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2007/11/13のBlog
[ 20:50 ]
[ |- ●野宿者(ホームレス)問題 ]
小田原で野宿をしていた人が、昨年冬の季節はずれの台風で波にのまれてしまったようです。直後そのそばを通った仲間が姿が見えないことで、そういった推測がなされました。サンダルが片方浜に上がっていたそうです。
警察に僕名義で捜索依頼を出しましたが、親族ではないと言うことで正式に取り上げられませんでした。ですから、生存・死亡の確証はもてませんが、律儀な性格の方でしたので、どこかに消え去ることはないし、その必要もないし、きっともうこの世にはいないと思われます。
その後、その行方不明の方を受取人の一人とした遺産問題が発生しました。
結局は保険屋さんも行方不明でありながらも、死亡した可能性が極めて高いと言うことで滞りなく遺産は残りのご遺族の方に配られたそうです。
で、今日その保険屋さんからTelが入りました。先祖の墓守をしている方が、こうしたことで長いこと会えなかった親族と出会えて、最期の時のことがわかったので、何か遺品でも、住んでいたところの石でも一緒のお墓に入れてあげたい・・・・と言っていられるとのこと。
野宿の方のご親族に代行で連絡することがあります。居場所がわかって喜んでくれる方もいますが、関係修復を拒否される方も多くいます。そんな中、親族の一員として戻れたことは他人ながらとてもうれしいことです。
生きている時はたぶんお金にはとても困窮していたと思われ、遺産が入れば人生の最後の時が少しは豊かに暮らせたと思います。
でも、氏は遺産がもらえなかったけれどもっと素敵な宝物をもらえたような気がします。きっと天国で喜んでいるんだろうな。
警察に僕名義で捜索依頼を出しましたが、親族ではないと言うことで正式に取り上げられませんでした。ですから、生存・死亡の確証はもてませんが、律儀な性格の方でしたので、どこかに消え去ることはないし、その必要もないし、きっともうこの世にはいないと思われます。
その後、その行方不明の方を受取人の一人とした遺産問題が発生しました。
結局は保険屋さんも行方不明でありながらも、死亡した可能性が極めて高いと言うことで滞りなく遺産は残りのご遺族の方に配られたそうです。
で、今日その保険屋さんからTelが入りました。先祖の墓守をしている方が、こうしたことで長いこと会えなかった親族と出会えて、最期の時のことがわかったので、何か遺品でも、住んでいたところの石でも一緒のお墓に入れてあげたい・・・・と言っていられるとのこと。
野宿の方のご親族に代行で連絡することがあります。居場所がわかって喜んでくれる方もいますが、関係修復を拒否される方も多くいます。そんな中、親族の一員として戻れたことは他人ながらとてもうれしいことです。
生きている時はたぶんお金にはとても困窮していたと思われ、遺産が入れば人生の最後の時が少しは豊かに暮らせたと思います。
でも、氏は遺産がもらえなかったけれどもっと素敵な宝物をもらえたような気がします。きっと天国で喜んでいるんだろうな。
2007/11/11のBlog
[ 16:28 ]
[ |- ★礼拝説教を聴いて ]
11月11日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉はヘブライ人への手紙3勝1節~6節、標記のタイトルの説教を高橋敬基牧師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
だから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち、わたしたちが公に言い表している使者であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。モーセが神の家全体の中で忠実であったように、イエスは、御自身を立てた方に忠実であられました。家を建てる人が家そのものよりも尊ばれるように、イエスはモーセより大きな栄光を受けるにふさわしい者とされました。どんな家でもだれかが造るわけです。万物を造られたのは神なのです。
さて、モーセは将来語られるはずのことを証しするために、仕える者として神の家全体の中で忠実でしたが、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。
信仰を守る、神様に従う ということは 人間が考え定めた教憲教規に従うことや自分自身の平安だけを望むことではない、とこの日の説教で高橋牧師は口火を切りました。
仰るとおりで教憲教規は不完全な人間の作った、しかも自分たち仲間内(教派)だけのルールですから神の意見と必ずしもイコールではない部分もあり、それでも無知でもある人間が神の意向に従いたいと必死になって作ったものです。ですからこれを絶対視することは、僕は偶像礼拝に近いものがあると思っています。
また、永久(とこしえ)に地獄に行くこともないと僕は思っています。それはイエスが十字架の死後黄泉に下り・・・・神の子が下るのですからまぁ悪いところなんでしょう、3日目に蘇るのですがこれはその黄泉の死者たちへの救いだと言うのを読んでまったくそのとおりだと思っています。
そもそもイエスの性格なら、黄泉の人をそのまま見捨てて自分だけが天に昇るようなことはしないと思います。
しっかりと頭に留めておかなかったのでうろ覚えなんですが、誰かが高僧に向かってなぜ僧になったか?と問うと、そのお坊さんが「地獄に行くため」と答えます。自分が地獄に行かなくては地獄の人は救われない、と言った言葉は宗教を越えて尊敬する言葉です。
さて、この手紙の書き手は「人間イエス」に注目をしています。そしてその生き様、考え方を旧約聖書に登場するモーセと比較しています。
モーセはルールが不徹底だったり、エジプト流のルールだったり、その後流浪の間に出来上がったりしたルールだったりした仲間たちの間に「神さまからのルール」をもらいました。十戒です。モーセは「神の家」すなわち選民思想のイスラエルの民の間においては忠実だった。神のルールをイスラエルのルールにしたと、今日の聖書には書かれています。
一方イエスはどうだったか?イエスは神に忠実であった、と書かれています。
僕の好きな聖書の箇所でよく書いていることに、このイエスの神理解、僕らの歩む道を「神を愛せ、隣人を自分のように愛せ」というのがあります。
相手が愛してくれるかは考えない、とにかく「愛せ」です。
そして同時にイエスは神からのメッセージで「そのままのあなたを神は無条件で愛している」と伝えています。
イエスの生き方は、周辺の社会とか他人との比較はありません。
よく「神さまはこんなにいい人の命を事件で奪ってしまうなんて不公平だね」とか「こんなに幼い命が病気で奪われるなんて神様は何をしているの?」とか言います。
でも、こうした多くの不平等は神が作ったのではなく、人間が作り出したものなのです。
国家によるアンフェアーなトレード、そして搾取された土地で飢餓に苦しむ子どもたち。
日本国内でも「僻地離島病院」は、自宅から総合病院までは遠く離れています。同じ国民でも不平等な扱われ方をしています。
幼い命もカンパが集まれば外国での手術が出来ても、それすら集まらないで死を見つめなければならない家族もあります。
こうしたことは社会の中で十分解決をしようとすればできることでしょう。社会がアンフェアーである中、同じように1度の死を体験させ、その後に天国と言う安住の地を与えてくれる神のほうが公平だと思います
「隣の芝は青く美しい」そうした隣人との競争社会、少しでも自分が不利になりたくないと言う考え方、神以外に心を奪われることなく、そんなことで一喜一憂して他人をを羨んだり妬んだり嘲ったり「隣人を愛せなく」ならないように今週も生きたいです。
さて、モーセは将来語られるはずのことを証しするために、仕える者として神の家全体の中で忠実でしたが、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。
信仰を守る、神様に従う ということは 人間が考え定めた教憲教規に従うことや自分自身の平安だけを望むことではない、とこの日の説教で高橋牧師は口火を切りました。
仰るとおりで教憲教規は不完全な人間の作った、しかも自分たち仲間内(教派)だけのルールですから神の意見と必ずしもイコールではない部分もあり、それでも無知でもある人間が神の意向に従いたいと必死になって作ったものです。ですからこれを絶対視することは、僕は偶像礼拝に近いものがあると思っています。
また、永久(とこしえ)に地獄に行くこともないと僕は思っています。それはイエスが十字架の死後黄泉に下り・・・・神の子が下るのですからまぁ悪いところなんでしょう、3日目に蘇るのですがこれはその黄泉の死者たちへの救いだと言うのを読んでまったくそのとおりだと思っています。
そもそもイエスの性格なら、黄泉の人をそのまま見捨てて自分だけが天に昇るようなことはしないと思います。
しっかりと頭に留めておかなかったのでうろ覚えなんですが、誰かが高僧に向かってなぜ僧になったか?と問うと、そのお坊さんが「地獄に行くため」と答えます。自分が地獄に行かなくては地獄の人は救われない、と言った言葉は宗教を越えて尊敬する言葉です。
さて、この手紙の書き手は「人間イエス」に注目をしています。そしてその生き様、考え方を旧約聖書に登場するモーセと比較しています。
モーセはルールが不徹底だったり、エジプト流のルールだったり、その後流浪の間に出来上がったりしたルールだったりした仲間たちの間に「神さまからのルール」をもらいました。十戒です。モーセは「神の家」すなわち選民思想のイスラエルの民の間においては忠実だった。神のルールをイスラエルのルールにしたと、今日の聖書には書かれています。
一方イエスはどうだったか?イエスは神に忠実であった、と書かれています。
僕の好きな聖書の箇所でよく書いていることに、このイエスの神理解、僕らの歩む道を「神を愛せ、隣人を自分のように愛せ」というのがあります。
相手が愛してくれるかは考えない、とにかく「愛せ」です。
そして同時にイエスは神からのメッセージで「そのままのあなたを神は無条件で愛している」と伝えています。
イエスの生き方は、周辺の社会とか他人との比較はありません。
よく「神さまはこんなにいい人の命を事件で奪ってしまうなんて不公平だね」とか「こんなに幼い命が病気で奪われるなんて神様は何をしているの?」とか言います。
でも、こうした多くの不平等は神が作ったのではなく、人間が作り出したものなのです。
国家によるアンフェアーなトレード、そして搾取された土地で飢餓に苦しむ子どもたち。
日本国内でも「僻地離島病院」は、自宅から総合病院までは遠く離れています。同じ国民でも不平等な扱われ方をしています。
幼い命もカンパが集まれば外国での手術が出来ても、それすら集まらないで死を見つめなければならない家族もあります。
こうしたことは社会の中で十分解決をしようとすればできることでしょう。社会がアンフェアーである中、同じように1度の死を体験させ、その後に天国と言う安住の地を与えてくれる神のほうが公平だと思います
「隣の芝は青く美しい」そうした隣人との競争社会、少しでも自分が不利になりたくないと言う考え方、神以外に心を奪われることなく、そんなことで一喜一憂して他人をを羨んだり妬んだり嘲ったり「隣人を愛せなく」ならないように今週も生きたいです。
2007/11/09のBlog
[ 21:16 ]
[ |- ●平和・国際問題 ]
標記の講演会が開催されます。ご案内申し上げます。(画像をクリックすると大きくなります)
記
日時:11月10日(土) 14:00-
場所:日本キリスト教団 小田原教会
講演:上原公子 元国立市長
参加費:300円
以上
主催は PeaceZone★Odawara http://peacezoneodawara.web.fc2.com/
記
日時:11月10日(土) 14:00-
場所:日本キリスト教団 小田原教会
講演:上原公子 元国立市長
参加費:300円
以上
主催は PeaceZone★Odawara http://peacezoneodawara.web.fc2.com/
2007/11/08のBlog
[ 18:07 ]
[ ◆健康・ガン友 ]
RFL芦屋で一緒に歩いたソウルメイトのまい(^^)さんが千葉大にSecondOpinionを聞きに来られるということで、急遽オフ会を開催することにしました。
場所は、つくばからご一緒に歩いているkatuyoさんが提供してくれました。
いつものようにフットワークの良いスミさんが車を提供してくれるということで、お言葉に甘えて送迎をお願いしちゃいました。これで心置きなく飲めると思うと頬が緩みますねぇ。
17:45 甘栗さんと一緒に門前まで来ていただいた車に乗り込み、一路katuyoさん宅へ。西湘バイパスを快調に走ります。
お宅に着けば、ヒデさんが既に到着。今日は、小田原で取材があると早めに会社を出てきたとか(笑)
というわけで、メンバーはkatuyoさんご夫妻、まい(^^)さん、スミさん、甘栗さん、えっちゃさんと僕の7名。
テーブルの上には、美味しそうなおでん、そしてうってつけのぬる燗用の「出羽錦」。クゥ~いやいや早速始めましょうよ。
千葉大で聞いてきた話やRFLの今後のあり方、そして次年度の北海道や静岡での取り組みなど大いに盛り上がってきましたが、話のヴォルテージとお酒の量も比例して、とにかく楽しいのですが、内容に関してはどんどん自信がなくなります(爆)
あっという間に22時。ヒデさんはこのまま川崎まで帰るのでそろそろお開きにしないと。
場所は、つくばからご一緒に歩いているkatuyoさんが提供してくれました。
いつものようにフットワークの良いスミさんが車を提供してくれるということで、お言葉に甘えて送迎をお願いしちゃいました。これで心置きなく飲めると思うと頬が緩みますねぇ。
17:45 甘栗さんと一緒に門前まで来ていただいた車に乗り込み、一路katuyoさん宅へ。西湘バイパスを快調に走ります。
お宅に着けば、ヒデさんが既に到着。今日は、小田原で取材があると早めに会社を出てきたとか(笑)
というわけで、メンバーはkatuyoさんご夫妻、まい(^^)さん、スミさん、甘栗さん、えっちゃさんと僕の7名。
テーブルの上には、美味しそうなおでん、そしてうってつけのぬる燗用の「出羽錦」。クゥ~いやいや早速始めましょうよ。
千葉大で聞いてきた話やRFLの今後のあり方、そして次年度の北海道や静岡での取り組みなど大いに盛り上がってきましたが、話のヴォルテージとお酒の量も比例して、とにかく楽しいのですが、内容に関してはどんどん自信がなくなります(爆)
あっという間に22時。ヒデさんはこのまま川崎まで帰るのでそろそろお開きにしないと。
2007/11/06のBlog
[ 21:04 ]
[ |- ■モーターモーム ]
充分温まり、隣接のドリンクバーで8年連続賞を取った地ビールのYONAYONAビールを購入し、4-5℃しかない軽井沢の夜を長袖のTシャツ一枚で帰ります。
また駐車場に移動し、今度はのんびりビアタイム♪ YONAYONAとラガーの飲み比べをしますが、喉越しのいい苦いラガーに比べてYONAYONAは芳醇なフルーティーなビールです。ウィスキーとブランディーのような差でしょうか。おいしく頂きこの日も就寝。
また駐車場に移動し、今度はのんびりビアタイム♪ YONAYONAとラガーの飲み比べをしますが、喉越しのいい苦いラガーに比べてYONAYONAは芳醇なフルーティーなビールです。ウィスキーとブランディーのような差でしょうか。おいしく頂きこの日も就寝。
翌朝は6:30に目覚ましをかけ、早朝の雲場池の写真を狙いますが、布団から出られず断念。7時過ぎにようやく起きて、完全防備(防寒)で出向きます。すでに数十人がカメラを片手に撮影中。
太陽の位置が昨日とは逆さまで、お目当ての紅葉の木々がきれいです。
太陽の位置が昨日とは逆さまで、お目当ての紅葉の木々がきれいです。
池周囲を散策し始めると、ガサガサという音とともに枝が大きく揺れています。見ればサルが花芽(?)を食べています。まだ小猿なのか、はたまたはぐれ猿なのか、1匹だけ枝から枝に移ったり時折すぐ横を通る人間に威嚇をしますが、とりあえず危害はくわさなさそうです。
そんな動物にも出会えてスリリングな(?)探索を終え、朝食を食べ、次の行程へと移ります。
そんな動物にも出会えてスリリングな(?)探索を終え、朝食を食べ、次の行程へと移ります。
最後の観光スポットは、帰路の途中の「御射鹿池」。そう、夏に行ったあの美しい用水です。
軽井沢を後にして佐久を通過し、八千穂からメルヘン街道こと国道299号線をあえぎながら登ります。唐松の黄葉が美しい。白駒池を過ぎ一気に駆け下れば蓼科の別荘地。
御射鹿池に到着するのを待っていたかのように太陽が顔を覗かせ、きれいな櫨染色の樹木が鏡面の池に写りこんできれいです。
赤が多いかと思っていましたが、御射鹿池の周辺は赤系の樹木はなく、くすんだ黄色の樹木林と真っ青な高い空のコントラストに酔いしれました。
軽井沢を後にして佐久を通過し、八千穂からメルヘン街道こと国道299号線をあえぎながら登ります。唐松の黄葉が美しい。白駒池を過ぎ一気に駆け下れば蓼科の別荘地。
御射鹿池に到着するのを待っていたかのように太陽が顔を覗かせ、きれいな櫨染色の樹木が鏡面の池に写りこんできれいです。
赤が多いかと思っていましたが、御射鹿池の周辺は赤系の樹木はなく、くすんだ黄色の樹木林と真っ青な高い空のコントラストに酔いしれました。
実は11月4日の夜は、属している「『地域のごみ』市民会議」の打ち合わせがあるので19時には到着したいところです。14時に高速に乗り帰宅を目指しますが、中央高速も笹子トンネル以降は渋滞ですし、太平洋側に延びる道も御坂トンネルを前に大渋滞。結局は、このトンネルから山北まで渋滞の中をトロトロと進まざるを得ませんでした。紅葉と富士スピードウェイのGT決勝戦の影響だとか・・・・。
いい加減渋滞のノロノロ運転に飽きた静岡-神奈川の県境辺り、突然大きなクラクションの音。横を見ると僕と同じキャンピングカーKINGの姿。『エッ?』見ればトーチン!! ガルヴィのキャン会いに参加した帰りとのこと。久々にお会いできました。後ろから僕の車を見つけて一生懸命追いかけてくれたそうです。
そういう気持ち・・・・いやぁ嬉しいなぁ。今回はキャンピングカーはあまり見かけない旅でしたが、最後に友の姿を見れて大満足です。
結局自宅着22時。でも色々な色を見れて大満足の旅でした。
Goo_Blogに大きく引き伸ばした写真をUPしました。よかったら覗いてください。
軽井沢を愛してこよない「落葉松林のデッキの上で」さまの関連BlogにTBさせてもらいました。
同じように軽井沢別荘生活を楽しまれている「太一とMOANA」さまの関連BlogにTBさせてもらいました。
同頃八ヶ岳・蓼科ヴィーナスラインに遊びに行かれたさ~ちゃんの関連BlogにTBさせてもらいました。
同県人で同じ頃に雲場池に行かれた ぶどうの木 さまの関連Siteにリンクさせてもらいました。
いい加減渋滞のノロノロ運転に飽きた静岡-神奈川の県境辺り、突然大きなクラクションの音。横を見ると僕と同じキャンピングカーKINGの姿。『エッ?』見ればトーチン!! ガルヴィのキャン会いに参加した帰りとのこと。久々にお会いできました。後ろから僕の車を見つけて一生懸命追いかけてくれたそうです。
そういう気持ち・・・・いやぁ嬉しいなぁ。今回はキャンピングカーはあまり見かけない旅でしたが、最後に友の姿を見れて大満足です。
結局自宅着22時。でも色々な色を見れて大満足の旅でした。
Goo_Blogに大きく引き伸ばした写真をUPしました。よかったら覗いてください。
軽井沢を愛してこよない「落葉松林のデッキの上で」さまの関連BlogにTBさせてもらいました。
同じように軽井沢別荘生活を楽しまれている「太一とMOANA」さまの関連BlogにTBさせてもらいました。
同頃八ヶ岳・蓼科ヴィーナスラインに遊びに行かれたさ~ちゃんの関連BlogにTBさせてもらいました。
同県人で同じ頃に雲場池に行かれた ぶどうの木 さまの関連Siteにリンクさせてもらいました。
[ 20:41 ]
[ |- ■モーターモーム ]
この秋の週末もいつもの連れ合い&F母娘と一緒に紅葉狩りを楽しんでまいりました。
2日(金)残業のF娘を迎えに行きながら、そのまま大井松田ICより高速へ。混雑の首高を避けて環八に下り、谷原の練馬ICより関越自動車道へ。快調にドライブを続けて藤岡を過ぎれば、カーナビは上越道を示します。渋川・伊香保ICを使うよりは、碓井・軽井沢ICのほうが本当に近いのか?と疑問心がムクムクとわき上がりましたが、まぁ無難に行きましょ(笑)
ICを下り、峠道を通り軽井沢、中軽井沢、ロマンチック街道(夜間は無料だった)を通り、吾妻線に沿って走ればまもなく草津。最寄のコンビニで寝酒とつまみを購入し、道の駅・草津運動茶屋公園に。時0時。
ほぼ満車なのは紅葉目当ての観光客が多いせい??
目が覚めれば、近隣車は出発した後だったり、新たな車がINNしてきたりと騒がしいです。草津では、湯畑の周辺をチョコチョコと観光して西の河原温泉でゆったりお風呂に入って、昼には出発したいところです。
車を天狗山スキー場の駐車場に移動してまずは観光。カメラをぶら下げて湯畑方面に。ところが西の河原公園を下って片岡鶴太郎美術館を過ぎたところから始まるお土産物屋さんに目が奪われて気もそぞろ。和小物店に入り、ガラス細工店に入り、ネコのグッズのお店に入りと、あっという間に11時過ぎ。あの気持ちいい広大な露天風呂は次回に持ち越しで、慌てて駐車場に戻ります。
と、隣には軽のキャンピングカーでおっとりとしたラブラドールと小さく陽気なスパニエルと一緒に北海道を廻ったという伊豆のオバちゃんが、僕らの車の横に車をつけて日向ぼっこをしながらワンコの体を拭いてあげています。しばらくキャンピングカー談義をしてお別れをして、軽井沢に向かいました。
思いがけない(少ない)程度の車の量で、ドライブは快適です。浅間園にお昼に到着。原則車内で調理して節約食事を心がけますが、せっかくのお日様、時間を短縮するために同園内の石楠花と言うレストランに入ります。
が、バイクの30人ほどの団体さんとかち合って、結構時間がかかってしまいました。食後ゆっくりと溶岩が流れ出たままの園内を散策。眼下には紅葉した軽井沢の森が広がりますが、軽井沢おもちゃ博物館の大きな観覧車が景観を壊していて興ざめ。ヴ~ン西武さん・・・・。
2日(金)残業のF娘を迎えに行きながら、そのまま大井松田ICより高速へ。混雑の首高を避けて環八に下り、谷原の練馬ICより関越自動車道へ。快調にドライブを続けて藤岡を過ぎれば、カーナビは上越道を示します。渋川・伊香保ICを使うよりは、碓井・軽井沢ICのほうが本当に近いのか?と疑問心がムクムクとわき上がりましたが、まぁ無難に行きましょ(笑)
ICを下り、峠道を通り軽井沢、中軽井沢、ロマンチック街道(夜間は無料だった)を通り、吾妻線に沿って走ればまもなく草津。最寄のコンビニで寝酒とつまみを購入し、道の駅・草津運動茶屋公園に。時0時。
ほぼ満車なのは紅葉目当ての観光客が多いせい??
目が覚めれば、近隣車は出発した後だったり、新たな車がINNしてきたりと騒がしいです。草津では、湯畑の周辺をチョコチョコと観光して西の河原温泉でゆったりお風呂に入って、昼には出発したいところです。
車を天狗山スキー場の駐車場に移動してまずは観光。カメラをぶら下げて湯畑方面に。ところが西の河原公園を下って片岡鶴太郎美術館を過ぎたところから始まるお土産物屋さんに目が奪われて気もそぞろ。和小物店に入り、ガラス細工店に入り、ネコのグッズのお店に入りと、あっという間に11時過ぎ。あの気持ちいい広大な露天風呂は次回に持ち越しで、慌てて駐車場に戻ります。
と、隣には軽のキャンピングカーでおっとりとしたラブラドールと小さく陽気なスパニエルと一緒に北海道を廻ったという伊豆のオバちゃんが、僕らの車の横に車をつけて日向ぼっこをしながらワンコの体を拭いてあげています。しばらくキャンピングカー談義をしてお別れをして、軽井沢に向かいました。
思いがけない(少ない)程度の車の量で、ドライブは快適です。浅間園にお昼に到着。原則車内で調理して節約食事を心がけますが、せっかくのお日様、時間を短縮するために同園内の石楠花と言うレストランに入ります。
が、バイクの30人ほどの団体さんとかち合って、結構時間がかかってしまいました。食後ゆっくりと溶岩が流れ出たままの園内を散策。眼下には紅葉した軽井沢の森が広がりますが、軽井沢おもちゃ博物館の大きな観覧車が景観を壊していて興ざめ。ヴ~ン西武さん・・・・。
それでも紅葉・黄葉した木々を見ながら、ヒカリゴケを探しながら、松ぼっくりを見ながら、展望台から石楠花コース、ヒカリゴケコースを経由して溶岩コースまで周遊しました。
腹ごなし兼運動不足解消の1時間ほどのアップダウンのあるコースの周遊をした後は、続いても軽井沢の観光地の老舗「白糸の滝」に向かいます。ナビを「一般道・時間優先」で同地に合わせます。
指示通りに走ると鎌原王領地内の別荘地内の細い道を延々と走らせまして・・・・国道146号線に、まさに出ようとした時に車止めの鉄柱が・・・・。
えっ!!!
別荘の皆様には恐縮ですが、開閉が出来るタイプだったので失礼をして外させて頂き146号線に出させていただきました。
腹ごなし兼運動不足解消の1時間ほどのアップダウンのあるコースの周遊をした後は、続いても軽井沢の観光地の老舗「白糸の滝」に向かいます。ナビを「一般道・時間優先」で同地に合わせます。
指示通りに走ると鎌原王領地内の別荘地内の細い道を延々と走らせまして・・・・国道146号線に、まさに出ようとした時に車止めの鉄柱が・・・・。
えっ!!!
別荘の皆様には恐縮ですが、開閉が出来るタイプだったので失礼をして外させて頂き146号線に出させていただきました。
今度は白糸ハイランドウェイと言う有料道路を通って同観光地へ。軽井沢と言う地は、一つ一つの観光地は無料なんですが、行くまでがみんな有料道路なんですね。
日陰で少し肌寒い道路を歩いていけば小柄ですが見事な糸状の細い滝が幾重にも流れ落ちています。富士の白糸の滝が壮大なのに対して、ここ軽井沢の白糸の滝は優美な姿です。
日陰で少し肌寒い道路を歩いていけば小柄ですが見事な糸状の細い滝が幾重にも流れ落ちています。富士の白糸の滝が壮大なのに対して、ここ軽井沢の白糸の滝は優美な姿です。
小路から戻れば、茶店からいい香り(笑) でも、このあとメインの雲場池が待っていますので、ここは我慢して先を急ぎましょう。
軽井沢の駅前は15時を廻ったのに雑多の人ごみ。ウォーク、自転車。お店を覗く人、歩く人、食べている人・・・・。その隙間を縫って大きな車を走らせます。
駅からわずか、少し雑踏静けさに変わったところに、雲場池の看板が出始め、僕らはその駐車場のひとつに車を止めました。1回1000円、16時を廻った時間帯なので・・・・高い・・・・イヤ観光地だから・・・・。心の中で葛藤を繰り広げながらのことです。
徒歩数分、その池は多くのカメラを手にした観光客で賑わっていました。深緋(こきひ)、紅赤(べにあか)、濃紅(こいくれない)。仙歳茶色の池のほとりには、夕日に照らされた紅葉やドウダンが赤さを競っています。この色の表現だけは、日本人ならではの微妙さの妙を喩える表現があることを誇らしく思います。
然程大きくない池の周囲を一周し、僕らは車に戻りました。
軽井沢の駅前は15時を廻ったのに雑多の人ごみ。ウォーク、自転車。お店を覗く人、歩く人、食べている人・・・・。その隙間を縫って大きな車を走らせます。
駅からわずか、少し雑踏静けさに変わったところに、雲場池の看板が出始め、僕らはその駐車場のひとつに車を止めました。1回1000円、16時を廻った時間帯なので・・・・高い・・・・イヤ観光地だから・・・・。心の中で葛藤を繰り広げながらのことです。
徒歩数分、その池は多くのカメラを手にした観光客で賑わっていました。深緋(こきひ)、紅赤(べにあか)、濃紅(こいくれない)。仙歳茶色の池のほとりには、夕日に照らされた紅葉やドウダンが赤さを競っています。この色の表現だけは、日本人ならではの微妙さの妙を喩える表現があることを誇らしく思います。
然程大きくない池の周囲を一周し、僕らは車に戻りました。
連れ合いらが夕食の準備をしている間に、駐車場の管理人さんと交渉。今晩一度外出した後3日中に戻ってここでP泊、4日の10時頃までもう1回分の料金でOKか?と問えばよいとのこと。
今日はここで泊まることにします。
ボンゴレのスパゲティ・・・・でも、この後車の運転があるのでノンアルコール。
一息ついてから、このエリアでは有名な星野温泉「トンボの湯」を目指します。約5kmで到着するも、入口の駐車場整理のお兄ちゃんに満車なので第2駐車場に行くようにいわれます。これは温泉内も「芋のこ」を洗うが如くの混雑振りかなと戦々恐々としながら、トンボの湯に向かいます。
大正年間から多くの文豪などに愛された軽井沢の避暑地の中心的なホテルの一つ。しかし、昭和半ばからの大型化、レジャーの多様化ゴージャス化で、軽井沢のような本来の避暑地が寂れた時に、星野佳路氏が立ちなおした星野地区の中の施設の一つです。
入浴料1200円。内風呂1、露天風呂1、十五人も入れば一杯になってしまうサウナ風呂1。この数字だけ見れば決してやすい風呂ではありませんが、行って見れば数字に表れないプラスアルファの素敵な空間、素敵な時間をもたらせます。
1200円を払えば、下足のコインロッカーもなければ、衣服のロッカーも無料とあとは費用が掛かりません。脱衣所には余計なものは置いていないのも、スーパー銭湯慣れしている僕にとっては新鮮で爽快感があります。
風呂場は広く、高く、開放的です。石造りで、屋根は丸木を使用しています。洗い場が30以上あって、風呂の面積より広いスペースを歩いて風呂に入ります。風呂は深く70cmほどはあるでしょうか、ちょうど大人の腰の高さです。そして浴槽の周囲に腰掛けられる高さの階段があり、そこに座るとちょうど肩まで入れます。
41~2℃という高い温度ですが、その熱さを感じさせないのは、広さ、高さが充分以上あるからでしょう。露天は目先にいい枝ぶり、いい色合いの紅葉が植わっていて目を楽しませてくれますが、内風呂の質感の高さを先に感激したので驚くほどではありません。サウナも狭いながらリラックスできるものでした。何が違うんだろう? 燃料源?空気? 10分がとても短く感じられました。時間が許されるなら20分は入れそうな感じです。また、ここでは尻の下に敷く小さなマットを入口で持って入ります。そして出る時に誰もが次の人のために、据わった跡と足を置いたあたり(汗がポタポタ落ちたところ)をそのマットでさっと拭いて出るところに、大人のリゾート地らしさの気品のよさを垣間見れて気分が高揚します。
今日はここで泊まることにします。
ボンゴレのスパゲティ・・・・でも、この後車の運転があるのでノンアルコール。
一息ついてから、このエリアでは有名な星野温泉「トンボの湯」を目指します。約5kmで到着するも、入口の駐車場整理のお兄ちゃんに満車なので第2駐車場に行くようにいわれます。これは温泉内も「芋のこ」を洗うが如くの混雑振りかなと戦々恐々としながら、トンボの湯に向かいます。
大正年間から多くの文豪などに愛された軽井沢の避暑地の中心的なホテルの一つ。しかし、昭和半ばからの大型化、レジャーの多様化ゴージャス化で、軽井沢のような本来の避暑地が寂れた時に、星野佳路氏が立ちなおした星野地区の中の施設の一つです。
入浴料1200円。内風呂1、露天風呂1、十五人も入れば一杯になってしまうサウナ風呂1。この数字だけ見れば決してやすい風呂ではありませんが、行って見れば数字に表れないプラスアルファの素敵な空間、素敵な時間をもたらせます。
1200円を払えば、下足のコインロッカーもなければ、衣服のロッカーも無料とあとは費用が掛かりません。脱衣所には余計なものは置いていないのも、スーパー銭湯慣れしている僕にとっては新鮮で爽快感があります。
風呂場は広く、高く、開放的です。石造りで、屋根は丸木を使用しています。洗い場が30以上あって、風呂の面積より広いスペースを歩いて風呂に入ります。風呂は深く70cmほどはあるでしょうか、ちょうど大人の腰の高さです。そして浴槽の周囲に腰掛けられる高さの階段があり、そこに座るとちょうど肩まで入れます。
41~2℃という高い温度ですが、その熱さを感じさせないのは、広さ、高さが充分以上あるからでしょう。露天は目先にいい枝ぶり、いい色合いの紅葉が植わっていて目を楽しませてくれますが、内風呂の質感の高さを先に感激したので驚くほどではありません。サウナも狭いながらリラックスできるものでした。何が違うんだろう? 燃料源?空気? 10分がとても短く感じられました。時間が許されるなら20分は入れそうな感じです。また、ここでは尻の下に敷く小さなマットを入口で持って入ります。そして出る時に誰もが次の人のために、据わった跡と足を置いたあたり(汗がポタポタ落ちたところ)をそのマットでさっと拭いて出るところに、大人のリゾート地らしさの気品のよさを垣間見れて気分が高揚します。
2007/11/02のBlog
[ 13:52 ]
[ ●社会問題 ]
10月31日16時28分配信のオーマイニュースに『東京に「搾取される」地方』と題された記事が載っていました。
2.29倍。これは、2004年度の県民経済計算、つまり一人当たり県民所得の最大格差である。容易に想像がつくかもしれないが、1位は東京都で約456万円。最下位は沖縄県で約199万円だ。
1996年度、この格差は2.09倍だった。格差は確実に広がっている。東京経済が伸びたせいもあるが、沖縄経済の落ち込みもある。2004年沖縄県の県民所得の成長率は、およそマイナス0.9%。同年、同じように「マイナス成長」した道府県は28に及ぶ。
特に地域別にみると、四国や九州の落ち込みが目立つ。高知県の2004年県民所得成長率は、なんとマイナス3.1%であり、四国全体もマイナス1.0%の成長となっている。九州は政令指定都市である福岡市、北九州市がともにマイナス成長であり、九州全体の成長率はマイナス0.7%となっている。
一方、関東の2004年経済成長率は、プラス0.6%であり、大企業が集中する東京の成長率はプラス1.2%となっている。ここまでの数字は内閣府が発表した「平成16年度県民経済計算について」をもとにしたもので、最新の数値では、これ以上に「県民所得格差」が広がっている可能性がある。
プレビッシュやフランクといった「ネオ・マルキシズム」の論者たちは、1960年代から国際経済で問題となった南北問題、途上国と先進国の格差を「中心─周辺」理論を中心とした「従属論」で説明しようとした。
つまり周辺である途上国は、中心である先進国によって、不利な状況におかれている。フランクは、先進国が途上国を搾取していると言い切った。このような状況では、いくら先進国が金銭的援助だけをしても、格差は解消しない、というのが従属論の考え方だった。
今の日本はどうだろうか。
現在、地方にコールセンターを設けるのが一種のブームになっている。電話で、通信販売などでの顧客からの注文を処理し、あるときには、クレーム処理などを担当するのがコールセンターである。これが、地方に設けられている。東京からサポートセンターに電話したら、田舎の田んぼの真ん中にあるコールセンターにつながり、そこで処理されるようになってきている。
つまり、通信費と、なにより人件費を考えると、地方に作った方が安いというわけだ。地方も、雇用創出のためにコールセンターを競って誘致している。どこかで聞いた話である。
つまり、かつての中国、現在であれば、東南アジアなどに大企業が下請けを発注する。運送費を考えても、人件費が安いからだ。同じようなことではないか。……そして、コールセンターを地方に置くことによって得た利益の多くは、東京の大企業にもたらされる。県民所得は、先にも書いたようによくはなっていない。
まさに、「中心・メトロポリス」である東京に、「周辺・サテライト」である地方が従属している。搾取されているだけでなく、メトロポリスの引力に依存して、サテライトの経済はようやく回っている。
そういう意味で、やはり2007年の参院選は「地方の反乱」だったのかもしれない。保守王国といわれた四国の選挙区で自民党は全敗した。このまま、この「従属関係」をたださない限り、更なる反乱が起きるかもしれない。
そして「三位一体改革」の名の下で、地方交付税が削減されている。地方交付税は「財政格差の解消」が目的のはずだが、それがおよそ5兆円カットされている。補助金の廃止も含めると、国から地方に配分されていた公費の10兆円弱がカットされている。
私は三位一体改革そのものには賛成の立場だ。国税から地方税への税源移譲を進め、地方の自立を促すことはとても重要だからだ。しかし、肝心の税源移譲は3兆円しか進んでいない。地方の負担だけが増している。
この国の地方間格差は、放っておくと、そのうち大きなつけを、日本という国家にもたらすだろう。「中心」である東京も、いつまでも地方から「搾取」し続けることができるわけではない。
1929年に発生した世界恐慌の前夜、富は極端なほど不公平に配分され、農村は荒廃し、ホームレスがあふれ、それでもウォール街は「永遠の好況」に酔いしれていた。2007年の日本はどうだろう。
(記者:辻 雅之)
格差問題では、国会議員選出の『1票の格差』がやはり問題にされることがあります。ウィキペディアによると、
2006年3月31日現在の住民基本台帳人口を基にした最大の一票の格差は衆議院は、人口最少の高知3区(26万4014人)と最多の兵庫6区(57万4811人)で2.177倍、参議院は議員1人当たりの人口が最少の鳥取県(30万5217人)と最多の神奈川県(144万8896人)で4.747倍である。(※参議院については2006年実施の定数是正後の試算。)
となっています。
自分たちの代表の数は、多数決で決定する議会においては重要な尾ことですが、逆に人数が多いところの意見ばかりが重視されて、過疎の地域が蔑ろにされることも多いな問題だと思います。
資本主義の社会において、「平等」であるためには、やはり資本主義のベースである所得の平等も大切なことでしょう。
経済的な弱者に目を向ける、多くの平等性を考えるなら、つまりは1票の格差だけでなく、財力のなさゆえの公共施設の不備や弱体化も考えて欲しいことです。
2.29倍。これは、2004年度の県民経済計算、つまり一人当たり県民所得の最大格差である。容易に想像がつくかもしれないが、1位は東京都で約456万円。最下位は沖縄県で約199万円だ。
1996年度、この格差は2.09倍だった。格差は確実に広がっている。東京経済が伸びたせいもあるが、沖縄経済の落ち込みもある。2004年沖縄県の県民所得の成長率は、およそマイナス0.9%。同年、同じように「マイナス成長」した道府県は28に及ぶ。
特に地域別にみると、四国や九州の落ち込みが目立つ。高知県の2004年県民所得成長率は、なんとマイナス3.1%であり、四国全体もマイナス1.0%の成長となっている。九州は政令指定都市である福岡市、北九州市がともにマイナス成長であり、九州全体の成長率はマイナス0.7%となっている。
一方、関東の2004年経済成長率は、プラス0.6%であり、大企業が集中する東京の成長率はプラス1.2%となっている。ここまでの数字は内閣府が発表した「平成16年度県民経済計算について」をもとにしたもので、最新の数値では、これ以上に「県民所得格差」が広がっている可能性がある。
プレビッシュやフランクといった「ネオ・マルキシズム」の論者たちは、1960年代から国際経済で問題となった南北問題、途上国と先進国の格差を「中心─周辺」理論を中心とした「従属論」で説明しようとした。
つまり周辺である途上国は、中心である先進国によって、不利な状況におかれている。フランクは、先進国が途上国を搾取していると言い切った。このような状況では、いくら先進国が金銭的援助だけをしても、格差は解消しない、というのが従属論の考え方だった。
今の日本はどうだろうか。
現在、地方にコールセンターを設けるのが一種のブームになっている。電話で、通信販売などでの顧客からの注文を処理し、あるときには、クレーム処理などを担当するのがコールセンターである。これが、地方に設けられている。東京からサポートセンターに電話したら、田舎の田んぼの真ん中にあるコールセンターにつながり、そこで処理されるようになってきている。
つまり、通信費と、なにより人件費を考えると、地方に作った方が安いというわけだ。地方も、雇用創出のためにコールセンターを競って誘致している。どこかで聞いた話である。
つまり、かつての中国、現在であれば、東南アジアなどに大企業が下請けを発注する。運送費を考えても、人件費が安いからだ。同じようなことではないか。……そして、コールセンターを地方に置くことによって得た利益の多くは、東京の大企業にもたらされる。県民所得は、先にも書いたようによくはなっていない。
まさに、「中心・メトロポリス」である東京に、「周辺・サテライト」である地方が従属している。搾取されているだけでなく、メトロポリスの引力に依存して、サテライトの経済はようやく回っている。
そういう意味で、やはり2007年の参院選は「地方の反乱」だったのかもしれない。保守王国といわれた四国の選挙区で自民党は全敗した。このまま、この「従属関係」をたださない限り、更なる反乱が起きるかもしれない。
そして「三位一体改革」の名の下で、地方交付税が削減されている。地方交付税は「財政格差の解消」が目的のはずだが、それがおよそ5兆円カットされている。補助金の廃止も含めると、国から地方に配分されていた公費の10兆円弱がカットされている。
私は三位一体改革そのものには賛成の立場だ。国税から地方税への税源移譲を進め、地方の自立を促すことはとても重要だからだ。しかし、肝心の税源移譲は3兆円しか進んでいない。地方の負担だけが増している。
この国の地方間格差は、放っておくと、そのうち大きなつけを、日本という国家にもたらすだろう。「中心」である東京も、いつまでも地方から「搾取」し続けることができるわけではない。
1929年に発生した世界恐慌の前夜、富は極端なほど不公平に配分され、農村は荒廃し、ホームレスがあふれ、それでもウォール街は「永遠の好況」に酔いしれていた。2007年の日本はどうだろう。
(記者:辻 雅之)
格差問題では、国会議員選出の『1票の格差』がやはり問題にされることがあります。ウィキペディアによると、
2006年3月31日現在の住民基本台帳人口を基にした最大の一票の格差は衆議院は、人口最少の高知3区(26万4014人)と最多の兵庫6区(57万4811人)で2.177倍、参議院は議員1人当たりの人口が最少の鳥取県(30万5217人)と最多の神奈川県(144万8896人)で4.747倍である。(※参議院については2006年実施の定数是正後の試算。)
となっています。
自分たちの代表の数は、多数決で決定する議会においては重要な尾ことですが、逆に人数が多いところの意見ばかりが重視されて、過疎の地域が蔑ろにされることも多いな問題だと思います。
資本主義の社会において、「平等」であるためには、やはり資本主義のベースである所得の平等も大切なことでしょう。
経済的な弱者に目を向ける、多くの平等性を考えるなら、つまりは1票の格差だけでなく、財力のなさゆえの公共施設の不備や弱体化も考えて欲しいことです。
2007/10/31のBlog
[ 13:12 ]
[ ●社会問題 ]
「そんなに気に入らなきゃあ出て行けばいいじゃないか。」
この手の言葉が安易に使われています。知らず知らずの間に「受け入れる」余裕をなくし、自分の考えと同じ仲間」の集いを求めている保守的な人が増えたからでしょう。
9条の問題や無防備地域の問題にアンチターゼをする人は、よく活動をしている人を『さっさと日本からでていってくれ。』といいます。
過日書いた日本キリスト教団の総会議長の山北牧師も公文書で『教師退任勧告』・・・・つまりは教団の牧師をやめろ!=教団から出て行け、と言うわけです。
子ども讃美歌に「イサクのおじさん井戸をほる。ようやく水がでてくると、ゆずってにこにこよそへいく」とあります。
豊かな地に寄留していたイサクとその一族は、神様から祝福されたのでやることなすことが大当たり。豊かになった故に前々からその地に住んでいた部族の王から「あなたは我々と比べてあまりに強くなった」、だから出て行って砂漠に住んでくれ、といわれます。
理不尽な要求、しかも弱者が強者に要求するのですから、一笑に付すことは簡単です。しかし、イサクはそれをしなかった。
家族・家畜・召使・・・・多くの生きているものを連れて砂漠の谷に移動します。そしてまず命をつなぐために「井戸」を掘ります。井戸は湧き出ますが、それを見たゲラルの羊飼いたちは、この地で湧いたので自分たちのものだ、と主張するのです。またまた理不尽な要求です。しかし、イサクは彼らに受け渡して別の井戸を掘るのです。
次も困窮しながらも井戸を掘り当てました。しかしペリシテ人たちが井戸を要求しました。
困惑のイサク。でも、イサクは争うことを拒否し、その井戸も渡したのです。
戦わないことは敗北か、といえばこの後、敵は「主があなたと共におられることがよく分かったからです」。といって戦いをすることをしませんでした。
弱さを隠すことなく、弱いのに生き延びれることに、神の加護を感じ取ったのでしょう。
司馬遼太郎氏の著書「竜馬がゆく」の中で、氏は京都の町を歩いていた時、佐幕派の武士(浪人?)が向こうから来るのが見えた時、連れ合いに「こうした時の対処を見せちゃる」旨の発言をしたときしています。北辰一刀流の免許皆伝の竜馬の腕が見れるとワクワクしていたところ、まさに一触即発、どちらが刀に手をかけるのが早いかと言う時に、フッとわらじのヒモを結び直そうとしゃがみ込み、相手の気を抜いたとの記載があります。
ここで思ったことがあります。
改憲を目指したり、軍事強化を希望する人の語る『さっさと日本からでていってくれ。』とか、山北牧師らの『教師退任勧告』は、自分は出て行かない、お前が出て行け、と言う姿勢なのでしょう。
それに対してイサクや竜馬は、自分から回避する方法、自分が動くことを選び取ったわけです。
もちろんケースバイケースだと思います。イサクは自らを退かせることで、他の人たちに《水》と言う恵を与えることが出来ました。竜馬は、気をそむけることで無駄な殺人をしないで済みました。
では、改憲の問題で護憲の人間が出て行くとしたら何が残るのでしょうか?平和が訪れるかといえばそれはNo!だと思います。聖餐式に対して聖餐について意見が違う人が出たところで、教団の中に福音が満ち溢れるかといえばNo!でしょう。
国家間の争いも『争わない』極意を強者がすることで回避できるし、それが強いものの強いたる所以のような気がします。実は日本人は昔からこの極意を身に着けていました『負けるが勝ち』と。ただ、そこには目の前に敗北に《見える》現実があります。それを受け入れられるかが大切なんでしょうね。
この手の言葉が安易に使われています。知らず知らずの間に「受け入れる」余裕をなくし、自分の考えと同じ仲間」の集いを求めている保守的な人が増えたからでしょう。
9条の問題や無防備地域の問題にアンチターゼをする人は、よく活動をしている人を『さっさと日本からでていってくれ。』といいます。
過日書いた日本キリスト教団の総会議長の山北牧師も公文書で『教師退任勧告』・・・・つまりは教団の牧師をやめろ!=教団から出て行け、と言うわけです。
子ども讃美歌に「イサクのおじさん井戸をほる。ようやく水がでてくると、ゆずってにこにこよそへいく」とあります。
豊かな地に寄留していたイサクとその一族は、神様から祝福されたのでやることなすことが大当たり。豊かになった故に前々からその地に住んでいた部族の王から「あなたは我々と比べてあまりに強くなった」、だから出て行って砂漠に住んでくれ、といわれます。
理不尽な要求、しかも弱者が強者に要求するのですから、一笑に付すことは簡単です。しかし、イサクはそれをしなかった。
家族・家畜・召使・・・・多くの生きているものを連れて砂漠の谷に移動します。そしてまず命をつなぐために「井戸」を掘ります。井戸は湧き出ますが、それを見たゲラルの羊飼いたちは、この地で湧いたので自分たちのものだ、と主張するのです。またまた理不尽な要求です。しかし、イサクは彼らに受け渡して別の井戸を掘るのです。
次も困窮しながらも井戸を掘り当てました。しかしペリシテ人たちが井戸を要求しました。
困惑のイサク。でも、イサクは争うことを拒否し、その井戸も渡したのです。
戦わないことは敗北か、といえばこの後、敵は「主があなたと共におられることがよく分かったからです」。といって戦いをすることをしませんでした。
弱さを隠すことなく、弱いのに生き延びれることに、神の加護を感じ取ったのでしょう。
司馬遼太郎氏の著書「竜馬がゆく」の中で、氏は京都の町を歩いていた時、佐幕派の武士(浪人?)が向こうから来るのが見えた時、連れ合いに「こうした時の対処を見せちゃる」旨の発言をしたときしています。北辰一刀流の免許皆伝の竜馬の腕が見れるとワクワクしていたところ、まさに一触即発、どちらが刀に手をかけるのが早いかと言う時に、フッとわらじのヒモを結び直そうとしゃがみ込み、相手の気を抜いたとの記載があります。
ここで思ったことがあります。
改憲を目指したり、軍事強化を希望する人の語る『さっさと日本からでていってくれ。』とか、山北牧師らの『教師退任勧告』は、自分は出て行かない、お前が出て行け、と言う姿勢なのでしょう。
それに対してイサクや竜馬は、自分から回避する方法、自分が動くことを選び取ったわけです。
もちろんケースバイケースだと思います。イサクは自らを退かせることで、他の人たちに《水》と言う恵を与えることが出来ました。竜馬は、気をそむけることで無駄な殺人をしないで済みました。
では、改憲の問題で護憲の人間が出て行くとしたら何が残るのでしょうか?平和が訪れるかといえばそれはNo!だと思います。聖餐式に対して聖餐について意見が違う人が出たところで、教団の中に福音が満ち溢れるかといえばNo!でしょう。
国家間の争いも『争わない』極意を強者がすることで回避できるし、それが強いものの強いたる所以のような気がします。実は日本人は昔からこの極意を身に着けていました『負けるが勝ち』と。ただ、そこには目の前に敗北に《見える》現実があります。それを受け入れられるかが大切なんでしょうね。
2007/10/28のBlog
[ 18:04 ]
[ |- ★礼拝説教を聴いて ]
10月28日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉はヘブライ人への手紙2勝5節~9節、標記のタイトルの説教を高橋敬基牧師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
神は、わたしたちが語っている来るべき世界を、天使たちに従わせるようなことはなさらなかったのです。ある個所で、次のようにはっきり証しされています。「あなたが心に留められる人間とは、何者なのか。また、あなたが顧みられる人の子とは、何者なのか。あなたは彼を天使たちよりも、わずかの間、低い者とされたが、栄光と栄誉の冠を授け、すべてのものを、その足の下に従わせられました。」「すべてのものを彼に従わせられた」と言われている以上、この方に従わないものは何も残っていないはずです。しかし、わたしたちはいまだに、すべてのものがこの方に従っている様子を見ていません。
ただ、「天使たちよりも、わずかの間、低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」のを見ています。神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです。
さてさて難儀な聖書の箇所です。
当時の宇宙観念は、天使とは神様が授ける力のことを分かりやすく譬(たと)え擬人化した姿、で、国境(民族間の境)はその天使長の力の大きさによって、人間が駒のように天を反映した結果というものです。そうした宇宙観的二元論に従ってさまざまな事象(特に民族紛争)があるのだと思われていました。
ですから天使長の間には力関係があり、しかしヤーウェの神の支配下という一神教の元では、そんな天使たちも神の支配下な訳です。
King_Of_Kings、Lord_Of_Lords 王の中の王、主の中の主、と言っていますが、それでも『わたしたちが語っている来るべき世界を、天使たちに従わせるようなことはなさらなかったのです。』と書いています。
王の中の王と歌っているイエス。そのイエスの目指した神の真理の社会は、今もって構築されていません。今もって、古代の民族の考え方で言う天使長の争いを反映した人族の紛争、力による支配が続いています。
しかし信仰者である、特にクリスチャンである僕らは、その天使長の諍(いさか)いに付き合ってはいけないのです。『イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」』ことを、アーメン(その通り)といい、それに従うことをよしとして受洗をしたのです。そしてその初心を忘れないがためにも聖餐式をしています。聖餐を受けることは、天使長の君臨ではなく、一番低いものにされた、人間の目には敗北とすら映るイエスに従うことをよしとして、それを忘れないで力の支配からの脱皮を望むものの契りの杯です。
他人を認める、力で押さえつけない、これこそが、聖餐式の秘儀である所以であり真理であると思います。僕らはそれを充分に理解して、受ける喜びと受ける大変さ(力の支配との闘い)をしていかなければなりません。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
神は、わたしたちが語っている来るべき世界を、天使たちに従わせるようなことはなさらなかったのです。ある個所で、次のようにはっきり証しされています。「あなたが心に留められる人間とは、何者なのか。また、あなたが顧みられる人の子とは、何者なのか。あなたは彼を天使たちよりも、わずかの間、低い者とされたが、栄光と栄誉の冠を授け、すべてのものを、その足の下に従わせられました。」「すべてのものを彼に従わせられた」と言われている以上、この方に従わないものは何も残っていないはずです。しかし、わたしたちはいまだに、すべてのものがこの方に従っている様子を見ていません。
ただ、「天使たちよりも、わずかの間、低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」のを見ています。神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです。
さてさて難儀な聖書の箇所です。
当時の宇宙観念は、天使とは神様が授ける力のことを分かりやすく譬(たと)え擬人化した姿、で、国境(民族間の境)はその天使長の力の大きさによって、人間が駒のように天を反映した結果というものです。そうした宇宙観的二元論に従ってさまざまな事象(特に民族紛争)があるのだと思われていました。
ですから天使長の間には力関係があり、しかしヤーウェの神の支配下という一神教の元では、そんな天使たちも神の支配下な訳です。
King_Of_Kings、Lord_Of_Lords 王の中の王、主の中の主、と言っていますが、それでも『わたしたちが語っている来るべき世界を、天使たちに従わせるようなことはなさらなかったのです。』と書いています。
王の中の王と歌っているイエス。そのイエスの目指した神の真理の社会は、今もって構築されていません。今もって、古代の民族の考え方で言う天使長の争いを反映した人族の紛争、力による支配が続いています。
しかし信仰者である、特にクリスチャンである僕らは、その天使長の諍(いさか)いに付き合ってはいけないのです。『イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」』ことを、アーメン(その通り)といい、それに従うことをよしとして受洗をしたのです。そしてその初心を忘れないがためにも聖餐式をしています。聖餐を受けることは、天使長の君臨ではなく、一番低いものにされた、人間の目には敗北とすら映るイエスに従うことをよしとして、それを忘れないで力の支配からの脱皮を望むものの契りの杯です。
他人を認める、力で押さえつけない、これこそが、聖餐式の秘儀である所以であり真理であると思います。僕らはそれを充分に理解して、受ける喜びと受ける大変さ(力の支配との闘い)をしていかなければなりません。
さて、説教とは直接関係ない話ですが、今日本キリスト教団神奈川教区の中では大きな問題が生じています。
他のBlogサイトやmixiなどにも問題定義をされているのをご覧になった方も多いかと思いますが、Y教区議長が「K教師に対し教師退任勧告を行う件」という名指しで特定の教師を辞職させようという動きを見せました。
それはK先生の教会はフルオープン・コミュニオンという形の聖餐式をしているのですが、それはまかりならない、という趣旨でこうした動きが出てきたわけです。
日本キリスト教団は、第二次世界大戦時に、国家の圧力もあって一体化したグループです。ですから、その中での色合いとか考え方とかは若干違いはあります。
それを無視して、協議もしないで、まさに今日の説教ではないですが、力の支配で教職者を弾圧することは、少なくともイエスの教えから遠く離れたものだとしか言いえません。
この突然の議案に対して、議案取り下げの要望が262教会2168筆の署名がありましたが、そのことに関してはまったく触れずに16人の議員の賛成で決定したそうです(ただし、法的拘束力はないのですぐに動向はないと思われます)。
このような蛮行は、教会以外のところでも余り例を見ません。福音を説き、神の言葉を伝える役割をしている教会が、他の社会より酷い圧力行動をしていることは失望に耐えません。
イエスの言葉をどう捉えるか、は、福音として世に広めるどころか、まずは教会員が充分に熟慮しなければならなくなっています。
イエスは最後の晩餐で、まず弟子の足を洗い、それからパンとぶどう酒を振舞った、このことを僕らは忘れてはいけません。
群青Blog版さまの関連Blogです
川崎教会さまの関連Blogです
河原の教会さまの関連Blogです
他のBlogサイトやmixiなどにも問題定義をされているのをご覧になった方も多いかと思いますが、Y教区議長が「K教師に対し教師退任勧告を行う件」という名指しで特定の教師を辞職させようという動きを見せました。
それはK先生の教会はフルオープン・コミュニオンという形の聖餐式をしているのですが、それはまかりならない、という趣旨でこうした動きが出てきたわけです。
日本キリスト教団は、第二次世界大戦時に、国家の圧力もあって一体化したグループです。ですから、その中での色合いとか考え方とかは若干違いはあります。
それを無視して、協議もしないで、まさに今日の説教ではないですが、力の支配で教職者を弾圧することは、少なくともイエスの教えから遠く離れたものだとしか言いえません。
この突然の議案に対して、議案取り下げの要望が262教会2168筆の署名がありましたが、そのことに関してはまったく触れずに16人の議員の賛成で決定したそうです(ただし、法的拘束力はないのですぐに動向はないと思われます)。
このような蛮行は、教会以外のところでも余り例を見ません。福音を説き、神の言葉を伝える役割をしている教会が、他の社会より酷い圧力行動をしていることは失望に耐えません。
イエスの言葉をどう捉えるか、は、福音として世に広めるどころか、まずは教会員が充分に熟慮しなければならなくなっています。
イエスは最後の晩餐で、まず弟子の足を洗い、それからパンとぶどう酒を振舞った、このことを僕らは忘れてはいけません。
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2007/10/27のBlog
[ 22:29 ]
[ ◆健康・ガン友 ]
つくばりんりんウォークに行ってきました。折下の雨の中ですが・・・・^^;
前夜深夜まで残業のSUMITOさんは、朝、土浦駅で合流ということで、indyさんと2人旅。
道中理想のRFLについて話しながら走りましたが、話し足りず、谷田部東PAで喫茶indyノエスプレッソコーヒーを飲みながら話し12時に就寝。
翌朝SUMITOさんと合流し、集合場所の亀城公園へ。
4~5mm/hrの雨の中、いよいよ出発です。雨降り、特に午後は台風の影響で雨脚が強くなるとのことで、40km組は20kmに、20kmと10km組は10kmのコースを歩くことにします。
前夜深夜まで残業のSUMITOさんは、朝、土浦駅で合流ということで、indyさんと2人旅。
道中理想のRFLについて話しながら走りましたが、話し足りず、谷田部東PAで喫茶indyノエスプレッソコーヒーを飲みながら話し12時に就寝。
翌朝SUMITOさんと合流し、集合場所の亀城公園へ。
4~5mm/hrの雨の中、いよいよ出発です。雨降り、特に午後は台風の影響で雨脚が強くなるとのことで、40km組は20kmに、20kmと10km組は10kmのコースを歩くことにします。
レインコートの僕は両手が開いているし、傘に当たる風の圧力もないので楽でしたが、indyさんとSUMITOさんは大変だったかな?
それでもみな余裕を残して10kmを完歩。
市役所の新治支所でアンケートを書き、完歩賞ならびに温かいトン汁をもらいました。
急なアンケートでしたので、特記事項はロクなことを書けませんでしたが、お願いがあるとすれば、地図を用意してほしかったことが上げられます。特にウォーキングコースは、廃線路のあとのフラットな整備された自転車ロードですから間違っても道を外れることはありませんが、Goalから最寄のバス停までの道順、また周囲の風景の説明などが入ったイラストマップがあればもっと親切だったかもしれません。
それと今回歩いている人はウォーキング協会のメンバーさんや歩くのが特に好きな人が多かったし雨天と言うこともあったのでしょうけれど、一般のファミリーの参加を期待するのなら、10km~40kmという長丁場の間歩くだけだと子どもは飽きてしまうかもしれません。途中にスタンプ所を儲けてスタンプを集めたり、クイズを答えたりという『楽しめる場所』の設置もあったらよかったかと思います。
さて、トン汁を食べていると、市職員の方が声をかけてくれます。『ご苦労様でした。』という声掛けに続いて、少しお話していると、件の若い職員さんが今回の「がん撲滅」というこのウォーキング大会の趣旨をくわえてくれたとのこと。
氏は、アメリカの大学院へ留学しているときに、その町の病院が主催のがん撲滅チャリティウォーキング大会が行われたそうです。
気楽に楽しく・・・・
氏は、そんな思い出を胸に、日本でも気楽な社会問題をテーマにしたチャリティをしたいと思ったとのこと。
ウォーキングという今の日本で流行っているスポーツの上に、社会が抱えている問題を共に考える機会が与えられればなおさらでしょう。特に手術をし、きつい抗がん剤や放射線療法をしている人にとって、運動の場から離れてしまいがちです。でも、運動することで代謝はよくなり、お日様を浴びることで元気になれます。こういう大会があればこそ『じゃあ行ってみよう』と思えますので、どんどんこうしたイヴェントを企画してほしいものです。
氏は、『地域活性課』の職員だとのことですが、行政の枠を超えた活動としてりんりんウォークが成長してくれることを望みます。
それでもみな余裕を残して10kmを完歩。
市役所の新治支所でアンケートを書き、完歩賞ならびに温かいトン汁をもらいました。
急なアンケートでしたので、特記事項はロクなことを書けませんでしたが、お願いがあるとすれば、地図を用意してほしかったことが上げられます。特にウォーキングコースは、廃線路のあとのフラットな整備された自転車ロードですから間違っても道を外れることはありませんが、Goalから最寄のバス停までの道順、また周囲の風景の説明などが入ったイラストマップがあればもっと親切だったかもしれません。
それと今回歩いている人はウォーキング協会のメンバーさんや歩くのが特に好きな人が多かったし雨天と言うこともあったのでしょうけれど、一般のファミリーの参加を期待するのなら、10km~40kmという長丁場の間歩くだけだと子どもは飽きてしまうかもしれません。途中にスタンプ所を儲けてスタンプを集めたり、クイズを答えたりという『楽しめる場所』の設置もあったらよかったかと思います。
さて、トン汁を食べていると、市職員の方が声をかけてくれます。『ご苦労様でした。』という声掛けに続いて、少しお話していると、件の若い職員さんが今回の「がん撲滅」というこのウォーキング大会の趣旨をくわえてくれたとのこと。
氏は、アメリカの大学院へ留学しているときに、その町の病院が主催のがん撲滅チャリティウォーキング大会が行われたそうです。
気楽に楽しく・・・・
氏は、そんな思い出を胸に、日本でも気楽な社会問題をテーマにしたチャリティをしたいと思ったとのこと。
ウォーキングという今の日本で流行っているスポーツの上に、社会が抱えている問題を共に考える機会が与えられればなおさらでしょう。特に手術をし、きつい抗がん剤や放射線療法をしている人にとって、運動の場から離れてしまいがちです。でも、運動することで代謝はよくなり、お日様を浴びることで元気になれます。こういう大会があればこそ『じゃあ行ってみよう』と思えますので、どんどんこうしたイヴェントを企画してほしいものです。
氏は、『地域活性課』の職員だとのことですが、行政の枠を超えた活動としてりんりんウォークが成長してくれることを望みます。
せっかくの大会でしたが、雨のために予約した300人のうち実際歩いた方は100人程度だったそうです。
おかげで、藤沢中継所で頂いたヤクルトは3本でした。美味しかったです。
ちなみに予約者には、竹墨の石鹸・タオルのセット。
おかげで、藤沢中継所で頂いたヤクルトは3本でした。美味しかったです。
ちなみに予約者には、竹墨の石鹸・タオルのセット。