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水路をゆく
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2008/07/24のBlog
[ 21:28 ] [ 航行河川・運河 ]
(『新河岸川再訪…3』のつづき)
ひとつお詫びと訂正を。「新河岸川…3」で、写真の橋を「新河岸橋」と書きましたが、正しくは「長後さくら橋」だそうです。

地図上には、橋が描かれていないので、不思議に思って検索してみたら、区議・熊倉ふみ子氏のブログ「散策」がヒット。記事によると、この橋は、河畔にある浮間水再生センターとの交通を確保するため、東京都下水道局が建設したものを、一般にも開放しているとのこと。なるほど、下水道局の施設扱いで、公道として認められていないようですね。
ここまで、何組かの釣り人さんには出会ったものの、前回にくらべるとぐっと数は少なく、緊張せずに済んだのは、何よりでした。やっぱり、この暑さが幸いしたのでしょうか…。

青いカンチレバー桁橋、志村橋をくぐります。新河岸川の可航区間では、唯一、古さを感じさせる道路橋でもあります。
屈曲区間の出口、蓮根橋まで来ました。前回の折り返し地点です。本当は、ここから先がお楽しみの多い(私にとって、ね)区間だったので、残念に思っていました。

イヤ、しかし…トシのせいか、蒸し暑さのコタエること。干潮時の流速も手伝って、艇の速度は遅く、しかも追い風のせいで、合成風速はほぼゼロ…。もともと、速く走らせる気はないのですが、さすがにこんなときは、高速で突っ走るときの風の爽やかさが、恋しくなります。
進行方向右手に、さっそく、お楽しみ物件その①が出現!

湾入を利用して設けられた、巨大な揚搭設備…。新日本製鐵・東京製造所の、鋼材荷揚げ施設です。

「ARA」2008年6月号の記事によると、千葉県君津市にある、同社の君津製鉄所からここまで、2隻の独航艀「「第一君津丸」と「第三君津丸」が、東京湾から荒川経由で片道約5時間、2日に1往復しているとのこと。

石油類の輸送がほとんどである、現代の河川舟運の中で、固形物(!)を定期輸送している例は大変少なく、今や珍しい存在であることにまず興奮(笑)。末永く、現役であってほしいものです…。
少し上流側から見たところ。
左手の岸には、繋留設備もあり、2隻同時に入港することができるようになっていますが、手前側には大きな砂洲ができていて、操船には緊張を強いられそうです。

この湾入は、荒川がウネウネと蛇行していた時代の、旧河道の名残です。かつての新河岸川は、もっと上流の新倉で、荒川に合流していました。

現在の新河岸川可航部の河道は、大正9年より始まった河川改修により、荒川の屈曲区間をショートカットし、その南側に平行して、新たに開鑿したものです。
新河岸川も「九十九曲がり」と呼ばれるほど、屈曲の多い川で、荒川同様洪水防止のため、直線河道化されました。工事が完了した昭和6年には、通船禁止の県令が出されたとのこと。これによって、川越に「小江戸」と呼ばれるまでの繁栄をもたらした、新河岸川舟運は命脈を絶たれ、約300年の歴史に幕を下ろしたのです。

河道改修や、陸上交通の発達で、水運が自然に衰微してゆくパターンは、全国的に見られますが、通船禁止令まで出して「水運断ち」をした例は、珍しいのではないでしょうか。
撮影地点のMapion地図

(20年7月20日撮影)

【20年7月25日追記】5段~6段目、誤りがあったので追記・訂正しました。

(『新河岸川再訪…5』につづく)

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[ 06:24 ] [ ご挨拶 ]
お陰さまをもちまして、本日、アクセス数200,000件を迎えることができました。
ご覧くださった皆様に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。今後とも、よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。

都内の可航水路も、お陰さまで既紹介区間が増えてきましたが、過去の記事を読み返してみると、簡単な紹介で済ましているものや、何度も通っているのに、未紹介のまま放置していた区間など、アラが(いまさらですが)目につき始めました。

今後の目標は、そんな近場の水路たちを、改めて見直しつつ、堪能したいということです。もちろん、未知の水路にも、少しづつ挑戦してゆきたいと思っております。

水路だけでなく、写真のような超弩級物件(後日詳しく紹介します!)にも、もっとたくさん出会えるといいなあ…。

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2008/07/22のBlog
[ 21:32 ] [ 航行河川・運河 ]
(『新河岸川再訪…2』のつづき)
北赤羽の駅をくぐってしばらくすると、浮間中央病院の上流側に現れる、ささやかな繋留設備とパイプ…河用タンカーで運んできた石油類を陸揚げする、油槽所ですね。

所番地で検索してみると、外塚商店小豆沢油槽所ホットフロッグ)という事業所名だそうです。現役で使われているのかどうかは、残念ながらわかりません。
もう少し下流側にも、同規模の油槽所が。現役舟運路の匂いがする、この手の施設を眺めるのは、楽しいものです。

こちらは地図にも載っています、ダイヤ通商小豆沢油槽所BIGLOBE電話帳)だそうです。
少し前の地図だと、「三菱石油小豆沢油槽所」となっていたので、管理会社が変わったのでしょう。
…そしてその上流側には、小豆沢公園の一部をはさんで、水辺ラインの船着場があるなど、結構見どころの多い区間ではあります。

残念ながら写っていませんが、写真右側には、下水道局ポンプ場の樋門もあるので、その手のお好きな方には、たたみかけると言ってよい場所かも(笑)。
新河岸大橋をくぐってから、船着場や公園、油槽所を振り返って。
このあたりが屈曲のピークで、河道はふたたび荒川に近寄ってゆきます。

ご覧のとおり、橋も下路式の、なかなか格好のよい橋なので、お散歩ルートとしても楽しそうですね。
次の新河岸橋は、架け替えられたばかりの、真新しい橋です。まだ開通はしていないのか、向こう側には、鋼材を組んだ仮橋が見えますね。
護岸にも改修のあとが見られ、かなり大規模な工事であったことをうかがわせます。

検索してみたら、なんと、架け替え工事中の新河岸橋を、定点撮影し続けている人がおられました! 
新河岸(志村)橋架け替え工事の進捗状況を写真で追う」(浮間わいわいねっと)…これは地元の方ならではの、貴重な記録ですね。なかなか見ることのできない、架け替え工事のプロセスが一目瞭然で、土木好きとしても、そそるショットが満載です。
撮影地点のMapion地図

(20年7月20日撮影)

(『新河岸川再訪…4』につづく)

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2008/07/21のBlog
[ 21:34 ] [ 航行河川・運河 ]
(『新河岸川再訪…1』のつづき)
人道橋・中の橋、JR東北本線の鉄橋を振り返って。

ここに至るまで、すでに何人か釣り人さんに出会ったのですが、思ったより数が少ないような…。釣りには詳しくないのですが、川釣りの旬は冬なのでしょうか。それとも、単に暑いからかな?
最初の屈曲区間で、河道は荒川の土手を離れ、南に向かいます。

肌を焼いているのか、土手や遊歩道には、パンツ一丁で寝転がっている男性が、そこここに見られました。
遊歩道での釣り風景を、失礼して一枚。

多いときは、一人で5~6本も竿を出しています。よく絡んだりしないものだなあと、感心して眺めつつ、反対側の岸に寄せて、そろりそろりと通過。
立派なポンツン式桟橋は、北赤羽の船着場です。

前回は、なぜかここでお弁当を広げていた家族連れから、声援を送られたっけ…。
(『新河岸川…2』参照)
前回も紹介しましたが…橋上駅、埼京線・北赤羽駅に張り付くようにして設けられたトラス、浮間橋。

荒川河口の橋梁群同様、もうちょっと離して造っていただけると、橋の造形が味わえたのですが…。橋床がわずかに湾曲した、非常に格好の良いトラスだけに、惜しい気がします。
撮影地点のMapion地図

(20年7月20日撮影)

(『新河岸川再訪…3』につづく)

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[ 21:34 ] [ 航行河川・運河 ]
7月20日は、約3年ぶりに、新河岸川を再訪してみました。(『新河岸川…1』以下のシリーズ参照)

前回は、釣り人さんのあまりの多さと、「舟渡大橋から上流は閉鎖されている」なる看板に怖気をふるい(?)、蓮根橋で引き返すというヘタレな結果に終わりましたが、今回はせめて、どのように閉鎖されているのか見届けたいのと、あわよくば、笹目橋付近までは行ってみたい…という気持ちから、再挑戦となりました。
気温30℃を越える真夏日、ちりちりと焦げそうな陽射しに、少々辟易しながら荒川を遡り、新岩淵水門をくぐって、隅田川との合流点で180°回頭、新河岸川へ。

河口を入ると、つい吸い寄せられてしまうのが、荒川下流河川事務所のポンド…。
「あらかわ号」「いわぶち」など、所属船艇が休んでいます。
第一橋、志茂橋を望むあたり。幸いにして、まだ釣り人さんはいない…。

この日の、芝浦で計測された潮位差は175cm、おりしも干潮に向かっている時間帯ですので、河口から20km近く遡っているとは言え、流速はかなりのもの。エンジンは結構な回転数で唸っていても、艇は牛の歩み…。
志茂橋の北側橋詰近く、護岸沿いには、ぼっきり折られたような杭の群れが頭を出しており、そのうち一本は、岸からだいぶ離れたところにあって、流れてきたゴミが絡みついていました。

低潮位のときでなければ、目につきにくい高さではありますね。通航される方は、お気をつけて…。
緑の桁橋・岩淵橋と、その向こうは国道122号線・新荒川大橋。このあたりは、荒川の土手に沿った区間なので、緑豊かで建物も少なく、風景が開けています。

ただ、土手側は護岸に沿って遊歩道があるため、釣りのしやすい場所でもあるのです。幸い、写真左側には歩道がないので、右側のみ神経を集中して、恐る恐る(?)進みます。
撮影地点のMapion地図

(20年7月20日撮影)

(『新河岸川再訪…2』につづく)

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2008/07/19のBlog
[ 18:25 ] [ 水運趣味の本など ]
永島丸の写真」と一緒に、古書店で見つけた「定点撮影」の写真を今一組、ご覧に入れましょう。
私にとってはなじみ深い、神田川河口に架かる、柳橋の古写真です。

一枚目は、明治20年8月架け替えの、洋式木造桁橋時代の柳橋を写したもの。右半分しか写っていないのが惜しいですが、当時の河畔の様子は、十分彷彿できます。

大きく張り出した、石垣造りの橋台地は、和式桁橋時代より変わりがないようですね。潮の引いた時間帯らしく、護岸の水際には藻や貝のついた部分が黒々と露出しているのが見られます。

舟は、手前に何艘か艫の部分が見える程度ではあるのものの、岸辺に突かれた河岸棒、右手前の舟の上に満載された、粗朶束か何かの積み荷など、河岸が賑わっているさまが感じられます。
「東京の橋 生きている江戸の歴史」によると、江戸時代は川口出口の橋とも称し、創架は元禄11年(西暦1698年)らしいとのこと。
二枚目は前回と同じく、昭和初期撮影の写真。現在の柳橋は、昭和4年に竣工した、震災復興橋です。

神田川…8」に掲載した、最近の写真とくらべると、むしろ寂しい感じがします。これは、震災復興事業による、橋や護岸の工事があり、船宿が一時立ち退いていたためのように思われるのですが、いかがでしょうか。

ともあれ、現在も舟遊びの拠点として、江戸以来変わらぬ繁盛を見せてくれているこの界隈。柳橋も神田川の顔として、末永くその優美な姿を留めていてほしいものです。

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2008/07/18のBlog
[ 22:58 ] [ 橋の裏側 ]
昨年10月以来、9ヶ月ぶりの「橋の裏側」とまいりましょう。今回は桁橋ばかりですが、橋脚まで含めて眺めていると、意外な表情を見せてくれるものです。

(24)朝潮運河、黎明橋。20年3月30日撮影。

青いパイプを支持するステーが気になりました。小さいながら、ちゃんとプレートガーダー構造になっていて、まるで橋のミニチュアのようです。
(25)鶴見川、京浜急行・鶴見川橋梁、20年4月27日撮影。

塗装されてからまだ間もない、ピカピカの箱桁の裏に、橋脚や水面が映り込んでいます。
(26)同じく鶴見川、新鶴見橋。20年4月27日撮影。

天下の国道1号を通す橋だけあって、桁の天地幅もあり、なかなか重厚。リベットの多さが、竣工年代を物語っています。橋脚も、表面を滑らかな石で化粧され、別格の雰囲気ですね。
(27)砂町南運河、若洲橋。20年5月4日撮影。

今のところ、若洲へ渡る唯一の橋。実用一点張りの橋脚と、やや傷んだ桁の表面が、ちょっと場末感を漂わせます。数年後、幹線道路の橋に出世(?)するときは、お化粧直しをしてもらえるのでしょうか。
(28)江戸川、国道357号線・舞浜大橋、20年6月15日撮影。

ここもご他聞に漏れず、橋の集中地点。下流側に京葉線のトラス、上流側を首都高湾岸線にはさまれた、目立たない橋ですが、桁を赤く塗っているのは、精一杯の自己主張と言ったところでしょうか。




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2008/07/17のBlog
[ 23:05 ] [ 水辺の気になるモノ ]
(『行徳可動堰づくし…2』のつづき)
川畔にポツリと設けられている、水位観測施設…。何かカラクリがしかけてあって、人知れず日々の水位を記録し続けているという、地道(?)なところに、以前より惹かれるものがありました。
過去に紹介した、霊岸島水位観測所や、荒川下流のそれのように、中には造形として見ても面白いものがあり、お好きな方もおられるのでは、と、4件ほどまとめてご覧に入れます。

まずは浦安付近の物件。色とカタチが、一昔前の給水タンクを思わせる雰囲気。よく見ると、換気扇も備えられているようです。
江戸川閘門下流側のもの。コンクリートの肌の古び具合からして、閘門と同時期の建造ではないでしょうか。
ずん胴の筒に、無造作に天蓋を乗せた造作は、スープ鍋か天水桶のようでもあり、脚が短いこともあって、ちょっとユーモラスな感じもします。

現在はもちろん、リアルタイムで観測データが送られてくるのでしょうが、この観測所には、時計仕掛けで動く、煤を塗った用紙の上を、針がチリチリと走ってグラフを描いているような、メカニカルな観測機器が似合います。
閘門の上流側にも、ほぼ同型の観測施設がありました。

こうして、少し距離を置いて眺めると、護岸上の風景に、すっかり溶け込んでいるように見えました。ここで過ごした60数年間は、ダテではない、といったところでしょうか…。これからも、閘門とともに歩んでいくのでしょう。
行徳可動堰の少し上流にあった、背高ノッポの一つ目小僧。寄る辺のない河原に、孤独にぽつんと立つ姿が、なかなか佳し。人目につきやすいところではあるので、そのうち煙突のように、空に溶け込みそうな色(笑)で塗られてしまわないか、ちょっと心配です。

これも、閘門の観測施設同様、可動堰をはさんで、下流にも略同型のものが建てられています。
一こま余ってしまったので、おまけ…。

旧江戸川を走っていると、こんな排水施設によく出会います。
堤防に穴を開けず排水する方法、と言えばそれまでですが…。堤防の形に沿って、ぐにょりとまとわりついたような配管のしかた、基礎護岸上に、黒々と口をあけるパイプの吐け口…。少々恐ろしげな感じもして、やはり、目を奪われてしまうのでした。

(20年6月15日撮影)

6月15日の項の参考文献
鋼製ゲート百選 (『鋼製ゲート百選』選定委員会 編)技報堂出版

(この項おわり)

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