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2008/02/13のBlog
[ 20:55 ]
[ 水門・閘門 ]
(『大洲閘門…3』のつづき)大洲閘門のすぐ北、閘室を渡る道路をまっすぐ行ったところに、並んで立っている、二つの水門が見えました。
すわ、閘門か?
そんなうまい話はそうそうあるまい、と思いつつも、息せき切って、近くに行ってよく見ると…、やはり、どうもそれらしくありません。左側にいた釣り人さんに、びっくりしたような顔をされてしまいました。ごめんなさい…。
【撮影地点のMapion地図】
やっぱり、二匹目のドジョウはなんとやらでした(笑)。低い堤防を貫通していることから、樋門かと思いましたが、門柱にあったプレートを見ると、なんと暗渠を名乗っていました。
このあたり、どういった部分で類別されているのか、詳しく知りたいものです。
大洲閘門を離れ、前川に寄り添うようにして伸びる道路を、ひたすら東へ。視界右手には、常に前川の水面があるという、水路バカにとっては、まったくたまらない道です。水面に浅瀬や岩は見えず、ご覧のとおり橋も、小舟艇の航行には充分な、桁下高がとってある…。
水郷の可航水路に共通する、船への優しさがにじみ出た川の表情に、ハートはわしづかまれっぱなし(笑)。
途中、小屋付きの桟橋にもやう、エンジン付き和船の姿も見ることができました。前川の東端部は、まだ決して、船影が絶えたわけではないことがわかり、ちょっと救われた思いがしたものです。
(20年2月10日撮影)
(『米島閘門…1』につづく)
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2008/02/12のBlog
[ 21:58 ]
[ 水門・閘門 ]
(『大洲閘門…2』のつづき)東側から、閘室をのぞきこんでみました。扉体の寸法からすると、意外と広く感じられます。閘門をはさんだ水位差は、0.5mくらいでしょうか。
側壁には、等間隔にアイ(鉄環)が取り付けられており、橋の下には、FRP製の小舟が一艘、寂しそうにもやわれているのが見えました。
川辺に下りて、東側ゲートを見上げてみました。水面にゴミのないせいもありますが、この角度から見ると、周囲の草むらもすさんだ感じがせず、古びた小閘門とよく調和した、風情のある水辺の景色に見えました。
電線や電柱がなければ、閘門がもっと際立った眺めになったことでしょう。
東側ゲートの向こう側に広がる、前川の川景色です。う~ん、これまたそそる、走ってみたくなる水路風景…。明治時代の地図を見ると、ここから鰐川(北浦の末端部)に向かって、水路は大きくラッパ状に口を開き、ちょうど入り江のようになっていました。十六島同様、ここもまた、沖積低地を埋め立てた、人工の沃野なのです。
閘門近くの穴場とあって、釣り人さんの姿もちらほら見えました。
【撮影地点のMapion地図】
西側からの大洲閘門全景を、改めて。閘室をまたぐ道路は、交通量がかなり多く、その賑やかさがかえって、古い閘門の寂しい雰囲気を、際立たせているようでした。
下利根にいくつか見られる、通航船からのセルフ操作で運転できる閘門のように、「近代化改装」したら、とも思うのですが…。管轄の違いからか、それを許されずに取り残されてしまった、この大洲閘門や仲江間閘門(『仲江間の小さな閘門…1』以下のシリーズ参照)のような存在が、まだいくつかあるのかも知れませんね。
ともあれ、この古風な姿が、長くこの前川の地にあることを、願わずにはいられません…。
(20年2月10日撮影)
(『大洲閘門の近くに…』につづく)
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2008/02/11のBlog
[ 21:32 ]
[ 水門・閘門 ]
橋の上から、扉体を見たところ。下の扉が、上の扉上端にあるフックを引っ掛けて、一緒に上がってくるしくみの、「フック式二段ローラーゲート」という形式です。
扉体を吊り上げる左右のワイヤーは、ご覧のとおりすっかりたるんでしまって、もう長い間、メンテナンスもされていないように見えました。
同じく橋の上から、東側のゲートを見たところです。こちらが、水位の低い側になります。左にある小屋は、操作室のようですね。正面に回ってみましょう。
小屋は比較的新しい造りなので、電気設備を更新した際、あわせて新築されたと思われます。
操作室の入口側です。普通なら「××閘門運転室」などと書かれた、表札が下がっているところですが、これといった表記もなく、連絡先の表示もありませんでした。閘室や扉体付近にも、通航船側から操作できるような、スイッチ類は一切見られなかったので、役場に連絡があったときのみ、係の方が出張ってきて、運転する方式なのでしょう。
これで、廃門(?)となったわけではないことを知って、少しホッとしたものの、いつでも自由に通航できるような、構造ではないこともわかりました。
ある意味、サッパの船頭さんの言葉は、間違いではなかったのでしょうね。
(20年2月10日撮影)
(『大洲閘門…3』につづく)
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[ 21:31 ]
[ 水門・閘門 ]
「また水郷か!」と、言われてしまいそうですが…。夜来の大荒れの天気も、何とか持ち直した2月10日、またも「水路の理想郷」下利根流域を訪ねて、点在するいくつかの閘門と、魅力的な水路風景を見て回ってきました。
今回の振り出しは、潮来市街を貫流する、前川の大洲付近。「ふたたび水郷へ!…10」でも紹介した、サッパ遊覧の折り返し地点もある、池のように幅が広くなった水面です。写真は、下流方を見たところ。
このすぐ上流側、川幅が再び狭まるあたりにあるのは…。
水郷十六島の、扇島閘門(『扇島閘門…1』以下のシリーズ参照)に勝るとも劣らない、極小閘門が! 道を挟んで、高低二つのゲートが並立する姿は、これが二重式の水門ではなく、閘門であることを示しています。はなから濃厚なな物件に出会うことができ、もう興奮状態(笑)。
しかし、枯れた草むらに囲まれた様子は、古びたコンクリートの雰囲気とあいまって、まるで廃墟のよう…。天端に、機器類が見えないこともあり、使われなくなって久しいような感じを受けました。
【撮影地点のMapion地図】
この閘門、大洲閘門と言って、昨年、検索していたら、「爆釣マップ Y 曲松」(爆釣!!C.ぱお)がヒットし、記事を読んで以来、気になっていたものです。毎度のことながら、釣り人さんのサイトには、目的は違えど、刺激を受けることが少なくありません。(相互リンク先である、『日本の川と災害』の『閘門位置図』にも掲載されています)「ふたたび水郷へ!…10」でうかがった、サッパの船頭さんのお話では、「前川から北浦へは、抜けられない」というニュアンスでした。もしかしたら、もう通航できない状態なのかしら…。
西側のゲートを、一枚目の写真と、同一地点から見たところ。船頭さんの話が、先入観になっていたこともあり、この状態を目にしたときは、てっきり扉の前が、土で埋められているものだと思ってしまいました。
よくよく観察してみると、おりからの強風で、水面上のゴミが、隅っこであるここに吹き寄せられ、厚く層をなしていただけと判明…。閘門に至る水路は、ちゃんとつながっていました。
いや、それにしてもすごいゴミです。折り重なって固まり、上を歩いて渡れそうでした。
西側正面には、石造りの銘板が掲げられていました。右書きの文字もいかめしい、立派なもので、小閘門と言えど、大きな期待を寄せられていたことがうかがえます。
さて、可動状態にはあるのでしょうか。ちょっとワクワクしながら、細部を検分しようと、周りをうろついてみました。
裏側に、メーカーズプレートがありました。こちらも書体が独特で、何か古風な感じがします。昭和38年製、径間は2.8m…。幅は扇島閘門より若干小さく、サッパなどの農舟向けに、造られたものであることがわかります。
この小ささ、いいですねえ…。サッパ遊覧で、ここを通過するコース、設定していただけないものでしょうか…。
(20年2月10日撮影)
(『大洲閘門…2』につづく)
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2008/02/09のBlog
[ 22:02 ]
[ 船 ]
(『お仕事ブネづくし…1』のつづき)砂町運河に憩う、ゴミ運搬のバージ。
沖掛りした本船からの艀輸送…「瀬取り」が、ほぼ消滅してしまった今、彼らの数少ない活躍の場が、都内各所にある作業所から、中央防波堤埋立処分場まで不燃ゴミを運ぶ、環境局の清掃事業なのです。いつもご苦労さま…。
これもおなじみ、築地市場前の桟橋での風景。この船は、小笠原諸島から近海魚を運んでくる魚介運搬船、第一八幡丸です。現在、築地に横付けする運搬船は3隻、年間水揚げ量は二千数百tあるとのこと。それでも、水運の全体に占める量は僅かで、築地市場全取扱量の0.4%だそうです。
(参考:『散歩の達人』2007年12月号、築地・月島・佃島特集、『築地の河岸揚げ』)
キャブの後ろに、異様に太くて長い曳航用ピットがついている…、と思ったら、桟橋を固定する杭でした(笑)。
今回のフネづくしは、これにてお終い。また機会があったら、愛すべき武骨な水路の住人たちの表情を、ご紹介したいと思います。(19年12月31日撮影)
(この項おわり)
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2008/02/08のBlog
[ 20:25 ]
[ 船 ]
恒例の、フネづくしとまいりましょう。昨年大晦日に撮ったもので、おなじみ朝潮運河の船溜まりにもやう、お仕事ブネの面々から、まずは5隻を…。青い船体の曳船。エンジンルームの、等間隔に配された3つの舷窓が、チャームポイント(?)といったところでしょうか。
こちらは通船のようです。全長の割に乾舷が高く、甲板にはきついキャンバー(丸み)がかかっているようで、お世辞にもスマートとは言えない造作ですが、それがかえって、手作り臭のある、味わいにもなっているように思えます。
これはおとなしめな通船タイプ。船尾の竿に掲げられた赤い旗が、おりからの強風にへんぽんとひるがえり、何だか勇ましい雰囲気ですね。(19年12月31日撮影)
(『お仕事ブネづくし…2』につづく)
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2008/02/07のBlog
[ 23:59 ]
[ 水運趣味の本など ]
まさに水路バカ(笑)の部屋にうってつけの、カレンダーを見つけました!…と言っても、私が発見したわけではなく、買ってきてもらったのですが…。昨年末、わが家にこのカレンダーが来たときは、思わず顔がほころんだものです。
ご覧のとおり、毎日の月の満ち欠けを描いた図の下に、潮汐をグラフ表示したものが配されているのがミソで、さらにその下の欄には、干満時刻とそれぞれの潮位はもとより、日の出・日の入時刻、旧暦月日なども、記入されているというもの。
宵の空を思わせる紺の地色に、レモン色の月がズラリと配されたデザインは、なかなかステキで、潮汐グラフの波形は生き物の鼓動を思わせて、幻想的な雰囲気すらあります。
潮汐のグラフそのものは、すでにおなじみの、海上保安庁海洋情報部HPにある「潮汐推算」(私がいつも参考にしているのは、芝浦の潮汐曲線)で、閲覧することができるのですが、やはり印刷物で、手軽に見ることのできるメリットは、予想以上に大きいものでした。潮汐のグラフが、一日ごとのこま切れでなく、連続した状態で眺められるのも新鮮で、月齢に応じて、干満が変動してゆく様子がよくわかり、興味深いものがありました。
旧暦とはまさに、月や海とともにあり、人々の生活のリズムも、今とはまた違ったものだったのだろうなあ…、などと、しばし昔を想って遠い目に(笑)。いや、不定時法とか、和時計などにも、すごく惹かれるタチでして…。
なお、最初のページにある「カレンダーの見方」を読むと、潮汐グラフはなんと、私がいつも見ている芝浦のもので、日の出・日の入の時刻は、東京都のものでした。この説明には、ちょっと妙なところがあり、潮汐の部分に、「波の満ち引きのグラフ」「波の高さ」などと、お茶目な(笑)注釈がしてあります。まあ、連続した潮汐グラフを眺めると、確かに大波小波のように、見えなくもありませんが…。
もちろんこのカレンダーは、実用に供することを考えて、作られたものではないでしょうから、正確な情報は、改めて別途確認するべきではありましょう。
ともあれ、浅いところと、天井の低いところ(橋の下、ね)ばかり通る川走り者にとっては、嬉しい構成のカレンダーであり、机の前に貼ってぼんやり眺めつつ、次の航行計画を練るのにも、実に具合の良い優れものです。
月と波のカレンダー 2008寸法:257×364
発行:graphic station
(東京国際フォーラム1F フォーラム・アート・ショップ)
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2008/02/06のBlog
[ 19:51 ]
[ 水路航行メモ ]
毎度当たり前のことで、恐縮ではありますが…。水に浮いて移動する乗り物である以上、それを浮かすに足るだけの、水の深さがあるところを選んで、走らねばなりません。海図でも、水深は重要な情報として扱われています。まして、大海よりはるかに浅いとわかっている、川や運河を航くときにおいておや…。というわけで、川走りを始めてこの方、頭から片時も離れなかったのは、これから通る水路の水深と、自艇の喫水(船体の水面下にある部分)でした。
その後、母港を東京に移し、都内の水路を走り込むにつれて、橋の桁下が極端に低いところ、同様に水路幅が狭いところを通るときは、喫水だけでなく、各部の寸法を頭に入れておかないと、座洲と同じくらいの危険があることが、わかってきました。この点、海を航行する艇との大きな違いであり、川走りならではの面白さが、味わえる部分でもあります。
まあ、このあたり、今までも、水路の紹介のたびに騒いで(笑)いるので、皆さんもお気づきかとは思いますが、今回は、水路と船体の各部寸法の関係について、メモ的に書き散らしてみたいと思います。
言葉だけでは説明しにくいので、再びポンチ絵を描いてみました。適当に描いたものですから、「こんな艇は実在しない!」などのツッコミはご勘弁ください(笑)。ちなみに、私の艇がモデルではありません。
ご覧のとおり、船外機艇というのは、喫水の一番深いところが、Aの船外機そのものになります。構造上、水面下にひそむ岩や杭などが、船体自身の喫水・Bをクリアしても、後ろでゴツンとやってしまう危険があるわけで、この点、排水量船(漁船や商船など、動いているときと停まっているときの姿勢が変わらない船)のような、船底より上に舵やプロペラが位置している船とは、違った気遣いが必要ではあります。
Cの、水面上の高さは、橋や水門など、水面上に低く立ちはだかる、障害物の多い街場の水路では、喫水同様に重要な位置を占める寸法です。全高が高ければ高いほど、行動範囲は制限されてしまうことになります。
以上に挙げた3つは、搭載する人員や荷物の多少によって、若干変化することは言うまでもありません。逆に、底がつかえてしまうときは、人や積荷を一旦陸揚げしたり、また、橋にぶつかりそうなときは、逆に積荷を増やすような方法も、考えられるわけです。水運が盛んだった時代、潮時とにらみ合わせ、艀の積荷の量を調整して、低い橋や浅瀬を通過させるのは、船頭の腕の見せどころでしたし、空船を曳いておき、浅瀬にかかると本船の荷を移して、喫水を上げる方法は、利根川筋でも古くから行われていたそうです。
残るDとEですが…、これは水路幅の狭いところで、転回する必要に迫られた際、やはり知っておいて損はないな、と思った寸法です。Eの全長については、言うまでもなく、これが水路幅より大きければ、そのまま後進するほかなくなるわけです。
Dの喫水線長は、船首部分を差しい引いて、転回できる環境にあるときに役立ちます。例えば北十間川のように(『北十間川西端部…3』参照)、護岸の高さが水面に近い場合や、また水面下ぎりぎりのところに、基礎護岸などが沈んでいるときは、船首を陸上に突き出して艇を回すことができ、その分有効長がかせげるわけです。
参考までに、私の艇の各部寸法を掲げると、以下のとおりになります。実測しづらいところは、メーカーに出してもらった、図面から割り出しました。
A. 0.8m
B. 0.25m
C. 1.5m
D. 5.4m
E. 6.5m
Aの寸法が0.8mだからといって、水深は1m必要なのかというと、そうでないのが船外機のいいところ。要は、船外機自身を、後ろに跳ね上げられる(チルトアップ)仕組みになっているので、浅いところでは左図のようにギリギリまで上げて、そろり、そろりと艇を「歩かせ」るのです。
チルトの調整は、本来高速で滑走する際の、姿勢制御に使うらしい(申しわけない、よく知りませなんだ…)のですが、私の場合はもっぱら、浅いところでの用心のために活用していました。
スクリュープロペラは、深いところにあってこそ、効率よく水をかく性質の推進器なので、図のように水面近くまで上げてしまうと、空気を噛んで空回りする恐れもあり、また軸線が上を向いて効率も落ちますから、最微速で回すほかありません。
まあ、何よりこんなに浅いときは、スピードを出す気になど、なれないのですが…。ちなみに、この方法で通過した最小水深は、魚探の測深値で0.4m。ペラやスケグをだいぶ擦りましたが無事突破、底質は砂だったので、事故には至りませんでした。万止むを得ないときは、船外機を一杯に上げ、ボートフックやデッキブラシの柄(笑)でつついて脱出、という芸当もできるのですから、浅喫水の船体さまさまといったところです。(そろそろ、本格的な棹も欲しいです…。)
舶用エンジンは、陸上のエンジンと違い、冷却は周囲にある水を、吸入口から吸い込んで行っているので、浅いところでは泥などの異物を吸い込む恐れも大きく、そういう意味では、こうして浅いところを走るのは、あまりお勧めできるものではありません。十数年前、江戸川を中心に攻めていた時期(『平成7年8月・江戸川…1』ほか参照)は、空冷式の船外機とか、上部にラジエーターの付いた、循環式水冷の船外機(笑)があったらいいなあ…などと、よく妄想したものでした。
のちに、北米の浅い湖沼を走る平底ボートで、まさにラジエーターのあるエンジンを載せたものを見たときは、ちょっとうらやましくなったものです。
このように、各部の寸法がわかっていれば、あとは潮汐推算グラフ(海上保安庁海洋情報部)で潮時をはかり、水路誌や参考記事(『通航ガイド2題』『久々に川走りの記事が!』参照)で橋の桁下高・水深を確認、念を入れてウェブ航空写真で、浅いところの澪筋をつかめば…。事前調査も万全、もう怖いモノなし!…と、すんなりゆかない水路も、まだまだ多いのですが、それでもかつてに比べれば、内水の情報は、だいぶ豊富になってきました。
そうでない水路は、自ら陸路調査におもむくか、ぶっつけ本番で、文字通り橋や水底にぶつかるかどうか、行ってみるしかないのですが、良いほうに取れば、まだ当分は冒険気分が楽しめそう、ということでしょうか。
(写真は大横川、18年9月2日撮影)
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