ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
Gimlet Dayz
Blog
[ 総Blog数:209件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
前のページ   |   次のページ
2008/10/11のBlog
なんか最近うまくいかんことばっかりだ。。
でも最悪の状況じゃない。
だからこそ、ここで踏ん張らないといけない。
今までと同じ轍を踏まないように。

もっとシビアに見ないと。
いい加減何かに期待したり、何かをアテにしたりするのはやめないとなぁ。。
2008/09/27のBlog
最近、夜眠れない時には作業をする日ばかりなのですが
煮詰まった時なんかはよくベランダに出て一服します。
そんな時にはきまって星空を眺めます。
そうすると昔を思い出したりします。

僕が小学校低学年の時は大阪じゃなくて神戸の北区…新興住宅地に住んでましたが
公文式に通ってたんですよね。
その帰りに高台を通る時なんかに良く星空を眺めながら帰ったことを思い出します。

当時の僕は向学心旺盛で、星座だのなんだのが好きで、
誕生日プレゼントに望遠鏡をもらったりもしました。
今ではすっかりどこに何座があるとかわからなくなりましたが…

今日は凄く天気もいいし、少しさっきまで夜空を眺めてました。
うーさみぃ。あ、もうオリオン座が見えるのか、なんて考えながら見てました。
最近は車に乗って夜景を見に行くことが多いものだから、
夜空を見上げるなんてあんまりしなかった。
そんなわけで結構新鮮な気持ちで夜空を見てました。
オリオン座のペテルギウスを参考に、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン。
シリウスなんかは、飛行機かな?なんて間違うぐらいこうこうと光ってます。

昔は良かった、何も考えずに生きていられた、とか
なんかヘコみそうになるのが僕の今の常ですが
知らなかったことを知って、より好きになることもあるものだし
大人の楽しみも子供の楽しみも、半々じゃないかなと思い直したりするようになった。
悪いようにばっかり考えても面白くないし。

特に、こうして昔を懐かしむことなんてのは、大人にしか許されない特権だ。
そこには多大なる寂寞の想いが同居するにしても
「たかだか」ですが、20数年間生きてきたその長さに対して、
人は不思議な親近感と慈しみと労わりとを覚えるものだ。
そう感じるからこそ僕は、これからもより良い人生を過ごそうという気にもなる。

自身の脆い精神のメンテナンスに一役買ってくれる自然というものが、僕は相変わらず好きだ。
2008/08/05のBlog
人から離れたいと願って、交友関係を少しずつ減らしてきた。
それが自分が望んだもののはずなのに、時々ふっと寂しくなったりする。

久しぶりに以前に管理していたHPに行ってみた。
まだ残っている黒歴史に苦笑しつつも
その当時残っていた人間関係でのやりとりを見る。

ああ、あの当時はまだ、手を伸ばせば届くところに人がいたんだな・・・と感じた。

今や自ら手を伸ばそうだなんて思ったりしない。
できるだけ会わずに生きていきたいなんて考える。

以前は、人間関係のリセットを繰り返し生きてきた。
その中でも、自分の気の許せると感じた人間とのかかわりは、断たずにいた。
保険として残しておきたかったんだろう。

その保険として残した人間関係さえ、今や妙な恐ろしさを感じてしまう。
いつからこんな自分になったのかはわからないが、理由は明白だ。

胸を張って生きていないことだ。

自分の過去にも現状にも満足できなくて、自信も持てず。
ただルーティンワークに追われる日々で。
自分を恥じる意識が強くなったんだろうと思う。

大言壮語を吐いていた、なんでもできるだなんて思っていた自分が、ずっと昔のように思えて。
後ろ向きな意識ばかりで、駄目とはわかっていても
この沼のような居心地のよさがあるから、自己改革をしないんだろう。
変えられない過去を見続けていたって、反省するくらいしかできないのに。

余り書きすぎると自分の気持ちなのかわからない言葉がたまに紛れる。
今日はここでおしまい。
2008/07/12のBlog
どうもこんばんは。
PCがかわった途端自分のblogのurlがわからなくなった者です。

blogの更新なんて、久しくしてないなぁと思ったら一年やってなかったんですね。
しかも前のも思いつきでやったという風情が漂ってるし。

では何故、今日たまたまこうして更新なんてしているのか?
実は以前からちょくちょく見ていたblogで、心に留まる言葉があったから。
その言葉は、自分がここで散々書き散らしてきた「彼女」に対する想いを思い出させてくれた。

誰に後ろ指を挿されるでもない、そんな関係でいたい、そんな想い。

あの時の自分は、自分なりに頑張ったんだろうけれども、
甘かったり方向性が未熟だったりしたんだな
なんて今じゃ思う。

3年という月日が、行き場を失った感情と、それに縛られていた自分とを
昇華させてくれたんだなと実感する。

でも、あの恋愛以来、自分は以前ほど人に近付かなくなってしまった。
もう、誰かを自分の人生に巻き込むことがイヤだという気持ちがある。
他人に迷惑をかけるのはイヤだという気持ち。
卑屈すぎやしないかい?と言われれば至極ごもっともなのだが
自分の人付き合いのスタイルは、まだまだ変わらないんじゃないか?と考える。
変わりたいという願望と、変わりたくないという願望と
そのどちらもあるから、ますます自己不信に陥る。
結婚、ましてや恋愛云々以前の問題である。

にも関わらず、自分の年齢も25歳を越え、「結婚適齢期」なんてやつに突入しつつある。
つい3ヶ月前には、同級生が結婚するなんて話も聞いて
ますます実感の度合いを深めた。
それに追い討ちをかけるように、我が両親からは「結婚は人類の義務」だのなんだのというご高説を賜る。
ハイハイ。。。っと、
最近では、反論するのは無駄だとわかったのでそんな話は聞き流すことにしている。
一方通行で建設的でない会話なんて、自分にとっては続けるだけ無駄だからだ。

でも、結婚云々の話にこうして反応してしまうということは
きっと今の自分から変わりたい、いつかは結婚したい。
そんなことを考えている自分がいる気もする。

…こんなことを考える日は、いつも同じ曲を聴きたくなる。

今日の一曲 - doa「ガラスのハイウェイ」
2007/07/12のBlog
昔ここを見ていらっしゃった方が今どれほどここを見ているのかはちょっとわかりかねますが
お久しぶりです。 生きております、MasACです。
どうやら以前に書いた記事を見ると、半年近く前に書いたのが最後らしい。
別に怒涛のような数ヶ月を過ごしていたわけでは無いのですが
記事を更新するほどの情熱が無かったような気もします。
というか、このblogに何かを書く時ってのは、大抵決まって参ってる時が多かったからなぁ。
そこまでしなくてもやってこれるくらいに安定し始めてたってことなんだろうか。

まぁいいや。
ええと、タイトル変えました。
中二病満開なタイトルを曝し続けるのもそろそろ恥ずかしくなってきたんです(笑)

このGimlet Dayzというのには、二つの意味があります。
一つは、自分の好きなカクテルがギムレットだから。 まぁ単純ですよね。
ギムレットは、作る人によってできあがるものが結構違うんです。
素材だの味わいだので個性が出る。
ってなわけでどこの店に行ってもギムレットがあったら頼んじゃいます。
そんな、ギムレットが象徴する個性ってもんを、いつもの日々に見つけられたらという願いを込めてつけてみました。
もう一つは、Gimletってのは、英語でコルク抜きのことを言うらしいんですよね。
そこから派生して、突き通せるって意味の形容詞にもなる。
日々の憂鬱を突き通して、その先にある希望を手に入れよう。
そんなノリです。
なーんか、ネーミングが子供っぽいんだよなぁ。

相変わらず真昼間から妙なこと口走ってますが、これからもこんな感じの文章ばっかりだと思います。
ここはあくまで、自分との対話の為に作った空間ですので
思いっきり自分をさらけ出してぶっ壊れてみてもいいじゃないか、というスタンスで行きます(笑)
皆さん、これからも生暖かい目で見守ってやってくださいな。

また、この酔狂な日記を見て、興味が湧いたというあなた、
なんといいますか、これからも不束者ですがよろしくお願いいたします。
それでは、また近いうちに。
2007/02/18のBlog
幸せの在り処はどこか。
それは、自分の心の中だと良く言われるが、事実だと思う。
心が小さければ小さいほど、幸せには鈍感だ。
感謝の気持ちが芽生えにくいから。
その一方で、心が張り詰めんばかりに大きければ、幸せには敏感だろう。
小さなことに感謝ができるから。

具体的に言えば、心ってのは風船みたいなものだと思っている。
心を感謝の気持ちでプーッと大きく膨らませたなら少しのことにも敏感になる。
良い意味で繊細になると思う。
逆に何事もあって当然、という考え方しかできない時には
何があっても満たされない。
心の風船はしぼんだまま。
ぶよぶよな姿が示すとおり、鈍感なのだ。
大人になればなるほど、知れば知るほど、人は足るを知る。
ただその表現がうまくないだけ。
2007/02/11のBlog
こちらが保津峡の写真だったり。
画像が若干粗いですが携帯ですので仕方無いかなと。
いきたかった場所があるんです。
源光庵てところなんですがね。
悟りの窓、迷いの窓。
たかだか丸と四角の窓があるだけなのに
宇宙の真理の人間の内面を表していると伝えられ、多くの人が訪れる。
と、いうわけですっごい気になってたんですよ。
悟りを開きにいきたい!!と常々考えていたので。
で、いっちゃいました。

なんか伏見城かなんかのなごりらしいっすね、あそこ。
なんたらいう武士?があそこの城主で、悔やんだまま亡くなったらしく
鎮魂の意を込めて護国英霊なんて位牌が飾られてました。

今日は天気もそんなに良くないし拝観終了時間も迫ってるし
あんまり人居ないんじゃないの、と思ってたんですが
混んでる、てほどじゃないけど絶えず人が来る感じで
窓に集中できん!!
そして必ずと言っていいほどに携帯の撮影音が。
僕もそれにつられてパシャリ。
…でも、落ち着かないといいながらもなんだかんだで30分ぐらいは眺めてた。

その後は二条までバスで戻り、JRで帰阪…のつもりだったのですが
せっかく金払うんならどうせなら遠出したい!
ということで逆方面の保津峡までいってきました。
アレは昼間に行けばもっとすごかったやろな~。
なかなか絶景でしたよ。
帰ってくる頃には足はくたくたで、疲れきってました。
帰りの電車に乗ってる間は放心状態でしたとさ。
2007/02/06のBlog
僕は過去に考えた。
「失う覚悟もしていないのに、人と懇意になろうと近付くなんて恐ろしい。
そんな甘えたことは許されない。」と。

このような思考法は、人を信じていないから生まれるのだ。
つまるところ、こんなものは短絡的な自己防衛に過ぎない。
自己否定される気がして、恐ろしくて、その根本を断とうとする。

…これって結局、
「疑わしきは罰する。 自分を認めないものは排除する。」
そう宣言しているのとあまり変わらないんじゃないだろうか。
そう考えると、自分の未熟さを露呈していたんだなぁと少し恥ずかしく思う。

人間は、その場その場で一番最適な手段を選択し生きているそうだ。
それがどんなに辛いものであったとしても。
もっと自分の行動と、相手の行動に信頼をおかないといけないんだろう。
いや、違う。 自分の行動だけでいい。
それさえ守れていれば、誰かに求めることさえ減る筈だ。
そうすれば、後ろ向きな日々もきっと変わる。

今日の一曲
サンボマスター「美しき人間の日々」
2007/02/05のBlog
協調とかマナーとか色々あるけれども
そういったものを越えることがありうると考えるべきは
人生をサバイバルする上でのスキル。
それをある種の賢さだと人は言う。
その先の可能性を閉ざさないための、賢さ。

ヘンなプライドみたいなものは捨てて
あんまり深く考えずに、でもその事実は忘れずに。
事実は事実以上じゃない。
受け取り方は人次第だということ。
それでも負い目があるから、それ相応のギフトを提供する、ということで決着をつける。
当たり前のことで、いちいち書くことじゃない。

合理的に生きるということは、決してエゴイズムでは無いんじゃないか。
その場その場において、ちょうどいい距離感で、ちょうどいいタイミングで
何事も回ってるんじゃないか。
…何事についても、最低限のバランス感覚は必要やけど。

何かを実行する際に、かなり先までシミュレーションできるようになれたら最高。
しかしその場しのぎな生き方をしてきた自分にはまったくもって縁遠い話だなぁと感じる。
それでどーにかなっちゃってる俺がいる。
別段不満は無い。 なんか切り替え早いし。 うん。
でも、いつもの反射的行動に数秒の思考時間が加わって、自分の理想の行動がとれたとしたら?
そう思うとワクワクせずにはいられない。

そんなことを、ふと思った。
2007/01/27のBlog
実はですね。
昨年の暮れからバンド活動始めたんです。
僕のパートはドラムなんですが、これがまた、難しい。
でも、ドラムを叩くのがこんなに楽しいとは思わなかったよ。

で、今日、セッション3度目にして、よーやく曲を形になるように演奏できました!
長かったなぁ。
諦めやすい俺が、良く続けたな~と…。

でも、そこには、感謝の気持ちというか…思ったことがあるからなんですよね。
曲を演奏するにしたって、皆に支えてもらってるのを実感するんです。
本来はドラムがリズムをキープできなければ曲はムチャクチャになるんですが
(ドラムに合わせてギターやらベースやらが音を奏でるので)
皆さん経験者なので僕がミスってもリードしてくれたりするのです。
ギターやベースがドラムをリードする世にも稀なバンドです(笑)

そしてもう一つ気付いたことが、スティックの傷。
これまでのセッションでは、ドラムのスティック(バチですね)が傷ついたりしなかった。
傷つくほどにガンガン叩いて音を紡ぐってことができなかったんです。
でも今日は、スティックがものっすごいダイエットしてました。
終わったあと、スティックが削れたクズがいっぱい下に落ちてました。
俺はしっかり演奏したんだなぁ、とすごい実感できて嬉しかったな~♪

やっぱり体を動かして汗かくのって、大事ですね。
めちゃくちゃ発散できて、気持ちいい★

なんか、小学生みたいな日記やけど、たまにはいいでしょう!(笑)
今日は、たった今、この感動をどーしても書き残しておきたかった。
2007/01/24のBlog
皆さん、お久しぶりです。
今年は暖冬だなんていわれていますが、冬の寒さにはかわりありません。
風邪ひかずに毎日を楽しんでらっしゃるでしょうか?
僕はうまくいかないこともありますが、それでも幸せを実感できる日々を送っています。

ここ数日、改めて思ったのは、感謝の気持ちだった。
少なくとも僕は、やっぱり恵まれているんだなと。
と、いうのも、何かを始めたいと思った時に、
邪魔になるものなんて大したことが無いからだ。
何かを始める際に眼前に障害のある場合、簡単に挫けてしまえる。
だが僕の場合は、五体満足で生まれた故に何の問題も無い。
資本となる体が、行動を起こすタイミングを今か今かと待ちわびている。
こんなにも喜ばしいことは無いんだ、ということに改めて気付いた。
そんなことを思ったのも、友人からの一通のメールから。
心配をかけているんだろう、頻繁に連絡をくれる人が自分の周りには何人もいる。
ありがたい話です。
そんな人たちの優しさに甘えっぱなしで、あんまり恩義を返せていないかもしれない。
だから、僕は元気でいること、周りの人を大事にすること。
それだけでも守ろうと日々勤めている。

自分をありのままに受け入れて、手に入れよう。
何らかの行動を起こすと、それがいとも容易いように思えてならない。
こういう時の自分はノってる時の考え方だと思う。
だから、迷わずに、でも周りを見ることは怠らずに、突き進んでいきたい。

あ、報告があります。
以前より悩んでおりました、家から出る件なのですが
2月か3月には、ワンルームの居住区のある仕事をするつもりでいます。
なのでこのblogの更新が止ってしまうかもしれません。
ですが、細々と自らの成長の記録を続けていこうと思っています。
なので、たま~に見に来てやってください。
いつも、皆さん本当にありがとう。
2007/01/12のBlog
mixiの日記を何の気なしに件数を調べてみたんです。
そしたら。
次で108つ目だそうで。
知らんうちに煩悩の数と同じだけ更新してきたらしい。

もーすぐmixiにやってきてから1年が経ちます。
誰にも理解されないかもしれないけどね、mixiがちょっと恐いんですわ。
自分が依存する傾向にあるのが良くわかるから。
何かから何かへ、乗り移っていくような感覚。
現に、一番最初はチャットにハマり
チャットの後に女にハマり
女の後はこのblogにハマり
このblogの後にはバイトにハマり
バイトの後にはmixiに…と乗り移ってきた。
そこには成長を感じない。 だからかな? なんだか後ろめたさがあるんです。

便利だから利用する。
それがいつしか、それがなくては落ち着かない。
気付けばそんな風になってしまう。
そんなにおいを自分に感じる頃には、自らそこから足を洗って独立心を養おうとする。
そんな時間も束の間で、結局、気付けば
新しい環境、新しいもの、新しい何かに依存し始めている自分に気付く。
そういう堂々巡りから中々、逃れられない。

習慣ってのは、継続することで力にもなるけどね、
でも、思考力と意志力を奪う場合もあるんです。
この世の中には、絶えず自分を保っていられるような、そんな
強い人ばっかりじゃないんです。

依存するのが嫌だったから、長らく続けてきたバイトも辞めた。
居心地がいいというのは、罪なことではないのに。
自分の中の捕らえ方を変えたら済む話なのに。
自分が弱いことを棚に上げて、環境のせいにした。
全部わかってたけど。
それでも辞めるという方法しか思いつかなかった。
でも、成長したいという思いが根底にあるのは間違いがない。
それだけが、救いかな。

親密さと依存することを混同している自分がいる。
せやから、正直な話、人間関係とかあんま自信ナイ。
それでも、自分を頼ってくれる人がいると、その人には全力で答えてあげたいと思う。
誰かにギフトを送ることができるのはとても幸せなことだと気付いたから。
でもね、頼られるのはいいけど、ずうっと縛られるのは嫌なんだよ。 わかるかなぁ?
四六時中、誰かのことを考えてろってほうが、疲れるよ。
でもそこらの接し方、伝え方がわからない。

誰かに頼られることは嬉しいのに、程度を超えるとうっとうしい。
これは普通のことなんやろか。 普通のことやと思いたい。
でも、自分勝手というか、エゴイストやなとも思う。
そこで立ち返って、自分のことで俺も精一杯なんか、と気付く。
そもそも、自分のことができてなければ、誰かに手を差し伸べるなんてことができるわけがない。
でも、そういうことをうまく伝えられない。
面倒を見切れないのなら、ハナっから関わるべきでは無いんだろうか。
目の前で、少しは役に立てると思うのに、手をこまねいて苦しむ姿を見ていろって言うんだろうか。
何が正しい選択なのか、わからんよ…。
周りの人を大切にしたいとは思う気持ちは本当にあるのに。

問題点はわかってんだけどねぇ…進歩してんのかな、俺。
ただ、言いようの無い違和感を感じた時
それこそが、自分に真実を告げていると考えるようになった。
今までは、それから目をそむけていた感じがする。
「生きづらさ」はそこにあると考え始めてから、自分の感情の変化に少しずつ気付けるようになった。
嫌なものは嫌だと、ありのままに言えるようになりたい。
何かを感じるということは、決して間違いでは無いんだと、もっと自信を養いたい。
まずは、新年明けましておめでとうございます。
本年もあんまり更新しないと思います。
自分のペースで書いていくので…。
ですが、良い報告が増えるように、努力していく所存です!
本年もよろしくお願いいたします。

ところで、僕がこの日記を更新する時ってのは、決まってヘコんでる時か
ぶっとんでる時なんですけれども(苦笑)
あ、言ってなかったかもしれませんが、他のところでもblogというか日記を書いてるんです。
知ってる方もいらっしゃるかもしれませんが、mixiなんです。
このmixiってのが、面白いんですが曲者でね…。
実際の身近な友人ばっかり日記を見るもので、下手なこと書けないんですよ。
間違いなく、ここに書くような内容書いたらドン引きされます。 ははっ。
向こうが「躁」ならこちらは「鬱」。
完全にジャンルわけできちゃってます。

で、今から書く内容は、どーしても形にしたかったんですが
アチラでは無理だなと判断したので、こちらで公開しようかなと。
まぁ、こういう時の為にこのblogを利用しておりますので。
暗いぞこのヤロウ! とおっしゃる方には見ないでいただきたい。
当方も十分承知しておりますゆえ(笑)
ちょっと長くなりそうなので、記事をわけます。
次の記事に内容を載せることにします。
2006/12/10のBlog
なのに、それに答えてあげられない。
わかっているけど、答えてあげられない。
何を考えて、どういう考えでってことさえもわかってるよ。
何も押し付けることが目的じゃないことぐらいわかってる。
でも、それさえも今の自分には、負担であり、欺瞞であるように見える。
俺のことを心配してることもわかるよ。
それが、わかるからこそ、悲しい。
わからないわけじゃない、でも、答えてあげられない。
考え方が違う。 求めているものが違う。

信用することと心配することは、違うやろ?

人生で一番大事なことっていうのは
物理的なものじゃない。
精神的なもの。
それをどこまでわかってるかだと思う。
エラそうかもしれないけど…。

遅すぎるよね、今頃反抗期なんて。
23だよ? もうすぐ24だよ?
でも一番泣きたくなるのは、両親なんだろうな…。
前のページ   |   次のページ