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2007/05/19のBlog
[ 17:03 ]
[ 水郷で遊ぶ ]
欄干にあやめの装飾がある、出島橋をくぐるとき、河口方へ戻ってくる、一艘のサッパと行き会いました。所詮サッパ、と油断していたら、思った以上に高速で迫ってきて、激しい引き波と、岸からの反射波で、しばらく翻弄されてしまいました。
「普通より大きな(馬力の)エンジンをつけてる人も、中にはいるからねえ…」と船頭さん。この発言におや? と思ったのですが、この疑問は、あとで解けることになりました。
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月30日撮影)
(『ふたたび水郷へ!…8』につづく)
2007/05/18のBlog
[ 22:15 ]
[ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…5』のつづき)前川水門をくぐり、前川に入りました。
みやげもの屋さんが軒を連ね、清々しい並木が葉を繁らせる前に、たくさんの観光用サッパがもやっている水辺…。観光の盛んな景勝地らしい、しかしのどかな風景です。
あっ、書き忘れましたが、前川の第一橋は、前川水門橋でした。
【撮影地点のMapion地図】
潮来のメインルートである、県道101号線を渡す、あやめ橋。東関東自動車道の終点、潮来インターを降りて、潮来市街へ向かうクルマは、必ずここを通るためでしょう、橋詰には歓迎ゲート(『魅惑の水郷…1』参照)が備えられています。
写真右に隣接している、潮来名物「あやめ園」と前川を横断する、思案橋です。あれ? 最近新しく名前をつけた、加藤洲十二橋の橋にも、「しあん橋」があったなあ…。例の草団子屋さんの近くでした。
お天気の良い休日とはいえ、言わばシーズンオフですから、二つのコースを、まとめて周ってもらうようなわがままを聞いてもらうなど、わりとのんびり楽しめますが…。船頭さんによると、あやめシーズンの6月には、「サッパが100隻出る」(!)といいますから、まさに戦場のような騒ぎでしょうね。
石造り風の橋台と、アーチ状の構造が、有名な岩国城下の錦帯橋を思わせる、水雲橋。「水郷の原風景 写真17 水門」(千葉県立中央博物館大利根分館)によると、ここに、同名の橋が初めて架けられたのは、江戸時代、安政期(西暦1854~60年)だとか。おそらく、水郷で最も由緒のある橋でしょう。
水雲橋をくぐると、昔の長屋門のような、瓦ぶきの建物があり、船外機つきのものとは違った、原型に近いサッパが何艘か、もやっているのが見えました。ここは、6月中の、あやめ祭り期間中限定で、櫓漕のサッパが出る、「櫓舟遊覧」乗り場だそうです。船頭さんの話では、建物の向こうには、「潮来笠」の歌碑と「伊太郎像」があり、センサーによって「潮来笠」の曲が演奏されるようになっているとのこと。
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月30日撮影)
(『ふたたび水郷へ!…7』につづく)
2007/05/16のBlog
[ 21:20 ]
[ 水門・閘門 ]
(『ふたたび水郷へ!…4』のつづき)大割閘門に到着しました。
ん? 左支柱に貼られた「公衆」の二文字は、一体なんでしょう? 誰でも通れる閘門、という意味かしら。それとも、左に設けられた、仮設トイレのことを指すのかな?
船頭さんいわく、「前の人が、こっちに出てきたばかりでよかったよ。向こうに出たあとだったら、また待ってなきゃいけないからねえ…」
以前、閘門待ちの間に、お客さんが歩いて帰ってしまったのが、よほどこたえているようでした。
【撮影地点のMapion地図】
注水中の閘室を撮ってみました。扉体の向こうは常陸利根川で、注水用のスライドゲートは外にあり、バイパス管を通って、水が閘室に湧き出してきます。
チャパチャパという水音と、閘室に広がる、真水のにおい…。何か心が落ち着くような、不思議な感じがして、水の動きを、じっと見入ってしまいました。
扉体の前に止まった舟から、閘室を見たところです。水門の幅は、ご覧のとおりとても狭く、ようやく一隻が通過できる幅員しかありません。
そうそう、船頭さんの話を、ひとつ書き忘れていました。
先ほど通った加藤洲閘門は、初めは(船頭さんが子供のころ、という意味でしょうか)、角落とし式の水門で、通過に一時間以上かかり、その次は一枚板の、手動スライドゲートに改良されたものの、やはり現在の数倍は、通過時間を要したとのことです。
見沼通船堀(『通船堀に寄り道…1』以下のシリーズ参照)のほかに、角落とし式水門を、ゲートとした閘門があったとは…もし本当だとしたら、驚くべき事実ですね。
前川水門に到着、ここから、前川十二橋めぐりのコースが始まります。構造の見えない、箱型のシェル式ローラーゲート、草色の塗装、左右の擁壁は同色のタイルで化粧して、観光地らしいスマートな装いの水門ですね。
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月30日撮影)
【5月17日追記】三段目、船頭さんの話にあった加藤洲閘門の、昔の写真がありました。「水郷の原風景 写真17 水門」(千葉県立中央博物館大利根分館)。これを見た限りでは、角落とし式水門なのはわかりますが、果たして閘門であるかどうかは、判断できません。
この「水郷の原風景」、以前「関宿城博物館で購入した書籍」で紹介した、同名の写真集の一部を公開したもので、十六島を中心とした水郷の、美しい昔の風景が多数掲載されています。ぜひご覧ください。
(『ふたたび水郷へ!…6』につづく)
[ 20:07 ]
[ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…3』のつづき)加藤州用排水機場です。正面に掲げられた、抜き文字の書体が独特で、ちょっと懐かしいような感じがして、昨年から気になっていました。
建物は、築40数年といったところでしょうか。その割にはさっぱりとしていて、大切に使われているさまが見て取れます。
ところで…ここでは「加藤州」と表記されていますが、地名は「加藤洲」のようですね。どちらが正しいのでしょう?
【撮影地点のMapion地図】
新左衛門川から与田浦に出て、西に進みます。途中、船頭さんが、北岸に見える青い小屋を指差して「船大工の仕事場です」と言いました。観光用サッパの製作や、修繕を担当する、小さな造船所だそうです。
サッパ専門の船大工さんも、ここと、あと一軒しかないとのこと。水郷名物の、おんな船頭さんが動かすサッパも、船頭・船大工ともに後継者が乏しいことから、やはり、さまざまな不安があるようです。
初夏の風薫る、緑と水豊かな風景を愛でつつ、常陸利根川へ。こちらの水路は、サッパだけでなく、一般のボートも通ることができるので、ご覧のようなバス釣りボートとも行き合います。
この途中、アッと驚くような発見(まあ、私にとっての、ですが)があり、サッパを降りた後、興奮して取って返すはめになりました。
その報告は、また後日に…。
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月30日撮影)
【5月17日追記】「水位調整された水郷の人為的な水空間」(前川道博HP)によると、この水路の名前は「大割水路」だそうです。
(『ふたたび水郷へ!…5』につづく)
[ 20:07 ]
[ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…2』のつづき)前回同様、十二橋の水路に入ると、サッパは船外機を止めてチルトアップし、船頭さんの竿さばきで、ゆっくりと進みます。
写真にも写っている、昔ながらの、もっとも素朴な形の橋は、「おもいで橋」と名づけられていました。これもピッタリの名前ですね。
ここは、「魅惑の水郷…4」でも紹介した、舟入というか、短い水路です。昨年私は、「もしかしたら、かつてのエンマ(水路)を埋めた、その痕跡かも知れませんね」と書いていましたが、今回、船頭さんの説明でも、「ここも昔はエンマで、ずうっと向こうまであったんだよ」とのこと。一年がかりで、答え合わせ(笑)ができました。
水路に面した玄関の石垣の角には、やはり石造りの桶のようなものが、チョコンと乗っていました。「昔は、この川の水を、煮炊きやら飲料水に使っていてね。この水桶に砂なんかを入れて、水を漉していたんだよ」と、船頭さん。
なるほど、下に水の出る穴が開いていますね。
十二橋の区間も終わりに近づき、「魅惑の水郷…3」でも紹介した、舟から買い物のできる、というだけで興奮モノ(笑)の、団子屋さんが見えてきました。今回も寄ってもらって、名物草団子を味わおうか、と待ち構えていたところ、なんと船頭さんは一言も発せず、スーッと通過してしまいました…。
店の人も、顔を出さなかったところを見ると、「与田浦から来た舟だけ応対する」といった、何か暗黙の了解があるのかもしれないな、と想像しましたが、本当のところはどうなのでしょう。
お客さんの取り合いにならないよう、工夫をしているようにも見えました。
十二橋を抜けて、風景の開けた水路に出ました。「魅惑の水郷…2」でも触れた、廃舟を利用したあやめの花壇が、水辺に並べられているところです。船首に出て立ち上がると、水をたたえた、見渡す限りの美田が広がっていました。水面と地表の近さが、こんなにもすばらしい風景を作り出す、水郷の魅力の一つが、ここにあります。
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月30日撮影)
(『ふたたび水郷へ!…4』につづく)
2007/05/13のBlog
[ 21:14 ]
[ 水門・閘門 ]
(『ふたたび水郷へ!…1』のつづき)加藤洲閘門に入りました。
船頭さんによると、あやめのシーズンには、この閘室に、7~8隻のサッパがギッシリ詰まり、また閘門の前後にも、通過を待つサッパが列を成すので、30分以上待つことも、珍しくないとのこと。
「あんまり待たせて怪しからんって、歩いて帰っちゃうお客さんもいたっけねえ。ここは仕組みがこうだから、通るのはちょっと時間かかるよって、説明してもわかってもらえなくてねえ…。」と、船頭さん。
待たされて、イラつくのはわかりますが…。閘門通過は、よそではめったに経験できない、この地ならではのイベントだと思うのですけれど、中には楽しくない方も、おられるようですね。
イヤ、こんなことで喜んでいるのは、私だけですか…(笑)。
閘室の脇に、立っていた看板を見上げると、前回は「水郷佐原」と抜き文字で書かれていた(『魅惑の水郷…4』参照)ものが、ご覧のとおり「加藤洲十二橋 香取市」と、ペンキ書きされたものに、立て替えられていました。いわゆる「平成の大合併」により、佐原市が、香取市の一部になったことからでしょう。
前方から、ウィーンというモーター音がしたのでふと見ると、排水口のスライドゲートが、ゆっくりと上がっている最中。前回は、ここまで冷静に観察する余裕がなかったため、ちょっと新鮮でした。戸当りの天地寸法からすると、まだ全開ではないようですが、水位差の少ない、小さな閘門を排水するのは、これで十分らしく、この直後に、通船用ゲートが上がり始めました。
扉体がすっかり上がり、向こうが見え出すと…おや、橋の中央に、銘板…というほどの、大げさなものではありませんが、名前を書いた板が貼られています。「よしきり橋」ですか、かわいらしい名前ですね。
これも前回はありませんでした、いつから始めたのでしょう。
こちらは「十六夜橋」、なかなか風情のあるネーミングです。船頭さんの話では、今年2月から、十二橋のすべてに名前がつけられたとのこと。
ああ、この角度から見る加藤洲閘門、やっぱり最高だわ…(笑)。
写真をよく見ると、「十六夜橋」に、補修の痕いちじるしいのが、ちょっと気になりますが。
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月30日撮影)
【5月17日追記】加藤洲閘門の、製造元のサイトがありました。「鉄構事業の実績」(株式会社 名村造船所)。用語解説も簡潔で読みやすいので、ぜひご一読ください。
(『ふたたび水郷へ!…3』につづく)
2007/05/12のBlog
[ 22:51 ]
[ 水郷で遊ぶ ]
初夏のような好天に恵まれた、黄金週間2日目は、2度目の水郷訪問を果たしてきました。4月は公私ともに多忙で、疲れているはずの身体にムチ打って、休みになったとたん、二日連続で水路漬けとは、因果というか、我ながらガツガツしています(笑)。今年1月の佐原訪問(『佐原と小野川…1』以下参照)を含めると、下利根周辺は3度目になります。まあ、自分の中では、一種理想郷のようなところでありますから、訪れるたびに新たな発見があり、楽しさもいや増すように思えるのです。
昨年は、十六島の与田浦から舟に乗りましたので(『魅惑の水郷…1』以下参照)、今回は、前川が常陸利根川に注ぐ地点にある、潮来遊覧船組合の桟橋から、出発することにしました。
河畔のホテル街にはさまれた、言わば潮来観光の中心地で、専用駐車場もすぐ近くにあり、飲食店や土産物店も多く、舟を下りてからの散策にも、便の良いところです。
【撮影地点のMapion地図】
桟橋の近くにあった、「地方港湾 潮来港」の看板。ここは全国でも数少ない、地方港湾指定を受けた、現役の河港なのです!
川船のための港が、今なおこうして存在している、というだけで、私にとっては感動もの…。
さすが水郷! さすが潮来!
今回乗ったサッパは、前回と異なり、ご覧のようなキャンバスオーニングがついた、半密閉型です。受付で申し込むと、まず常駐のカメラマン氏が、船頭さんとの記念写真を撮ってくれます。編み笠を渡されて、あやめが描かれた板の前でニッコリ(笑)。出来上がった写真は、帰港時に、きれいな台紙に入れて渡してくれました。
なんだか面映いような、観光地らしいジャブ(?)のあと、船頭さんにうながされて、常陸利根川に浮ぶサッパに乗船。
今回のコース、まだ行ったことのない、前川めぐりだけでも良かったのですが、ちょっと欲張って、昨年と逆コースの十六島一周のあと、前川を往復してもらうというコースにしました。常陸利根川を渡る途中で、同形式のサッパをよくよく見ていると、なるほどと思わせる部分がありました。
原型である農舟のサッパは、タテイタという、戸立造りの平らな船首尾を、跳ね上げたような形ですが、遊覧仕様のこれは、船外機と操船者の重量が後ろにかかるため、船尾水線付近に、箱型の船尾材を張り出して、浮力を補っているのが(まあ、ようやくですが)わかったのです。
直線的なタテイタが際立たせる、全体の流れるような輪郭…。サッパは、和船では多く見られる、ミヨシ(船首材)のない分、外観は素朴になりますが、ラインがスッキリして、むしろ好ましい感じがします。内舷の開口に取り付ける、船外機の装着方法も、妙に気に入っていることもあり、コレに自分好みのセイジ(居住設備)をつけて、利根川・江戸川をロングランしたら、さぞ面白いだろう…などと、よく妄想してしまうのです。
常陸利根川を横断し、加藤洲閘門に到着。十二橋、新左衛門川に入ります。昨年は、住宅密集地にある小型閘門という、マニアック(笑)な存在に大騒ぎした私ですが、今年は2回目なので、つとめて冷静を装うだけの余裕(?)はありました。
気持ちにゆとりがあるせいか、はたまた日ごろの行いの良さからか、水路周辺のさまざまな変化を目にし、また船頭さんからは、多くの興味深いお話を伺うことができて、前回以上に、濃厚かつ充実した船行になりました。
次回より順次、ご紹介したいと思います。
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月30日撮影)
(『ふたたび水郷へ!…2』につづく)
2007/05/11のBlog
[ 23:24 ]
[ 船 ]
(『芝浦の新しい橋』のつづき)この日は午後になると、だいぶ風が強まってきました。芝浦から東京港に出たら、木っ端ブネにとっては少々厳しい波で、向かい風を突いて港を横切ります。
ふと、隅田川の方を見ると、大小の消防艇から、消防ジェットスキー?までがぞろぞろと、こちらに向かってくるのを発見。臨港消防署の所属艇が、全艇出動したような、ただならぬ雰囲気です。
カメラを向けたものの、何しろ、波と風にあおられながらの撮影ですので、なんとか写っていたのは、この1枚のみ。よく見えませんね…(泣)。
晴海の公園前には、臨港消防署のフラッグシップたる、消防艇「みやこどり」が漂泊中でした。(『3月4日のフネブネ』参照)おりしも、天気のよい休日の午後、港内は水上バスから、レストラン・クルーズ船に、プレジャーボートも何隻かいて、その輻輳ぶりは結構なもの。
その間を縫うようにして、「みやこどり」の前や後ろを、消防艇船隊が、白波を立てて通り過ぎてゆきます。う~ん、何が行われるのでしょう?
晴海の客船埠頭前でも、やはり二隻の消防艇が漂泊していました。埠頭の側面をよく見ると、何やら目標というか、標的のようなものが、取り付けられているのも見えたことから、放水の展示訓練の練習かな、という見当はついたのですが。
帰宅してから、東京消防庁のHPを見てみて、納得しました。「平成19年水の消防ページェント」の、予行演習だったのですね。5月20日(日)に行われ、消防艇の分列行進や、一斉放水も見せてくれるとのことです。
ちなみに、この後行われた演習の模様は、がーちゃんさんのブログ「がーちゃんフォトアルバム」の「海へポタ その9 レインボーブリッジから見た船」に、写真がありますので、ぜひご覧ください。がーちゃんさんたちと、橋の上と下で、ニアミス(でもなんでもないですか?)していたようですね!
【撮影地点のMapion地図】
(19年4月29日撮影)
4月29日の項の参考文献大田区海苔物語 大田区郷土博物館
東京の橋 (伊東 孝 著) 鹿島出版会
月刊「ボート倶楽部」2007年6月号 舵社
(この項おわり)