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水路をゆく
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2006/05/31のBlog
[ 21:54 ] [ 水郷で遊ぶ ]
去る5月4日、クルマで水郷を訪ねました。

江戸時代以来の、あまりにも有名な景勝地ですから、皆さんご存知とは思いますが、ここで言う「水郷」とは、普通名詞ではなく、千葉・茨城両県の県境一帯、利根川中下流域に広がる、河川や湖沼に囲まれた地域のことです。

広い意味での水郷は、潮来や佐原といった、古来からの河港街も含みますが、やはり水郷の中心は、利根川本流、横利根川、常陸利根川に囲まれた十六島、通称「シマ」でありましょう。

かつての水郷は、一面の水田の間を、エンマと呼ばれる水路が網の目のように走り、モノや人の動きすべてが、農舟「サッパ」によって為される、まさに水運が欠かせない日々の営みであった、全国でも珍しい穀倉地帯です。
昭和39年から始まった、土地改良によって乾田化され、無数のエンマは姿を消しましたが、今なお、いくつかの魅力的な水路が息づいています。

無数の川や、水路は言うに及ばず、霞ヶ浦や北浦など、広大かつ多彩な内水面を有するこの地域は、「水郷の原風景」ほかの本で読んで、以前から一種憧れの場所であり、自艇で走れないにせよ、一度この目で見てみてみたいものだと、思い続けていました。(もっと以前は、無謀にも、関宿を越えて、自艇でこのあたりに来ようとしていたのですから…。)

まえぶれが長くなってしまいましたが、上の写真は、東関道・利根川橋より、利根川本流と水郷十六島をのぞんだところです。水また水の素晴らしい眺望に、思わず声を上げてしまいました。
撮影地点のMapion地図
高速を潮来インターで降り、潮来の町の歓迎ゲートを抜け、水郷の中心たる十六島、中洲を目指します。第一の目的は、千葉県立中央博物館・大利根分館(もと大利根博物館)を見学することです。
水郷十六島のほぼ中央、与田浦の西端にある、水生植物園前の駐車場に到着しました。

水生植物園の前庭に、「水郷の美は天下に冠たり」と刻まれた、大きな石碑があるのが目に入り、思わず駆け寄りました。何度も本で見ていたので、初めて見る気がしません。
この石碑は、徳富蘇峰の筆によるもので、昭和12年、旧水郷大橋の橋詰近く、現在もある横利根閘門の付近に建立されました。現水郷大橋完成時に、こちらに移設されたのだそうです。
昔から景勝地として、多くの人々に愛されていたことが、実感できます。

右写真の案内板でおわかりのように、植物園や博物館のある中州は、与田浦の西端、水郷のヘソのようなところにあります。
撮影地点のMapion地図
千葉県立中央博物館・大利根分館に着きました。水生植物園に隣接していて、歩いても数分の距離です。最初から、こちらの駐車場に入れればよかったかな? でも、一面の水田を眺めながら、のんびり歩くのも、うららかな好天に恵まれていることもあり、実にいいものです。

入口にある、「大利根博物館」の銘が入った石は、訂正されていませんでした。今の名前は、ちょっと長すぎますからね…。

敷地内に入ると、前庭に展示された、かつての大倉渡船が出迎えてくれました。
説明板によると、昭和42年から62年まで、佐原市(現香取市)大倉新田と、対岸大倉の間で、使用されたものとのこと。ミヨシ上のステップや、船室前の引き戸に、学童渡船らしさが出ています。
館内は撮影禁止ですので、主な展示物は同館HPでご覧ください。
博物館の展示は、高瀬舟の、巨大な舵の実物に圧倒されるなど、楽しめたのですが、未整理の部分もいくつかあるなど、守備範囲の近い関宿城博物館と比べて、展示や応対の点で、少々残念なところがあるのは、否めませんでした。

屋外の展示物を、2つご覧に入れましょう。
上の写真は、角落としをそのままつないだような、素朴な木製スライドゲートの扉体です。昭和54年3月まで、佐原市・利根本流で使用されたとのこと。
下の写真は、昭和17年から63年まで、与田浦東端の、附洲で使用された排水機。現在の揚排水機場が整備されるまで、十六島を水害から守りました。
博物館見学のあとは、例によって本をオトナ買い(笑)し、すぐ前にあった食堂で、ご当地のウナギをいただき、食後、ゆっくり歩いて与田浦畔へ。

水生植物園の横には、写真の船着場があって、水郷十二橋めぐりの看板を掲げていました。ははあ、これがご当地名物、おんな船頭さんのサッパ舟による水郷めぐりかと、ピンときました。
クルマでこちらに来る途中にも、このような看板を掲げた船着場が、そこここに店を広げており、おんな船頭さんが、盛んにお客を呼んでいるのを見てきました。

実を言いますと、当初の予定では、サッパ舟を借りての遊覧は、まったく考えていなかったのです。要所をクルマで巡って、閘門や水路を撮り、水郷情緒の一端でも味わえれば御の字と、欲のないことを考えていました。やはり心のどこかに、「自分のフネで、思うさま走り回れない水面なんて…」という思いがあったのでしょう。

あとになって思い知ったのですが、それはとんでもない間違いでした。さらに、この場所から乗ったことが、幸運だったことも…。

私は、明らかに、水郷をナメていたのです。

(18年5月4日撮影)

(『魅惑の水郷…2』につづく)
2006/05/27のBlog
[ 23:51 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『汐見運河』のつづき)

帰港して、艇の清掃を終えると、もう夕方になりましたが、幸いまだ日が高いので、寄り道をしてから帰ることにしました(こちらは艇でなく、クルマで…)。江東区にいくつか見られるような、小さなトラス橋を、間近で眺めたり、触れたりしてみたくなったのです。

木場公園にほど近い、内部河川ファンにはおなじみの大横川沿いを散策。まずは福寿橋を訪ねました。
水面から仰ぐ橋もいいものですが、自分の足や手で、感触を確かめつつ橋を渡るのも、また楽しいものです。親柱のデザインや、橋詰広場の様子は、実際こうして渡ってみないと、解らないものです。
福寿橋の上から眺めた、大横川の様子です。
もちろん、もう葉桜ですが、びっしりと並んだ桜並木の新緑が見事で、夕暮れ時にもかかわらず、葉の色の鮮やかさが、目に沁みるようでした。

来年こそ、愛艇に、桜を拝ませてやりたいものです…。
福寿橋の橋詰広場には、江東区の形が刻まれた、小さな日時計が設けられていました。

何かの記念碑的なものだろう、と、まわりを見回したり、日時計の台座をあらためてみたりしましたが、曰く因縁を書いた説明が見当たらず、由来は分からずじまい。
でも、主要な水路が、ちゃんと刻まれているところをみると、運河や水運を意識して作られたことは間違いなさそうで、好感を持ちました。
木場公園を少し散歩したあと、大横川と仙台堀川の交差点近くにある、やはりトラス橋の崎川橋を撮影。
水面が近いって、いいものですね。

日中は真夏の暑さだったこの日も、夕凪とともにふと涼しさが戻り、静かな水面が、暮れなずむ空と一緒に橋を映して、夕涼みにはもってこいの情景でした。

大好きな川景色を、のんびり眺めながら、夕暮れ時を過ごすなんて、本当に久しぶりで、遅い本年初出航の日を締めくくるには、素敵過ぎるくらいだと、思えたものです。

(18年5月1日撮影)

(この項おわり)

【追記】これら2つの橋の詳細については、江東区HP・施設案内「福寿橋」「崎川橋」の項をご覧下さい。リンク先に地図もあります。
[ 23:50 ] [ 航行河川・運河 ]
(『河口点描』のつづき)

帰りにちょっと寄り道して、まだご紹介していない、汐見運河に入ってみることにしました。
汐見運河は、豊洲運河・朝凪橋の西から始まり、まもなく平久川と交差して、越中島貨物駅(現レールセンター)の南側を直進、曙北運河との丁字路で終わる、全長2km強の運河です。

写真は、豊洲運河から入ってまもなく、蛤橋を見たところ。「蛤橋」という名前が、かつての干潟が多く、豊かな漁場だった時代を思い起こさせます。
撮影地点のMapion地図
汐見運河に入って早速、河川用の小型タンカーに出会いました。おそらく水船(本船に真水を供給する船)と思います。舷側が水面すれすれの、川っプネならではのスタイル、いいですねえ。

下は、平久川との交差点にある、燃料スタンド。
日曜は営業していないようです。一回お世話になってみたいんですが、今だ果たせず…。
撮影地点のMapion地図
平久川との十字路を過ぎると、水路はやや右に折れ、ほぼ真東に向かいます。
白い鋼桁橋、鴎橋をくぐると、親水護岸とマンションに挟まれた、江東の水路おなじみの風景が広がりました。

日中のマンション街は静かなので、艇の水きり音も、ビルの壁に反響して聞こえてくるほど…苦情が来ないかしらと心配になり、ただでさえ低い速度を、ますます落としてしまいます。
下写真、遠くに見える、青い桁橋は汐枝橋、上を通る高速道路は、首都高9号深川線です。
かわいらしい斜張橋、しおかぜ橋が見えてきました。

人道橋ですが、ちょっと不思議な橋でもあり、江東区HPの施設案内・区道橋一覧を見ると、「しおかぜⅡ」から「しおかぜⅦ」までが記載されていました。
これはどういうことかと思っていたら、同サイト「しおかぜ橋」のデータに、「1径間鋼製斜張橋、1径間鋼製アーチ橋他多彩 」とあり、どうやら1本の橋でありながら、複数の異なる種類の橋で、構成されているようだということが解りました。おそらく、陸上にある立体交差部も、橋としての勘定に入れられているのでしょう。
しおかぜ橋を過ぎたあたり、いかにも通船、といった感じの、魅力的なフネが…。残念ながら、シートをかぶっていましたが。

遠方に見えるのは、京葉線の地下から上がってくる高架で、越中島貨物駅の近くです。右から斜めにつながる、東雲北運河と合流すると、曙北運河との丁字路はまもなくです。

(18年5月1日撮影)

(『寄り道』につづく)
2006/05/25のBlog
[ 21:52 ] [ 航行河川・運河 ]
(『京浜運河を散策する…6』のつづき)

なにしろ、恥ずかしながら本年初出航です。久々に艇上から見る、水路や港湾の景色はまた格別…。
せっかくですから、京浜運河を出たあたり、隅田川河口付近の東京港で見られる、ちょっと気になった風景を、いくつか拾ってみました。

水上警察署のはす向かい、レインボーブリッジのたもとにある、高浜水門。
かわいらしい絵が描かれていますが、淡い色使いなので、霧の時などに閉まっていたら、見えづらいかもしれませんね。この水門から、「芝浦・新芝運河」でも紹介した、芝浦運河ほかの水路に入ることができます。
レインボーブリッジ橋詰の、ループ道路の下には、さまざまな船がもやっていますが、その中でも、鮮やかな塗色でひときわ目を引くのが、上写真の2隻でしょう。
リンクさせていただいている、「コチャックの操舵室」のコチャック船長でおなじみ、東海汽船の水中翼船、ジェットフォイル船隊です。
左が「セブンアイランド虹」、右が「セブンアイランド愛」。前後に引き上げた水中翼が、刃物のような鋭い輝きを見せていて、軽快な高速航行時とはまた違った、勇ましい感じがします。

下は、ジェットフォイルのすぐ左にもやう、伊豆諸島開発の黒潮丸です。こじんまりしたスタイルですが、これでも立派な貨客船で、ふだんは、八丈島の底土港と、青ヶ島の三宝港とを結ぶ仕事をしているそうです。
こんな渋いフネで、離島航路を旅するのも、楽しいでしょうね。
ご参考までに、伊豆諸島開発㈱の運行時刻表です。
撮影地点のMapion地図
強風ながらせっかくの上天気、たまには、デスクトップの壁紙か、観光ポスターになるような、おなじみの風景を撮ってみたくなりまして…。
イヤ、写真の腕はよくないので、壁紙やポスターには、とても使えませんが…。

というわけで、まずはレインボーブリッジを。
お尻で舵を押さえながら、カメラを構えるという、不精なことをしてみました。
こちらもおなじみ、勝鬨橋。

薄霞のかかる空を圧して、林立するビルを眺めていると、子供のころ本で見た、未来都市の想像図を思い出しました。この10年で、本当にたくさんのビルが建ったのですね…。
以前「新月島川」でも紹介した、臨港消防署に、鯉幟が泳いでいるのを発見。消防署の皆さん、粋な計らいをしてくれるじゃないですか。

そういえば、最近は鯉幟を目にすることも、少なくなりました。

撮影地点のMapion地図

(18年5月1日撮影)

(『汐見運河』につづく)
2006/05/23のBlog
[ 20:38 ] [ 航行河川・運河 ]
(『京浜運河を散策する…5』のつづき)
モノレールの線路をくぐり、勝島南運河に入ってみました。
このあたりの水路もご多分に漏れず、埋め立てが進行してしまって、盲腸のような行き止まりの水路が、2本だけ残されているような状態です。
しかし、ちょっと一休みするにはいい雰囲気の、静かな水面として見ると、また違った味わいがあるようですね。
撮影地点のMapion地図

写真下、入って右側には、立派な浮き桟橋が…しながわ水族館の桟橋だそうです。
勝平橋の下から、左に鍵の手になった水面を眺めたところです。
ご存知のとおり、左手は平和島競艇場で、水面はブイで閉鎖されており、入ることはできません。

入り口付近まで戻ると、ちょうど下りのモノレールがやってきたので、一枚撮ってみました。
運河上で10数分休憩したのですが、その間にも、モノレールはひっきりなしに通過します。私が子供のころに比べて、随分本数が増えたように思うのですが、気のせいでしょうか?
京浜運河に戻り、さらに北上。モノレール・大井競馬場前駅が左にある、勝島橋をくぐります。
写真左に小さく写っていますが、ここにも水上バス桟橋がありますね。

下写真は、国道357号線の八潮橋と、首都高羽田線・湾岸線大井ジャンクションを結ぶ連絡橋です。桁橋が交錯する風景は、広い水面の上で、いいアクセントになっているようです。
目黒川河口と対面する位置にある、若潮橋です。背後には、新幹線のトラス橋も見えます。
ここは、写真左手に、東京電力の品川火力発電所、右手に大井発電所と、水路の両脇を、まるで阿吽像のように(笑)発電所で固められた、考えようによっては実に珍しい場所です。発電所が2つ並んでいるのを見ると、なんだかパワフルな、力がわいてくるような感じがするのは、私だけでしょうか?

写真下は品川埠頭橋です。以前もご紹介しましたが、前よりはうまく撮れたようなので、改めて掲載します。
撮影地点のMapion地図
品川埠頭橋近くにある、クリスタル・ヨットクラブの前に、レストラン・クルーズ船、レディ・クリスタルがもやっていました。東京港近辺では、スマートな船影をよく見かけるので、ご存知の方も多いでしょう。
ヨットクラブというと、マリーナのたぐいかと思いがちですが、こちらはレストランと、クルーズ船を営業する会社(郵船の子会社だそうです)で、ヨットやモーターボートを、保管する施設とは違います。
まあ、広義のヨットとは、遊びブネ全般のことですので、間違いではありますまい。

下は京浜運河の終端部、港南大橋の手前を、覆いかぶさるように、新幹線の上路式トラスが横切っています。水上警察署や、浚渫船「雲取」のいる、レインボーブリッジ西詰もまもなくです。

(18年5月1日撮影)

(『河口点描』につづく)
2006/05/20のBlog
[ 23:25 ] [ 航行河川・運河 ]
(『京浜運河を散策する…4』のつづき)

記事のタイトルを変えようかな、と思ったのですが、東京側も同じ京浜運河ということで、このまま行かせていただきます。(不精者ですね…)

お次は池上運河へ、と思ったのですが、風も弱まらないし、早めに帰港した方が良さそうかな…と、次の機会にとっておくことにして、舵を大師運河へ。
強烈な追い風でスターンが振られる上、同航する本船や曳船もあり、ウェーキにも悩まされて、頻繁に当て舵をとりつつ進みます。
撮影地点のMapion地図

下の写真は、往路にも通った多摩運河から、多摩川を下るタンカーを撮ったものです。
潮干狩りでしょうか、干潟に立つ人々のバックを、タンカーとモノレールが過ぎ行く、絵画的な風景に撮れましたが、ここをフネで通る身としては、川の中央まで広がる干潟(往路より潮が引いたので、干潟が大きくなっています)が恐ろしく、タンカー乗員の緊張もいかばかりかと思うと、とても笑っては見られない一枚です…。
海老取川を抜け、羽田の干潟水路に戻ってきました。こちらの干潟も、砂地をくろぐろと露出して、すっかり一人前の陸地みたいな顔をしています。
今度時間があったら、ビーチング(船首を浜にのし上げること)してみようかな…。昔、相模湾にいたころはよく、砂浜にビーチングをして、海水浴をしたものでした。

下写真は、橋名の板が落ちて「□和橋」になってしまっていますが、京和橋です。昭和島と京浜島を結ぶ、東京側の京浜運河の第一橋です。
ここまで来ると、風もさえぎられたのか、だいぶ操船が楽になりました。
撮影地点のMapion地図
大井埠頭と、平和島の間に入りました。

風もほどよくさえぎられ、行き会い船の姿もなく、口笛でも吹こうかというくらいの気楽さで、京浜運河をノンビリ進みます。
遠方に見える橋は、環七通りの大和大橋。まもなく右手に、中央海浜公園が見えてきます。
大井競馬場の近くまで来ると、先ほどもお話ししたプッシャーバージに行き合いました。

東京都のマークのついた、コンテナが満載されたバージを、背の高いキャブを持つ曳船が、後ろの凹部にはまるようにして、押しているのが見えるでしょう。
この曳船も、先ほどのノッポさんと同様、キャブが高くしてあって、バージを押していても、前方が見通せるようになっています。
こちらはキャブの取りつけ方が、まるでアゴを出しているようにも見え、いかにも力みかえって、ウンウン言って押しているようで、おかしくなりました。

(18年5月1日撮影)

【20年1月14日追記】「羽田の干潟水路」の西半分は、平和島運河の一部だそうです。

(『京浜運河を散策する…6』につづく)
2006/05/19のBlog
[ 22:57 ] [ 水運趣味の本など ]
京浜運河のお話の途中ですが、久しぶりに本の紹介を、させていただきます。

ヨット・ボートの雑誌については、興味のある記事が載っていたら買う程度で、あまり熱心な読者でないのですが…先日、月刊「オーシャンライフ」誌を、本屋さんの店頭で、久しぶりにめくってみたら、まあビックリ。
川走り好きにピッタリの記事が、掲載されているじゃありませんか!
その記事とは、オーシャンライフ6月号(423号)の134ページから始まる、「リバークルージングシナリオ」と銘打った、扉とルートマップを含めると、8ページの記事です。

隅田川の中流から上流、桜橋から岩淵水門に至るまでの、A.P.水深と河底地形を示した断面図に、平面図には浅瀬の位置も図示されており、その上、主な橋梁の構造や、来歴の解説まで、各橋梁の写真と、A.P.桁下高とともに添付されていました。

流路の形状、目標として役立つ橋の写真、橋の桁下高、水深…。必要な情報は全て盛り込まれており、まさに簡にして要を得た構成で、私が以前妄想していた「理想の河川航行参考図」が、ほとんどそのまま具現化されたようで、嬉しい限りです。
橋や水門の解説も、建築士の方が担当しておられるようで、土木専門書の記事並みに詳しく、興味のない方でも、読み物として十分楽しめます。

楽しみながら眺めていると、前回があるような書き方だったので(いきなり隅田川中流部から、始まるわけがないのですが)、連載何回目かと探してみたのですが、扉ページには「連載○回」のような表記はなく、最終ページにも、次回予告はありません。
これでは、何回続いているのか、これからも続けてくださるのかも解らず、少し不安になりましたが、よく探してみると、扉ページ対向の上ハシラに、「リバークルーズVol.3」とありました。まだ始まったばかりのようですね。バックナンバーも早速買わせていただきます。

失礼ながら、気になった点としては、A.P.水深と河底地形を示した断面図には感激したのですが、これは上流側から下流側をみた断面図なのでしょうか?下流から上流に進むかたちで描かれている、平面図(マップ)と対照すると、反転しているように見えるのですが…。何か理由があってのことか、私の間違いでしたらごめんなさい。

あと、岩淵水門の項の文末、「…ヒューマンスケールから逸脱したスケールを感じられる喜びが見る人に感動をもたらすのであろう」の一文で、自分の「質量過剰好き」を思いだし、思わず「感じることは一緒だなあ…」と、一人ニヤニヤしてしまいました。ムフ。

また、西澤信一氏の、川遊び記事の冒頭で、「このところ全国レベルで『川』や『運河』がプレジャーボートの遊び場として注目を集めているようですね」との下り、本当にそうなら、それはそれでご同慶の至りなのですが…。
疑うわけではありませんが、そのような実感の乏しい私としては、根拠となるデータが欲しいのが、正直なところです。投稿を募ったり、アンケートを取られたりしてみたら、楽しいものになるかもしれませんね。

他の記事では、「ヤンマー物語」の、特に前半6ページが、人物伝としても非常に面白かったです。実に読みでのある号でした。
[ 22:57 ] [ 航行河川・運河 ]
(『京浜運河を散策する…3』のつづき)

田辺運河に入りました。こちらは水路幅もグッと大きく、荷役設備もいくつかあって、本船の出入りが盛んな運河です。
写真上、右岸に見えるJRマーク入りの箱状のものは、JR川崎発電所の一部です。

写真下は、白石運河の東口、左にある、昭和電工の大きなプラントが、工業地帯らしいメカニカルな雰囲気を盛り上げます。
道なり?に右折すると、水路は南渡田運河と名前を変えます。

右岸には荷役中の本船が、左岸にはバージ群がズラリと、まさに港湾運河ここにあり、といった活気あふれる風景です。

撮影地点のMapion地図
ガラガラと音がしたので、見てみると、接岸していた緑色の小型タンカーが、出港作業中でした。

ガラガラという音は、キャプスタンで錨鎖を巻き上げる音で、引っ張られてピンと張った錨鎖や、錨鎖口から、泥を落とす海水が勢いよく流れ落ちるさまは、いかにも「さあ行くぞ!」と気合を入れているような、勇壮な感じがします。
地図の上だけで見ると、南渡田運河を直進すれば、池上運河に出られそうな気がしますが…写真のように、川崎駅前から伸びる新川通りと、鶴見線に阻まれて、通航はできません。
しかし…。

撮影地点のMapion地図
…こんなイイ感じの曳船に出会えました(笑)。
ラティス構造の上に、電車の運転台のようなキャブが、鳥の巣箱のようにちょこんと乗っかった、せいたかのっぽ…としか言いようのないスタイルに、目が釘付けになりました!

港湾で働く曳船のブリッジは、自分よりはるかに大きい本船を、押したり引いたりする任務上、おしなべて高く造ってありますが、大きさから見て、艀相手に違いないこのフネが、ここまで極端な構造を採ったのは、おそらくプッシャー(押し船)だからでしょう。(間違っていたら、ご指摘ください)
プッシャーとは、以前こちらでも写真をご紹介しました(帰路にも撮ったものがあるので、のちほどご覧に入れます)が、後部に凹みのあるバージにはまるようにして、押してゆくタグボートのことです。

だんびろな青い船体に、白いやぐらを掲げた塗装も魅力的で、働いているところもゼヒ見てみたい、と思いました。
でも、乗っている人は、ちょっと揺れただけでも怖いだろうなあ…。

(18年5月1日撮影)

(『京浜運河を散策する…5』につづく)