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2007/06/29のBlog
[ 23:58 ]
[ 水辺の気になるモノ ]
(『見明川…4』のつづき)浦安マリーナを出港したヨットと一緒に、夏の雲が美しい東京湾へ。
見明川から、徐々に水路幅が広がり、海へと真っ直ぐに出てゆくこのコースは、出口にさえぎるものがないだけに、開放感があって、なかなかいいものです。
【撮影地点のMapion地図】
おお、橋脚がほぼ完成している…。これは現在建設中の、東京港臨海道路を渡す橋、臨海大橋(仮称)の建設現場。若洲と、中央防波堤外側埋立地を結ぶ橋です。写真は、若洲側の橋脚群を見たところ。
東京港の防波堤に沿うようにして、巨大な橋脚が立ち並ぶ、質量過剰な風景にテンションも急上昇(笑)。もう少し近づいてみよう…。
【撮影地点のMapion地図】
左に見える、防波堤突端の赤い灯台が、かわいらしく思えるほどのガッチリした橋脚…。この上には、コンテナ埠頭でおなじみの、ガントリークレーンをイメージしたという、スマートなトラス橋がお目見えするそうです。橋長760mと、この手の橋では最大級、平成22年の完成予定だとか。
こちらは反対側、中央防波堤外側埋立地の橋脚群。吊り橋や斜張橋が幅をきかせる東京湾では、トラス系の巨大橋は珍しいですから、きっと完成後は、湾岸の新名所になることでしょう。
なお、この橋の詳細や完成予想図は、「東京港臨海道路II期事業着工式典の開催について」「東京港臨海大橋(仮称) 建設工事の工程」(東京都HP)および、「東京港臨海道路臨海大橋(仮称)基本設計」(PDFファイル・『セントラルコンサルタント株式会社の業務紹介』)に、掲載されていますので、ぜひご覧になってみてください。
個人的には、非常に魅力的なデザインだと思うのですが、皆さんはいかがでしょうか。
(19年6月23日撮影)
(『旧中川ふたたび…1』につづく)
2007/06/28のBlog
[ 22:18 ]
[ 航行河川・運河 ]
倉庫の一つを、正面からのぞき込んだところ。天井走行クレーンのトラス、明り取りのある高い屋根…、黒々と広がる巨大な空間から、ひんやりとした空気が流れてきます。鋼材の倉庫のようですね。
中には、クレーンのレールを撤去しないまま、岸壁側を閉じてしまっている倉庫も見受けられますが、操業中のものも多く、活気のある、ダイナミックな光景が堪能できます。
【撮影地点のMapion地図】
土曜日に訪ねたのが幸いして、実際に荷揚げをしている様子も、いくつか見ることができました。大型のプッシャーバージが、コイル状に巻いた鋼鈑を荷揚げ中。倉庫の幅いっぱいの天井走行クレーンが、忙しく往復していました。
「鉄鋼通り」の水域を抜けると、さらに水路幅が広がり、目の前はもう東京湾。お仕事ブネの領域の隣には、湾奥屈指の遊びブネの基地、浦安マリーナがあります。
浦安マリーナの詳細は、ボートオーナー・しまだ氏のサイト「浦安マリーナのご紹介」(PBI The Primavera Suites)に紹介されています。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『新しい橋』につづく)
2007/06/26のBlog
[ 22:27 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『見明川…2』のつづき)見明川中央歩道橋、かぎの手にスロープを備えた、立派な人道橋です。
このあたりは、沿岸に建物が迫っていないため、眺望は悪くありません。船影は、先ほどの「はやて」と沈船以外、まったく見えませんので、若干さびしい嫌いもありますが。
【撮影地点のMapion地図】
歩道橋の下流にある、トラスの水管橋です。水色の塗装もきれいで、簡単ながら装飾も施され、この手の水管橋としては、なかなか優れたデザインに思えたのですが、いかがでしょうか。
写真左手には、「弁天ふれあいの森公園」、少し下流の右手は、ここが砂州だった時代の地名を冠した「大三角公園」があるなど、緑豊かな地区でもあります。
若潮通り、伝平橋をくぐって振り返り、上流側を見たところ。この先は港湾区域で、どこまでが見明川として扱われているかはわかりませんが、終始1m台だった水深も、ここを境にぐっと深くなるということもあり、雰囲気としては、「河口を出た」、という感じがします。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『見明川…4』につづく)
2007/06/25のBlog
[ 19:34 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『見明川…1』のつづき)旧江戸川から、約500m入ったこのあたりで、河道は東に曲がり、あとは海まで一直線です。
一見、水管橋のようなこの橋、上端に小さな窓を開けた箱状の覆いが付いて、ちょっと異様な雰囲気です。送電線が収められているようでした。
【撮影地点のMapion地図】
箱状の橋の手前、西岸には、写真のような親水施設が。ちょっと見た限りでは、船着場のような雰囲気ですが、岸にはご覧のとおり砕石が積まれており、船を横付けすることはできません。
でも、子供たちがカニや小魚を探して遊ぶには、絶好の環境ですね。
国道357号線の上下線、首都高湾岸線と3本の橋が架かる地点。加えて、湾岸線の浦安出入口も渡っているので、かなりの幅の日陰が期待できそう…(笑)。何しろ空梅雨の真夏日、橋の影は、さえぎるもののない水路の、貴重な納涼スポット(笑)なのです。
この付近は、写真のような小さな樋門が、いくつか散在しています。おそらく作動時に点灯するであろう、黄色い回転灯がユーモラス。やはり砂州をかさ上げした土地、排水にはさぞや気を遣って…などと、短絡的なことを考えてしまいますが、実際はどうなのでしょうか。
湾岸線の下流側東岸にも、先ほどよりもう少し規模の大きな、法面を持つ親水施設があります。こちらでは、玉網を持った子供たちが、しきりに水面をのぞき込んで、魚採りに興じていました。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『見明川…3』につづく)
2007/06/24のBlog
[ 19:03 ]
[ 航行河川・運河 ]
6月23日は、梅雨らしからぬ晴天を得て出港。まずは、旧江戸川河口にほど近い派川、見明川を通ってみることにしました。かつてこのあたりは、江戸川の流れが運んできた土砂で形成された、広大な砂州が広がっており、砂州の間を無数の澪が流れる、漁場としては格好の環境でした。
上の写真は、以前も紹介しましたが、旧江戸川から見明川の入口、堀江橋を見たところ。
分流点のパターンとして、本流の上流側には浅瀬がありますので、少し下流側から進入し、写真左側、船が繋留しているあたりを目指すようにするとよいでしょう。
【撮影地点のMapion地図】
現在、ディズニーリゾートがあることで知られる舞浜地区は、大三角、小三角、見明島などと呼ばれた砂州で、海苔の生産に欠かせない、海苔簾の材料になる葦の供給地としても役立っていました。見明川は、そんな砂州の間を流れる、澪筋の記憶を持った川なのです。戦前の浦安(作中では『浦粕』)を描いた、山本周五郎の「青べか物語」には、通船の船員や漁師の生活ぶり、川や澪の様子など、船や水辺に関する描写に、濃厚かつ秀逸なものが多くありますが、大三角も興味を引く存在だったようで、「デルタというものがいかにして形成されるかということを、絵解きにして見せているような存在」などと、当時の砂州の様子を、こと細かに表現していました。
見明川は、「青べか」の舞台でもあるわけです。
こちらは、上の写真の右、下流側にある澪標。地元では「ぼんぎ」と呼ばれる、枝を残した木を立てたものですが、反射板や電灯まで備えられています。乗り上げ事故が多いのでしょう。同様のものが、上流側にもあります。
入口付近はもとより、見明川も全体的に水深が浅く、この日も1m台のところがほとんどでしたので、なるべく、潮位の高い日に通ることをお勧めします。
堀江橋をくぐったところ、ずいぶん前からここにもやっている「はやて」。通船でしょうか。保安庁船艇らしい造作が、以前から気になっているのですが、この大きな艇で、浅瀬の多いここを出入りするのは大変だろうなあ、などと考えてしまいます。
なお、写真右側は、少しガレキが出ているので、「はやて」に沿うようにして進みます。
二番目の橋は、トラス橋・見明川歩道橋。断面が小さいせいか、とてもスマートに見えます。写真右には、舞浜小学校ほか、文教施設がいくつかありますから、通学路として作られたのでしょう。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『見明川…2』につづく)
2007/06/22のBlog
[ 21:08 ]
[ つぶやき ]
今を去ること、20ン年前の思い出話です。何分昔のことなので、細部がよく思い出せないところもあり、恐縮ですが、お付き合いください。
父に連れられて、今はなき晴海の国際展示場で開催されていた、ボートショーを見に行ったときのことです。新進らしい、アルミボートメーカーのブースの片隅に、奇妙な機械が展示されているのを、父が発見して「こいつは面白いな! 買ってみるか?」と、笑いながら私に言いました。
グレーに塗られた、鉄板製のその機械を見ると…なんと、テコを手で押し引きすると、4枚羽根の水車が回転するという、手動船外機とでも言うべきものでした。
手で外輪を動かすという、発想の奇抜さと、まるで工作機械のような外観に、私もすっかり乗り気になり、二つ返事で承諾。父が、こういうものに興味を示すこと自体、珍しかったせいか、このときのことは、今でもはっきり思い出すことができます。
話だけでは説明が難しいので、画力のなさも省みず、エンピツをなめなめ、ポンチ絵を描いてみました。買ったときの情景は、鮮明に覚えているのですが、こうして絵を描いてみると、現物のディテールの記憶が、情けないことにほとんどありません(泣)。
特に、クランクやフレームの構造があいまいで、この絵の通りでは、理屈に合わないところもあるかと思いますが、どうかご勘弁ください…。
普通の小型船外機と同様、トランサムにCクランプで取り付けます。クランプにはヒンジがついており、本体を左右に振って、方向を換えることができました。水かきはご覧のとおり、鉄板を組んだ単純なもので、ロッドを避けるため、左右二組に分かれていました。
洗練されたところが微塵も感じられない、武骨そのもののデザインに、かえって惚れ込んでしまったあたり、このころから好みが変わっていないのだなあ、と、苦笑するばかりです。
頑丈な木箱に、完成状態で梱包されてきたコレを、長さ3mほどの、FRP製テンダーボートに取り付け、当時の母港があった湾内を、走り回ってみました。なにしろ、結構な面積の水かきが、絶え間なく水を叩き、すくい上げるのですから、音はかなりのものです。おまけに、盛大に水しぶきが上がるため、その目立つことったら…(笑)。ガババン、ガババンと音を立て、豪快?に進む小さなテンダーは、沿岸の人たちにとって、もう珍奇な見世物(笑)だったと思います。
嬉しくなって、何度か走り込んでみると、子供なりに、いくつかのことがわかりました。駆動のからくりと、重量がある分、オールで漕ぐより、はるかに力がいること。
オールなら、惰力で岸につけたりといった芸(?)ができるのにくらべ、外輪を止めると、水かきが抵抗となってしまい、惰力がほとんど効かないこと。
また、水かきが一枚板なのも、ロスが大きいように思えました。水かきが水面から出るとき、大量の水をすくい上げてしまうため、水の重さの分、余計な力がいるからです。水かきの面積をもっと小さく、先端部分だけにしたら、水はけが良くなり、もっと軽い力で回せるのにな…と、考えたものです。
この考えは、のちに、実物の外輪船の構造を、詳しく説明した記事に出会って、間違いではないことがわかりました。(外輪の実物は『上川丸に会いにゆく…2』を参照)
高速の外輪船になると、水かきが可動式になっており、ロッドによって、水に入ってから出てくるまで、垂直な姿勢を保つような構造に、作られているものもあったそうです。
外輪も、単純なようでいて、スクリュープロペラと同じく、効率を追求した歴史があったのですね。
手動船外機のその後ですが…。さすがに、船舶免許を取ってエンジン付きの艇に乗るようになってから、すっかり使わなくなり、海辺にあった親戚の家に預けておいたら、その家が火事にあって、いっしょに焼失してしまいました(泣)。
きちんと保管しておけば、珍物として、皆さんにご覧に入れることができたのですが…。まあ、長じて、川を走る外輪船が好きになり、外輪そのもののハンドルを名乗るようになるとは、考えもしなかったころから、外輪に親しんでいたというお粗末です。
この、恐らく空前絶後と思われる、「ポータブル外輪」を作っていたメーカーが、どうしても思い出せません。数種類のアルミボートと、この手動船外機(確か、チェーンで駆動する、プロペラ式のものもありました)を掲載した、メーカーのパンフレットを持っていたのですが、なくしたのか、探しても見つからないのです。
ボートのラインナップも変わっていて、四角い横帆と櫓(!)がついたカタマラン(双胴船)、キャンプに使う、テントを乗せたようなハウスボート、平面のみで構成された、重ねて収納できるアルミボートなど…。
その珍妙さ(失礼)が、かえって興味を引き、いかにも造船の経験がない業者が、新規参入したといった感じで、強く印象に残っているのです…。
どなたか、ご存知の方はおられませんか?
2007/06/20のBlog
[ 23:01 ]
[ 水門・閘門 ]
前後しますが、去る5月13日は、よんどころない用事(笑)があって、旧江戸川流頭部、江戸川閘門を通過してきました。過去に「平成7年8月・江戸川…2」ほかで紹介したとおり、私とこの閘門のつきあいは、もう15年になります。何しろ、閘門通過初体験の相手ですから、思い入れも格別なのですが、最近はあまり、遊びに来れずにいました。
こちらは、閘門のはす向かい、千葉県側にある河原水門。
船溜りを守る水門ですが、この日はなぜか閉まっていました。
【撮影地点のMapion地図】
江戸川水閘門…などと、改まって呼んでしまいましたが、ここは私の、土木バカ(笑)としての原点のような場所。立ち並ぶ水門の支塔、閘門の土堤で葉を茂らせる桜…。若干増改築はされたものの、ほとんど変わらぬ姿でいてくれるのは、嬉しい限りです。
この日はご覧のとおり、あいにくの曇り空でしたが、吹く風は優しく、水面も穏やかでした。
閘室から排水中。以前にも書きましたが、都内にある、他の2閘門(扇橋、荒川)とくらべ、排水がソフトで、船に優しい(?)感じがします。昭和18年竣工ということを考えると、櫓櫂舟が多く利用することを念頭に置かれて、設計されたのかもしれませんね。
下流側の扉体は、近年改修されて、構造にも木材が張られるなど、ちょっと洒落た雰囲気になりました。
先客が出たあと、タンデムのPWCと一緒に、閘室に進入。初めて通ったときと同じように、側壁を手でつかんで、満水までのひとときを過ごします。写真右手にも見えますが、閘門の周囲は見事な桜並木があり、春先は、近在の花見客で賑わうそうです。一度桜の時期に来て、閘門の晴れ姿を写真に収めたい、と思いつつ、もう幾星霜…(笑)。
【撮影地点のMapion地図】
2007/06/19のBlog
[ 22:01 ]
[ 船 ]
(『中川…11』のつづき)例によって、帰り道に晴海埠頭をのぞいてみると、大型巡視船数隻が接岸中でした。
この日は羽田沖で、海上保安庁の観閲式が行われていたので、招待者の下船時間に間に合えば、巡視船の雄姿を楽しめるだろうと、寄り道してみたのです。(『平成19年度海上保安庁観閲式及び総合訓練』参照)
たくさんの下船者をかきわけるようにして、岸壁に近づき、まずはヘリコプター2機搭載型巡視船、「やしま」を一枚。総トン数5,259t、僚船「みずほ」とともに、「しきしま」が竣工するまで、海上保安庁最大の巡視船でした。
【撮影地点のMapion地図】
こちらは189総tと、ぐっと小型の巡視船「あかぎ」。鹿島灘に面した、茨城海上保安部より来航した船です。後ろには、以前、臨検を受けたこともある、「おりおん」型監視取締艇らしき姿も見え、乗組の方が手を振ってくれました。(『京浜運河を散策する…1』参照)
こちらは北の護り、函館海上保安部所属の、ヘリコプター1機搭載型巡視船「つがる」。客船待合所のデッキから撮ってみました。「やしま」と比べて、船橋が小柄な分、重心が低そうな印象で、一昔前の船らしい、落ち着いた魅力があります。
「つがる」の、ヘリコプター甲板を見たところ。観閲式の最中は、甲板上に広げられていたのでしょう、たくさんのパイプ椅子を片付けている最中でした。3,221総tと、「やしま」よりかなり小柄ですが、やはりヘリコプター甲板付きの巡視船というのは、機動力がありそうで、頼もしい感じがしますね。
巡視船たちから離れて、埠頭公園で休憩していたら、腹に響くようなエンジン音が。音のする方を見ると、夕日を浴びて出港する、巡視船「あかぎ」が遠ざかっていくところでした。30ktを超える高速巡視船が、続々建造されている昨今、「あかぎ」の最高速力28ktも、もはやお世辞にも「高速」と言えなくなった感がありますが、やはり一般の船から見ると、これだけの速力を出すエンジンは、桁違いの大馬力です。
結構な距離から、私の腹を揺さぶってくる(笑)重低音に、そのパワーの威力を、見せ付けられたような気がしたものです。
【撮影地点のMapion地図】
(19年5月27日撮影)
5月27日の項の参考文献運河論(矢野 剛 著) 巖松堂書店
東京の橋(石川悌二 著) 新人物往来社
月刊 世界の艦船 2006年7月号 海人社
(この項おわり)