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2008/03/24のBlog
[エドウィン・ダン]とは人名です。彼は明治政府の大きな課題の一つであった、北海道開拓のために尽力された米人で、我が国の農業・畜産の発展にも多大の功績を残されています。同氏を記念してかっての[北海道庁種育場の庁舎]の一部を保存して、現在地に[エドウィン・ダン記念館]として移転したものです。場所は札幌市の真駒内公園の近くで[エドウイン・ダン公園]の中にあります。札幌-支笏湖線もこの公園の間近を走っており、地下鉄真駒内からも徒歩で10分位の距離なので多くの方が参観に来られている様です。
記念館を出て公園に入ると東側に[エドウィン・ダン像(峯孝氏作)]が見えてきます。緑に色づいた樹木の下から眼前の[ひょうたん池]を見下ろしています。
農作業衣に身を固め、肩には小牛を背負った逞しさを感じさせる像です。
名前の上には右の写真のような[牛を引くエドウィン・ダン]のレリーフが飾られています。
記念館側から[ひょうたん池]を眺めた写真です。前方に橋が架かっていて此処をわたって池を一周出来ます。池にはカモが住んでおり水面で動き廻っています。
池の周りには池越しに見える記念館を撮影する方、絵を描いている方、ベンチで談笑する方などの姿がみられます。街中の喧騒から逃れた長閑な一時です。
2008/03/20のBlog
[ 05:19 ] [ 札幌の自然(2) ]
地下鉄東豊線[福住]駅をおりると国道36号線を挟んで北側に広がるのが[八紘学園]の敷地です。この敷地の中にある洋館が[栗林記念館]です。この洋館は1907年(明治40年)に月寒地区の開発功労者である、吉田善太郎氏の別宅として建てられたものですが、1933年(昭和8年)、八紘学園の創始者である栗林元二郎氏が購入して現在地に保存されているものです。邸内には入れませんので塀の外から外観を窺い知るのみですが、広い牧歌的な風景の中に佇む洋館、今は残雪が残る庭園の中に静かに佇んでいます。
この洋館は広い庭園の中にありますが、庭園は[栗林石庭]と呼ばれ、邸の入り口から様々な形をした石が配列されています。八紘学園は正式には[北海道農業専門学校 八紘学園]です。1896年(明治29年)秋田県で生まれた栗林元二郎さんがその後北海道に移住し、1930年(昭和5年)この学園を開きました。
60ヘクタールの耕地が広がる広い学園の校内には実習農場を始め、菖蒲園、養鶏場などが点在しています。写真は養鶏場の入り口のサイロです。白樺の木々が春の日差しに映える中に養鶏場がありますが、サイロがこじんまりとしたミニチュアの様で可愛らしい感じがします。
北海道を象徴するような牧舎の風景です。かつては[吉田農場]があった時代に建築されたもので最初は1基でしたが昭和18年に2基になりました。先程の養鶏場のサイロと比べるとスケールも大きく重厚感があります。
牧舎です。この牧舎を見ていると、北大のモデルバーンの牧舎を連想します。古いこのスタイルがかっての牧舎のモデルだつたのかも知れません。八紘学園で有名なものに[ジンギスカン鍋]があります。北海道を代表するジンギスカン鍋ですが、この名前はここから始まったと言われています。1944年(昭和19年)月寒にある第25連隊が樺太に移動することとなり、この壮行会で栗林元二郎氏は兵士達には羊の肉であることを伏せ、モンゴル帝ジンギスカンの[雪原の闘い]をはなむけの訓話としました。羊肉の食習慣は大正時代にもあった様ですが、ジンギスカンと呼び始めたのはこの訓話によるものだそうです。又、この学園の菖蒲園は有名でこれからのシーズン多くの愛好家が訪れる事でしょう。
2008/03/18のBlog
[ 05:33 ] [ 札幌の自然(2) ]
札幌市と江別市・北広島市とが隣接する地帯に[野幌森林公園]があり、広大な自然林の中に[開拓の村]があります。幹線道路(国道12号線)から森林公園に入ると直ぐ左側に[百年記念塔]が姿を現します。北海道百年記念塔は、1968年(昭和43年)の開道百年を記念して建設が進められ昭和45年に竣工しました。野幌森林公園の一角に聳えている塔は、百年記念塔に因んで高さも100メートルあります。[設立記]には次の様に書かれています。[かって原始の密林を切り拓き厳しい風雪に耐え抜いて、本道発展の基礎を築いた多くの先人の偉業を長く後世に顕彰し、慰霊の誠を捧げるとともに輝く未来を創造する決意の表徴としてこの塔を建設した]。
開拓の村入口に設置されている標石です。[北海道開拓の村]と書かれた石の側に並んで、開村の由来が記された石も置かれています。そこには次のように記されています。[北海道開拓の村は、おもに明治・大正期の北海道開拓の歩みの中で残された建造物及び歴史的資料を収集展示し、先人の苦労を再現した、未来への文化遺産である。総面積54,2ヘクタール 昭和58年4月設立 揮毫者 北海道知事 堂垣内尚弘]。
階段を登ると正面に見えるのは[旧札幌停車場]です。現在は、管理棟として使用されています。来村者はここから入場して入村します。この停車場は、1908年(明治41年9から1952年(昭和27年)まで親しまれてきた札幌市民にとつては懐かしい建造物です。
村内に敷設された線路上を走行する馬車鉄道です。札幌停車場前から市街地群を通って農村群の入り口まで走行しています。古い建造物の間を走る馬車鉄道を見ていると開拓期の時代にタイムスリップしたような感じにさせられます。冬になると馬車鉄道は馬そりに替わって運行しています。
入り口広場から市街群を俯瞰したものです。正面奥に、旧北海中学校などの建物が望まれます。ゆったりとした原野の中に点在している建造物を俯瞰すると、まさに[野外博物館]という呼び名がぴつたりといった趣です。
2008/03/16のBlog
[ 05:21 ] [ 札幌の自然(2) ]
地下鉄南北線[真駒内駅]から中央バスで約25分で[芸術の森入り口]に到着です。道路を挟んで目の前が正面ゲートです。歴史的な軟石採掘の場に相応しくゲートを挟んで両サイドには石が積み重ねられその造形美からも芸術の森のイメージが漂ってきます。。元気な子供さんがロツククライミングのように岩によじ登っています。この芸術の森は、3期15年の年月をかけて40ヘクタールの広大な敷地の中に様々な施設が設けられ、緑豊かな自然環境の中に北の芸術・文化の拠点として大きな役割を担つています。
正面ゲートから森の入り口の間には真駒内川が流れています。正面は緑に包まれた山並みが視界に飛び込むスケールの大きさを肌で感じさせてくれます。
橋の上から川の上・下流を俯瞰すると、鬱蒼とした樹木が川におい被さる様にせり出し、川面に木々の緑が影を作り神秘的な雰囲気を醸し出しています。
美術館に手前に広がる庭園です。緑の芝生の中にいくつかのオブジエが配置されています。オブジェにはそれぞれ名前が付けられている様です。
入り口側の池には、真駒内川からの水が流れこんでいます。池の中には3つのオブジェが浮かんでいます。詳細は判りませんが、フランスの女流彫刻家[マルタ タン]の制作したもので、素材はプラスチックで中は空洞になつており、風が吹くとゆらゆらと揺れる様に造作されているとの事です。水面に映る影が情緒に溢れたロマンを感じさせてくれます。
2008/03/14のBlog
この大学は、1967年東海大学札幌教養部としてスタートしましたが、1977年に北海道東海大学芸術工学部を開学しその後電子工学部門などの学部を開設して総合大学として大きく飛躍しています。キャンパスは、藻岩山の南側にあたる小高い丘陵地帯に約48万㎡の敷地を有しています。この敷地に[ラベンダー畑]があります。
キャンパスの前庭に広がるラベンダー畑には、いくつかの記念碑が建てられています。写真の石碑[望星の杜]に表徴されるように、ここからは眼下に札幌の町並みを見下ろし、夜は満天の空に輝く星を眺めることが出来る新しい観光スポツトとしても売り出し中です。
東海大学では2002年から3ヶ年計画で[ラベンダーキャンパス化計画]を実施してきましたが、この計画に基づき約3600株のラベンダーが植栽されています。
ここのラベンダー畑には種類毎に植栽され説明板が建てられています。それによるとこのラベンダーは[オカムラサキ]で原産地は地中海沿岸、開花は7月中旬から3週間、特性としては、[花穂がほっそりと長く香りが豊でドライフラワーなどに適している]と記載されています。
キヤンパスとラベンダー畑の間には道路が走っていますが、この道路からラベンダー畑越しに見ると住宅が軒を並べて建てられています。南沢住宅街に隣接したラベンダー畑は、ラベンダー発祥の地としても地区の皆さんの誇りの一つでもあります。
目を遠方に転ずると削られた山肌が目に飛び込んできます。この山一帯はかつての採石場があった場所です。開拓使時代に開削された[札幌軟石]の採石場跡は、石山地区の歴史的遺産として今も保存されていますが、このような岩肌を見るにつけ自然保護と開発のこれまでの歩みを改めて考えさせられます。
2008/03/12のBlog
勾配のきつい坂道を登り詰めて[ラベンダ園]到着です。ここは夜景が売り物で、マイカーで乗り付け夜景展望駐車場から乗車したままで夜景が楽しめます。夜景展望のスポツトとして大変人気を呼んでいる様です。
ラベンダ園ですが、訪れたのは昨年ですが、天候が不順で生育が遅れ満開の時期は後1週間ぐらいとの事でした。でもラベンダの香りがそこはかとなく漂い、登り坂の疲れを癒してくれる思いに駆られました。
ラベンダの生育状態です。
来園者のためにラベンダの切り株が販売されています。札幌市内の各家庭の庭にも最近ラベンダの花が多く見られる様になりました。
ラベンダ園からの眺望です。この日は曇り空で視界が開けずぼんやりと霞んで見える札幌の町並みは、幻想的で晴れ上がった景観とは一味違うロケーションです。
2008/03/10のBlog
[ 06:31 ] [ 札幌の自然(2) ]
[ちざきバラ園]は、かつての北海道の政財界に君臨していた地崎宇三郎さんの個人庭園として昭和42年に完成し、45年から一般に開放されたものです。藻岩の山並みの麓、標高93メートルに位置し面積は5万5千坪と言われています。花壇を取り囲むように梅林が広がり350本の梅の花が咲き誇る梅の名所でもあります。
花壇には、400種4,000株のバラが咲き誇っています。
このバラ園には400種のバラが植えられています。各国のバラが咲き乱れていますがフランス、ドイツのバラが圧倒的な数を誇っています。フランスのバラを選んで見ました。
これは[クリスチャンディオール]です。
レストハウスから眺める眺望も大変素晴らしいです。
花壇を通して眼下に札幌の街並みが眺望されます。
2008/03/08のBlog
[やまはなサンパーク]の入り口には右の様な標石が置かれています。この標石の裏面には、学校の歴史を記した青銅盤が貼られています。
此処には[学び求めて 藻岩百年]として学校の来歴が記されています。
現北海道教育大学の前身は北海道師範学校で明治19年創立され、その後北海道札幌師範学校、北海道第一師範学校を経て昭和24年からは北海道学芸大学札幌分校としてスタートし、昭和41年からは北海道教育大学に変わったものです。この学舎の跡が現在[やまはなサンパーク]として生まれ変わったのです。
この[やまはなサンパーク]は中央図書館と隣接し、図書館で疲れた心身をこの公園の芝生の上に伸ばして休む人、子供を連れて散策を楽しむ若い母親の姿、ベンチで静かに語り合う老夫婦、学校帰りの学生達の談笑が弾む午後の一時でした。青々とした木立の下には緑の芝生が拡がり、寝べっているだけでも至福の一時を過ごせます。
公園の中には随所に花壇が設けられ、初夏の日差しを浴びて一段と輝きを増してきました。北海道の初夏はまさに百花繚乱のシーズンで多くの花が楽しめる絶好のシーズン到来です。
中央の大木の並木道を挟んで西側が[やまはなサンパーク]、東側が集合住宅団地の[山鼻サンタウン]です。この団地は北海道住宅供給公社の分譲マンションとして平成3年に完成しました。敷地面積が28860㎡あり戸数も466世帯の大団地です。団地内には商業施設やスポーツ施設もあり、又、近くには図書館そして藻岩山麓の散策コースも間近で、快適な生活空間です。

札幌の藻岩山の麓にある都市型公園[サンパーク]は、かって北海道の教育の府として百年の歴史を誇っていた現北海道教育大学が、札幌市の郊外に移転した跡地で、ここに住宅団地が造成されてから早くも18年余が経過しました。この公園に隣接して札幌市の図書館が平成3年に新装オープンしました。図書館を取り巻くロケーションは間近に藻岩山を眺める事が出来、近くには市電が昔ながらに走っている長閑な佇まいです。
2008/03/06のBlog
[ 05:22 ] [ 札幌の自然(2) ]
[真駒内]と言えば1972年のオリンピックの競技会場があった場所として良く知られています。[真駒内公園]は、その屋外競技場がある場所で、[豊平川]と[真駒内川]の合流点にあり、南北1.7㌔、東西0.7キロの平坦な森林公園ですが、針葉樹や広葉樹の樹木に囲まれ、春にはエゾヤマザクラ750本、ヤマザクラ30本が咲き誇る桜の名所としても市民に親しまれています。この公園には一周10キロのジョキングコースも設けられており、冬になると歩くスキーのコースに変わります。公園の外周を流れる真駒内川です。
この標石の真後ろにオリンピック開催を記念して建てられたモニューメントがあります。このモニューメントは北海道が生んだ彫刻家本郷 新さんの作品で[雪華の像]と名付けられています。かなり年月が経ったせいでしょうか。壁面に貼られている文字盤が[ⅩⅠOLYM WINTER GAMES 1972]となっています。恐らくOLYMPICのPICが剥落したのでしょうか。又、日本語の方も第1回冬季オリンピック札幌大会]となっていました。この辺にも歴史を感じました。
公園内は遊歩道も整備されていますが、白樺の並木は殊のほか北海道らしさを醸し出しています。随所に太くなった幹と長く伸長した白樺の大木が散見されますが、新緑の緑と白樺の樹皮が何とも言えないコントラストとなって目を楽しませてくれます。樹木の香りと自然の息吹を吸いながら白樺の路を散策する気分はまさに[癒し]の一時です。
真駒内は札幌を代表する大住宅地ですが、地下鉄南北線の南のターミナルとして重要なアクセスの拠点でもあります。札幌-支笏湖の幹線道路も走っており交通量も多い中で、その一隅に静かな佇まいの公園が有ることは我々市民の誇りでもあり貴重な財産でもあります。幹線道路の両側に整然と林立するポプラ並木は歴史的遺産でもあります。
この公園は戦後進駐軍に撤収されゴルフ場として使われ、返還後もゴルフ場として使われていました。公園内の樹木も大きく成長して大木がそこ此処に見受けられます。年代を感じさせてくれます。現在の真駒内公園は、さながら[オリンピック記念公園]といった風格を備えた公園でもあります。
2008/03/04のBlog
[ 05:30 ] [ 札幌の自然(2) ]
札幌市西区八軒地区にある[農試公園]です。かつては北海道農業の研究の中核として活躍していた[農林省北海道農事試験場]跡地に1975年2月開園した公園です。公園の外周には[琴似発寒川]が流ており、この公園は川の河畔にあります。間近にJR函館本線が走り、食品、飲料工場が並ぶ工場群も側にあります。広い公園には様々な施設が施されていますが、なんと言っても四季折々の景観が呼び物の公園です。
広々とした公園内には、交通広場、遊技施設、野球場、テニスコートの他にユニークなものとして[トンカチ広場]などもあり、急激に住宅地として発展を続ける地域の公園として家族が楽しめる広場としても大きな役割を果たしています。
この公園の呼び物は、春の桜と秋の紅葉の紅葉です。公園に生育する大樹は、四季折々に美しい景観を醸しだしています。まさしく地域の人々のオアシス的存在です。
桜のシーズには、ソメイヨシノや八重桜が美しく、札幌市内でも桜の名所として呼び声の高い公園です。
住宅地帯の真ん中に自然の姿を保つ公園は、文化財としても後世に引き継がれなければなりません。JR、地下鉄、バスなどのアクセスの良いこのような公園は、札幌市全体の自然として大事に守り続けたいものです。
2008/03/02のBlog
[ 04:57 ] [ 札幌の自然(2) ]
[吉田川公園]は、豊平区の月寒地区にある公園です。この公園の広さは56.508㎡で、親水性河川と自然のコナラ林をそのまま活かした自然美溢れる公園です。園内には、野球場、テニスコート、パークゴルフなどの施設もあり地域の人々の憩いの場として利用されています。
広々とした公園内に続くコナラ林の散策路も整備されオゾンに満ち満ちた空間は人々の身も心も癒してくれます。
回りを巨木が生い茂るコナラ林の素晴らしい景観です。
この公園に並行して流れている吉田川です。かつてこの地帯は明治の開拓者である吉田善太郎の農場があった場所でこれに因んで[吉田川公園]と名付けられています。
公園に至る吉田川の回りは住宅が密集した新しい住宅地として発展を続けていますが、明治24年吉田善太郎は、厚別から月寒までの約5キロの農業用の用水路を造り水田の耕作が始まりました。この用水路が現在も住宅地の真ん中を流れ吉田公園の端を流れています。吉田善太郎の功績を讃える顕彰碑が月寒神社の境内に建立されています。
2008/02/29のBlog
[ 06:01 ] [ 札幌の自然(2) ]
札幌の地下鉄[東豊線]栄町駅を降り、北42条通(道々丘珠空港線)を10分ほど歩くと道路沿いに[ひのまる公園]があります。このあたりはかつて烈々布と呼ばれており、この街道も烈々布街道と呼ばれていました。烈々布は現在の札幌市東区と北区にまたがる広大な地域で、この公園の正面にある烈々布神社も大変立派な佇まいです。
神社の正面から見た[日の丸公園]です。札幌開拓の先覚者の一人である、松本菊次郎が肥料や農機具の威力を農民に普及させるため自ら農業に従事して[日の丸農場]を経営して開発の発展に力を尽くしました。その農場の跡地である[ひのまる公園]は、さっぽろふるさと文化百選にも選定されている歴史的な場所でもあります。
公園内は、かつての自然林を思わせるように樹木が多く、広い敷地内には遊具施設や池などもあり、地域の人々の憩いの場として活用されています。
この公園を見る限りかつての農場のイメージはありません。この公園は、日の丸農場の跡地に昭和48年造園され[ひのまる公園]と名付けられています。
公園入り口近くに建立されている[日の丸農場記念之碑]です。この公園の前身は農場で、北海中学の創始者である浅羽靖が所有していた浅羽農場を明治の後期に日の丸商店の店主松本菊次郎が買い上げて[日の丸農場]と名付けたものです。この農場では、化学肥料と機械による近代的農法で主としてエン麦の作付けが行われていました。近代農業発展の原点でもありました。
2008/02/27のBlog
[ 05:40 ] [ 札幌の自然(2) ]
この公園は札幌の中心部から約8キロの地点にあり、住宅地に隣接した公園ですが、一歩公園内に足を踏み入れると、鬱蒼たる森林に囲まれた中に[貯水池]が有ります。この貯水池を中心にして、公園内にはキャンプ場や湿原などが点在していますが、この地帯一帯が札幌でも有名な草花の生育地、野鳥の生息地としてよく知られています。草花は4月から9月頃まで80種類の草花が咲き乱れるそうです。又、野鳥も一般によく知られているサギ、タカ、鳩、カッコウ、フクロウ、カワセミ、キツツキ等々50科目の野鳥が観察されると言われています。
公園の入り口から貯水池の周りの遊歩道を歩くと間もなく歴史的記念物に指定されている[取水塔]に出逢います。ここから階段を上り少し歩くと[芝生広場]が現れます。緑の絨毯を敷き詰めた広場からは貯水池の全体が俯瞰され、歩き疲れた手足を伸ばして、食事や談笑するグループが三々五々円陣を組んで屯する風景が見られます。公園内にある貯水池は面積が7.35平方㎞で、池の周りには遊歩道が整備されています。池の中に独り佇む[取水塔]が一際目立つ存在となっています。いつもは水鳥の姿も見られるとの事ですが、残念ながらこの日は目にすることが出来ませんでした。この貯水池も昭和46年白川浄水場が完成したため、西岡浄水場は廃止されています。
この取水塔は明治の末期に旧陸軍の軍用水道施設として作られたものです。取水塔の高さは6.7㍍有ります。
取水塔の前にこの由来を書いた案内板が設置されています。この案内板には次のように記載されています。[この取水塔は明治の末期に旧陸軍の軍用水道施設として作られたものです。この旧月寒水道は1945年(昭和20年)から豊平町の水道として使用されて来ましたが、1961年(昭和26年)からは札幌市の水道として使用されました。平成13年8月28日、文化財保護法による歴史的資料として認められ、国の登録有形文化財として登録されている]。
公園入り口には[展望台]が設置されており、ここからは公園の木立越しに札幌市内を始め遠くの山並みを眺望する事が出来ます。
公園を一歩出るとそこは住宅が建ち並ぶ住宅街ですが、この地域一帯が静かな佇まいの中に、各戸の庭先には季節の花が咲き競っており、新しい住宅地帯の中の大きな自然は、市民にとっても大切な財産の一つでもあります。
2008/02/25のBlog
[ 05:26 ] [ 札幌の自然(2) ]
[月寒公園]も豊平公園と同じ豊平区にありますが、面積が222.238平方メートルもあり大変規模の大きい公園です。この公園は明治の終わりには[千城台]と名付けられ、歩兵第25連帯の演習場として使われていました。公園入り口の案内ボードを見ると、公園内には[遊技広場][冒険広場][自由広場][ロータリーの森][記念樹の森][プール][テニスコート][野球場]などの設備があります。写真は[ボート池]ですが、遠くに[浮島]が見えます。1998年に作られたものだそうです。
この池は[ボート池]と呼ばれているように、ボートの貸し出しがありますが私が訪れた日はウイークデーの午前なのでボートを漕ぐ姿は見られません。ボートが寂しく漕ぎ手を待っています。池の周りはしだれ柳が茂り池に覆い被さっています。川面に映る木陰が秋の日に眩しく照り映えています。
公園の真ん中に小川が流れ随所に橋が架けられています。この川がどこから流れてくるのかわかりませんが、何か目的があって人工的に開削したものかと思います。この橋を渡ると池のほとりに出ます。この川の両サイドもしだれ柳が連なつています。大変美しい光景です。
公園に入ると間近に時計塔があり[カラクリ時計]のオルゴールからメルヘンテイックな音楽が流れてきます。時間を見ると丁度正午で運良く動くカラクリ時計に出会うことが出来ました。このカラクリ時計は高さ4㍍50㌢あり、真ん中のカラクリは痩せ馬に乗ったドンキホーテイとお伴のサンテョパンサだそうです。地元の建設会社が寄贈したものです。
記念樹の森に句碑を見つけました。北 光星の句碑です。句碑には[開拓や 斧よ 木霊よ 遠郭公]と刻まれていました。隣の碑の由来を記したパネルによると、北 光星は大正12年北見市に生まれ、昭和27年札幌に移り俳句活動に専念した方で、この句碑は北 光星の道内8番目の句碑だそうです。俳句の世界はよくわかりませんが、大変活躍されている方の様です。
2008/02/23のBlog
[ 05:51 ] [ 札幌の自然(2) ]
[豊平公園]は、札幌市の豊平区にあります。豊平区は札幌市の南東部に位置し、この地帯には放羊場として有名な羊ヶ丘などがある場所です。この地帯は丘陵地で山林も多く、また月寒川など河川も多く自然に恵まれた地域です。因みに豊平の地名はアイヌ語で[トイェ・ヒラ(崩れた崖)]と言う意味だそうです。
豊平公園]の外周は幹線[米里行啓通]です。この通りは札幌市内の中島公園の近くを通る南14条線と繋がっていて、この通りが[米里行啓通]と呼ばれています。この近くには札幌地下鉄[東豊線]も走っており、スポーツを始め各種の大型イヘントでもお馴染みの[きたえーる(鍛えるの造語)]もこの公園に隣接しています。幹線のサイドは大木の樹木が連なり雄大な景観を醸し出しています。
ここは旧林業試験場の跡地でそのため樹木が多く緑に溢れているのも納得です。この公園の広さは約7.4ヘクタールあると言うことです。
この公園には[森林エリア][野草植物園エリア]があり、森林エリアにはシラカバ、ニセアカシアなどの樹木が繁つていて野鳥の飛来も多くバードウオッチングとしてもよく知られた場所です。この写真は庭園の一部ですが、四季折々の草花が楽しめるエリアです。この園内にある[緑のセンター]は、草花の展示室や園芸相談など園芸愛好者にとっては馴染みの深い処です。
園路のすぐ脇に[東屋]があります。静かな佇まいです。時間が許せば緑の庭園を眺めながら自然の風情に浸りたい気分に駆られます。
[園路を進むと[水琴窟(スイキンクツ)]という案内板に出会います。私もはじめて[水琴窟]という言葉を知りました。案内パネルを読むと江戸時代の茶庭などで使用されたもので、北海道でも各地に様々なスタイルのものがあることを知りました。新しい知識を知り得る事が出来ました。
2008/02/21のBlog
[ 05:24 ] [ 札幌の自然(2) ]
旭山記念公園は昭和41年に札幌創建100年を記念して造成された公園で昭和46年に開園しました。面積は20.8ヘクタールと広く園内にはいくつもの記念の森などもあります。緑豊かな公園には数多くの樹木が繁つています。公園を入ると広い芝生の奥に林があり、紅葉のシーズンになると赤、黄色に色づいた樹木が美しい景観を醸し出しています
展望台に隣接しているシラカバの林です。生い茂った白樺の白い幹の色と赤、黄金色の葉色がしみじみと秋を感じさせ静かなコントラストを描いています。
頂上の展望台にある[あづまや]です。公園を訪れた人は急勾配を登った疲れをここに座って癒します。時間は正午を廻っています。この公園を訪れた方は大パノラマを眺目ながら至福の一時を過ごすのです。
展望台に登ると直ぐ下に噴水広場があり、噴水越しに札幌の町並みが拡がっています。晴れ上がった秋の日差しの中に輝く大札幌のパノラマは一見の価値があります。
噴水広場に隣接した樹林も紅葉、黄葉して大パノラマに彩りを添えています。この公園を下るとそこは札幌でも名だたる住宅地です。この記念公園は、円山公園、中島公園と並んで札幌の誇る公園の一つです。
2008/02/19のBlog