ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
K-SOHYA POEM BLOG
Blog
[ 総Blog数:1799件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/04/23のBlog
──季節の歌鑑賞──

うらうらに照れる春日(はるひ)にひばりあがり
 心かなしもひとりし思へば
・・・・・・・・・・・・・・・・・・大伴家持

雲雀(ひばり)は春の鳥である。一年中いる留鳥ではあるが春以外のシーズンには目立たない。スズメ科ヒバリ属という鳥で写真①のように保護色になっているので見分けにくい。頭には短い羽冠がある。繁殖期の子育ての時期には囀りがいかにも春らしく、中空で歌い、一直線に地に下りる。これを落ちるという。麦畑や河原の草に巣を作るが、巣から離れたところに下り、草かげを歩いて巣に至るので、巣を見つけるのは難しい。
ひばりは空にあがる時はヘリコプタの上昇のように一直線に真上に羽をはばたいて昇る。
写真②は、その急上昇の一瞬を捉えたもの。子育ての時期には敵の存在を確認すべく上空から監視するのではないか。いわゆる「ホバリング」が出来る鳥なのである。
この後、文字通り羽ばたきをやめて一直線に「落ちる」。
ひばりは虫や昆虫などを餌にしている。写真③は虫をくわえたヒバリである。秋などに休耕田の草刈をしていると、虫が飛び出すのを知っていて、いろいろの鳥が寄ってくるが、ヒバリも寄ってくるものである。
ヨーロッパの詩などにもヒバリは、よく詠われ、イギリスの詩人
パーシー・シェリーの有名な名詩"To a skylark"がある。
日本の詩歌にも古来よく詠われ、掲出の大伴家持の歌も有名なものである。「うらうらに」という出だしのオノマトペも以後多くの歌人に使われているものである。
以下、歳時記に載るヒバリの句を引いて終りたい。

 雲雀より空にやすらふ峠哉・・・・・・・・松尾芭蕉

 うつくしや雲雀の鳴きし迹の空・・・・・・・・小林一茶

 くもることわすれし空のひばりかな・・・・・・・・久保田万太郎

 わが背丈以上は空や初雲雀・・・・・・・・中村草田男

 なく雲雀松風立ちて落ちにけむ・・・・・・・・水原秋桜子

 雲雀発つ世に残光のあるかぎり・・・・・・・・山口誓子

 かへりみる空のひかりは夕雲雀・・・・・・・・百合山羽公

 初ひばり胸の奥処といふ言葉・・・・・・・・細見綾子

 虚空にて生くる目ひらき揚雲雀・・・・・・・・野沢節子

 ひばり野やあはせる袖に日が落つる・・・・・・・・橋本多佳子

 雨の日は雨の雲雀のあがるなり・・・・・・・・安住敦

 雨の中雲雀ぶるぶる昇天す・・・・・・・・西東三鬼

 腸(はらわた)の先づ古び行く揚雲雀・・・・・・・・永田耕衣

 いみじくも見ゆる雲雀よ小手のうち・・・・・・・・皆吉爽雨

 雲雀野や赤子に骨のありどころ・・・・・・・・飯田龍太

 ふるさとは墓あるばかり雲雀きく・・・・・・・・高柳重信

 雲雀落ち天に金粉残りけり・・・・・・・・平井照敏

 ひばりよひばりワイングラスを毀してよ・・・・・・・・豊口陽子

 揚雲雀空のまん中ここよここよ・・・・・・・・正木ゆう子

 ひばりひばり明日は焼かるる野と思へ・・・・・・・・櫂未知子

 揚雲雀空に音符を撒き散らす・・・・・・・・石井いさお
俳句を載せてからの追加のような形になるが、「雲雀に春草図」という1817年頃絹本着色という酒井抱一の絵を見つけたので載せる。
この絵には歌人・千種有功の賛(画の内容に関連する文句を詩歌などに作って記したもの)がある。賛の文句は

はるくさのはなさくのべをわけくれば こころそらにもなくひばりかな

この絵には、たんぽぽ、つくし、すみれ、わらびの生える野辺の上を雲雀が飛ぶのどかな風景を描いている。有名な絵らしい。
写真をクリックしてもらえばかなり大きくなるので見分けられると思う。
2008/04/22のBlog
──季節の歌鑑賞──

残生はいかに過ぐらむ老いの目に
 苺は朱し一つ一つが
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
今ではハウス栽培によって年中イチゴは出回っているが、本来は今の時期のものである。
年中出回るのには、訳がある。洋菓子の苺ショートケーキなどは一年中切らすわけにはゆかないし、年末のクリスマスの時期はデコレーションケーキの書入れ時であり、ケーキ会社ではイチゴ栽培農家と契約して供給を受けている。
今の時期は完全な露地栽培ではなくハウス栽培ではあるが、露地に近い時期で、あちこちで「いちご狩」が行なわれている。その場で取って口に入れるので、地面にはビニールシートを敷いてある。写真②は、その様子である。
苺農家にとっては、市場に出荷してもシーズンには、思わしいような値がつかないので、手間はかかるが、いちご狩をして現金収入を得る方が採算がいいのである。
この頃では品種改良されて「大粒」のイチゴが好まれる傾向にある。
私の住む近くでは、奈良県産の「アスカルビー」とかがある。大きさと甘さが勝負のポイントで、
他に「とちおとめ」「あまおう」「さがほのか」「ベリープリンセス」「女峰」「アイベリー」などがある。
一時日の出の勢いだった「とよのか」なども今では影が薄い。
「イチゴ狩」でも小粒の品種は見向きもされないというから恐ろしい。
私の近くでは、やられていないが、この頃では写真③のように「棚」作りの栽培があるらしい。これらは「いちご狩」専用の施設だが、この方がお客さんが、屈まなくてもよいので体が楽である他に、地面に接していないので「衛生的」な印象を与えることが出来る、という利点があるらしい。
世はまさに「お客様」本位の時代である。
この写真は愛知県渥美半島での一駒である。
いちご狩は結構値段の高いもので、値段だけで比べるなら、市販のものを買って腹いっぱい食べても、その方が安いらしいが、それはそれで自然の中で食べるというプラスアルファーが付加されているのである。

ところで、掲出の私の歌のことであるが、上句の「残生はいかに過ぐらむ」というフレーズと下句の「苺は朱し一つ一つが」というフレーズには、直接の関係はない。俳句でいう「二物衝撃」のように、この両者の間に「老いの目に」というフレーズが接着剤の役目を果たして一首のうちに「融合」させているのである。
私自身では、結構、気に入っている歌である。「老いの目に」赤いイチゴという取り合わせも成功している、と自画自賛している。いかがだろうか。

なお参考までに申し上げると「苺」「苺摘み」というのは「夏」の季語であり、今のようにビニールハウスとかが無い自然栽培の下では、もっと暑くならないと実らなかったのであった。
だから「春」の季語としては「苺の花」を指すことになっているので念のため。
「苺の花」の句としては

 満月のゆたかに近し花いちご・・・・・・・・・・飯田龍太

 花の芯すでに苺のかたちなす・・・・・・・・・・飴山実

「苺」の句としては

 青春の過ぎにしこころ苺喰ふ・・・・・・・・・・水原秋桜子

 怠たりそ疲れそ苺なども食べ・・・・・・・・・・中村草田男

 ねむる手に苺の匂ふ子供かな・・・・・・・・・・森賀まり

などである。佳い句として挙げるようなものは多くはない。
2008/04/21のBlog
──季節の歌鑑賞──

すみれ花むらさきの香に咲き出でて
 吾に親しき春を挿したり
・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。

先日来、パンジーやビオラの写真を載せてきたが、「菫(すみれ)」というのは、古来、掲出した写真のものを言うのである。葉が、この写真のように細長いのと、丸い葉のものとある。日本の野草らしく、小さく可憐な花である。
菫(すみれ)科。
学名 Viola mandshurica
Viola : スミレ属
mandshurica : 満州地方産の
Viola(ビオラ)は「紫色の」という意味。
私が子供の頃から親しんできたのは、この紫色の草だが、淡色や黄色などさまざまのものがあるようだ。
花の後には実が膨らみ、そこから出た種が雨に流されて、流れ着いたところで簡単に増える。
「すみれ」と名のつく草はいくつもあるが、植物学的には、掲出したものを指すと言われている。
日のあたる野や丘、畑に自生し、春に花茎を伸ばして濃い紫の花を一つ横向きに咲かせる。
茎がなく、葉は根元から出て柄を伸ばす。
「万葉集」巻8・春雑に詠われている歌

春の野に菫採(つ)みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける・・・・・・・・・・・・山部赤人

俳句でも

 山路来て何やらゆかしすみれ草・・・・・・・・松尾芭蕉

 骨拾ふ人にしたしき菫かな・・・・・・・・与謝蕪村

などに詠われるように春の代表的な題材の一つだった。
野の可憐な花で、目立たぬが、心に沁みてくる、なつかしい花である。
以下、歳時記に載る「すみれ」の句を引いて終りたい。

 菫程小さき人に生れたし・・・・・・・・夏目漱石

 手にありし菫の花のいつか失し・・・・・・・・松本たかし

 黒土にまぎるるばかり菫濃し・・・・・・・・山口誓子

 菫濃く雑草園と人はいふ・・・・・・・・山口青邨

 すみれ踏みしなやかに行く牛の足・・・・・・・・秋元不死男

 高館の崖のもろさよ花菫・・・・・・・・沢木欣一

 みちびかれ水は菫の野へつづく・・・・・・・・桂信子

 すみれ野に罪あるごとく来て二人・・・・・・・・鈴木真砂女

 摘みくれし菫を旅の書にはさむ・・・・・・・・上村占魚

 すみれ咲く聴けわだつみの声の碑に・・・・・・・・森田峠

 菫咲く微光剥落磨崖仏・・・・・・・・倉橋羊村

 すみれの花咲く頃の叔母杖に凭(よ)る・・・・・・・・川崎展宏

 「大和」よりヨモツヒラサカスミレサク・・・・・・・・川崎展宏

 少年に菫の咲ける秘密の場所・・・・・・・・鷹羽狩行

 どちらからともなく言ひて初菫・・・・・・・・大石悦子

 老人に日暮が来たりすみれ草・・・・・・・・橋本栄治
2008/04/20のBlog
──季節の一句鑑賞──

一旦は赤になる気で芽吹きをり・・・・・・・・・・・・後藤比奈夫

草木が一斉に新芽を出す頃になった。
多くの「新芽」が赤っぽい色をして芽吹いてくる。
掲出の後藤比奈夫の句は、そういう新芽の様子を諧謔をもって描写している。先では緑色になるとしても、新芽の時期には「一旦は赤になる気」という飄逸な描写が秀逸である。
写真①の新芽も赤っぽい。「モミジイチゴ」という木の新芽らしい。
写真②は「赤樫」の新芽である。
アカメガシと言われることもあるが、新芽の時期が過ぎてもしばらくは赤色の葉っぱをしている。
その時期が過ぎると緑色の成熟した葉になる。生垣などに採用される密植する美しい木である。
この木などを見ていると、掲出の後藤比奈夫の句の描写が的確であることが納得させられる。
「一旦は赤」どころか、新芽からずっと「赤」で通す木もある。
写真③はモミジの一種の新芽だが、このまま「赤」を押し通す木である。いま木の名前を探し当てられないので、失礼する。
モミジの成熟した葉もきれいだが、新芽は、もこもこした柔かさがあって、いとおしい感じがする。

後藤比奈夫は大正6年大阪生れ。本名・日奈夫。
大阪大学理学部物理学科出という異色の俳人。
父親が後藤夜半という有名な俳人で、早くから句作に親しんできた。

 鶴の来るために大空あけて待つ

という句なども、掲出句と同じような「諧謔」味のある句である。
少し比奈夫の季節の句を引いて終りたい。

 花おぼろとは人影のあるときよ

 首長ききりんの上の春の空

 法善寺横丁をゆく足袋白く

 人の世をやさしと思ふ花菜漬

 連翹に空のはきはきしてきたる

 辛夷散る百の白磁を打ち砕き

 蛞蝓(なめくじ)といふ字どこやら動き出す
2008/04/19のBlog
──季節の一句鑑賞──

連翹のまぶしき春のうれひかな・・・・・・・・・・・・・久保田万太郎

連翹はモクセイ科の落葉低木で中国原産。古くから日本に渡来(『古今集』成立の延喜時代)したが、当時は薬用であった。
庭園木としては江戸初期からで、叢生して高さ2メートル前後にも達する。
垂れた枝は地面についた節から発根する。早春、葉に先立って葉腋に黄色の四弁花を無数につける。
公園などならよいが、個人の庭には植えるものではない。

 連翹の猖獗ぶりや黄みどろに・・・・・・・・百合山羽公

という句にもある通り、はびこって、はびこって仕方がない木である。私の方では、一度植えたが、はびこりぶりに懲りて引っこ抜いた。
連翹は早春の花の時期だけの木で、一年の後の大半は枝を伸ばしては、地面に触れると、そこから根を下ろして、はびこるばかりである。
派手に咲きさかる花なので目につきやすく、古来、多くの俳句に詠まれて来た。後でそれらの句を紹介するが、私の個人的な感情を言うようで申訳ないが、私は好きになれない花である。

鹿児島寿蔵の歌に

はじめより咲きさかる日をおもはする連翹千の枝かぜになびけり

と詠まれるように、わっと咲きさかる木である。
連翹には支那レンギョウ、朝鮮レンギョウなどの種類があるらしいが、ちょっと見には我々素人には区別がつかない。
連翹は学名をForsythia suspensa というが、これは18世紀のイギリスの園芸家Forsyth氏に因むが、朝鮮レンギョウは末尾がkoreana となる。
以下、レンギョウを詠んだ句を引いて終りたい。

 連翹の一枝円を描きたり・・・・・・・・高浜虚子

 連翹や真間の里ひど垣を結はず・・・・・・・・水原あき桜子

 連翹の垂れたるところ下萌ゆる・・・・・・・・山口青邨

 行き過ぎて尚連翹の花明り・・・・・・・・中村汀女

 連翹や歳月我にうつつなし・・・・・・・・角川源義

 連翹の鞭しなやかにわが夜明け・・・・・・・・成田千空

 連翹に月のほのめく籬(まがき)かな・・・・・・・・日野草城

 連翹の黄のはじきゐるもの見えず・・・・・・・・後藤夜半

 燦と日が連翹の黄はなんと派手・・・・・・・・池内友次郎

 連翹に頭痛のひと日ありにけり・・・・・・・・鈴木真砂女

 目に立ちて連翹ばかり遠敷(をにふ)郡・・・・・・・・森澄雄

 いかるがの暮色連翹のみ昏れず・・・・・・・・和田悟朗

 連翹の邪魔な一枝を括りたる・・・・・・・・北沢瑞史

 子を叱るこゑつつ抜けやいたちぐさ・・・・・・・・小山陽子

 連翹の黄に触れ胎の子が動く・・・・・・・・樟 豊
2008/04/18のBlog
──季節の歌鑑賞──

白木蓮(はくれん)の花おほどかにうち開き
 女体は闇に奪はれてゐる
・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
自選にも採っているのでWebのHPでもご覧いただける。
この歌のつづきに

情念の日ざかりばかり歩み来て闇の真白の残像恋ほし

という歌が載っているので、掲出した歌と一体として鑑賞してもらいたい。
昨日、「こぶし」の花を採り上げたので、その近縁の木として「木蓮」を載せる。青空を背景にしたハクモクレンもよいが、歌に合わせてバックが闇の写真にした。
ハクモクレンは写真②のように、昨日採り上げた「こぶし」に似た花であり、事実、この両者は同じモクレン科の木である。その違いについては昨日に書いた。
ただし、モクレンは中国原産の木である。
遠くから見ると見分けがつかないものである。モクレンというと「紫木蓮」という色違いの種類がある。これは濃艶な花である。
写真③に、それをお見せする。
日本へはかなり古くに渡来したらしいが、日本の文学に登場するようになったのは、江戸時代からである。中国では15世紀には賞用された花で、仏教に関係があるらしく、日本では寺院に多く植えられている。ヨーロッパへは1790年に渡り、欧米人にも好まれるようになったという。アメリカでも庭園木として広く植えている。
中国ではハクモクレンのことを玉蘭、シモクレンを木蘭の名で呼んでいる。シモクレンはデカダン的な美だという人もいる。
つまり妖艶な感じを受けるからであろう。

掲出した私の歌では「白木蓮」と漢字で書いて「はくれん」と読ませているが、これは音数揃えのためであって、普通「ハクレン」と言えば「白蓮」(白いハスの花)を指すので紛らわしい。
私の歌は二つとも「メタファー」の体裁を採っているので、そのつもりで鑑賞してもらいたい。この歌を作った時は二十年も前のことであり、その頃は私も若かったので、こういう「情念」に満ちた歌も作り得たのだが、今となっては「枯れ切って」しまったので、こういう艶のある歌は作れない。
逆にいうと、だから、その時どきに歌はどんどん作っておくべきものである。歌は、自分の年齢に応じた「表白」を反映するからである。後になってからでは、その時どきの年齢を映した歌は、絶対に作れないということである。

紫木蓮ないしは白木蓮を詠んだ句で、私の歌に通ずると思う好きな句を引いて終りたい。

 木蓮の一枝を折りぬあとは散るとも・・・・・・・・橋本多佳子

 白木蓮の散るべく風にさからへる・・・・・・・・中村汀女

 葉がでて木蓮妻の齢もその頃ほひ・・・・・・・・森澄雄

 白木蓮純白といふ翳りあり・・・・・・・・能村登四郎

 木蓮の風のなげきはただ高く・・・・・・・・中村草田男

 戒名は真砂女でよろし紫木蓮・・・・・・・・鈴木真砂女

 白木蓮や胸に卍字の釈迦如来・・・・・・・・佐久間東城

 はくれんも煩悩の炎も闇に透く・・・・・・・・山上樹実雄

 白木蓮ひらきし夜が大事なり・・・・・・・・高島茂

 はくれんを手燭のごとく延べし枝・・・・・・・・轡田進

 はくれんの花ほむらだつ風の中・・・・・・・・下村梅子

 尖り立ち色めく蕾紫木蓮・・・・・・・・石川風女

 白木蓮を意中の花として老いぬ・・・・・・・・大森輝男
2008/04/17のBlog
──季節の詩鑑賞──

山なみ遠(とほ)に春はきて

こぶしの花は天上に

雲はかなたにかへれども

かへるべしらに越ゆる路
・・・・・・・・・・・・・・・・・三好達治
辛夷(こぶし)は早春に冬枯れの山野で咲き、遠くから目立つため、かつては春の農作業の目安にしたという。
学名はmagnolia kobus と言い、我が国の固有種である。
「ハクモクレン」に比べて花がやや小さく、花びらが細くて、開き気味である。名前の由来は、果実が握りこぶしに似ているためという。秋に実が熟すと、表面が割れて中から赤い実が糸でぶらさがる。
モクレン科モクレン属の落葉高木。
掲出の三好達治の詩は詩集『花筐』(はながたみ)から。
この詩は孤高隠栖の心境を詠った四行詩だが、こぶしの純白な花が青空を背景に山路にみごとに咲き誇っているさまが彷彿する。

写真④は「幣(しで)辛夷」という種類の辛夷。
この「幣こぶし」だが、絶滅危惧種と言われている。
湿地性の植物で、各地で開発などで姿を消しているらしい。
四月三日のNHKの朝のラジオで、大きな生息地だった岐阜県の各務原の群落が産業廃棄物処分地の影響で消滅してしまったという。目下、その土地で採取した種から発芽させて苗木にしたものを安全な地に植えつけて復活させる努力がなされているという。苗木屋などには結構出回っているらしいが。。。
写真⑤は、こぶしの実である。
私の歌にも辛夷を詠ったものがいくつかあるが、ここでは俳句に詠まれたものを採り上げて終りたい。

 一弁のはらりと解けし辛夷かな・・・・・・・・富安風生

 花辛夷月また花のごとくあり・・・・・・・・飯田龍太

 夢の世と思ひてゐしが辛夷咲く・・・・・・・・能村登四郎

 清滝の奥の四五戸の花辛夷・・・・・・・・河野南畦

 辛夷咲く空へ嬰児の掌を開く・・・・・・・・有馬朗人

 花辛夷月夜越前一乗谷・・・・・・・・倉橋羊村

 式内社田打ざくらの花かざす・・・・・・・・森田峠

 辛夷咲く一樹のもとの苗代田・・・・・・・・滝沢伊代次

 辛夷咲き会津に白き山いくつ・・・・・・・・岡田日郎

 水源の水もりあがる花辛夷・・・・・・・・矢島渚男

 辛夷咲き畳のうへに死者生者・・・・・・・・岡井省二

 目をあぐるたびに石見の花辛夷・・・・・・・・飴山實

 みな指になり風つかむ花辛夷・・・・・・・・林翔

 逢ひたくて辛夷の花の傷みゆく・・・・・・・・宮坂静生

 辛夷咲く飛騨朝市の黄粉菓子・・・・・・・・勝田享子
2008/04/16のBlog
──季節の歌鑑賞──

池水に影さへ見えて咲きにほふ
 馬酔木の花を袖に扱(こき)入れな
・・・・・・・・・・・・・・・・大伴家持

馬酔木の花は4月から5月にかけて咲きはじめる。山地に自生するツツジ科の常緑低木で、日本原産の木。
学名をPieris japonica という。私の推測だが、シーボルトが標本を持ち帰り命名したのではないか。
馬酔木は古典植物で、「万葉集」には10首見える。
掲出したのは、そのうちの一つで巻20の歌番号4512に見える大伴家持の歌。もともと「巻20」は万葉集の一番終りで、大伴家持の歌が多い。そこから万葉集は家持の編集になるのではないか、という説があるのである。
馬酔木(あしび)の木は有毒のもので、枝葉にアセボトキシンという有毒成分があるのである。野生の鹿などは、よく知っているので食べないという。花は香りが強い。
色は白が普通だが、写真②のようなピンクのものがある。木の姿もよく、昔から好んで「庭木」として植えられたので、栽培による改良種だと言われる。
先に馬酔木は古典植物だと書いたが、歌に「馬酔木なす栄えし君」と詠まれるように、古代には「賀」の植物であり、栄えの枕詞であった。

馬酔木については私の歌もあるが、昨年に採り上げたので、今回は遠慮しておく。
俳句にも古来たくさん詠まれてきた。それを引いて終りたい。

 花馬酔木春日の巫女の袖ふれぬ・・・・・・・・高浜虚子

 春日野や夕づけるみな花馬酔木・・・・・・・・日野草城

 馬酔木より低き門なり浄瑠璃寺・・・・・・・・水原秋桜子

 月よりもくらきともしび花馬酔木・・・・・・・・山口青邨

 染めあげて紺うつくしや夕馬酔木・・・・・・・・原コウ子

 花あしび朝の薬に命継ぐ・・・・・・・・角川源義

 花あしびかづきて鹿の子くぐり出づ・・・・・・・・阿波野青畝

 指さぐる馬酔木の花の鈴の音・・・・・・・・沢木欣一

 馬酔木咲き金魚売り発つ風の村・・・・・・・・金子兜太

 こころみに足袋ぬぎし日や花あしび・・・・・・・・林翔

 宵長き馬酔木の花の月を得し・・・・・・・・野沢節子

 邪馬台の春とととのへり花あしび・・・・・・・・小原青々子

 囀に馬酔木は鈴をふりにけり・・・・・・・・下村梅子

 父母に便り怠り馬酔木咲く・・・・・・・・加倉井秋を

 時流れ風流れをり花馬酔木・・・・・・・・村沢夏風
2008/04/15のBlog
──季節の歌鑑賞──

げんげ田にまろべば空にしぶき降る
 架かれる虹を渡るは馬齢
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るもので、沓冠(くつかぶり)という昔からの歌遊びの形式による連作「秘めごとめく吾」の巻頭の歌。
この一連については2004/05/22のTB■<沓冠>という遊び歌について──草弥の<秘めごとめく吾>に則してという「エッセイ」に全文と解説を載せてあるので、ご覧いただきたい。
「げんげ」はレンゲ草というのが一般的な呼び方であるが、文芸の世界では「げんげ」と呼んで「非日常的」な演出をするのである。
レンゲ草は休耕田などに秋に種を蒔いて田一面にレンゲを生やし、春先に田植えのための田こなしの前にコンバインなどで土に鋤き込む。緑肥というものである。
レンゲは根に「根瘤バクテリア」というのが着いて空気中の窒素を固定化する作用をする。昔から、このことは経験的に農民には知られていて、冬の季節に広く栽培されたのである。
しかし現在、栽培されているレンゲは西洋レンゲといって、茎も葉も花も大型のもので、昔の在来種のニホンレンゲとは、比べ物にならないお化けのような大きさである。この方が緑肥としての効率は、いいのだそうである。
ご参考までに申し上げると「根瘤バクテリア」を利用する植物としては「大豆」がある。これも根に根瘤バクテリアがつくので、後作に土の中に窒素分が多く含まれることになるのである。
耕作すると作物が土中の栄養素を吸ってしまい、地味が痩せるのが普通で、したがって肥料を補充しなければならないが、こういう根瘤バクテリアのつく植物は、そのような肥料の補充が助かるというものである。もっとも、肥料には窒素、燐酸、加里という肥料の三要素が均衡していることが必要であることは言うまでもない。

掲出した私の歌については、先に書いた「エッセイ」をみて鑑賞してもらうとして、別に書き添えることもないが、「馬齢」というのは、いたずらに年齢を重ねることを言い、私のことを指している。

「げんげ」「げんげん」「紫雲英」などと書くが、それらの句を引いて終わる。

 野道行けばげんげんの束のすててある・・・・・・・・・・正岡子規

 桜島いまし雲ぬぎ紫雲英の上・・・・・・・・・・山口青邨

 げんげ田の鋤かるる匂ひ遠くまで・・・・・・・・・・阿部みどり女

 げんげ田はまろし地球のまろければ・・・・・・・・・・三橋鷹女

 頭悪き日やげんげ田に牛暴れ・・・・・・・・・・西東三鬼

 切岸へ出ねば紫雲英の大地かな・・・・・・・・・・中村草田男

 おほらかに山臥す紫雲英田の牛も・・・・・・・・・・石田波郷

 青天の何に倦みてはげんげ摘む・・・・・・・・・・鈴木六林男

 紫雲英野の道たかまりて川跨ぐ・・・・・・・・・・清崎敏郎

 睡る子の手より紫雲英の束離す・・・・・・・・・・橋本美代子

 げんげ田が囲む明日香の后陵・・・・・・・・・・石井いさお

 死ぬ真似をして紫雲英田に倒れけり・・・・・・・・・・山崎一生

 げんげ田に寝転ぶ妻を許し置く・・・・・・・・・・三好曲

 子山羊にも掛けて蓮華の首飾・・・・・・・・・・沢 聡

 紫雲英野を発つくれなゐの熱気球・・・・・・・・・・塩出佐代子

 畦ひとつとんで咲きたる紫雲英かな・・・・・・・・・・中山世一
------------------------------------------
今日、4月15日は妻・弥生の祥月命日である。
もう、はや満二年の歳月が経ったのである。
三回忌の法事は先日4/6に行ったが雨の予報が外れて好天気でよかった。
今はただ冥福を祈るのみである。ただ、思い出してやれるのは私一人しかいないので、折にふれて偲ぶことにしよう。
2008/04/14のBlog
──季節の歌鑑賞──

老いらくの肩にぞ触るる枝先の
 しだれてこの世の花と咲くなり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。
この歌の前後に

樹の洞に千年の闇いだくらむ三春の桜は滝の飛沫に

一もとの桜の老木植ゑられてここが墓処(はかど)と花吹雪せる

やすやすと齢加ふるにもあらず釈迦十弟子に桜しだれて

という歌が載っている。
いずれも桜の「明」の部分ではなく、「暗」の部分を詠んでいる。
4冊も歌集を出すと、「桜」を詠った歌もかなりあるものである。歌集を紐解いて、先日来、集中して桜にまつわる歌を載せてみたが、まだまだあるけれども、一応このくらいで打ち切りにしたい。というのは、桜も、ほぼ散り尽くしてしまったからである。
桜が終ると世間では、フレッシュマンたちの入社式、入学式のシーズンも終る頃である。若人たちには頑張ってもらいたい。老い人からのエールである。
私の初めての女孫も大学を出て、某社に就職して、もう三年が過ぎた。
2008/04/13のBlog
──季節の歌鑑賞──

三人子(みたりご)に何を残さむあてもなく
 花ひとひらを遺書となさむか
・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。

私には三人の子があるが、いずれも女の子である。妻を入れて5人のうち、男は私ひとりだった。女の子は男親の話し相手には、ならない。娘たちは、みな妻にばかり話をするのであった。あげくに今は「独居老人」である。父親なんて、つまらないものである。
この頃は正式の公証人を立てた「遺書」というのではなく、略式の遺書ないしは自分史の記録的なものを書くのが、流行っているらしい。
私には、これといった物質的な遺産はないので心配はないし、すでに4冊の歌集も上梓したので、私の「生きざま」については、それを読んでもらえば、ある程度は「私」という人間は、知ってもらえるだろう。
先に書いたように三人娘とは若い頃から、じっくりと話し合ったことなど、ない。最近になって、妻が病気がちになって、世話の必要上、娘たちが、話しかけてくるようになったに過ぎない。妻が死んだ今となっては、元気な私の傍には寄り付きもしない。
掲出した歌は、そんな気持から、「花ひとひら」を遺書にしようか、などという風流めかした表現を採ったものである。
同じ歌集の歌に

草餅とひなあられ置く雛飾り子はをみなのみ三人姉妹

姉妹(きやうだい)が縄とび遊びをくりかへす
 姉は「ほらいまよ ぴよんと跳んで」 


というのがある。先に書いたような私の心境が詠み込まれていると思う。そして、こうやって見ると、三人姉妹のことも小さい頃は、よく観察していると思う。ただし歌にしたのは、ずっと後のことである。
2008/04/12のBlog
──季節の歌鑑賞──

夜ざくらは己(おの)が白さに耐へかねて
 ほろほろ散りぬ 死を覚えゐよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌の結句「死を覚えゐよ」のところには、「メメント・モーリ」という有名なラテン語の「警句」が「ふりがな」として付ってある。この警句はヨーロッパの教会へゆくと壁画などとともに掲げてある。
メメント・モリのラテン語表記はmemento mori であって、メメントとは、記憶する、覚えるという単語の命令形である。私は、それを覚えゐよ、と書いてみた。モリないしはモーリは「死」のことである。この警句はヨーロッパ中世の頃にキリスト教会に掲げられるようになった。この頃はペストその他の伝染病で多くの人が死んだ頃で「死」が日常的だった。だから教会は人々に「死」ということに自覚的であるように求めた──つまり人間がいかに弱い、つまらない存在であるかを知れ、と言ったのである。
この警句は、藤原新也の写真文集の題名にも使われ、よく売れた本である。

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載せたものである。自選にも採っているのでWebのHPでも、ご覧いただける。
──季節の歌鑑賞──

目つ