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水路をゆく
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2005/08/21のBlog
[ 19:10 ] [ 航行河川・運河 ]
本日より、ようやく夏休みが取れました。

さあ、思い切り水路彷徨するぞと意気込んでいた矢先、台風が2つも北上中とのニュースが‥。よほど日ごろの行いが悪いに違いありません(笑)。
おっとり刀でマリーナに向かい、12メートルの強風と、大潮時の干潮という悪条件が重なる中、愛艇久方ぶりの出航となりました。

まず目指したのは、前回走り損ねた、新月島川です。
写真は、朝潮運河側から見た、新月島川の入り口です。
新月島川の中央にかかる、新島橋をくぐろうとしているところです。

先日ご紹介した、隣の月島川と同じく、朝潮運河と隅田川に挟まれた、ごく短い水路にもかかわらず、「川」を名乗っているのが妙ですが、両岸は堆積した泥や瓦礫が目立ち、水門近くに小さなマリーナはあるものの、繋留船舶は少なめで、月島川より少々うらぶれた感じがします。

変わった点といえば、この水路の真下を、地下鉄大江戸線が走っているということでしょうか。
隅田川に面した出口は、こじんまりとした浜前水門が守っています。

水門手前には、橋が併設されていますが、妙に厚さがなく、頼りなげなのが印象的で、下をくぐるときは、「折れたりしないかな‥」と、つい橋の裏側を見上げてしまいました。

手前右手はささやかなマリーナ、そして水門を出て左には、臨港消防署も隣接しており、私のようなフネ好きにとっては、なかなか見所の多い水門ともいえるでしょう。
隅田川に出て、待機する消防艇と一緒に、臨港消防署を撮ってみました。

水面に張り出して造られた建屋の真下に、3隻が収容できる繋留設備を有したその外観は、まさに「基地」と呼ぶにふさわしく、幼いころに初めて見た時は、ロボット漫画の秘密基地がそのまま現実化したように思え、狂喜したのをおぼえています。

竣工当時は、その最新設備を誇ったであろう臨港署の建物も、今ではごらんの通りだいぶくたびれて、大型化した新型の消防艇は、「秘密基地」のなかにはとても収まらず、写真のように、外部に新設された桟橋に繋留されています。

今回久しぶりに、臨港署を間近で眺めましたが、デザインが凡庸であろうが、古びていようが、フネを腹の中に呑み込む構造の建物っていうのは、やはりインパクトが違いますね。
できれば、いつまでも残していただきたい建物です。

臨港消防署のサイトはこちら

(17年8月21日撮影)

新月島川のYahoo地図
2005/08/16のBlog
[ 21:00 ] [ 船 ]
商船大学前を、隅田川方にゆるゆると進んでいると、後方から爆音がして、水上警察の警備艇が追い抜いてゆきました。

グレーの船体が力強く波を切り裂いてゆく姿は、なんとも頼もしく、聞こえないのは解っていても、思わず「ご苦労さまです」と、声をかけてしまいました。

東京の水上警察署は、レインボーブリッジを望む品川埠頭にありますが、その管轄下に5つの派出所があり、担当水域も5つに別れています。
よい機会ですので、水上署のサイトを拝見すると、創設から126年の歴史があること、時には伊豆諸島まで出張する任務もあるなど、今まで知らなかった興味深い事実が書かれており、なかなか勉強になりました。

都内の水路を徘徊している最中に、事故があったりしたばあいは、真っ先にお世話になるのは水上署ですので、派出所の場所くらい頭に入れておかないと、イザというとき困るだろうと、(いまさらですが)慌てて図版をプリントアウト。

しかし警備艇もなかなか魅力的なフネがいますね。水上署に遊びに行って「すいませーん、フネ見せてください」とお願いしたいところですが‥もちろんいけませんナ。

(17年6月5日撮影)
[ 04:46 ] [ 川っプネのトピックス ]
緻密な取材振りで定評のある「追跡日記」のさんどさんが、なんと最新の記事で「神田川の分水路をゆく」を発表!

水路好きとして、これを快挙といわずして何と言うのでしょう!
ご一読をお勧めします。
2005/08/05のBlog
[ 16:32 ] [ つぶやき ]
以前もお話しましたが、長年東京の川や運河を徘徊している割には、航行したことのない水路が、まだまだ残っています。
石神井川もその一つです。

写真正面が石神井川の河口で、ここで隅田川に合流します。
何度となく、ここを通っているのですが、どういうわけか、一度も入ってみようという気になったことがありませんでした。
こうして写真を眺めていると、「ウ~ン、ちょっとのぞいてみたいなあ…」と、好奇心がムラムラ来るので、なにかイヤな結界があるわけでは、なさそうなのですが。

40年ほど前の航空写真を見ると、写真右手にもバイパス状の水路があり、格好の船溜まりになっていました。つまり、写真右の建屋のあるところは、島だったわけです。
水路は埋められてしまいましたが、下掲の地図を見ると、区境は水路のあった当時と変わっていないのが見て取れ、興味深いものです。

恐らく航行できるのは、僅かな距離に過ぎないとは思いますが、東京近郊の可航水路は、なるべく走りつぶしてみたいと思っていますので、近いうちに挑戦してみたいものです。
ペラをこすりそうなところまで入り込んでみる、緊張感あふれるデッドスローのひとときこそ、水路探検の醍醐味の一つであります。(でもペラをこする瞬間は、何度やってもビックリする小心者です。)

(15年9月撮影)
石神井川・隅田川合流点のYahoo地図
2005/07/30のBlog
[ 15:54 ] [ 水門・閘門 ]
荒川閘門(この呼び方で慣れてしまったので、今後も通称でまいりますデス。)の工事中の様子を記録しておこうと、閘室下流側から撮影したものです。

今までの写真ですと、もう完成間近な雰囲気でしたが、ちょっとアングルを変えると、いかにも工事中、といった雑然とした風景になりますね。
まだまだ周辺の整備や、細かい仕上げが残っているのでしょう。
訪問時は日曜日でしたので、もちろん工事はお休みでした。
「小松川閘門」が正式名称である証拠物件?として、施工業者や工事期間を記した看板を撮影しておきました。
業者さんの名前や連絡先は、なんとなくマズそうなので隠しておきましたが、公共工事ですから、どこかで公表されているのかも。
(それを言うなら、看板に書くことが既に公表だろうと…)

ここに書いてあるとおり、今年の9月30日に完成するのでしょうか。
「小松川閘門ゲート設備(その2)工事」の「その2」という部分が気になりますねえ。
9月30日に完成するのは「その2」で、そのあとに「その3」が控えていて、完成が延びそうな感じもするのですが、うがち過ぎかな?
2005/07/29のBlog
[ 16:23 ] [ 水門・閘門 ]
以前から間近で見てみたかった、荒川閘門まで歩いてきました。
船番所資料館から、歩いて10分ほどの距離です。

近くで仰ぎ見る閘門は、まさに「聳え立つ」という言葉がピッタリ来る、堂々たるもので、茶色に象牙色のストライプという色使いも好ましく、その風格は、パリの凱旋門に勝るとも劣らないように感じました。

あまり誉め過ぎると、ひいきの引き倒しになるかな…。
堤防の上の道は、閘室を橋で渡っています。
その橋の上から、まだ注水していない閘室を、のぞき込んでみたところです。

ウ~ン、思ったよりずっと大きい!
排水量1000トンくらいのフネも、納まりそうな感じです。

旧中川と荒川の水位差は、約3メートルに及ぶこともあると聞き、「なんぼなんでも、そんなに差はないだろう」とたかをくくっていたのですが、この大きさを見ると、なるほどと頷かされました。
閘門南側、小名木川排水機場の水門を入れて撮影しました。
この水門の場所には、かつて小名木川閘門があったのですが、地盤沈下により使用できなくなったため、旧小松川閘門より早く廃止され、排水機場となりました。

しかし、隣接して二つの閘門があったとは、小名木川や中川は、よほど輻輳した水路だったのでしょうね。
上りと下りを、分けていたりしていたのでしょうか?
こちらも閘門とデザインをお揃いにした、どこか古風な感じの管理施設です。
「荒川ロックゲート管理棟」と表札にありました。

「荒川ロックゲート」と、この表札にも、また貰ったパンフレットや、紹介サイトにも書かれていたので、今まで、なんとはなしに「荒川閘門」(『ロックゲート』と呼ぶのって、なんか恥ずかしかったので…)と呼んでいたのですが、なんと、国土交通省での呼称は「小松川閘門」と言うのだそうです…。

現地に行って、工事現場の看板を見ると、どこにも「荒川ロックゲート」「荒川閘門」の文字はなく、「小松川閘門周辺整備工事」「小松川閘門ゲート設備工事」の表記ばかり。
おかしいな、と思って調べると、こちらに「小松川閘門新設工事(荒川ロックゲート)」とあるではありませんか。

浅学を恥じるとともに、30年あまりを経て、同じ地にふたたび「小松川閘門」がまみえようとは…。
旧小松川閘門に心あらば、どのような感慨をもよおすでしょうか。

(追記…しかし、完成はいつなのでしょうか。現場の看板を見ると、工期は本年9月までとなっていましたが、上記のサイトでは、平成15年度とありました。はて?)
[ 15:39 ] [ 水門・閘門 ]
資料館を見終えて、次は荒川閘門を見てみようと、旧中川を渡り、公園になっているスーパー堤防の上に登ると、かつての小松川閘門の片割れが、埋もれつつも、フェンスに囲まれて保存されているのが見えてきました。

旧小松川閘門は、昭和5年に通船開始し、昭和51年に用途廃止となりました。先日紹介した松重閘門は、昭和7年の完成ですから、同世代ということになりますね。このころの建造物は、なぜかみな装飾過多で、古びてくるとなかなか味わいのあるものです。
中央の屋根がふかれた部分には、巻上げ機らしきものも残り、周囲には厳重にフェンスをめぐらせてあるので、保存には違いないのでしょうが、写真のように草ぼうぼうのところもあり、まるで西洋の古城のようです。

一般の人が見ても、大半を土の中に沈めた姿から、「水門」の姿を想像するのは、ちょっと難しいかもしれません。
フェンスの中には、近年立てられたと思しき説明板も設けられています。

なぜか廃止年が記されておらず、文末の「残された部分を大切に保存して周辺地域の移り変わりを伝えるのに役立てる予定です」という、含みを持たせた書き方もなんだか妙で、保存する気があるのか、ないのかわからないのが印象的でした。

上にも書いたように、埋もれた姿からは、一般の方は、構造すら想像しにくいので、現役時代の写真でも掲載するとよいように思うのですが。


(追記・…と書いてから思い出したのですが、現役時代の写真、この説明書きの上に掲げられていた気が…。写真を撮るのを忘れたので確証が持てません。お恥ずかしいです。ご教示下さい!)

旧小松川閘門のYahoo地図
[ 14:57 ] [ 博物館 ]
去る7月24日は、午後になって時間が空き、艇を出すにはちょっと遅かったので、かねてから見たかった江東区・中川船番所資料館と、荒川閘門に行ってみました。

この資料館は、かつての幹線運河・小名木川が、旧中川に交わる地点の河畔にあり、江戸時代の船番所があったとされる地に建てられた、水運と釣り文化の博物館です。

船番所の再現ジオラマや、江戸以来の見事な釣具などの展示を見て回り、最後は例によって、ここでしか手に入らない書籍類を大人買い…。
資料館の前は、旧中川の河川敷公園です。
家族や仲間とバーベキューをしつつ語らう人、親子でフリスビーに興じる人と、なかなかのにぎわいです。

画面遠方中央に、以前こちらで紹介した、建設中の荒川閘門(ロックゲート)の旧中川口水門が見えます。
川原に下りて、釣りをする人に混じって、水面をのぞき込んでみました。

このあたりは汽水というよりは、ほとんど海水に近いらしく、杭にはカラスガイが群生しています。
水は意外なほど澄んでいて、浅い岸の川底に、たくさんのハゼや、カニが元気よく動き回っているのが見えました。

おそらく都内の河川では、もっとも水が澄んでいるのではないでしょうか。
荒川開削のおかげで、東西に分断されてしまった旧中川ですが、こちらの旧中川は、出入り口を排水機場で塞がれた、言わば細長い池となったわけです。

閘門が完成したら、自艇でぜひ通過してみたいと思っていますし、ふたたび通船が活発になるのはいいのですが、この澄んだ水と元気な魚たちを見ると、フネのウェーキでかきまわすのが、なんだかためらわれてきました。

中川船番所資料館のサイト