ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
水路をゆく
Blog
[ 総Blog数:879件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2007/12/22のBlog
[ 18:13 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『アーバンランチで東京港をゆく…2』のつづき)
キャビンの中に入ってみました。
天井が低いにもかかわらず、窓を大きく取ったせいでしょう、室内は思ったより明るい雰囲気。日の陰った桟橋で待っていた身には、暖房がよく効いていたことが、何よりありがたかったです。

客席は、ぐるりに配されたやわらかなベンチシート。中央には、小さな流しや配膳台があり、ちょっとしたパーティにも対応できるようになっています。
操縦席は、背後のみに仕切りのある開放型。ちょっと、昔の都電の運転台を、思い出させるカタチでもあります(笑)。
驚かされたのが、この広くて立派なお手洗い。
一見した印象では、キャビン床面積の3分の1くらいを、占めているように感じられました。

やはり、車椅子の方に対応してとのことでしたが、貸切りのパーティ時にも、威力を発揮することでしょう。
内装は、華美な感じは全くなく、むしろ質素な印象すらあり、清掃も行き届いていて、清潔な雰囲気がありました。
素通しなのをいいことに、操縦席をもの珍しげにジロジロ。私の艇の3倍くらい計器が並んでいます(当たり前だ)。
ラット(ハンドル)の形がかっこいいなあ…。2軸艇だから、機動性もいいんだろうなあ…などと、デザインも素敵なインパネ上の機器類に釘付けです。

窓の外では、乗り組みのお二人が、出発までの僅かな時間にもかかわらず、窓を洗ったり、デッキを拭いたりと、キビキビと動き回っておられました。寒いのに大変だなあと、頭が下がる思いがしたものです。
後部の露天デッキ。こうして眺めると、ハンドレールだらけな印象がありますが、通路幅は充分確保されており、コルク風に見える床材もいい感じです。

写真左手の、ハンドレールで囲まれた部分は、自転車置き場だとか。キャビン内には、車椅子の駐車スペースも確保されていました。
右舷から前方を見たところ。この目線の低さが、従来の水上バスとの、大きな違いでしょう。
水面とさして変わらない高さから、陸(オカ、ね。念のため!)の風景を眺め、水の匂いを愛でてこそ、さまざまな発見が楽しめるのではないか…と、しゃちこばったことを書いてみました(笑)。

掃除を終わった操縦士氏と、よもやま話。「今年は台風で、マリーナに2回も避泊した」など、興味深いお話を伺ううち、早くも出発時間です。
さて、どんな走りを味わわせてくれるのでしょうか。

(19年12月16日撮影)

(『アーバンランチで東京港をゆく…4』につづく)

にほんブログ村 ヨット・ボート
2007/12/21のBlog
[ 22:30 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『アーバンランチで東京港をゆく…1』のつづき)
申しわけない、まだウロウロしていて、船に乗っていません(笑)。

芝浦西運河に架かる新しい橋、船路橋を見てみたくなったのです。「芝浦の運河めぐり…9」では、橋台工事中の様子を、「芝浦の新しい橋」では、架橋成った姿をご覧に入れましたが、陸から間近に目にするのは、もちろん初めてです。
円筒形のランプケースを戴いた、タイル張りの親柱もなかなか素敵で、美しく湾曲した桁とよく調和しており、バランスの取れた良い橋だと思います。
撮影地点のMapion地図
橋詰には、船路橋の来歴を書いた説明板がありました。

以前も触れた、都電の修繕工場への道として、線路が敷かれた併用軌道の橋であったことも、きちんと説明されており、ますます、この新しい橋への印象が良くなりました。
出航時間も近づいてきたので、ウロウロを切り上げ、芝浦運河沿いの遊歩道へ。

桟橋から南方、港栄橋の方に眼をやると、高浜西運河を右折して、芝浦運河に入ってくるアーバンランチの姿が。
いよいよです、むふふ。
船が汐彩橋をくぐると、エンジンの低い響きが聞こえてきて、いやが上にも雰囲気が盛り上がります(盛り上がっているのは、私一人だけ…)。

全高を抑えたスタイルにもかかわらず、下周りがカタマラン(双胴船)のせいか、非常に軽快な感じがします。
乗り心地のほうも、きっと良いに違いありません。
乗り組みの方は、着岸と同時にもやいを取り、タラップを降ろし、下船客を見送りと、一人で大忙し。どうやら操縦士氏と、二人乗務のようですね。

家族連れ、買い物客、自転車と一緒に降りてくる人もいて、結構な数のお客さんが乗っていました。
下船客が途切れるのを見計らい、「どうぞ」とうながされて、ウキウキと乗船です。
撮影地点のMapion地図

(19年12月16日撮影)

(『アーバンランチで東京港をゆく…3』につづく)

にほんブログ村 ヨット・ボート
2007/12/20のBlog
[ 21:39 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『川蒸気本の決定版』のつづき)
物流博物館を堪能して、おなか一杯になったあとは、以前から乗ってみたかった、アーバンランチの発着所がある、芝浦・大丸ピーコック前へ。

写真は、汐彩橋の上から、発着所の桟橋を見たところです。私の艇でここを通過したときの様子は、「芝浦の運河めぐり…9」「芝浦の新しい橋」などでご覧に入れましたが、お他人様のフネ(笑)でここを通るのは、もちろん初めて。あのスマートなアーバンランチに乗れる嬉しさから、もう顔がほころびっぱなしです…。
撮影地点のMapion地図
出港時刻は、家を出る前にサイト(アーバンランチ)を見てきたのですが、周囲に人気もないことから、ちょっと不安になって一応確認。
16:00便まで、あと20分ほどありますから、周囲をぶらぶら散策して、待つことにしました。

芝浦運河周辺は、高いビルが建て込んでいるので、この時刻ともなればすっかり日陰となり、運河を渡ってくる風が、身に沁みる寒さ…。
人気がないのも、むべなるかなであります。
汐彩橋橋詰近くに立つ、発着所の案内板。
船のマークは、なかなか可愛らしいのですが、アーバンランチとは似ても似つかない形なのが、ちょっと気になりました。

まあ、仮にシルエットを図案化したとしても、流線型の平べったい船体は、絵になりにくい形でしょうから、これはいたしかたないのかもしれません。
汐彩橋の親柱の上には、鳥のブロンズ像が。
ええと…カモメさんかな?

丸々太って、栄養状態は良さそうですね…(笑)。
橋の上から、芝浦運河を眺めていたら、左手の芝浦西運河から、黄色い船体のフライブリッジ付きクルーザーが出て来ました。
以前「4月15日の桟橋」でも掲載した、ワールドシティタワーズの所属艇です。

検索してみたら、岩淵経由で荒川・隅田川を一周するコースを筆頭に、神田川・日本橋川を通るコースなど、水路趣味全開(笑)のチャーターボートであることが判明。(参照:ワールドシティタワーズ・チャータークルーズショートクルーズコース)これによると、江戸川のマリーナ、ニューポートが運航しているようですね。皆さんもいかがでしょうか。

(19年12月16日撮影)

【20年3月22日追記】がーちゃんフォトアルバムの「アーバンランチでお台場へ その1」に、トラックバックさせていただきました。

(『アーバンランチで東京港をゆく…2』につづく)

にほんブログ村 ヨット・ボート
2007/12/19のBlog
[ 21:45 ] [ 水運趣味の本など ]
(『物流博物館で小躍り』のつづき)
物流博物館の受付で販売しているものは、まだ種類は多くないものの、通運丸のペーパークラフトはじめ、水運趣味的には魅力的なものばかりでした。ここに紹介したもののほかにも、通運丸を描いた、錦絵の絵葉書などもあります。

ここでは特に、川蒸気関連の図録をご紹介したいと思います。図録、と呼びましたが、どちらもその範疇を超えた、濃厚な研究成果の集大成と言ってよろしく、関東の川蒸気に関心のある方に、ぜひ一読をお勧めしたい2冊です。
図説 川の上の近代 ―通運丸と関東の川蒸気船交通史―
川蒸気合同展実行委員会 編
A4判 本文194ページ 平成19年10月20日発行

江東区・中川船番所資料館、物流博物館、吉岡まちかど博物館が、3館合同で開催した特別展「川の上の近代 川蒸気船とその時代」(19年4月28日~6月17日開催)の図録で、200ページになんなんとする大冊です。

内容は、内国通運が就航させた通運丸を中心に、銚子丸など、明治以降の利根川水系を走った汽船と、それに関連することがら―各船の詳細な経歴はもとより、運行形態、船会社や河港の興亡、当時の船旅を記した個人の日記に至るまで―を、膨大な史料とともに網羅しています。

特に、写真史料の豊富さは、目を見張らせるものがありました。
外輪蒸気船のダイナミックな航行シーンから、汽船発着所の豪壮な建築、珍しいところでは、船体に取り付ける前のエンジン・外輪ユニットの写真などなど、初めて見るものも多くありました。既刊の河川交通を扱った本では、記述のみで図版が乏しく、イメージがつかみ難いきらいがありましたから、今回この本のおかげで、大いに渇きを癒したような気持ちになったものです。

なお、別紙の付録として、多色刷りの「利根川蒸気船活躍時期一覧表」(通運丸各号の就航・転籍・除籍時期が一覧できる)、「汽船寄航場分布図」(河港の位置を明記した略地図)、および一色刷りの「蒸気河岸・汽船取扱人一覧表」が付いており、本文と合わせて参照すると、全体のイメージがつかみやすく、実に親切な構成と思います。

余談ですが、小説「青べか物語」(『映画「青べか物語」を見て』参照)に、主人公「蒸気河岸の先生」の知人で、「船体を白く塗ったほうの」汽船発着所を経営する旧家の当主、高品氏という人物が出てきます。

浦安が、作中では「浦粕」とされた伝で、高品さんも、もちろん仮名なのでしょうが、本書付録の「蒸気河岸・汽船取扱人一覧表」を見ると…ありました、浦安と堀江の、2ヵ所の蒸気河岸の取扱人―今で言えば、フランチャイズの経営者でしょうか―に、「高梨友行」の名前が見えたのです。
「青べか」の世界が、とても身近な存在になったような気がして、嬉しい余禄でした。閑話休題。

たくさんの掲載写真によって髣髴される、船影濃い、まさに生きた水路であった時代の、圧倒的な川景色。外観だけでなく、機関や缶(ボイラー)、推進器の図面からもつかむことができる、河川交通の雄、川蒸気船の構造…。

今まで想像するしかなかった、川蒸気の世界のイメージが、怒涛のように映像となって現れた、そんな印象を強く感じました。「川蒸気本の決定版」と称しても、決して言い過ぎではありますまい。本書を編まれた皆さんに、心から敬意を表したいと思います。
Kioroshi(木下)の蒸気船 銚港丸
木下まち育て塾 編
A4判 12ページ 平成19年10月21日発行

こちらも「川の上の近代」同様、合同企画展の一環として、吉岡まちかど博物館を運営する「木下まち育て塾」が編纂したものです。

印西木下は、佐原と並ぶ、利根川の一大河港として有名ですが、本書のタイトルともなった銚港丸は、木下の河岸問屋・吉岡家が所有した川蒸気船隊の総称で、第一から第五まで、5隻を数え、通運丸、銚子丸と並ぶ、利根流域の一大勢力でした。

本書は、中綴じ12ページの小冊子ながら、中身は「川の上の近代」に劣らず濃厚です。
通運丸就航以前から、蒸気河岸として機能していた吉岡家の年賦に始まり、銚港丸の鮮明な写真、美しいペン画で再現された往年の木下河岸、文学作品に登場する木下など、掲載史料の豊富さは前掲書同様で、むしろテーマがしぼられている分、読みやすくまとめられていると言ってよいでしょう。

銚港丸の船主、吉岡家は、寛永年間から続く旧家で、早くも明治8年から蒸気河岸を委託運営し、同12年には共同出資とはいえ、第一号銚港丸を進水させてしまうのですから、その資本力と行動力には、舌を巻かざるを得ません。

その後約20年、船会社乱立の時期を、二大勢力との同盟で巧みに乗り切り、鉄道開通による汽船時代の終焉まで、個人船主としては異例の長命を誇り、当主吉岡七郎の死後は、巨大な顕彰碑が建てられたくらいですから、地域の実力者として、その威勢のほどが偲ばれます。

江戸中期に始まる、関東大水運時代がはぐくんだ河岸問屋、その心意気の一端を、覗き見ることのできる一冊です。


(『アーバンランチで東京港をゆく…1』につづく)

にほんブログ村 ヨット・ボート
2007/12/18のBlog
いや~、見つかって嬉しかったのと同時に、今まで知らなかったことが、こんなに悔やまれたことも、そうそうありません。

何のことかと申しますと…。去る15日(土)に、なんとなく検索結果を流して読んでいたら、物流博物館なるものがヒットしたのです。(もしかしたら、過去、どなたかに教えていただいていたかもしれません。忘れていたらごめんなさい。)
最初は、さして期待していなかったのですが、展示内容をよくよく眺めてみると、私の大好きな、明治の利根川筋を走った川蒸気、通運丸の模型や、同船を描いた有名な錦絵が展示されているのを見て、「おっ」と色めき立ったのが運のツキ。

期待して訪ねたら、ちょっとガッカリ…といった経験も少なくないので、「まあ、物流の博物館だから、水運に関する展示が少しくらいあっても、おかしくないか…。」と、少しはすに構えつつ読み進むと、「販売している書籍など」のページを開いてビックリ!「川の上の近代」という大冊の図録はもとより、なんと通運丸の細密ペーパークラフトまで売っているじゃないですか!
こんな近くにありながら、知らなかったことが、川っプネ好きとして本当に恥ずかしく、かつ悔やまれました。これだけでもゼヒ、買いに行かねば!

さらにその図録は、物流博物館はじめ、3つの博物館が合同で開催した特別展、「川の上の近代―川蒸気船とその時代―」の集成本であること、またこの特別展が、6月17日まで開催されていたことを知るに及び、悔悟の念はますます深まりました(泣)。
特に、特別展のポスター(pdfファイル)のカッコ良さを見てしまった日には、自分のツボにはまったモノを見損ねた悲しさから、人生を3年くらい損したような気すらしたものです…。
(リンク先は特記以外、すべて物流博物館HPより)
というわけで、いても立ってもいられず、翌16日はもう横っ飛びに物流博物館を訪問。
都営地下鉄の高輪台駅から、歩いて10分ほど。静かな住宅街に建つ博物館の建物は、ご覧のようなレンガ色のキューブで、重厚ながら、こぢんまりとした印象でした。

要所に石材をあしらった、明治の洋館風味の造作は、30年ぐらい経つと味わいのある古び方をしそうで、ちょっと楽しみでもあります。
正面、天端近くに掲げられた、石造りの銘版。目立つ看板類がなく、ちょっと見ただけでは、博物館と気づかないほどです。

物流博物館について」にあるように、当館のそもそもは、日本通運が企業として設けた史料室が出発点。通運丸は、日通の前身である、内国通運が運行していたのですから、まさにここが総本山というわけで、まことにうかつではありました(涙)。
なにしろ、各地にある通運丸の復元模型の中で、最も古いものが、当館所蔵の模型(写真はこちら)だというのですから、さすが本家は違います。
入口脇に立てられた、手書きのご案内は温かみがあり、いい意味で、企業の史料室らしい雰囲気を残しているような気がして、好感が持てました。

なお、撮影はフラッシュ撮影以外、禁止されてはいませんが、当然ながら、展示物の掲載には許可が必要なので、館内の様子はこちら(物流博物館展示内容)でご覧ください。
私が特に楽しめたのは、一階の「物流の歴史展示室」でしたが、地階には、「物流ターミナルのジオラマ模型」や、物流に関するゲームがあったりと、お子さん連れでも充分楽しめる内容です。
で、今回の戦利品(笑)、通運丸ペーパークラフト。スプラッシャー(外輪カバー)のロゴと旗を取り替え、煙突の白線を未装着にするだけで、木下の外輪蒸気船「銚港丸」にもなるというサービスぶりに、川舟狂としてはただ涙、ナミダ。

思った以上にディテールも細かく、印刷の色もなかなかリアルで、作る前から武者震いがしますわ(笑)。きちんと完成するかどうか、不安ではありますが、お正月休みは、もうひっちゃきになって作りたいと思います!

(19年12月16日撮影)

(『川蒸気本の決定版』につづく)

にほんブログ村 ヨット・ボート
2007/12/16のBlog
[ 21:47 ] [ 船 ]
久しぶりに、フネづくしとまいりましょう。港湾部の水路ではおなじみ、通船を5題、ご覧に入れます。

何度か触れましたが、通船とは、主に人員輸送に用いられるほか、工事水域の警備などにも活躍する小型船舶です。スマートで明るい塗装のものが多く、曳船が、男性的な力強さがあるとすれば、通船は女性的な、優しい魅力があると言ってよろしいでしょう。
(京浜運河、19年4月15日撮影)
上や左の写真の艇のように、前部には、船体長の半分程度のキャビンがあり、後部は露天甲板、というのが、昔ながらの通船スタイル。

一見同じように見えて、キャビン後部の処理や、窓配置など、竣工時期や規模などによって、さまざまな違いが見られ、比べてみると興味深いものです。
(京浜運河、19年4月15日撮影)
これは…通船なのかな? まあ、雰囲気的にお仲間ということで(笑)。少々大型で、独立した操舵室を後部に備えたスタイル。

普通は、操舵席はキャビン最前部にあり、特に仕切りなどはないようです。
(亀島川、19年5月4日撮影)
こちらは船体色からして、警察からの払い下げ艇でしょうか。

キャビン後部に設けられた、キャンバスオーニングが、まるで取って付けたような違和感があり、いかにも後付け、といった感じですね。
(日本橋川、19年5月4日撮影)
真っ赤な旗をキャビンに張って、警戒船として使われている艇。

警戒船の仕事に就くと、長時間水上に留まることになりますから、キャビンが広く、居住性の良い通船は、喜ばれるのかもしれません。
(小名木川、19年6月23日撮影)



にほんブログ村 ヨット・ボート
2007/12/15のBlog
ひとつ積み残しがあるのを、忘れていました…。
印旛沼の帰り道に立ち寄った、街道沿いにあるお蕎麦屋さんで、看板代わりになっている、小型和舟を発見したのです。

長さは5m弱、一本水押、二階(舷側板二段)造り。船首尾の反りが少なく、舷側の低い船型から、川や湖などで、漁に使われていたと思われます。
胴の間にあったであろう、天蓋は外され、船首の甲板上には「商い中」の赤い看板が立てられてはいるものの、まだそんなに痛んでいないせいか、悲壮な感じはしません。
胴の間をのぞくと…ご覧のとおり水が満たされ、水槽として使われていることが判明。船体は、グラスファイバー塗装をされているようでしたので、こういう用途には、もってこいなのでしょうね。

そういえば子供のころ、海水浴場や料理屋などで、このような金魚鉢状態(笑)になった舟を、何度か見た記憶がありました。
造りとしては、木の器と同じ「曲げもの」である木っ端ブネの末路として、やはり水を満たす「うつわ」としての姿が、案外しっくり来ているようにも思えました。

なお、蓮の葉は浮いてはいるものの、魚の姿は見えませんでした。
ここに置かれて、何年経ったのかはわかりませんが、左側の棹床に、三本の棹が置かれたままになっているせいでしょう、つい最近まで、印旛沼や利根川で、働いていたように感じられたものです。
船尾部分のアップ。戸立に切り欠きがあるところを見ると、船外機を取り付けていたようです。期待していた櫓杭はなく、機走以外は、もっぱら棹で動かしたようでした。

右に見える、三本の棹の先端には、棹の内径に合わせた鉄の棒が指し込まれ、ホースを締めるときに使う、金属製のタガ(何て言うんでしょうね?)で、数ヶ所締め付けられていました。
恐らく、元のオーナーの手製なのでしょう。私もそろそろ、棹が欲しくなってきたので、自作の際の参考にさせてもらいます!

(19年11月18日撮影)

にほんブログ村 ヨット・ボート
2007/12/14のBlog
[ 18:38 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『酒直水門…3』のつづき)
酒直水門を離れて、長門川に沿った道を走っていたら、田んぼと小水路に挟まれた、雰囲気の良い小道が目に付き、入ってみることにしました。

この小道は、散策路にもなっているらしく、写真のような素朴な道標が立っており、これの野趣豊かな感じにも惹かれたのです。「川に呼ばれた」ならぬ、「道に呼ばれた」のですね(笑)。
小径に入ると、舗装はすぐに途切れ、わだちを残して背の高い草が繁る、いかにも農道といった感じになってきました。
クルマの腹が、草に打たれてバチバチバチ…と音を立て、しかも幅はギリギリ、ハンドル操作を誤れば、水路か田んぼに転落するので、自然とデッドスローに(笑)。まるで、浅い狭水路の航行さながらです。

写真は、今走ってきた道を、振り返って見たところ。道のレベルは、水面よりわずかに高い程度、その水との近しさがまたイイ感じで、嬉しくなりました。
1kmほど走ったでしょうか、橋の架かる、舗装路との交差点に出たので、橋の上から水路を見てみたくなり、クルマを降りました。写真は、酒直水門のある方向を見たところです。

水面とさして高度差のない美田が、視界いっぱいに広がる中を、細波ひとつない川面が、秋晴れの空を鏡のように映しながら、一直線に貫いている、素晴らしい水路風景…。水郷十六島にも負けない、理想的とも思える川景色に、しばし陶然となりました。
もっとも、ここは揚排水機場に挟まれた、利水のための水路…。素敵過ぎる水路風景を前に、指をくわえて見ているしかないのは、実に残念です。
こうなると、カヌーか分解式ミニボートでも、やりたくなりますねえ…。
これが、上の写真を撮った橋です。
このあたり、目標となる建物に乏しいので、こんな実用一点張りの橋でも、非常に存在感があるように見えてしまいます。う~ん、私の艇でくぐるのは、ちょっと難しそうかな?(笑)

そんなわけで、地図上の位置も少々怪しいのですが、おおむね以下の地点であろう、と推定しました。
撮影地点のMapion地図
橋詰に立っていた電柱を、ふと見たら…。おや、たくさんのトンボ君たちが、電柱の表面にぺったりと貼りついて、休憩中でした。

日光で温まった電柱は、気持ちがいいのでしょうか。微笑ましい光景をカメラに収めて、帰路につくことにしました。





(19年11月18日撮影)

11月18日の項の参考文献
運河 再興の計画 房総・水の回廊構想 (三浦裕二・高橋裕・伊澤岬 編著)彰国社
印旛沼の屋形船 周遊ガイド(観光案内パンフレット)社団法人 佐倉市観光協会

(この項おわり)

にほんブログ村 ヨット・ボート