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2008/03/10のBlog
[ 21:22 ]
[ |- ★礼拝説教を聴いて ]
3月9日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉は創世記 1章26~31節、標記のタイトルの説教を東のぞみ伝道師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。
新興宗教を除く多くの宗教は、天文・医学をはじめとする科学が今以上未熟な時代にほぼ完成をしたと思います。そして、5000年から2000年という時代、根幹は変わることなく進んだことに僕は、当時の科学の未熟と現在の進歩の間には然程の差を感じないところも一面感じています。
聖書の言葉は、やはり神の言葉だと思えるのですが、それでも『燕雀いずくんぞ、鴻鵠の志を知らんや』という故事ではありませんが、未熟な人間は神の言葉を人間がわかるように記すことはできずに、それゆえ少し科学が進めばその記述の中に間違いを見つけて信憑性を疑う、ということの繰り返しのように思えます。
特に聖書のみならず神道などの神話も、神がこの世を作ったところは『神からの啓示+人間の創造性』を駆使したものだと思います。
そんな創世記の最初の天地創造が今日の説教の箇所でした。
東伝道師は、今日の箇所のポイントを『神の姿にかたどった』という支配をどう解釈するのか? にあわせて話し始めました。神の箇所に似せて人を形づくられた、ことに関して聖書はどこをどのようにという詳細を記していません。もしかしたら神は自分自身に自問自答をしているのを、もう一人の『私』に対して『私』が、『私』ともう一人の『私』で『私たち』という複数形で書いたのかもしれないといいます。そして、それを受けて『神との関わりのみが人間の存在意義』であると詩篇で神に応答しています。
神がすべてを見て満足をしたこの世界。それを似せて形づくられた私たちは、管理する支配の責任を持つべきなのでしょう。
支配とは何か? 今ほど人の力が自然の前に立ちはだかれなかった時代。その時の人の支配とはなんだったか?も想像すべきなのかも知れません。
ただ、時代の変化、人間の叡智の変化があったとしても、神と人間の関係は『創造主』と『創造主に似せられて作られたもの』であることは変わりません。ですから神が万人を愛し続けたことを鑑みれば、おのずとそれに似せて作られた人間も何をすべきかは想像できなくはないと思います。
教会は、クリスチャンは、周囲の命とどう向き合うか? 誰と向かい合うのか? 何を目指すのか? それを聖書の最初の言葉から読み明かしたいものです。
神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。
新興宗教を除く多くの宗教は、天文・医学をはじめとする科学が今以上未熟な時代にほぼ完成をしたと思います。そして、5000年から2000年という時代、根幹は変わることなく進んだことに僕は、当時の科学の未熟と現在の進歩の間には然程の差を感じないところも一面感じています。
聖書の言葉は、やはり神の言葉だと思えるのですが、それでも『燕雀いずくんぞ、鴻鵠の志を知らんや』という故事ではありませんが、未熟な人間は神の言葉を人間がわかるように記すことはできずに、それゆえ少し科学が進めばその記述の中に間違いを見つけて信憑性を疑う、ということの繰り返しのように思えます。
特に聖書のみならず神道などの神話も、神がこの世を作ったところは『神からの啓示+人間の創造性』を駆使したものだと思います。
そんな創世記の最初の天地創造が今日の説教の箇所でした。
東伝道師は、今日の箇所のポイントを『神の姿にかたどった』という支配をどう解釈するのか? にあわせて話し始めました。神の箇所に似せて人を形づくられた、ことに関して聖書はどこをどのようにという詳細を記していません。もしかしたら神は自分自身に自問自答をしているのを、もう一人の『私』に対して『私』が、『私』ともう一人の『私』で『私たち』という複数形で書いたのかもしれないといいます。そして、それを受けて『神との関わりのみが人間の存在意義』であると詩篇で神に応答しています。
神がすべてを見て満足をしたこの世界。それを似せて形づくられた私たちは、管理する支配の責任を持つべきなのでしょう。
支配とは何か? 今ほど人の力が自然の前に立ちはだかれなかった時代。その時の人の支配とはなんだったか?も想像すべきなのかも知れません。
ただ、時代の変化、人間の叡智の変化があったとしても、神と人間の関係は『創造主』と『創造主に似せられて作られたもの』であることは変わりません。ですから神が万人を愛し続けたことを鑑みれば、おのずとそれに似せて作られた人間も何をすべきかは想像できなくはないと思います。
教会は、クリスチャンは、周囲の命とどう向き合うか? 誰と向かい合うのか? 何を目指すのか? それを聖書の最初の言葉から読み明かしたいものです。
2008/03/09のBlog
[ 20:46 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
いよいよ畑宿です。ここまで1時間20分でした。
このあと、湯本まで前回と同じルートで歩きましたのでそれと比較すると、今日のスピードの方が若干速いかもしれません。
畑宿石畳入り口 - 畑宿石畳出口
前回(石畳) 0:09
今回(県道) 0:05
*県道のほうが早いようです。
発電所石畳入り口 - 発電所石畳出口
前回 0:05
今回 0:04
発電所バス停 - 天狗神社
前回 0:05
今回 0:04
天狗神社 - トイレ
前回 0:04
今回 0:03
トイレ - Hはつはな
前回 0:09
今回 0:07
Hはつはな - 天山
前回 0:16
今回 0:14
天山 - 湯本駅
前回 0:25(昼食時間30分を除く)
今回 0:23
このあと、湯本まで前回と同じルートで歩きましたのでそれと比較すると、今日のスピードの方が若干速いかもしれません。
畑宿石畳入り口 - 畑宿石畳出口
前回(石畳) 0:09
今回(県道) 0:05
*県道のほうが早いようです。
発電所石畳入り口 - 発電所石畳出口
前回 0:05
今回 0:04
発電所バス停 - 天狗神社
前回 0:05
今回 0:04
天狗神社 - トイレ
前回 0:04
今回 0:03
トイレ - Hはつはな
前回 0:09
今回 0:07
Hはつはな - 天山
前回 0:16
今回 0:14
天山 - 湯本駅
前回 0:25(昼食時間30分を除く)
今回 0:23
2回の予行練習で大まかな雰囲気はつかんでいただけましたでしょうか?
あと40余日です。
あと40余日です。
[ 20:28 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
見晴茶屋までは石畳の道を歩きました。
ここで県道732号線と石畳のメリット・デメリットを考えて見たいと思います。
国道・県道のデメリットは、まず第1に車の危険性があげられます。第2に楽しくないことがあげられます。
逆に石畳のデメリットは、疲れることが第1にあげられます。苔むした道、角が取れた石、でこぼこが激しい道で、長々と歩いた方には疲労を増す可能性があるやと思います。
疲れた体は、注意力が散漫になり、それが足元なのか周辺の車なのかが問題でしょう。
今回の地図の真ん中あたりで、石畳から県道に戻る道もあります。ここで戻るのも一考だと思います。(地図はクリックで大きくなります)
ここで県道732号線と石畳のメリット・デメリットを考えて見たいと思います。
国道・県道のデメリットは、まず第1に車の危険性があげられます。第2に楽しくないことがあげられます。
逆に石畳のデメリットは、疲れることが第1にあげられます。苔むした道、角が取れた石、でこぼこが激しい道で、長々と歩いた方には疲労を増す可能性があるやと思います。
疲れた体は、注意力が散漫になり、それが足元なのか周辺の車なのかが問題でしょう。
今回の地図の真ん中あたりで、石畳から県道に戻る道もあります。ここで戻るのも一考だと思います。(地図はクリックで大きくなります)
そうは言っても歩くのが楽しいのはこうした雑木林の中でしょうね。
[ 20:09 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
[ 19:49 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
甘酒茶屋は、赤穂浪士の討ち入りの際、神崎与五郎がここで馬子にいいがかりをつけられますが、江戸に向かっている=討ち入りがあるかもしれない、と言う情報が吉良邸に伝わってはいけないと、馬子に詫証文を書いたと忠臣蔵「甘酒茶屋」のくだりに描かれており、講談、戯曲で有名なところです。
しかし、そのお茶屋は改築の真っ最中でした。
しかし、そのお茶屋は改築の真っ最中でした。
[ 19:44 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
[ 19:18 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
[ 19:08 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
ええい、ままよ! と岩の横をすり抜けいかにも使われていなさそうな道を分け入ってくと、な、な、なんと行き止まり。
と、言うことは、ここは地図で行くと途切れているところなんだ。しかし、脇道はなかったし・・・・。ミッションでなければもう、普通の道に引き返しているところ(ーー;)
なんなんだ・・・・、と思いながら探すと
と、言うことは、ここは地図で行くと途切れているところなんだ。しかし、脇道はなかったし・・・・。ミッションでなければもう、普通の道に引き返しているところ(ーー;)
なんなんだ・・・・、と思いながら探すと
[ 18:28 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
9条ピースウォークの下調べで、過日芦之湯から湯坂路を通ったことを書きましたが、どうもこの道は不向きのようなので、再度 元箱根-畑宿 間のルートを検証しに行きました。
国道1号線の双子茶屋から県道732号線のお玉が池に行こうとすると大きく大芝を迂回しなくてはなりません。
ところが地図をみると途中ショートカットできそうな道があるので、まずはそこをトライしてみます。
(いつものように地図はクリックで大きくなります)
国道1号線の双子茶屋から県道732号線のお玉が池に行こうとすると大きく大芝を迂回しなくてはなりません。
ところが地図をみると途中ショートカットできそうな道があるので、まずはそこをトライしてみます。
(いつものように地図はクリックで大きくなります)
この脇道への入り口の目印はまったくなく、ホテル・ラ・クーンを左に見ながら大きなカーブを過ぎると、国道の交差点前にある大きな青い看板が見え、その下に車の待避所があります。
この先がそのショートカットコースの入り口となります。
この先がそのショートカットコースの入り口となります。
2008/03/08のBlog
[ 11:01 ]
[ ●社会問題 ]
日本最大のSNS(ソーシャルネットワークサービス)のmixiが3月3日に、2008年4月1日付けで規約を改正する、との公示し、それを受けmixiの会員がどよめいています。
その改正部分は
****
第18条 日記等の情報の使用許諾等
1本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行うこと)を許諾するものとします。
2ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします。
****
自分の書いた日記を許可なく転用したり、その著者権が自分ではなくmixiのものになったりした結果、一部だけを借用され本来の意図とは違う風にされるのも迷惑な話です。また、知らないところで自分の写真や映像(動画)が流れるのも気持ちの悪いことです。
そのような抗議が多く寄せられたのか、
****
特にお問い合わせの多い【第18条 日記等の情報の使用許諾等】に関しまして、誤解を避けるため、当社が想定している具体的な使用について補足説明をさせていただきます。
上記の条項につきましては、ユーザーのみなさまが『mixi』のサービス内で作成した日記、著作物等の情報について、従来どおりユーザー自身が権利を有することに変わりはありません。
また、ユーザーが投稿した日記等の情報(公開している自主作成の映像やイラスト、テキスト等)の使用に関しては、当社の以下対応について同意いただくもので、当社が無断で使用することではありません。
投稿された日記等の情報が、当社のサーバーに格納する際、データ形式や容量が改変されること。
アクセス数が多い日記等の情報については、データを複製して複数のサーバーに格納すること。
日記等の情報が他のユーザーによって閲覧される場合、当社のサーバーから国内外に存在するmixiユーザー(閲覧者)に向けて送信されること。
なお、ユーザーのみなさまの日記等の情報を書籍化することに関するお問い合わせもございますが、こちらの点につきましても、従来どおり、ユーザーのみなさまの事前の了承なく進めることはございません。
なお、利用規約につきましては、今後もご利用いただくお客様にご理解いただきやすい内容になるよう引き続き検討してまいります。
****
と以前の改正案に対して反意を翻しました。
『誤解を避けるため』と説明をしていますが、どうみても反意としか踏めません。
しかし、mixiが会員の意向を踏んだことはよかったと思います。
と同時に発言力や情報伝達力が大きくなったインターネットは新時代の情報伝達力として今後為政者などからの圧力の可能性もでてきます。
そうした時に会員がすばやく抗議をしてでも民主主義を守ることが大切であることを実感したニュースでした。
その改正部分は
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第18条 日記等の情報の使用許諾等
1本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行うこと)を許諾するものとします。
2ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします。
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自分の書いた日記を許可なく転用したり、その著者権が自分ではなくmixiのものになったりした結果、一部だけを借用され本来の意図とは違う風にされるのも迷惑な話です。また、知らないところで自分の写真や映像(動画)が流れるのも気持ちの悪いことです。
そのような抗議が多く寄せられたのか、
****
特にお問い合わせの多い【第18条 日記等の情報の使用許諾等】に関しまして、誤解を避けるため、当社が想定している具体的な使用について補足説明をさせていただきます。
上記の条項につきましては、ユーザーのみなさまが『mixi』のサービス内で作成した日記、著作物等の情報について、従来どおりユーザー自身が権利を有することに変わりはありません。
また、ユーザーが投稿した日記等の情報(公開している自主作成の映像やイラスト、テキスト等)の使用に関しては、当社の以下対応について同意いただくもので、当社が無断で使用することではありません。
投稿された日記等の情報が、当社のサーバーに格納する際、データ形式や容量が改変されること。
アクセス数が多い日記等の情報については、データを複製して複数のサーバーに格納すること。
日記等の情報が他のユーザーによって閲覧される場合、当社のサーバーから国内外に存在するmixiユーザー(閲覧者)に向けて送信されること。
なお、ユーザーのみなさまの日記等の情報を書籍化することに関するお問い合わせもございますが、こちらの点につきましても、従来どおり、ユーザーのみなさまの事前の了承なく進めることはございません。
なお、利用規約につきましては、今後もご利用いただくお客様にご理解いただきやすい内容になるよう引き続き検討してまいります。
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と以前の改正案に対して反意を翻しました。
『誤解を避けるため』と説明をしていますが、どうみても反意としか踏めません。
しかし、mixiが会員の意向を踏んだことはよかったと思います。
と同時に発言力や情報伝達力が大きくなったインターネットは新時代の情報伝達力として今後為政者などからの圧力の可能性もでてきます。
そうした時に会員がすばやく抗議をしてでも民主主義を守ることが大切であることを実感したニュースでした。
2008/03/07のBlog
[ 10:15 ]
[ ■アウトドア・趣味 ]
『サユリスト』などと名乗るのは憚れるし、そこまで作品を見ていないですが、「青春の門」も「母べえ」も世界中のファンを魅了したし、「夢千代日記」はその脚本のすばらしさもあり、わざわざ山陰の小さな温泉街を見に行ったほど好きな作品でした。年齢を感じさせない外面の美はもとより、内から滲み出してくる生まれながらに持っているタレント(タラントン)の豊富さに感嘆したものです。
そんな吉永小百合さん、この秋に公開の「まぼろしの邪馬台国」に主人公の故・宮崎康平さんの奥様(後妻)役で出演とのこと。
そんな吉永小百合さん、この秋に公開の「まぼろしの邪馬台国」に主人公の故・宮崎康平さんの奥様(後妻)役で出演とのこと。
宮崎康平さんは、若かりし頃、森繁久弥さんらと演劇をしていましたが、ご事情でふるさとの長崎に戻ります。その後、失明とそれに伴い最初の奥様と別離となります。
乳飲み子を抱えた宮崎さんがそのとき作られた歌が「島原の子守唄」なんです。
同郷のシンガーソングライターのさだまさしさんと親交があり、さだまさしさんは宮崎さんをモデルにした歌を作ります。
邪馬臺 (作詩・作曲 : さだまさし)
盲いた詩人はいつも ザボン口に運び乍ら
想い出たどる様に 見えない目を開いて
静かに海を観てた
幻の国の事を まるで故郷を語る様に
道程について 風景について
優しく僕に話した
有明の空の雲だけが
あの人の寂しさを知っていた
そう弥生の風に 追われる様に
あなたが逝った 晩に
眠れないまま息を密めて
不思議な夢を観た
雲仙は噴煙を吐いて 霧は針摺瀬戸を包み込んで
異国の便り乗せた 小さな舟がひとつ
静かにすべってくる
盲いた詩人がひとり その小舟に座っている
得意の笑顔みせて はにかむ様にじっと
静かに海を観てる
有明の海に風が吹く
あの人を追いかけて夢が吹く
ああ悲しい程に 焦がれ続けた
幻の人が 今
きっとあなたを抱きしめている
不思議な夢を観た
さだまさしファンでもある僕としましては、これはもうこの秋一押しの映画です。
乳飲み子を抱えた宮崎さんがそのとき作られた歌が「島原の子守唄」なんです。
同郷のシンガーソングライターのさだまさしさんと親交があり、さだまさしさんは宮崎さんをモデルにした歌を作ります。
邪馬臺 (作詩・作曲 : さだまさし)
盲いた詩人はいつも ザボン口に運び乍ら
想い出たどる様に 見えない目を開いて
静かに海を観てた
幻の国の事を まるで故郷を語る様に
道程について 風景について
優しく僕に話した
有明の空の雲だけが
あの人の寂しさを知っていた
そう弥生の風に 追われる様に
あなたが逝った 晩に
眠れないまま息を密めて
不思議な夢を観た
雲仙は噴煙を吐いて 霧は針摺瀬戸を包み込んで
異国の便り乗せた 小さな舟がひとつ
静かにすべってくる
盲いた詩人がひとり その小舟に座っている
得意の笑顔みせて はにかむ様にじっと
静かに海を観てる
有明の海に風が吹く
あの人を追いかけて夢が吹く
ああ悲しい程に 焦がれ続けた
幻の人が 今
きっとあなたを抱きしめている
不思議な夢を観た
さだまさしファンでもある僕としましては、これはもうこの秋一押しの映画です。
歴史好きの少年は一度は「邪馬台国の謎」に興味は持つと思いますが、僕もご多分に漏れず小学校高学年頃から中学にかけていろいろな書籍を読み漁りました。
クラスメイトと幼稚なレベルで畿内説だとか九州説だとかを語ったことも思い出します。
邪馬台国が謎である理由はいまさら僕が言うほどのことではありませんが、1800年ほど前の話で、日本には記述が何も残っていなく、唯一の記載があるのが中国の三国志の中の「魏志倭人伝」のみです。
そのコースを忠実にたどると、日本の国土外の太平洋になってしまうことから、方位を間違えた説や距離の読み方が違うなど諸説紛々としています。
そもそもこの魏志倭人伝の中には「邪馬臺(台)国」という言葉はありません!!
ってびっくりなさる方もいるかもしれませんが、魏志倭人伝をみると「邪馬壹国」となっていると、古田武彦氏は著書「「邪馬台国」はなかった」の中で語っています。「臺」の字は江戸時代の新井白石が、間違いではないか?と勝手に書き換えたそうです
中国が世界の中心であると言う中華思想は、その周囲は卑下すべき、東夷(とうい)・南蛮(なんばん) ・西戎(せいじゅう) ・北狄(ほくてき) がおり、化外の民」として教化の対象とみなしています。
ですから、「邪」「馬」臺国、「卑」弥呼という文字をあてています。そこに御殿の意味をなす「臺(台)」の字をあてたのか、は疑問です。もちろんあざけりの対象として「邪」「馬」の住む御殿といった可能性はありますが・・・・。
クラスメイトと幼稚なレベルで畿内説だとか九州説だとかを語ったことも思い出します。
邪馬台国が謎である理由はいまさら僕が言うほどのことではありませんが、1800年ほど前の話で、日本には記述が何も残っていなく、唯一の記載があるのが中国の三国志の中の「魏志倭人伝」のみです。
そのコースを忠実にたどると、日本の国土外の太平洋になってしまうことから、方位を間違えた説や距離の読み方が違うなど諸説紛々としています。
そもそもこの魏志倭人伝の中には「邪馬臺(台)国」という言葉はありません!!
ってびっくりなさる方もいるかもしれませんが、魏志倭人伝をみると「邪馬壹国」となっていると、古田武彦氏は著書「「邪馬台国」はなかった」の中で語っています。「臺」の字は江戸時代の新井白石が、間違いではないか?と勝手に書き換えたそうです
中国が世界の中心であると言う中華思想は、その周囲は卑下すべき、東夷(とうい)・南蛮(なんばん) ・西戎(せいじゅう) ・北狄(ほくてき) がおり、化外の民」として教化の対象とみなしています。
ですから、「邪」「馬」臺国、「卑」弥呼という文字をあてています。そこに御殿の意味をなす「臺(台)」の字をあてたのか、は疑問です。もちろんあざけりの対象として「邪」「馬」の住む御殿といった可能性はありますが・・・・。
さて、その位置については
海へ1000余里で、対馬国(海千餘里、至對馬國) → 南に瀚海と呼ばれる海を1000余里渡ると一大国(南渡一海千餘里、至一大國) → 海を1000余里渡ると末盧国(海千餘里、至末盧國) → 東南へ500里陸行すると伊都国(東南陸行五百里、到伊都國) → 東南に100里進むと奴国(東南至奴國百里) → 東へ100里行くと不弥国(東行至不彌國百里) → 南へ水行20日で投馬国(南至投馬國水行二十日) → 南に水行10日と陸行1月で女王の都のある邪馬台国(南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日陸行一月)
の順番に次なる国家(小国)の場所を示しています。
韓国から対馬(現在の対馬)までの距離から当時の中国の一里は100m程度だったと言われており、明確な対馬からの距離から鑑みて、一大国は壱岐で、末盧は松浦、伊都は吉野ヶ里遺跡だったのではないか? などともいわれています。
また、博多湾から有明までの陸地は分断されており、針摺瀬戸とよばれる海峡だったとか言う話もあります。
また、面白いのは書き方です。伊都国に行くのは「至る」ではなく「到る」です。奴国から不弥国に行く時には方角の後に「行く」の文字を入れています。
これらについて、実際行った国と、『こっちに行くとそういう国があります』という話を聞いたのの違いではないか? という説もあります。
幾重にも重なったミステリー。日本神道の根本でこの後神武天皇となり東征をし、大和朝廷を畿内で始めた日本史の第一ページ。
ダ・ヴィンチ・コードの日本版?のこの映画から、この秋は日本史をヒモ解いてみませんか?
PS もちろん専門家ではないのでここに書いた話に深くつっこまないで下さいね(笑)
海へ1000余里で、対馬国(海千餘里、至對馬國) → 南に瀚海と呼ばれる海を1000余里渡ると一大国(南渡一海千餘里、至一大國) → 海を1000余里渡ると末盧国(海千餘里、至末盧國) → 東南へ500里陸行すると伊都国(東南陸行五百里、到伊都國) → 東南に100里進むと奴国(東南至奴國百里) → 東へ100里行くと不弥国(東行至不彌國百里) → 南へ水行20日で投馬国(南至投馬國水行二十日) → 南に水行10日と陸行1月で女王の都のある邪馬台国(南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日陸行一月)
の順番に次なる国家(小国)の場所を示しています。
韓国から対馬(現在の対馬)までの距離から当時の中国の一里は100m程度だったと言われており、明確な対馬からの距離から鑑みて、一大国は壱岐で、末盧は松浦、伊都は吉野ヶ里遺跡だったのではないか? などともいわれています。
また、博多湾から有明までの陸地は分断されており、針摺瀬戸とよばれる海峡だったとか言う話もあります。
また、面白いのは書き方です。伊都国に行くのは「至る」ではなく「到る」です。奴国から不弥国に行く時には方角の後に「行く」の文字を入れています。
これらについて、実際行った国と、『こっちに行くとそういう国があります』という話を聞いたのの違いではないか? という説もあります。
幾重にも重なったミステリー。日本神道の根本でこの後神武天皇となり東征をし、大和朝廷を畿内で始めた日本史の第一ページ。
ダ・ヴィンチ・コードの日本版?のこの映画から、この秋は日本史をヒモ解いてみませんか?
PS もちろん専門家ではないのでここに書いた話に深くつっこまないで下さいね(笑)
2008/03/03のBlog
[ 15:53 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
9条ピースウォークのコース作りと発表はなにも僕ら小田原だけでなく、さまざまな地域で楽しく豊かな方法で紹介をしてくれています。
その中の静岡県中部のメンバーが自分たちのルートを紹介していますが、それはマピオンという無料地図ソフトで、そのベータ版(検証が充分でないので、もしかしたら若干不具合があるかもしれません。ですから正規に発表していません)というソフトで、距離の測定をしていました。
早速興味を持ったもので、過日のルートをそれに当てはめましたところ、途中の経由地の数を29箇所しか取らなかったので、経由地間を直線化されてしまい、道のりではなく距離の測定になってしまったので、14kmでした。
それでも徒歩を時速3.2km換算、ジョギング、自転車、自動車をそれぞれ8km、11km、40kmに換算し、所要時間を出したり、消費カロリーを性別・体重・年齢を加味して出してくれたりしました。
ちなみに男・68kg・50歳で計算したところ、1043kcalで、これはおにぎり6.5個分だそうです。当日食した「ざるそば」は約300kcalなので、この日は700kcalのダイエットをしたことになります。
ただ歩くだけではなくこうしたおもしろソフトとタイアップして楽しく歩くのもまた一興かもしれません。
その中の静岡県中部のメンバーが自分たちのルートを紹介していますが、それはマピオンという無料地図ソフトで、そのベータ版(検証が充分でないので、もしかしたら若干不具合があるかもしれません。ですから正規に発表していません)というソフトで、距離の測定をしていました。
早速興味を持ったもので、過日のルートをそれに当てはめましたところ、途中の経由地の数を29箇所しか取らなかったので、経由地間を直線化されてしまい、道のりではなく距離の測定になってしまったので、14kmでした。
それでも徒歩を時速3.2km換算、ジョギング、自転車、自動車をそれぞれ8km、11km、40kmに換算し、所要時間を出したり、消費カロリーを性別・体重・年齢を加味して出してくれたりしました。
ちなみに男・68kg・50歳で計算したところ、1043kcalで、これはおにぎり6.5個分だそうです。当日食した「ざるそば」は約300kcalなので、この日は700kcalのダイエットをしたことになります。
ただ歩くだけではなくこうしたおもしろソフトとタイアップして楽しく歩くのもまた一興かもしれません。
[ 08:30 ]
[ |- ●平和・国際問題 ]
神奈川新聞のインターネットニュース「カナロコ」に
護憲は「一方的主張」/箱根町教委が九条の会施設利用に制限
と題したニュースが3日に掲載されました。
****以下転記****
平和憲法を守ろうと結成された箱根町の住民団体「箱根九条の会」が町施設を借りる際、グループ名を名乗らずに活動せざるを得なくなっていることが、二日までに分かった。イベント開催で町教育委員会に「九条堅持に偏って主張することは避けること」などと条件を付けられたためで、会の主張を前面に打ち出しにくい状況が生まれている。
メンバーらは、七年ほど前から活動する「核兵器をなくし平和を進める箱根の会」を母体に、二〇〇五年十月に箱根九条の会を立ち上げた。結成時に記念集会を開くため町仙石原文化センターの使用を町教委に申請。チラシにカンパ要請の記述があり、町教委は「営利目的」と判断。カンパの文言削除を条件とした。
さらに、町教委によると、一方的に九条堅持に偏っての主張は避けるという条件も付けた。その理由を「不特定多数を招く催しなので公平・平等の立場で使ってほしいため」と説明している。
同会によると、町教委は護憲を訴えるチラシを配ることも禁止し、チラシの点検を求め、「九条を守るというのは偏った考え。九条の会は政党に類する。一切、九条について参加者に訴えないで」と言ったという。
これに対し、町教委は「事前チェックはしていない」と否定。「一方的な考えを強く主張するのはやめてほしいと伝えたまで」と説明した。
同会は条件をのみ、集会にはプログラムなどだけを持ち込み、九条について語らないことを参加者に説明した。以来、同会名では活動が制限されるとして、箱根の会名で施設を借り続けている。
だが、箱根の会名での催しでも問題が起きた。同会によると、〇六年夏ごろ町社会教育センターに掲示した催しを告知するポスターの「憲法九条が危ない情勢」との記載部分を、同センター側が紙で覆い隠した。当時のセンター所長は「内容が中立ではなかったため」と話している。
隣接する小田原九条の会の場合、〇五年十一月、小田原市の施設で結成集会を開いたが、物品販売をしないことだけが条件で、その後も活動を制限されずに同会名で使用している。市側は「学習の場としての使用ならば問題ない」という。
全国レベルでの九条の会呼び掛け人の一人で作家の澤地久枝さんは「市民を中心に平和を守るのは常識で、色をつけたり閉め出したら民主主義も平和主義もなく、今世紀を生きていく国ではない」と憂えた。九条の会を名乗らないことには「市民運動は緩やかでいい。後ろに下がったのもその団体の判断。ただ、少しずつ勇気を持つことは大事」と話した。
◆九条の会 2004年6月に井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、澤地久枝さんら9人の知識人や文化人を呼び掛け人として結成された護憲団体。同会事務局(東京都千代田区)によると、賛同した各地の「九条の会」は07年11月現在で全国6801団体、県内302団体。
****転記終了****
9条を守ろうと言うのをまるでカルト集団のように「偏った思想」と判断する箱根町の姿勢に疑問を感じます。
町が憲法の遵守をないがしろにしたり、町民の権利を著しく阻害することには非常に大きな問題を感じます。
護憲は「一方的主張」/箱根町教委が九条の会施設利用に制限
と題したニュースが3日に掲載されました。
****以下転記****
平和憲法を守ろうと結成された箱根町の住民団体「箱根九条の会」が町施設を借りる際、グループ名を名乗らずに活動せざるを得なくなっていることが、二日までに分かった。イベント開催で町教育委員会に「九条堅持に偏って主張することは避けること」などと条件を付けられたためで、会の主張を前面に打ち出しにくい状況が生まれている。
メンバーらは、七年ほど前から活動する「核兵器をなくし平和を進める箱根の会」を母体に、二〇〇五年十月に箱根九条の会を立ち上げた。結成時に記念集会を開くため町仙石原文化センターの使用を町教委に申請。チラシにカンパ要請の記述があり、町教委は「営利目的」と判断。カンパの文言削除を条件とした。
さらに、町教委によると、一方的に九条堅持に偏っての主張は避けるという条件も付けた。その理由を「不特定多数を招く催しなので公平・平等の立場で使ってほしいため」と説明している。
同会によると、町教委は護憲を訴えるチラシを配ることも禁止し、チラシの点検を求め、「九条を守るというのは偏った考え。九条の会は政党に類する。一切、九条について参加者に訴えないで」と言ったという。
これに対し、町教委は「事前チェックはしていない」と否定。「一方的な考えを強く主張するのはやめてほしいと伝えたまで」と説明した。
同会は条件をのみ、集会にはプログラムなどだけを持ち込み、九条について語らないことを参加者に説明した。以来、同会名では活動が制限されるとして、箱根の会名で施設を借り続けている。
だが、箱根の会名での催しでも問題が起きた。同会によると、〇六年夏ごろ町社会教育センターに掲示した催しを告知するポスターの「憲法九条が危ない情勢」との記載部分を、同センター側が紙で覆い隠した。当時のセンター所長は「内容が中立ではなかったため」と話している。
隣接する小田原九条の会の場合、〇五年十一月、小田原市の施設で結成集会を開いたが、物品販売をしないことだけが条件で、その後も活動を制限されずに同会名で使用している。市側は「学習の場としての使用ならば問題ない」という。
全国レベルでの九条の会呼び掛け人の一人で作家の澤地久枝さんは「市民を中心に平和を守るのは常識で、色をつけたり閉め出したら民主主義も平和主義もなく、今世紀を生きていく国ではない」と憂えた。九条の会を名乗らないことには「市民運動は緩やかでいい。後ろに下がったのもその団体の判断。ただ、少しずつ勇気を持つことは大事」と話した。
◆九条の会 2004年6月に井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、澤地久枝さんら9人の知識人や文化人を呼び掛け人として結成された護憲団体。同会事務局(東京都千代田区)によると、賛同した各地の「九条の会」は07年11月現在で全国6801団体、県内302団体。
****転記終了****
9条を守ろうと言うのをまるでカルト集団のように「偏った思想」と判断する箱根町の姿勢に疑問を感じます。
町が憲法の遵守をないがしろにしたり、町民の権利を著しく阻害することには非常に大きな問題を感じます。
2008/03/02のBlog
[ 23:07 ]
[ |- ★礼拝説教を聴いて ]
3月2日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉はコリントの信徒への手紙Ⅱ 1章15~22節、標記のタイトルの説教を高橋敬基牧師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
このような確信に支えられて、わたしは、あなたがたがもう一度恵みを受けるようにと、まずあなたがたのところへ行く計画を立てました。そして、そちらを経由してマケドニア州に赴き、マケドニア州から再びそちらに戻って、ユダヤへ送り出してもらおうと考えたのでした。このような計画を立てたのは、軽はずみだったでしょうか。それとも、わたしが計画するのは、人間的な考えによることで、わたしにとって「然り、然り」が同時に「否、否」となるのでしょうか。
神は真実な方です。だから、あなたがたに向けたわたしたちの言葉は、「然り」であると同時に「否」であるというものではありません。わたしたち、つまり、わたしとシルワノとテモテが、あなたがたの間で宣べ伝えた神の子イエス・キリストは、「然り」と同時に「否」となったような方ではありません。この方においては「然り」だけが実現したのです。神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。それで、わたしたちは神をたたえるため、この方を通して「アーメン」と唱えます。
わたしたちとあなたがたとをキリストに固く結び付け、わたしたちに油を注いでくださったのは、神です。神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に“霊”を与えてくださいました。
この日、僕たちが日常よく使っている、また上記の聖書の箇所で書き手のパウロが使っている「私たち」という言葉について考える機会が与えられました。
高橋牧師は、「私たち」という言葉は2つの意味があると話されます。
一つは、「私たち」以外を排除する排他的な「私たち」です。アメリカが、そして日本の政府また国粋的な人、原理的な人などがよく言う「私たちは、仮想敵国からの武力的な攻撃に対して」という言葉の「私たち」は、「仮想」という想像上の敵を作りそれを排除することを「私たち」は求める、という意味で「私たち」と「あいつら」との間に線引きをしています。
細かく言えば、上記の例題のような相手が「あいつら」である否定的な関係と「平和を求める気持ちは私たちも持っているが、あなた方と行動はともに出来ない」といったような理解し、関係を何とか修復したい意思を持っている場合との2種類に分けることが出来るでしょう。
もう一つは、「人類の恒久平和は私たちの目的です」の「私たち」には排除する「あなたたち」が存在しない線引きのない包括的な「私たち」です。
「私たち」は誰を指すのでしょうか? そこに加わっている人、外された人・・・・、また、その包括・排除を自覚しているのか?無自覚なのか? 自分と近いのか?遠いのか? 関係を続けたいのか?やめたいのか?・・・・。
パウロは、この手紙を書く以前に、同じコリントに住む信徒(教会)あてに手紙を書いたことがあります。それが今日の聖書の箇所の最初の部分だったのでしょう。コリントからマケドニアに行き、再度コリントに行く予定だったのでしょうけれど、何らかの理由でそれが出来なかった・・・・。それが、ボタンの掛け違いが生じたのか「パウロは二枚舌を使った」「パウロは語ることと行動が違う裏表のある人だ」というような思いを生ませてしまったことに対しての弁明であり、関係修復をすべく手紙となったと思います。
「私たち」の最初の使い方の後者の例題のパターンです。
でもパウロは、教会はそうであってはならない、と説きます。
しかしそれは教会はクリスチャンの集まりだから、とか、クリスチャンは敬虔であるとかという理由ではない、と牧師は説きます。
クリスチャンでも出来ないものはできない。しかし、それが出来る可能性があるとすれば、そこに神がいるからだとパウロは言っているのです。僕らは「主イエス=キリストの御名によって」祈り、「主イエスにあって」と交わりに感謝します。僕らに出来ない完全な包括者、イエスの御後を僕らは歩んでいきたいものです。そこには、救いも感謝も交わりも境のない「私たち」でありたいものです。
神は真実な方です。だから、あなたがたに向けたわたしたちの言葉は、「然り」であると同時に「否」であるというものではありません。わたしたち、つまり、わたしとシルワノとテモテが、あなたがたの間で宣べ伝えた神の子イエス・キリストは、「然り」と同時に「否」となったような方ではありません。この方においては「然り」だけが実現したのです。神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。それで、わたしたちは神をたたえるため、この方を通して「アーメン」と唱えます。
わたしたちとあなたがたとをキリストに固く結び付け、わたしたちに油を注いでくださったのは、神です。神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に“霊”を与えてくださいました。
この日、僕たちが日常よく使っている、また上記の聖書の箇所で書き手のパウロが使っている「私たち」という言葉について考える機会が与えられました。
高橋牧師は、「私たち」という言葉は2つの意味があると話されます。
一つは、「私たち」以外を排除する排他的な「私たち」です。アメリカが、そして日本の政府また国粋的な人、原理的な人などがよく言う「私たちは、仮想敵国からの武力的な攻撃に対して」という言葉の「私たち」は、「仮想」という想像上の敵を作りそれを排除することを「私たち」は求める、という意味で「私たち」と「あいつら」との間に線引きをしています。
細かく言えば、上記の例題のような相手が「あいつら」である否定的な関係と「平和を求める気持ちは私たちも持っているが、あなた方と行動はともに出来ない」といったような理解し、関係を何とか修復したい意思を持っている場合との2種類に分けることが出来るでしょう。
もう一つは、「人類の恒久平和は私たちの目的です」の「私たち」には排除する「あなたたち」が存在しない線引きのない包括的な「私たち」です。
「私たち」は誰を指すのでしょうか? そこに加わっている人、外された人・・・・、また、その包括・排除を自覚しているのか?無自覚なのか? 自分と近いのか?遠いのか? 関係を続けたいのか?やめたいのか?・・・・。
パウロは、この手紙を書く以前に、同じコリントに住む信徒(教会)あてに手紙を書いたことがあります。それが今日の聖書の箇所の最初の部分だったのでしょう。コリントからマケドニアに行き、再度コリントに行く予定だったのでしょうけれど、何らかの理由でそれが出来なかった・・・・。それが、ボタンの掛け違いが生じたのか「パウロは二枚舌を使った」「パウロは語ることと行動が違う裏表のある人だ」というような思いを生ませてしまったことに対しての弁明であり、関係修復をすべく手紙となったと思います。
「私たち」の最初の使い方の後者の例題のパターンです。
でもパウロは、教会はそうであってはならない、と説きます。
しかしそれは教会はクリスチャンの集まりだから、とか、クリスチャンは敬虔であるとかという理由ではない、と牧師は説きます。
クリスチャンでも出来ないものはできない。しかし、それが出来る可能性があるとすれば、そこに神がいるからだとパウロは言っているのです。僕らは「主イエス=キリストの御名によって」祈り、「主イエスにあって」と交わりに感謝します。僕らに出来ない完全な包括者、イエスの御後を僕らは歩んでいきたいものです。そこには、救いも感謝も交わりも境のない「私たち」でありたいものです。
2008/03/01のBlog
[ 23:43 ]
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