ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | DoblogMusic | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
木蓮のつぶやき
Blog
[ 総Blog数:1986件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/05/18のBlog
[ 15:21 ] [ 雑談 ]
昨日は お昼をはさんで 母と買い物に行った(かた焼きそば食べちゃった あは)

その後 洋服を見て ブラブラ歩きながら・・帰ってみると・・・・娘の車が・・珍しい・・
土曜日に家にいる・・
とは大違い・・家にいたのは娘の車だけだし・・・。(-_-)

「いいじゃない。出かけさせてあげれば・・またもう一度花も咲かせないとね」と息子

夜・・8時には帰っていた娘。

一体どこに行っていたのか?・・というのは・・車を置いて飲んでいないのは
娘としてはかなり珍しいので・・
今朝・・・
私「何時の電車で帰ってきたの?」
娘「電車じゃないわ」
私「送ってくれたの?」
娘「そう・・」

ここで問題は 普通 娘は聞かなくてもYが送ってくれたとかHが送ってくれたという
それより絶体寄っていく お友達は。

私「ふ~ん」
母「誰が送ってくれたの?」
娘「言っても知らない人だからねおばあちゃん(^○^)」

私「飲んでこないとは珍しいわね」
娘「ラーメン食べてきただけだから」

娘「そんなに気になるの 」とキャッキャと笑う
私「別に気にはならないけれど 暇なんでねええ・・・年寄り2人で・・ねえおばあちゃん」
私「で、誰が送ってくれたって?」

娘「気にならないって・・・結局じんわりじんわり聞き出そうとしているじゃないアハハ」
と言った後 早口に
「新潟に行ってきたんだわ」

母と私同時に「新潟あああ!!!?」

母は少し感覚がなんなので「○一さんと?」
○一さんとは 妹の旦那じゃ・・・ 4日ばかり前 仕事で新潟に行ったという話を聞いた。

娘「まっさかあ・・なんで私が○さんと行かなきゃならないの~~ 釣りに行ったのよ」
私母「釣り~~~???誰と?」

娘「だ。か。ら知らない人だって」
私の知らない娘の友達?そんな人いるわけない。

「釣れるんだわこれが・・・ハマチが釣れたけれど 逃がしてあげたのよ それは放してあげろよというので」

あげろよ?これって怪しい・・・怪しいよね・・・嬉しい怪しい。かな?

もっとも娘がとぼけているところもあるので 案外 yちゃんや hちゃんと行ってきた可能性は高い。

今日はその釣った魚をさばいて(残酷な・・)お昼を一緒に食べるのだって出かけた。

娘の背中に向かって「まるで ハマちゃんみたいな人だわねえ」という声で送り出した

いやな母親じゃ・・・ねえ 木蓮母は・・・・



2008/05/17のBlog
言霊・・・・キレイな言葉 やさしい言葉 ポジティブな言葉 がいいに決まっています

汚い言葉は 汚い「気」を呼び寄せるのでしょうね

しかし時には それを吐き出すことで スッキリして 自分を守れるときがあります

勿論人前で言うなんて とてもとても 気の弱い私には出来ませんよ

でも家族の前とか う~んと信頼できる人には 吐き出してみると 気持ちは良いです

家族は呆れても 信頼できるお友達は 一緒に 吐き出して更に私の心を 穏やかにしてくれます 時にはそれに吹き出したりしちゃって 明るい気持ちになります

後でちょっとお詫びしますけれどね「汚い言葉を済みません」

ここのところ 嫌なことばかりが続いて それが自分のことでないだけに 気持ちも沈み
辛い心でいました

世の中には色んな人がいますわ・・・自分がこの世で一番偉いと思っている人
だったら助けてくれればよいのに 言われもない弱い者イジメをする。
まあ 普段は[ ったく人間の息子]ですけれど・・一所懸命に父の後をやっています
なのに父がいなくなって 手の平返すように
冷たくなったりするひともいるわけです。

もう何をしてもどうしようもなくなったとき 息子は何も言わずグッと堪えて 私のことばかり気にしてました。私が悲しむの嫌なんでしょうね それが良く分かりました。

ところがどっこい 今の私は前の私とは違う・・ブログのお友達から色んな事を学び
こんなことで 負けたりはしないわ

(といいつつ ブログはちょっとお休みしちゃったけれど)

息子が「かあさん 大丈夫だから 僕は良いんだから 」と本当は惨め感でいっぱいのはずの息子が淡々と やらねばならないことを やっているのをみて

「あの クソヒヒ爺め!!!」と言ってみた
私がそういうことで息子が「母さんそんなこと言うもんじゃないよ 」とそのヒヒ爺を庇うことをちょっとだけ知っているからだけれど・・

昨日奇跡的に その ヒヒ爺を 倒してくれる 勇敢なる 青年騎士が現れ 問題は解決した

「お礼を言ってくるわ」と家にまだいたその青年騎士の所に行こうとした私に
息子は言った
「そうしてもらうとありがたいけれど・母さん余計なことは言わないでね

なんのこと???と思ったが どうやら「あのクソヒヒ爺が」とか私が言うんじゃないかと
心配だったらしい

言うわけ無いじゃん ねえ~~ 子供に信じてもらえない 母

母の心子知らずの 心配症息子でした

訳はともかく・・・「ヒヒ爺」なんて言って済みませんでした
もう言いませんわ・・多分。 ヒヒに悪いし あは
今 母の部屋に行ったらテレビを観ていた
ふと見ると・・字幕で「川上弘美さん」と出ている

私はこの川上弘美さんを デュエットさんのブログから知ったのだけれど

すきだあ!! 雰囲気も 顔立ちも。

女が女に憧れる 私は川上弘美さん似たいな女性が好きだ。

デュエットさんと重なったよ・・・

風花・・読んでみたい

2008/05/14のBlog
[ 12:01 ] [ 家族 ]
あっ!勘違いしないでくださいね

2度目の離婚はありませんので あは

夫は今日から長期出張です

買ってあげれば良かった 春物のジャケット 。

裏地の付いた 分厚いジャケット着て 夫は出かけた

先週かなあ・・ユニクロなんだけれど あれは麻かな・・・見た目も良いし
お値段も手頃な薄手のジャケットがあって(麻はシワになるけれどね・・綿だったかも)

「どうしようかなあ・・買っていこうかなあ どうしようかなあ 」と悩み
サイズが合わなければと やめてしまった・・(やめたらいかんわあ・・)

私が着てみれば良かったのだ
私が着て少し大きめ(肩幅があるから)のなら多分着られる

駅まで送って 手を振りながら 「妻だもの・・・もっと気を使ってあげないとなあ」と
反省する 木蓮菩薩なり損ないなのでした。

[ 11:42 ] [ 恥ずかしい話 ]
タイトルは 儚げ 悲しげですが・・・ぜ~~んぶ 私の勘違いから起こったことなので
なんの同情もいりません (^○^)あは

今朝は燃えないゴミを出す日でした

私は昨日から 出すべく ガラス類をまとめて 玄関の前に置いた・・二つの袋。

そして今朝は大雨・・

でも今日出しておかないと困ることもあって 一輪車に乗せ(ガラスだから重い)
傘もさせず (カッパがないので)収集場に行って 戸を開けてみると・・・

たった1個置いてある袋の中が 缶類。

と思い 張り紙を見ると 第二水曜日は 瓶ガラス類ではなく 缶金物類だった

慌てて引き返し まだ時間はある とみて 缶 金物類をまとめて
大粒の雨に打たれながら 再び収集場へ・・・

間に合った・・・

しかし・・・ずぶ濡れ・・とは言わないが 濡れるのは当たり前で 参った参った

最近こういう事が多い

勘違い ちゃんと確かめたにもかかわらず 反対のことをしている
今日も OTOMEさんへのお返事を勘違いして書いているし・・

子供達の会話に入っても 噛み合わず 終いには「おかあさん・・ふざけているの?」と
言われる

ふざけているどころか私は最近かなり真面目だ

運動不足か・・・(関係ないなあ)

でもガラス類はまとめたので 第四週水曜日に出すときは楽ちんだ
良いこともあったわけだ。

雨も止んで 山の木々が 鮮やかな緑の光で輝いている・・。
2008/05/13のBlog
ある 方から電話があった

話しをしていくうちに 私の前夫の両親(元舅姑)2人とも他界したそうだ

いつの話しかも分からない

どうしてだろうか・・なんだか寂しい悲しい思いでいっぱいになった

私とはもう縁のない人たちになってしまったけれど

私にはとても優しくしてくれた 息子可愛さからかもしれないけれど
いつも気にかけてくれたし 世話にもなった

顔を合わせることなく離婚となってしまったが・・

孫である 子供達と会いたいとは一度も言ってこなかった・・・。

考えると 私の両親よりは5歳以上は上だったから 他界していてもおかしくはない気もする・・・。

今年は そういう話しばかりが多い年で・・・・

こういうときもあるんだよなあ・・・・

ご冥福を祈るとともに 悲し思いをさせてしまって 申し訳ない事をしましたと
手を合わせます。
娘の言葉です

簡単に言うと「薄い顔」と言うことらしいです(ホントかなあ~)

自分と兄(息子は)弥生式なんですって

目も大きい 鼻はともかく 唇もぽってりしている(良い風に解釈している)

そこへいくと私は 眼は細い 唇も小さくて薄い(薄情みたいじゃないですかねえ)

これは 母に似たに違いない んだそうです

最近ばっちりアイメークを 控えている

確かに薄い顔だ。

父はお葬式に初めてあったどの親族とも顔の系統が違った

濃い。

インド系というか・・美男子だった。ハッキリした顔立ち。

目が大きく鼻も高く唇は おばちゃん達に「かわいい」と言われた

老いてから父はますますキレイになった

弥生式でも縄文式でもない気がする

宇宙人だったのか?

因みに妹はその父に似ていません

残念でした(__)

私と似ているのですから。

2008/05/11のBlog
[ 16:31 ] [ 思い出 ]
デュエットさんの 記事を読んでいて 思い出しました

喜んで良いのか 怒った方が良いのか 悩んだあの日のこと

昔の話しで あまり思い出したくはないことだけれど・・

私は24歳で結婚しました(一回目 (^_^)ゞ)

その時の父の知人の祝辞・・・

あまり私とは 繋がりはなくて でも顔を合わせることはたまにあるくらいでした。

祝辞の多くは父のことで 最後の所に・・

「田舎では 美人のお嬢さんで・・」

どういう意味じゃ・・・と 「キツク着付けられた花嫁衣装で正座」した私は 苦しい中で

複雑な思い・・若かったからね

今なら 吹き出すかもしれないけれど 誉めてるのかあ~~けなしているのかあ~~?

祝辞だから お世辞の一つも言うだろうけれど

あれは どう受け取ったら良かったのかいまだに 謎です

あの~~~私は最近謙虚になりまして 決して自慢ではありませんので・・
そこんところよろしく・・(^_^)ゞ

2008/05/09のBlog
らしいんです

初めて家にツバメちゃんが巣を作って その健気な姿に 心を打たれている毎日ですが

母が見たそうです

チチチチチと鳴いて飛んでいるので 遊んでいるのかな?と思ったら

雀がツバメをいじめていたんですって

あ~~その雀が 私が以前育てて放したピーちゃんだったら(これは下痢ではありません) 雀が 3匹いたって母は言うんです
それが 家の屋根に巣を作っているらしいって。

私が育てた雀も3匹・・・
ピーちゃん達が生きていてくれたら 嬉しいに決まっているけれど
ツバメをいじめちゃいけないよ・・・

「だからマスク猫がいることも良いんだ」と夫。

カラスも猫がいたら来ないだろうと・・

マスク猫は大きいからなあ・・・

何かと頭が痛くなることが出いてしまう それが人生ですね

あまりに可愛いツバメちゃんを 携帯のカメラで撮ったら カシャっという音で

折角巣作りしていたのにビックリして逃げてしまいました

直ぐ戻ってきたけれど・・

いじめっ子は雀だけでなく 私もその仲間のようで・・・気をつけなくっちゃ。
「夢21」という 雑誌を買ったら 納豆と オクラと メカブを混ぜて食べると 腸に良いとかで 早速 わざわざそれを買うために 買い物に行ってきました

夕飯時・・・でもね・・1人で食べるのも気が引けるので・・
納豆二つ メカブ2カップ オクラ1本を 混ぜて 家族にも分けてあげることにしました

あったり前か???あは

「イヤなら言ってね 私が食べるから」と言ったけれど みんな 黙々と食べて

片付けの時 娘の前にもう一パックの納豆が食べてあったあ

毎晩兄妹2人で納豆を食べるし 息子は二つ食べることもあるし・・

いっぱい納豆は買ってくるけれど すぐ無くなってしまって・・

今日はいつもの倍買ってきた

3パックで 88円として1個 30円 家族が5人として 1日150円×31日=4650円か
メカブは 二つで100円 50円×5×31日= あ~高すぎるから・・・
100×31日=3100円
オクラだって2480円はかかる(細かい~~~)

とすると・・・・4650+3100+2480=10280円
(私が間違っていなければ・・・)

健康になるって高いのね~~~~

そうそうピロリ菌には 梅肉エキスが良いんですって・・

でもこれがまた高いんですよね。
これは梅干しを食べることにして・・

私は 腸に良いという ハトムギ粉を買ってしまいました
これがまた結構なお値段で・・・。

1人だけで健康になるなんて 心が痛んで出来ません よね?



夫の 後輩が ここ数年 闘病生活を送っていたのですが・・・

亡くなられてしまいました。

若いんですよ・・・・40代ですから。

私は 直接お会いしたことは 一回だけでそれも挨拶程度だったんですが・・

でも夫にとって どんなに大切な 人だったのかは 分かっていました。

特別な人だったんですね。

奥様もまだお若いしお子様も 小学生・・。

企業戦士という言葉がありますが 人生の半分以上がまさしくその戦士だったのだと思います

「人生に悔いはない」と言っていたそうですが・・

惜しい人が また 旅立ってしまいました。

夫もそのショックは隠せない様子です。

大きな原因は 仕事のストレスなのでしょうが(忙しすぎ)
もうひとつは やはりタバコだったようです

タバコなんて世の中からなくなればいいのに・・・そう思った私です。

夫の話から想像してもとっても辛い闘病生活だったと思います

やっと楽になって・・・

心からのご冥福をお祈りいたします。

2008/05/07のBlog
今息子は 父がいなくなった後を なんとか 自分なりに 引き継ごうと頑張っていますが

ちょっと 前から気になる行動があって それでも 家族は 何も言わず 見てきました

昨日 それが更に 大きな形で表れました

いつも 息子を 黙って見ていた夫でしたし

何か言うときも 言葉を選んで 上手に お互いに溝を作らないよう・・また時によると

息子の味方になって 私をお説教したりしていましたが

今回は 本気で息子を叱ってくれました

本来は面と向かって言いたいようでしたが

息子と顔を合わせる機会がなかったので 紙に書いて部屋の中のドアに張っていました
(出張に行ったので)

それは息子にとってかなり厳しい言葉でしたが その中には息子を励ます言葉も含まれ 最後に「親父より」という文字で 終わっていました

実の父と10歳で別れてから 本気で父親に叱られたことのなかった息子・・

どんな反応をするか 少し心配でしたが・・・心の奥で 「分からない子ではない」という
思いもあり・・・

そして 夫の息子宛の手紙を読んで 本気で心配してくれている という夫への信頼感が 大きく私に戻り 嬉しくて涙が出ました

今日は息子はお休みで部屋に閉じこもりの息子でした

夕方 食事の時 「どうもすみませんでした」と深く頭を下げて きました。

また娘には「親父さんには 本当に感謝をしている 忘れないようにいつまでもここに貼っておく」と言ったようです

今まで あまり息子のことには口を出さなかった夫
娘のことは遠慮無しに怒ったりしていたけれど・・それがわたしはちょっと寂しかった・・

本気で 叱ってくれるには 夫なりの 勇気というか 覚悟がいったと思います

ことによると大きな溝が出来る可能性があるわけですから・・・

そこに愛情がないと 伝わりません

夫の息子にもいつも言っていた厳しい言葉と その中にある父親としての愛

それを 曲げて取ることなくありがたく受け止めた息子も私には嬉しかった・・・

今息子は 随分苦しい中にいます

なにも手助けは出来ない状況の中で

この山を越えたとき 男としての大きな自信と 自負心 自尊心を持てるようになることを

信じています。



2008/05/06のBlog
[ 22:25 ] [ 家族 ]
「最近みんなが 妙に優しいんだけれど・・私もそろそろお迎えが来るって事かしらね」

この連休の4日に 夕方から妹たちが来た
母への話しかけが 確かに前の妹とは違って まるで 真綿に包んだように 柔らかく
優しい
「これ おばあさんが煮たの?・・・・(もぐもぐ食べて)うん・・前の味に戻っているわ(一人言らしい みんな聞こえているけれど) Nちゃん こういう煮物の仕方を教わっておかなくちゃ」

外に出れば
「おばあさん 転ばないようにね・・寒いし早く家の中に入って」とこれも子供に言うように
優しい

夜の11時頃 妹たちは帰って・・次の日
神妙な顔をして 母が言った言葉が一番最初に書いた言葉

おまけに 妹の所にいる青年が ちょっと不思議な人で なにやら 普通では見えないことが分かるらしい ので

「Hさんが J(妹)に何か言ったかしら・・私がもうそろそろ先が短いから Jさんよく見ておいた方が良いよとか」 ときた

それを考えると気になって 夜も眠れないし ・・だそうで。

私達夫婦も母を連れて温泉にいったし・・それも気になるのだろうな
でもそれは 母にまだ見たことがないという海を見せてあげたかっただけだし
本当は父も連れて行くはずだった事で特別な意味はない

私は少し笑って母に言った

「きっとね Jは お父さんの事で 何か思うことがあったんだわ・・もっと会っておけばよかったとか・・ああしておけば良かったとか そういう 悔やまれる気持ちがもっと母親を大事にしようって思うんだわ 私だってそうだもの」

「そうかしらねえ・・・・あんなに優しくものを言う子じゃなかったもの・・・」
(可哀想~妹は (^○^))

急に変わった様子を見せるとかえってこんな風に不安にさせることがあるんだと 思った
今度妹から電話が来たら ちょっと話しておこうかな・・・





2008/05/04のBlog
[ 23:36 ] [ 健康 ]
蕁麻疹・・・出来たのは私ではありません

一昨日夕飯の時・・ふと 夫の首を見たら 何か赤いものがプチプチと・・・・・

それが 時間が経つにつれて 増えていき 首の周りが全体に真っ赤にふくらんで・・
喉まで痒いと・・

よくよくみると 背中にも細かい発疹が出来ていて・・原因が分かりません

運が良いことに 今日の当番医が皮膚科だったので 行ってきましたが・・
検査したけれど 原因は分からずお薬だけもらって帰ってきました

今日は夫の親戚の家に用事があっていく日でした が その為に1時間遅刻しまし(-_-)・
(勿論連絡済み)

でもこれは仕方ないです・・すごく痒いみたいだしちょうど首輪みたいに広がった蕁麻疹らしき皮膚のふくらみで息苦しい感じさえするというから。

漢方薬を飲み 幾らか良くなって親戚に行き 実家にまた戻った夫・・

今日は休みの娘と息子とがビールを飲んでいたので・・・痒いのも忘れ(?)
「ちょっと試しに飲んでみるか・・・」

「大丈夫ですよ~」と無責任娘

ちょっと試しに飲んだビールで 夫の蕁麻疹は悪化し 全身に発疹は広がり ひどいことに。

みんなで「これでアルコールは駄目だということが分かったね」とちょっと勘違いの納得をしました。

肝臓からかなあ・・・と心配です

夫の希望で写真を撮りました
「なんだ これは!」と叫びましたが・・・
夫の首です。

身体の方はアルコールが抜けてから少し消えてきました。

ブログに載せたことは 内緒 です







2008/05/03のBlog
[ 14:45 ] [ ペット ]
暑いですね・・
今日から連休に入る人たちも多いでしょう・・・・

今日は何を書こうかな・・と思って 多分 自分に書くのだと思うけれど
今まで家で飼っていた 動物のことを書いてみようかな・・・と
今までに 書いたことのない 動物・・犬の話し・・

記憶力に乏しい私は それが何年の事だったのか・・思い出せないのですが。

かなり古い家だったから・・多分 私が小学校の 2.3年の頃ではないかと思います

寒い冬だった

ある日突然父が 犬を連れて帰ってきました。
その頃の父はどこに行くにも自転車でした 自転車で40分くらいの場所から
段ボールに入れられてその犬は家に来ました

今までに見たこともないような 犬でした
体中 巻き毛で包まれて そしてもう成犬です
家の中に入れた父は言いました
「○○さんに頼まれたので 連れてきたんだ」

お世話になっている方から 飼ってくれるように頼まれ断れなかったようです

今思うとその犬はマルチーズの雑種で 純粋なマルチーズの倍はありました。

「この犬は利口な犬なんだ」と父は言いました
タマゴが好きで食べたいと 咥えて持ってくる。

そして 喋る・・・確かに 「か~~ちゃん」って・・・体中に力を込めて。
「か~ちゃん」とは言えないので「あ~ちゃん」と聞こえました。
「あ~ちゃん」と言うときはタマゴが欲しいときです

当時犬を家の中で飼うという習慣はなく 慣れるまでは家の中に飼っていましたが
いつの間にかリラは外に繋がれるようになりました。

その頃の私は 犬とお散歩というよりお友達と遊ぶ方が楽しくて リラは繋がれたままで(自由に動けるように長く鎖をして)餌だけを母がやっていたように記憶してます

あの頃って犬の放し飼いが当たり前の時代で・・お散歩も結構怖かったんです

「リラ!」と呼ぶと嬉しそうに 尻尾を振って 足の所に飛びついてきました

このリラが どこで飼われていて どんな事情で家に来たのかよく知りません
でも前の飼い主は きっと家の中か キチンとした犬小屋の中で 飼っていたのではないかと思うんです。

父は 外に出ると リラを いいこ いいこってしていました。

私は今のように あまり関わることなかった・・でもリラは 大人しい賢い犬でした

何年か経った ある寒い冬の日の朝・・
リラは雪の中で死んでいました。

寿命だったのだと思いますが あの頃動物病院なんてなかったから・・・。

父はそのリラを見て 庭の隅に穴を掘っていました
目が真っ赤でした 父は泣いていました 「可哀想だなあ」と。
泣きながら 穴を掘り リラを埋めました。

私よりは母や父が関わった犬です

父は犬や猫を私が飼おうとすると嫌がりましたが 本当は こんな別れが嫌だったんですね。

「命があるのだから飼う以上は大切にしてあげないといけない」・・
よくそんな風に言ってました。

リラは 初めて飼った犬です・・・丸い目 茶色の巻き毛 あ~~ちゃんと呼ぶ声。

もっとお散歩してあげれば良かった・・・それが 私の反省です。