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2008/03/02のBlog
[ 04:57 ] [ 札幌の自然(2) ]
[吉田川公園]は、豊平区の月寒地区にある公園です。この公園の広さは56.508㎡で、親水性河川と自然のコナラ林をそのまま活かした自然美溢れる公園です。園内には、野球場、テニスコート、パークゴルフなどの施設もあり地域の人々の憩いの場として利用されています。
広々とした公園内に続くコナラ林の散策路も整備されオゾンに満ち満ちた空間は人々の身も心も癒してくれます。
回りを巨木が生い茂るコナラ林の素晴らしい景観です。
この公園に並行して流れている吉田川です。かつてこの地帯は明治の開拓者である吉田善太郎の農場があった場所でこれに因んで[吉田川公園]と名付けられています。
公園に至る吉田川の回りは住宅が密集した新しい住宅地として発展を続けていますが、明治24年吉田善太郎は、厚別から月寒までの約5キロの農業用の用水路を造り水田の耕作が始まりました。この用水路が現在も住宅地の真ん中を流れ吉田公園の端を流れています。吉田善太郎の功績を讃える顕彰碑が月寒神社の境内に建立されています。
2008/02/29のBlog
[ 06:01 ] [ 札幌の自然(2) ]
札幌の地下鉄[東豊線]栄町駅を降り、北42条通(道々丘珠空港線)を10分ほど歩くと道路沿いに[ひのまる公園]があります。このあたりはかつて烈々布と呼ばれており、この街道も烈々布街道と呼ばれていました。烈々布は現在の札幌市東区と北区にまたがる広大な地域で、この公園の正面にある烈々布神社も大変立派な佇まいです。
神社の正面から見た[日の丸公園]です。札幌開拓の先覚者の一人である、松本菊次郎が肥料や農機具の威力を農民に普及させるため自ら農業に従事して[日の丸農場]を経営して開発の発展に力を尽くしました。その農場の跡地である[ひのまる公園]は、さっぽろふるさと文化百選にも選定されている歴史的な場所でもあります。
公園内は、かつての自然林を思わせるように樹木が多く、広い敷地内には遊具施設や池などもあり、地域の人々の憩いの場として活用されています。
この公園を見る限りかつての農場のイメージはありません。この公園は、日の丸農場の跡地に昭和48年造園され[ひのまる公園]と名付けられています。
公園入り口近くに建立されている[日の丸農場記念之碑]です。この公園の前身は農場で、北海中学の創始者である浅羽靖が所有していた浅羽農場を明治の後期に日の丸商店の店主松本菊次郎が買い上げて[日の丸農場]と名付けたものです。この農場では、化学肥料と機械による近代的農法で主としてエン麦の作付けが行われていました。近代農業発展の原点でもありました。
2008/02/27のBlog
[ 05:40 ] [ 札幌の自然(2) ]
この公園は札幌の中心部から約8キロの地点にあり、住宅地に隣接した公園ですが、一歩公園内に足を踏み入れると、鬱蒼たる森林に囲まれた中に[貯水池]が有ります。この貯水池を中心にして、公園内にはキャンプ場や湿原などが点在していますが、この地帯一帯が札幌でも有名な草花の生育地、野鳥の生息地としてよく知られています。草花は4月から9月頃まで80種類の草花が咲き乱れるそうです。又、野鳥も一般によく知られているサギ、タカ、鳩、カッコウ、フクロウ、カワセミ、キツツキ等々50科目の野鳥が観察されると言われています。
公園の入り口から貯水池の周りの遊歩道を歩くと間もなく歴史的記念物に指定されている[取水塔]に出逢います。ここから階段を上り少し歩くと[芝生広場]が現れます。緑の絨毯を敷き詰めた広場からは貯水池の全体が俯瞰され、歩き疲れた手足を伸ばして、食事や談笑するグループが三々五々円陣を組んで屯する風景が見られます。公園内にある貯水池は面積が7.35平方㎞で、池の周りには遊歩道が整備されています。池の中に独り佇む[取水塔]が一際目立つ存在となっています。いつもは水鳥の姿も見られるとの事ですが、残念ながらこの日は目にすることが出来ませんでした。この貯水池も昭和46年白川浄水場が完成したため、西岡浄水場は廃止されています。
この取水塔は明治の末期に旧陸軍の軍用水道施設として作られたものです。取水塔の高さは6.7㍍有ります。
取水塔の前にこの由来を書いた案内板が設置されています。この案内板には次のように記載されています。[この取水塔は明治の末期に旧陸軍の軍用水道施設として作られたものです。この旧月寒水道は1945年(昭和20年)から豊平町の水道として使用されて来ましたが、1961年(昭和26年)からは札幌市の水道として使用されました。平成13年8月28日、文化財保護法による歴史的資料として認められ、国の登録有形文化財として登録されている]。
公園入り口には[展望台]が設置されており、ここからは公園の木立越しに札幌市内を始め遠くの山並みを眺望する事が出来ます。
公園を一歩出るとそこは住宅が建ち並ぶ住宅街ですが、この地域一帯が静かな佇まいの中に、各戸の庭先には季節の花が咲き競っており、新しい住宅地帯の中の大きな自然は、市民にとっても大切な財産の一つでもあります。
2008/02/25のBlog
[ 05:26 ] [ 札幌の自然(2) ]
[月寒公園]も豊平公園と同じ豊平区にありますが、面積が222.238平方メートルもあり大変規模の大きい公園です。この公園は明治の終わりには[千城台]と名付けられ、歩兵第25連帯の演習場として使われていました。公園入り口の案内ボードを見ると、公園内には[遊技広場][冒険広場][自由広場][ロータリーの森][記念樹の森][プール][テニスコート][野球場]などの設備があります。写真は[ボート池]ですが、遠くに[浮島]が見えます。1998年に作られたものだそうです。
この池は[ボート池]と呼ばれているように、ボートの貸し出しがありますが私が訪れた日はウイークデーの午前なのでボートを漕ぐ姿は見られません。ボートが寂しく漕ぎ手を待っています。池の周りはしだれ柳が茂り池に覆い被さっています。川面に映る木陰が秋の日に眩しく照り映えています。
公園の真ん中に小川が流れ随所に橋が架けられています。この川がどこから流れてくるのかわかりませんが、何か目的があって人工的に開削したものかと思います。この橋を渡ると池のほとりに出ます。この川の両サイドもしだれ柳が連なつています。大変美しい光景です。
公園に入ると間近に時計塔があり[カラクリ時計]のオルゴールからメルヘンテイックな音楽が流れてきます。時間を見ると丁度正午で運良く動くカラクリ時計に出会うことが出来ました。このカラクリ時計は高さ4㍍50㌢あり、真ん中のカラクリは痩せ馬に乗ったドンキホーテイとお伴のサンテョパンサだそうです。地元の建設会社が寄贈したものです。
記念樹の森に句碑を見つけました。北 光星の句碑です。句碑には[開拓や 斧よ 木霊よ 遠郭公]と刻まれていました。隣の碑の由来を記したパネルによると、北 光星は大正12年北見市に生まれ、昭和27年札幌に移り俳句活動に専念した方で、この句碑は北 光星の道内8番目の句碑だそうです。俳句の世界はよくわかりませんが、大変活躍されている方の様です。
2008/02/23のBlog
[ 05:51 ] [ 札幌の自然(2) ]
[豊平公園]は、札幌市の豊平区にあります。豊平区は札幌市の南東部に位置し、この地帯には放羊場として有名な羊ヶ丘などがある場所です。この地帯は丘陵地で山林も多く、また月寒川など河川も多く自然に恵まれた地域です。因みに豊平の地名はアイヌ語で[トイェ・ヒラ(崩れた崖)]と言う意味だそうです。
豊平公園]の外周は幹線[米里行啓通]です。この通りは札幌市内の中島公園の近くを通る南14条線と繋がっていて、この通りが[米里行啓通]と呼ばれています。この近くには札幌地下鉄[東豊線]も走っており、スポーツを始め各種の大型イヘントでもお馴染みの[きたえーる(鍛えるの造語)]もこの公園に隣接しています。幹線のサイドは大木の樹木が連なり雄大な景観を醸し出しています。
ここは旧林業試験場の跡地でそのため樹木が多く緑に溢れているのも納得です。この公園の広さは約7.4ヘクタールあると言うことです。
この公園には[森林エリア][野草植物園エリア]があり、森林エリアにはシラカバ、ニセアカシアなどの樹木が繁つていて野鳥の飛来も多くバードウオッチングとしてもよく知られた場所です。この写真は庭園の一部ですが、四季折々の草花が楽しめるエリアです。この園内にある[緑のセンター]は、草花の展示室や園芸相談など園芸愛好者にとっては馴染みの深い処です。
園路のすぐ脇に[東屋]があります。静かな佇まいです。時間が許せば緑の庭園を眺めながら自然の風情に浸りたい気分に駆られます。
[園路を進むと[水琴窟(スイキンクツ)]という案内板に出会います。私もはじめて[水琴窟]という言葉を知りました。案内パネルを読むと江戸時代の茶庭などで使用されたもので、北海道でも各地に様々なスタイルのものがあることを知りました。新しい知識を知り得る事が出来ました。
2008/02/21のBlog
[ 05:24 ] [ 札幌の自然(2) ]
旭山記念公園は昭和41年に札幌創建100年を記念して造成された公園で昭和46年に開園しました。面積は20.8ヘクタールと広く園内にはいくつもの記念の森などもあります。緑豊かな公園には数多くの樹木が繁つています。公園を入ると広い芝生の奥に林があり、紅葉のシーズンになると赤、黄色に色づいた樹木が美しい景観を醸し出しています
展望台に隣接しているシラカバの林です。生い茂った白樺の白い幹の色と赤、黄金色の葉色がしみじみと秋を感じさせ静かなコントラストを描いています。
頂上の展望台にある[あづまや]です。公園を訪れた人は急勾配を登った疲れをここに座って癒します。時間は正午を廻っています。この公園を訪れた方は大パノラマを眺目ながら至福の一時を過ごすのです。
展望台に登ると直ぐ下に噴水広場があり、噴水越しに札幌の町並みが拡がっています。晴れ上がった秋の日差しの中に輝く大札幌のパノラマは一見の価値があります。
噴水広場に隣接した樹林も紅葉、黄葉して大パノラマに彩りを添えています。この公園を下るとそこは札幌でも名だたる住宅地です。この記念公園は、円山公園、中島公園と並んで札幌の誇る公園の一つです。
2008/02/19のBlog
[ 06:10 ] [ 札幌の自然(2) ]
前回、前々回紹介した[さっぽろさとらんど][モエレ沼公園]は、いずれも現在の札幌市東区にあります。東区のルーツは、今回紹介する大友亀太郎によつて開拓の鍬が入れられた[札幌村]です。今回の[大友公園]は、自然環境というよりも歴史的な意味合いを持った公園でもあります。
この[大友公園]は、大友亀太郎が慶応3年(1867年)拓いた模範農場[御手作場]跡に作られた公園です。ここは御手作場に水を引く為に掘られた[大友堀]が伏篭川に注いだ場所です。郷土記念館や本龍寺にも近く、大友堀に心血を注いだ大友亀太郎の偉業に改めて感服させられます。
公園入り口に[歴史解説板]が設置されています。このパネルは大友堀の全貌を記した地図です。当時としては大事業だつたことがよくわかります。
この写真は当時の大友堀の姿です。この堀は深さ1.5㍍、幅は1.8㍍で約4㎞の距離があったそうです。この堀のおかげで田畑の灌水、開拓者の飲料水など農業の開発のみならずライフラインとしても大きな役割を果たしていたのです。
先程の歴史案内板に公園案内図が展示されています。中央に地図の広場があります。今、この公園の周りは住宅地となつています。
[地図の広場]です。大友堀の全体像が一目でわかるように描かれています。この地図の広場に繋がって、大友堀を再現した小川があります。大友堀は現在姿、形もありませんが、このように先人が心血を注いだ努力で今日の発展があることを理解し、何時までも語り継いで行かなければならないと痛感させられました。
2008/02/17のBlog
[ 05:27 ] [ 札幌の自然(2) ]
2月15日の地元新聞で[モエレ沼公園に環境アート賞]の見出しで記事が掲載されていました。この賞は[日本クリエイシヨン大賞]の一つで、創造的な視野で生活文化の向上に貢献し時代を切りひらいた人物や施設等を、時代性、革新性の観点から選考するものとの事です。今回この沼が選考されたのは、ごみ埋め立て地が、多くの市民や観光客の訪れる憩いの場に生まれ変わった事が挙げられています。市民と行政が協力して運営に取り組んでいることも[文化資産の維持の新しい形]として高い評価をうけています。タイミング良く今回はこの公園の紹介です。
公園の正面から入り公園内を進むと沼に架かった橋に出会います。この橋を渡ると右にはガラスのピラミツド館、左にはモエレ山が姿を現します。広大な公園です。この公園でも自伝車を使った園内遊覧が人気で正面の自転車のレンタル場は大勢の利用客でごつたがえしています。
橋の上から沼を見下ろすと両岸に釣り糸を垂らし釣りを楽しむ人々の姿が散見されます。大自然と公園の景観に浸りながら釣りを楽しむ、何とも風流な光景です。
この写真はモエレ沼公園にある[モエレ山]です。2004年10月に完成したこの山は標高62.4㍍で公園のシンボルとして高い人気を博しています。札幌の中心街からも高層ビルからは眺める事が出来ます。この日も多くの人が登る姿が見られ、頂上には四囲の眺めを楽しむ多くの姿が眺望出来ます。この頂上は円形になっており、ノグチの生誕百年でもある完成した2004年に因んで2004センチになっていると言うことです。
先程橋からみたピラミツドに到着しました。内部は太陽が差し込んで明るく、案内板をみるとイベントも出来るアトリウムもあり、この他にもギャラリー、展示室などがあります。この日も結婚式があるようで正装したカップルの姿も見られました。この3階にはイサム・ノグチの展示室があります。
ガラスのピラミツドの周りは広々とした芝生で、様々なデザインを装った建造物や遊具が配置されています。子供達の歓声が木霊するエリアです。かつてのゴミ処理場がこのような美しい自然公園に変貌したことは、次代に引き継ぐ財産としても多いに誇りにすべきものでしょう。
2008/02/15のBlog
昨日の札幌は大変な天候で、中心部は晴れていても、北部、東部は終日吹雪で視界ゼロの状態で多くの交通障害などが発生しました。この[さとらんど]も吹雪の荒野と化した事と思います。
[サッポロさとらんど]は、昨年からさつぽろ雪まつり会場として脚光を浴びています。雪まつりも終わりこれから春を迎えますが、春から秋の[さとらんど]は、雪一面の世界とは違うのどかな田園風景が拡がり、多くの施設に客が集まるエリアへと替わります。
この施設は札幌市の農業体験交流施設で、[人と農業][自然とのふれあい]がテーマですが、広い施設の中には[ふれあい牧場][さとらんどガーデン][炊事広場][四季の森][実りの森][ふれあい農園]など様々な体験コーナーなどがあります。この写真は[さとらんどセンター]で、ビデオや図書を通じて農業に親しむ情報センターがあります。館内の前には地元で採れた野菜や草花が廉価で販売され訪れた人が買い求めています。自然を満喫できる施設で多くの家族連れで大変な賑あいを見せています。
フアミリーで楽しめる施設なので色々な遊技施設などもたくさんあります。この写真は先程の[さとらんどセンター]と[さとらんど交流館]を結んで運行している構内の汽車です。
ふれあい牧場]では馬や鶏なども飼育されていますが、この写真は羊の放牧場です。親子連れで羊とふれあう姿が見られます。
のんびりと馬車にのって構内を見学する事も出来ます。
広いさとらんどを見学するための自転車が用意されています。二輪車や四輪車にのって走り回る姿が見られます。のどかな田園風景とすがすがしい空気を吸いながら心を癒すことの出来る自然環境です。
2008/02/13のBlog
[ 05:24 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
札幌を代表する[円山]の裾野に拡がる[宮ノ森・大倉山]地区は、明治4年に山鼻の本願寺の開拓農家12戸が移住して開拓が始まった地区ですが、現在では札幌の誇る高級住宅街として知られています。オリンピツクで一躍世界的にも有名になった[大倉山ジヤンプ競技場]や[宮ノ森ジャンプ競技場]があります。この一角にあるのが[宮ノ森緑地]です。
札幌市の山の手にある[本郷記念彫刻美術館]には本郷新の記念室などもありますが、この美術館に近接して[宮ノ森緑地]があります。この緑地は、海抜85㍍、幅が数十㍍の細長い丘で樹木に覆われた閑静な場所です頂上からは[円山]や[三角山]を望むことが出来ます。この緑地の一角に本郷新の作品が設置されており、丘を登った疲れを吹き飛ばしてくれるような美しい彫像が待っています。
太陽の母子像]
母と子の愛情がにじみ出ている様な実に微笑ましい彫像です。
[太陽の母子像]
[鳥を抱く女"朝"]
小高い丘の母子像に別れを告げて下りの歩道を進むと程なく美術館です。この歩道の入り口に建っているのが[鳥を抱く女]です。1962年に制作された高さ183センチの彫像です。このように彫像が横たわる宮ノ森緑地は、さながら[彫刻の丘]と呼ぶに相応しい愛の漂う空間と言えましょう。
2008/02/11のBlog
[ 05:30 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
今日がさっぽろ雪まつりの最終日です。今年の雪まつりは天候にも恵まれるなど様々な好条件が重なり順調に推移しているようです。今日も多くの見物客で賑あうことでしょう。
写真の[石山緑地]は、札幌市の南区にあり支笏湖に向かう国道453号線沿いにあります。この緑地は高台で見晴らしの良い[北ブロック]と古代ローマを思わせる様な[ネガティブマウンド]のある[南ブロック]があります。、今日のblogは北ブロックを紹介します。この緑地は平成8年にかっての軟石の採掘場を史跡として保存しようとして作られたもので、南ブロックでは自然の軟石で作られた舞台で毎年薪能が催される他音楽祭などのイベントも行われています。処でこの軟石は今から3万2千年前、現在の支笏湖を形成した火山帯が噴火して火山灰が噴出し、支笏湖から20㎞離れた石山地区に降り積もり冷却したものだと言われています。
北ブロックの入り口に右の写真の様な軟石を螺旋状に積み上げた造形物があります。[スパイラルスプリング]と呼ばれているもので、この塔から水が流れて下の広場のグルグルと巻いた水浴び場に流れ込むシステムになつています。
広場の周りは軟石の断崖があり、その断崖から樹木が覆い隠す様に茂っています。
この広場はかっての軟石の採掘場だった処で、このような岩山を削って広場を作ったのでしょうか。
広場の周りには軟石の固まりがそこ此処に点在し、軟石の間からも木が生え育ちつつあり、植物の生命力が如何に強いかを実感させてくれます。
石山緑地を出て国道にさしかかると[平岸街道]と表示された道路脇に[石切山街道]と刻まれた標石があります。この街道を進むと石山地区から定山渓に通じます。[石山]と呼ばれるだけあって四囲の山々も岩肌が露呈しており[緑地]という概念がぴつたりしませんが、札幌に残された貴重な歴史の舞台として末永く保存して欲しいものです。
2008/02/09のBlog
[ 05:50 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
[天神山緑地]は、札幌市の豊平区平岸にある、標高85メートルの[天神山]iにあります。平岸と言えば札幌でも歴史の古い町ですが、かつてはリンゴの栽培地としても全国的に有名でした。この緑地は面積が64178㎡あり、緑地内には、日本庭園、梅林、など自然に恵まれた景観を誇っています。リンゴ園の面影を残す句碑、記念碑などもあります。
天神山緑地は、中の島通に面していますが、地下鉄南北線の[南平岸駅]と[澄川駅]の中間点に位置しています。緑地の入り口は鬱蒼たる樹木に覆われ、緑地の姿を見ることが出来ませんが、この木立の下を進むとなめらかな坂を登り広々とした緑地に到着です。都心の中の森林公園の趣です。
展望台からは眼下に札幌市内を見下ろし、遠く手稲の山並みもはっきりと眺望出来ました、写真の中央が手稲山で山頂にアンテナが林立している姿が見られます。1023.7メートルの手稲山も時折差す秋の日差しに輝いています。雄大な眺めです。(この写真は、10月に写したものです)。
緑地内にある日本庭園です。典型的な日本庭園で、滝から流れ落ちる水しぶきが静かな庭園に木霊する様です。しっとりとした佇まいの中で滝の躍動感が庭園の持つ景観を生き生きとしている思いに駆られます。
日本庭園全体を覆う木々が色鮮やかなコントラストを描いています。四季折々にとりどりの色で彩られた美しい景観が楽しめます。
2008/02/07のBlog
[ 06:29 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
[西野緑道]は、先に紹介した琴似発寒川の川岸に並行して整備されている緑道です。コースは札幌の山の手にある[発寒川]に沿って整備された約6㌔で、この緑道には約350本の桜並木があります。札幌市の景観賞にも名前を連ねる自然豊かな緑道です。
この緑道には350本の桜並木が連なり、桜が満開の時節を迎えると大勢の花見客が訪れる札幌でも名の知れた観光スポツトです。
緑道に沿って流れる川面は所々で急流となつて水しぶきを飛ばしています。
緑道を進むと岩肌をあらわにした崖が道路上にそり出している姿は荒々しい自然の姿を写し出しています。
満開の桜の下を多くの人が桜を愛でながらの散策を楽しんでいます。古い歴史を持つ西野地区の中にあって自然を守りながらも地域の人々の安らぎの空間として愛され続ける緑道です。
2008/02/05のBlog
[ 05:51 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
今日紹介する[屯田緑地]は、人口3万人を擁する札幌市の北の郊外にある大規模な住宅団地である屯田団地を東西に縦断している緑道です。道路の側には[屯田みずほ通り]の標識が建てられていて、ここから約2.6キロの緑の小径が続きます。
緑道を進むと案内ボードが目に入ってきます。ここにはこの[みずほ通り]についておおよそ次の様に記されています。[大正5年(1916年)篠路兵村が起死回生の復旧を願い、新川、創成川を水源とする[灌漑溝]を完工、これにより屯田地区の稲作は約65年続いた。その後屯田地区の宅地化が進む中で都市空間的な役割を持たせる上から、この灌漑溝があった処に緑道を設置する事とし、ここが[みずほ通り]である]。東西2.6キロに及ぶ遊歩道やサイクリングロードが整備されていますがこの案内を読んで先人の先見性と、都市空間の必要性を考えこの緑道設置を完成させた行動力に改めて深い感銘を覚えました。大きな自然の財産を残してくれたものです。
道の両側から大きな樹木が覆い被さり暑い太陽の光を遮つてくれます。木漏れ日の中を自然の大気を胸いっぱいに吸いながら歩く気分は爽快そのものです。
2.6キロに及ぶ緑道の両側は個人住宅、マンシヨン群が連なり、この間に[屯田東公園][屯田西公園]などの緑と花の広場もあり、運動公園からは子供達の歓声が聞こえてきます。遊歩道とサイクリングロードが分離されており、遊歩道では散策を楽しむシルバーの方の姿も多く見られます。自然の環境に恵まれヘルシーライフを送るにはすばらしい住宅ゾーンだと実感させられました。
緑道の中間点を屯田川が流れ、この上に橋が架かつていますが、これまでの緑の小径に突然姿を現したこの鉄橋がいかにもユニークで、林間鉄道の鉄橋を連想させてくれます。この2.6キロの緑道もそろそろ終着点にさしかかり、これから少し歩くと前回紹介した[防風林]があります。
2008/02/03のBlog
[ 06:06 ] [ 札幌の自然(1) 川・山・緑地 ]
[屯田防風林]は大正時代に厳しい季節風から農作物を守るため植えられた約8キロに及ぶ樹林帯です。現在は地域住民によって遊歩道も整備され、屯田・新琴似地区の散策道としても活用されている自然林でもあります。幹線道路からの入り口には、防風林と言う標識は見あたらず[ポプラ通風致地区]という標識が道路側に立っていました。ここから約8キロの防風林が始まるのです。
幅広い道路を挟んで両側は年輪を重ねた巨木が連なり、この木立の下では直射日光も当たらず心地よいウオーキングが楽しめます。木立の間からは防風林の外側を走る車や、住宅も散見され、普通の森林とは違ったイメージです。
案内板にも書かれていましたが、実に木の種類も多く、色々な樹木を眺めながら歩くことが出来ます。森の一隅に[シラカバ]の林があります。長い年輪を感じさせるようなシラカバの大木が連なり大変美しい光景を描いています。先人も森の樹木の配置にもバリエーシヨンを考えていたことが伺い知るような思いに駆られました。樹木ばかりでなく森には多くの草花や巣箱など地域の人たちの森を守る努力も続けられています。
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