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2007/07/13のBlog
[ 17:36 ]
[ 航行河川・運河 ]
天神橋下流(?)西岸にある、キューポラを備えた、古風な三棟つづきの工場建屋。かつては、東京を支える工業地帯として、水路沿いに工場が立ち並んだ江東地区も、今やマンションや住宅が増え、このような風景は珍しくなりました。
これも船着場です。東屋風の上屋と、瀟洒な意匠の柵がついた、小型ながら立派な固定岸壁、亀戸乗船場。東屋の中では、談笑している人の姿も見えました。雰囲気の良い、しっかりした造りに、江東水上バスが開設された当時、期待が大きかったことが感じられます。現在定期便がなく、あまり利用されていないのは、ちょっともったいないですね。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『横十間川…3』につづく)
2007/07/12のBlog
[ 22:12 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『北十間川…4』のつづき)北十間川は、十間橋の先400mほど、京成橋のあたり(Mapion地図)まで通航できますが、この日はあまり呼ばれていない(笑)気がしたので、ここで横十間川に入ることにしました。
写真は、横十間川の第一橋、浅草通りの柳島橋です。
ここから、クローバー橋のある、小名木川との丁字流まで2.6km、ほぼ南北方向に掘り割られた、まっすぐな水路が続きます。
【撮影地点のMapion地図】
おとなしい外観の鋼桁橋、神明橋。横十間川も、竪川や大横川同様、江戸時代に、江東の発展にともない、水運路として開鑿された掘割です。
現在の横十間川は、ご覧のように、両岸近くに洲やガレ場を残し、葦などを繁茂させていることで、他の江東内部河川とは異なった、自然河川に近い表情を持っています。
水辺に、このような楽しい茂みがあったら、子供たちが放っておかないだろうな…などと考えていると、さっそく葦の中で大騒ぎする、悪童(笑)数人を発見。魚でもつかまえたのかな?うち一人は、仲間を呼びに走るつもりでしょうか、何度も足を滑らせながら、護岸をよじ登ろうと苦闘中(笑)! 気をつけて…。
栗原橋を通過後、振り返っての一枚。右奥に小さく、シングルスカルと呼ばれる、一人乗りの艇が写っています。横十間川は、ボート部の艇庫もいくつかあり、休日は練習艇で賑わいます。
彼らは後ろ向きで漕いでおり、低速時はエンジン音も聞こえないことが多いですから、行き合う際は声をかけたり、ホーンを鳴らすなど、くれぐれもご注意ください。
【撮影地点のMapion地図】
2007/07/10のBlog
[ 21:39 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『北十間川…3』のつづき)境橋を、くぐってから見たところです。
両脇に人道橋が併設され、ご覧のとおりトラスに、パイプのみのものと、二種類の水管橋も架かっているなど、ちょっとした橋の密集地帯ですね。
【撮影地点のMapion地図】
境橋を過ぎてしばらくすると、草木の生い茂るジャングル護岸(笑)が突然途切れ、ご覧のように、立派に整備された散策道が、両岸に姿をあらわします。直線区間と言うこともあり、こうして写真で見ると、まるでパース画のようですね…。
お見苦しい写真でごめんなさい。親一人子一人という、少々寂しい家族構成の鴨さん親子が、なんとか撮れたのでご覧に入れます。他の子供たちはどうしたのか、ちょっと気になりますね。
小さな鴨たちにとっては、我が木っ端ブネの引き波も、大波に思えたことでしょう。もちろん、ゆっくり走ってはいるのですが…。
ごめんね、しばらく辛抱してね…。
北十間川を渡る橋の中で、ひときわ高いのがこの、柳島歩道橋。上からの眺めは、さぞかし良いことでしょう。このあたりの水辺は、道路に至るスロープも設けられており、小水路に面した親水施設としては、なかなか立派なものです。
【撮影地点のMapion地図】
横十間川との丁字流に出ました。一旦直進して、丁字流に面した古風な鋼桁橋、十間橋に近づいて撮影。橋台近くの桁両端が、ゆるいカーブを描いていたり、コンクリート製欄干の造作にも古式が見られ、戦前の橋らしい魅力にあふれています。
帰宅後に検索してみたら、十間橋の昔の写真が、「北十間川に架かる十間橋」(墨田区公式ウェブサイト)に掲載されているのを発見。昭和30年代の姿は、現在より長いように見えます。水路幅が、今より広いせいでしょうか。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『横十間川…1』につづく)
2007/07/09のBlog
[ 22:13 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『北十間川…2』のつづき)直線区間に入りました。東武亀戸線鉄橋からは、700mほど橋がなく、沿岸に高い建物が少ないこともあり、眺望は比較的開けています。
直線の、しかも幅の広くない水路は、距離感が意外とつかみづらいところがあり、そういう意味では、橋が多い方がありがたいのですが。
明治通りを渡す、福神橋。例によって、水管橋のトラスが併設されており、橋の側面を見ることはできません。この橋の南岸にある、亀戸香取神社は、天智天皇4年(西暦665年)の創建と伝えられています。そのころはこのあたりまで海が迫り、神社の周辺は島だったとのことです。
【撮影地点のMapion地図】
江東内部河川ではおなじみ、絵入りの河川名板。狩衣姿の人物と、梅が描かれています。人物は、香取神社の創建者である、藤原鎌足でしょうか(自信なし)。梅はのちほど出てくる、梅屋敷のことを指しているのでしょう。
枝葉の向こうに、境橋が見えてきました。この南岸には、徳川光圀が名づけた、「臥竜梅」という梅があったことで知られる庭園、梅屋敷がありました。
亀戸天神とともに、江戸近郊の行楽地としても有名で、梅の季節にはたくさんの人々で賑わったこの庭園も、明治43年(西暦1910年)の水害で、廃園となったそうです。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『北十間川…4』につづく)
2007/07/06のBlog
[ 20:26 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『北十間川…1』のつづき)小原橋のすぐ西側には、東武亀戸線の鉄橋が控えています。
こちらも、桁の天地寸法が薄く、3径間であり、余裕のない雰囲気(笑)では、小原橋に劣りません。
【撮影地点のMapion地図】
カーブを通過してから、後ろを見たところ。都立江東商業高校の、立派な校舎が見えます。水位低下化がなされる以前は、おそらく護岸の天端ぎりぎりまで、水面が迫っていたのでしょう。鋼矢板の絶壁が連続するのは、そのころの名残です。
もっとも、すでに水面に近い位置に、新しい護岸が作られているので、水辺の景観が整備されるのも、そう遠いことではないでしょう。
今度は反対、南側に曲がります。河道は、ゆるいSカーブを描いているのです。まだ未整備の護岸上は、ご覧のとおり雑草が生い茂っており、そのせいでしょうか、水鳥の姿も多く見られました。雑草の茂みが、格好の隠れ場所となっているのでしょうね。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『北十間川…3』につづく)
2007/07/04のBlog
[ 23:18 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『旧中川ふたたび…4』のつづき)旧中川散策の終点である、緑の鋼桁橋、ゆりのき橋。
河道はこの先約300mで途切れ、木下排水機場を介して、荒川と接しています。
ここで反転して、北十間川に向かいましょう。
【撮影地点のMapion地図】
先ほどくぐった江東新橋の近く、北十間川の東口に戻ってきました。江東のいわゆる「水位低下河川」の中では、最も幅員が狭い水路であり、内水らしさが味わえる区間ですので、楽しまれたボートオーナーも少なくないことでしょう。
小名木川や竪川同様、隅田川と中川を結ぶ、江戸以来の歴史ある運河でもあります。中世前期の海岸線は、この川に沿った、すぐ南を走っていたとする説もあります。もしかすると、我々が考えるよりずっと古くから、砂州に形成された澪筋の一つとして、存在していたのかも知れませんね。
なお、入口左側の岸は、ガレキなどで浅くなっています。写真の位置より、少し上流側から進入し、河道の屈曲に合わせて、水路中央を進むようにするとよいでしょう。
【撮影地点のMapion地図】
第一橋は、丸八通りを渡す、新小原橋。ご覧のとおり、橋が連続する上、可航幅も最も狭まる地点で、入っていきなりハイライト(笑)の連発、と言ってもよいほど。
じわじわとした盛り上がり(笑)を期待される向きは、反対側の横十間川から、入ることをお勧めします。
小原橋に近づいたところです。両岸近くは浅く、航路は橋脚の間、中央付近のみ。全体的に水深がないので、初めての方は、デッドスローで慎重に…。橋脚の両脇に見える、黄色い三角錐の妙な物体…もちろん、航路標識なのでしょうが、よそではまずお目にかからない形式で、見るたびに気になってしまいます。
赤い三角板で、浅瀬を示す標識は、以前から時々見かけるのですが。
小原橋をくぐった直後、振り向いて撮影。岸には木や葦が生い茂って、周囲の雰囲気が一変したように見えます。特に右側に見える木は、大きく水面上に張り出しており、橋の通過に気をとられていると、間違いなく平手打ち(笑)を喰らいます。
オープントップ艇の方、ゆめご油断召されるな!
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
【7月6日追記】3段目、「大横川」は、「横十間川」の誤りでした(泣)。お詫びして訂正いたします。
(『北十間川…2』につづく)
2007/07/02のBlog
[ 21:32 ]
[ 航行河川・運河 ]
ふたたび両岸が、緑の法面と、砕石の護岸のある水辺になりました。釣り人さんの姿も、ぽつぽつ見え始めました。下流部と違うのは、老若問わず、皆さん手を振ってくれること。
手を振る子供たちに、「こんにちは」と呼びかけつつ、手を振り返すと、「こんにちはァ!」と、揃って元気にあいさつを返してくれました。
中平井橋は工事中で、錆色の仮設橋が架かっています。二つの仮設橋の間には、完成した橋脚も見えます。こうして橋に近づくあいだにも、たくさんの自転車が通り過ぎてゆき、生活道路であることを実感させました。
【撮影地点のMapion地図】
仮設橋の向こうにある、コレ…工事中の橋脚に見えますが、ずいぶん前からあるんですよ。何でしょう?何かの跡にしても、道筋からは外れているので、道路橋ではないし、専用線があった話は聞いていないので、鉄道とも縁はなさそう。水管橋の橋脚にしては、頑丈すぎる…。もしかして、水門の跡?
先ほどから背景に見えていた、墨田清掃工場の全景を一枚。この煙突のカタチには、以前から惹かれていたのです。多角形の断面を持ち、先端に軽い装飾を施した煙突は、色使いも落ち着いていて、なかなか洒落た感じがします。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『北十間川…1』につづく)
2007/07/01のBlog
[ 19:58 ]
[ 航行河川・運河 ]
(『旧中川ふたたび…2』のつづき)蔵前橋通りを渡す、江東新橋。シルエットの重厚さでは、旧中川随一と言ってよろしいでしょう。
手前左側に船着場、橋をくぐったところには、北十間川の入口があります。北十間川に入るのはあとにして、先に旧中川の北端を目指すことにします。
【撮影地点のMapion地図】
このあたりから先は、岸に鋼矢板を打ち込んだままの更地だったり、盛り土をして地盤を締めていたりと、未整備らしい区間が断続します。葦の密生地があるせいでしょうか、鵜や鴨など、水鳥の姿も見られるようになりました。
ただ、艇を見ると、すぐ飛び立ってしまうので(写真にも、飛び立つ鵜が小さく写っています)、写真に収めるのは、ちょっと難しいですね。
曲がりきったところには、簡素な船着場があります。江戸川区側、平井7丁目付近で、名前はわかりません。動力船を対象にしていないのでしょうか、高さが水面ぎりぎりで、私の艇のような木っ端ブネでも、フェンダーが効きそうになく、接岸するのは、ちょっとためらわれます(笑)。
【撮影地点のMapion地図】
(19年6月23日撮影)
(『旧中川ふたたび…4』につづく)