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K-SOHYA POEM BLOG
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2008/03/01のBlog
──私の読書ノートから──(28)

 「きっこの日記 R」好き?好き?嫌い?編
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(辰巳出版2007/02/15刊)・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

かねて予告中の本が出たのでネット書店から取り寄せた。
この本の帯には「愛と性、政治と国民、最愛の人・・・ついに明かされる”きっこの素顔”」というキャッチコピーが見られるが、たしかに第一章OriginalManuscripts「あたしはあたし」に「恋愛遍歴」という項目もあるが、内容は生い立ちとか、お母さんのこととかが回顧的に淡々と語られるもので、衝撃的なものはない。
「あとがき」に書かれるように、この本の出版動機というのが、持病持ちのお母さんの治療のために、今しか出来ない手術を受けさせたい、そのための費用を、この本の印税でまかないたい、ということなのである。
初版にいくら刷られたかなど判らないが、1、2、3巻と出版されたのだが、印税でまかなうのは大変だろう。
前回までは白夜書房から刊行されたが、今回は辰巳出版からの発刊ということだが、それは以前から担当していた編集者「Tさん」が移ったために、どうしてもTさんに担当してもらいたかったから、という理由が「あとがき」に書かれている。

俳句好きなきっこさんらしく、「原爆の日」2006/08/06という記事には長崎で原爆に遭って死んだ子供三人と奥さんを詠んだ「まつおあつゆき」という「自由律」俳人の作品を載せている。少し引いておく。

 わらうことをおぼえちぶさにいまわもほほえみ・・・・・・・・・・まつおあつゆき

 すべなし地に置けば子にむらがる蝿

 なにもかもなくした手に四枚の爆死証明

 夏草身をおこしては妻をやく火を継ぐ

 降伏のみことのり、妻をやく火いまぞ熾りつ

この記事の後の方には「原爆忌」に詠まれた俳句が47点収録されている。
その一番最後に

 抱きあげて猫の肋や原爆忌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きっこ

という自作が掲げられている。 いい作品である。
ずぶぬれて犬ころ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・住宅顕信

2006/11/07の記事には、この標題で、まつおあつゆきと同じ「自由律」俳人の住宅顕信の作品を載せてある。太字のものが「短詩」のようだが、自由律の俳句である。
私は、この人については全く何も知らなかったが、きっこさんの、この記事を見てネットから取り寄せてみたので、後日あらためて記事を書くことにする。
写真②に、その本を掲げておく。
----------------------------------
この本には2007年11月までのWEB版「きっこの日記」から27本と、オリジナル原稿8本、それに、児島玲子×きっこ、江川紹子×きっこ、の「対談」2本から成っている。
もっとも「対談」とは言っても、「チャット」によるコメントのやりとりを構成したものである。
「父さんのビール」という母が離婚したために生き別れになった父親のことを書いた記事。愛煙家のきっこさんらしく「自分勝手な嫌煙権」続、続々など3編の記事がある。
また「マジメな人がバカを見る美しい国」という、食品偽装の記事など、今どきの日本(きっこさん流に言うと「ニポン」となる)の良心を代表するような記事も、いかにも、きっこさんらしいものである。
この本が良く売れて、お母さんの手術がうまく行くように祈って終わりたい。
2008/02/29のBlog
二月になりました。
まだ寒いですが、「風光る」季節の到来です。
 麗しき春の七曜またはじまる・・・・・・・・・・・・・・山口誓子


ご来訪くださいまして有難うございます。
ぜひコメントを置いて下さい。頂いたコメントには必ずお返事しますので、私の「返信」を忘れずにご覧下さい。
このDoblogは、私の知人、友人にも公開しているので、閲覧の便宜のために少し説明させて下さい。
私は、このDoblogをWeb上のHPと連動したものとして、日々詩作品や文章を書き溜めています。
私の、このBLOGは文芸に──特に「詩歌句」に特化したものとして編集しています。体裁としては、今はもう終了したが朝日新聞の大岡信「折々のうた」、読売新聞の長谷川櫂「四季」を参照して分量としては、かなり長目の記事を書いています。自作も多目に採り上げています。
ぜひ多くの方のご訪問と閲覧をお願いします。

2008年2月19日に私のBLOGへのアクセス数が遂に600000件を超えた。59万件を超えたのが
2008年1月28日であるから何とも早い達成であり感慨ふかいものがある。
私の場合、検索サイトからの人などDoblog以外からのアクセスが多いらしい。
アクセスして下さった人たちに心から感謝します。これからもよろしく。


■─My Works─■
私のWebのHP「木村草弥の詩と旅のページ─《風景のコスモロジー》─」にアクセスして頂くと、目次が20個弱並んでいます。詩、四冊の歌集の自選歌などの短歌と批評文、連句、旅日記、エッセイなど、自作と他人の作品が収録されており、各「目次」からリンク出来ます。
http://www.google.co.jp/あるいはhttp://www.yahoo.co.jp/で「木村草弥」と検索して頂くと、数百件の検索結果が出ます。重複も多いのですが、詳しく全部検索して頂くと、他には載らないエッセイなども読めます。
BLOGの文章はジャンル別に分けてあります。閲覧は左側の「ジャンル」から、お入り下さい。
このBLOGをご覧になっての感想は、下部の「コメントを見る・書く」をクリックして記入願います。
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「黒字」になっている年、月、日は、過去未来とも「書き込み記事」のないものです。

木村草弥の本について
私の本は、目下、出版社からは取り寄せ出来ません。「日本の古本屋」に出回っていることがありますから、
ここから検索してみて下さい。もう何人もお買いいただいています。
本(歌集)の題名はWebのHPをご覧下さい。よろしく。
9条守ろう!ブロガーズ・リンク (0215) に参加しています!


他称「若」年寄の日々詫び寂びのblogが京都に関する記事が満載で面白い。
もっとも、競馬の記事などもあるので、karesansui氏の「侘び寂びに関する記事」目次を呼び出してお読み下さい。
前田雀郎ネット(yahantei)氏運営の『晴生のブログ』が面白い。俳句、川柳、連句などに関する豊富な話題の記事が満載だ。ぜひアクセスしてみて下さい。
「角川書店」話題の新刊書
「新潮社」今月の新刊
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「集英社文庫」新刊
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 ■Titleback&others──Designed by 千秋
2008/02/28のBlog
──季節の歌鑑賞──

春が来た春が来たよと菜の花よ
 生きるは愉(たの)し生きるは哀(かな)し
・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
菜の花は早いところでは、もう一月はじめには咲きはじめて、遅いところでは満開は四月になる、という息の長いものである。
早春を告げる花として庶民的な親しみの持てる花である。
「菜の花」というのは、昔は「菜種油」を採るために栽培されていたのだった。ずっと昔、電気のない頃は灯心に「菜種油」を注いで明りにしていた。電気が来てからは、神棚や仏壇の灯明として終戦後も長く使われていたものだった。
菜種油を採る実を振い落したあとの「菜種柄」は、竈などの焚きつけに使われたが、蛍の出るシーズンになると、それを持ち出して蛍をはたき落すのに使ったものである。
この頃ではエコロジー運動の一環として菜種油で軽油の代わりにディーゼル車を動かそうというような企てもある。
掲出した私の歌は、「生きる」ということは「愉しい」ことでもあり、また或る一面では「生きる」というのは「哀しい」ことでもある、という哀歓を詠んだものである。
「菜の花」を詠んだ歌を、この歌集からまとめて引いておく。

咲きほこる菜の花いつぽん切りとりて花瓶に挿せり危ふく挿さる

春が来た春が来たよと菜の花よ生きるは愉し生きるは哀し

菜の花を花瓶に挿せば風景が青き地図埋めたちまち展(ひら)く

見ひらける瞳のかなた産土(うぶすな)のひろごる視野は黄なる菜の花
写真③には菜の花の遠景に「梅の花」が咲いているのを出してみた。時期的に重なる所もあるだろう。
この頃では「菜の花漬」として蕾の花と茎の先端の部分を塩漬けにして芥子を少しあえて「菜の花漬」というものが季節の浅漬けあるいは「おひたし」としてスーパーなどでも盛んに売られている。あっさりしておいしいものである。時代とともに、菜の花の利用法も変わってくるのである。

俳句の世界でも、芭蕉、蕪村の頃から「菜の花」は盛んに詠まれてきた。
以下、それらを引いて終りにしたい。

 菜畑に花見顔なる雀かな・・・・・・・・松尾芭蕉

 菜の花や月は東に日は西に・・・・・・・・与謝蕪村

 菜の花やかすみの裾に少しづつ・・・・・・・・小林一茶

 菜の花の野末に低し天王寺・・・・・・・・正岡子規

 菜の花の黄のひろごるにまかせけり・・・・・・・・久保田万太郎

 菜の花といふ平凡を愛しけり・・・・・・・・富安風生

 菜の花や夕映えの顔物を言ふ・・・・・・・・中村草田男

 菜が咲いて鳰も去りにき我も去る・・・・・・・・加藤楸邨

 菜の花に昔ながらの近江富士・・・・・・・・山口波津女

 三輪山の裾ひろがりや菜の花に・・・・・・・・滝井孝作

 家々や菜の花色の灯をともし・・・・・・・・木下夕爾

 菜の花の地平や父の肩車・・・・・・・・成田千空

 菜の花や西の遥かにぽるとがる・・・・・・・・有馬朗人

 一輌の電車浮き来る花菜中・・・・・・・・松本旭

 菜の花の怒涛のごとき黄なるかな・・・・・・・・辰巳あした
2008/02/27のBlog
──季節の歌鑑賞──

少年は星座の本に夢みてゐる
 オリオンの名をひとつ覚えて
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。

「オリオン座」は冬の星座である。
イカロス神話によると、オリオンは海の神ポセイドンとミノス王の娘エウリュアレの間に生まれたとされる。海の神の息子であったから、海の上をまるで陸のように歩くことができたという。
巨人オリオンは美男子で、狩の腕にも優れ、そして月の女神アルテミスの恋人でもあった。それは、いろいろのことがあった後、クレタ島に渡って月と狩の女神アルテミスに出会い、二人は愛し合うようになるが、アルテミスの兄・アポロンが野蛮なオリオンから引き離そうと画策し、ある日、海で泳ぐオリオンの頭に金色の光を吹きつけた。そしてアルテミスに「いかにお前が弓の名手でも、あれほど遠くの獲物は一矢では射止められまい」とそそのかした。その挑発的な言葉に乗せられてアルテミスは、その海上の獲物を一矢で射抜いてしまった。
打ち上げられたオリオンの死体を見て、アルテミスは悲しんで、夜空を照らすことも忘れてしまった。
アルテミスに同情した大神ゼウスは、オリオンを天に上げ、星座にした。
月は公転運動で見かけの位置を毎日変える。1ケ月に1度はオリオン座のすぐ北を通る。月の女神アルテミスは今では1ケ月に1回だけオリオンとのデートを楽しんでいるのである。

私は天文少年でもなかったので、星座にまつわる神話の方が面白かった。
西洋占星術だが、星座表は古代バビロニアに発し、ギリシアに到達して「西洋占星術」として確立されるようになった。12の星座が月日によって割り振られ、たとえば2月7日生まれの私は「水瓶座」ということになる。
こんにち、週刊誌などに載る「あなたの運勢」などという記事は、この星座表によって、もっともらしいことが書かれている。

星座については2007/02/01に「冬の星座6態」として詳しく書いたので、ご覧いただきたい。

「俳句」の世界では、私の持っている程度の歳時記には「オリオン座」などは、まだ「季語」としては少ししか載っていないが、それを引いて終わる。

 石鹸は滑りオリオン座は天に・・・・・・・・・・・正木ゆう子

 オリオンの真下に熱き稿起こす・・・・・・・・・・・・小沢実

 オリオンを頭にして百の馬 潔癖・・・・・・・・・・・・星永文夫
2008/02/26のBlog
──季節の歌鑑賞──

水底に動くものあり見つむれば
 蛙の卵(らん)の孵(かへ)りはじめぬ
・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るもので、
「風二月」の一連の中にある。
一般に蛙は、まだ寒い頃に穴から出てきて、相手を見つけて抱接し、雌は田の水溜りに卵を産み、また土の中に戻って冬眠をつづけるという。その間に水の中で卵は成長し、「おたまじゃくし」になって
水中の微生物を食べて大きくなる。
親蛙たちはゆっくり冬眠して水温が、そこそこになるまで出て来ない。というのは蛙は「変温動物」であるから気温が低ければ活動できないからである。
写真②は卵嚢に入った蛙の卵。

掲出した歌の前に

田の水に映るものにも春兆し風は二月の光に触れ来(く)

という歌が載っているのが、掲出した歌の舞台背景ということになる。

「おたまじゃくし」のことを漢字では「蝌蚪」(かと)と書くが、この字は中国の上代に、竹簡に漆の汁をつけて字を書き、その字の形が頭が大きく、尾が小さい、おたまじゃくしに似ていたので、そう名づけられ、それを明治以降俳人たちが音読利用しているものという。そんなことで俳句にも、よく詠まれているので少し引いて終りにする。

 天日のうつりて暗し蝌蚪の水・・・・・・・・高浜虚子

 川底に蝌蚪の大国ありにけり・・・・・・・・村上鬼城
 
 蝌蚪曇りなほ三月の日のごとき・・・・・・・・山口誓子

 蝌蚪の水山ふところにありにけり・・・・・・・・富安風生

 蝌蚪見れば孤児院思ふ性を棄てよ・・・・・・・・中村草田男

 蝌蚪の上キューンキューンと戦闘機・・・・・・・・西東三鬼

 税の数字よ小学生の日の蝌蚪よ・・・・・・・・加藤楸邨

 病みて長き指をぬらせり蝌蚪の水・・・・・・・・石田波郷

 蝌蚪を見る病後の杖を抱きかがみ・・・・・・・・皆吉爽雨

 蛙の子飼つて孤独の性(さが)子にも・・・・・・・・安住敦

 蝌蚪に打つ小石天変地異となる・・・・・・・・野見山朱鳥

 蝌蚪に肢不思議な平和充満し・・・・・・・・北登猛

 あるときはおたまじゃくしが雲の中・・・・・・・・飯田龍太

 蝌蚪の水少年のなほ女声・・・・・・・・辻田克己

 おたまじやくしにも青雲の志・・・・・・・・宮坂静生

 一つ出ておたまじやくしのどろけむり・・・・・・・・石田郷子

 かたまつて生くるさびしさ蝌蚪も人も・・・・・・・・島谷征良

 かたまれる蝌蚪に行末ひとつづつ・・・・・・・・まついひろこ

 うちみだれ蝌蚪の疑問符感嘆符・・・・・・・・新明紫明
2008/02/25のBlog
──季節の歌鑑賞──

芝点(しばたて)の茶事の華やぎ思ひをり
 梅さき初むる如月の丘
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るもので、自選にも採っているのでWeb上のHPでもご覧いただける。
掲出の写真は野外で茶をたてる時に使う「野点(のだて)セット」というもので、この携帯用のものの中に茶をたてる最低必要なものが入っている。
「芝点」と称して芝に毛氈を敷いて茶会をやる時には、もう少し道具類を用意するのが普通である。
寒い風の吹く季節をやり過ごして、うららかな春になると、家の中ではなく、野外に出て「野点(のだて)」をやりたくなる。芝生の上でやるのが「芝点(しばたて)」である。
「芝点」では「旅箪笥」などを使って茶を点てるのが普通である。
その由来についてWEB上では、次のような記事が出ているので貼り付けておく。
旅箪笥(写真②)は桐木地・ケンドン扉・鉄金具の鍵付きの小棚で、小田原出陣の折、陣中にて茶を点てる為に、利休居士により創案されたものだそうです。道具を中にしまって背中にしょって出掛けたのでしょうか。

旅箪笥を使って「芝点て」の稽古です。準備は地板に水差しを、2枚ある棚板の下方に棗と茶碗を飾り、上方の棚の左端の切り込みに柄杓を掛け、柄杓の柄の元に蓋置を飾り、ケンドン扉を閉めます。建水だけを持ち手前座に入り、扉を開け(この開け方もなめらかに静かに行います)道具を取り出しお茶を点てるのですが、棚板の1枚を抜き出し、その上に棗・茶筅を置く「芝点て」は、花見時の野点の光景が目に浮かぶ様な気がします。その雰囲気を楽しむ為か旅箪笥はよく釣り釜とあわせられるそうです。特に季節を選ぶ棚ではないと言われますが、その風情から早春~春に用いられることが多いそうです。風炉との取り合わせはないそうです。
------------------------------------------
上の記事にあるように、本来は野外で点てるのを、後世になると、「芝点」と称して家の中でお点前をするようになったものであり、ここまで来ると、「先ず茶道の作法ありき」という気がして嫌である。
私が「芝点」というのは文字通りの芝生の上での野点である。
私の歌は、梅が咲き初めた如月の丘に居て、もうしばらくすると芝点の時期がやって来る、楽しみだなあ、という感慨である。

以下、掲出の歌につづく一連の歌を下に引いて、ご覧に入れる。

 野 点

芝点の茶事の華やぎ思ひをり梅さき初むる如月の丘

毛氈に揃ふ双膝肉づきて目に眩しかり春の野点は

野遊びの緋の毛氈にかいま見し脛(はぎ)の白さよ無明(むみやう)のうつつ

香に立ちて黒楽の碗に満ちてゐる蒼き茶の彩(いろ)わが腑を洗へ
2008/02/24のBlog
──季節の一句鑑賞──

牡蠣の酢に和解の心曇るなり・・・・・・・・・・・・・・・石田波郷

冬の季節には「牡蠣」(かき)が美味なるものの一つである。
写真①は「焼き牡蠣」である。
掲出の波郷の句の牡蠣は何だろうか。単純に「酢牡蠣」としてよかろう。
フランス人も牡蠣をよく食べることは知られている。Web上で見つけた「フランス落書き帳」というサイトによると、ボルドー(正確にはアルカッション)の牡蠣生産は有名らしい。フランス国内需要の元になるチビ牡蠣の約70%を供給しているという。
写真②の、牡蠣9個、白ワイン、パン、海を見ながらのロケーションを含めて6ユーロ(約1000円)くらいだという。(もっとも、これは産地で食べる値段であって、パリのそこそこの店で食べたら20ユーロ以上取られるらしい)
日本でも酢牡蠣にして食べるが、フランスでは生牡蠣にレモンをしぼって食べる。
また、この地方では焼いたソーセージと一緒に食べることも多いと言い、その場合は赤ワインとともに賞味するらしい。
私はオランダで「ムール貝」を食べたことがあるが、フランスで「牡蠣」を生食したことはない。
写真③は「牡蠣フライ」だが、外食しても、家庭でも、この牡蠣フライが一番ポピュラーではないかと思う。
牡蠣は「海のミルク」と表現されるように、栄養素を豊富に含んでいる。出来れば、海の汚染されていない、きれいな海の産地のものが望ましいだろう。
写真①に載せた「焼き牡蠣」は適当に水分が飛んで、しかも海水のほのかな塩気が食欲をそそる。
写真には載せないが土鍋での水炊きもおいしいものである。冬の季節には暖かい鍋物は、体が温まって、ほっこりした気分になる。
妻が元気な時は、家でも、よく食べたが、妻が亡くなった今では鍋物はほとんど姿を消した。
写真④は牡蠣とホーレン草の生クリームとチーズのグラタンである。
このように和風、洋風さまざまに料理は工夫できよう。今は年代によって料理の好みもさまざまであるから、ある料理法に固執する必要はないのである。
年配者向きには、牡蠣の使い残りで「牡蠣のしぐれ煮」なども喜ばれる。ご飯が少し余った時など、こんな佃煮も重宝なものである。牡蠣雑炊なども水炊きの後のエキスの入った汁の活用として、おいしくいただける。
何だか、料理番組みたいになってしまったが、冬の味覚として私の大好きな食品である。
以下、牡蠣を詠んだ句を少し引いて終りたい。

 牡蠣はかる水の寒さや枡の中・・・・・・・・高浜虚子

 牡蠣鍋の葱の切つ先そろひけり・・・・・・・・水原秋桜子

 だまり食ふひとりの夕餉牡蠣をあまさず・・・・・・・・加藤楸邨

 牡蠣むきの殻投げおとす音ばかり・・・・・・・・中村汀女

 灯の下に牡蠣喰ふ都遠く来て・・・・・・・・角川源義

 母病めば牡蠣に冷たき海の香す・・・・・・・・野沢節子

 牡蠣好きの母なく妻と食ひをり・・・・・・・・杉山岳陽

 牡蠣そだつ静かに剛き湾の月・・・・・・・・柴田白葉女

 夕潮の静かに疾し牡蠣筏・・・・・・・・打出綾子

 亡き友も五指に余るや牡蠣すする・・・・・・・・本多静江

 牡蠣殻が光る鴉の散歩道・・・・・・・・藤井亘
2008/02/23のBlog
──季節の歌鑑賞──

<地の意思を空に刻みて冬木立つ>
 男ごころと言ふべし 冬木
・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

< >内の俳句は馬場駿吉の作品である。馬場は名古屋市立大学
病院の教授で医師であるが、前衛的な俳句作者としても著名な人
である。このような他人の作品を歌なり句なり詩の中などに取り込む
のを「コラージュ」という。
私の歌も、それを採用している。
この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るもので、「阿音の形而上学」という13首からなる一連の中の一首である。
冬のきびしい空気の中に立つ冬木に「男ごころ」を読み取ったというのである。

「冬木」という冬の季語には、冬の間の、息をひそめたような木々を表わすものがあるのである。
以下、少し冬木の句を引いて終りたい。

 大空にのび傾ける冬木かな・・・・・・・・高浜虚子

 冬木中一本道を通りけり・・・・・・・・臼田亞浪

 夢に見れば死もなつかしや冬木風・・・・・・・・富田木歩

 つなぎやれば馬も冬木のしづけさに・・・・・・・・大野林火

 その冬木誰も瞶めては去りぬ・・・・・・・・加藤楸邨

 わが凭れる冬木ぞ空の真中指す・・・・・・・・八木絵馬

 みちのくの夕日あまねき冬木かな・・・・・・・・五所平之助

 猫下りて次第にくらくなる冬木・・・・・・・・佐藤鬼房

 冬木伐り倒すを他の樹が囲む・・・・・・・・武藤不二彦

 大冬木鹿の瞳何にうるほふや・・・・・・・・松野静子

 冬木の手剪られ切り口鮮しき・・・・・・・・稲垣きくの
2008/02/22のBlog
──季節の歌鑑賞──

唐国の壺を愛して梅を挿す
 妻の愁眉や未だ寒き日
・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るもので、妻の体調が悪くなりかけた頃のものである。それは「妻の愁眉」という個所に表現してある。自分の体調に愁眉の愁いを表わしながら、妻が唐国の壺に梅を活けている、という歌である。
この歌は自選にも採っているのでWeb上のHPでもご覧いただける。
梅の開花は、その年によって遅速があるが今年は寒さが厳しいので果して、いつごろ満開になるだろうか。
何度も書いたことだが、私の住む「青谷村」は鎌倉時代以来、梅の名所として規模は大きくはないが、伝えられてきた。
「万葉集」では、「花」というと「梅」のことだった。今では俳句の世界では「花」と言えば「桜」を指すことになっている。「和歌」「短歌」でも同じである。気候的にも桜の咲くころは春まっさかりという好時期であり、日本人は一斉に花見に繰り出すのである。
しかし、「梅」には、馥郁たる香りがあり、しかも花期が極めて長くて、長く楽しめる。梅の産地生まれだからというわけではなく、どちらかというと、私は「梅」の方が好きである。

梅の花については、先に姉・登志子のところでも挙げたが、私は梅の歌をいくつも詠んでいる。
掲出した歌の次に

壺に挿す白梅の枝のにほふ夜西班牙(スペイン)語の辞書を娘に借りにゆく

という歌がある。実は、私の次女は外国語学部でスペイン語が専攻だった。

歳時記にも「梅」の句は多い。それらを引いて終りたい。

 梅が香にのつと日の出る山路かな・・・・・・・・松尾芭蕉

 むめ一輪一りんほどのあたたかさ・・・・・・・・服部嵐雪

 二もとの梅に遅速を愛すかな・・・・・・・・与謝蕪村

 梅一枝つらぬく闇に雨はげし・・・・・・・・水原秋桜子

 勇気こそ地の塩なれや梅真白・・・・・・・・中村草田男

 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ・・・・・・・・石田波郷

 梅白しまことに白く新しく・・・・・・・・星野立子

 梅咲けば父の忌散れば母の忌で・・・・・・・・安住敦

 梅挿すやきのふは酒のありし壜に・・・・・・・・石川桂郎

 梅二月ひかりは風とともにあり・・・・・・・・西島麦南

 白梅のあと紅梅の深空あり・・・・・・・・飯田龍太

 紅梅の天死際はひとりがよし・・・・・・・・古賀まり子
-----------------------------------------
普通、紅梅は白梅よりも時期があとになることが多い。私は姉・登志子を紅梅になぞらえて2/19付けでは写真に紅梅を配した。
2008/02/21のBlog
──季節の歌鑑賞──

冷えまさる如月の今宵「夜咄(よばなし)の
 茶事」と名づけて我ら寛ぐ
・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るもので、「夜咄の茶事」という11首からなる一連のはじめの歌である。
WebのHPでも自選に採っているので、ご覧いただける。
「夜咄の茶事」というのは伝統的な茶道の行事で、作法としても結構
むつかしいものだが、私たちは、歌にも「寛ぐ」と書いたように略式にして楽しんだものである。
千利休などが茶道の基礎を固めはじめた頃は、茶道は、もっと融通無碍の自由なものであった。それが代々宗匠の手を経るに従って、それらの形式が「教条主義」に陥ってしまった。そういう茶道界の内実を知る私たちとしては、そういう縛りから自らを解放して、もっと自由な茶道をめざしたいと考えた。
だから先人にならって「番茶道」を提唱したりした。
利休語録として有名な言葉だが、

「茶の湯とはただに湯を沸かし茶をたてて心静かにのむばかりなる」

というのが、ある。これは、まさに先に私が書いた利休の茶道の原点なのである。
この「夜咄の茶事」の一連は、私にとっても自信と愛着のあるものなので、以前に書いたものと重複するかも知れないが、ここに引用しておく。

 夜咄の茶事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

冷えまさる如月の今宵「夜咄の茶事」と名づけて我ら寛ぐ

風化せる恭仁(くに)の古材は杉の戸に波をゑがけり旧(ふる)き泉川

年ごとに替る干支の香合の数多くなり歳月つもる

雑念を払ふしじまの風のむた雪虫ひとつ宙にかがやく

釜の湯のちんちんと鳴る頃あひの湯を注ぐとき茶の香り立つ

緑青のふきたる銅(あか)の水指にたたへる水はきさらぎの彩(いろ)

恭仁京の宮の辺りに敷かれゐし塼(せん)もて風炉の敷瓦とす

アユタヤのチアン王女を思はしむ鈍き光の南鐐(シヤム)の建水

呉須の器の藍濃き膚(はだへ)ほてらせて葩餅(はなびらもち)はくれなゐの色

釉薬の白くかかりて一碗はたつぷりと掌(て)に余りてをりぬ

手捻りの稚拙のかたちほほ笑まし茶盌の銘「亞土」とありて
2008/02/20のBlog
──季節の歌鑑賞──

つらら落つる朝の光のかがやきが
 横ざまに薙(な)ぐ神経叢を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
今年の冬は暖冬の予報が外れて、昨年暮から1月、2月と厳しい寒さがつづいている。
今日は、私の歌に合わせて「つらら」の写真をお目にかける。「萱葺き屋根」から垂れるつららである。
この歌を作った頃、私の神経は異常にぴりぴりしていて、ナーヴァスになっていた。
なんとかして、この心理状態を歌にできないものか、といろいろ考えた末に出来たのが、この歌である。
私としては「つらら」という一風あやういものと「神経叢」との取り合わせが面白いと思ったのだが、発表したときの皆の反応は、良くなかった。
もう一つ判り難いというのだった。しかし私は敢えて歌集にも収録した。日常ばかりを詠むのが歌ではないと考えたからである。いかがであろうか。

「氷柱」と書いて「つらら」と読む。水の滴りが寒気のもとで成長して凍ったもので寒い地域での冬の風物詩と言えるだろう。
「つらら」が出来るには、ただ厳寒であるばかりでは駄目で、凍った雪や氷が、日中の暖気で溶けて水滴になり、その雫が夜の間に凍って、氷柱が生長するという繰り返しで見事な氷柱になるのである。
以下、「つらら」を詠んだ句を引いて終る。俳句では「晩冬」の季語である。
「氷柱」については2006/01/11に、山口青邨の句「みちのくの町はいぶせき氷柱かな」を引いて記事がある。

 外に立ちて氷柱の我が家侘びしと見・・・・・・・・・・・・高浜虚子

 みちのくの町はいぶせき氷柱かな・・・・・・・・・・・・山口青邨

 氷柱落つ音に遅れて朝日来る・・・・・・・・・・・・篠田悌二郎

 夕焼けてなほそだつなる氷柱かな・・・・・・・・・・・・中村汀女

 いま落ちし氷柱が海に透けてをり・・・・・・・・・・・・橋本鶏二

 巌つららぽつんと折れて柩通す・・・・・・・・・・・・岸田稚魚

 大文字は好きな山なり草つらら・・・・・・・・・・・・波多野爽波

 みちのくの星入り氷柱吾に呉れよ・・・・・・・・・・・・鷹羽狩行

 人泊めて氷柱街道かがやけり・・・・・・・・・・・・黒田杏子

 日に痩せて月に太りし氷柱かな・・・・・・・・・・・・上野泰

 やがて日の雫はぐくむ草氷柱・・・・・・・・・・・・三田きえ子

 後の世に逢はば二本の氷柱かな・・・・・・・・・・・・大木あまり

 地上まであと一寸の氷柱かな・・・・・・・・・・・・荻原都美子

 木曽は木の国木の樋に氷柱して・・・・・・・・・・・・小川原嘘師

 後朝や草の氷柱の賑やかに・・・・・・・・・・・・市川葉

 白鳥の嘴の垂氷のまだ落ちず・・・・・・・・・・・・加藤未英

 軒氷柱ぐるりに垂るる宿に着く・・・・・・・・・・・・里川久美子
2008/02/19のBlog
──季節の歌鑑賞──

一二輪まことに紅濃き梅の花
 かなしきかなや若き死者のこゑ
・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るもので、自選にも採っているのでWeb上のHPでもご覧いただける。
この歌は私の亡長姉・登志子を詠んだもので『嬬恋』をはじめ第一歌集『茶の四季』(角川書店)にも、姉のことを詠った歌がある。
先に、それらの歌を引用しておく。

紅梅を見つつ独りの酒に酔ふけふは姉の忌と思ふたまゆら

紅梅が美しく咲けばよみがへる血喀(は)きしときの姉の悲鳴が

めつむれば紅梅匂ひをしたたらす月に絹暈(けんうん)かかる夜明り

一二輪まことに紅濃き梅の花さびしきかなや若き死者のこゑ

梅の香に抱かれて死なむと言ひし姉いまだ寒さの厳しかりしを

うら若き処女(をとめ)のままに姉逝きて忌日の二月十九日かなし

満開の梅の下にてわれ死なむと言ひし姉逝き五十年過ぐ
姉・登志子とは私は十歳の年齢の開きがある。 上の歌に詠んだように姉が結核で「喀血」したとき、私は同じ二階の部屋に寝ていたのである。長兄・庄助が結核に感染して帰郷して来て以来、わが家は次々と結核に罹った。長兄が昭和18年5月に死んで、姉は、その翌年19年2月19日に死んだ。
姉は喀血したとき、私にすぐに階下に降りるように悲痛な声をあげた。私は中学一年生であった。そのような体験は私の少年期の記憶として鮮明に残ることになった。
これらのことは何度もあちこちに書いたので、ここでは詳しくは書かない。ただ肉親として姉弟としての関係のほかに、上に書いたようなことがあるので私には忘れがたい悲痛な思い出として残っているのである。
5首目と7首目の歌については、もうあちこちに何度も書いたことだが、西行の有名な歌があり、それは「桜」を詠ったものだが、私の村は鎌倉時代以来、「梅」の名所でもあるので、姉は、明らかに西行の「ーー花のもとにてわれ死なむーー」の願望を踏まえた上で、「梅」に置き換えて言った心境だったのである。
引用した終りの歌では五十年となっているが、この歌を作ったときが五十年だったわけで、今では、もう六十年を過ぎてしまった。まさに、嗚呼というほかない歳月の速さである。
今日は登志子の祥月命日にあたるので、ここに記事を記して、姉に捧げるものである。
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