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水路をゆく
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2007/05/19のBlog
[ 17:03 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…9』のつづき)
前川橋をくぐると、また樋門が。「天神下樋門」だそうです。

こちらも、前のふたつに負けず劣らず、豪華装備…。塗装もキレイだし、まだ完成して間もないようですね。
いったん狭まった川幅が、再び広がって、入り江のようなおもむきの水面に出ました。船頭さんがスロットルをしぼり、エンジンの音が低くなると、周りからは、ヒバリの声が聞こえてくるのみ。静かで、清々しい川面です。

「ここで折り返すからねえ」と船頭さん。なるほど、川の中央には、「ここが折り返し地点です!」と言わんばかりに、黒いブイが浮いていました。
撮影地点のMapion地図
さらにダメ押し? 「前川 折返し」の看板も(笑)。頼めばこの先も、行ってくれるのかしら。
船頭さんいわく、「昔は、このずっと向こうが、北浦につながっていたんだけどね…」。こちらもご多聞にもれず、袋小路の川になってしまったようです。

この後、「帰りは退屈だろうから、下手で申しわけないけど、私の歌でも聴きながら行きましょう」と、船頭さん自ら民謡を披露。下手なんてとんでもない、みごとな美声でした。やはり、しゃべるのが仕事のひとつですから、肺活量があり、声の良い人でないと、勤まらないのだろうなあ、と、勝手に想像…。
胴の間から、前を見たところです。オーニングは、直接骨組みにかぶせているわけでなく、板屋根の上に乗っていることがわかりますね。
ちなみに私は、写真を撮りたかったため、ほとんど、窓の外の船首に座りっぱなしでした(笑)。今考えてみると、ちょっと恥ずかしいです…。

帰りは、船頭さんに、色々な興味深いお話を伺うことができました。
名物である女性の船頭さんは、高齢化から次第に少なくなっており、最近は、男性の船頭さんも増えつつあること。会社や組合の所有とばかり思っていた、観光用サッパは、ほとんどが個人の所有であり、人によっては、30年以上も乗り続けることなど…。

「舟っていうのは、使っていると、どうしても壊れてくるんでねえ。ちょっと傷つけただけでも、借りものの舟だと、面倒なことになるから…。」とのこと。

なるほど、どの舟もさっぱりと掃除が行き届いているわけが、わかりました。自分の舟なればこそ、大切に扱って、長持ちさせたい気持ちになりますよね。もちろん、それだけではなく、お客さん第一だという、観光地ならではの心意気も、あるのでしょうけれど…。先ほど出た、エンジンの出力を、好みで選べるという話も、個人所有ならではですね。
前川河口に帰ってきました。並木と、その向こうにそびえる前川水門が、川面に影を落とし、一遍の絵のようです。

船頭さんにお礼を言って舟を降り、昼食をすませると、「ふたたび水郷へ!…4」で触れた、「発見」(と言うほどのことではないのですが…)を確かめに、大割水路へ取って返すことにしました。
さすがは水郷、そこには想像以上の、すばらしい水路風景が待っていたのです。

(19年4月30日撮影)

(『扇島閘門…1』につづく)
[ 17:03 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…8』のつづき)
川幅が次第に広くなり、南に曲がる地点にさしかかると…、あっ、小さな水門がふたつ!

大きな川に比べれば、ごくささやかなものとは言え、堤防がありますので、樋門でしょうか。
撮影地点のMapion地図
2径間の樋門は、「津知樋門」。真鍮の立派な名盤が輝いています。

この後ろには、排水機場らしき建物も見えました。
1径間のこちらも、真鍮の銘板、躯体は梨地仕上げ(?)と、小さいながら大変立派。しかも、扉体を上下するラックが、上に突き出る部分には、ケーシングがかぶせられているという豪華装備(??)です。

「将監樋門」という、重々しい名前が、真鍮の銘板にピッタリの雰囲気ですね。ちなみに将監(しょうげん)は、このあたりの地名です。
左手には、これまたイイ感じの水路が…。こういうモノを見せられると、もうなんか、ウズウズします(笑)。

お願いしたら、オプションで走ってくれないかしら…。
水郷有料道路を渡す、前川橋。広くなった川幅は、ここでいったん狭まります。

桁高が、ぐっと低くなっただけで、水郷らしさが失せて、ごくありふれた雰囲気に見えるから不思議です。
撮影地点のMapion地図



(19年4月30日撮影)

(『ふたたび水郷へ!…10』につづく)
[ 17:03 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…7』のつづき)
簡素なコンクリート橋、まこも橋。

Mapion地図では、なぜか「潮来大橋」となっていますが、これは明らかに間違いですね。それとも、以前は、そんな大層な名前だったのでしょうか。
撮影地点のMapion地図
緑の鋼桁が美しい、千石橋。

市街地を抜けて、周囲は緑が多くなってきました。橋の塗色も、周りに合わせたのでしょうか?
これは上米橋…だと思います。銘板が確認できませんでした。

岸には護岸として、木の杭をすき間なく並べてあるのですが、杭が引き波に打たれて、外れたところから、鋼矢板が見えていました。やはり水郷、水辺の景観を、大切にしていることがわかります。
撮影地点のMapion地図
先ほど、「ふたたび水郷へ!…4」で、サッパの船大工さんの話が出ましたが、こちらがその、今ひとつの造船所だそうです。

後継者不足は、いずこも同じでしょうけれど、末永く頑張ってほしいものですね。
進行方向右手に、いきなりポツンとあった、伊太郎茶屋なる小屋…。
ご当地ソングゆかりの名前をつけた、ということは、シーズンになると、本当にお茶屋さんとして営業するのかな?

しかし、改めて、水面と地面の高さが、わずかの差しかないのがわかる写真ですね。
地面が近い水路というだけで、嬉しくて動悸が高まる(笑)私としても、よそ者の悲しさ、不安にかられないと言ったら、うそになります。水門と排水機場で守られているとは言え、実際に住まわれている方の感覚は、どんなものなのでしょうね。


(19年4月30日撮影)

(『ふたたび水郷へ!…9』につづく)
[ 17:03 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…6』のつづき)
おお、軍艦色のような、渋い塗装の漁船が…。

船頭さんの話では、ここから遠く北浦・霞ヶ浦に出漁する漁師さんも、少なくないとか。
潮音橋と、JR鹿島線の高架橋が見えてきました。

写真右側のあやめ園は、潮音橋の手前まで、川に沿って広がっているようです。
撮影地点のMapion地図
鹿島線の鉄橋を過ぎたところで、4輌編成の電車が通過。

見慣れた横須賀色の電車も、だいぶ少なくなってきたようですね。
赤茶色の塗色が青空に映える、天王橋。

橋桁が、左に見える民家の二階と、ほぼ同じ高さであるのを見ると、周囲の土地の低さとともに、船の通航を優先したつくりであることが、実感できますね。
欄干にあやめの装飾がある、出島橋をくぐるとき、河口方へ戻ってくる、一艘のサッパと行き会いました。

所詮サッパ、と油断していたら、思った以上に高速で迫ってきて、激しい引き波と、岸からの反射波で、しばらく翻弄されてしまいました。
「普通より大きな(馬力の)エンジンをつけてる人も、中にはいるからねえ…」と船頭さん。この発言におや? と思ったのですが、この疑問は、あとで解けることになりました。
撮影地点のMapion地図

(19年4月30日撮影)

(『ふたたび水郷へ!…8』につづく)
2007/05/18のBlog
[ 22:15 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…5』のつづき)
前川水門をくぐり、前川に入りました。
みやげもの屋さんが軒を連ね、清々しい並木が葉を繁らせる前に、たくさんの観光用サッパがもやっている水辺…。観光の盛んな景勝地らしい、しかしのどかな風景です。

あっ、書き忘れましたが、前川の第一橋は、前川水門橋でした。
撮影地点のMapion地図
潮来のメインルートである、県道101号線を渡す、あやめ橋。

東関東自動車道の終点、潮来インターを降りて、潮来市街へ向かうクルマは、必ずここを通るためでしょう、橋詰には歓迎ゲート(『魅惑の水郷…1』参照)が備えられています。
写真右に隣接している、潮来名物「あやめ園」と前川を横断する、思案橋です。
あれ? 最近新しく名前をつけた、加藤洲十二橋の橋にも、「しあん橋」があったなあ…。例の草団子屋さんの近くでした。

お天気の良い休日とはいえ、言わばシーズンオフですから、二つのコースを、まとめて周ってもらうようなわがままを聞いてもらうなど、わりとのんびり楽しめますが…。船頭さんによると、あやめシーズンの6月には、「サッパが100隻出る」(!)といいますから、まさに戦場のような騒ぎでしょうね。
石造り風の橋台と、アーチ状の構造が、有名な岩国城下の錦帯橋を思わせる、水雲橋。

水郷の原風景 写真17 水門」(千葉県立中央博物館大利根分館)によると、ここに、同名の橋が初めて架けられたのは、江戸時代、安政期(西暦1854~60年)だとか。おそらく、水郷で最も由緒のある橋でしょう。
水雲橋をくぐると、昔の長屋門のような、瓦ぶきの建物があり、船外機つきのものとは違った、原型に近いサッパが何艘か、もやっているのが見えました。

ここは、6月中の、あやめ祭り期間中限定で、櫓漕のサッパが出る、「櫓舟遊覧」乗り場だそうです。船頭さんの話では、建物の向こうには、「潮来笠」の歌碑と「伊太郎像」があり、センサーによって「潮来笠」の曲が演奏されるようになっているとのこと。
撮影地点のMapion地図

(19年4月30日撮影)

(『ふたたび水郷へ!…7』につづく)
2007/05/16のBlog
[ 21:20 ] [ 水門・閘門 ]
(『ふたたび水郷へ!…4』のつづき)
大割閘門に到着しました。
ん? 左支柱に貼られた「公衆」の二文字は、一体なんでしょう? 誰でも通れる閘門、という意味かしら。それとも、左に設けられた、仮設トイレのことを指すのかな?

船頭さんいわく、「前の人が、こっちに出てきたばかりでよかったよ。向こうに出たあとだったら、また待ってなきゃいけないからねえ…」
以前、閘門待ちの間に、お客さんが歩いて帰ってしまったのが、よほどこたえているようでした。
撮影地点のMapion地図
注水中の閘室を撮ってみました。

扉体の向こうは常陸利根川で、注水用のスライドゲートは外にあり、バイパス管を通って、水が閘室に湧き出してきます。
チャパチャパという水音と、閘室に広がる、真水のにおい…。何か心が落ち着くような、不思議な感じがして、水の動きを、じっと見入ってしまいました。
扉体の前に止まった舟から、閘室を見たところです。
水門の幅は、ご覧のとおりとても狭く、ようやく一隻が通過できる幅員しかありません。

そうそう、船頭さんの話を、ひとつ書き忘れていました。
先ほど通った加藤洲閘門は、初めは(船頭さんが子供のころ、という意味でしょうか)、角落とし式の水門で、通過に一時間以上かかり、その次は一枚板の、手動スライドゲートに改良されたものの、やはり現在の数倍は、通過時間を要したとのことです。
見沼通船堀(『通船堀に寄り道…1』以下のシリーズ参照)のほかに、角落とし式水門を、ゲートとした閘門があったとは…もし本当だとしたら、驚くべき事実ですね。
大割閘門を出て、常陸利根川を再び横断、前川に向かいます。

やはりバス釣りでしょうか、モーターボートが二隻、閘門に向かってくるのが見えました。
前川水門に到着、ここから、前川十二橋めぐりのコースが始まります。

構造の見えない、箱型のシェル式ローラーゲート、草色の塗装、左右の擁壁は同色のタイルで化粧して、観光地らしいスマートな装いの水門ですね。
撮影地点のMapion地図





(19年4月30日撮影)

【5月17日追記】三段目、船頭さんの話にあった加藤洲閘門の、昔の写真がありました。「水郷の原風景 写真17 水門」(千葉県立中央博物館大利根分館)。これを見た限りでは、角落とし式水門なのはわかりますが、果たして閘門であるかどうかは、判断できません。
この「水郷の原風景」、以前「関宿城博物館で購入した書籍」で紹介した、同名の写真集の一部を公開したもので、十六島を中心とした水郷の、美しい昔の風景が多数掲載されています。ぜひご覧ください。

(『ふたたび水郷へ!…6』につづく)
[ 20:07 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…3』のつづき)
加藤州用排水機場です。正面に掲げられた、抜き文字の書体が独特で、ちょっと懐かしいような感じがして、昨年から気になっていました。
建物は、築40数年といったところでしょうか。その割にはさっぱりとしていて、大切に使われているさまが見て取れます。

ところで…ここでは「加藤州」と表記されていますが、地名は「加藤洲」のようですね。どちらが正しいのでしょう?
撮影地点のMapion地図
新左衛門川から与田浦に出て、西に進みます。
途中、船頭さんが、北岸に見える青い小屋を指差して「船大工の仕事場です」と言いました。観光用サッパの製作や、修繕を担当する、小さな造船所だそうです。

サッパ専門の船大工さんも、ここと、あと一軒しかないとのこと。水郷名物の、おんな船頭さんが動かすサッパも、船頭・船大工ともに後継者が乏しいことから、やはり、さまざまな不安があるようです。
昨年乗船した乗り場のある、水生植物園の近く、与田浦と大割閘門を結ぶ水路の、入り口に来ました。

ここも、新左衛門川に劣らず、いい雰囲気の水路なんですよね。
撮影地点のMapion地図
水路の入り口には、踏切のような遮断機が…。

どういった時に、通行止めになるのでしょうか。
初夏の風薫る、緑と水豊かな風景を愛でつつ、常陸利根川へ。
こちらの水路は、サッパだけでなく、一般のボートも通ることができるので、ご覧のようなバス釣りボートとも行き合います。

この途中、アッと驚くような発見(まあ、私にとっての、ですが)があり、サッパを降りた後、興奮して取って返すはめになりました。
その報告は、また後日に…。
撮影地点のMapion地図


(19年4月30日撮影)

【5月17日追記】水位調整された水郷の人為的な水空間」(前川道博HP)によると、この水路の名前は「大割水路」だそうです。

(『ふたたび水郷へ!…5』につづく)
[ 20:07 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『ふたたび水郷へ!…2』のつづき)
前回同様、十二橋の水路に入ると、サッパは船外機を止めてチルトアップし、船頭さんの竿さばきで、ゆっくりと進みます。

写真にも写っている、昔ながらの、もっとも素朴な形の橋は、「おもいで橋」と名づけられていました。これもピッタリの名前ですね。
ここは、「魅惑の水郷…4」でも紹介した、舟入というか、短い水路です。

昨年私は、「もしかしたら、かつてのエンマ(水路)を埋めた、その痕跡かも知れませんね」と書いていましたが、今回、船頭さんの説明でも、「ここも昔はエンマで、ずうっと向こうまであったんだよ」とのこと。一年がかりで、答え合わせ(笑)ができました。
水路に面した玄関の石垣の角には、やはり石造りの桶のようなものが、チョコンと乗っていました。

「昔は、この川の水を、煮炊きやら飲料水に使っていてね。この水桶に砂なんかを入れて、水を漉していたんだよ」と、船頭さん。
なるほど、下に水の出る穴が開いていますね。
十二橋の区間も終わりに近づき、「魅惑の水郷…3」でも紹介した、舟から買い物のできる、というだけで興奮モノ(笑)の、団子屋さんが見えてきました。

今回も寄ってもらって、名物草団子を味わおうか、と待ち構えていたところ、なんと船頭さんは一言も発せず、スーッと通過してしまいました…。
店の人も、顔を出さなかったところを見ると、「与田浦から来た舟だけ応対する」といった、何か暗黙の了解があるのかもしれないな、と想像しましたが、本当のところはどうなのでしょう。
お客さんの取り合いにならないよう、工夫をしているようにも見えました。
十二橋を抜けて、風景の開けた水路に出ました。「魅惑の水郷…2」でも触れた、廃舟を利用したあやめの花壇が、水辺に並べられているところです。

船首に出て立ち上がると、水をたたえた、見渡す限りの美田が広がっていました。水面と地表の近さが、こんなにもすばらしい風景を作り出す、水郷の魅力の一つが、ここにあります。
撮影地点のMapion地図


(19年4月30日撮影)

(『ふたたび水郷へ!…4』につづく)