Blog
2008/03/24のBlog
[ 08:42 ]
[ 札幌の自然(2) ]
[エドウィン・ダン]とは人名です。彼は明治政府の大きな課題の一つであった、北海道開拓のために尽力された米人で、我が国の農業・畜産の発展にも多大の功績を残されています。同氏を記念してかっての[北海道庁種育場の庁舎]の一部を保存して、現在地に[エドウィン・ダン記念館]として移転したものです。場所は札幌市の真駒内公園の近くで[エドウイン・ダン公園]の中にあります。札幌-支笏湖線もこの公園の間近を走っており、地下鉄真駒内からも徒歩で10分位の距離なので多くの方が参観に来られている様です。
記念館を出て公園に入ると東側に[エドウィン・ダン像(峯孝氏作)]が見えてきます。緑に色づいた樹木の下から眼前の[ひょうたん池]を見下ろしています。
農作業衣に身を固め、肩には小牛を背負った逞しさを感じさせる像です。
農作業衣に身を固め、肩には小牛を背負った逞しさを感じさせる像です。
2008/03/20のBlog
[ 05:19 ]
[ 札幌の自然(2) ]
地下鉄東豊線[福住]駅をおりると国道36号線を挟んで北側に広がるのが[八紘学園]の敷地です。この敷地の中にある洋館が[栗林記念館]です。この洋館は1907年(明治40年)に月寒地区の開発功労者である、吉田善太郎氏の別宅として建てられたものですが、1933年(昭和8年)、八紘学園の創始者である栗林元二郎氏が購入して現在地に保存されているものです。邸内には入れませんので塀の外から外観を窺い知るのみですが、広い牧歌的な風景の中に佇む洋館、今は残雪が残る庭園の中に静かに佇んでいます。
この洋館は広い庭園の中にありますが、庭園は[栗林石庭]と呼ばれ、邸の入り口から様々な形をした石が配列されています。八紘学園は正式には[北海道農業専門学校 八紘学園]です。1896年(明治29年)秋田県で生まれた栗林元二郎さんがその後北海道に移住し、1930年(昭和5年)この学園を開きました。
60ヘクタールの耕地が広がる広い学園の校内には実習農場を始め、菖蒲園、養鶏場などが点在しています。写真は養鶏場の入り口のサイロです。白樺の木々が春の日差しに映える中に養鶏場がありますが、サイロがこじんまりとしたミニチュアの様で可愛らしい感じがします。
北海道を象徴するような牧舎の風景です。かつては[吉田農場]があった時代に建築されたもので最初は1基でしたが昭和18年に2基になりました。先程の養鶏場のサイロと比べるとスケールも大きく重厚感があります。
牧舎です。この牧舎を見ていると、北大のモデルバーンの牧舎を連想します。古いこのスタイルがかっての牧舎のモデルだつたのかも知れません。八紘学園で有名なものに[ジンギスカン鍋]があります。北海道を代表するジンギスカン鍋ですが、この名前はここから始まったと言われています。1944年(昭和19年)月寒にある第25連隊が樺太に移動することとなり、この壮行会で栗林元二郎氏は兵士達には羊の肉であることを伏せ、モンゴル帝ジンギスカンの[雪原の闘い]をはなむけの訓話としました。羊肉の食習慣は大正時代にもあった様ですが、ジンギスカンと呼び始めたのはこの訓話によるものだそうです。又、この学園の菖蒲園は有名でこれからのシーズン多くの愛好家が訪れる事でしょう。
2008/03/18のBlog
[ 05:33 ]
[ 札幌の自然(2) ]
札幌市と江別市・北広島市とが隣接する地帯に[野幌森林公園]があり、広大な自然林の中に[開拓の村]があります。幹線道路(国道12号線)から森林公園に入ると直ぐ左側に[百年記念塔]が姿を現します。北海道百年記念塔は、1968年(昭和43年)の開道百年を記念して建設が進められ昭和45年に竣工しました。野幌森林公園の一角に聳えている塔は、百年記念塔に因んで高さも100メートルあります。[設立記]には次の様に書かれています。[かって原始の密林を切り拓き厳しい風雪に耐え抜いて、本道発展の基礎を築いた多くの先人の偉業を長く後世に顕彰し、慰霊の誠を捧げるとともに輝く未来を創造する決意の表徴としてこの塔を建設した]。
開拓の村入口に設置されている標石です。[北海道開拓の村]と書かれた石の側に並んで、開村の由来が記された石も置かれています。そこには次のように記されています。[北海道開拓の村は、おもに明治・大正期の北海道開拓の歩みの中で残された建造物及び歴史的資料を収集展示し、先人の苦労を再現した、未来への文化遺産である。総面積54,2ヘクタール 昭和58年4月設立 揮毫者 北海道知事 堂垣内尚弘]。
階段を登ると正面に見えるのは[旧札幌停車場]です。現在は、管理棟として使用されています。来村者はここから入場して入村します。この停車場は、1908年(明治41年9から1952年(昭和27年)まで親しまれてきた札幌市民にとつては懐かしい建造物です。
村内に敷設された線路上を走行する馬車鉄道です。札幌停車場前から市街地群を通って農村群の入り口まで走行しています。古い建造物の間を走る馬車鉄道を見ていると開拓期の時代にタイムスリップしたような感じにさせられます。冬になると馬車鉄道は馬そりに替わって運行しています。
2008/03/16のBlog
[ 05:21 ]
[ 札幌の自然(2) ]
地下鉄南北線[真駒内駅]から中央バスで約25分で[芸術の森入り口]に到着です。道路を挟んで目の前が正面ゲートです。歴史的な軟石採掘の場に相応しくゲートを挟んで両サイドには石が積み重ねられその造形美からも芸術の森のイメージが漂ってきます。。元気な子供さんがロツククライミングのように岩によじ登っています。この芸術の森は、3期15年の年月をかけて40ヘクタールの広大な敷地の中に様々な施設が設けられ、緑豊かな自然環境の中に北の芸術・文化の拠点として大きな役割を担つています。
2008/03/14のBlog
[ 05:27 ]
[ 札幌の自然(2) ]
この大学は、1967年東海大学札幌教養部としてスタートしましたが、1977年に北海道東海大学芸術工学部を開学しその後電子工学部門などの学部を開設して総合大学として大きく飛躍しています。キャンパスは、藻岩山の南側にあたる小高い丘陵地帯に約48万㎡の敷地を有しています。この敷地に[ラベンダー畑]があります。
キャンパスの前庭に広がるラベンダー畑には、いくつかの記念碑が建てられています。写真の石碑[望星の杜]に表徴されるように、ここからは眼下に札幌の町並みを見下ろし、夜は満天の空に輝く星を眺めることが出来る新しい観光スポツトとしても売り出し中です。
キャンパスの前庭に広がるラベンダー畑には、いくつかの記念碑が建てられています。写真の石碑[望星の杜]に表徴されるように、ここからは眼下に札幌の町並みを見下ろし、夜は満天の空に輝く星を眺めることが出来る新しい観光スポツトとしても売り出し中です。
ここのラベンダー畑には種類毎に植栽され説明板が建てられています。それによるとこのラベンダーは[オカムラサキ]で原産地は地中海沿岸、開花は7月中旬から3週間、特性としては、[花穂がほっそりと長く香りが豊でドライフラワーなどに適している]と記載されています。
キヤンパスとラベンダー畑の間には道路が走っていますが、この道路からラベンダー畑越しに見ると住宅が軒を並べて建てられています。南沢住宅街に隣接したラベンダー畑は、ラベンダー発祥の地としても地区の皆さんの誇りの一つでもあります。
2008/03/12のBlog
[ 05:40 ]
[ 札幌の自然(2) ]
2008/03/10のBlog
[ 06:31 ]
[ 札幌の自然(2) ]
[ちざきバラ園]は、かつての北海道の政財界に君臨していた地崎宇三郎さんの個人庭園として昭和42年に完成し、45年から一般に開放されたものです。藻岩の山並みの麓、標高93メートルに位置し面積は5万5千坪と言われています。花壇を取り囲むように梅林が広がり350本の梅の花が咲き誇る梅の名所でもあります。
2008/03/08のBlog
[ 05:57 ]
[ 札幌の自然(2) ]
[やまはなサンパーク]の入り口には右の様な標石が置かれています。この標石の裏面には、学校の歴史を記した青銅盤が貼られています。
此処には[学び求めて 藻岩百年]として学校の来歴が記されています。
現北海道教育大学の前身は北海道師範学校で明治19年創立され、その後北海道札幌師範学校、北海道第一師範学校を経て昭和24年からは北海道学芸大学札幌分校としてスタートし、昭和41年からは北海道教育大学に変わったものです。この学舎の跡が現在[やまはなサンパーク]として生まれ変わったのです。
此処には[学び求めて 藻岩百年]として学校の来歴が記されています。
現北海道教育大学の前身は北海道師範学校で明治19年創立され、その後北海道札幌師範学校、北海道第一師範学校を経て昭和24年からは北海道学芸大学札幌分校としてスタートし、昭和41年からは北海道教育大学に変わったものです。この学舎の跡が現在[やまはなサンパーク]として生まれ変わったのです。
この[やまはなサンパーク]は中央図書館と隣接し、図書館で疲れた心身をこの公園の芝生の上に伸ばして休む人、子供を連れて散策を楽しむ若い母親の姿、ベンチで静かに語り合う老夫婦、学校帰りの学生達の談笑が弾む午後の一時でした。青々とした木立の下には緑の芝生が拡がり、寝べっているだけでも至福の一時を過ごせます。
中央の大木の並木道を挟んで西側が[やまはなサンパーク]、東側が集合住宅団地の[山鼻サンタウン]です。この団地は北海道住宅供給公社の分譲マンションとして平成3年に完成しました。敷地面積が28860㎡あり戸数も466世帯の大団地です。団地内には商業施設やスポーツ施設もあり、又、近くには図書館そして藻岩山麓の散策コースも間近で、快適な生活空間です。
2008/03/06のBlog
[ 05:22 ]
[ 札幌の自然(2) ]
[真駒内]と言えば1972年のオリンピックの競技会場があった場所として良く知られています。[真駒内公園]は、その屋外競技場がある場所で、[豊平川]と[真駒内川]の合流点にあり、南北1.7㌔、東西0.7キロの平坦な森林公園ですが、針葉樹や広葉樹の樹木に囲まれ、春にはエゾヤマザクラ750本、ヤマザクラ30本が咲き誇る桜の名所としても市民に親しまれています。この公園には一周10キロのジョキングコースも設けられており、冬になると歩くスキーのコースに変わります。公園の外周を流れる真駒内川です。
この標石の真後ろにオリンピック開催を記念して建てられたモニューメントがあります。このモニューメントは北海道が生んだ彫刻家本郷 新さんの作品で[雪華の像]と名付けられています。かなり年月が経ったせいでしょうか。壁面に貼られている文字盤が[ⅩⅠOLYM WINTER GAMES 1972]となっています。恐らくOLYMPICのPICが剥落したのでしょうか。又、日本語の方も第1回冬季オリンピック札幌大会]となっていました。この辺にも歴史を感じました。
公園内は遊歩道も整備されていますが、白樺の並木は殊のほか北海道らしさを醸し出しています。随所に太くなった幹と長く伸長した白樺の大木が散見されますが、新緑の緑と白樺の樹皮が何とも言えないコントラストとなって目を楽しませてくれます。樹木の香りと自然の息吹を吸いながら白樺の路を散策する気分はまさに[癒し]の一時です。
真駒内は札幌を代表する大住宅地ですが、地下鉄南北線の南のターミナルとして重要なアクセスの拠点でもあります。札幌-支笏湖の幹線道路も走っており交通量も多い中で、その一隅に静かな佇まいの公園が有ることは我々市民の誇りでもあり貴重な財産でもあります。幹線道路の両側に整然と林立するポプラ並木は歴史的遺産でもあります。
2008/03/04のBlog
[ 05:30 ]
[ 札幌の自然(2) ]
札幌市西区八軒地区にある[農試公園]です。かつては北海道農業の研究の中核として活躍していた[農林省北海道農事試験場]跡地に1975年2月開園した公園です。公園の外周には[琴似発寒川]が流ており、この公園は川の河畔にあります。間近にJR函館本線が走り、食品、飲料工場が並ぶ工場群も側にあります。広い公園には様々な施設が施されていますが、なんと言っても四季折々の景観が呼び物の公園です。
広々とした公園内には、交通広場、遊技施設、野球場、テニスコートの他にユニークなものとして[トンカチ広場]などもあり、急激に住宅地として発展を続ける地域の公園として家族が楽しめる広場としても大きな役割を果たしています。
2008/03/02のBlog
[ 04:57 ]
[ 札幌の自然(2) ]
[吉田川公園]は、豊平区の月寒地区にある公園です。この公園の広さは56.508㎡で、親水性河川と自然のコナラ林をそのまま活かした自然美溢れる公園です。園内には、野球場、テニスコート、パークゴルフなどの施設もあり地域の人々の憩いの場として利用されています。
2008/02/29のBlog
[ 06:01 ]
[ 札幌の自然(2) ]
札幌の地下鉄[東豊線]栄町駅を降り、北42条通(道々丘珠空港線)を10分ほど歩くと道路沿いに[ひのまる公園]があります。このあたりはかつて烈々布と呼ばれており、この街道も烈々布街道と呼ばれていました。烈々布は現在の札幌市東区と北区にまたがる広大な地域で、この公園の正面にある烈々布神社も大変立派な佇まいです。
神社の正面から見た[日の丸公園]です。札幌開拓の先覚者の一人である、松本菊次郎が肥料や農機具の威力を農民に普及させるため自ら農業に従事して[日の丸農場]を経営して開発の発展に力を尽くしました。その農場の跡地である[ひのまる公園]は、さっぽろふるさと文化百選にも選定されている歴史的な場所でもあります。
2008/02/27のBlog
[ 05:40 ]
[ 札幌の自然(2) ]
この公園は札幌の中心部から約8キロの地点にあり、住宅地に隣接した公園ですが、一歩公園内に足を踏み入れると、鬱蒼たる森林に囲まれた中に[貯水池]が有ります。この貯水池を中心にして、公園内にはキャンプ場や湿原などが点在していますが、この地帯一帯が札幌でも有名な草花の生育地、野鳥の生息地としてよく知られています。草花は4月から9月頃まで80種類の草花が咲き乱れるそうです。又、野鳥も一般によく知られているサギ、タカ、鳩、カッコウ、フクロウ、カワセミ、キツツキ等々50科目の野鳥が観察されると言われています。
公園の入り口から貯水池の周りの遊歩道を歩くと間もなく歴史的記念物に指定されている[取水塔]に出逢います。ここから階段を上り少し歩くと[芝生広場]が現れます。緑の絨毯を敷き詰めた広場からは貯水池の全体が俯瞰され、歩き疲れた手足を伸ばして、食事や談笑するグループが三々五々円陣を組んで屯する風景が見られます。公園内にある貯水池は面積が7.35平方㎞で、池の周りには遊歩道が整備されています。池の中に独り佇む[取水塔]が一際目立つ存在となっています。いつもは水鳥の姿も見られるとの事ですが、残念ながらこの日は目にすることが出来ませんでした。この貯水池も昭和46年白川浄水場が完成したため、西岡浄水場は廃止されています。
取水塔の前にこの由来を書いた案内板が設置されています。この案内板には次のように記載されています。[この取水塔は明治の末期に旧陸軍の軍用水道施設として作られたものです。この旧月寒水道は1945年(昭和20年)から豊平町の水道として使用されて来ましたが、1961年(昭和26年)からは札幌市の水道として使用されました。平成13年8月28日、文化財保護法による歴史的資料として認められ、国の登録有形文化財として登録されている]。
2008/02/25のBlog
[ 05:26 ]
[ 札幌の自然(2) ]
[月寒公園]も豊平公園と同じ豊平区にありますが、面積が222.238平方メートルもあり大変規模の大きい公園です。この公園は明治の終わりには[千城台]と名付けられ、歩兵第25連帯の演習場として使われていました。公園入り口の案内ボードを見ると、公園内には[遊技広場][冒険広場][自由広場][ロータリーの森][記念樹の森][プール][テニスコート][野球場]などの設備があります。写真は[ボート池]ですが、遠くに[浮島]が見えます。1998年に作られたものだそうです。
この池は[ボート池]と呼ばれているように、ボートの貸し出しがありますが私が訪れた日はウイークデーの午前なのでボートを漕ぐ姿は見られません。ボートが寂しく漕ぎ手を待っています。池の周りはしだれ柳が茂り池に覆い被さっています。川面に映る木陰が秋の日に眩しく照り映えています。
公園の真ん中に小川が流れ随所に橋が架けられています。この川がどこから流れてくるのかわかりませんが、何か目的があって人工的に開削したものかと思います。この橋を渡ると池のほとりに出ます。この川の両サイドもしだれ柳が連なつています。大変美しい光景です。
公園に入ると間近に時計塔があり[カラクリ時計]のオルゴールからメルヘンテイックな音楽が流れてきます。時間を見ると丁度正午で運良く動くカラクリ時計に出会うことが出来ました。このカラクリ時計は高さ4㍍50㌢あり、真ん中のカラクリは痩せ馬に乗ったドンキホーテイとお伴のサンテョパンサだそうです。地元の建設会社が寄贈したものです。
2008/02/23のBlog
[ 05:51 ]
[ 札幌の自然(2) ]
[豊平公園]は、札幌市の豊平区にあります。豊平区は札幌市の南東部に位置し、この地帯には放羊場として有名な羊ヶ丘などがある場所です。この地帯は丘陵地で山林も多く、また月寒川など河川も多く自然に恵まれた地域です。因みに豊平の地名はアイヌ語で[トイェ・ヒラ(崩れた崖)]と言う意味だそうです。
豊平公園]の外周は幹線[米里行啓通]です。この通りは札幌市内の中島公園の近くを通る南14条線と繋がっていて、この通りが[米里行啓通]と呼ばれています。この近くには札幌地下鉄[東豊線]も走っており、スポーツを始め各種の大型イヘントでもお馴染みの[きたえーる(鍛えるの造語)]もこの公園に隣接しています。幹線のサイドは大木の樹木が連なり雄大な景観を醸し出しています。
ここは旧林業試験場の跡地でそのため樹木が多く緑に溢れているのも納得です。この公園の広さは約7.4ヘクタールあると言うことです。
ここは旧林業試験場の跡地でそのため樹木が多く緑に溢れているのも納得です。この公園の広さは約7.4ヘクタールあると言うことです。
この公園には[森林エリア][野草植物園エリア]があり、森林エリアにはシラカバ、ニセアカシアなどの樹木が繁つていて野鳥の飛来も多くバードウオッチングとしてもよく知られた場所です。この写真は庭園の一部ですが、四季折々の草花が楽しめるエリアです。この園内にある[緑のセンター]は、草花の展示室や園芸相談など園芸愛好者にとっては馴染みの深い処です。
2008/02/21のBlog
[ 05:24 ]
[ 札幌の自然(2) ]
旭山記念公園は昭和41年に札幌創建100年を記念して造成された公園で昭和46年に開園しました。面積は20.8ヘクタールと広く園内にはいくつもの記念の森などもあります。緑豊かな公園には数多くの樹木が繁つています。公園を入ると広い芝生の奥に林があり、紅葉のシーズンになると赤、黄色に色づいた樹木が美しい景観を醸し出しています
2008/02/19のBlog