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水路をゆく
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2005/10/29のBlog
[ 22:44 ] [ 航行河川・運河 ]
(『小名木川…3』のつづき)

東深川橋の下から、青いトラスの西深川橋を望んだところです。

西深川橋は、橋の下をポンツン式の遊歩道が通っていて、徒歩で、橋の裏側を眺めることができます。親水施設も、いろいろ種類が豊富になってきましたね。
高橋が見えてきました。先ほどの新高橋の銘板で、お気づきの方もおられるでしょうが、「たかばし」と読みます。右側に見える桟橋は、水上バスの高橋のりばです。

そういえば、さんどさんの「追跡日記」(ニフティ・デイリーポータルZ)で、「高橋のりば。佐藤君でも乗れるのかが気になる。」という爆笑モノのキャプションつきで、紹介されていたのを思い出しました。
早速同乗のBさんにも披露して、「鈴木君や山田君の立場はどうなるのか?」なんて、バカ話の応酬をしつつ、艇を進めました。

余談になりますが、いまや姓としても一般的な「高橋」、もともとの意味は、「(船の通航に便利なように)桁を高くした橋」なんだそうです。水上交通と密接な関わりのある名前なのですね。
三径間の青いローラーゲート、新小名木川水門までやってきました。

ちょうど水路幅きっちりに設計されていて、左右にコンクリート堤防がないせいか、周りの風景にもしっくりとなじんで、好ましい雰囲気です。
船舶は右側通航ですから、右径間を通っていくべきなのでしょうが、行き会い船もないので、ここは堂々と、真中を通ることにしました。
小名木川の終点…イヤ、隅田川を基点とすれば始点ですね。この萬年橋は、小名木川の第一橋として、恥ずかしくない威容を誇っています。
そういえば、神田川や日本橋川なども、隅田川に面した第一橋は、立派に作られていますね。震災復興計画の成果なのでしょう。

以前ご紹介した、旧中川端の「江東区・中川舟番所資料館」で知られる、江戸時代の舟改めの番所は、最初は、この萬年橋近くにあったとのことです。
撮影地点のYahoo地図
隅田川の広い水面に出ました。東京の水路の銀座通りも、月曜の午前中とあって、船影はまばらです。

少しづつ、明るくなりつつある曇り空に、清洲橋の曲線美が映えて、平日であることを忘れさせます。
わずかな時間でしたが、閘門を二つくぐり、運河を抜け…都内での出来事とは思えない、心からノンビリした、浮世離れしたひとときでした。
水路好きのボート乗りらしからぬセリフと、思われるかもしれませんが、なんべん艇を出しても、この気持は変わりません。
それだけ、楽しめているということなのでしょうし、また、陸(オカ)と水面との距離が、まだまだ遠いという、証しであるのかもしれません。(小名木川の項、おわり)

(17年10月3日撮影)
2005/10/23のBlog
[ 00:38 ] [ 航行河川・運河 ]
(『扇橋閘門』のつづき)
閘門を出ると、東側より広々とした水面が広がり、清々しい気分です。これより、潮の満ち干につれて水面が上下する感潮水域となります。

前方のトラス橋は新高橋です。(この手前の、新扇橋は写し忘れ…)隅田川に接する河川の、戦前製の橋は、近い雰囲気を持ったものがいくつか見られますが、これらは確か、関東大震災の復興事業で、同時に計画されたものだと、ものの本で読んだ覚えがあります。(不確かで申しわけないデス)
新高橋の手前は、大横川との交差点です。これは南側水路を見たところで、工事中の足場が組まれている橋は、扇橋です。

ここから、大横川を南に下ると、仙台堀川との丁字路から大横川南支川と名前を変え、州崎南水門を経て、汐浜運河に出ることができます。
「出ることができます」などと書きましたが、低い橋や狭い水路が連続するところですので、自艇での走破はチョット…。JO_NA_KAさんやamieさんのインフレータブルに、おまかせするとしましょう。
こちらは、大横川の北側を見たところです。遠くに見える第一橋は猿江橋。

直進すると、隅田川方から伸びてきた竪川につながり、竪川は竪川水門で隅田川に合流しています。

新高橋の橋詰に近い、親水歩道の柵には、白木に墨書された、なかなか立派な木の銘板がありました。

水路に向けて銘板を設けるところが、さすが小名木川。こんな小さな心遣いでも、ボート乗りとしては嬉しく思えるのです。
新高橋をくぐると、大富橋が現れました。
空を圧する下路式トラスやアーチも、橋のデザインが楽しめると言う点では、大好きなのですが、重厚なトラスをいくつか見たあとで、このようにシンプルな桁橋を目の当たりにすると、水路上空の見通しがよくなったように感じて、ナゼかさっぱりしたような気持ちになりました。

小名木川の小さな旅の終点はもうすぐ。あと4つの橋と、水門を一つくぐれば、「大川」(隅田川)の川面が見えてきます。
(17年10月3日撮影)

(『小名木川…4』につづく)
2005/10/17のBlog
[ 05:31 ] [ 水門・閘門 ]
(『小名木川…2』のつづき)

小名木川橋を過ぎ、グレーの古いトラス橋・小松橋の間から、透かし見るようなかたちで、扇橋閘門を望んだところです。

都内の、しかも市街地の真ん中にあるせいか、多くの人にその存在を知られ、東京近辺のボート乗りの方々にも、おそらく最も利用されている扇橋閘門ですが、残念ながら、詳細なデータを掲載した印刷物やサイトは、ついぞお目にかかったことがありません。(私が知らないだけかも?)
管理・運営されている、都建設局・河川部のご担当者さんは、通行可能時間や利用上の注意など、ぜひサイト上に掲載して、宣伝に努めていただきたいものです。

有名な閘門ですので、いまさらの感がなきにしもあらずですが、当ブログには初登場ということもあり、東側から西側への閘門通過のプロセスをご覧に入れます。
閘門に艇を近づけると、監視カメラの視界に入ったのでしょう、さっそくスピーカーから「現在先着船が閘門を通過中です。しばらくお待ちください。」のアナウンスが。

信号は左岸の護岸側面、電光掲示板は右岸に取り付けられており、どちらも橋をくぐったところにありますので、最初は少し見づらいかもしれません。
扇橋閘門は、確か10数年前に作られたと聞いていますが、前後を、戦前からある小松橋と、大横川との交差点に扼されているため、少々余裕のない構造になったのでしょう。踏み切りのせいで延長できない、電車のプラットホームを思い起こさせますね。

しばらくすると、ザーザーと音を立てて排水が始まり、門扉が開くと、漁船型の小型艇が現れました。東京都のマークをつけた、河川管理の艇のようで、閘室を出ると早速、乗り組みの方が長い柄の網で、ゴミ拾いをはじめました。

Bさんと二人で感心したのは、乗り組みの方が、門扉から滴る水を避けるため、カサをさしていたことです。先ほどの、荒川閘門の出入りの際にも、降り注ぐ水に悩まされた私たちは「そうか!うまいことを考えるね!」と、思わずヒザを打ったのでした。
閘室内に入るとアナウンスがあり、「後扉」と大書きされた、東側門扉が降りてきます。

閘室側壁には、係留用の環が設けられているのですが、ちょっと汚れているということもあり、また、「係留するように」との、具体的な指示もなかったので、操船で船位を保持することにしました。荒川閘門と、指示のやり方に、若干の違いがあることが解りますね。

以前にも書きましたが、閘室内で係留したのは、荒川閘門が初めてで、他の閘門(と言っても、2つしかありませんが)では、操船でカバーするか、立って両手で壁につかまるか(先代愛艇は、エンジンの爆音がかなり大きく、閘室に反響して、うるさかったのでエンジンを止めたこともあり…)していました。
閘門管理棟です。

最初に見た時は、かなり立派なビルに見えたのですが、荒川閘門の管理棟を見たあとでは、ちょっと質素な感じがします。
ただ、閘室から見た感じとしては、こちらのほうが目線が近いので、意志の疎通もしやすそうな安心感はありますね。
閘室から出る際は、いつもこちらに向かって、大きく手を振るようにしています。
注水が完了し、「前扉」と書かれた西側門扉が上がりはじめました。

門扉が上がりはじめるのに合わせて、ディーゼルエンジンらしい爆音と、排気臭がしたので、Bさん「これ、エンジンで動かしてるのかね?」と言いました。
こういう類のモノは、制御しやすい電動が普通ですので、まさかと思いましたが、本当のところはどうなのでしょうか? 単に、この近くでクルマがアイドリングしていただけだったりして…。

音を立てて門扉から滴り落ちる、しずくの滝を前に、Bさんと顔を見合わせて「次からはカサだよねえ」と苦笑い。皆さんも、小名木川から荒川に抜ける際は、カサの用意をお忘れなく!

扇橋閘門のYahoo地図
(17年10月3日撮影)

(『小名木川…3』につづく)

【追記】4段目、『他の閘門(と言っても、2つしかありませんが)』と書きましたが、これはもちろん、わが国の閘門が、扇橋閘門と合わせて合計3つしかない、と言う意味ではなく、私が利用したことのある閘門が、他に2つしかない、という意味です。
廃止されたものも多いですが、全国各地には、稼動中の閘門がたくさんあります。リンクさせていただいている、「河川ネット」や「尼崎閘門」をぜひご覧下さい。
【さらに追記】2段の6行目、「大横川」と書くべきところを「竪川」と誤記していました。お詫びして訂正します。
2005/10/12のBlog
[ 20:28 ] [ 航行河川・運河 ]
(『小名木川…1』のつづき)

貨物船のトラスをくぐると、珍しい十字型の橋である、クローバー橋が見えてきました。小名木川と横十間川の交差点に架けられた人道橋です。
橋の周囲は、親水歩道も整備されつつあるようです。

撮影地点のYahoo地図
横十間川の、小名木川を境にして南側は、親水公園化されていて、船舶が入ることはできません。

三連のアーチ橋は、水門橋です。ゴボゴボと出て来る排水は、泡が立って、残念ながらあまり水質はよくないようですね…。
北側の横十間川は、ご覧のように、大島橋近くまで親水歩道があり、通航が可能です。

ただ、荒川閘門の完成記念イベントで、都建設局の方に伺ったところでは、最近底質より、基準値を上回るダイオキシンが検出され、底質の拡散を防ぐ、「原位置固化処理工事」は施したものの、船舶の通航により撹拌・流出する恐れもあるので、なるべくなら通航しないでほしい、とのことでした。
(都建設局『横十間川の底質のダイオキシン類対策について』)
クローバー橋を過ぎると、扇橋閘門の待機所も兼ねているのでしょう、水路の幅はぐっと広くなり、高層マンションの谷間とはいえ、清々しい雰囲気です。

遠方には小名木川橋が見えてきました。
小名木川橋の下より撮影したものです。

ここ、扇橋閘門に隣接した水域は、桟橋や杭など繋留設備が並び、写真のように数隻のダルマ舟(無動力の被曳船)がもやっています。
このような「仕事をするフネ」を目にすると、「ああ、この水路は、まだ必要とされているんだなあ…」と、妙な安心の仕方をしてしまうのです。

撮影地点のYahoo地図
(17年10月3日撮影)

【追記】本文若干修正しました。

(『扇橋閘門』につづく)
2005/10/10のBlog
[ 15:46 ] [ 航行河川・運河 ]
帰路は、小名木川を利用して、楽しみながら戻ることにしました。
写真は、旧中川より、小名木川を隅田川方に向かって望んだところです。

ご存知の通り、小名木川は江戸の初めに、隅田川と旧江戸川を結ぶかたちで開削された水路です。
その初期には、行徳産の塩を、江戸まで安全に輸送するために、作られたと言われていますが、後に、銚子~江戸間を中心とした、大水運網が確立すると、関東物流のメインラインの一つとして、機能するようになりました。

撮影地点のYahoo地図
江戸初期の海岸線の少し内側を、舟運に便利なように作られた小名木川は、見事なまでに一直線、実に見通しがよく、走りやすい水路です。
見通しがよいのは、旧中川近くの番所橋から、左の写真に見える丸八橋(丸八通り)まで、およそ1km近く、橋が架かっていないこともあるでしょう。

なぜか、小名木川東半部は橋に乏しいのです。水運全盛時には、帆柱をたたまなければいけなくなるからと、橋を架けさせなかったといいますが、まさか現在まで、そのお達しが残っているとは、考えにくいのですが…。
途中で、泡をたてながら、勢いよく排水している水門を見つけました。どうやら、親水公園化した、仙台堀川からの排水のようです。

撮影地点のYahoo地図
人道橋である、砂島橋に来ました。この付近の向かって左岸には、警戒塗装をした、円柱の繋留設備が立ち並んでいます。

この円柱、「待避所」と書かれているのですが、岸近くには瓦礫が堆積して、とても円柱の間に、水深が確保された空間があるとは思えません。

撮影地点のYahoo地図
青いガーダーの進開橋(明治通り)が見えてきました。
同乗のBさんは、「進開橋」の語感から、「この橋、勝鬨橋みたいに開くのかね?」と言いましたが、もちろん違います(笑)。
クルマでこの橋の上を通過すると、橋の前後は非常に急な坂になっていて、江東地区がいかに土地が低いか、よくわかります。

撮影地点のYahoo地図
総武線の亀戸から分岐した、貨物線のトラス橋です。
写真左岸に広がる小名木川貨物駅や、汐見運河畔の越中島貨物駅に至る、貨物専用線を通しています。かつてはその末端は、石川島や晴海まで伸びて、水運と陸運の結節を担っていました。

広大な敷地が、びっしりと線路で埋められていた小名木川駅も、最近、本線一本を残して、すべての線路や設備が取り外され、越中島も、貨物駅としての機能は失われ、レールと整備用車輌の保管センターとなったとのことです。
(17年10月3日撮影)

(『小名木川…2』につづく)
2005/10/09のBlog
[ 17:50 ] [ 航行河川・運河 ]
荒川閘門を出たあとは、旧中川をちょっと散策してみようと思いました。
ちょっと、というのは、この日(10月3日)は、閘門通り初めのため、休みを取ったものの、全休を取れたわけではなく、昼ごろまでには、マリーナに帰港しなければならないからです。

閘門を後にしつつ、振り返ると、隣の小名木川排水機場が目に入りました。
いままで、新しくできた閘門や、その周囲だけに目が行って、あまり意識しませんでしたが、こうして水面から見上げると、白い建屋は結構大きく、閘門に負けないくらい堂々としています。上流末端部の、木下川排水機場と並んで、旧中川を洪水から守る、重要な施設であります。
鏡のようにさざ波一つない水面を、最微速で押し分けて、上流側へと進みます。この日は、ごらんの通り、あいにくの曇り空でしたが、雲のおかげで風はなく、時間が経つと、時おり薄日が差し始め、無風のせいで暑いくらいになってきました。

ウェーキで刺激されるのか、大きな魚が、次々と水面から跳ね、Bさんが「おっ、今のはデカいなあ」などと驚いています。
それにしても…。
…月曜の朝なのに、なんで、岸辺に釣り人がこんなにいるのでしょうか。
旧中川では、釣りが盛んなのは、何度か訪れて知っていましたが…子供の姿もちらほら見えます。皆さん、お仕事は、学校は? まさか、全員私と一緒で、道楽のために月曜から休みを取ったとも思えません。

防災岸壁のある、写真のもみじ大橋付近は、特に釣り人が多く、責めるような視線がイタイ…。釣り人とのトラブルは、江戸川遡行などで何度も経験があるため、気を遣います。
ここまで来ると、水もちょっと、メタン臭がしてきました。流れがないため、不純物が沈殿して澄んではいますが、やはり新陳代謝の少ない、「細長い池」である旧中川は、ちょっとしたことで汚れてしまうのでしょう。

釣り人の視線と、あまりに静かな水面に、少々いたたまれなさを感じつつ、600回転というデッドスローでの、旧中川散策をここで切り上げ、小名木川に向かうことにしました。

(17年10月3日撮影)

【追記】私は単に、自分の好みから、狭水路ではデッドスローでの航行をむねとしていますが、旧中川は、10月1日より施行された条例「江東内部河川における船舶の通航方法」によると、全水域が減速区域、江東新橋から平井橋に至る両岸、距岸5メートル以内は自然保全区域につき進入禁止(つまり、川の中央は航行してよい)です。
私と同級の艇でしたら、多くとも1000回転程度での航行が、求められると思います。
今回のように、釣りをする方はもとより、水遊びの子供たちや、家族連れも多い水域です。減速しない艇がいたせいで、後から来た艇が、岸辺にいる方々と口論になる、などといったことがないようにしたいものです。
施行水域や、航行方法などの詳細は、東京都建設局HP・「江東内部河川における船舶の通航方法」に詳しく掲載されています。
上記のサイトと同様の内容を、冊子にまとめた「江東内部河川通航ガイド」も、東京都建設局河川部で配布しています。私は、荒川閘門完成のイベント会場でいただきました。
2005/10/08のBlog
[ 14:30 ] [ 水門・閘門 ]
(『通り初め…1』のつづき)

水流が次第に弱まると、電光掲示板の表示が「水位調整完了」に変わり、さらに「ゲート稼動中」になると、ワイヤーを緊張させて、最初はゆっくり、次第に速度を増して門扉が上がり始めました。

このあたりのディテールは、すでに画像を掲載済みですので省略し、電光掲示や指示を中心にご紹介させていただきます。
門扉が水面を離れる瞬間、ガボッ、ズオーと水を切る音がし、ザーザーと滝を作りながら、さらに上昇してゆきます。

いままで、何度も目にしたシーンですが、これから閘門を通過する、艇の上から見ていることを思うと、感激もひとしおです。
門扉がすっかり上がったところで、信号は青に変わり、電光掲示板も「通航可」を示しました。さて、もやいを解いて、閘室に入るとしましょう。オープントップですので、門扉から落ちてくるしずくが、少々気なりますが…。
閘室内に入ると、スピーカーから「チェーンに繋留を完了したら、手を上げて知らせてください。現在、荒川と旧中川の水位差は、約1.5メーターです。」との指示がありました。

側壁からU字型に垂れ下がった、チェーンに繋留する場面は何度も見たので、水位が下がっても引っかからないように、もやい結びで輪を作って、繋留すればいいだろうと思い、Bさんとゴソゴソやっていたら、再び放送。
「あ、あの…結ばないほうがいいと思いますよ…水位差で取れなくなりますから、ロープは引っ掛けるようにして、一方の端を手で持っていてください。」
なるほど、結んでしまったら、頭の高さになった結び目が、ほどけなくなりますものね。何度も見学していて、肝心なことを見ていなかったなと、ちょっと反省。親切なご指示、ありがとうございます。
「しかし、衆目の中、スピーカーで『あ、あの…』は良かったね!」と、Bさんとまたも大笑い。
管理棟に手を振って「繋留完了」を知らせると、再びバイパス管から水の抜ける音がして、水位がみるみる下がってゆきます。ちょうど水位尺の真横にもやったので、水面の下がるようすが、よく解りました。

閘室の中で、実際を体験してみると、外から見るほど、水流がひどいようには感じられませんでした。
他の艇がいなくて、注排水する側のバイパス管から離れていれば、他の閘門通過時同様、繋留しなくとも操艇だけで、十分安全な船位を保てるだろう、と思いました。もちろん、指示には従うつもりですが…。

今まで通過したことのある、江戸川閘門ではそもそもチェーンの繋留設備がなく(側壁上には係船柱があったかな?)、扇橋閘門では、あんまりチェーンに触りたくない(笑)状態で、閘室内では繋留をしたことがなかったため、正直今回は、ちょっと戸惑ってしまいましたね。
しかし、ロープの端を手で持っているというのは、今回のように同乗者がいればいいのですが、一人で来た時はちょっと難儀しそう…。
中川側門扉がすっかり開き、もやいを解いて微速前進。管理棟に向かって「お世話になりました!」と叫びながら、二人で大きく手を振り、水が抜けて峡谷のようになった閘室を後にします。
閘門管理の皆さん、朝早くから、こんな変わり者のためにアドバイスまでしてくださり、本当にありがとうございました。

閘門通過も初体験のBさん、「イヤ、ほんとにいいね!」を連発して感激の面持ちです。私も全く同感ですよ。なんべん体験しても、閘門通過には感動がありますね。

水面には、陸上交通のような坂道を作ることができません。水位差のある二つの水面にフネを通すにはと、昔の人が知恵を絞った結果が閘門ですが、これを最初に思いついた人は、大した頭脳の持ち主だったのだろうと、よく想像します。
わが国にも、見沼通船堀があるように、それぞれの国で、似たようなモノが独自に着想された形跡があるので、「誰が発明して、それが全世界に広まった」というたぐいのものではないのかもしれませんが、私はなぜか、電車やクルマに乗ったときでなく、閘門を通った時に限って「人間の知恵というのは、大したものだなあ」と、感心してしまうのです。

建設時から繰り返し掲載したので、だいぶ辟易された方もおられるかも知れませんが、私の荒川閘門についてのご報告は、これでひとまずお仕舞いです。
読んでくださった皆さん、ありがとうございました。


さて、閘門の向こうは、江戸以来の伝統ある、江東運河地帯です。荒川閘門の完成と同時に、こちらにも荒川同様の通航規則が定められ、標識が設置されるようになりました。
久方ぶりに小名木川を通って、高瀬舟や五大力舟の気分を味わうとしましょうか…。
2005/10/04のBlog
[ 20:34 ] [ 水門・閘門 ]
かねてより、さんざん騒いで(笑)おりましたので、すでにご承知とは思いますが、10月3日の荒川閘門(荒川ロックゲート)一般供用開始日は、めでたく休暇を(全休ではありませんが)取ることができ、前日2日には、整備中の愛艇も無事出渠?できましたので、勇躍閘門へと向かいました。

今回は、私のPCの師匠でもある、友人のBさんに同乗してもらいました。Bさんはボートは初めてですが、ボーイスカウトを経験しているだけあって、ロープワークなども心得たもの。頼もしい同乗者です。
曇り空ですが、風もなく穏やかな荒川を走って、8時10分に閘門前に到着。期待した「お仲間」の船影は見えませんでした。
…そりゃあ月初の月曜の、しかも朝から、こんな酔狂なマネをする人はまずいないよナ! と二人で大笑い。おりしも、土手の上にはたくさんの自転車が走り、いつもと変わらぬ、忙しい一日が始まろうとしているのです。

管理棟には灯りがつき、人影が見えます。しばらくすると、作業着姿の職員の方が、閘門の周囲を点検して回るのが目に入りました。艇を近づけて、「入り口にもやってもいいですか?」と声をかけると、「どうぞ」との答え。中川側からの行き合い船は、いないのでしょうか?
接岸して、手すりにもやってから、近づいてきて色々と説明をしてくださる職員の方に、「中川のほうから出てくるフネは…」と訊くと、「出てくるフネはないよ」…どうやら一番乗りのようです!

数年前から、楽しみにしていた荒川閘門通過を、前夜から並んだわけでもないのに、一番乗りで体験できるなんて、幸せなことです。
職員の方々も、こんな変わり者は初めて見るのでしょう、可笑しそうに笑っています。

しかし、建設時から幾度となく、目前を通過したり訪れたりし、もはや馴染みの風景といってもいい、この閘門を自艇で通過するのは、これが初めてだなんて、なんだかとても不思議な気がしました。
職員の方が引っ込むと、電光掲示板に電源が入り、「一時待機」の文字が現れました。同時にスピーカーからも、注水が完了して扉が開き、信号が青になるまで繋留して待つように、との放送が。
突然のアナウンスに、土手上を行く人が何人か足を止め、何事かと我々を見つめています。木っ端ブネ一艘のために、巨大な施設が動こうとしているのですから当然ですが…これで無料とは、いつもながら閘門通過は、何か申し訳ないような気がしてしまいます。

やがて、電光掲示板の表示が「水位調整中」に変わりました。
いよいよ注水が始まったのです。
Bさんが「オイッ、あれ、あれ!」と、興奮しながら指さす方を見ると、バイパス管の注水口である格子に向かって、水がかなりの勢いで吸いこまれていくのが解りました。艇の周囲の水もさざ波を立てて、みるみる流れの速度を増してゆきます。

艇をもやうロープが、ギリギリと音を立ててきしみ、水流の力を実感させます。今まで、江戸川や扇橋の閘門通過ですと、待機は、門扉から離れた場所でしていたので、操船で修正できる程度の水流しか、感じたことはありませんでした。

これは私にとっても初めての経験で、ボート初体験のBさんと一緒になって「こりゃ凄いね!」としきりに興奮したのでした。
(『通り初め…2』につづく)