでしょうか?
もちろん他地域に応援を頼むと言う手法もありますが、現在のように、小田原市、湯河原町(真鶴のごみも一緒)、箱根町の3箇所があれば、万が一の時も残り2箇所でかなりの量をカバーできると思います。
そして今後、ごみの量が減った時に、徐々に焼却炉の体積を小さくし、その周辺は別の堆肥場や違う施設を作るほうが理にかなっているような気がします。
遠いところまで運ぶにはごみの収集車の走行距離を増やさなくてはないりません。それもエコに反していることでしょう。

それよりも何よりも、毎日出るごみの話です。万が一を常に考えておきましょう。僕の勤めている会社のように、サブがあれば何かの時に役立つこともあります
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2007/11/16のBlog
にほんブログ村の『自分らしさ』にエントリーしたので、上位ランキングの方のBlogを読んでいて、すぐにお気に入りを発見
本日第4位にランクインの「実は昔、ヤンキーでした。」
これが実に面白い。久々に「お空の下で遊ぶしねぇ」なみの面白さ。
根が無茶まじめなんだけれど、若いパワーの発散が『お馬鹿』や『ヤンキー道』という人たちが実は大好きで、その破天荒な人生は人間みとなってあふれ出るんでしょうね。
でも、さすがは元・関西人。文章から溢れる笑いの精神はすごいものがあります。

自分をPRするよりは、お気に入りのBlog発見場所となりそうな予感。
そんな彼女のBlogで知った 高校メーカー 。昔流行った脳内メーカーの亜流ヴァージョン。
早速 Take高校 をご紹介しよう!!

校訓 受信・破格・粉末

生徒数 男子364名 女子191名 計555名

データ 偏差値51
<出身者職業ベスト3> 芸術家・司法書士・アナウンサー
<主な留学先> アルメニア・スイス・モルディブ
進路 <昨年度>
大学進学率20.4% 就職率53.5%
大学113名(四年制64名 短期49名)
専修・各種学校86名
民間就職155名 公務員142名 家事・その他59名

校歌 右手の違和感強まりて 血を出せ汗出せ大事なモノ出せ 
行けばわかるさ下水道 鬼より怖いPTA 
わら半紙の香りかぐわしく 安全日は攻めて攻めて 
ああ Take高生 惜敗と両親の申し子よ

校歌だけでそのすごさがわかる(爆)
牧師のひとり言の唐沢先生のBlogで、ブログ・ランキングをしているブログ村の存在を知りました。
今までもこうしたところに登録して・・・・という気持ちはありましたが、なんせ僕のBlogはとっ散らかっていてはたしてジャンルは何なの? と自問し、登録が出来ないでいましたが、このブログ村に『自分らしさ』というジャンルがあったのでエントリーしました。

ところがこのDoblog、他社のBlogと違ってアイコンを貼り付けられない(ーー;)
本当は、右の絵のようなアイコンをポチッと押してもらいたいのですが、下の文字をクリックと言う無粋な方法でお願いします。

にほんブログ村 自分らしさ
生き方のベースにある信仰のジャンルも載せなくては・・・・。

にほんブログ村 キリスト教・クリスチャン
RFL(リレー・フォー・ライフ)や秋田玉川温泉の湯治などの情報も書いていますからこちらも・・・・。

にほんブログ村 がん・腫瘍


まぁ、ただあくまで『自分らしさ』であって、他人の評価で生きているのではないので、必ず押してください、というものではありません。
もし、賛同した時だけでも押してくれればありがたいです。
2007/11/14のBlog
今年もクリスマスが近づいてきました。ハレルヤ!
クリスマスと聞くとプレゼントというイメージが湧く人も多いかと思います。そう、クリスマスはプレゼントの日でもあるのです。神様が、人間の原罪(神様に逆らう)を取り除くためにイエス様という人生の見本をプレゼントされた日です。

そんな時、RFL(リレーフォーライフ)芦屋でご一緒された「重箱のスミ」さんから、大三島のSuigun_Romanさんから小児がんの子どもたちに、とたくさんTシャツをもらったけれど捌き切らなかったので、Takeの方で誰かにあげて!とのお申し出がありました。

そしてその言葉通りこんなに大きな段ボール箱イッパイのTシャツをもらいました。
それだけではなく、みかんも1箱もらいました。

話を聖書に戻します。イエス様が生まれる少し前、バブテスマのヨハネと言う人がいました。神様の言葉を人々に告げる預言者という人です。
その人が、多くの群衆を前に「どうすれば救われますか?」と尋ねられたときに「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。(ルカ3:11の一部)」と答えています。

物が豊かに有り余っている今日、僕らの家には着るものも食べるものも蓄えがあります。
でも、DV(ドメスティックバイオレンス)のシェルターに駆け込んで来た母子は、暴力を振るう連れ合いの目の一瞬の隙を盗んで逃げ出したのですから、着るものも大金も持っていません(多くのDVのケースは金銭の管理すらも疑心暗鬼で任せないのが普通です)。1枚のTシャツも余分はありません。
野宿(ホームレス)の方は、その日暮し。アルミ缶1kg100円として、1個が数十gですから、一日頑張っても10kg1000円を集めるのは至極の業。雨が降ったり寒くなって炭酸水やビールの需要が伸びないときは、缶コーヒーのスチール缶だけで引き取ってもらえない場合もちょくちょくあります。お米を買ったりくず野菜などをもらったりしても、デザートのみかんまでには手が出ません。

二つ以上持ち合わせている僕らに託されたこれらの品々は、一つも持たない人のためにお配りいたします。
本当に献品ありがとうございます。
2007/11/13のBlog
[ 20:50 ] [ |- ●野宿者(ホームレス)問題 ]
小田原で野宿をしていた人が、昨年冬の季節はずれの台風で波にのまれてしまったようです。直後そのそばを通った仲間が姿が見えないことで、そういった推測がなされました。サンダルが片方浜に上がっていたそうです。
警察に僕名義で捜索依頼を出しましたが、親族ではないと言うことで正式に取り上げられませんでした。ですから、生存・死亡の確証はもてませんが、律儀な性格の方でしたので、どこかに消え去ることはないし、その必要もないし、きっともうこの世にはいないと思われます。
その後、その行方不明の方を受取人の一人とした遺産問題が発生しました。
結局は保険屋さんも行方不明でありながらも、死亡した可能性が極めて高いと言うことで滞りなく遺産は残りのご遺族の方に配られたそうです。

で、今日その保険屋さんからTelが入りました。先祖の墓守をしている方が、こうしたことで長いこと会えなかった親族と出会えて、最期の時のことがわかったので、何か遺品でも、住んでいたところの石でも一緒のお墓に入れてあげたい・・・・と言っていられるとのこと。
野宿の方のご親族に代行で連絡することがあります。居場所がわかって喜んでくれる方もいますが、関係修復を拒否される方も多くいます。そんな中、親族の一員として戻れたことは他人ながらとてもうれしいことです。

生きている時はたぶんお金にはとても困窮していたと思われ、遺産が入れば人生の最後の時が少しは豊かに暮らせたと思います。
でも、氏は遺産がもらえなかったけれどもっと素敵な宝物をもらえたような気がします。きっと天国で喜んでいるんだろうな。
2007/11/11のBlog
[ 16:28 ] [ |- ★礼拝説教を聴いて ]
11月11日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉はヘブライ人への手紙3勝1節~6節、標記のタイトルの説教を高橋敬基牧師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
だから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち、わたしたちが公に言い表している使者であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。モーセが神の家全体の中で忠実であったように、イエスは、御自身を立てた方に忠実であられました。家を建てる人が家そのものよりも尊ばれるように、イエスはモーセより大きな栄光を受けるにふさわしい者とされました。どんな家でもだれかが造るわけです。万物を造られたのは神なのです。
さて、モーセは将来語られるはずのことを証しするために、仕える者として神の家全体の中で忠実でしたが、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。


信仰を守る、神様に従う ということは 人間が考え定めた教憲教規に従うことや自分自身の平安だけを望むことではない、とこの日の説教で高橋牧師は口火を切りました。
仰るとおりで教憲教規は不完全な人間の作った、しかも自分たち仲間内(教派)だけのルールですから神の意見と必ずしもイコールではない部分もあり、それでも無知でもある人間が神の意向に従いたいと必死になって作ったものです。ですからこれを絶対視することは、僕は偶像礼拝に近いものがあると思っています。

また、永久(とこしえ)に地獄に行くこともないと僕は思っています。それはイエスが十字架の死後黄泉に下り・・・・神の子が下るのですからまぁ悪いところなんでしょう、3日目に蘇るのですがこれはその黄泉の死者たちへの救いだと言うのを読んでまったくそのとおりだと思っています。
そもそもイエスの性格なら、黄泉の人をそのまま見捨てて自分だけが天に昇るようなことはしないと思います。
しっかりと頭に留めておかなかったのでうろ覚えなんですが、誰かが高僧に向かってなぜ僧になったか?と問うと、そのお坊さんが「地獄に行くため」と答えます。自分が地獄に行かなくては地獄の人は救われない、と言った言葉は宗教を越えて尊敬する言葉です。

さて、この手紙の書き手は「人間イエス」に注目をしています。そしてその生き様、考え方を旧約聖書に登場するモーセと比較しています。
モーセはルールが不徹底だったり、エジプト流のルールだったり、その後流浪の間に出来上がったりしたルールだったりした仲間たちの間に「神さまからのルール」をもらいました。十戒です。モーセは「神の家」すなわち選民思想のイスラエルの民の間においては忠実だった。神のルールをイスラエルのルールにしたと、今日の聖書には書かれています。
一方イエスはどうだったか?イエスは神に忠実であった、と書かれています。
僕の好きな聖書の箇所でよく書いていることに、このイエスの神理解、僕らの歩む道を「神を愛せ、隣人を自分のように愛せ」というのがあります。
相手が愛してくれるかは考えない、とにかく「愛せ」です。
そして同時にイエスは神からのメッセージで「そのままのあなたを神は無条件で愛している」と伝えています。
イエスの生き方は、周辺の社会とか他人との比較はありません。

よく「神さまはこんなにいい人の命を事件で奪ってしまうなんて不公平だね」とか「こんなに幼い命が病気で奪われるなんて神様は何をしているの?」とか言います。
でも、こうした多くの不平等は神が作ったのではなく、人間が作り出したものなのです。
国家によるアンフェアーなトレード、そして搾取された土地で飢餓に苦しむ子どもたち。
日本国内でも「僻地離島病院」は、自宅から総合病院までは遠く離れています。同じ国民でも不平等な扱われ方をしています。
幼い命もカンパが集まれば外国での手術が出来ても、それすら集まらないで死を見つめなければならない家族もあります。
こうしたことは社会の中で十分解決をしようとすればできることでしょう。社会がアンフェアーである中、同じように1度の死を体験させ、その後に天国と言う安住の地を与えてくれる神のほうが公平だと思います

「隣の芝は青く美しい」そうした隣人との競争社会、少しでも自分が不利になりたくないと言う考え方、神以外に心を奪われることなく、そんなことで一喜一憂して他人をを羨んだり妬んだり嘲ったり「隣人を愛せなく」ならないように今週も生きたいです。
2007/11/09のBlog
標記の講演会が開催されます。ご案内申し上げます。(画像をクリックすると大きくなります)



日時:11月10日(土) 14:00-

場所:日本キリスト教団 小田原教会

講演:上原公子 元国立市長

参加費:300円

以上

主催は PeaceZone★Odawara http://peacezoneodawara.web.fc2.com/

2007/11/08のBlog
[ 18:07 ] [ ◆健康・ガン友 ]
RFL芦屋で一緒に歩いたソウルメイトのまい(^^)さんが千葉大にSecondOpinionを聞きに来られるということで、急遽オフ会を開催することにしました。
場所は、つくばからご一緒に歩いているkatuyoさんが提供してくれました。

いつものようにフットワークの良いスミさんが車を提供してくれるということで、お言葉に甘えて送迎をお願いしちゃいました。これで心置きなく飲めると思うと頬が緩みますねぇ。
17:45 甘栗さんと一緒に門前まで来ていただいた車に乗り込み、一路katuyoさん宅へ。西湘バイパスを快調に走ります。
お宅に着けば、ヒデさんが既に到着。今日は、小田原で取材があると早めに会社を出てきたとか(笑)
というわけで、メンバーはkatuyoさんご夫妻、まい(^^)さん、スミさん、甘栗さん、えっちゃさんと僕の7名。
テーブルの上には、美味しそうなおでん、そしてうってつけのぬる燗用の「出羽錦」。クゥ~いやいや早速始めましょうよ。

千葉大で聞いてきた話やRFLの今後のあり方、そして次年度の北海道や静岡での取り組みなど大いに盛り上がってきましたが、話のヴォルテージとお酒の量も比例して、とにかく楽しいのですが、内容に関してはどんどん自信がなくなります(爆)

あっという間に22時。ヒデさんはこのまま川崎まで帰るのでそろそろお開きにしないと。
本当に楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。次回は2月の最初の週末に「イチゴ狩り」をするぞ! と、わざわざ電話でMOCAさんにもしたり、帰宅して電話をくれた多似夢さんに話したりと酔っ払いが皆様にお騒がせ致して帰ってきました。

いつもながら、一番元気と免疫力を頂いております。本当に皆さん楽しい時間をありがとう!!
また一緒に遊んでください!!

まぁ、お顔を隠すこともないでしょうが一応顔には紗を入れておきました。
2007/11/06のBlog
充分温まり、隣接のドリンクバーで8年連続賞を取った地ビールのYONAYONAビールを購入し、4-5℃しかない軽井沢の夜を長袖のTシャツ一枚で帰ります。
また駐車場に移動し、今度はのんびりビアタイム♪ YONAYONAとラガーの飲み比べをしますが、喉越しのいい苦いラガーに比べてYONAYONAは芳醇なフルーティーなビールです。ウィスキーとブランディーのような差でしょうか。おいしく頂きこの日も就寝。
翌朝は6:30に目覚ましをかけ、早朝の雲場池の写真を狙いますが、布団から出られず断念。7時過ぎにようやく起きて、完全防備(防寒)で出向きます。すでに数十人がカメラを片手に撮影中。
太陽の位置が昨日とは逆さまで、お目当ての紅葉の木々がきれいです。
池周囲を散策し始めると、ガサガサという音とともに枝が大きく揺れています。見ればサルが花芽(?)を食べています。まだ小猿なのか、はたまたはぐれ猿なのか、1匹だけ枝から枝に移ったり時折すぐ横を通る人間に威嚇をしますが、とりあえず危害はくわさなさそうです。
そんな動物にも出会えてスリリングな(?)探索を終え、朝食を食べ、次の行程へと移ります。
最後の観光スポットは、帰路の途中の「御射鹿池」。そう、夏に行ったあの美しい用水です。
軽井沢を後にして佐久を通過し、八千穂からメルヘン街道こと国道299号線をあえぎながら登ります。唐松の黄葉が美しい。白駒池を過ぎ一気に駆け下れば蓼科の別荘地。
御射鹿池に到着するのを待っていたかのように太陽が顔を覗かせ、きれいな櫨染色の樹木が鏡面の池に写りこんできれいです。
赤が多いかと思っていましたが、御射鹿池の周辺は赤系の樹木はなく、くすんだ黄色の樹木林と真っ青な高い空のコントラストに酔いしれました。
実は11月4日の夜は、属している「『地域のごみ』市民会議」の打ち合わせがあるので19時には到着したいところです。14時に高速に乗り帰宅を目指しますが、中央高速も笹子トンネル以降は渋滞ですし、太平洋側に延びる道も御坂トンネルを前に大渋滞。結局は、このトンネルから山北まで渋滞の中をトロトロと進まざるを得ませんでした。紅葉と富士スピードウェイのGT決勝戦の影響だとか・・・・。
いい加減渋滞のノロノロ運転に飽きた静岡-神奈川の県境辺り、突然大きなクラクションの音。横を見ると僕と同じキャンピングカーKINGの姿。『エッ?』見ればトーチン!! ガルヴィのキャン会いに参加した帰りとのこと。久々にお会いできました。後ろから僕の車を見つけて一生懸命追いかけてくれたそうです。
そういう気持ち・・・・いやぁ嬉しいなぁ。今回はキャンピングカーはあまり見かけない旅でしたが、最後に友の姿を見れて大満足です。

結局自宅着22時。でも色々な色を見れて大満足の旅でした。

Goo_Blogに大きく引き伸ばした写真をUPしました。よかったら覗いてください。


軽井沢を愛してこよない「落葉松林のデッキの上で」さまの関連BlogにTBさせてもらいました。
同じように軽井沢別荘生活を楽しまれている「太一とMOANA」さまの関連BlogにTBさせてもらいました。

同頃八ヶ岳・蓼科ヴィーナスラインに遊びに行かれたさ~ちゃんの関連BlogにTBさせてもらいました。

同県人で同じ頃に雲場池に行かれた ぶどうの木 さまの関連Siteにリンクさせてもらいました。
この秋の週末もいつもの連れ合い&F母娘と一緒に紅葉狩りを楽しんでまいりました。
2日(金)残業のF娘を迎えに行きながら、そのまま大井松田ICより高速へ。混雑の首高を避けて環八に下り、谷原の練馬ICより関越自動車道へ。快調にドライブを続けて藤岡を過ぎれば、カーナビは上越道を示します。渋川・伊香保ICを使うよりは、碓井・軽井沢ICのほうが本当に近いのか?と疑問心がムクムクとわき上がりましたが、まぁ無難に行きましょ(笑)
ICを下り、峠道を通り軽井沢、中軽井沢、ロマンチック街道(夜間は無料だった)を通り、吾妻線に沿って走ればまもなく草津。最寄のコンビニで寝酒とつまみを購入し、道の駅・草津運動茶屋公園に。時0時。
ほぼ満車なのは紅葉目当ての観光客が多いせい??
目が覚めれば、近隣車は出発した後だったり、新たな車がINNしてきたりと騒がしいです。草津では、湯畑の周辺をチョコチョコと観光して西の河原温泉でゆったりお風呂に入って、昼には出発したいところです。
車を天狗山スキー場の駐車場に移動してまずは観光。カメラをぶら下げて湯畑方面に。ところが西の河原公園を下って片岡鶴太郎美術館を過ぎたところから始まるお土産物屋さんに目が奪われて気もそぞろ。和小物店に入り、ガラス細工店に入り、ネコのグッズのお店に入りと、あっという間に11時過ぎ。あの気持ちいい広大な露天風呂は次回に持ち越しで、慌てて駐車場に戻ります。
と、隣には軽のキャンピングカーでおっとりとしたラブラドールと小さく陽気なスパニエルと一緒に北海道を廻ったという伊豆のオバちゃんが、僕らの車の横に車をつけて日向ぼっこをしながらワンコの体を拭いてあげています。しばらくキャンピングカー談義をしてお別れをして、軽井沢に向かいました。

思いがけない(少ない)程度の車の量で、ドライブは快適です。浅間園にお昼に到着。原則車内で調理して節約食事を心がけますが、せっかくのお日様、時間を短縮するために同園内の石楠花と言うレストランに入ります。
が、バイクの30人ほどの団体さんとかち合って、結構時間がかかってしまいました。食後ゆっくりと溶岩が流れ出たままの園内を散策。眼下には紅葉した軽井沢の森が広がりますが、軽井沢おもちゃ博物館の大きな観覧車が景観を壊していて興ざめ。ヴ~ン西武さん・・・・。
それでも紅葉・黄葉した木々を見ながら、ヒカリゴケを探しながら、松ぼっくりを見ながら、展望台から石楠花コース、ヒカリゴケコースを経由して溶岩コースまで周遊しました。
腹ごなし兼運動不足解消の1時間ほどのアップダウンのあるコースの周遊をした後は、続いても軽井沢の観光地の老舗「白糸の滝」に向かいます。ナビを「一般道・時間優先」で同地に合わせます。
指示通りに走ると鎌原王領地内の別荘地内の細い道を延々と走らせまして・・・・国道146号線に、まさに出ようとした時に車止めの鉄柱が・・・・。

えっ!!!


別荘の皆様には恐縮ですが、開閉が出来るタイプだったので失礼をして外させて頂き146号線に出させていただきました。
今度は白糸ハイランドウェイと言う有料道路を通って同観光地へ。軽井沢と言う地は、一つ一つの観光地は無料なんですが、行くまでがみんな有料道路なんですね。
日陰で少し肌寒い道路を歩いていけば小柄ですが見事な糸状の細い滝が幾重にも流れ落ちています。富士の白糸の滝が壮大なのに対して、ここ軽井沢の白糸の滝は優美な姿です。
小路から戻れば、茶店からいい香り(笑) でも、このあとメインの雲場池が待っていますので、ここは我慢して先を急ぎましょう。
軽井沢の駅前は15時を廻ったのに雑多の人ごみ。ウォーク、自転車。お店を覗く人、歩く人、食べている人・・・・。その隙間を縫って大きな車を走らせます。
駅からわずか、少し雑踏静けさに変わったところに、雲場池の看板が出始め、僕らはその駐車場のひとつに車を止めました。1回1000円、16時を廻った時間帯なので・・・・高い・・・・イヤ観光地だから・・・・。心の中で葛藤を繰り広げながらのことです。
徒歩数分、その池は多くのカメラを手にした観光客で賑わっていました。深緋(こきひ)、紅赤(べにあか)、濃紅(こいくれない)。仙歳茶色の池のほとりには、夕日に照らされた紅葉やドウダンが赤さを競っています。この色の表現だけは、日本人ならではの微妙さの妙を喩える表現があることを誇らしく思います。
然程大きくない池の周囲を一周し、僕らは車に戻りました。
連れ合いらが夕食の準備をしている間に、駐車場の管理人さんと交渉。今晩一度外出した後3日中に戻ってここでP泊、4日の10時頃までもう1回分の料金でOKか?と問えばよいとのこと。
今日はここで泊まることにします。

ボンゴレのスパゲティ・・・・でも、この後車の運転があるのでノンアルコール。
一息ついてから、このエリアでは有名な星野温泉「トンボの湯」を目指します。約5kmで到着するも、入口の駐車場整理のお兄ちゃんに満車なので第2駐車場に行くようにいわれます。これは温泉内も「芋のこ」を洗うが如くの混雑振りかなと戦々恐々としながら、トンボの湯に向かいます。
大正年間から多くの文豪などに愛された軽井沢の避暑地の中心的なホテルの一つ。しかし、昭和半ばからの大型化、レジャーの多様化ゴージャス化で、軽井沢のような本来の避暑地が寂れた時に、星野佳路氏が立ちなおした星野地区の中の施設の一つです。
入浴料1200円。内風呂1、露天風呂1、十五人も入れば一杯になってしまうサウナ風呂1。この数字だけ見れば決してやすい風呂ではありませんが、行って見れば数字に表れないプラスアルファの素敵な空間、素敵な時間をもたらせます。
1200円を払えば、下足のコインロッカーもなければ、衣服のロッカーも無料とあとは費用が掛かりません。脱衣所には余計なものは置いていないのも、スーパー銭湯慣れしている僕にとっては新鮮で爽快感があります。
風呂場は広く、高く、開放的です。石造りで、屋根は丸木を使用しています。洗い場が30以上あって、風呂の面積より広いスペースを歩いて風呂に入ります。風呂は深く70cmほどはあるでしょうか、ちょうど大人の腰の高さです。そして浴槽の周囲に腰掛けられる高さの階段があり、そこに座るとちょうど肩まで入れます。
41~2℃という高い温度ですが、その熱さを感じさせないのは、広さ、高さが充分以上あるからでしょう。露天は目先にいい枝ぶり、いい色合いの紅葉が植わっていて目を楽しませてくれますが、内風呂の質感の高さを先に感激したので驚くほどではありません。サウナも狭いながらリラックスできるものでした。何が違うんだろう? 燃料源?空気? 10分がとても短く感じられました。時間が許されるなら20分は入れそうな感じです。また、ここでは尻の下に敷く小さなマットを入口で持って入ります。そして出る時に誰もが次の人のために、据わった跡と足を置いたあたり(汗がポタポタ落ちたところ)をそのマットでさっと拭いて出るところに、大人のリゾート地らしさの気品のよさを垣間見れて気分が高揚します。
2007/11/02のBlog
[ 13:52 ] [ ●社会問題 ]
10月31日16時28分配信のオーマイニュースに『東京に「搾取される」地方』と題された記事が載っていました。

 2.29倍。これは、2004年度の県民経済計算、つまり一人当たり県民所得の最大格差である。容易に想像がつくかもしれないが、1位は東京都で約456万円。最下位は沖縄県で約199万円だ。
1996年度、この格差は2.09倍だった。格差は確実に広がっている。東京経済が伸びたせいもあるが、沖縄経済の落ち込みもある。2004年沖縄県の県民所得の成長率は、およそマイナス0.9%。同年、同じように「マイナス成長」した道府県は28に及ぶ。
 特に地域別にみると、四国や九州の落ち込みが目立つ。高知県の2004年県民所得成長率は、なんとマイナス3.1%であり、四国全体もマイナス1.0%の成長となっている。九州は政令指定都市である福岡市、北九州市がともにマイナス成長であり、九州全体の成長率はマイナス0.7%となっている。
 一方、関東の2004年経済成長率は、プラス0.6%であり、大企業が集中する東京の成長率はプラス1.2%となっている。ここまでの数字は内閣府が発表した「平成16年度県民経済計算について」をもとにしたもので、最新の数値では、これ以上に「県民所得格差」が広がっている可能性がある。
 プレビッシュやフランクといった「ネオ・マルキシズム」の論者たちは、1960年代から国際経済で問題となった南北問題、途上国と先進国の格差を「中心─周辺」理論を中心とした「従属論」で説明しようとした。
 つまり周辺である途上国は、中心である先進国によって、不利な状況におかれている。フランクは、先進国が途上国を搾取していると言い切った。このような状況では、いくら先進国が金銭的援助だけをしても、格差は解消しない、というのが従属論の考え方だった。
 今の日本はどうだろうか。
 現在、地方にコールセンターを設けるのが一種のブームになっている。電話で、通信販売などでの顧客からの注文を処理し、あるときには、クレーム処理などを担当するのがコールセンターである。これが、地方に設けられている。東京からサポートセンターに電話したら、田舎の田んぼの真ん中にあるコールセンターにつながり、そこで処理されるようになってきている。
 つまり、通信費と、なにより人件費を考えると、地方に作った方が安いというわけだ。地方も、雇用創出のためにコールセンターを競って誘致している。どこかで聞いた話である。
 つまり、かつての中国、現在であれば、東南アジアなどに大企業が下請けを発注する。運送費を考えても、人件費が安いからだ。同じようなことではないか。……そして、コールセンターを地方に置くことによって得た利益の多くは、東京の大企業にもたらされる。県民所得は、先にも書いたようによくはなっていない。
 まさに、「中心・メトロポリス」である東京に、「周辺・サテライト」である地方が従属している。搾取されているだけでなく、メトロポリスの引力に依存して、サテライトの経済はようやく回っている。
 そうい