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moiwaつれづれの記
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2008/02/13のBlog
[ 05:24 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
札幌を代表する[円山]の裾野に拡がる[宮ノ森・大倉山]地区は、明治4年に山鼻の本願寺の開拓農家12戸が移住して開拓が始まった地区ですが、現在では札幌の誇る高級住宅街として知られています。オリンピツクで一躍世界的にも有名になった[大倉山ジヤンプ競技場]や[宮ノ森ジャンプ競技場]があります。この一角にあるのが[宮ノ森緑地]です。
札幌市の山の手にある[本郷記念彫刻美術館]には本郷新の記念室などもありますが、この美術館に近接して[宮ノ森緑地]があります。この緑地は、海抜85㍍、幅が数十㍍の細長い丘で樹木に覆われた閑静な場所です頂上からは[円山]や[三角山]を望むことが出来ます。この緑地の一角に本郷新の作品が設置されており、丘を登った疲れを吹き飛ばしてくれるような美しい彫像が待っています。
太陽の母子像]
母と子の愛情がにじみ出ている様な実に微笑ましい彫像です。
[太陽の母子像]
[鳥を抱く女"朝"]
小高い丘の母子像に別れを告げて下りの歩道を進むと程なく美術館です。この歩道の入り口に建っているのが[鳥を抱く女]です。1962年に制作された高さ183センチの彫像です。このように彫像が横たわる宮ノ森緑地は、さながら[彫刻の丘]と呼ぶに相応しい愛の漂う空間と言えましょう。
2008/02/11のBlog
[ 05:30 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
今日がさっぽろ雪まつりの最終日です。今年の雪まつりは天候にも恵まれるなど様々な好条件が重なり順調に推移しているようです。今日も多くの見物客で賑あうことでしょう。
写真の[石山緑地]は、札幌市の南区にあり支笏湖に向かう国道453号線沿いにあります。この緑地は高台で見晴らしの良い[北ブロック]と古代ローマを思わせる様な[ネガティブマウンド]のある[南ブロック]があります。、今日のblogは北ブロックを紹介します。この緑地は平成8年にかっての軟石の採掘場を史跡として保存しようとして作られたもので、南ブロックでは自然の軟石で作られた舞台で毎年薪能が催される他音楽祭などのイベントも行われています。処でこの軟石は今から3万2千年前、現在の支笏湖を形成した火山帯が噴火して火山灰が噴出し、支笏湖から20㎞離れた石山地区に降り積もり冷却したものだと言われています。
北ブロックの入り口に右の写真の様な軟石を螺旋状に積み上げた造形物があります。[スパイラルスプリング]と呼ばれているもので、この塔から水が流れて下の広場のグルグルと巻いた水浴び場に流れ込むシステムになつています。
広場の周りは軟石の断崖があり、その断崖から樹木が覆い隠す様に茂っています。
この広場はかっての軟石の採掘場だった処で、このような岩山を削って広場を作ったのでしょうか。
広場の周りには軟石の固まりがそこ此処に点在し、軟石の間からも木が生え育ちつつあり、植物の生命力が如何に強いかを実感させてくれます。
石山緑地を出て国道にさしかかると[平岸街道]と表示された道路脇に[石切山街道]と刻まれた標石があります。この街道を進むと石山地区から定山渓に通じます。[石山]と呼ばれるだけあって四囲の山々も岩肌が露呈しており[緑地]という概念がぴつたりしませんが、札幌に残された貴重な歴史の舞台として末永く保存して欲しいものです。
2008/02/09のBlog
[ 05:50 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
[天神山緑地]は、札幌市の豊平区平岸にある、標高85メートルの[天神山]iにあります。平岸と言えば札幌でも歴史の古い町ですが、かつてはリンゴの栽培地としても全国的に有名でした。この緑地は面積が64178㎡あり、緑地内には、日本庭園、梅林、など自然に恵まれた景観を誇っています。リンゴ園の面影を残す句碑、記念碑などもあります。
天神山緑地は、中の島通に面していますが、地下鉄南北線の[南平岸駅]と[澄川駅]の中間点に位置しています。緑地の入り口は鬱蒼たる樹木に覆われ、緑地の姿を見ることが出来ませんが、この木立の下を進むとなめらかな坂を登り広々とした緑地に到着です。都心の中の森林公園の趣です。
展望台からは眼下に札幌市内を見下ろし、遠く手稲の山並みもはっきりと眺望出来ました、写真の中央が手稲山で山頂にアンテナが林立している姿が見られます。1023.7メートルの手稲山も時折差す秋の日差しに輝いています。雄大な眺めです。(この写真は、10月に写したものです)。
緑地内にある日本庭園です。典型的な日本庭園で、滝から流れ落ちる水しぶきが静かな庭園に木霊する様です。しっとりとした佇まいの中で滝の躍動感が庭園の持つ景観を生き生きとしている思いに駆られます。
日本庭園全体を覆う木々が色鮮やかなコントラストを描いています。四季折々にとりどりの色で彩られた美しい景観が楽しめます。
2008/02/07のBlog
[ 06:29 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
[西野緑道]は、先に紹介した琴似発寒川の川岸に並行して整備されている緑道です。コースは札幌の山の手にある[発寒川]に沿って整備された約6㌔で、この緑道には約350本の桜並木があります。札幌市の景観賞にも名前を連ねる自然豊かな緑道です。
この緑道には350本の桜並木が連なり、桜が満開の時節を迎えると大勢の花見客が訪れる札幌でも名の知れた観光スポツトです。
緑道に沿って流れる川面は所々で急流となつて水しぶきを飛ばしています。
緑道を進むと岩肌をあらわにした崖が道路上にそり出している姿は荒々しい自然の姿を写し出しています。
満開の桜の下を多くの人が桜を愛でながらの散策を楽しんでいます。古い歴史を持つ西野地区の中にあって自然を守りながらも地域の人々の安らぎの空間として愛され続ける緑道です。
2008/02/05のBlog
[ 05:51 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
今日紹介する[屯田緑地]は、人口3万人を擁する札幌市の北の郊外にある大規模な住宅団地である屯田団地を東西に縦断している緑道です。道路の側には[屯田みずほ通り]の標識が建てられていて、ここから約2.6キロの緑の小径が続きます。
緑道を進むと案内ボードが目に入ってきます。ここにはこの[みずほ通り]についておおよそ次の様に記されています。[大正5年(1916年)篠路兵村が起死回生の復旧を願い、新川、創成川を水源とする[灌漑溝]を完工、これにより屯田地区の稲作は約65年続いた。その後屯田地区の宅地化が進む中で都市空間的な役割を持たせる上から、この灌漑溝があった処に緑道を設置する事とし、ここが[みずほ通り]である]。東西2.6キロに及ぶ遊歩道やサイクリングロードが整備されていますがこの案内を読んで先人の先見性と、都市空間の必要性を考えこの緑道設置を完成させた行動力に改めて深い感銘を覚えました。大きな自然の財産を残してくれたものです。
道の両側から大きな樹木が覆い被さり暑い太陽の光を遮つてくれます。木漏れ日の中を自然の大気を胸いっぱいに吸いながら歩く気分は爽快そのものです。
2.6キロに及ぶ緑道の両側は個人住宅、マンシヨン群が連なり、この間に[屯田東公園][屯田西公園]などの緑と花の広場もあり、運動公園からは子供達の歓声が聞こえてきます。遊歩道とサイクリングロードが分離されており、遊歩道では散策を楽しむシルバーの方の姿も多く見られます。自然の環境に恵まれヘルシーライフを送るにはすばらしい住宅ゾーンだと実感させられました。
緑道の中間点を屯田川が流れ、この上に橋が架かつていますが、これまでの緑の小径に突然姿を現したこの鉄橋がいかにもユニークで、林間鉄道の鉄橋を連想させてくれます。この2.6キロの緑道もそろそろ終着点にさしかかり、これから少し歩くと前回紹介した[防風林]があります。
2008/02/03のBlog
[ 06:06 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
[屯田防風林]は大正時代に厳しい季節風から農作物を守るため植えられた約8キロに及ぶ樹林帯です。現在は地域住民によって遊歩道も整備され、屯田・新琴似地区の散策道としても活用されている自然林でもあります。幹線道路からの入り口には、防風林と言う標識は見あたらず[ポプラ通風致地区]という標識が道路側に立っていました。ここから約8キロの防風林が始まるのです。
幅広い道路を挟んで両側は年輪を重ねた巨木が連なり、この木立の下では直射日光も当たらず心地よいウオーキングが楽しめます。木立の間からは防風林の外側を走る車や、住宅も散見され、普通の森林とは違ったイメージです。
案内板にも書かれていましたが、実に木の種類も多く、色々な樹木を眺めながら歩くことが出来ます。森の一隅に[シラカバ]の林があります。長い年輪を感じさせるようなシラカバの大木が連なり大変美しい光景を描いています。先人も森の樹木の配置にもバリエーシヨンを考えていたことが伺い知るような思いに駆られました。樹木ばかりでなく森には多くの草花や巣箱など地域の人たちの森を守る努力も続けられています。
この防風林は札幌市の景観賞を受賞しその記念碑が建てられていますが、案内によるとこの防風林は[保健保安林]の指定を受け、野生動物との共生を目指した道路つくりを目指すと書かれています。[保健保安林]とは具体的にどのような事なのか正確にイメージ出来ませんが、結びの言葉として[歴史的な価値を持つ都市内の緑地として今後とも大切に守り育てましょう]と書かれていることには全面的に賛成です。これだけの空間が住宅地の中央を縦断していることは、先人が残された貴重な遺産であり、これからも長く後生に守り続ける事を心から祈らずにはいられません。
この緑道は、札幌市の景観章を受賞しましたが、その記念碑が建立されています。この緑道と並行して屯田団地を縦断する遊歩道も整備されており、この地区は、緑豊富な自然林や遊歩道に恵まれた地区でもあります。
2008/02/01のBlog
[ 05:17 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
[藻岩山は海抜530.9㍍でアイヌ語で[インカルシベヌブリ]と呼ばれていますが、その意味は[眺めの良い山]と言う意味です。山中にはカツラ、ハルニレ、キタコブシ、柳、ヤチダモ、白樺など70数種類の樹木が繁茂しており、かって著名な植物学者サルジエント氏がこの原始林を観察し、その名著 [日本森林植物誌]の中で[世界におけるこの山と同じ気候の地で、しかもこの狭い面積の中にこれほど樹木の種類の多い処はない]と、推奨されてから一躍有名な山となり、大正10年3月3日天然記念物に指定されました。
写真は天然記念物藻岩原始林碑でロープウエイ山頂駅の前に建立されています。藻岩原始林は、学術的にも貴重な森林で、円山原始林とともに大正10年3月国の天然記念物に指定されました。この碑は、当時の文部省と北海道が昭和44年に建立したものです。
ロープウエイ山頂駅を降りると頂上に向かう道路を挟んで白樺林が広がっています。白樺を見る度に雪の北海道と重なり清純な思いに駆られます。(現在は真っ白な雪に埋もれていることでしょう)
藻岩山は標高531メートルの山で、札幌市民にとっては父なる山と言われています。山頂にある展望台には、道路のほかロープウエイを使うと便利です。山頂駅から無料のシャトルバスが運行しています。展望台からの眺めは抜群で晴れた日には札幌の町並みは勿論、遠く石狩平野と遠くに連なる山並みを眺望する事が出来ます。特に夜景の美しさには定評があり、札幌の観光スポツトとして脚光を浴びています。
2008/01/30のBlog
[ 05:43 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
札幌を代表する[円山公園]から山の手に進むと程なく[円山原始林]の入り口です。[天然記念物 円山原始林]の標識があり、ここからが[円山]の登山道にもなつています。藻岩原始林と並んで貴重な自然資源にも恵まれた札幌を代表する自然林の一つです。
円山原始林の案内板があります。これによると原始林が天然記念物に指定されたのは大正10年3月3日で大凡次のように記述されています[この原始林は、明治のはじめ開拓使時代から保存され、その後北海道庁が原生天然記念林に編入し大正10年に天然記念物に指定された。山麓の肥沃地にはカツラが発達し上部にはミズナラが多く、山腹にはシナノキ、エゾイタヤ、オオバボダイジュ、などの大木が目立ち、ヤチダモ、センノキ、サクシバなども混生している。この原始林は北海道湿帯北部の代表的な天然林で非常に貴重なものである]。
立派に整備された木道です。道の両側は大木が茂り何ともいえないすがすがしい空気が充ち満ちています。
起伏に富んだ木道を進むと、円山動物園の正面に通じます。この地帯が円山公園や各種スポーツ施設、そしてサクラなどで有名な北海道神宮の境内などに隣接しています。
円山の姿です。標高226メートルの円山は、かつては[モイワ(小さな山)]と呼ばれていましたが、明治に入ってからこの姿が円いことから[円山]と名付けられました。札幌の原点である札幌本府の建設が開拓使によって進められましたが、島義勇がこの山から眺めて町造りの構想を練った事でも有名です。札幌のシンボルの一つでもあります。
2008/01/28のBlog
[ 05:28 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
札幌西区を流れる[中の川]は、手稲山の南面を発して西野地区から宮の沢地区を回って新川へ流れ込んでいる二級河川です。流量が豊富な上、良好な水質に恵まれているため、サクラマス、イトヨ、アメマスなども棲息している川でもあります。その意味では札幌でも貴重な自然資源といえましょう。
この写真は、国道5号線の西19丁目付近の様子です。中の川はこの幹線の下を流れていますが、かつてはこのあたりが開拓の中心地として開発が進められた処です。
この幹線上に[なかのがわばし]が架けられています。この橋の直ぐ側が[中の川公園]として整備されていますが、ここは、札幌でも古い教育発祥の地でもあり、この処に[時習館]が建てられていた事では[中の川]は歴史の証人として時代と共に流れ続いている川です。
この橋の下流の様子です。この緑地帯が公園になっています。回りが住宅に囲まれたなかに静かに流れています。回りのマンションも[時習館]という名前が付けられている様に時習館縁の場所でもあります。
札幌から小樽に向かう国道を走ると円山西町19丁目の[中の川]の橋のたもとに右の様な木標が古木に寄りよって建てられています。この川の周辺が[中の川公園]です。この中に、さっぽろふるさと文化百選に選定されている[時習館記念碑]が建立されています。[さっぽろふるさと文化百選 時習館ゆかりの地]の案内板が設置されていますが此処には大凡次の様に書かれています。[明治5年(1872年) 旧白石藩の47戸が上手稲に入植し、その中の一人三木 勉は自宅を私塾として開放し[時習館]と名付け子供の教育にあたった。(現在の西区西町北18丁目あたり)。時習館はその後[手稲筆算所]としてこの地に移り、現在の手稲東小学校に引き継がれている]。時習館命名のゆわれは、[学んで時に習う]と言う中国の古語を引用して命名された様です。この時習館の創始者である三木 勉が開いた私塾は、間口4間、奥行き6間の茅葺きの建物で、最初の入学児童は7名でしたが、札幌の学校の嚆矢をなすものとして注目されました。
2008/01/26のBlog
[ 05:23 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
札幌市のシンボルである藻岩山の中腹を源泉として流れ豊平川に合流する山鼻川は、市民のオアシスとして貴重な自然の財産でもあります。札幌中心部から定山渓方面に向かう幹線も中央区のはずれで左折してミュンヘン大橋に繋がる[桑園-福住線]にでます。ミュンヘン大橋の手前に山鼻川の緑地帯があり、市民の散策、憩いの場となつています。近くに藻岩の山並みを眺め、近くには間もなく合流する豊平川の姿も見え隠れしています。
この緑地帯から[山鼻橋]の下の遊歩道を進むと間もなく豊平川との合流点にさしかかります。整備された遊歩道の側には幹線道路が走り絶え間なく車が行き交っていますが、ここは静かなエリアで山鼻川のせせらぎも聞こえて来ます。
この遊歩道から小さな橋を渡ると[水の広場]です。南の方向にはミュンヘン大橋も望まれます。整備された広場には、水を活用した遊技施設や、あずまや等も整備されシーズには多くの家族連れで賑あいを見せています。
山鼻川は、先程紹介した定山渓方面の幹線の下をくぐつて藻岩の山裾を静かに流れています。藻岩山の登り口までは、幹線道路と並行して両岸を住宅がひしめきあつています。川岸は整備された遊歩道が続き、幹線道路の喧噪を逃れて自然に浸ることの出来る空間を作っています。
川の西は電力会社の水力発電所なとがあり、中腹から太いパイプラインの姿も見えます。
2008/01/24のBlog
[ 05:55 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
札幌市には多くの扇状地があり、代表的なものは豊平川が作り出した[豊平扇状地]ですが、発寒川によって作られた扇状地も代表的なものの一つです。この扇状地の開拓者達が開拓の鍬をおろし、琴似屯田兵村などを開村して現在の琴似の基盤を作りました。発寒川は当初石狩川に流れていましたが[新川]が開削されたことにより直接海に流れ込んでいます。明治19年以降[発寒川]が現在の[琴似発寒川]に名前が変わっています。(写真は、西区のホームページから引用したものです)。
琴似発寒川の下流を俯瞰したものです。川の両岸はマンションや住宅が建ち並び、かつての原始の流も都市化の中での自然環境として貴重な姿を遺しています。
目を転じて上流を俯瞰したものです。この川は、手稲山付近を源泉として西区を縦断して流れる11.7キロの新川水系二級河川です。遠くに源泉でもある手稲の山並みが眺望出来ます。
川の処処に堰が作られています。勢いよく流れる清流のしぶきが届きそうな趣です。
このあたりの流は静かで、この先には、西区農試公園が拡がっています。
2008/01/22のBlog
[ 06:02 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
豊平川を真駒内方向に進んでいくと、右手前方に赤い屋根が頭を出してきます。[札幌豊平川さけ科学館]の建物です。ここからこの橋を渡るとさけ科学館の前に出ることが出来ます。一方、この下の[パークトンネル]をくぐり抜け、真駒内公園の側から[真駒内川]沿いに方向を転換すると広い河畔が拡がつてきます。[真駒内川]は一級河川に指定されており、源流は[空沼岳]で北へ約20.8㎞流れて豊平川に注いでいます。
この川の歴史を見ても何度かの水害に見舞われた結果、この川独自の防御策として[サンキ][蛇籠]等の手法を取り入れています。川全体の流れは静かで、水面に太陽の光が反射して川全体が光り輝いています。
真駒内川の緑地帯は広々として右手に藻岩の山並みが眺望でき、ここから南に遊歩道が整備されて自然豊かな空間を演出しています。
真駒内の中心を流れている真駒内川の語源である[まこまない]は、[まく・おま・ない]というアイヌ語で[山の後の方にある川]という意味だそうです。
この真駒内川に沿った遊歩道は木立の間のベーブウエイが直線に続くコースです。
真駒内川も処処に急勾配になった箇所があり、此処では流れを調節するための[堰]が設置されているのが散見されます。昔は良く水害に悩まされた為の防護策の一つなのでしょうか。
真駒内川を南に進むに従つて川の姿が大きく変わり、岩塊が荒々しい姿を見せています。これまでの静かな真駒内川は、一変して荒々しい流に変身です。
2008/01/20のBlog
[ 05:48 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
札幌市の南区、豊平区にまたがつて流れる精進川は、石狩水系の河川で、南区の国営公園滝野スズラン丘陵公園近くの丘陵を発して流れる13.2キロの河川です。写真は地下鉄澄川駅周辺ですが、この前を走る平岸街道の下をくぐり豊平区のエリアに流れています。
幹線道路を離れて川に沿って進むと[精進川取水樋]があり、ここからミュンヘン大橋行きと幌平橋行きに分かれます。この幌平橋に流れる川はミュンヘン大橋に通ずる[桑園・福住通]で[澄川橋]の下を抜けて幌平橋に向かって進みます。
精進川の流れに沿って進むと、平岸1条17丁目の川尻付近に滝が姿を現します。精進川はアイヌ語で[オ・ショ・ウシ(川尻に滝のあるところ)]と言う意味だそうです。そんなことからこの滝も[精進川の滝]とか[川尻の滝]と呼ばれている様です。町中の川にこんな素晴らしい滝があること自体大変な感動を覚えます。渓流と滝のある光景は深山幽谷の趣を感じます。
この滝から先が公園ですが、川の周りは住宅が建ち並びながら、ここは鬱蒼とした樹木が遊歩道にも覆い被さり都心の原始林を歩く趣です。こんな自然は何時までも大切に保存したいものです。
[精進川]は、真駒内川と平行して流れている川ですが、この川は明治の中頃から定山渓鉄道が開通するまでは、木材の搬送に利用されていた大きな川でした。定山渓の山系から流れてきた川は真駒内から市内の住宅街を流れ、一つはミユンヘン大橋の上流から豊平川へ、他の一つは更に街を流れて幌平橋の下流からこれも豊平川に流れ込んでいます。この精進川の緑地に拡がる精進河畔公園がありますがこの公園は面積が50777㎡の公園です。
2008/01/19のBlog
何時も拙いblogにご訪問いただきありがとうございます。
お陰様で本日アクセス数が念願の100.000をクリアしました。これも多くの皆様からのご支援の賜と厚く感謝申し上げます。2008年の年初に一つの節目を迎えましたので、気持ちを新たに取り組んで行きたいと思っています。今後とも宜しくお願いいたします。
2008/01/18のBlog
[ 05:40 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
中島公園に一際目立つ[キタラ]の裏をまわって流れる川はまもなく西側を通る外周道路(鴨々川通と言われています)から方向を転換してまっすぐに北進を続けています。ほとんど流れもなく川底が見える様な澄み切った水面に時折鯉が顔を覗かせ、公園側からは大きく茂った木々の幹が川を覆い被せる様に張り出したロケーションは清涼感溢れる佇まいを呈しています。この一帯は市民の川辺として地域の皆さんが景観を保持して市民に親しまれる様川を保持する事を宣言しその標識が建てられています。また、[鴨々川を清流にする会]によるボランティア清掃活動なども行われています。
少し歩いていくと川辺に水車がおいてあります。今は動いている形跡もなく川のオブジエの役割しか果たしていない様に思いますが、この川に水車や石などを並べて川の造園を行った跡ではないかと思いました。
これは公園入り口付近から見た[菖蒲池]です。この池は面積は1.5ヘクタールと小さい池ですが、現在は中島公園のシンボル的存在となつています。元々はこの池が整備される以前は鴨々川に繋がる貯水場として利用されていました。以前は北東と南西の二つの池に分かれていましたが、現在は池の真ん中に通路が出来ています。この池にはボート乗り場もあり別名[ボート池]とも呼ばれています。札幌にも未だスケート場がない時代からこの池はスケートリンクとして多くのスケーターに親しまれ毎冬の仮装カーニバルが長い間続けられてきた場所でもあります。
中島公園を後にした鴨々川の流れは幹線道路である南九条橋の下を抜けて今度はビルとビルとの谷間を静かに流れて行きます。この辺から水量もやや多くなり川岸もコンクリートで固められイメージも一新してお目見えです。川の縁には歩道も設置され次の南八條橋までは川のせせらぎを聞きながら歩くことが出来ます。
[創成川上風致地区]の立て看板が見えてきました。ここからいよいよ創成川が始まります。場所は札幌の代表的歓楽街ススキノの南端です。豊平川の南17条取水口をスタートした鴨々川は2.5キロの旅路を終えて創成川に合流しました。ここで鴨々川に架かる橋名を列挙します。[創成川取水樋門橋][対山橋][みそのばし][南14条橋][白鶴橋][中洲橋][ほたる橋][公園橋][中島橋][水天宮橋][南九条橋][南八條橋][藻山橋][園生橋][南七条橋][豊水橋][中の橋]この他にも公園内には名前のない木橋なども数カ所設置されています。鴨々川の名前の由来が、京都の鴨川に因んだものだとか、鴨が沢山生息しているからだとか、色々と言われていますが、名前はともあれ、このような札幌に残されたかけがえのない自然の遺産を何時までも美しく保持したいものだと祈らずにはいられません。
2008/01/16のBlog