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2008/04/22のBlog
[ 12:51 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
「9条ピースウォークおだわら」が明日に迫ってきました。
静岡のヒカリさんや重箱のスミさんから、メールや電話でどんだけ楽しいウォーキングだったかの連絡が入っており、気分はすでに遠足前日(笑)
気になるお天気は、どうやら明日いっぱいは曇りの予報で、気温も15-17℃、風も風速1m程度余暇なり心地よさそうな感じ。16km強の道のりを歩きには最高の天気です。
強烈な雨男の僕が先導する企画なのに、本当でしょうか(笑)
先ほどピースウォークおだわらのリーダー笹鶏さんが道路使用許可の申請書を持ってきてくれました。
昨晩の最終打ち合わせで、僕の連絡すべきところには全部手配をし終わりました。
特製のTシャツも用意しました。
さぁ、あとは今晩ゆっくり休んで明日に備えましょう。
明日一日(だけでも)一緒に歩けるよ、という方、ご一緒しませんか?
小田原駅発 6:50 の箱根町行きのバスに乗って、連続ウォークの方と合流します。
静岡のヒカリさんや重箱のスミさんから、メールや電話でどんだけ楽しいウォーキングだったかの連絡が入っており、気分はすでに遠足前日(笑)
気になるお天気は、どうやら明日いっぱいは曇りの予報で、気温も15-17℃、風も風速1m程度余暇なり心地よさそうな感じ。16km強の道のりを歩きには最高の天気です。
強烈な雨男の僕が先導する企画なのに、本当でしょうか(笑)
先ほどピースウォークおだわらのリーダー笹鶏さんが道路使用許可の申請書を持ってきてくれました。
昨晩の最終打ち合わせで、僕の連絡すべきところには全部手配をし終わりました。
特製のTシャツも用意しました。
さぁ、あとは今晩ゆっくり休んで明日に備えましょう。
明日一日(だけでも)一緒に歩けるよ、という方、ご一緒しませんか?
小田原駅発 6:50 の箱根町行きのバスに乗って、連続ウォークの方と合流します。
閑話休題・・・・
箱根の山を歩く、事について考えて見たいと思うのです。
21世紀、アスファルト舗装の上をビュンとひとっ走り軽快に走り抜けるドライブではなくて、まだ関東を坂東と呼んでいた頃のことを・・・・。
いや、それだけでなく、縄文・弥生時代の全国の先人たちの思いを・・・・。
大きく険しくそびえ立つ山の向こうに行こうとしたのは何か?
彼らは何を求めていたのか、と言えば、単に宝石や矢じりを作るための黒曜石を求めてだけではないと思うのです。
知りえないものへの探究心・・・・。これが彼らを山の向こうに生かせて原因でしょう。
今回全道を歩破する方のお一人が、できれば箱根では舗装されていない、誰が歩いたか分からない道も歩きたい、と言ったとか・・・・。
古代探究心のみで険しい山に入り込んだ人たちは、きっとそんな獣道を歩いていたのでしょう。
「未知」なる地へ続く「道」。結構ゴロあわせがいいじゃない。きっと語源は一緒かもしれないな、なんて思ったりもしました。
韻を踏んだり、ゴロあわせが好きなのは僕だけでなく、古今東西多くの人間の趣味であったのは、漢文の授業で絶句を学んだことでも推測できるし、旧約聖書の詩篇も僕はあんまり美しい調べと思えないのは日本語だからで、原文はきれいな韻を踏んでいたりするそうです。
そうトラブルとトラベルも同じ言葉から発生したと言うのを聞いたことがあります。見知らぬところへの旅は、いざこざの危険性をはらんでいる。郷に入っては郷に従え、の言葉通り。
『未知なる道』も『トラブルあるとラベル』も、みんなそんな豊かな好奇心。天下の険と歌われた箱根の先にはきっと探究心を満足させる夢や希望があります。
それは、憲法9条だけで平和を実現するのは難しい、と言われている最中、それを実現できる方法への探求と希望です。
そんなゴロ合わせや韻を踏んだ音楽が最近若者の間でも流行っているそうです。
ラップミュージック・・・・FOUNDATION MOVEMENT の2人が、小田原でもヒッポホップを演奏してくれるそうです。14:20-小田原駅前のポケットパークに集合!!
check it out!!!!
箱根の山を歩く、事について考えて見たいと思うのです。
21世紀、アスファルト舗装の上をビュンとひとっ走り軽快に走り抜けるドライブではなくて、まだ関東を坂東と呼んでいた頃のことを・・・・。
いや、それだけでなく、縄文・弥生時代の全国の先人たちの思いを・・・・。
大きく険しくそびえ立つ山の向こうに行こうとしたのは何か?
彼らは何を求めていたのか、と言えば、単に宝石や矢じりを作るための黒曜石を求めてだけではないと思うのです。
知りえないものへの探究心・・・・。これが彼らを山の向こうに生かせて原因でしょう。
今回全道を歩破する方のお一人が、できれば箱根では舗装されていない、誰が歩いたか分からない道も歩きたい、と言ったとか・・・・。
古代探究心のみで険しい山に入り込んだ人たちは、きっとそんな獣道を歩いていたのでしょう。
「未知」なる地へ続く「道」。結構ゴロあわせがいいじゃない。きっと語源は一緒かもしれないな、なんて思ったりもしました。
韻を踏んだり、ゴロあわせが好きなのは僕だけでなく、古今東西多くの人間の趣味であったのは、漢文の授業で絶句を学んだことでも推測できるし、旧約聖書の詩篇も僕はあんまり美しい調べと思えないのは日本語だからで、原文はきれいな韻を踏んでいたりするそうです。
そうトラブルとトラベルも同じ言葉から発生したと言うのを聞いたことがあります。見知らぬところへの旅は、いざこざの危険性をはらんでいる。郷に入っては郷に従え、の言葉通り。
『未知なる道』も『トラブルあるとラベル』も、みんなそんな豊かな好奇心。天下の険と歌われた箱根の先にはきっと探究心を満足させる夢や希望があります。
それは、憲法9条だけで平和を実現するのは難しい、と言われている最中、それを実現できる方法への探求と希望です。
そんなゴロ合わせや韻を踏んだ音楽が最近若者の間でも流行っているそうです。
ラップミュージック・・・・FOUNDATION MOVEMENT の2人が、小田原でもヒッポホップを演奏してくれるそうです。14:20-小田原駅前のポケットパークに集合!!
check it out!!!!
2008/04/20のBlog
[ 16:15 ]
[ |- ★礼拝説教を聴いて ]
4月20日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉は、ガラテアの信徒への手紙5章13~25節、標記のタイトルの説教を高橋敬基牧師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。律法全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです。
だが、互いにかみ合い、共食いしているのなら、互いに滅ぼされないように注意しなさい。わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。肉の望むところは、霊に反し、霊の望むところは、肉に反するからです。肉と霊とが対立し合っているので、あなたがたは、自分のしたいと思うことができないのです。
しかし、霊に導かれているなら、あなたがたは、律法の下にはいません。肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。
これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。
キリスト・イエスのものとなった人たちは、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけてしまったのです。わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう。
キリスト者になる、ということは、イエスが十字架を背負って生涯を終えたように、僕らも人生の中の十字架を見つけ、それが他人の価値観ではなく、自分の価値観、また、イエスならどうするのか? を考えながら愚直に生きることでしょう。
受洗をする前の過去、つまりは社会の価値観に振り回され、他人の目におびえ、時には自分を殺していい隣人を演じなければならない時もあり、その度を過ごせば精神的に参って心の病を起こすこともあるでしょう。そうしたものは重いくびきであるから、自分が共に背負ってあげよう、というイエスの隣人愛に甘えることが受洗の意義なのかもしれません。ですから洗礼を受けたものは、過去の囚われに死に、新たな命に生き、その命は主イエスが共に居ればこその自由、古い自分からの解放だとおもいます。
ガラテアの信徒は、イエスをキリストと信じた時点で自由になったはずです。しかし、またかこの律法に囚われるようになったことを、手紙の著者パウロは問題視します。
ガラテアの信徒は、闇雲にイエスの教えよりユダヤ教の掟が良いとイエスの教えを捨てたわけではないでしょう。イエスの弟子でありながら、それでもユダヤ教時代の生活様式や考え方と言った、「周囲の常識」にも従うことも含めたほうが良いのではないか、美風ではないか、と思ったのではないでしょうか。
律法も一緒に守っても良いじゃないか! というのは、彼らがまた「律法の奴隷」に戻ることです。自由をもらいながら、その自由をもてあまして奴隷のみのほうが楽だといっているのです。
河島英五さんという言うシンガーソングライターが居ました。その方の歌に「てんびんばかり」という歌があります。そのワンフレーズに『ウチの子犬は、とても臆病で、独りでは街を歩けない。 首輪をつけると、とても自由だ。 僕を、神様だと、思っているんだろう。』というのがあります。想像に難しくありません。
そう、今日の説教のタイトルはフランスの哲学者サルトルの言葉だそうです。僕の勝手な推測ですが、遠藤周作氏の初期の作品の主人公は、サルトルがモデルのような気がします。・・・・いや、話がそれました。フランスの哲学者も日本のミュージシャンも同じようなことを考えているのだな、と思いました。
イエスの示した過去からの解放は、周囲の生きかたや考え方と違ってもいい、彼らの価値観と違う価値観にも大きな意味がある、という「世の常識」からの開放です。でも、そんな今までの方が歩いた道以外もあるといわれても、その道を探すのは自分自身なのです。
四方八方に荒野が広がります。その先には険しい山が見えています。激流も見えています。ただ、今までの多くの方が歩いたところは、踏み固められ道となっていて一番歩きやすそうなんです。
さて、話は変わりますが、先の聖書の箇所でパウロは途中でユダヤ教の価値観・倫理観を否定し、対してキリスト教の価値観を伝えます。冷静に考えれば、このパウロも実は過去の価値観に縛られ、それをベースに話を進めているのがわかります。
パウロでさえ、その呪縛の中で、その呪縛から逃れようともがいているのでしょう。その事実は、僕にとってはホッとする出来事です。パウロはきっと、律法自身が悪いのではなく、枝葉にこだわってはいけない、といいたいのでしょう。
律法に記されてありながら、今日の聖句でパウロが最後に書いている共通点は、神に従い隣人を愛すことです。「他者」との良い関係、それはそのまま神との良い関係であり、それを「愛」という言葉で僕らは使っているのでしょう。
だが、互いにかみ合い、共食いしているのなら、互いに滅ぼされないように注意しなさい。わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。肉の望むところは、霊に反し、霊の望むところは、肉に反するからです。肉と霊とが対立し合っているので、あなたがたは、自分のしたいと思うことができないのです。
しかし、霊に導かれているなら、あなたがたは、律法の下にはいません。肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。
これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。
キリスト・イエスのものとなった人たちは、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけてしまったのです。わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう。
キリスト者になる、ということは、イエスが十字架を背負って生涯を終えたように、僕らも人生の中の十字架を見つけ、それが他人の価値観ではなく、自分の価値観、また、イエスならどうするのか? を考えながら愚直に生きることでしょう。
受洗をする前の過去、つまりは社会の価値観に振り回され、他人の目におびえ、時には自分を殺していい隣人を演じなければならない時もあり、その度を過ごせば精神的に参って心の病を起こすこともあるでしょう。そうしたものは重いくびきであるから、自分が共に背負ってあげよう、というイエスの隣人愛に甘えることが受洗の意義なのかもしれません。ですから洗礼を受けたものは、過去の囚われに死に、新たな命に生き、その命は主イエスが共に居ればこその自由、古い自分からの解放だとおもいます。
ガラテアの信徒は、イエスをキリストと信じた時点で自由になったはずです。しかし、またかこの律法に囚われるようになったことを、手紙の著者パウロは問題視します。
ガラテアの信徒は、闇雲にイエスの教えよりユダヤ教の掟が良いとイエスの教えを捨てたわけではないでしょう。イエスの弟子でありながら、それでもユダヤ教時代の生活様式や考え方と言った、「周囲の常識」にも従うことも含めたほうが良いのではないか、美風ではないか、と思ったのではないでしょうか。
律法も一緒に守っても良いじゃないか! というのは、彼らがまた「律法の奴隷」に戻ることです。自由をもらいながら、その自由をもてあまして奴隷のみのほうが楽だといっているのです。
河島英五さんという言うシンガーソングライターが居ました。その方の歌に「てんびんばかり」という歌があります。そのワンフレーズに『ウチの子犬は、とても臆病で、独りでは街を歩けない。 首輪をつけると、とても自由だ。 僕を、神様だと、思っているんだろう。』というのがあります。想像に難しくありません。
そう、今日の説教のタイトルはフランスの哲学者サルトルの言葉だそうです。僕の勝手な推測ですが、遠藤周作氏の初期の作品の主人公は、サルトルがモデルのような気がします。・・・・いや、話がそれました。フランスの哲学者も日本のミュージシャンも同じようなことを考えているのだな、と思いました。
イエスの示した過去からの解放は、周囲の生きかたや考え方と違ってもいい、彼らの価値観と違う価値観にも大きな意味がある、という「世の常識」からの開放です。でも、そんな今までの方が歩いた道以外もあるといわれても、その道を探すのは自分自身なのです。
四方八方に荒野が広がります。その先には険しい山が見えています。激流も見えています。ただ、今までの多くの方が歩いたところは、踏み固められ道となっていて一番歩きやすそうなんです。
さて、話は変わりますが、先の聖書の箇所でパウロは途中でユダヤ教の価値観・倫理観を否定し、対してキリスト教の価値観を伝えます。冷静に考えれば、このパウロも実は過去の価値観に縛られ、それをベースに話を進めているのがわかります。
パウロでさえ、その呪縛の中で、その呪縛から逃れようともがいているのでしょう。その事実は、僕にとってはホッとする出来事です。パウロはきっと、律法自身が悪いのではなく、枝葉にこだわってはいけない、といいたいのでしょう。
律法に記されてありながら、今日の聖句でパウロが最後に書いている共通点は、神に従い隣人を愛すことです。「他者」との良い関係、それはそのまま神との良い関係であり、それを「愛」という言葉で僕らは使っているのでしょう。
2008/04/19のBlog
[ 00:28 ]
[ ▼雑記 ]
仕事でオフコンを使っています。簡単なプログラムしかかけないので、非常勤のアドバイザー兼助っ人の人と一緒に今日は古いデータをオフコンからPCに移動する作業をしていました。
業界が少し特殊なので、当社の見積書は5年位有効の場合があります。ですからプラス1年つけて、2002年以前のデータを移そうとチェックをかけていたときのことです。
見積もり有効期限1980年**月**日の文字。で、見積もり作成日を見ると2008年$$月$$日。
どう考えても作成日より有効日のほうが前づけはおかしいし、28年前はこの機種のマシン(同一言語)は使っていなかったはずと、2人でチェック。
すると分かりました。作成者が、年数を「08」と打つところを「80」と打ったらしいです。
それだけなら2080年までが有効期限になり、削除データには入ってこなかったのでしょうけれど、あの2000年問題(覚えていますか?21世紀直前にコンピュータが誤作動を起こすのではないかと戦々恐々となったことを・・・・)
西暦を4桁にするのはボリュームの無駄と当社も大方の企業に右に倣えで、YYMMDDの6桁で年月日を記載します。そしてプログラムを組んだとき(1985年頃)に将来2000年になったら下2桁だと00年で1999年の99年より小さくなってしまうので、誤作動をしないように、
もし年数が80より大きかったら、その頭に19をつけなさい
もしそれ以外だったら、その頭に20をつけなさい
と言う命令をプログラムに書き込んでいたのです。
その結果、「08」と打つべきところ「80」と打ってしまったので、年号2桁→4桁の時点で、上記の命令形より19がつけられ、1980年となってしまったのです。
いやはや、2008年になって2KY-troubleに巻き込まれるとは思ってもいませんでした。
たいしたミスでなくてよかったです。
業界が少し特殊なので、当社の見積書は5年位有効の場合があります。ですからプラス1年つけて、2002年以前のデータを移そうとチェックをかけていたときのことです。
見積もり有効期限1980年**月**日の文字。で、見積もり作成日を見ると2008年$$月$$日。
どう考えても作成日より有効日のほうが前づけはおかしいし、28年前はこの機種のマシン(同一言語)は使っていなかったはずと、2人でチェック。
すると分かりました。作成者が、年数を「08」と打つところを「80」と打ったらしいです。
それだけなら2080年までが有効期限になり、削除データには入ってこなかったのでしょうけれど、あの2000年問題(覚えていますか?21世紀直前にコンピュータが誤作動を起こすのではないかと戦々恐々となったことを・・・・)
西暦を4桁にするのはボリュームの無駄と当社も大方の企業に右に倣えで、YYMMDDの6桁で年月日を記載します。そしてプログラムを組んだとき(1985年頃)に将来2000年になったら下2桁だと00年で1999年の99年より小さくなってしまうので、誤作動をしないように、
もし年数が80より大きかったら、その頭に19をつけなさい
もしそれ以外だったら、その頭に20をつけなさい
と言う命令をプログラムに書き込んでいたのです。
その結果、「08」と打つべきところ「80」と打ってしまったので、年号2桁→4桁の時点で、上記の命令形より19がつけられ、1980年となってしまったのです。
いやはや、2008年になって2KY-troubleに巻き込まれるとは思ってもいませんでした。
たいしたミスでなくてよかったです。
2008/04/18のBlog
[ 01:02 ]
[ ★信仰・教会 ]
聖書はまったく間違いがない、という人がいます。僕は否定もしませんが、肯定はできません。
それは聖書が神によって啓示され、聖霊が人に下って書かせたとしても、所詮パピルスに書いたのも、そのパピルスを他のパピルスに写し換えたのも不完全なものである人のなせる業で、「正しい人は誰一人としていない」と思っているからです。神の能力に比べたら無に等しい人間のなせることです、どこでどのような間違いをしているかはわからない、というのが「聖書」の書き記しに関してでも僕はそう思うのです。
では、聖書はまったく当てにならないかといえば、僕はその点に関しては頑なに否定をします。
神の教えを何とか後世に伝えようという「不完全な」人々の最大限の努力と、そこに真理があると信じた人の熱意は聖書研究という学問と信仰という両面から旧約の時代何千年もの間の血の滲む努力の上にあり、そしてそれを生活の規範としていき続けて、時には間違いを犯し、そしてそれを修正しながら生き続いてきたことに、聖書は「生きた書物」であり、聖書の正しさは時代の中で軌道修正をしながら、それでもその軸となるベクトルが揺るぎのないものであるところにそれを感じるのです。大げさかもしれませんが、聖書との格闘が歴史だと思うのです。
定期的に僕を訪れるクリスチャンのBlogを見たくなる欲望が強くなった最中の昨今にであった「とあるBlog」で、聖書や信仰が本当に正しいか、という難しい悩みを真摯に考えている人のところにさまざまな方が書き込みをしています。
そこには僕に比べればみな熱心な信仰者の方々ばかりに見えるわけですが、それでも聖書や信仰に対しての意見はまちまちです。
聖書は絶対正しい、という方も居ます。僕もこれは「ある意味」否定はしないわけです。が、“一言一句正しいか”と問われれば、僕はNo!といわざるを得ないのは、昔聖書の読み比べをした経験があるからです。
日本キリスト教団の多くの教会は、昭和時代後半近くまで日本聖書協会の発行した「口語訳聖書」を使用していました。そして、その後カトリック教会と合同で編纂した「新共同訳聖書」に切り替えたところが多いと思います。
また、福音系の教会は「新改訳聖書」をお使いのところが多いのではないでしょうか?
それぞれの聖書の旧約の士師記14章15節を見て見ますと、
【口語訳】14:15 四日目になって、彼らはサムソンの妻に言った、
【新改訳】14:15 四日目になって、彼らはサムソンの妻に言った。
【新共同訳】14:15 七日目になって、彼らはサムソンの妻に言った。
【NKJV】14:15 But it came to pass on the seventh day that they said to Samson's wife,
【TEV】14:15 On the fourth day they said to Samson's wife,
と4日という訳と7日という訳が出てきます。
面白い現象ですが、僕は聖書学者でも何でもありませんので、この部分の原文が何日なのか知る術も、またこれを学問的に分析する能力はありません。そしてこのように違いがあるから聖書はあてにならない、とはまったく思っていないのです。
聖書は一言一句間違いがないからそのとおりに信じなさい、という書物ではないと思うのです。そこに出てくる人物は、不真面目な人も出てくるし、社会的な倫理をはずした行為も出てきます。でも、そんな人たちを一度は神様は見捨てようとし大洪水を起しますが、なんと神さまが考え方を改め、二度と人間を見捨てないと約束し、そしてその生活の指針、生き方の指針を示すために、自らの分身(三位一体の子、である)イエス=キリストをお遣わしになったわけです。
聖書は「生きた書物」だと当初言ったように、僕はどう生きるか?をその時代その時代に照らし合わせ、イエスならどうしようとしたのか?を考えながら読むことが重要なのではないでしょうか?
イエスの時代には、まだ重い皮膚病を患った人の人権はなく困窮した様子が書かれています。が、21世紀になりその社会的な人権はだいぶ改善されてきた感はあります。
また、近年自分の性別に関しての悩みをもつ方がいます。イエスの時代には、その人たちの人権は否定されていましたが、今それはいかなるものか?聖書から、イエスの行動からどう読むべきなのか?が研究されています。
くどいですが、聖書は「生きて」僕らを導いてくれています。
サムソンの出した謎掛けの答えがわからないとデリラに答えを聞き出したのが何日目という細かい点があっていようがなかろうが、ざっくりと聖書を読んで、僕らは自分の生涯においてイエスのみあとをどう歩むかを導き出すことのほうが大事に思えます。
その間違いない解答は、聖書に「真理」として記載されていると僕は思います。ですから僕は聖書は間違いがない、ことに肯定するし、否定をするのです。
ちなみにタイトルは遠藤周作氏の発言です。この1%が信仰であり、神であると思うのです。そこに賭けたいのです。
それは聖書が神によって啓示され、聖霊が人に下って書かせたとしても、所詮パピルスに書いたのも、そのパピルスを他のパピルスに写し換えたのも不完全なものである人のなせる業で、「正しい人は誰一人としていない」と思っているからです。神の能力に比べたら無に等しい人間のなせることです、どこでどのような間違いをしているかはわからない、というのが「聖書」の書き記しに関してでも僕はそう思うのです。
では、聖書はまったく当てにならないかといえば、僕はその点に関しては頑なに否定をします。
神の教えを何とか後世に伝えようという「不完全な」人々の最大限の努力と、そこに真理があると信じた人の熱意は聖書研究という学問と信仰という両面から旧約の時代何千年もの間の血の滲む努力の上にあり、そしてそれを生活の規範としていき続けて、時には間違いを犯し、そしてそれを修正しながら生き続いてきたことに、聖書は「生きた書物」であり、聖書の正しさは時代の中で軌道修正をしながら、それでもその軸となるベクトルが揺るぎのないものであるところにそれを感じるのです。大げさかもしれませんが、聖書との格闘が歴史だと思うのです。
定期的に僕を訪れるクリスチャンのBlogを見たくなる欲望が強くなった最中の昨今にであった「とあるBlog」で、聖書や信仰が本当に正しいか、という難しい悩みを真摯に考えている人のところにさまざまな方が書き込みをしています。
そこには僕に比べればみな熱心な信仰者の方々ばかりに見えるわけですが、それでも聖書や信仰に対しての意見はまちまちです。
聖書は絶対正しい、という方も居ます。僕もこれは「ある意味」否定はしないわけです。が、“一言一句正しいか”と問われれば、僕はNo!といわざるを得ないのは、昔聖書の読み比べをした経験があるからです。
日本キリスト教団の多くの教会は、昭和時代後半近くまで日本聖書協会の発行した「口語訳聖書」を使用していました。そして、その後カトリック教会と合同で編纂した「新共同訳聖書」に切り替えたところが多いと思います。
また、福音系の教会は「新改訳聖書」をお使いのところが多いのではないでしょうか?
それぞれの聖書の旧約の士師記14章15節を見て見ますと、
【口語訳】14:15 四日目になって、彼らはサムソンの妻に言った、
【新改訳】14:15 四日目になって、彼らはサムソンの妻に言った。
【新共同訳】14:15 七日目になって、彼らはサムソンの妻に言った。
【NKJV】14:15 But it came to pass on the seventh day that they said to Samson's wife,
【TEV】14:15 On the fourth day they said to Samson's wife,
と4日という訳と7日という訳が出てきます。
面白い現象ですが、僕は聖書学者でも何でもありませんので、この部分の原文が何日なのか知る術も、またこれを学問的に分析する能力はありません。そしてこのように違いがあるから聖書はあてにならない、とはまったく思っていないのです。
聖書は一言一句間違いがないからそのとおりに信じなさい、という書物ではないと思うのです。そこに出てくる人物は、不真面目な人も出てくるし、社会的な倫理をはずした行為も出てきます。でも、そんな人たちを一度は神様は見捨てようとし大洪水を起しますが、なんと神さまが考え方を改め、二度と人間を見捨てないと約束し、そしてその生活の指針、生き方の指針を示すために、自らの分身(三位一体の子、である)イエス=キリストをお遣わしになったわけです。
聖書は「生きた書物」だと当初言ったように、僕はどう生きるか?をその時代その時代に照らし合わせ、イエスならどうしようとしたのか?を考えながら読むことが重要なのではないでしょうか?
イエスの時代には、まだ重い皮膚病を患った人の人権はなく困窮した様子が書かれています。が、21世紀になりその社会的な人権はだいぶ改善されてきた感はあります。
また、近年自分の性別に関しての悩みをもつ方がいます。イエスの時代には、その人たちの人権は否定されていましたが、今それはいかなるものか?聖書から、イエスの行動からどう読むべきなのか?が研究されています。
くどいですが、聖書は「生きて」僕らを導いてくれています。
サムソンの出した謎掛けの答えがわからないとデリラに答えを聞き出したのが何日目という細かい点があっていようがなかろうが、ざっくりと聖書を読んで、僕らは自分の生涯においてイエスのみあとをどう歩むかを導き出すことのほうが大事に思えます。
その間違いない解答は、聖書に「真理」として記載されていると僕は思います。ですから僕は聖書は間違いがない、ことに肯定するし、否定をするのです。
ちなみにタイトルは遠藤周作氏の発言です。この1%が信仰であり、神であると思うのです。そこに賭けたいのです。
PS
「富士山の高さって何mだっけ・・・・?」 と言う問いかけに
ざっくりと「3000mちょい」と言う答えに対して、僕は「ああそうだったね」と答えられますが、
「えっーと、確か下二桁は76mなんだよね」と言う答え方には、いくら正しくとも納得いきません。
重箱の隅をつつくのではなく、ざっくりとでもおぼろげでもゴールの方向性を示すことが大事ではないでしょうか?
「富士山の高さって何mだっけ・・・・?」 と言う問いかけに
ざっくりと「3000mちょい」と言う答えに対して、僕は「ああそうだったね」と答えられますが、
「えっーと、確か下二桁は76mなんだよね」と言う答え方には、いくら正しくとも納得いきません。
重箱の隅をつつくのではなく、ざっくりとでもおぼろげでもゴールの方向性を示すことが大事ではないでしょうか?
2008/04/15のBlog
[ 22:02 ]
[ ●社会問題 ]
今日、このようなビラが入っていました。(A3カラー両面の一部をスキャニングした後に切り取りました。下にはPRが続いています。 クリックで拡大します)
しかし、誰が、何を、どうするのか? 本気で公約を守る気があるのか?それとも、票を集めて当選した暁には「どこにも私の名前がなかったでしょ?私がするなんて書いていないじゃないですか!」と言いたいのか、発行する意味が分からない無責任なビラす。
もちろん小田原市民ならそのビラの発行元が、5月に行われる市長選の候補者の豊島輝慶現県議の後援者の発行したものだと言うことは、写真も似顔絵も氏のものである事から充分分かっています。
そして名前を書いたなら選挙違反になるので、一切豊島氏の名前をいれていないのも推測に難しくありません。
しかし、『約束します』と言いながら市制担当者(責任者)の名前を書かない人に言われても、そうですか!なんてまったく思えないし、返ってそんな姑息なことをすることに憤りを感じます。
内容からみれば、このビラが選挙のためのビラであることは火を見るより明らかです。そこに名前を入れることができない選挙戦前であることも事実です。
選挙戦を平等にする気があるのなら、加藤候補や山田候補のように、正々堂々と選挙戦の開始日を待つべきではないでしょうか。
意味を持たないビラは資源の無駄遣いです。たんなるフライングとしか考えられません。
しかし、誰が、何を、どうするのか? 本気で公約を守る気があるのか?それとも、票を集めて当選した暁には「どこにも私の名前がなかったでしょ?私がするなんて書いていないじゃないですか!」と言いたいのか、発行する意味が分からない無責任なビラす。
もちろん小田原市民ならそのビラの発行元が、5月に行われる市長選の候補者の豊島輝慶現県議の後援者の発行したものだと言うことは、写真も似顔絵も氏のものである事から充分分かっています。
そして名前を書いたなら選挙違反になるので、一切豊島氏の名前をいれていないのも推測に難しくありません。
しかし、『約束します』と言いながら市制担当者(責任者)の名前を書かない人に言われても、そうですか!なんてまったく思えないし、返ってそんな姑息なことをすることに憤りを感じます。
内容からみれば、このビラが選挙のためのビラであることは火を見るより明らかです。そこに名前を入れることができない選挙戦前であることも事実です。
選挙戦を平等にする気があるのなら、加藤候補や山田候補のように、正々堂々と選挙戦の開始日を待つべきではないでしょうか。
意味を持たないビラは資源の無駄遣いです。たんなるフライングとしか考えられません。
2008/04/14のBlog
[ 22:18 ]
[ |- ★礼拝説教を聴いて ]
4月13日に小田原教会に与えられた聖書のみ言葉は、ヨハネの黙示録3章14~22節、標記のタイトルの説教を高橋敬基牧師より受けました。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
今日も礼拝に集った一信者の僕が説教を聞いたものを自己流に咀嚼したことを記してみたいと思います。
ラオディキアにある教会の天使にこう書き送れ。『アーメンである方、誠実で真実な証人、神に創造された万物の源である方が、次のように言われる。「わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。あなたは、『わたしは金持ちだ。満ち足りている。何一つ必要な物はない』と言っているが、自分が惨めな者、哀れな者、貧しい者、目の見えない者、裸の者であることが分かっていない。そこで、あなたに勧める。裕福になるように、火で精錬された金をわたしから買うがよい。裸の恥をさらさないように、身に着ける白い衣を買い、また、見えるようになるために、目に塗る薬を買うがよい。わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする。だから、熱心に努めよ。悔い改めよ。見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。勝利を得る者を、わたしは自分の座に共に座らせよう。わたしが勝利を得て、わたしの父と共にその玉座に着いたのと同じように。耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。」』」
黙示文学はエゼキエル書と並んで僕にとって難解で好きになれない聖書の箇所です。でも、黙示録は、手紙部分と文学部分があり、今日の場所は手紙の部分だと牧師は当初に語られました。しかし、そんな手紙ですら、何を言いたいのか?僕には難解でした(笑)
熱いなら熱く、冷たいなら冷たい状態になれ。中途半端なのは好かないので吐き出す(相手にしない)と記しています。白黒はっきりしろ、というこの申し出は、僕らには危険にすら感じられます。特に日本という文化土壌においては、「なあなあ」「ほどほど」が生活の知恵であり、それがなくなってきた昨今ギスギスした社会になりつつあるような気すらします。
しかし、そのあと聖書の言葉は突然「金持ちだ」と自分の日々の生活が満足と思い込もうとしている、と話を変えているように思います。これは、自分をはじめほとんどの方がそうではないでしょうか? 三昔前「日本人、一億総中流階級」という言葉が流行りました。中流というほどほど、つまり熱くもなく冷たくもないポジションにおいて、満足していないはずが、満足している振りをしていたのではないでしょうか?
しかも、「金」と「白い衣(これは社会的身分、を表しているそうです)」と「薬(健康)」で窮々していることを戒めています。まじめで勤勉です、日本人は・・・・。でもその努力の方向性は正しいのでしょうか?
近年日本が一番大きく変わったのは、他人が信じられなくなった点ではないでしょうか?「知らない人についていってはいけません」この言葉はきっと約40年ほど前の吉展ちゃん事件などから始まったでしょう。しかし、今日日は知らない人が近づいてきて刺されたりする事件も多発しています。教師と呼ばれる人、警察権力を持つ人、為政者、こうした人が間違いを当然のように犯しています。
先ほど述べた「金」「社会的身分」「健康」・・・・。確かに日本の社会の中でほしいものの3つと問われれば必ず上位に来るものでしょう。
しかし、神は聖書を通じて戒めています。本当に必要なものは「他者」ではないでしょうか?信じられる隣人。安心して打ち明けられる隣人。厚い殻をかぶって、上っ面の建前論でしかおしゃべりが出来ないのでは、「金」があっても「社会的地位」があっても「健康」があってもさびしくないでしょうか?
イエスは戸口であなたを「隣人」として招くためにノックを続けています。そしてあなたが出てきてくれれば共に食事をするといいます。この食事というのは宴会のことです。神の座での宴会、即ち、そこにはインマニエル、神共に居る場所へ招かれる福音です。心を開けばその宴会にいける、そう、他人とそういう関係になること、心を頑なにしないことが神からのメッセージではないでしょうか?
黙示文学はエゼキエル書と並んで僕にとって難解で好きになれない聖書の箇所です。でも、黙示録は、手紙部分と文学部分があり、今日の場所は手紙の部分だと牧師は当初に語られました。しかし、そんな手紙ですら、何を言いたいのか?僕には難解でした(笑)
熱いなら熱く、冷たいなら冷たい状態になれ。中途半端なのは好かないので吐き出す(相手にしない)と記しています。白黒はっきりしろ、というこの申し出は、僕らには危険にすら感じられます。特に日本という文化土壌においては、「なあなあ」「ほどほど」が生活の知恵であり、それがなくなってきた昨今ギスギスした社会になりつつあるような気すらします。
しかし、そのあと聖書の言葉は突然「金持ちだ」と自分の日々の生活が満足と思い込もうとしている、と話を変えているように思います。これは、自分をはじめほとんどの方がそうではないでしょうか? 三昔前「日本人、一億総中流階級」という言葉が流行りました。中流というほどほど、つまり熱くもなく冷たくもないポジションにおいて、満足していないはずが、満足している振りをしていたのではないでしょうか?
しかも、「金」と「白い衣(これは社会的身分、を表しているそうです)」と「薬(健康)」で窮々していることを戒めています。まじめで勤勉です、日本人は・・・・。でもその努力の方向性は正しいのでしょうか?
近年日本が一番大きく変わったのは、他人が信じられなくなった点ではないでしょうか?「知らない人についていってはいけません」この言葉はきっと約40年ほど前の吉展ちゃん事件などから始まったでしょう。しかし、今日日は知らない人が近づいてきて刺されたりする事件も多発しています。教師と呼ばれる人、警察権力を持つ人、為政者、こうした人が間違いを当然のように犯しています。
先ほど述べた「金」「社会的身分」「健康」・・・・。確かに日本の社会の中でほしいものの3つと問われれば必ず上位に来るものでしょう。
しかし、神は聖書を通じて戒めています。本当に必要なものは「他者」ではないでしょうか?信じられる隣人。安心して打ち明けられる隣人。厚い殻をかぶって、上っ面の建前論でしかおしゃべりが出来ないのでは、「金」があっても「社会的地位」があっても「健康」があってもさびしくないでしょうか?
イエスは戸口であなたを「隣人」として招くためにノックを続けています。そしてあなたが出てきてくれれば共に食事をするといいます。この食事というのは宴会のことです。神の座での宴会、即ち、そこにはインマニエル、神共に居る場所へ招かれる福音です。心を開けばその宴会にいける、そう、他人とそういう関係になること、心を頑なにしないことが神からのメッセージではないでしょうか?
2008/04/12のBlog
[ 09:44 ]
[ ◆健康・ガン友 ]
ご覧になっている皆様にはどうでも良いことでしょうけれど、メタボ対策も国家を挙げての一大事業になったことですので(何でこんなことを国を挙げて騒ぐのかな?)、今週も歩数をチェーック!
4月5日 31193歩(22.4Km)
4月6日 21803歩(15.2Km)
4月7日 817歩(0.5Km)
4月8日 1108歩(0.7Km)
4月9日 660歩(0.4Km)
4月10日 3436歩(2.3Km)
4月11日 1678歩(1.2Km)
これを消費カロリーに換算すると、
5日 1087kcal
6日 722kcal
7日 16kcal
8日 20kcak
9日 10kcal
10日 86kcal
11日 43kcal
ご飯1杯が262kcal、カップヌードルが凡そ450kcalです。出典
これで運動しなければ太るわけですよね(笑)
ちなみに僕の性別・年齢・身長・体重から割り出した基礎代謝1494kcalです。
それでも週1,2度のスポーツジム(筋トレマシン)で1時間強汗をかいているおかげで、約1ヶ月でベルトの穴1つウエストのメタボとおさらばしました。68kg→66kgです。
4月5日 31193歩(22.4Km)
4月6日 21803歩(15.2Km)
4月7日 817歩(0.5Km)
4月8日 1108歩(0.7Km)
4月9日 660歩(0.4Km)
4月10日 3436歩(2.3Km)
4月11日 1678歩(1.2Km)
これを消費カロリーに換算すると、
5日 1087kcal
6日 722kcal
7日 16kcal
8日 20kcak
9日 10kcal
10日 86kcal
11日 43kcal
ご飯1杯が262kcal、カップヌードルが凡そ450kcalです。出典
これで運動しなければ太るわけですよね(笑)
ちなみに僕の性別・年齢・身長・体重から割り出した基礎代謝1494kcalです。
それでも週1,2度のスポーツジム(筋トレマシン)で1時間強汗をかいているおかげで、約1ヶ月でベルトの穴1つウエストのメタボとおさらばしました。68kg→66kgです。
2008/04/11のBlog
[ 22:28 ]
[ |- ●平和・国際問題 ]
4月10日16時1分配信の時事通信社のニュースで、ダライラマ師の記者会見が公表されました。
訪米途中に日本に立ち寄ったチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は10日午後、成田空港近くのホテルで記者会見し、チベット暴動を鎮圧した中国に抗議するため北京五輪の聖火リレーがロンドンやパリなどで妨害されたことについて「暴力行為を行うべきでない」と述べ、暴力停止を呼び掛けた。また、「五輪の中国開催を支持しており、開催国として十分な国だ」とし、チベット暴動が起きても考えに変化がないことを強調した。
ダライ・ラマはその一方で、「中国では新疆ウイグル自治区でも(チベットと)同様のことが起こっており、中国は現実を受け入れる時期にきている」と語り、中国政府に対し暴力による弾圧ではなく、現実的な解決方法を取るよう要求。チベット情勢に関する透明性の高い情報提供とともに、信頼と敬意に基づく「調和ある社会」を構築する必要性を訴えた。
「調和社会」は、胡錦濤国家主席が唱えるスローガンであり、ダライ・ラマはチベットにも浸透させるよう突き付けた形だ。
一方、今回の暴動について「チベット人の心に積もった憤りが表出したもので、独立を求めているのではない」とした上で「外交や軍は中国の下でもいい。欲しいのは仏教や文化、教育などの自治だ」と主張、ダライ・ラマが独立をたくらんでいるとする中国に反論した。
このほか暴動の真相解明に向け、国際機関による調査を改めて求めた。
この中で僕が一番注目したのは、チベットは独立を要求しているのではない。文化や教育の自治だ、という点。
宗教指導者の指導者たる所以を垣間見た感じがしました。
海外に簡単に行き来できる今、国境の意味は何か? ヨーロッパが国境の意識をなくしていることも含めて、人と人との交わりが深まり、お互いが善き隣人になれれば国境が要らない、ということを師は言いたいのではないだろうか?
たとえば朝鮮学校が日本には存在するわけで、彼らは北朝鮮人としてのアイデンティティを持っているが、その(生活の地としての)国家は「日本」であるわけで、国交がない分困窮はあっても、それを除けば、文化の維持、教育の自由が日本は保障している。それはそれで海外に駐在している子女と同じような生活なのでしょう。
僕が知らない在日の方々の困窮があるだろう。だからそんな簡単に日本のようになればいい、などとはいえない。でも、ダライラマ師のチベット人のアイデンティティある中国内での存続は、こんなところにあるのかもしれない。
訪米途中に日本に立ち寄ったチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は10日午後、成田空港近くのホテルで記者会見し、チベット暴動を鎮圧した中国に抗議するため北京五輪の聖火リレーがロンドンやパリなどで妨害されたことについて「暴力行為を行うべきでない」と述べ、暴力停止を呼び掛けた。また、「五輪の中国開催を支持しており、開催国として十分な国だ」とし、チベット暴動が起きても考えに変化がないことを強調した。
ダライ・ラマはその一方で、「中国では新疆ウイグル自治区でも(チベットと)同様のことが起こっており、中国は現実を受け入れる時期にきている」と語り、中国政府に対し暴力による弾圧ではなく、現実的な解決方法を取るよう要求。チベット情勢に関する透明性の高い情報提供とともに、信頼と敬意に基づく「調和ある社会」を構築する必要性を訴えた。
「調和社会」は、胡錦濤国家主席が唱えるスローガンであり、ダライ・ラマはチベットにも浸透させるよう突き付けた形だ。
一方、今回の暴動について「チベット人の心に積もった憤りが表出したもので、独立を求めているのではない」とした上で「外交や軍は中国の下でもいい。欲しいのは仏教や文化、教育などの自治だ」と主張、ダライ・ラマが独立をたくらんでいるとする中国に反論した。
このほか暴動の真相解明に向け、国際機関による調査を改めて求めた。
この中で僕が一番注目したのは、チベットは独立を要求しているのではない。文化や教育の自治だ、という点。
宗教指導者の指導者たる所以を垣間見た感じがしました。
海外に簡単に行き来できる今、国境の意味は何か? ヨーロッパが国境の意識をなくしていることも含めて、人と人との交わりが深まり、お互いが善き隣人になれれば国境が要らない、ということを師は言いたいのではないだろうか?
たとえば朝鮮学校が日本には存在するわけで、彼らは北朝鮮人としてのアイデンティティを持っているが、その(生活の地としての)国家は「日本」であるわけで、国交がない分困窮はあっても、それを除けば、文化の維持、教育の自由が日本は保障している。それはそれで海外に駐在している子女と同じような生活なのでしょう。
僕が知らない在日の方々の困窮があるだろう。だからそんな簡単に日本のようになればいい、などとはいえない。でも、ダライラマ師のチベット人のアイデンティティある中国内での存続は、こんなところにあるのかもしれない。
2008/04/10のBlog
[ 18:28 ]
[ |- ●PeaceCafe ]
9条ピースウォークが春のぐずついた天気の元、東海道を東に向かって行進しています。
このピースウォークと切っても切れない関係が、資金源の絵葉書の作成などを手がけた石岡真由海さん。
なんと小田原のご出身だとか・・・・。しかも、小田原-藤沢間歩行する24日のお昼ごはんの受け渡し場所である国府津ちえのわハウスの看板を手がけられた方だとか。
ちえのわハウスは、僕の属している日本キリスト教団小田原教会の信徒さんがオーナーのお店。そういった意味では、とてもご縁のある方の絵葉書なんですね。
さて、通しで歩かれているみなさん。24日は是非お昼ご飯を受け取られたら、看板を見てくださいね。石岡さんの看板から元気をもらったらラストスパートです!!
近隣の市町村からもピースウォークや小田原市内を練り歩くピースパレードへの参加要望が来ております。
どうすればいいか分からない、と言う方はどうぞこの記事のRESコメにその旨をお書きください。追ってご連絡をさせて頂きます。
このピースウォークと切っても切れない関係が、資金源の絵葉書の作成などを手がけた石岡真由海さん。
なんと小田原のご出身だとか・・・・。しかも、小田原-藤沢間歩行する24日のお昼ごはんの受け渡し場所である国府津ちえのわハウスの看板を手がけられた方だとか。
ちえのわハウスは、僕の属している日本キリスト教団小田原教会の信徒さんがオーナーのお店。そういった意味では、とてもご縁のある方の絵葉書なんですね。
さて、通しで歩かれているみなさん。24日は是非お昼ご飯を受け取られたら、看板を見てくださいね。石岡さんの看板から元気をもらったらラストスパートです!!
近隣の市町村からもピースウォークや小田原市内を練り歩くピースパレードへの参加要望が来ております。
どうすればいいか分からない、と言う方はどうぞこの記事のRESコメにその旨をお書きください。追ってご連絡をさせて頂きます。
[ 18:10 ]
[ |- ●野宿者(ホームレス)問題 ]
今日のパトビラ(野宿者のお宅を訪問するときに持っていくビラ)はこんなことを国や県の実態調査について書いてみました。(いつもながら字数の制限で乱暴な文章になっちゃいますが)
花冷えのする毎日です。お風邪を召しませんようにと念じています。
神奈川県がこの1月に調査をしたとして、県内の野宿者の数を公表しました。
小田原市は49名の野宿を余儀なくしている仲間がいると発表され、その数は2007年1月に比べて4人減少。2003年に比らべて26人の減少だそうです。
野宿の仲間が一番多いのは横浜市の649人、続いて川崎市の635人。そして平塚の95人、厚木の75人、藤沢の55人、小田原は6番目に野宿の仲間が多い街らしいです。
そして1年前に比べて神奈川県内の野宿者の人口は300人減っています。これは全国的な傾向で、日本全国で2003年より約1万人、昨年より2500人少なくなっていますが、それでも約1万6千人の方が困窮の日々を過ごしています。
この数字はある程度の信憑性があると思っています。でも、それは僕ら支援者でも会うのを避けている仲間もいますからもう少し多いのが実態でしょう。
ちなみに僕らが2008年1月の各木曜日に廻ったときにお会いできたのは、10日は、46人。17日は45人。24日は46人。31日が47人です。僕らが回れていない国府津や上下府中、根府川・米神などには後数名から十数人いると思います。
花冷えのする毎日です。お風邪を召しませんようにと念じています。
神奈川県がこの1月に調査をしたとして、県内の野宿者の数を公表しました。
小田原市は49名の野宿を余儀なくしている仲間がいると発表され、その数は2007年1月に比べて4人減少。2003年に比らべて26人の減少だそうです。
野宿の仲間が一番多いのは横浜市の649人、続いて川崎市の635人。そして平塚の95人、厚木の75人、藤沢の55人、小田原は6番目に野宿の仲間が多い街らしいです。
そして1年前に比べて神奈川県内の野宿者の人口は300人減っています。これは全国的な傾向で、日本全国で2003年より約1万人、昨年より2500人少なくなっていますが、それでも約1万6千人の方が困窮の日々を過ごしています。
この数字はある程度の信憑性があると思っています。でも、それは僕ら支援者でも会うのを避けている仲間もいますからもう少し多いのが実態でしょう。
ちなみに僕らが2008年1月の各木曜日に廻ったときにお会いできたのは、10日は、46人。17日は45人。24日は46人。31日が47人です。僕らが回れていない国府津や上下府中、根府川・米神などには後数名から十数人いると思います。
2008/04/07のBlog
[ 21:10 ]
[ ■アウトドア・趣味 ]
嵐山までギュウギュウ詰めの嵐電で移動です。
そして電車を降りてから渡月橋までもまったく自分の意思が聞かず、流れに沿うしかないような状態。
橋を往復してほうほうのていで嵐山を後にします。
野宮神社から落柿舎、常寂光寺を見たり、買い物をしたりとのんびり。
そうそう今回自分へのお土産、てらむらさんという創作清水焼のお店で買ったコーヒーカップ。
土のような茶色に浮かび上がる桜の薄紅がなんとも気に入ってしまった逸品です。
そして電車を降りてから渡月橋までもまったく自分の意思が聞かず、流れに沿うしかないような状態。
橋を往復してほうほうのていで嵐山を後にします。
野宮神社から落柿舎、常寂光寺を見たり、買い物をしたりとのんびり。
そうそう今回自分へのお土産、てらむらさんという創作清水焼のお店で買ったコーヒーカップ。
土のような茶色に浮かび上がる桜の薄紅がなんとも気に入ってしまった逸品です。
きちんと中も渦になっているところが、手作りらしいです。
紅葉の常寂光寺、ですがなんのなんの。枝垂桜や山ツツジもステキなお寺さんでした。
1日目は、31193歩。2日目は21803歩。これだけ歩くと、そろそろ疲れてきます。無理をしないで京都駅でゆっくり夕食を食べようとJRに乗り戻ってきました。
新幹線でもウトウトとしながら、写真のチェックをしながら、23時小田原到着。
暫くは春の京都はいいかな? 今度はぜひとも真っ白になった嵯峨野や北山にいきたいものです。
写真を何枚かUPしました。宜しかったら見てください。こちらです!!
紅葉の常寂光寺、ですがなんのなんの。枝垂桜や山ツツジもステキなお寺さんでした。
1日目は、31193歩。2日目は21803歩。これだけ歩くと、そろそろ疲れてきます。無理をしないで京都駅でゆっくり夕食を食べようとJRに乗り戻ってきました。
新幹線でもウトウトとしながら、写真のチェックをしながら、23時小田原到着。
暫くは春の京都はいいかな? 今度はぜひとも真っ白になった嵯峨野や北山にいきたいものです。
写真を何枚かUPしました。宜しかったら見てください。こちらです!!
[ 20:31 ]
[ ■アウトドア・趣味 ]
昨晩体調を崩し、M君とのおしゃべりをキャンセルしたF娘も朝には元気になり、10時に2日目の観光に出発。
行き先は嵯峨野。
元来、京都という町はあんまり好きではありませんでした。どちらかと言えば奈良が好きでした。それは奈良という町自身が平城京以降は中心になりえなかったので、京都ほど文明主義ではないし、自然が多いように思えるからです。
この考え方は海外旅行にも当てはまり、会社から研修旅行先が、オランダとイタリアと言われたときも、どちらかと言えばカナダとかの方が言いな、と思っていたほどです。
しかし、イタリアに行き、その人間が作り上げた街づくりの素晴らしさに一辺にほれ込んで、そして昨年京都に行こうか、と連れと話してからは京都に関する資料を読み漁り、知れば知るほど、その街づくり文化に関心が高まったものです。
京都の町は、左京区は賀茂氏が開拓・整備を続けました。
そして、右京区は秦氏がそれをした町です。
僕の住んでいる小田原も、賀茂氏の流れを汲む賀茂神社から広がった鴨宮と言う地名があり、伊豆半島にも賀茂郡があります。
一方、箱根の土産で有名な寄木細工が盛んなところは畑宿です。小田急線で新宿方面に少し行けば秦野という地名があります。いずれも秦氏の関連の土地柄です。
平塚に入る直前には、高麗山というデートスポットがありますが、ここも名の如く朝鮮半島からの帰化人の開拓した地域でしょう。
行き先は嵯峨野。
元来、京都という町はあんまり好きではありませんでした。どちらかと言えば奈良が好きでした。それは奈良という町自身が平城京以降は中心になりえなかったので、京都ほど文明主義ではないし、自然が多いように思えるからです。
この考え方は海外旅行にも当てはまり、会社から研修旅行先が、オランダとイタリアと言われたときも、どちらかと言えばカナダとかの方が言いな、と思っていたほどです。
しかし、イタリアに行き、その人間が作り上げた街づくりの素晴らしさに一辺にほれ込んで、そして昨年京都に行こうか、と連れと話してからは京都に関する資料を読み漁り、知れば知るほど、その街づくり文化に関心が高まったものです。
京都の町は、左京区は賀茂氏が開拓・整備を続けました。
そして、右京区は秦氏がそれをした町です。
僕の住んでいる小田原も、賀茂氏の流れを汲む賀茂神社から広がった鴨宮と言う地名があり、伊豆半島にも賀茂郡があります。
一方、箱根の土産で有名な寄木細工が盛んなところは畑宿です。小田急線で新宿方面に少し行けば秦野という地名があります。いずれも秦氏の関連の土地柄です。
平塚に入る直前には、高麗山というデートスポットがありますが、ここも名の如く朝鮮半島からの帰化人の開拓した地域でしょう。
この京都の町を作り上げた2つの氏がいずれも早い時代に箱根の山を越えてきた理由や経緯を知りたいと本を読んだりしていた中で、秦氏の神社である「蚕ノ社」という神社にぶつかりました。
このお社は然程大きくはないものの、まさに鎮守の森という巨木の中にあります。この森を元糺(もとただす)の森といいます。
襟元を正す、とか姿勢を正す、とかいいますが、聖なる場所や高貴な人の前に行くときに身を清める場所が、「糺の池」なのでしょう。この後、嵯峨天皇の時代、この元糺の森は、下賀茂神社内の「糺の森」になってしまいます。
勢力争いなのでしょうか?
さて、話を戻しますが、この蚕ノ社には変わったものが存在します。それがこの3本足の鳥居です。
池の中に鎮座し、どの方向からも正面として見える鳥居は、まったくその由来も製造時代も不明らしいのですが、一説によれば秦氏は中国で生活をしていたころは景教(シルクロードを渡ってきたキリスト教の亜流派)を信仰しており、そのシンボルであったダビデの星(三角を二つ逆さまに重ねた形)の半分の鳥居かともいわれています。
ちなみに、中国にあった景教の寺院のことを大秦寺といいます。この地が太秦であるのはそんなところからとも関係があるのではないでしょうか。
このお社は然程大きくはないものの、まさに鎮守の森という巨木の中にあります。この森を元糺(もとただす)の森といいます。
襟元を正す、とか姿勢を正す、とかいいますが、聖なる場所や高貴な人の前に行くときに身を清める場所が、「糺の池」なのでしょう。この後、嵯峨天皇の時代、この元糺の森は、下賀茂神社内の「糺の森」になってしまいます。
勢力争いなのでしょうか?
さて、話を戻しますが、この蚕ノ社には変わったものが存在します。それがこの3本足の鳥居です。
池の中に鎮座し、どの方向からも正面として見える鳥居は、まったくその由来も製造時代も不明らしいのですが、一説によれば秦氏は中国で生活をしていたころは景教(シルクロードを渡ってきたキリスト教の亜流派)を信仰しており、そのシンボルであったダビデの星(三角を二つ逆さまに重ねた形)の半分の鳥居かともいわれています。
ちなみに、中国にあった景教の寺院のことを大秦寺といいます。この地が太秦であるのはそんなところからとも関係があるのではないでしょうか。
そして、その太秦の寺院としては超有名な広隆寺に足を進めます。距離からいって、この広隆寺に行く前に禊(みそぎ)をしたのが元糺の森と池なのかな? なんて思ってしまうほどの距離です。
このお寺で有名なのは、もちろん弥勒菩薩。大きな博物館には弥勒菩薩が正面にありました。本当に美しいですね。
そして、そこから然程離れていないところにこの秦家の中で一番有名な人物秦河勝と夫人の像も安置されていました。
ここまで来たらおなかが空きました、看板を見つけてそうそうにお昼食べに入ります。
お団子屋さんなのでしょう。でも、うどんを中心に定食物も魚と肉をお昼時間だけ食べさせてくれるようです。
僕は600円の肉定食にしました。
量は然程多くないですが、値段が値段ですから、ぜんぜんOKです。しかもご飯は、加薬ご飯と白飯が半々。
このお寺で有名なのは、もちろん弥勒菩薩。大きな博物館には弥勒菩薩が正面にありました。本当に美しいですね。
そして、そこから然程離れていないところにこの秦家の中で一番有名な人物秦河勝と夫人の像も安置されていました。
ここまで来たらおなかが空きました、看板を見つけてそうそうにお昼食べに入ります。
お団子屋さんなのでしょう。でも、うどんを中心に定食物も魚と肉をお昼時間だけ食べさせてくれるようです。
僕は600円の肉定食にしました。
量は然程多くないですが、値段が値段ですから、ぜんぜんOKです。しかもご飯は、加薬ご飯と白飯が半々。
[ 19:46 ]
[ ■アウトドア・趣味 ]
金戒光明寺を下ったところ両側にはちょっと高級そうなホテル内のレストラン。それ以外は食事をするところが見つからなかったので、天王町の交差点のGSが経営しているドトールコーヒーで昼食。大きなテーブルには、観光客が4組。なぜ、観光客だって思ったの?ですって・・・・?それは、みんなテーブルの上にデジ一が鎮座ましましているからです(笑)
しかも5台中、4台はCANON、うち3台はKissデジでした。
簡単に食事をすませ、哲学の道へ戻ります。
しかも5台中、4台はCANON、うち3台はKissデジでした。
簡単に食事をすませ、哲学の道へ戻ります。
押し合い圧し合いの細道は、僕と西田先生の頭の構造の問題だけではなく・・・・、こんなところで西田先生のように『とある事象はとある事象でなくないのだから、まさしくとある事象だと証明できる』なんて考えながら歩いていたら、絶対に人にぶつかります(爆)
昨年よりも混雑していたような気がします。
そんなときにも平常心で釣りを楽しむ親子がうらやましい(笑)
ほうほうのていで哲学の道から離れ、満員バスに揺られ四条河原町に。
昨年よりも混雑していたような気がします。
そんなときにも平常心で釣りを楽しむ親子がうらやましい(笑)
ほうほうのていで哲学の道から離れ、満員バスに揺られ四条河原町に。
少し早い時間ですが、先斗町を歩き、連れがひそかに楽しみにしていた内藤商店さんに。
棕櫚のミニ箒とササラ(フライパンや鍋を洗う道具)で〆て、ン千円。
僕には理解できない買い物です。本物だから高いのはしょうがないけれど・・・・)
行ったついでに、池田屋の場所を聞きます。内藤商店の女将さんは、パチンコ屋の前に小さな看板があるだけで既に見る影はないと言いながらも詳しく説明をしてくれました。
このあたりは、高瀬川の水路を利用して物資を運び込んだので、大きな藩の京屋敷があったところで、長州・土佐藩も多分に漏れません。そんな訳で、維新の志士たちの遺跡は数多く残っています。
高瀬川の袂には、大村益次郎と佐久間象山の遭難の石碑が立っていました。
棕櫚のミニ箒とササラ(フライパンや鍋を洗う道具)で〆て、ン千円。
僕には理解できない買い物です。本物だから高いのはしょうがないけれど・・・・)
行ったついでに、池田屋の場所を聞きます。内藤商店の女将さんは、パチンコ屋の前に小さな看板があるだけで既に見る影はないと言いながらも詳しく説明をしてくれました。
このあたりは、高瀬川の水路を利用して物資を運び込んだので、大きな藩の京屋敷があったところで、長州・土佐藩も多分に漏れません。そんな訳で、維新の志士たちの遺跡は数多く残っています。
高瀬川の袂には、大村益次郎と佐久間象山の遭難の石碑が立っていました。
さて、ホテルに戻り、一息ついて、教会の友人のM君とあうことに。
彼はペルージャで1年間勉学に励み、昨年よりこの京都で仕事をはじめています。
職場がBlog仲間と言っては失礼か牧師さんのいられる、京都バブテスト教会のそばとのことで、麩屋町通りにある「あこがれ」と言う店をホットペッパーで見つけていったのですが、生憎と満席。
お花見でみんな円山公園にいっちゃったかと思いましたが、いやいやステキな店はやっぱり『一見さんはだめどすえぇ~』
結局、河原町丸太町のびっくりドンキーでおしゃべり。
なかなか充実した楽しい一日を過ごせました。感謝。
彼はペルージャで1年間勉学に励み、昨年よりこの京都で仕事をはじめています。
職場がBlog仲間と言っては失礼か牧師さんのいられる、京都バブテスト教会のそばとのことで、麩屋町通りにある「あこがれ」と言う店をホットペッパーで見つけていったのですが、生憎と満席。
お花見でみんな円山公園にいっちゃったかと思いましたが、いやいやステキな店はやっぱり『一見さんはだめどすえぇ~』
結局、河原町丸太町のびっくりドンキーでおしゃべり。
なかなか充実した楽しい一日を過ごせました。感謝。
[ 18:40 ]
[ ■アウトドア・趣味 ]
去年はそんなようなテレビCMを見て、深夜バスの往復で0泊2日の京都旅行をしましたが、今年は少し貧乏旅行から格上げの往復新幹線&法華クラブ(・・・・なんだ、やっぱり貧乏旅行?(爆))
と言うわけで、桜満開の京都に4月5,6日で行ってまいりました。『京の遊々きっぷ』と言うので行くと、小田原-京都間の指定席&1日乗車券がついて24,000円程度。連れと2人なら車で行っても同じ程度の料金ですが、今回はいつものF母娘も一緒。値段的には、キャンピングカーならではの宿泊費プライスレスなので、若干お高くつくものの、なんせこの時期駐車場がないことも大いに想定できます。そんな訳でこんなスタイルになりました。
と言うわけで、桜満開の京都に4月5,6日で行ってまいりました。『京の遊々きっぷ』と言うので行くと、小田原-京都間の指定席&1日乗車券がついて24,000円程度。連れと2人なら車で行っても同じ程度の料金ですが、今回はいつものF母娘も一緒。値段的には、キャンピングカーならではの宿泊費プライスレスなので、若干お高くつくものの、なんせこの時期駐車場がないことも大いに想定できます。そんな訳でこんなスタイルになりました。
小田原7:03発のひかり401号は既にほぼ満席の状態。少し遠くにいく場合は指定席ではないと大変です。予約開始日にチケットを購入し座席の予約をしたものの、既に2人がけシートは一杯とのこと。
9:14京都駅到着。女性三人は宿泊の道具等をコインロッカーに預け、その間僕は一日乗車券にチケットセンターで交換しにいったものの、そのチケットセンターも長蛇の列。
そしてバス乗り場を見れば、東山銀閣方面はバス3,4台分以上の行列。とってもではないですが、こんな長蛇に付き合って入られません。地下鉄で蹴上(けあげ)まで行き、南禅寺から北上することにします。地下鉄も混んでいますが、時間通りに動くので計画はたてられます。
蹴上は、明治時代、首都機能が東京に行った際に、しっかりした技術を持っていないと寂れてしまう、と危機感を持った京都の有志が琵琶湖の水を引き、生活用水と日本で初の水力発電所として造られた場所です。
中世の町造りは川とともにあったように、この蹴上もインクラインと呼ばれる斜度のある疎水を駆動を利用して船を引き上げる装置が活躍していたそうです。
今では効率がいいさまざまな文明が網羅されているので、このインクラインは存在を面影としてだけ残し、そして京都市民や観光客のお花見の場所としてしっかりと主張を続けている場所となっています。
ちなみにこの疎水から流れ出した水は、南禅寺の水道橋を通り、哲学の道をほとりの流れています。
平安からの悠久の歴史、その文化遺産は明治まで日本のトップに君臨していたのですね。
9:14京都駅到着。女性三人は宿泊の道具等をコインロッカーに預け、その間僕は一日乗車券にチケットセンターで交換しにいったものの、そのチケットセンターも長蛇の列。
そしてバス乗り場を見れば、東山銀閣方面はバス3,4台分以上の行列。とってもではないですが、こんな長蛇に付き合って入られません。地下鉄で蹴上(けあげ)まで行き、南禅寺から北上することにします。地下鉄も混んでいますが、時間通りに動くので計画はたてられます。
蹴上は、明治時代、首都機能が東京に行った際に、しっかりした技術を持っていないと寂れてしまう、と危機感を持った京都の有志が琵琶湖の水を引き、生活用水と日本で初の水力発電所として造られた場所です。
中世の町造りは川とともにあったように、この蹴上もインクラインと呼ばれる斜度のある疎水を駆動を利用して船を引き上げる装置が活躍していたそうです。
今では効率がいいさまざまな文明が網羅されているので、このインクラインは存在を面影としてだけ残し、そして京都市民や観光客のお花見の場所としてしっかりと主張を続けている場所となっています。
ちなみにこの疎水から流れ出した水は、南禅寺の水道橋を通り、哲学の道をほとりの流れています。
平安からの悠久の歴史、その文化遺産は明治まで日本のトップに君臨していたのですね。
そうはいっても京都の文化は、平安時代以降に花開いた仏教の文化の香り強くあります。
ヨーロッパのそれが、教会を中心に形成された文化なら、京都のそれはやはりお寺さんが中心でしょう。異教の生半可な知識(高校時代は歴史部でしたので、少しは一生懸命雑学も勉強したのですが、もうそれから30余年・・・・すっかり錆付いています(笑))
仏教の思想では、お釈迦様が亡くなってから56億7千万円後に弥勒菩薩が救世する、と言う思想を持っています。神が救世主を送るまでにタイムラグがあるのは、キリスト教でも同じですし、そこに『希望』という2文字をしっかりと抱えることが宗教であると思います。そうした宗教の顔と同時に文化交流でお互いの宗教も影響しあったのだろう、と言う壮大な時空を超えた想像もまた面白いことです。
阿弥陀如来が、救世をするために西方極楽浄土を造るのにあたっては、それはそれでとても大変な作業なんだそうです。
いろいろと考えて考えて・・・・、どのくらい考えたかと言えば、三千年に一度、天女が天から下って、下界の大きな岩を衣でなでるのですが、その岩が摩擦で擦り切れてなくなってしまう時間を「劫」といいます。それが5回起こる時間を「五劫」と呼びます。それだけ長い間じっと座禅を組んで考えたのが、右写真の『五劫(ごこう)思惟(しゆい)阿弥陀如来象』です。じっと考えていたので髪の毛が伸びてしまったのだそうです。
おなじみの落語に「寿限無(じゅげむ)」と言うのがあります。やっと生まれた子どもに長生きするような名前をつけてもらおうと、お寺の住職に、長命の名前をいろいろと考えてもらって、それを全部つけてしまった子どもに起こる話です。
「落語のいろは」としてこれを暗記するのが最初とか、とも言われています。
「寿限無(じゅげむ)寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)、食う寝るところに住むところ、やぶらこ うじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命(ちょうきゅうめい)の長助」
その二つ目の五劫が、今長々と説明したこの五劫です。東大寺や五劫院など10体ほどこの仏さんがあるそうです。
ヨーロッパのそれが、教会を中心に形成された文化なら、京都のそれはやはりお寺さんが中心でしょう。異教の生半可な知識(高校時代は歴史部でしたので、少しは一生懸命雑学も勉強したのですが、もうそれから30余年・・・・すっかり錆付いています(笑))
仏教の思想では、お釈迦様が亡くなってから56億7千万円後に弥勒菩薩が救世する、と言う思想を持っています。神が救世主を送るまでにタイムラグがあるのは、キリスト教でも同じですし、そこに『希望』という2文字をしっかりと抱えることが宗教であると思います。そうした宗教の顔と同時に文化交流でお互いの宗教も影響しあったのだろう、と言う壮大な時空を超えた想像もまた面白いことです。
阿弥陀如来が、救世をするために西方極楽浄土を造るのにあたっては、それはそれでとても大変な作業なんだそうです。
いろいろと考えて考えて・・・・、どのくらい考えたかと言えば、三千年に一度、天女が天から下って、下界の大きな岩を衣でなでるのですが、その岩が摩擦で擦り切れてなくなってしまう時間を「劫」といいます。それが5回起こる時間を「五劫」と呼びます。それだけ長い間じっと座禅を組んで考えたのが、右写真の『五劫(ごこう)思惟(しゆい)阿弥陀如来象』です。じっと考えていたので髪の毛が伸びてしまったのだそうです。
おなじみの落語に「寿限無(じゅげむ)」と言うのがあります。やっと生まれた子どもに長生きするような名前をつけてもらおうと、お寺の住職に、長命の名前をいろいろと考えてもらって、それを全部つけてしまった子どもに起こる話です。
「落語のいろは」としてこれを暗記するのが最初とか、とも言われています。
「寿限無(じゅげむ)寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)、食う寝るところに住むところ、やぶらこ うじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命(ちょうきゅうめい)の長助」
その二つ目の五劫が、今長々と説明したこの五劫です。東大寺や五劫院など10体ほどこの仏さんがあるそうです。