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LOGOS-喜びを分かち合い、悲しみをともにするために-
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2008/03/18のBlog
TBSのNews23で中国の2つの問題を取り上げています。
一つはチベットの問題、もう一点は中国で人権問題で頑張っている胡佳さん、曽金燕さんご夫妻のこと。
国家を良くするのは国民が社会問題に関心を持ち、差別や偏見・蔑視をなくし、平等に最低の人権を持つことを国民が持ち、それと相反することを国家がする際には意見をする。また、そのために選挙を有効に利用することでしょう。
しかし、時には為政者はそうした国民を煙たがります。一部の利権のために、ほかの一部の人の人権が阻害されたり、差別されたりすることに見て見ぬ不利をするだけでなく、治安維持の名の下に不当な逮捕をします。
過日の横浜事件もそうでした。そして、戦後大きく法律が変わったことで、上告を棄却し、逮捕し拷問に掛けた憲兵は不問にふし、無罪の人を罪人のまますごさせることにしました。
そうした日本の過去の間違いを目の前にしていると、この中国の事件は心が痛みます。胡さんは逮捕され、曽さんは乳飲み子とともに軟禁されていると報道されました。
TBSの取材に、曽さんは子どもを日光浴させられないのが辛いと答えていました。
どうぞ中国の為政者の皆さん、自国の国民を信じてあげてください。自国を愛したゆえの社会運動です。
「PeaceCafeあしがら」と言うグループに属しています。緩やかな連帯で、自分の生活の中の平和を発信することで、周囲に、そして世界に平和を発信しようとしているグループです。
27号を持ってフリーペーパーは定期発行ではなくなりましたが、大きなテーマをみんなで語ろうという時には不定期に発行します。
もちろんフリーペーパー用の紙は有限資源ですので、闇雲に発行すればいいわけでもなく、また書きたいことも限られた紙面ですから制限もありますので、Blogでリングをしてフリーペーパーと連帯をしていければと思っています。

PeaceCafeのSiteです。
http://homepage2.nifty.com/peacecafe/

前号は、こちら です。

今回はピースウォークの広報に合わせたピースウォーク特集です。
PeaceCafeの発足時の参加表明を思い出しています、『日々の暮らしの中の平和』への期待を・・・・。
9条とかだけでなく、笑顔が溢れる家庭の延長の・・・・、何気ない団欒のときに感じる幸せ、そんな平和を積み上げていけばこそできる本当の平和を。

世のさまざまな平和運動には、「集会」であったり、「学習会」であったりといったイヴェントがあります。何人来てくれるかな? という気持ちと同時に、『平和は大切なんだよね』と多くの人が言う言葉ほど集客力がなく、その狭間で悩んだり落ち込んだりします。
世論と集客のギャップはどこから来ているのでしょうか? 市民が思っていない方向に進んでしまう政治。そして目を世界に転じればとどまる事を知らない戦争。運動をしても無駄という無念さや、「大切な思い」が為政者や指導者に届かないジレンマが、こうした集会への足を打ち砕いてしまうのかもしれません。

5年前連れ合いががんになりうろたえたことがあります。平和な日本にあって、でも、その時の家の中は病気への無知と、「何で彼女が」という意識で、我が家の中は平和ではありませんでした。そうした中、多くのがん仲間と出会い、励ましあい、力をあわせることで精神的に落ち着きを取り戻しました。その上、自身ががん患者の故山本孝史議員が「がん対策法案」の提出をし日本中のがん患者の後押しの下で法制化されました。

TVのニュースを見た時に心のどこかに理不尽さを感じたら、それは平和ではないのでしょう。戦争云々ではなく、心が乱れたら平和ではないと思うのです。
そうした時に、会話を通じて平穏な心を取り戻せる、そんな気軽で緩やかな集会をいつでも持ち続けて、初めての人が気軽に参加できる集会がある・・・・。一つの心の悩みをみなで解決する、これこそ平和運動なのでしょう。日本人の1/3を占めるがん患者は、すべてが結集してはいませんが、たとえば同じ病院で手術をした患者会があったり、同じ部位の患者の集まったインターネットでの交流があったりした末緩やかな連絡網が敷かれつつあります。その結果、法整備にもつながりました。熱い思いには無駄がなかったと思っています。気楽に会って話ができることは平和を作り出す一歩だと思います。家庭の中の平和は根底にある武力や威圧の支配ではないからなのでしょう。そして武力や威圧のない社会を作り出すのは、9条のもつ普遍の平和宣言です。
そんな平和を共に楽しみましょう。平和なイヴェントを楽しむことで地域も家庭内も平和であることを再確認しましょう。
歩くことが本当に楽しかった、うれしかったといわれるウォークにしたいものです。
MONOLOGUEさんの関連BlogにTBさせてもらいました。
2008/03/17のBlog
[ 18:42 ] [ |- ★礼拝説教を聴いて ]
棕櫚の主日、と呼びますこの日、僕たち小田原教会はゼガリア書9章9節~10節の聖書の言葉が与えられ、高橋敬基牧師より表題のタイトルの説教を受けました。
いつものように一信徒の僕が、説教を、聞いた感想を含めて記させてもらいます。

娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ろばに乗って来る、雌ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ。

小田原教会の礼拝は、主日の礼拝は子どもたちと一緒に受けており、聖書のみ言葉を聞いたあと、子どもたちは祝福を受けます。その子どもたちへのお話の中で牧師はエルサレムに入るイエス様の様子を話されました。イエス様を見ようと大勢の大人が集まり、子どもたちは背が低いのでイエス様を見ようとしても叶いません。仕方がないので大人の股の間を抜けて這い蹲(つくば)るように一番前まで行き、四つんばいで前を子ロバに乗って通りかかるイエス様を見た様子をおかしく語ります。大人たちは、ユダヤを救う王様なのできっと大きな馬に乗って来ると空を見上げて、イエス様を見つけられなかったんじゃないか?と子どもたちに語り掛けました。

馬ではないロバに乗ってきたことは何なのでしょうか? ロバは何を表そうとしているのでしょうか?
もしかしたら、(当時の一人乗りの)戦車を引く軍馬と対比させられるところにある、平和の中で生活する庶民、を現しているのかもしれません。

チベットが襲われています。確かにチベットの人たちの抗議も過激なのかもしれませんが、武器を持たない人に対しての発砲をしています。
しかし僕は、チベット・ネパールやモンゴルといったチョモランマを頂とした山岳部の国家がどういう歴史をすごしてきたかはあまり詳しくありません。ただ7世紀にチベット民族が国家を作ったものの、戦後同じ社会主義的な民族主義国家として旗揚げをした中国とインドが、それぞれ民主主義国家と共産主義国家としての方向を位置づけたことで対立をはじめた中、中央部に存続していたチベットが強引に中国に帰属させられたことから端を発するようです。当時の中国は、どこまでの意図があってチベットを帰属させたかはまったくわかりかねることですが、少なくとも最近はこの大地にはさまざまな重金属などが埋まっている可能性がうわさされており、おいそれと中国が手放すはずはないことは確かなようです。
自立がいいのか、従属がいいのかは、そこに住む住民が決めることであり、内情が詳しくない僕らが多くを語ることは避けたほうが無難ですが、この国(チベット)の国民の大きな支持を受けているダライ・ラマ師の公式声明 に真実があるような気がします。

平和的な抗議行動に続いて、この数日、ラサをはじめとするチベット各地で発生している事態に深い懸念を抱いています。これらの抗議行動は、現行の中国統治下で、チベットの人々の心に深く根ざしてきた憤りのあらわれです。
これまで絶えず申し上げてきたように、武力行使による統一と安定は一時的な解決にしかなりません。武力支配下にあっては統一と安定を期待するのは非現実的であり、平和的、永続的な解決策を見いだす助けとなることもありません。
したがって、私は、中国指導部に対して、武力の行使を中止し、チベットの人々との対話を通して、長年鬱積してきたチベットの人々の憤りに本気で取り組んでくださるよう訴えます。また、同胞のチベット人に対して、暴力に訴えないよう強く求めます。

2008年3月14日 ダライ・ラマ

完全な独立国であったチベットは、中国の武力によって侵略されました。武力弾圧や侵略された民族の中には、暴力には暴力をもって訴える人々もいます。しかしチベットの闘いは、暴力で戦うのではなく、非暴力で平和的に話し合う努力をすることなのです。
前 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所前代表 チョペ・ペルジョル・ツェリン


まさに師や指導者の発言は、無防備平和主義の闘い方であり、僕らはその闘い方や考え方をよく学ぶべきだと思います。それは、武器を持たないと決めた日本が、中国やアメリカといった武器を持つ大国の狭間でどう国際社会の中で自立するかという部分にも共通する面がたぶんにあるように思えるからです。
今日の聖書の箇所もまさにそうでした。牧師は、横浜事件の事務局をしていた最中、ジュネーブでチベットの人権問題を訴えに来た人たちと一緒になった時のことを踏まえながら語り続けます。
強大なローマ帝国の支配下のイスラエルに登場したイエスは、預言者たちからこの国を救うメシアといわれています。しかし、その軍事力を目の当たりにした民衆は、きっとその軍事力を超えた威力(たとえば、雷とか火の雨とかといった神通力で)ローマを滅ぼし、自国の開放をしてくれる存在と勝手に勘違いをしたわけです。
ですからそのイエスが、首都イスラエルに凱旋するにあたっては、立派な馬に乗ってくると思っていたのでしょう。
しかし、イエスは違いました。貧しい人譜が荷物を運ぶ際に使用するロバに乗ってきたのです。相手をおののかせ、蹴散らすことを期待した住民はその姿に違和感を覚えます。「どういう形が王のあるべき姿か?」に対してイエスは明確な答えを持っていました。
しかしイエスの意思は伝わらないどころか、それは不審が「可愛さ余って憎さ百倍」になっていきます。そして、その民衆の「十字架につけろ」の声に押されて、磔刑の死を迎えます。
無防備は無準備であってはいけない、と牧師は説きます。僕らは、イエスがどういう無防備を通して、どう死んでいったかを知っています。また、小田原が戦国時代に町が焼かれずに町民が死なずに、トップの責任だけで終わったことも知っています。
無防備とは何か? ガンジーもダライラマもそして北条氏政も、どうすることが一番被害を出さずに権力と戦えるか?を熟考し模索したのでしょう。それはまさにイエスの生涯のとおりだったと思います。

アメリカが中東を攻撃するにあたり、インドの基地を借用するなどがあり、中国の周辺のネパールやブータンなどの目先も中国からインドの方を向き始めました。中国は広大な他民族の国家として、貧富の差を少なくしながら政治をしていくのは極めて厳しいことは、上海や広州・北京と、こうした地方の民をコントロールが出来きれなくなっているのではないでしょうか?
そうした中、中国は今までどおり情報が漏れないことや、東アジアの中では大国を自負しているだけでは国家をまとめきらないのは明白だと思います。80余名もの方の命がなくなったのは、中国軍の武力による制圧の結果です。しかし、中国政府は、兵器の使用をしていないと公式に発言しましたが、日本人観光客のビデオカメラには多くの戦車が写っていました。そしてその方は深夜に大豊の轟音を聞いています。
反乱がおきた、このことをどう解釈するか? 少なくとも不満な点があることを理解し、そこに銃口を向けるのではなく、会話の窓口を向けてもらうことを、世界の為政者すべてがそうであるように切に祈ります。
チベットの事件についてのコメントを記載されている駄文徒然日記さまにTBさせてもらいました
2008/03/15のBlog
[ 17:01 ] [ |- ●平和・国際問題 ]
小田原無防備平和条例は『署名総数8.094筆、無効数623筆、有効数7.471筆』で無事に、と言いますが、これほど多くの方の支持を頂いたことを誇りに思って市長に提出されました。
そして、公式Siteにも記されているとおり

3月21日(金)13時30分 本会議 
◇小田原市長の条例案への意見書提出

3月24日(月)10時 本会議 
◇請求代表人の意見陳述 
 意見陳述は「6人以内 60分以内」
◇本会議終了後 総務常任委員会で条例案審議

3月27日(木) 本会議 条例案採択(時間未定)


という予定で、小田原市議会での審査を受けます。
さまざまな意見の方がいます。このBlogにも僕と意見を異にした方からご意見も頂きました。意見交換ができたことは本当に感謝です。
しかし、僕が意見を変えなかったことは、『有事の際の被害が少ないのは無防備の方である』と言う考えを覆すことができなかったからです。

それでも今後もいろいろな意見の方と話し合いたいです。と同時に『小田原無防備平和宣言』が可決したとしても、執行(宣言)を出すような有事にならないように、平行して平和を言い続けたいものです。

「武器の使用禁止3原則」は、『作らない』『使わない』『使わせない』です。
無防備と言う発想は危険だ、と言う方の多くは、使ったら報復するぞ!と威嚇し『使わせない』ことで平和を保とうとしています。
しかし、残りの2つはその使わせないのと同じだけの効果、いや何よりも『作らせない』が蔓延すれば、『使わない』ことも『使わせない』ことも難しくはありません。
皆が使わないから作っても無駄だ。そう思える社会を作り上げるためにも、議会の中で有益な審議がなされれば言いな、と思います。
2008/03/13のBlog
過日頂いた「御殿場菜」。白いご飯とこれさえあればほかに何にもいらない!! と、わが夫婦は部類のご飯好き、かつ見た目(1汁1菜でもOK)より中身重視なので、こうしたお漬物大好きなんです。
そんな訳で頂いた食材もアッと言う間に底をついてドンヨリの今晩、小山に住むMさんから思いがけないお届けもの。
地場のJAは、最近『水かけ菜』のブランドで販売しているようです。
いっぱいいっぱいもらって、ニコニコの夫婦(ふたり)です。

Mさんありがとう(^o^)/
[ 17:43 ] [ |- ●野宿者(ホームレス)問題 ]
野宿者の方のところを訪問する際にパトビラと称す1枚の紙をもって行きます。それは会話をしやすくするための道具であり、突然一方的に野宿の方のところに行くのですから少し自分たちを知ってもらいたいがために、また緊急のときの連絡先としての教会の電話番号をお知らせするために、書いています。なるべくなら、一人一人の信教の自由を考慮して僕ら教会の信仰には触れないようにと思いながらも、クリスマスとイースター前の洗足の木曜日に際しては、どうしてもそれがテーマになってしまいます。
特に洗足の木曜日は訪問をお休みするわけですから、その理由を含めて2000年前のエピソードを毎年少しずつ話の内容を変えて書いています。
今年のパトビラは以下のとおりです。

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この次の木曜は、教会で大事にしている行事『洗足の日』です。当時、日本のわらじのようなサンダルで歩いていた人が外から家に上がるときには奴隷がその主人や客人の足を洗いました。それを主人であるイエス様が弟子たちの足を突然洗い出したので、弟子たちはびっくりしましたが、イエス様は『このようにしなさい』と教えながら洗い続けました。
世の中の価値観とか常識は間違ったことがたくさんあります。戦争中は『鬼畜米英』といっていましたが、今ではアメリカ人やイギリス人とも仲良く暮らしています。
ちょんまげを結うのは当たり前だった時代もありましたが、今ではちょんまげを結うのは相撲取りくらいしかいません。
そうした時代と共に変わってしまう常識もあれば、『隣人を愛しなさい』のように普遍な価値観もあります。世の中に流されないようにその見極めができることの大切さ、をゆっくり考えるのも大切かもしれません。
20日の日は、教会においてそうしたことを考え、神様に感謝する日なので、パトはお休みさせていただきます。

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本当ならば、洗足の木曜日ほどパトをしなければならない、と思うジレンマにも襲われますが、礼拝を優先させてしまっています。
[ 14:05 ] [ ■アウトドア・趣味 ]
寝台急行『銀河』が昨晩ラストランしました。
湘南電車が『お茶とみかん』のグリーンとオレンジの車体であったり、中央線が『雪と山』の白と青の車体であり、都心を走る山手、京浜東北・中央線が単色のカラーであり見慣れた姿にあるのに対して、ブルトレの異名をとる寝台列車は、一種の旅愁を掻き立てるミッドナイトブルーで、車両の横の小窓に表示される遥か遠い地名の地までこの列車の中で寝ているだけでいける、という、それだけで興奮するような感がありました。
そんな中でも距離が短く、急行という料金の安さで、一度乗ってみたいという気持ちが幼い中興の頃から湧いたのが『銀河』でした。
その後社会人になり、地方の友人に合いに行く際に、何度か憧れの寝台特急に乗る機会がありましたが、新幹線の台頭化もあってとうとう『銀河』には乗る機械がないまま最後の日を迎えてしまいました。
この日の260席は発売開始わずか30秒で完売、と、今日日人気アイドルのコンサートのチケットより確保が難しかったようです。
きっと今よりも『旅』の主体が電車であった世代のご同輩が、その若かりし日の旅への憧れと旅愁、そしてその主体であったブルトレへのお別れとの気持ちでそのチケット確保に群がったのでしょう。

格安の深夜バス、そして格安のホテル。今風の格安の旅のスタイルは変わりました。
僕自身もキャンピングカーという道具を手に入れ、鉄道に乗る機会は極端に少なくなってしまいましたが、車窓から見る景色のよさは、高速道路の防音壁の味気なさと違って優雅さがあります。
時折で良いから、そして青春18切符でいいから、のんびりと車窓を楽しむ贅沢な時間を持ちたいものです。
2008/03/11のBlog
[ 17:01 ] [ ▼雑記 ]
・・・・なんていうタイトルをつけると、メンタル面で何かあったのか? と思われてしまうかもしれませんが、なんていうことありません。
昨日、猫に額ほどの我が家の庭のかたすみにふきのとうが芽を出していました。
さっそく連れが新芽を採っててんぷらにしてくれました。
衣と油の甘さの奥から、ふきのとうのほろ苦い味と香りが漂い、なんともいえない絶妙なハーモニーに酔いしれます。
春はやっぱり山の幸ですよね。タラノメ、そしてつくし。そして辛子醤油で食べる菜の花も大好きです。この時期は個人的に植に関して一番贅沢な気持ちが味わえます。

そして昨日、水菜(御殿場菜)を頂きました。雪の積もるような山間で伏流水が豊かなところではその地の名がついた水菜がこの時期出回ります。
御殿場菜もその一つですが、グラムあたりの単価はまるで牛肉並み。なかなか自前で買って食べられる食材ではありません。
しかし、むかし駿河小山の御殿場菜を作られている方のところに見学をしに行きましたが、まだ雪の残るせせらぎの中で塔菜(御殿場菜)をとるのを見てこれなら高いのも必然だと思ったことがあります。
ちなみに有名ではないのですが、この駿河小山のわさびの品質は非常に高く、伊豆半島や信州安曇野に勝るとも劣らないといわれています。

さぁ、いよいよ春です。実感はなくても大自然はそう教えてくれています。キャンデーズではありませんが、重いコート脱いで出かけませんか?
2008/03/10のBlog
[ 21:35 ] [ |- ●平和・国際問題 ]
いま、TBSで東京大空襲の番組をやっていますね。
この惨劇の執行命令者は、重慶の無差別空襲を批判したヘイウッド・S・ハンセル准将が更迭され、そのあとに着任したカーチス.E.ルメー少将だったのですね。
ルメー少将は、このあとヒロシマ原爆の投下責任者でもあります。
そして、その後日本は彼に勲章を与えています。

僕は以前この理不尽を自分のWebSite に記したので名前を覚えていました。

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日本政府、原爆投下作戦式:カーチス.E.ルメー大将に勲一等旭日大綬章を贈る。1964年12月4日

米空軍参謀総長のカーチス・E・ルメー空軍大将は極東視察旅行の途中、6日夕横田基地着の米軍用機で来日、7日防衛庁に小泉長官を訪問・懇談するが、政府はこれに先立ち4日の閣議で同大将に勲一等旭日大綬章を贈る事を決めた。ルメー大将は戦時中、東京爆撃を行ったマリアナ基地の米第21爆撃航空隊司令官を務めた人だが、戦後、昭和36年7月から米空軍参謀総長としてバッジの建設、レーダーサイトの日本移管など航空自衛隊の育成強化に功績が多かったとして今度の来日を機会に勲章を贈呈する事になったものである。
広島への原爆投下のテニアン基地での最高責任者が、カーチス.E.ルメー少将(当時)だった。彼は第20航空軍司令官としてワシントンにいたカール.スパーツ将軍の直接の指揮下にいた。ルメー少将は1945年8月はじめて在テニアンのままスパーツ将軍の参謀長となり、対日原爆攻撃の戦術面での直接責任者として作戦を練った。
テニアン基地には第509混成空軍隊がいたが、彼はその中からポール.チペッツ大佐らを原爆投下要員に選び、8月6日広島へ「エノラ.ゲイ号」を発進させた。広島への攻撃は当初8月1日という予定だったが、天候に彼は慎重で、結局リトル・ボーイは、彼の判断で6日に広島に投下された。
なお、原爆投下にあたり、高々度の単機使用という作戦はルメー将軍の立案である。(以上、マンハッタン計画の責任者R・L・グローブス将軍の回想録から)

ちなみに、旭日章は、勲功のある男性に与えられる勲章であり、旭日東天にいずる清楚さとその意気を象徴。昔からわが国に関係の深い日章をかたどり、桐紋を配しているそうです。
春秋外国人叙勲
春秋叙勲と同様、毎年2回、春は4月29日、秋は11月3日に、我が国との友好の増進等について顕著な功績を有する外国人を対象に実施されます。
しかし彼は視察旅行にあわせて特別の叙勲でした。

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国家は国民の安全を守る義務があります。その国民が、東京で、そして広島で惨劇にあってから10年程度で、国家がその指令を下した人を表彰することはいかがなものでしょうか?
原爆被害者が日本政府を訴えた、いわゆる「下田判決」においては国家に守ってもらえなかった国民心情・国民の損害を加味するよう政府に要求ました。
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(前略)不幸にして戦争が発生した場合は、戦争災害に対して当然国家補償の問題が生じるであろう。本件に関係するものとしては「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」があるが、この程度のものでは、とうてい原爆被害者に対する救済、救援にならない事は明らかである。
国家はこれに対して十分な救済策をとるべき事は当然であるが、終戦後十数年を経て高度成長をとげたわが国において、国家財政上これが不可能であるとはとうてい考えられない。われわれはこの訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおかれない。(後略)
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2008/03/11

東京大空襲というキーワードでBlogを書かれている方のところを廻ってみました。どんな気持ちであの番組を見たのか? に興味を持っています。
そしてその中で一つのエピソードを紹介しているBlogに出会いました。
おちゃらけママの毎日更新ブログさんです。

昨晩のドラマの中で、空襲の後大本営発表の「その他の人たち」という言葉に憤りを覚えた主人公。
得てして大勢の死の中に埋もれてしまいがちな、それでも必死に生きている人生を意図も簡単に、何のためらいもなく殺戮する戦争に主人公のやり場のない憤りは存在するのでしょう。

昼下がりのマダムさんのBlogにTBさせてもらいました。

眠り狂五郎さんも興味深い切り口でのコメントを書いてくれています。
[ 21:22 ] [ |- ★礼拝説教を聴いて ]
3月9日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉は創世記 1章26~31節、標記のタイトルの説教を東のぞみ伝道師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。


新興宗教を除く多くの宗教は、天文・医学をはじめとする科学が今以上未熟な時代にほぼ完成をしたと思います。そして、5000年から2000年という時代、根幹は変わることなく進んだことに僕は、当時の科学の未熟と現在の進歩の間には然程の差を感じないところも一面感じています。
聖書の言葉は、やはり神の言葉だと思えるのですが、それでも『燕雀いずくんぞ、鴻鵠の志を知らんや』という故事ではありませんが、未熟な人間は神の言葉を人間がわかるように記すことはできずに、それゆえ少し科学が進めばその記述の中に間違いを見つけて信憑性を疑う、ということの繰り返しのように思えます。
特に聖書のみならず神道などの神話も、神がこの世を作ったところは『神からの啓示+人間の創造性』を駆使したものだと思います。
そんな創世記の最初の天地創造が今日の説教の箇所でした。
東伝道師は、今日の箇所のポイントを『神の姿にかたどった』という支配をどう解釈するのか? にあわせて話し始めました。神の箇所に似せて人を形づくられた、ことに関して聖書はどこをどのようにという詳細を記していません。もしかしたら神は自分自身に自問自答をしているのを、もう一人の『私』に対して『私』が、『私』ともう一人の『私』で『私たち』という複数形で書いたのかもしれないといいます。そして、それを受けて『神との関わりのみが人間の存在意義』であると詩篇で神に応答しています。
神がすべてを見て満足をしたこの世界。それを似せて形づくられた私たちは、管理する支配の責任を持つべきなのでしょう。
支配とは何か? 今ほど人の力が自然の前に立ちはだかれなかった時代。その時の人の支配とはなんだったか?も想像すべきなのかも知れません。
ただ、時代の変化、人間の叡智の変化があったとしても、神と人間の関係は『創造主』と『創造主に似せられて作られたもの』であることは変わりません。ですから神が万人を愛し続けたことを鑑みれば、おのずとそれに似せて作られた人間も何をすべきかは想像できなくはないと思います。
教会は、クリスチャンは、周囲の命とどう向き合うか? 誰と向かい合うのか? 何を目指すのか? それを聖書の最初の言葉から読み明かしたいものです。
2008/03/09のBlog
いよいよ畑宿です。ここまで1時間20分でした。
このあと、湯本まで前回と同じルートで歩きましたのでそれと比較すると、今日のスピードの方が若干速いかもしれません。

畑宿石畳入り口 - 畑宿石畳出口
前回(石畳) 0:09
今回(県道) 0:05
*県道のほうが早いようです。

発電所石畳入り口 - 発電所石畳出口
前回 0:05
今回 0:04

発電所バス停 - 天狗神社
前回 0:05
今回 0:04
天狗神社 - トイレ
前回 0:04
今回 0:03
トイレ - Hはつはな
前回 0:09
今回 0:07
Hはつはな - 天山
前回 0:16
今回 0:14
天山 - 湯本駅
前回 0:25(昼食時間30分を除く)
今回 0:23
2回の予行練習で大まかな雰囲気はつかんでいただけましたでしょうか?
あと40余日です。
見晴茶屋までは石畳の道を歩きました。
ここで県道732号線と石畳のメリット・デメリットを考えて見たいと思います。

国道・県道のデメリットは、まず第1に車の危険性があげられます。第2に楽しくないことがあげられます。
逆に石畳のデメリットは、疲れることが第1にあげられます。苔むした道、角が取れた石、でこぼこが激しい道で、長々と歩いた方には疲労を増す可能性があるやと思います。

疲れた体は、注意力が散漫になり、それが足元なのか周辺の車なのかが問題でしょう。
今回の地図の真ん中あたりで、石畳から県道に戻る道もあります。ここで戻るのも一考だと思います。(地図はクリックで大きくなります)
そうは言っても歩くのが楽しいのはこうした雑木林の中でしょうね。
元米兵の方も歩いていられるとか・・・・。
江戸時代の日本の道を楽しんでくれたらいいですね。
見晴茶屋で県道に戻りますが、ここから何度かヘヤピンカーブの間に作られた階段でショートカットできます。
一番の問題は、このヘヤピンカーブが県道732号だけでなく、箱根新道と何度か交差をしています。
その橋の下は狭く、歩道がなく、カーブで視界が悪いです。
甘酒茶屋からいよいよ七曲に入っていきます。
(クリックで地図が大きくなります)
最初のヘアピンカーブの前あたりに車道と歩道の分岐があります。
歩道は階段を上るのですが、これは必ず登りましょう。
階段は急斜度を上り下りできるので、ヘアピンカーブを避けてショートカットできるので早いです