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水路をゆく
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2008/06/28のBlog
[ 18:43 ] [ 水門・閘門 ]
6月15日は、荒川河口近くの未紹介水路、新左近川を訪ねてみました。

現在の荒川が開鑿される以前、江戸川と中川の間に生じた砂州の、ささやかな澪筋の一つだった左近川も、埋め立ての進展にともなって長くなり、かつて海だった荒川側の区間は、新左近川と名付けられました。
(Wikipedia『左近川』に、詳しい記事が掲載されています。)

近場にもかかわらず、可航範囲が短いということもあり、今までなかなか関心が湧かなかったのですが、江戸川方面へのお出かけを機に、お邪魔してみることにしたのです。
荒川東岸、中川河口のすぐ下流でもあるここ、新左近川水門がその入口です。

以前も紹介しました(『ちょっとお散歩…1』参照)が、真っ赤に塗り上げられた扉体に、ちょっと厳めしい感じのする操作室と、イカすいでたち。左右の堤防上に、三角にとんがったテトラポット(?)を従えているせいか、子分衆に囲まれた親分さんのよう(??)にも見えます。
撮影地点のMapion地図
下から見上げてみると、スキンプレートはフラットではなく、台形断面に盛り上がらせた作りで、しかも、斜めに切り落とされた小口には、しっくり収まったようにハシゴが取り付けられるなど、ディテール豊かな扉体です。

訪問時は午前も遅く、ちょうど満潮に向かう時間帯でした。そのため、軸線を水門に定めても、スロットルをしぼると、船体がどんどん上流側に持っていかれます。
カメラを構えたくても、舵とレバーからあまり手が離せず、ちょっと気が抜けない進入ではありました。
水門をくぐった直後、振り返って。堤防道の橋桁もお揃いの赤で塗られていました。橋の上は、厳重にフェンスで囲まれており、ゆっくり水路を眺められるような雰囲気ではなさそうです。

よく見ると、水門の裏側の目立たない位置にも、表同様、立派な一文字づつの銘板が掲げられていました。
水門の直後に架かる、船堀通りを渡す蜆橋の下には、信号に電光掲示板、それに回転灯と、水門の付属機器がこぢんまりとまとまっていました。

その横の注意書き、「航行注意 水門付近両岸 たいせき土砂あり」…そう、水門の入口付近から、新左近川にかけては、非常に浅いのです。
名だたる大河の河口ですから、堆砂はまあ、仕方がないのですが、新左近川の入口付近は、この時点で、魚探の感が0.8m!

大潮の干潮時など、入出港はほとんど不可能なのではないかと、心配になってしまいました。ぜひ、時々浚渫してあげてほしいものですね…。


(20年6月15日撮影)

(『新左近川…1』につづく)

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2008/06/27のBlog
水門日記」のご紹介記事で知って以来、時々のぞかせていただいている、ji4nef氏のブログ、「きまぐれ写真」。

その名のとおり、写真中心のブログで、ほんの一部のエントリを除いて、キャプションのたぐいが一切ない、ある種潔い構成なのが特徴ですが、やはり惹かれるのが「ダム 水門」のカテゴリーです。

全体像だけでなく、巻上機器や、銘板までしっかり記録されるそのカメラアイから、ji4nef氏も、相当の水門好きであることがうかがえますね。

その中でも特に、最近アップされたこの水門には、ハートをガッチリわしづかみされてしまいました!

まず、帯金でつないだ木製の扉体が、鎖で吊り下げられているという、古典的な型式にも惹かれたのですが、周囲の雰囲気も、それに輪をかけて素晴らしい。ほどよく風化した肌のコンクリート躯体、草いきれが伝わってくるような、天端をおおう青々とした草むら…。この臨場感は、ji4nef氏の、水門への愛情にあふれた写真のお陰でしょう。
まだ国内にも、こんなのどかな水門風景が残っていたのか! と、感動することしきりでした。

2日後に掲載されたこちらは、同じ水門の表側ですね。前後の写真を拝見すると、この水門の横にも、いま一つ2径間の木製水門が、さらに背後には、木造の建屋を持つ、排水機場があるようです。

この排水機場の建屋も、羽目板は継ぎだらけ、屋根も重みで、老馬の背のように湾曲して、まるでイタズラ小僧が秘密基地にする、廃屋のような雰囲気。建屋の裏面にも、木製の扉体が2枚付いて、さながら木製スライドゲート天国です。う~ん、これはぜひ行ってみたい…。

ji4nef氏は、岡山県在住とのこと。そういえば岡山は、江戸時代、全国に広がった備前系高瀬舟の発祥の地であり、さらに、倉安川の吉井水門はじめ、日本最古級の閘門が複数ある、わが国の水運・土木の先進地…。

こんなにも素晴らしい、水門風景があることもわかったことだし、機会があったら、ぜひ岡山を訪ねて、水門めぐりをしてみたくなりました!

(写真は欠真間3号水門、20年6月15日撮影)

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2008/06/26のBlog
[ 20:37 ] [ 水門・閘門 ]
(『仲江間をゆく…5』のつづき)
閘室の中から、北側を見たところ。扉体の汚れから、水深は0.5mほど、利根川に水位を合わせた状態でも、1mに満たないと思われました。

閘門のすぐ脇を、交通量の多い道路が横切っているにもかかわらず、閘室の中は静かで、シャッター音がやけに大きく聞こえるほどでした。
西日の射した側壁が、荒れたコンクリートの肌を見せていました。加藤洲閘門(『ふたたび水郷へ!…2』ほか参照)にくらべると、繋留用アイやフェンダーの備えもなく、しごくあっさりとしています。

本来の地面は、この側壁より若干低く、「微」高地、という呼び名が、いかにもしっくりくる地勢です。
心ゆくまで閘門を楽しませてくれた、船頭さんにお礼を言って、船を戻してもらうことにしました。さすがに閘室の中は狭く、転回ができないので、水路幅のあるところまで、後進離脱。

閘門を出たところで、前回来たときも気になっていた、奇妙なキノコ型の木が目に入りました。閘門を、盛んに舟が出入した時代から、ここで見守ってきたのでしょうか。
仲江間閘門のギッシリぶりを眺めながら、名残を惜しみつつ帰途へ。
わずかな時間でしたが、静かな、楽しいひとときを過ごすことができました。

次に訪れるときは、ぜひ、きちんと通航させてもらって、利根川へ出てみたいなあ…。
麗しの直線水路、今に生きる、エンマの中のエンマ、仲江間…。
今回舟行きしてみて、改めて、その良さが心に沁みました。少なくとも私にとって、これほど水郷らしい水路は、他に無いように思われたものです。

この日の「水運趣味スポットめぐり」を、思ってもみなかった、素敵な水路行で締めくくれたのは、船頭さんたちのご理解のおかげです。奥水郷観光協同組合・中洲船頭組合の皆さん、無理を聞いていただき、ありがとうございました!


(20年5月6日撮影)

5月6日の項の参考文献
国土作りの礎 (松浦茂樹 著)鹿島出版会
水郷の原風景 千葉県立大利根博物館

(この項おわり)

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2008/06/24のBlog
[ 21:07 ] [ 水門・閘門 ]
(『仲江間をゆく…4』のつづき)
集落の入口は、長い直線区間を誇る、仲江間唯一の屈曲区間でもあります。

仲江間の小さな閘門…3」でも紹介した、二艘の小舟の脇をすり抜け、たった一つの角を曲がると、いよいよお待ちかね、仲江間閘門(仲江間二重水門)が見えてきました。
ふたたびコンクリート護岸となった水路の奥に、家屋と橋に囲まれて、相変わらず窮屈そうにたたずむ閘門。水面から見てもイイ感じの、このギッシリ具合…。

右のお宅の庭から、水路上に枝を伸ばしている木があるせいでしょう、岸から眺めるよりは、ずいぶん風流に見えました。
人道橋をくぐり、いよいよ(さっきから『いよいよ』ばっかりだな…)閘室へ進入。いや~、この閘門をくぐれる日が、よもやこんなに早く訪れようとは、思いませんでした。

これで本当に閘門を通って、利根川に出られたら、もうゴキゲンなのですが、ここまで舟を回してもらっただけでもありがたく、これ以上のわがままを言うのは、さすがにはばかられます。最初に「水門の写真を撮りたい」と、お願いしたこともあり、閘室の中が、今回の終点となりました。

船頭さんいわく「中で止めるからね、ゆっくり写真とってね!」
閘室の中から、利根川方を見たところ。生垣が両岸に迫り、ちょっとした小地峡のおもむきです。

船頭さんによると、写真左側のお宅が閘門の管理者で、頼めば閘門を操作してくれるそうです。恐らく、自治体か、土地改良区から、管理を委託された方なのでしょう。
通過時間はどのくらい? と聞くと、「一時間はかかる」とのことでしたが、ゲートの操作が電動化されていること、水位差が30~50cmほどであることを考えると、長くても20分ほどで済むと思われたのですが、いかがでしょうか。
利根川側の扉体に、近づいてもらいました。仲江間樋管(『仲江間樋管』参照)の奥、細めに水門が開いているのでしょう、小さく、向こう側の光が見えました。

扉体の前をよく見ると、漏水があるらしく、水がゆっくりと、こちらに流れているのがわかりました。…おや、扉体が塗り替えられている! 前回訪問時の写真(20年1月3日撮影)と、くらべてみてください。きちんと手入れはされているようで、何だかホッとした気分になりました。
撮影地点のMapion地図

(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…6』につづく)

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2008/06/23のBlog
[ 21:55 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『仲江間をゆく…3』のつづき)
水門の間を抜けると、ふたたび続く、一直線の水路…。両岸に盛られた、ま新しい土と砕石の色が、白い護岸と一緒に、消失点へ吸い込まれてゆきます。

利根川の向こう、香取神宮を控える低い山並みが、次第に近づいてくるのを感じつつ、ひたすら南下。
しばらく走ると、護岸と道の土盛りがぷつりと途切れ、昔ながらの、水際まで草で覆われた岸辺になりました。

水路の幅が広がったところを見ると、どうやらこの護岸は、道の拡幅のためのものだったようですね。
いにしえの水郷を想わせる、草深い水辺となったところで、再び橋が現れました。

十六島の中心に広がっていた湖沼、与田浦は、土地改良によって埋め立てられ、大幅に縮小されましたが、かつてはこのあたりまで水面が広がっており、当然仲江間も、もっと短い水路だったわけです。
撮影地点のMapion地図
耳もとが常にビュウビュウと鳴り、舟がときおり横流れするほど、風は強いのですが、少しも危険を感じさせないのが、内水路のありがたさ。
これが海だったら、私の艇では難航するほどの、細かい三角波が立っていたことでしょう。

前方には、集落が見えてきました。
家並みが近づいてくると、仲江間の終点も間近。「仲江間の小さな閘門…1」でも紹介した、自然堤防の微高地上につくられた、水郷独特の集落です。

前回は、陸上から訪ねたあの小閘門を、今度は舟上から味わうことができる!
あのときは、こんなにも早く願いが実現するとは、思ってもいませんでしたから、嬉しさもひとしおです。

(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…5』につづく)

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2008/06/22のBlog
[ 17:32 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『仲江間をゆく…2』のつづき)
板子の上に立ち上がると、両岸の道より目線が高くなり、360度の眺望が楽しめます。水を湛えた水田が広がる、初夏の水郷風景…。

このあたりの道は、最近新たに土を入れて、さらに砕石を敷いて改良したようですね。そういえば、水際の護岸も、コンクリートの色が新しく、竣工して間がないようです。
前方に、エンマを挟んで立つ一対の水門と、排水機場らしい建物が見えてきました。エンマの十字流ですね。

おや、工事のためなのか、足場のような簡単な橋が渡してあるようです。桁下がすごく低そう…。せっかく来てもらったのに、「ここで引き返す」なんてことに、ならなければよいのですが。
近づいてみると、幸い水門の近くだけ、護岸が高くなっているとは言え、橋が低いことには変わりありません。

不安になって、船頭さんの方を振り返ると、「ああ、大丈夫。頭下げといてね」と言いつつ、エンジンを絞って、無造作に通過終了。こんな低い橋をくぐれるなんて、オーニングのない、オープンのサッパでなければ、できない芸当です。
東側の水門です。ご覧のとおり3径間で、中央の扉体だけ開いていました。

銘板は確認できませんでしたが、十六島の土地改良が、昭和39年から開始されたことを考えると、築40年前後と言ったところでしょうか。
西側の水門も。このように、同型の水門が対面して設けられているのは、珍しいのではないでしょうか。

周囲には、建物らしい建物もないこともあり、水門好きとして見ても、なかなか乙な眺めです。
撮影地点のMapion地図




(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…4』につづく)

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2008/06/21のBlog
[ 19:30 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『仲江間をゆく…1』のつづき)
いよいよ仲江間へ進入!
入口からしばらくの区間は、船溜として利用されており、写真のように一隻分の通航幅を残して、すき間なく舟の列が続きます。

子供たちの釣りを、すっかり邪魔してしまったようで、ちょっと罪悪感が…。ごめんなさい。
これはサッパと言うより、屋形船と呼んでいいくらいの大きさです。このあたりでは、大型船の部類なのではないでしょうか。出艫(後部の張り出し)に、エアコンの室外機が見えます。

繋留されたフネブネを見ていると、どれも傷みが目立ち、現役を退いてだいぶたったような雰囲気で、明るい風景の中だけに、ちょっと物悲しさが漂っていました。
繋留舟の列が途切れてくると、前方はるかに橋が見えてきました。

仲江間閘門の近くまで、掛け値なしの直線水路、周りの風景も、まるで漫画の地平線さながらに起伏が乏しいだけあって、橋の出現がものすごいイベント(笑)になります。
両岸の道路の土盛りが、次第に高度を増してゆき、橋詰のレベルと一致する…。これも水郷ならではの眺め。

かつての水郷は、エンマからさらった泥土を少しづつ盛って、営々と数百年をかけて、生活空間を広げてきた土地…。考えてみれば、水郷という土地そのものが、「土木工事」の結果のようなものです。長年の積み重ねが、素晴らしい風景を生み出したのですね。
橋をくぐると、いよいよ仲江間の本領発揮。天地にさえぎるもののない、爽快そのものの水路風景が広がりました。

これぞ水郷!
これぞエンマ!
いにしえの水郷観光全盛時代、十六島を貫通して、佐原~潮来を結ぶ唯一のルートであった仲江間は、まさに内水路の華だったことでしょう。そこを、当時のように舟でゆくことのできる喜び…、例えがたいものがありました。
撮影地点のMapion地図

(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…3』につづく)

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2008/06/20のBlog
[ 19:14 ] [ 水郷で遊ぶ ]
(『与田浦の造船所』のつづき)
にぎやかな船頭さんたちに囲まれたまま、窓口に連れて行かれ、「このお客さん、仲江間に行きたいんだって」と、会計係の男性に説明。

途中で引き返されたら困るので、恐縮しつつも「写真を撮りたいので、水門(仲江間閘門)まで、行ってほしいんですが…」とお願いすると、男性はちょっと考えてから、OKを出してくれました。
あやめ祭りのある繁忙期なら、こうは行かなかったでしょう。あこがれの仲江間を走れると思うと、もう嬉しくてたまりません。お礼を言って、船頭さんの案内する舟へ。

「仲江間なんて、どこで知ったんだい?」「水門の写真撮りたいだなんて、写真展にでも出すの?」と、今度は船頭さんたちからの質問攻め。どうも、ひとかどの人物だと、勘違いされたようです(笑)。
「いや、そんな大したものじゃなく、単なる道楽です、水郷が好きなんですよ」
船頭さんたちに見送られて、久しぶりの与田浦へ。少し風が強く、一面にさざ波が立っていましたが、水郷ならではの、広大な風景を眺めながら走る水面は、何度体験しても良いものです。

「ちょっと冷えてきたから、これを着なさいよ」と、船頭さんが勧めてくれたパーカーをはおり、さざ波の快い振動を楽しみつつ、仲江間へ。
与田浦橋をくぐります。
天気が良いので、最初はそうでもなかったのですが、日が傾いてきたせいでしょう、確かに少し肌寒くなってきました。

しかし、仲江間を舟行きできる嬉しさの前には、風の冷たさくらい、屁のようなものです!
撮影地点のMapion地図
与田浦橋をくぐってすぐ、右側に橋が見えてきました。いよいよ、仲江間の入り口です。嬉しくて踊りたい気分。うひょひょ(笑)。

土地の低い十六島は、橋の取り付け部分が、地面でもっとも高いところ。
舟の通航を優先した、いわゆる「高橋(たかばし)」が多く見られるのも、水郷の楽しみの一つです。
仲江間の入口にさしかかると、橋の下では、子供たちが釣りに興じていました。

子供たちの様子からみて、おそらく、船が通ることはほとんどないのでしょう。邪魔をしてごめんなさい、ちょっと通りますよ…。
撮影地点のMapion地図


(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…2』につづく)

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