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水路をゆく
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2007/06/30のBlog
[ 19:19 ] [ 航行河川・運河 ]
(『新しい橋』のつづき)
土曜日は、江東の2閘門が運転中です。おなじみ荒川閘門を通って、旧中川へ出てみました。

江東内部河川のうち、まだきちんと紹介していない、旧中川、北十間川、大横川をめぐってみようと思ったのです。
撮影地点のMapion地図
旧小松川閘門の前では、長崎にあるペーロンのような、2隻の櫂走舟が練習中。太鼓の音に合わせて、大人数で力漕するさまは、なかなか迫力があります。

帰宅してから検索してみると、公式サイト「東京龍舟」がヒット。なるほど、アジア大会や、世界選手権もあるのですか…。皆さん、頑張ってくださいね!
(旧小松川閘門については、一昨年の記事『旧小松川閘門』を参照)
江東区と江戸川区にまたがる、小松川公園に架かる橋、もみじ大橋・さくら大橋をくぐり、約3ktで北上開始。

この前後は、以前「旧中川」で紹介済みですので、省略させていただきます。
撮影地点のMapion地図
シンプルな外観とは、まったく正反対(失礼)の名前を持つ、虹の大橋。

岸には、釣り糸を垂れる人も少なくありませんから、引き波を立てないよう、ゆっくり、ゆっくり参りましょう…。
逆井橋の上には、首都高7号小松川線が斜めに架かり、交通が交錯する、独特の風景を作り出しています。

水上、一般道、高速道と、3つの「道」が立体交差している、というだけのことですが、こういう雰囲気は嫌いでないので、なんだか軽く興奮気味(笑)。まあ、橋が好きなんでしょうね…。
撮影地点のMapion地図


(19年6月23日撮影)

(『旧中川ふたたび…2』につづく)
2007/06/29のBlog
[ 23:58 ] [ 水辺の気になるモノ ]
(『見明川…4』のつづき)
浦安マリーナを出港したヨットと一緒に、夏の雲が美しい東京湾へ。

見明川から、徐々に水路幅が広がり、海へと真っ直ぐに出てゆくこのコースは、出口にさえぎるものがないだけに、開放感があって、なかなかいいものです。
撮影地点のMapion地図
ひとつ、見たいものがあったので、東京港第三航路のある、若洲沖へ。

このあたりは、浅い水域が多いため、少し沖へ出てから西進します。
おお、橋脚がほぼ完成している…。これは現在建設中の、東京港臨海道路を渡す橋、臨海大橋(仮称)の建設現場。若洲と、中央防波堤外側埋立地を結ぶ橋です。
写真は、若洲側の橋脚群を見たところ。

東京港の防波堤に沿うようにして、巨大な橋脚が立ち並ぶ、質量過剰な風景にテンションも急上昇(笑)。もう少し近づいてみよう…。
撮影地点のMapion地図
左に見える、防波堤突端の赤い灯台が、かわいらしく思えるほどのガッチリした橋脚…。この上には、コンテナ埠頭でおなじみの、ガントリークレーンをイメージしたという、スマートなトラス橋がお目見えするそうです。

橋長760mと、この手の橋では最大級、平成22年の完成予定だとか。
こちらは反対側、中央防波堤外側埋立地の橋脚群。
吊り橋や斜張橋が幅をきかせる東京湾では、トラス系の巨大橋は珍しいですから、きっと完成後は、湾岸の新名所になることでしょう。

なお、この橋の詳細や完成予想図は、「東京港臨海道路II期事業着工式典の開催について」「東京港臨海大橋(仮称) 建設工事の工程」(東京都HP)および、「東京港臨海道路臨海大橋(仮称)基本設計」(PDFファイル・『セントラルコンサルタント株式会社の業務紹介』)に、掲載されていますので、ぜひご覧になってみてください。
個人的には、非常に魅力的なデザインだと思うのですが、皆さんはいかがでしょうか。


(19年6月23日撮影)

(『旧中川ふたたび…1』につづく)
2007/06/28のBlog
[ 22:18 ] [ 航行河川・運河 ]
(『見明川…3』のつづき)
若潮通りの向こうは、「鉄鋼通り」と呼ばれる工業地帯。
海側から写した写真は、すでにタイトルでご覧に入れましたが、舶載貨物を直接荷揚げできるよう、水面上に上屋を張り出させた、荷揚げ設備のある倉庫が立ち並んでいます。

水路幅は急激に広くなり、大型バージを横付けできる水深が確保されているさまは、まさに現代の河口港といったおもむきです。
倉庫の一つを、正面からのぞき込んだところ。
天井走行クレーンのトラス、明り取りのある高い屋根…、黒々と広がる巨大な空間から、ひんやりとした空気が流れてきます。鋼材の倉庫のようですね。

中には、クレーンのレールを撤去しないまま、岸壁側を閉じてしまっている倉庫も見受けられますが、操業中のものも多く、活気のある、ダイナミックな光景が堪能できます。
撮影地点のMapion地図
土曜日に訪ねたのが幸いして、実際に荷揚げをしている様子も、いくつか見ることができました。

大型のプッシャーバージが、コイル状に巻いた鋼鈑を荷揚げ中。倉庫の幅いっぱいの天井走行クレーンが、忙しく往復していました。
建材会社の岸壁でしょうか、こちらのバージは、バケットで盛んに砂を降ろしていました。

一生懸命仕事をするフネブネを、水面から見て歩くのって、実に楽しいものです(笑)。
「鉄鋼通り」の水域を抜けると、さらに水路幅が広がり、目の前はもう東京湾。
お仕事ブネの領域の隣には、湾奥屈指の遊びブネの基地、浦安マリーナがあります。

浦安マリーナの詳細は、ボートオーナー・しまだ氏のサイト「浦安マリーナのご紹介」(PBI The Primavera Suites)に紹介されています。
撮影地点のMapion地図

(19年6月23日撮影)

(『新しい橋』につづく)
2007/06/26のBlog
[ 22:27 ] [ 航行河川・運河 ]
(『見明川…2』のつづき)
見明川中央歩道橋、かぎの手にスロープを備えた、立派な人道橋です。

このあたりは、沿岸に建物が迫っていないため、眺望は悪くありません。船影は、先ほどの「はやて」と沈船以外、まったく見えませんので、若干さびしい嫌いもありますが。
撮影地点のMapion地図
歩道橋の下流にある、トラスの水管橋です。
水色の塗装もきれいで、簡単ながら装飾も施され、この手の水管橋としては、なかなか優れたデザインに思えたのですが、いかがでしょうか。

写真左手には、「弁天ふれあいの森公園」、少し下流の右手は、ここが砂州だった時代の地名を冠した「大三角公園」があるなど、緑豊かな地区でもあります。
ステージと観客席を思わせる、これも立派な親水施設。

こちらは先ほどのものと違い、砕石をよけてあって、階段の直下まで水が入る代わり、外には出られないよう、柵が閉められていますね。
ひときわ高い、京葉線の鉄道橋に近づいてきました。海からの風が頬をなで、川面にも、ゆるいさざ波が入ってきています。

線路越し右側に、ぽかりとガスタンクの頭が見え、工業地帯が近いことを感じさせます。
若潮通り、伝平橋をくぐって振り返り、上流側を見たところ。

この先は港湾区域で、どこまでが見明川として扱われているかはわかりませんが、終始1m台だった水深も、ここを境にぐっと深くなるということもあり、雰囲気としては、「河口を出た」、という感じがします。
撮影地点のMapion地図



(19年6月23日撮影)

(『見明川…4』につづく)
2007/06/25のBlog
[ 19:34 ] [ 航行河川・運河 ]
(『見明川…1』のつづき)
旧江戸川から、約500m入ったこのあたりで、河道は東に曲がり、あとは海まで一直線です。

一見、水管橋のようなこの橋、上端に小さな窓を開けた箱状の覆いが付いて、ちょっと異様な雰囲気です。送電線が収められているようでした。
撮影地点のMapion地図
箱状の橋の手前、西岸には、写真のような親水施設が。

ちょっと見た限りでは、船着場のような雰囲気ですが、岸にはご覧のとおり砕石が積まれており、船を横付けすることはできません。
でも、子供たちがカニや小魚を探して遊ぶには、絶好の環境ですね。
国道357号線の上下線、首都高湾岸線と3本の橋が架かる地点。

加えて、湾岸線の浦安出入口も渡っているので、かなりの幅の日陰が期待できそう…(笑)。何しろ空梅雨の真夏日、橋の影は、さえぎるもののない水路の、貴重な納涼スポット(笑)なのです。
この付近は、写真のような小さな樋門が、いくつか散在しています。おそらく作動時に点灯するであろう、黄色い回転灯がユーモラス。

やはり砂州をかさ上げした土地、排水にはさぞや気を遣って…などと、短絡的なことを考えてしまいますが、実際はどうなのでしょうか。
湾岸線の下流側東岸にも、先ほどよりもう少し規模の大きな、法面を持つ親水施設があります。

こちらでは、玉網を持った子供たちが、しきりに水面をのぞき込んで、魚採りに興じていました。
撮影地点のMapion地図



(19年6月23日撮影)

(『見明川…3』につづく)
2007/06/24のBlog
[ 19:03 ] [ 航行河川・運河 ]
6月23日は、梅雨らしからぬ晴天を得て出港。まずは、旧江戸川河口にほど近い派川、見明川を通ってみることにしました。

かつてこのあたりは、江戸川の流れが運んできた土砂で形成された、広大な砂州が広がっており、砂州の間を無数の澪が流れる、漁場としては格好の環境でした。

上の写真は、以前も紹介しましたが、旧江戸川から見明川の入口、堀江橋を見たところ。
分流点のパターンとして、本流の上流側には浅瀬がありますので、少し下流側から進入し、写真左側、船が繋留しているあたりを目指すようにするとよいでしょう。
撮影地点のMapion地図

現在、ディズニーリゾートがあることで知られる舞浜地区は、大三角、小三角、見明島などと呼ばれた砂州で、海苔の生産に欠かせない、海苔簾の材料になる葦の供給地としても役立っていました。見明川は、そんな砂州の間を流れる、澪筋の記憶を持った川なのです。

戦前の浦安(作中では『浦粕』)を描いた、山本周五郎の「青べか物語」には、通船の船員や漁師の生活ぶり、川や澪の様子など、船や水辺に関する描写に、濃厚かつ秀逸なものが多くありますが、大三角も興味を引く存在だったようで、「デルタというものがいかにして形成されるかということを、絵解きにして見せているような存在」などと、当時の砂州の様子を、こと細かに表現していました。
見明川は、「青べか」の舞台でもあるわけです。
こちらは、上の写真の右、下流側にある澪標。
地元では「ぼんぎ」と呼ばれる、枝を残した木を立てたものですが、反射板や電灯まで備えられています。乗り上げ事故が多いのでしょう。同様のものが、上流側にもあります。

入口付近はもとより、見明川も全体的に水深が浅く、この日も1m台のところがほとんどでしたので、なるべく、潮位の高い日に通ることをお勧めします。
堀江橋をくぐったところ、ずいぶん前からここにもやっている「はやて」。通船でしょうか。
保安庁船艇らしい造作が、以前から気になっているのですが、この大きな艇で、浅瀬の多いここを出入りするのは大変だろうなあ、などと考えてしまいます。

なお、写真右側は、少しガレキが出ているので、「はやて」に沿うようにして進みます。
「はやて」の船首方向には…はい、本日の沈船です(笑)。

引っ掛けないように、お気をつけて…。
二番目の橋は、トラス橋・見明川歩道橋。断面が小さいせいか、とてもスマートに見えます。

写真右には、舞浜小学校ほか、文教施設がいくつかありますから、通学路として作られたのでしょう。
撮影地点のMapion地図


(19年6月23日撮影)

(『見明川…2』につづく)
2007/06/22のBlog
今を去ること、20ン年前の思い出話です。何分昔のことなので、細部がよく思い出せないところもあり、恐縮ですが、お付き合いください。

父に連れられて、今はなき晴海の国際展示場で開催されていた、ボートショーを見に行ったときのことです。
新進らしい、アルミボートメーカーのブースの片隅に、奇妙な機械が展示されているのを、父が発見して「こいつは面白いな! 買ってみるか?」と、笑いながら私に言いました。

グレーに塗られた、鉄板製のその機械を見ると…なんと、テコを手で押し引きすると、4枚羽根の水車が回転するという、手動船外機とでも言うべきものでした。
手で外輪を動かすという、発想の奇抜さと、まるで工作機械のような外観に、私もすっかり乗り気になり、二つ返事で承諾。父が、こういうものに興味を示すこと自体、珍しかったせいか、このときのことは、今でもはっきり思い出すことができます。
話だけでは説明が難しいので、画力のなさも省みず、エンピツをなめなめ、ポンチ絵を描いてみました。
買ったときの情景は、鮮明に覚えているのですが、こうして絵を描いてみると、現物のディテールの記憶が、情けないことにほとんどありません(泣)。
特に、クランクやフレームの構造があいまいで、この絵の通りでは、理屈に合わないところもあるかと思いますが、どうかご勘弁ください…。

普通の小型船外機と同様、トランサムにCクランプで取り付けます。クランプにはヒンジがついており、本体を左右に振って、方向を換えることができました。水かきはご覧のとおり、鉄板を組んだ単純なもので、ロッドを避けるため、左右二組に分かれていました。

洗練されたところが微塵も感じられない、武骨そのもののデザインに、かえって惚れ込んでしまったあたり、このころから好みが変わっていないのだなあ、と、苦笑するばかりです。

頑丈な木箱に、完成状態で梱包されてきたコレを、長さ3mほどの、FRP製テンダーボートに取り付け、当時の母港があった湾内を、走り回ってみました。

なにしろ、結構な面積の水かきが、絶え間なく水を叩き、すくい上げるのですから、音はかなりのものです。おまけに、盛大に水しぶきが上がるため、その目立つことったら…(笑)。ガババン、ガババンと音を立て、豪快?に進む小さなテンダーは、沿岸の人たちにとって、もう珍奇な見世物(笑)だったと思います。

嬉しくなって、何度か走り込んでみると、子供なりに、いくつかのことがわかりました。
駆動のからくりと、重量がある分、オールで漕ぐより、はるかに力がいること。
オールなら、惰力で岸につけたりといった芸(?)ができるのにくらべ、外輪を止めると、水かきが抵抗となってしまい、惰力がほとんど効かないこと。

また、水かきが一枚板なのも、ロスが大きいように思えました。水かきが水面から出るとき、大量の水をすくい上げてしまうため、水の重さの分、余計な力がいるからです。水かきの面積をもっと小さく、先端部分だけにしたら、水はけが良くなり、もっと軽い力で回せるのにな…と、考えたものです。

この考えは、のちに、実物の外輪船の構造を、詳しく説明した記事に出会って、間違いではないことがわかりました。(外輪の実物は『上川丸に会いにゆく…2』を参照)
高速の外輪船になると、水かきが可動式になっており、ロッドによって、水に入ってから出てくるまで、垂直な姿勢を保つような構造に、作られているものもあったそうです。
外輪も、単純なようでいて、スクリュープロペラと同じく、効率を追求した歴史があったのですね。

手動船外機のその後ですが…。
さすがに、船舶免許を取ってエンジン付きの艇に乗るようになってから、すっかり使わなくなり、海辺にあった親戚の家に預けておいたら、その家が火事にあって、いっしょに焼失してしまいました(泣)。

きちんと保管しておけば、珍物として、皆さんにご覧に入れることができたのですが…。まあ、長じて、川を走る外輪船が好きになり、外輪そのもののハンドルを名乗るようになるとは、考えもしなかったころから、外輪に親しんでいたというお粗末です。

この、恐らく空前絶後と思われる、「ポータブル外輪」を作っていたメーカーが、どうしても思い出せません。
数種類のアルミボートと、この手動船外機(確か、チェーンで駆動する、プロペラ式のものもありました)を掲載した、メーカーのパンフレットを持っていたのですが、なくしたのか、探しても見つからないのです。

ボートのラインナップも変わっていて、四角い横帆と櫓(!)がついたカタマラン(双胴船)、キャンプに使う、テントを乗せたようなハウスボート、平面のみで構成された、重ねて収納できるアルミボートなど…。
その珍妙さ(失礼)が、かえって興味を引き、いかにも造船の経験がない業者が、新規参入したといった感じで、強く印象に残っているのです…。

どなたか、ご存知の方はおられませんか?
2007/06/20のBlog
[ 23:01 ] [ 水門・閘門 ]
前後しますが、去る5月13日は、よんどころない用事(笑)があって、旧江戸川流頭部、江戸川閘門を通過してきました。
過去に「平成7年8月・江戸川…2」ほかで紹介したとおり、私とこの閘門のつきあいは、もう15年になります。何しろ、閘門通過初体験の相手ですから、思い入れも格別なのですが、最近はあまり、遊びに来れずにいました。

こちらは、閘門のはす向かい、千葉県側にある河原水門。
船溜りを守る水門ですが、この日はなぜか閉まっていました。
撮影地点のMapion地図
江戸川水閘門…などと、改まって呼んでしまいましたが、ここは私の、土木バカ(笑)としての原点のような場所。
立ち並ぶ水門の支塔、閘門の土堤で葉を茂らせる桜…。若干増改築はされたものの、ほとんど変わらぬ姿でいてくれるのは、嬉しい限りです。

この日はご覧のとおり、あいにくの曇り空でしたが、吹く風は優しく、水面も穏やかでした。
閘室から排水中。以前にも書きましたが、都内にある、他の2閘門(扇橋、荒川)とくらべ、排水がソフトで、船に優しい(?)感じがします。
昭和18年竣工ということを考えると、櫓櫂舟が多く利用することを念頭に置かれて、設計されたのかもしれませんね。

下流側の扉体は、近年改修されて、構造にも木材が張られるなど、ちょっと洒落た雰囲気になりました。
先客が出たあと、タンデムのPWCと一緒に、閘室に進入。初めて通ったときと同じように、側壁を手でつかんで、満水までのひとときを過ごします。

写真右手にも見えますが、閘門の周囲は見事な桜並木があり、春先は、近在の花見客で賑わうそうです。一度桜の時期に来て、閘門の晴れ姿を写真に収めたい、と思いつつ、もう幾星霜…(笑)。
撮影地点のMapion地図
ちょうど満潮時だったこともあり、水位差は50㎝ほどでしょうか、あまり「上がった」という実感のないまま、注水完了。ちょっと物足りない感じがしました。

昔と違って、電子音になったサイレンの音とともに、上流側の扉体が上がり始めました。

あ、またカサを忘れちゃった…(笑)。


(19年5月13日撮影)