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水路をゆく
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2008/02/09のBlog
(『お仕事ブネづくし…1』のつづき)
砂町運河に憩う、ゴミ運搬のバージ。
沖掛りした本船からの艀輸送…「瀬取り」が、ほぼ消滅してしまった今、彼らの数少ない活躍の場が、都内各所にある作業所から、中央防波堤埋立処分場まで不燃ゴミを運ぶ、環境局の清掃事業なのです。いつもご苦労さま…。
これもおなじみ、築地市場前の桟橋での風景。この船は、小笠原諸島から近海魚を運んでくる魚介運搬船、第一八幡丸です。

現在、築地に横付けする運搬船は3隻、年間水揚げ量は二千数百tあるとのこと。それでも、水運の全体に占める量は僅かで、築地市場全取扱量の0.4%だそうです。
(参考:『散歩の達人』2007年12月号、築地・月島・佃島特集、『築地の河岸揚げ』)
汐浜運河に休む曳船群を…。
おや、これは「11月11日の川景色」でも紹介した、木造曳船じゃないですか。ここがホームポートだったのですね。
時々見に来ようっと…。
緑色のこちらも、ほどよいくたびれ具合(笑)が、イイ感じですね。
寸詰まりで角張った船体は、豆タンクのような頼もしさがあります。
キャブの後ろに、異様に太くて長い曳航用ピットがついている…、と思ったら、桟橋を固定する杭でした(笑)。

今回のフネづくしは、これにてお終い。また機会があったら、愛すべき武骨な水路の住人たちの表情を、ご紹介したいと思います。




(19年12月31日撮影)

(この項おわり)

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2008/02/08のBlog
恒例の、フネづくしとまいりましょう。昨年大晦日に撮ったもので、おなじみ朝潮運河の船溜まりにもやう、お仕事ブネの面々から、まずは5隻を…。

青い船体の曳船。エンジンルームの、等間隔に配された3つの舷窓が、チャームポイント(?)といったところでしょうか。
後ろ3分の1あたりから、船首に向かってグッと反りかえった、甲板のラインが魅力的。ちょっと速そうな印象すら感じさせます。
上の曳船と、甲板のラインは似ていますが、キャブが少し長いせいでしょうか、落ちついた感じがします。
こちらは通船のようです。全長の割に乾舷が高く、甲板にはきついキャンバー(丸み)がかかっているようで、お世辞にもスマートとは言えない造作ですが、それがかえって、手作り臭のある、味わいにもなっているように思えます。
これはおとなしめな通船タイプ。船尾の竿に掲げられた赤い旗が、おりからの強風にへんぽんとひるがえり、何だか勇ましい雰囲気ですね。






(19年12月31日撮影)

(『お仕事ブネづくし…2』につづく)

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2008/02/07のBlog
[ 23:59 ] [ 水運趣味の本など ]
まさに水路バカ(笑)の部屋にうってつけの、カレンダーを見つけました!
…と言っても、私が発見したわけではなく、買ってきてもらったのですが…。昨年末、わが家にこのカレンダーが来たときは、思わず顔がほころんだものです。

ご覧のとおり、毎日の月の満ち欠けを描いた図の下に、潮汐をグラフ表示したものが配されているのがミソで、さらにその下の欄には、干満時刻とそれぞれの潮位はもとより、日の出・日の入時刻、旧暦月日なども、記入されているというもの。

宵の空を思わせる紺の地色に、レモン色の月がズラリと配されたデザインは、なかなかステキで、潮汐グラフの波形は生き物の鼓動を思わせて、幻想的な雰囲気すらあります。

潮汐のグラフそのものは、すでにおなじみの、海上保安庁海洋情報部HPにある「潮汐推算」(私がいつも参考にしているのは、芝浦の潮汐曲線)で、閲覧することができるのですが、やはり印刷物で、手軽に見ることのできるメリットは、予想以上に大きいものでした。

潮汐のグラフが、一日ごとのこま切れでなく、連続した状態で眺められるのも新鮮で、月齢に応じて、干満が変動してゆく様子がよくわかり、興味深いものがありました。
旧暦とはまさに、月や海とともにあり、人々の生活のリズムも、今とはまた違ったものだったのだろうなあ…、などと、しばし昔を想って遠い目に(笑)。いや、不定時法とか、和時計などにも、すごく惹かれるタチでして…。

なお、最初のページにある「カレンダーの見方」を読むと、潮汐グラフはなんと、私がいつも見ている芝浦のもので、日の出・日の入の時刻は、東京都のものでした。
この説明には、ちょっと妙なところがあり、潮汐の部分に、「波の満ち引きのグラフ」「波の高さ」などと、お茶目な(笑)注釈がしてあります。まあ、連続した潮汐グラフを眺めると、確かに大波小波のように、見えなくもありませんが…。

もちろんこのカレンダーは、実用に供することを考えて、作られたものではないでしょうから、正確な情報は、改めて別途確認するべきではありましょう。
ともあれ、浅いところと、天井の低いところ(橋の下、ね)ばかり通る川走り者にとっては、嬉しい構成のカレンダーであり、机の前に貼ってぼんやり眺めつつ、次の航行計画を練るのにも、実に具合の良い優れものです。


月と波のカレンダー 2008
寸法:257×364
発行:graphic station
(東京国際フォーラム1F フォーラム・アート・ショップ)

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2008/02/06のBlog
[ 19:51 ] [ 水路航行メモ ]
毎度当たり前のことで、恐縮ではありますが…。水に浮いて移動する乗り物である以上、それを浮かすに足るだけの、水の深さがあるところを選んで、走らねばなりません。

海図でも、水深は重要な情報として扱われています。まして、大海よりはるかに浅いとわかっている、川や運河を航くときにおいておや…。というわけで、川走りを始めてこの方、頭から片時も離れなかったのは、これから通る水路の水深と、自艇の喫水(船体の水面下にある部分)でした。

その後、母港を東京に移し、都内の水路を走り込むにつれて、橋の桁下が極端に低いところ、同様に水路幅が狭いところを通るときは、喫水だけでなく、各部の寸法を頭に入れておかないと、座洲と同じくらいの危険があることが、わかってきました。
この点、海を航行する艇との大きな違いであり、川走りならではの面白さが、味わえる部分でもあります。

まあ、このあたり、今までも、水路の紹介のたびに騒いで(笑)いるので、皆さんもお気づきかとは思いますが、今回は、水路と船体の各部寸法の関係について、メモ的に書き散らしてみたいと思います。
言葉だけでは説明しにくいので、再びポンチ絵を描いてみました。適当に描いたものですから、「こんな艇は実在しない!」などのツッコミはご勘弁ください(笑)。ちなみに、私の艇がモデルではありません。

ご覧のとおり、船外機艇というのは、喫水の一番深いところが、Aの船外機そのものになります。
構造上、水面下にひそむ岩や杭などが、船体自身の喫水・Bをクリアしても、後ろでゴツンとやってしまう危険があるわけで、この点、排水量船(漁船や商船など、動いているときと停まっているときの姿勢が変わらない船)のような、船底より上に舵やプロペラが位置している船とは、違った気遣いが必要ではあります。

Cの、水面上の高さは、橋や水門など、水面上に低く立ちはだかる、障害物の多い街場の水路では、喫水同様に重要な位置を占める寸法です。全高が高ければ高いほど、行動範囲は制限されてしまうことになります。

以上に挙げた3つは、搭載する人員や荷物の多少によって、若干変化することは言うまでもありません。逆に、底がつかえてしまうときは、人や積荷を一旦陸揚げしたり、また、橋にぶつかりそうなときは、逆に積荷を増やすような方法も、考えられるわけです。

水運が盛んだった時代、潮時とにらみ合わせ、艀の積荷の量を調整して、低い橋や浅瀬を通過させるのは、船頭の腕の見せどころでしたし、空船を曳いておき、浅瀬にかかると本船の荷を移して、喫水を上げる方法は、利根川筋でも古くから行われていたそうです。

残るDEですが…、これは水路幅の狭いところで、転回する必要に迫られた際、やはり知っておいて損はないな、と思った寸法です。
Eの全長については、言うまでもなく、これが水路幅より大きければ、そのまま後進するほかなくなるわけです。

Dの喫水線長は、船首部分を差しい引いて、転回できる環境にあるときに役立ちます。例えば北十間川のように(『北十間川西端部…3』参照)、護岸の高さが水面に近い場合や、また水面下ぎりぎりのところに、基礎護岸などが沈んでいるときは、船首を陸上に突き出して艇を回すことができ、その分有効長がかせげるわけです。

参考までに、私の艇の各部寸法を掲げると、以下のとおりになります。
実測しづらいところは、メーカーに出してもらった、図面から割り出しました。
A. 0.8m
B. 0.25m
C. 1.5m
D. 5.4m
E. 6.5m
Aの寸法が0.8mだからといって、水深は1m必要なのかというと、そうでないのが船外機のいいところ。
要は、船外機自身を、後ろに跳ね上げられる(チルトアップ)仕組みになっているので、浅いところでは左図のようにギリギリまで上げて、そろり、そろりと艇を「歩かせ」るのです。

チルトの調整は、本来高速で滑走する際の、姿勢制御に使うらしい(申しわけない、よく知りませなんだ…)のですが、私の場合はもっぱら、浅いところでの用心のために活用していました。
スクリュープロペラは、深いところにあってこそ、効率よく水をかく性質の推進器なので、図のように水面近くまで上げてしまうと、空気を噛んで空回りする恐れもあり、また軸線が上を向いて効率も落ちますから、最微速で回すほかありません。

まあ、何よりこんなに浅いときは、スピードを出す気になど、なれないのですが…。ちなみに、この方法で通過した最小水深は、魚探の測深値で0.4m。ペラやスケグをだいぶ擦りましたが無事突破、底質は砂だったので、事故には至りませんでした。

万止むを得ないときは、船外機を一杯に上げ、ボートフックやデッキブラシの柄(笑)でつついて脱出、という芸当もできるのですから、浅喫水の船体さまさまといったところです。(そろそろ、本格的な棹も欲しいです…。)

舶用エンジンは、陸上のエンジンと違い、冷却は周囲にある水を、吸入口から吸い込んで行っているので、浅いところでは泥などの異物を吸い込む恐れも大きく、そういう意味では、こうして浅いところを走るのは、あまりお勧めできるものではありません。

十数年前、江戸川を中心に攻めていた時期(『平成7年8月・江戸川…1』ほか参照)は、空冷式の船外機とか、上部にラジエーターの付いた、循環式水冷の船外機(笑)があったらいいなあ…などと、よく妄想したものでした。
のちに、北米の浅い湖沼を走る平底ボートで、まさにラジエーターのあるエンジンを載せたものを見たときは、ちょっとうらやましくなったものです。

このように、各部の寸法がわかっていれば、あとは潮汐推算グラフ(海上保安庁海洋情報部)で潮時をはかり、水路誌や参考記事(『通航ガイド2題』『久々に川走りの記事が!』参照)で橋の桁下高・水深を確認、念を入れてウェブ航空写真で、浅いところの澪筋をつかめば…。事前調査も万全、もう怖いモノなし!

…と、すんなりゆかない水路も、まだまだ多いのですが、それでもかつてに比べれば、内水の情報は、だいぶ豊富になってきました。
そうでない水路は、自ら陸路調査におもむくか、ぶっつけ本番で、文字通り橋や水底にぶつかるかどうか、行ってみるしかないのですが、良いほうに取れば、まだ当分は冒険気分が楽しめそう、ということでしょうか。

(写真は大横川、18年9月2日撮影)

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2008/02/03のBlog
[ 20:18 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『クローバー橋を渡る』のつづき)
せっかく来たのだからと、なじみの水路の俯瞰写真を撮ってみました。ほぼ同一地点で四方を望めるのは、十字形の橋ならではです。

まずは小名木川、東方を見たところ。越中島貨物線のトラス橋が、陽射しを浴びて輝いているように見えます。
写真左、大きなマンションのある辺りは、江戸・明治期を通じて有名だった、「釜屋」の鋳物工場があったところ。工業地帯としての江東は、ここから始まったと言って良いかもしれません。
同じく西方。小名木川橋、小松橋の間から、扇橋閘門の赤い扉体がチラリとのぞけます。

こうして橋の上から見ると、横十間川との十字流から、西の小名木川は、水路幅がぐんと広がっており、倍近くあるのがよくわかりますね。これは恐らく、関東大震災後の、帝都復興事業で拡幅されたものでしょう。
当時の「河川運河事業」という図を見ると、小名木川西半部、横十間川を筆頭に、築地川、汐留川などが、整備の対象となったことが描かれており、水運が、物流の重要な位置を占めていた時代をしのばせます。
北方、横十間川可航部の風景。
11月11日の川景色」で紹介しましたが、昨年通ったとき、右手前に陣取っていたクレーン付き台船は、左手奥の大島橋近くに場所を移しています。
横十間川独特の、桟道式の遊歩道の工事でしょうか。

十字流上空だけあって、冷たい風が容赦なく体温を奪ってゆきます。ううう、そろそろ退散しますか…。
大島橋西詰まで歩いてくると、一本の立木に守られた、小さな祠があったので、思わずお参り。石柱には「釜屋堀子育地蔵」とありました。その名のとおり、子供がすくすく育つような、霊験があるのでしょうか。

ちなみに釜屋堀とは、横十間川の別名で、先ほど触れた「釜屋」にちなんだ呼び名です。長きに渡り、徳川家の御用鋳物師を務めた「釜屋」の、この地での存在感の大きさが、髣髴できるようですね。
祠の左脇に鎮座していた、この古そうな石仏…?に、心惹かれてしまいました。

星霜を経て、摩滅してしまったのでしょうか。ディテールが極端に乏しい、言わばのっぺらぼうではあるものの、輪郭の曲線はまろやかで、優しさと素朴な味わいがあります。お供え物が新しいのも、近所の方の心遣いがうかがえて、温かい気持ちになりますね。
この小さな仏様も、江戸の昔から、水路をゆくフネブネを見守って来たに違いありません。これからもどうか、横十間川を通る船たちを、よろしくお願いします…。
撮影地点のMapion地図

(20年1月27日撮影)

1月27日の項の参考文献
ゆこうあるこう こうとう文化財まっぷ(江東区教育委員会)
江東古写真館 ~想い出のあの頃へ~(江東区教育委員会)
日本の近代をデザインした先駆者 生誕150周年記念後藤新平展図録(東京市政調査会)

(この項おわり)

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2008/02/02のBlog
[ 19:15 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『和船友の会で体験乗船…3』のつづき)
横十間川親水公園から北に歩き、小名木川と横十間川の十字流に架かるX字形の橋、小名木川クローバー橋を渡ってみることにしました。

過去に、「小名木川…2」「ちょっとお散歩…2」ほかでもご紹介したように、幾度となくくぐっている橋なのですが、自分の足で渡るのは初めて。水路行でおなじみの場所を歩くのは、目線が違うせいかとても新鮮で、ワクワクした気分になれます。
南西側の橋詰にある、親柱です。
高欄周りは石造、その上に設けられた橋灯も、十字形の橋にちなんだのでしょう、4連のグローブ灯がおごられており、銘板は輝く真鍮製…。

軽快な箱桁橋の親柱としては、ちょっとアンバランスなのでは、と思えるほど、渋く重厚な雰囲気で、ここだけ見ると戦前の橋のようですね。
橋詰から中心部を見たところ。
こうして眺めると、十字の交差点に向かって、相当な勾配をつけてあるのがわかります。橋脚のない橋なので、強度を持たせる意味もあるのでしょう。

写真で切り取ってみると、パース画のようでもあり、なかなかカッコいいですね…。
真ん中まで来ました。写真は北西方を見たところです。
当たり前ですが、人や自転車の往来は繁く、地域の交通路として、重要な役割を果たしている橋であることが、実感できました。

なお、本橋のスペックについては、「小名木川クローバー橋」(江東区HP)に掲載されています。
水路の十字流の、さらに真ん中上空だけあって、眺望は最高です。まあ、四周に風をさえぎるものもないので、すごく寒くもあるのですが(笑)。
写真は、クローバー橋の中央から見た、水門橋です。

その名のとおり、水門を兼ねた橋で、横十間川親水公園からの排水を、小名木川に流す吐け口の役目をしています。落差があるので、どうしても水が泡立ってしまい、あまり水質が良くないように見えてしまいます。

水の吐け口である中央の径間が、岸からでは良く見えないので、どんな構造か判じかねていたところ、「水門橋」(水彩都市江東商店街連合会)に紹介記事を発見。こちらによると、水門というよりは、角落し式の可動堰のようですね。

水門らしくない外観ではありますが、水門ファンの皆さんは、どう思われるでしょうか。ちょっとした変り種物件として、むしろ興味をそそられる方も、おられるかもしれません。
(艇からの写真は、『小名木川…2』ほか参照)
撮影地点のMapion地図

(20年1月27日撮影)

(『クローバー橋周辺』につづく)

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2008/02/01のBlog
[ 19:05 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『和船友の会で体験乗船…2』のつづき)
親水公園の北端近く、三島橋の手前でふたたび折り返します。
この向こうは、扇橋閘門もほど近い、小名木川と横十間川との十字流ですが、親水公園の水面は外の水路とは仕切られており、水面の高さも異なるので、外に出ることはできません。

帰路は、ほんの少しだけですが、お願いして、櫓漕の体験をさせていただきました。
実は…昨年から我流で、櫓漕ぎの練習を始めており、ひととおり漕げるようになってから、本職の方に見てもらい、悪いところを指摘していただこうと思っていたので…。今まで訪ねたい気持はありながら、こちらにうかがうのが遅くなってしまったわけです。
撮影地点のMapion地図

で、練習の成果は如何、と申しますと…。
ホンモノの和船を動かすということで、ちょっと緊張していたのでしょうか、さっそく櫓をログイ(支点の突起)から脱落させる、という失敗をやらかしてしまいました(泣)。
ようやく櫓の座に立つと、今度はベテラン会員の方から「左足を前に出すんだよ」と、ポジションの指導が入るなど、もう惨憺たるありさまです(涙)。

そんなわけで、会員の方のように、スマートに力強く、というわけにはもちろん行きませんでしたが、ベテランのご指導もあって、数分間の櫓漕を楽しませていただきました。オールと違い、先端が水から離れることはない櫓は、漕いでいるときも、音らしい音はほとんどせず、とても静かです。
小粋な一本ミヨシの舟を、この手で漕いでいる…。和船好き冥利に尽きるひとときでした。
(櫓漕中のシーンについては、リンクさせていただいているGL-Laboの、『本物の「櫓‥実物と妙技」をこの目で見る』に、詳しい記事が掲載されています。ぜひご一読ください)
帰路に行き合った、猪牙(ちょき)舟です。岩井橋下の船溜りに、仕舞いに行くのでしょう。

時代劇などで、名前をご存知の方も多いと思いますが、荷足(にたり)や伝馬が客貨兼用だとすれば、こちらは旅客専用です。開き(側板の取付け角)の少ないスマートな船型で、スピードが出しやすかったため、今で言えば水上タクシーとして、重宝された船種でした。
ただ細身な分、揺れやすいでしょうから、漕ぎ方には熟練を要するかもしれませんね。
船着場近くまで戻ってきました。水路の狭くなった部分、中央に小島が設けてあるのが見えます。噴水か何かでしょうか。
もともと、貸しボート場も兼ねているので、水面に変化をつけるためでしょうね。

写真左には、これも船溜りに帰る舟が一艘。お一人で「単独航行」されているので、経験者とお見受けしました。
楽しい時間は、本当にあっという間に過ぎ去ります。桟橋に接岸し、お礼を言った間なしに、舟の収納準備が始まりました。
年配会員の指揮のもと、テキパキと支柱が立てられ、オーニングがかぶせられて準備完了。船乗りらしい、息の合った手際の良さは、見ていて爽快なものでした。

会員は、江東区在住の方ばかりではなく、遠方から、毎週の活動日に通ってこられる方もおられるとのこと。また、入会するまで、船に触れたこともなかった、という会員もおられるそうです。
皆さん、熱心だということはもちろんでしょうが、櫓漕と言う技術を守ってきた、先輩に対する尊敬がなければ、このチームワークは、生まれ得なかったように思えました。
最後の一艘が船溜りに向かい、会員の皆さんが乗船場の前に集まると、片づけながらの雑談会、といった雰囲気に。
先ほど同乗してくださった、ベテラン会員の方を中心に、興味深いお話をたくさん伺うことができました。

曰く、和船のうち一艘は、ヨットの造船所として海外にも有名な、佐野造船所で造られたものがあること。ベテラン会員のお一人は、かつては艀を家として、本船との瀬取りに働いていた水上生活者であり、今でも陸にいるより、船に乗っていた方が元気があること。ご自身も友人の17ft艇で、東京湾を縦断、館山(!)まで行ったことがある……など、など、面白いお話ばかりで、寒さも忘れるほどでした。

そして何より、会員の皆さんが、心から和船がお好きで、この体験乗船会を運営されていることが伝わってきて、胸熱くなる思いがしたものです。
会員の皆さん、大変お世話になり、ありがとうございました。
もっと練習して、上手に漕げるようになってから、またお邪魔させていただきたいものです…。

(20年1月27日撮影)

(『クローバー橋を渡る』につづく)

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2008/01/31のBlog
[ 20:56 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『和船友の会で体験乗船…1』のつづき)
勇んで海辺乗船場に駆けつけてみると、本日2度目のドッキリ。「強風の為 操船中止」の貼り紙が…。
会員の皆さんも、一部片づけを始められていました。そういえば、先ほど写した和船も、一艘はオーニングをかけていましたから、もう仕舞いに行く途中だったのでしょう。

う~ん、やはり寝坊したのが仇になったか…。ご迷惑とは思いつつも、もう一押し、お願いしてみることに。「先ほど電話したものですが…」
幸い、年配の方の判断で、特に舟を出してくださることになり、丁重にお礼を申し上げて、桟橋に出ました。

風が強く、狭い水路上では、注意を要することには変わりないので、櫓を担当する方のほか、胴の間に一人、ミヨシ(船首)近くに櫂を持った方が一人と、ベテランお二人がサポート役として、乗り組んでくださることに。
乗客2名に対し、会員の方3名で舟を動かしていただくという、はなはだ贅沢な水路行となり、やはり無理を言って悪かったかしらと、恐縮しきりです。
貸していただいた救命胴衣をはおり、木の感触が心地よい、胴の間に腰を下ろすと、伝馬船は早速解纜。船着場を離れて、まずは親水公園の南端へ向かいます。

ちょっと意外だったのは、櫓を握るのが、とても若い男性会員だったこと。失礼ながら、一見華奢な彼の印象とは裏腹に、櫓さばきは堂に入っていて、しかも力強く、舟はグイグイと風をついて快走します。
ベテラン会員のお話によれば、若者だけでなく、女性会員も数名おられ、しばらく練習して経験を積んだのち、試験にパスして初めて、お客さんを乗せての「営業航行」が許されるのだとか。
先ほど渡った、千砂橋をくぐった先の水路の太くなったところで、舟を回頭させて北上。ミヨシ近くに座ったベテラン氏が、回頭の際などに適宜櫂を使って、風による横流れを補正してくれました。

漕ぎ手の方の力漕で、先ほどくぐった海砂橋が、あっという間に近づいてきました。船着場の前を過ぎて、しばらく北上します。
水管橋の陰になり、よく見えませんが、清洲橋通りを渡す、岩井橋をくぐります。

このすぐ右手は、橋の下の空間を利用した、和船友の会の船溜りになっているとのこと。未使用時にはオーニングをかぶせるとはいえ、何しろ大切な和船です、雨露をしのげる橋の下は、格好の格納場所に違いありません。
船溜りの水面は、杭とロープで区切られているようでした。
撮影地点のMapion地図

(20年1月27日撮影)

(『和船友の会で体験乗船…3』につづく)

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