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水路をゆく
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2008/06/12のBlog
[ 23:01 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
(『那珂湊漁港水門』のつづき)
珍品の漁港水門を堪能したあとは、ご当地の誇る史跡、反射炉跡を訪ねました。反射炉とは金属溶解炉の一形式で、幕末に各地で建造され、史跡として残されているところもあるので、ご存知の方も多いでしょう。

反射炉跡は、吾妻台と呼ばれる、ご覧のような高台の一端にあります。「水路をゆく」で、山登りはミスマッチのように思われるかもしれませんが、海事つながりの史跡ということで、ここはあえて、船頭の山登りを演じさせていただきます…。
階段を登りつめると、木立に囲まれた平場に、二本の煙突を持つ反射炉が、静かにたたずんでいました。

この奥に、那珂湊第一高校が隣接しているせいでしょう、運動部の練習する声がかすかに聞こえ、人影は見えなくとも、決して寂しい雰囲気ではありませんでした。
吾妻台からの眺めは素晴らしく、那珂川方面が一望のもとに見渡せました。写真中央付近に小さく、先ほど渡ってきた、湊大橋が見えます。

昔から、鋳造をするのに適した土地は、このような「高燥の地」だと言われますが、それに加えて、那珂川の水運の便もあり、さらに大砲の中刳り(仕上げ工程)をする、水車の動力も得られるなど、ここはまさに、うってつけの場所だったと言えるでしょう。
正面から、反射炉を見たところ。
説明板によると、実物は元治元年(西暦1864年)に起こった、元治甲子の乱で破壊されてしまい、現在あるものは、昭和12年に復元された、言わば実物大模型だそうです。

復元とは言え、建造後70年余りを経ているだけに、良い感じに古びていて違和感はなく、また一部に建造時のレンガも使われているとのことで、幕末をしのぶには、充分な雰囲気があります。
那珂湊反射炉について触れたサイトは、いくつかありますが、「那珂湊反射炉跡」(いばらぎの文化財)の記述が特に興味深いので、ご一読をお勧めします。
反射炉前に飾られていた、鋳鉄製のカノン砲。

一見して、ホンモノ臭が薄かったので、銘板をよく読んでみると…、児童館の竣工記念に贈られたもので、木型師と鋳物師の名前が協賛者として書かれ、昭和45年5月15日の日付があったので、こちらも反射炉と同じく、復元されたものなのでしょう。
とは言え、やはりムクの鉄の肌というのはいいもので、陽射しでぬくもった砲身をなで回し、ざらついた鋳鉄の手触りを、しばし楽しんでしまいました。
撮影地点のMapion地図

(20年5月6日撮影)

(『那珂湊反射炉…2』につづく)

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2008/06/11のBlog
[ 23:26 ] [ 水門・閘門 ]
(『那珂湊には…』のつづき)
公園の端に、立入り禁止の看板が、3枚も掲げてあるフェンスが…。しかし、目指すものは、このすぐ向こうにあるのです。

立入り禁止とはいいながら、気前よく開け放ってあるこのフェンスを、どう解釈すればよいのでしょう?
まあ、一番左の看板にある文末に、「事故を起こしても一切の責任は負わない」とあるのだから、要は、事故を起こさなければいいのだろうと、手前勝手に解釈し、手早く以下の写真を撮って、サッと引き返したわけで…。那珂湊の皆さん、スミマセン。
で、そうまでして見たかったモノが、これです。那珂湊漁港水門。

佐藤淳一氏のブログ、「Das Otterhaus」の読者は、すでにご存知とは思いますが、同ブログの「地図に残らない水門」で、詳しく紹介されています。

佐藤氏の記事を拝見して以来、お墓参りの帰りには、ぜひ立ち寄りたいものだと思っていたのです。
この型式のゲート、ダム放水口ではいくつか例が見られますが、航路に設けられた水門としては、国内では珍しいのではないでしょうか。

構造やスペックは、「ひたちなか市の水産・水門」(ひたちなか市HP)に掲載されているので、そちらをご覧ください。扇のかなめを軸に、曲面状の扉体が回転して開閉する仕組みで、写真の状態が全閉です。
珍しいのは、船がぶつからない(あるいは開閉時に、巻き込まれない)ようにするためか、扉体の前後に太い鎖が張ってあり、護岸上の巻上機室で、緩めたり引っ張ったりして、上下させる設備があること。

しかし、那珂川が増水していない、平常時で全閉ということは、いつ開くのでしょう? ちなみに、漁港の出口は海側にもあり、何もここだけというわけではありません。
水門の脇には、信号所を兼ねた、二階建ての立派な操作室があり、扉体の両脇には、開閉のための動力を収めたとおぼしき、上屋がありました。
操作室の上に表示された、「×」の信号がなければ、遠目には何の建物だか、区別のつかないシンプルさです。

佐藤氏もご指摘のとおり、外観は、いまひとつパッとしないところがありますが、メカニズム的にはそそられるものがあり、ひたちなか市が自慢(?)するだけあると、興味深く拝見しました。
撮影地点のMapion地図

(20年5月6日撮影)

【20年6月12日追記】水門の開閉ですが、「那珂湊漁港水門管理規程」の第6条に、時期によって違いはあるものの、時間決めで開閉する旨の決まりが書かれていました。訪問時の5月6日は休日なので、8~10時および、13~16時の間は開放していたことになります。

(『那珂湊反射炉…1』につづく)

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2008/06/09のBlog
[ 22:26 ] [ 水辺のお散歩・遊覧船 ]
5月6日は、生前お世話になった方のお墓参りに、茨城県は那珂湊を訪ね、いくつかの土木・水運スポットに寄り道しつつ帰るという、楽しいドライブの一日を過ごしてきました。

国道245号線を北上、湊大橋で那珂川を渡り、那珂湊へ。ご覧のように、褪せた朱色の塗装も素敵な、下路ランガートラスの鋼橋です。渡りながらハンドルがおろそかになりそうな、内側から見る構造の格好良さ…。
撮影地点のMapion地図
湊大橋から上流側にチラリと見えた、これまたイイ感じの水門!
入口からしてこれです、さすが那珂湊、あなどれない…。

フラフラと吸い寄せられそうになりましたが、ここはグッとこらえて、まずは墓所のあるお寺さんへ向かいます。
お墓参りを終えて、那珂川畔に出てみました。遠方に、先ほど渡ってきた湊大橋が見えます。

対岸には、複数のマリーナも見られました。
河口の外は波荒い鹿島灘ですから、一見ヨットマン向きとも思えましたが、結構な距離を遡上できる那珂川に加え、涸沼という大湖沼も控えているのですから、内水に恵まれた土地でもあるのですね。モーターボートの活躍の場も、少なくはなさそうです。
写真の海門橋を間近に見る、漁港を控えた河畔の公園に来てみました。
太平洋を目前としているだけあって、少し冷たい海風が気持ちよく、水もきれいで風光明媚と、まずは言うことなしの休憩スポットと言ったところ。

江戸時代、那珂湊は、東北各地から江戸に向かう回米航路の、内陸ルートへの積替え港として、銚子にその地位を奪われるまで、殷賑を極めた港でもありました。
もし、涸沼~北浦間の陸路が、早期に運河化されていたら、那珂湊の繁栄は、もっと長く続いていたかもしれない…などと、よく妄想したものです。

今回、初めて那珂川河口に立ってみて、全装帆船向けの河口港としては、風を防ぐ丘陵もない銚子より、はるかに良港であるように思えました。

おっと、妄想が過ぎました。河口の眺めは、すでにタイトルでもお見せしましたが、写真はその少し右、ちょうど、ヨットが出航してゆくところ。

ここに来たのは、ひとつ、見たいものがあったからでもあります。そう、アレ…(ニヤリ)。
撮影地点のMapion地図

(20年5月6日撮影)

(『那珂湊漁港水門』につづく)

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2008/06/08のBlog
[ 21:15 ] [ 水辺の気になるモノ ]
(『京浜南運河…3』のつづき)
ちょっと気になっていた、水辺の物件を一つご覧に入れます。

京浜運河の南端近く、京浜島には、「東京消防庁訓練場」と書かれたビルがあり、写真のように消防隊の皆さんが、訓練にはげんでおられる姿を、運河から目にすることができます。
(曇り空がバックの写真が続いたので、この写真だけ、4月27日撮影のものを使ってみました。)
で、目を右に転じてみると…。
何やら、船のような形をした建物が!
いや、「ような」は失礼ですね、明らかに船を模しています。

少々、ブリッジが大きすぎるきらいがなくもないですが、黒く塗られた船体に、船底塗料の赤も鮮やか。キャビンの上には、ちゃんとファンネルも見えます。
曲がりなりにも、消防隊の訓練場ですから、この形には何らかの意味があるに違いありません。港湾での船火事を想定した、訓練をするための施設でしょうか。
さらに右手には、桟橋がありました。
手前に木が植えられているので、運河に浮いた消防艇から、放水訓練をするには具合が悪いように見えます。岸壁に繋留している船で、火災が起こったときの訓練をするために、造られた施設のように思えました。

この訓練場、検索してみると、東京消防庁・第二方面の「方面訓練場」と呼ばれている施設ということはわかったのですが、この「船」のことについて触れられたサイトは、残念ながら見つかりませんでした。
詳しいところをご存知の方がおられたら、ぜひご教示いただきたいものです。
撮影地点のMapion地図


(20年5月4日撮影)

(この項おわり)

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2008/06/07のBlog
[ 23:56 ] [ 航行河川・運河 ]
(『京浜南運河…2』のつづき)
京浜島沿いに針路を転じると、3つの埋立地に囲まれた、広い水面に入ります。

水路をゆく・第二運河」の「京浜南運河」に掲げた、Google航空写真でもおわかりのように、平和島運河の部分を含めた、この内水面のほとんどは干潟と浅瀬で、限られた澪筋しか航行できません。
高速で追い越していった、一隻のボート。直進して京浜運河に向かうのかな、と見ていたら、京浜島・昭和島沿いに、干潟の北側をぐるりと大回りし、海老取運河に消えてゆきました。

羽田空港沿いにも、船外機艇が通れるくらいの澪筋はあるのでしょうが、少なくとも私は通ったことがありません。
何しろ、澪筋の南側には、こんなガレ場や浅瀬が顔を出しているので、あまり気味のいいものではないからです。

このあたりは、多摩川畔の海老取川澪筋(『海老取川の旗』ほか参照)と違い、澪標は立てられているものの、あまりはっきりしないところが多く、初めて通ったときは、えらく不安になったものです。
澪筋の出口付近に立てられた澪標。パイロンをかぶせた竿を立て、澪筋の出入口を示すのは、海老取川と変わりません。

ここを通過するのは、浅瀬や杭が確認しやすい、干潮時のほうがよいかもしれません。もちろん水深は浅くなるので、高速での航行はお勧めしませんが、澪筋から外れなければ、まず危険はありません。
出口付近から、京浜運河の南端、京和橋を望んだところ。本日の「東京外郭水路」散策の終点です。

「京浜南運河」という、スケールの大きい名称ながら、その実延長の短い、ささやかな規模の運河であったり、水域の線引きが特異な上、浅瀬だらけだったり、橋がなかったりと、東京の運河の中でも、ちょっと異彩を放つ存在ではあります。
撮影地点のMapion地図


(20年5月4日撮影)

(『消防訓練場の船?』につづく)

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2008/06/06のBlog
[ 23:59 ] [ 航行河川・運河 ]
(『京浜南運河…1』のつづき)
京浜島東岸に沿って針路を取り、速度をしぼりつつ南下します。

ようやく、運河らしい景色になってきました。何の仕切りもない広大な水面だと、やはり気分が出ません。
進行方向左側、羽田空港側は、ご覧のとおり延々と続くフェンスの列。

空港なのですから、当たり前ですが、平坦で目標物の乏しい景色です。
対する京浜島側は、家屋あり、倉庫ありと、埋立地としてもそこそこ年季の入った表情を見せてくれます。

こちら側は、岸に沿って何ヶ所か、砂洲が盛り上がっているところがあるので、あまり近づかないほうがよいでしょう。
このように、干潮時にはちょっとした砂浜と言ってもいいくらいな、大きな砂洲が顔を出します。
進むにつれて、水深は次第に浅くなり、澪筋から外れると、とたんに魚探の感が跳ね上がります。

波打ち際にいるおじさんは、この小雨の中、潮干狩りでもしているのでしょうか…。
京浜島の南端、緑道公園のある角地まで来ました。ちなみにこの運河、都内の水路には珍しく、橋が一本もありません。

京浜島の岸に沿い、かつ岸に近づき過ぎないようにして、針路を90°転じると、干潟のある四角い水面を、平和島運河と対角線で二分する、変り種区間に入ります。
撮影地点のMapion地図


(20年5月4日撮影)

(『京浜南運河…3』につづく)

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2008/06/05のBlog
[ 22:14 ] [ 航行河川・運河 ]
(『中防水路…4』のつづき)
雲厚い東京港西航路を横切り、羽田空港の北に沿って広がる、京浜南運河に向かいました。

周囲に通航しやすいルートがあるせいか、近場にもかかわらず、今までほとんど通ったことがありませんでした。きちんとご紹介するのは、今回が初めてです。
城南島の東京港側にある、大井船舶信号所。空が暗いせいか、電光サインがやけに明るく見える…。
このあたりでついに、小雨がぱらつきだしました。艇就航以来使うことのなかった合羽を、慌ててカディから引きずり出す羽目に。

信号所の周りの、城南島海浜公園には、このお天気にもかかわらず、結構な人出があったのが意外でした。
着陸誘導灯の赤いトラスを横目に、京浜南運河の水域に入りました。この運河の北端部は、京浜島の北岸を、東に延長した線から南という、なんとも運河らしからぬ始まり方ではあります。

その変わった水域の形は、「水路をゆく・第二運河」の、「京浜南運河」でご覧になれますが、これがどのようないきさつによるものかは、残念ながらわかりません。
こちらは、空港の沖合拡張以前に使われていた、旧誘導灯の一部。

水鳥の休憩所となった姿は、いかにも廃墟らしい雰囲気です。
新旧の誘導灯の列を眺めつつ、空港と京浜島の間に入ります。

雨脚も次第に強まり、視界が悪くなってきました。飛び立つ飛行機も雨にかすんで、輪郭がぼやけて見えます。
撮影地点のMapion地図




(20年5月4日撮影)

【20年6月7日追記】3段目、本文を改めました。

(『京浜南運河…2』につづく)

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[ 22:14 ] [ 航行河川・運河 ]
(『中防水路…3』のつづき)
青海~城南島の、両埋立地を結ぶルートだけあって、中防大橋の上は結構な交通量です。

臨海道路が開通すれば、さらに賑やかになることでしょう。
中防水路の出口が見えてきました。

右側は、コンテナヤードのようですね。左側には、いくつか桟橋が見えます。
4つ並んだポンツン桟橋群の背後には、やはりコンテナヤードと、海底トンネルの換気施設が。

縁起でもない例えで恐縮ですが、基部の段々と、上に立った壁状の形が、お墓を思わせました。お天気が悪いせいかな…。
桟橋の一つに近づいてみました。

船尾に、緑十字旗を掲げた通船が二隻、もやっています。
中央防波堤西端、古典的な感じのする赤い灯標が、長さ約3kmにおよぶ、中防水路の終点です。

空はますます重苦しく、今にも降り出しそうな気配ですが…、ここまで来たのだからと、「東京外郭水路」、最後のコースへ向かいました。
撮影地点のMapion地図



(20年5月4日撮影)

(『京浜南運河…1』につづく)

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